日本一長い駅名の駅にある
週末だけの古本屋〈ひなた文庫〉

本屋がない村、ないならつくろう。最高の場所を見つけた!

はじめまして。
熊本県の南阿蘇村で〈ひなた文庫〉という古本屋を営む中尾恵美です。
「古本屋」と言っても少し変わっていて、
南阿蘇鉄道の駅舎の中に週末にだけ現れる古本屋です。
この連載ではひなた文庫の営業を通して、南阿蘇の四季のこと、村の人や場所、
そして熊本地震のことなど、日々の気づきや感じたことを届けていこうと思います。

まずは簡単な自己紹介を。私は岡山県出身で学生時代を広島で過ごし、
就職して東京で1年ほど暮らしました。
学生時代からおつき合いしていたいまの旦那さんが南阿蘇村の出身だったので、
彼が大学院を卒業し、熊本に帰るのをキッカケに2014年に私も熊本に移住しました。

私は小さな頃から読書が好きで、よく父や母に
スーパーの隣にある本屋さんへ連れて行ってもらっては、
両親が買い物を済ませるあいだ、本棚を見て、気になる本を探していました。
幸い親が本にかけるお金には寛大だったため、
読みたいならと買ってもらっては、帰りの車の中で読み始めていました。

そんなふうに本が身近な存在だったためか、本というモノ自体にとても愛着があります。
本が並んでいる場所に行くと近くで手にとってみたくてうずうず。
やぁ、こんにちは! 君はどんな本なんだい? とパラパラめくってみたくなるのです。

そんな本好きな私が、なぜ南阿蘇鉄道の駅舎の中で古本屋を始めることになったのか。
それは自分たちのあったらいいな、をかたちにしようと思ったからでした。

ひなた文庫・ロゴ

南阿蘇村には図書館も本屋さんもありません。
村の人は隣町の図書館に借りに行くか、ネットで頼むか、そもそも本を読まないか。
本は読まなくても生活においては特に困りません。
でも本を読んで感じる感情の動きは、普段の生活の中だけでは得られないものがあるし、
生活に生かせる気づきだって沢山あると思うのです。
だから、気軽に行ける本屋が近くにないのはちょっと寂しい。

だったら自分たちでやるのも悪くないかもしれない。
熊本に引っ越して1年程経つ頃にはそう考えるようになっていました。

南阿蘇水の生まれる里白水高原駅の駅舎

古本屋なら、場所さえあれば、いまの仕事をしつつ
自分たちの休日を使ってできるかも。
まだぼんやりながらそんなふうに思っていた頃、
たまたまふたりで観光しようと訪れた南阿蘇鉄道の日本一長い駅名の駅、
「南阿蘇水の生まれる里白水高原駅」。
そこは無人駅でがらんとした八角形の空間でした。

南阿蘇水の生まれる里白水高原駅は無人駅でがらんとした八角形の空間でした

第47話・大阪の
〈レトロ印刷JAM〉で展示会。
世界でひとつのバッジ作りも
楽しい!

第47話
レトロ印刷JAMでの展示会のために大阪へ。
やっぱりプリントって面白い!

今回グレアムさんは大阪に来ています。
目的はリソグラフプリントを得意とする
〈レトロ印刷JAM〉で展示会を行うため。
会場では、スクリーンプリントのワークショップや、
自分オリジナルのバッジづくりが体験できたりと、
グレアムさん自身も楽しんでいる模様です。

今回もスルスルと横にスライドしながら、お楽しみください。

今年も5月3日に奉納。
小豆島「肥土山農村歌舞伎」

私たち家族にとって、6年目の農村歌舞伎

江戸時代から300年以上続く伝統行事「肥土山(ひとやま)農村歌舞伎」。
毎年5月3日に肥土山にある離宮八幡神社の舞台で奉納されます。

農村歌舞伎というのは、その字の通り農村で行われる歌舞伎。
その年の豊作を祈願し、神社にある舞台で、そこで暮らす人々が歌舞伎を演じます。
地域の、地域による、地域のための歌舞伎。

台本を見ながらお互いのセリフを言い合う役者の子どもたち。

台本を見ながらお互いのセリフを言い合う役者の子どもたち。

台本にふりがなをつけて、間をおくところ、抑揚など書き込みます。

台本にふりがなをつけて、間をおくところ、抑揚など書き込みます。

稽古は本番の3か月前くらいから始まります。

稽古は本番の3か月前くらいから始まります。

小豆島では、昔は各地域に芝居小屋があり歌舞伎が行われていたそうですが、
いまでは私たちが暮らす肥土山とお隣りの中山の2か所だけとなりました。
そんな希少な小豆島の農村歌舞伎は、香川県の無形民俗文化財として登録されていて、
地域の人だけでなく、外からもたくさんの人が毎年見に来てくれます。

