odekake
posted:2022.8.26 from:新潟県中魚沼郡津南町 genre:旅行 / アート・デザイン・建築
PR 新潟県
〈 おでかけコロカルとは… 〉
一人旅や家族旅行のプラン立てに。ローカルネタ満載の観光ガイドブックとして。
エリアごとに、おすすめのおでかけ情報をまとめました。ぜひ、あれこれお役立てください。
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Ichico Enomoto
榎本市子
えのもと・いちこ●エディター/ライター。東京都国分寺市出身。テレビ誌編集を経て、映画、美術、カルチャーを中心に編集・執筆。出張や旅行ではその土地のおいしいものを食べるのが何よりも楽しみ。
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撮影:ただ(ゆかい)
新潟県津南町と長野県栄村にまたがる秘境、秋山郷。
昔ながらの農村風景や美しい自然が残るこのエリアの
結東(けっとう)という小さな集落に、その宿はあります。
ここは廃校になった校舎を改築した〈かたくりの宿〉。
地域の人たちの思いがつまった建物です。
中に入ってみると、学校だった頃の面影がそこかしこに感じられ、
ノスタルジックな気分に。
つくりもユニークで、教室はくつろげるシンプルな和室の客室に、
そしてなんと校長室はお風呂になっているんです。
この学校の歴史は古く、開校は明治17(1884)年。
僻地のため、義務教育免除地に指定されたこともありましたが、
昭和61(1986)年に休校になるまで、多くの子どもたちがここで学び、
巣立っていきました。
地域の人たちにとって大切な場所であり、
ずっと地域の子どもたちを見守ってきたこの学校を、
なんとか生かせないかと考えた集落の人たちは、町とも協議し、宿泊施設にすることに。
1992年に閉校となり、翌1993年にふるさと資源活用事業として、
かたくりの宿へと生まれ変わります。
ところが、秘境の山里の宿は経営が難しく、事業者は何度か交代。
4度目に経営に身を乗り出したのが、〈NPO法人越後妻有里山協働機構〉でした。
越後妻有里山協働機構は〈大地の芸術祭〉を運営するNPOで、
2009年の芸術祭開催を機にかたくりの宿を再スタートさせ、
現在も運営を担っています。
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2010年からこの宿を切り盛りしているのが、渡邊泰成さん。
長野県の登山客向けの山小屋で働いていましたが、
ふとした縁でこの地に移住してきました。
「もともと自然が好きで山小屋で働いていたので、ここも山里ですが、
逆に山から降りてきたような気持ちでした」と、渡邊さん。
実は渡邊さん、美術大学出身で自身も彫刻作品をつくったり、
自然のなかでも働いていたので、大地の芸術祭があり、
自然豊かな場所にあるこの宿のことを紹介してもらい、
おもしろそうだと応募することに。
「自然のなかで作品をつくりながら暮らしたいと思っていたので、
それが実現できるかなと思ったのですが、来てみたら宿が忙しくて
全然制作はできていません(笑)。でも、美術でやりたいと思っていたことと、
いまやっていることは、本質的には同じことなのかなと思っています」
……というと?
「人と深いコミュニケーションをしたいと思って美術活動をしていたので。
たとえば言葉で伝わらないことでも、
写真を見せただけで通じ合えることがありますよね。
そういうことを美術を通してやりたいと思っていました。
宿でも自分たちがいいパフォーマンスをすれば、
お客さんと深いところでつながれますし、
人とコミュニケーションするという意味では同じなのかなと」
そんな美術への愛にあふれる宿主がいるこの宿には、
館内のあちこちにアート作品が展示され、購入もできるようになっています。
また現在開催中の大地の芸術祭では、
原倫太郎+原游の作品『妻有双六』が、体育館に展開されています。
学校に残されていたものを使いながら、芸術祭と関係のあるコマやマスも登場する、
みんなで遊べる体験型作品。
作品について渡邊さんに聞いてみるのも、いっそう楽しい時間になりそうです。
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そして、かたくりの宿でのお楽しみが食事。地元でとれた食材を使って、
地元の人たちにもいろいろ教わりながらメニューを考案、工夫しながら提供しています。
こごみやきゃらぶきといった山菜や車麩なども、郷土料理風ではなく、
ちょっとしたアレンジをすることで、洗練された一品に。
なかには、ふだんあまり見たことのない食材も。
それがデザートの梅寒天ゼリーに添えられていた「岩梨」です。
食べるとシャリっとした歯応えの小さな実なのですが、
実はこれがとても珍しいものなのだとか。
「昔はこの辺りではたくさん採れたらしいのですが、
農薬を使うようになってあまり見られなくなったそうです。
でも近くの山の中で自生しているところがあるので、
僕らはこの実が採れる時季にたくさん採ってきて保存しています。
集落の人たちも、子どもの頃、おやつのように学校帰りに採って食べたと聞いています」
ちっとも貴重なものだという意識はなかったそうですが、
とても珍しい植物で、高級食材店で高く売られていたり、
海外から問い合わせがくることもあるそう。
そんなここでしか味わえないようなものを食べてもらいたいと、
いまも研究に余念がないそうです。
もうひとつ、ここで採れたものの代表が、お米。
もちろん米どころ新潟県のお米がおいしいのはこの場所に限ったことではないのですが、
かたくりの宿で提供するのは、すぐ近くにある
「石垣田」という棚田でつくられたお米なのです。
石垣田は、その名のとおり石を積み上げてつくられた田んぼで、
その棚田が広がる美しい光景は、まるで神秘的な遺跡のよう。
ただ、この結東の集落でも高齢化が進み、休耕田も増えています。
「集落でどう石垣田を保全していくかは大きな問題です。
いまは“応援団”としてサポートしてくれる人を募って、
会費をいただき、収穫したお米を送るという取り組みもしています」
渡邊さんは、現在は妻とふたりの子どもと一緒に、宿のすぐそばで暮らしています。
この地域は子どもが少なく、地域の人たちみんなが子どもをかわいがってくれるそう。
野菜をもらったり、何かあったら声をかけてくれたり、
家族も宿も、集落の人に支えられてやってこられたという渡邊さん。
だからなのか、宿に、棚田の活動に、芸術祭期間は芸術祭の仕事までこなして
大忙しですが、その笑顔はとても充実して楽しそうに見えます。
「僕が移住してきたときは、この辺りはほとんど移住者はいませんでしたが、
少しずつ若い人たちが移住してくるようになりました。
この宿をなんとか続けられるようにがんばりながら、
地域が楽しい場所になったらいいなと思っています」
いくつもの時代を乗り越え、温かい目で見守られながら集落に佇む小学校。
そんな秘境の宿に、アートを楽しみながら泊まってみませんか。
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