この連載「小豆島日記」でも、もう何度も肥土山農村歌舞伎のことを書いてきました。

2013年 村人がつくり楽しむ農村歌舞伎(vol.005)

2013年 村人がつくり楽しむ農村歌舞伎(vol.005)

2014年 肥土山農村歌舞伎、みんなで作る割子弁当(vol.055)

2014年 肥土山農村歌舞伎、みんなで作る割子弁当(vol.055)

2015年 肥土山農村歌舞伎、稽古と準備の日々(vol.099)
肥土山農村歌舞伎、みんなでつくりあげる(vol.103)
肥土山農村歌舞伎、いよいよ本番(vol.105)

2015年 肥土山農村歌舞伎、稽古と準備の日々(vol.099)
肥土山農村歌舞伎、みんなでつくりあげる(vol.103)
肥土山農村歌舞伎、いよいよ本番(vol.105)

2016年 肥土山農村歌舞伎、本番までの100日間(vol.147)
人と人とのつながりをつくる小豆島の伝統行事「肥土山農村歌舞伎」(vol.148)

2016年 肥土山農村歌舞伎、本番までの100日間(vol.147)
人と人とのつながりをつくる小豆島の伝統行事「肥土山農村歌舞伎」(vol.148)

2017年 受け継いでいく小豆島の伝統行事「肥土山農村歌舞伎」(vol.175)

2017年 受け継いでいく小豆島の伝統行事「肥土山農村歌舞伎」(vol.175)

今年で6年目になります。
毎年いろんな思いがあって、年によって関わり方も少しずつ変わり、
子どもも成長し、私たちの小豆島暮らしの大切な一部になっています。

家で動画と台本を見ながらセリフの練習。

家で動画と台本を見ながらセリフの練習。

今年は、初の男役に挑戦するいろは(娘)。

今年は、初の男役に挑戦するいろは(娘)。

編集者・松島倫明さんが
鎌倉で見つけた、
仕事と暮らしの幸せな関係

鎌倉から考えるローカルの未来

長い歴史と独自の文化を持ち、豊かな自然にも恵まれた日本を代表する観光地・鎌倉。

年間2000万人を超える観光客から、鎌倉生まれ鎌倉育ちの地元民、
そして、この土地や人の魅力に惹かれ、移り住んできた人たちが
交差するこのまちにじっくり目を向けてみると、
ほかのどこにもないユニークなコミュニティや暮らしのカタチが見えてくる。

東京と鎌倉を行き来しながら働き、暮らす人、
移動販売からスタートし、自らのお店を構えるに至った飲食店のオーナー、
都市生活から田舎暮らしへの中継地点として、この地に居を移す人etc……。

その暮らし方、働き方は千差万別でも、彼らに共通するのは、
いまある暮らしや仕事をより豊かなものにするために、
あるいは、持続可能なライフスタイルやコミュニティを実現するために、
自分たちなりの模索を続ける、貪欲でありマイペースな姿勢だ。

そんな鎌倉の人たちのしなやかなライフスタイル、ワークスタイルにフォーカスし、
これからの地域との関わり方を考えるためのヒントを探していく。

海に面し、三方を山に囲まれた鎌倉は、自然を身近に感じながら暮らすことができるまちだ。

海に面し、三方を山に囲まれた鎌倉は、自然を身近に感じながら暮らすことができるまちだ。

これからの仕事と暮らしの関係

東京から電車でおよそ1時間の距離にある鎌倉の住民には、
都内へ通勤する人たちも少なくない。
その中には、山や海に囲まれた自然環境に惹かれ、移住してきた人たちも多く、
いまから約4年前に鎌倉に移り住んだ松島倫明さんも、そんな都内通勤組のひとりだ。

植物に囲まれた松島さんの自宅のガーデン。耳を澄ますと、そばを流れる川のせせらぎも聞こえてくる。

植物に囲まれた松島さんの自宅のガーデン。耳を澄ますと、そばを流れる川のせせらぎも聞こえてくる。

NHK出版の編集者として、シリコンバレー発のテックムーブメントや、
自然への回帰を志向するライフスタイル、カルチャーの世界的潮流を、
翻訳書を通して日本に伝える仕事をしている松島さんは、
主に週末を使って、トレイルランやマインドフルネス関連のイベントに関わるなど、
鎌倉を拠点にした活動にも精を出している。

デジタルとフィジカルというふたつの軸から、
これからの社会やビジネスを見据える深い洞察力で、
各界から注目されている敏腕編集者である松島さんは、
メディアやSNSなどを通じて、鎌倉での地元活動について発信する機会も多く、
そのライフスタイル自体が、松島さんが考える「ウェルビーイング」思想を
体現するメッセージにもなっている。

松島さんの自宅からは、およそ5分で最寄りの山に入ることができる。

松島さんの自宅からは、およそ5分で最寄りの山に入ることができる。

そんな松島さんの暮らし方、働き方には、
「サーフィンやトレイルランをしてからオフィスへ出勤」
といったよく耳にする鎌倉、湘南暮らしから一歩踏み込んだ、
これからの仕事と暮らしの関係性、まちとの関わり方のヒントがあるはずだ。
それを探るべく、緑豊かなガーデンに囲まれた松島さんの自宅を訪ねた。

松島さんの自宅に迷い込んできて以来、一緒に暮らしているというネコ。

松島さんの自宅に迷い込んできて以来、一緒に暮らしているというネコ。

岩見沢〈milli〉
空き家をリノベーションして
作業場とショールームに。
自ら販売もする家具制作ユニット

工場として使える広い場所を求めて道内をめぐった日々

東京から北海道・岩見沢市に移住したことで、わたしの世界は大きく広がった。
どこまでも広がる大地を見ていると、
エコビレッジができるんじゃないかといった新たな構想がいくつも浮かび、
都会では経験したことのない解放感を感じながら暮らしている。

しかし、ただひとつだけ、東京が無性に恋しくなることがある。
わたしの仕事は美術とデザインを専門とする編集者。
高校から美術コースのある学校に通っており、
同級生や元同僚など友人は、たいてい美術に興味を持っていた。
そのため、いつもディープに美術のことを話していたので、
ときどき猛烈に、こうした話題を語らいたい気分が襲ってくるのだ。

岩見沢にある国道234号線沿いに家具制作ユニット〈milli〉はある。

今年に入って出会った織田義史さんは、岩見沢市内では数少ない美術ネタを話せる友人。
3年前に〈milli〉という家具を制作するユニットを立ち上げており、
大学では美術を学び、現代美術のプロジェクトにも関わったことがある。
また、わたしが以前に副編集長をしていた雑誌『美術手帖』を読んでくれていたそうで、
これも本当にうれしいことのひとつだった。

さらに夫も織田さんと意気投合。
東京にいるときに家具工場で働いたことがあったので、
家具の制作方法や道具のことを話すことができて楽しそう。
夫婦ともども織田さんとしゃべっているとテンションがつい高くなってしまう。
またぜひ会って詳しく話が聞きたいと思い、雪解けとなった4月初旬、
織田さんの家具の制作現場を訪ねることにした。

織田さんは紋別出身。妻の美里さんとともにmilliを営んでいる。

織田さんが家具づくりを学んだのは、大学卒業後。
旭川にあった専門学校に2年通った後に、旭川の家具会社で4年間働き、
独立を考えるようになったという。

「札幌から車で1時間圏内で、工場とショールームとして
使える場所を探すところから始まりました」

織田さんは妻の美里さんとふたりで、毎日車を走らせ
千歳、長沼、新十津川、当別などを点々とした。
廃校も候補になり教育委員会にかけあったが、
よい返事が得られずに時間が過ぎていった。

そんななか、あるときネットで競売物件の情報を見つけて、岩見沢へ。
国道沿いにあったその建物は、廃業した建築業者のものだった。
1階は工場、2階はオフィス。広さも十分だったことから購入を決意。
「僕たちのことをやっと受け入れてくれるところがあった」、
そんなふうに感じたという。

milliの家具。北海道の木の素材感を生かし、暮らしになじむ家具づくりを目指している。(写真提供:milli)

下田に移住して1年、
ご近所づき合いはどう変わる? 
地域コミュニティについて思うこと

心地よい距離感とは?
風通しのよい人づき合い

伊豆下田に移住して1年が経った津留崎家。
新しい土地に馴染めるだろうかと心配していた娘さんにも、
この1年で変化があったようです。
東京と下田で違いを感じる人との距離感、
そして地元の人に聞く、昔といまのご近所づき合い。
地方で暮らす、いろいろなヒントがありそうです。

月の食費はひとり平均1996円!
お米とお肉の自給率100%
〈いとしまシェアハウス〉の
おいしい暮らし

長い冬を越え、福岡は糸島市にある私たちの集落はすっかり春モードです。

山に入れば山菜があちこちに顔を出し、たけのこも旬をむかえ、
野生のものが手軽に収穫できる季節になりました。
春の野草は、独特の苦味で冬の間体に溜まった毒素を排出してくれるデトックス食材。
旬のものを食べて、体の中から春に変化させていきます。

適当ずぼらな野生ごはんのつくり方

菜の花と野草のパスタ

菜の花と野草のパスタ。

ある日、お昼ごはんをつくろうとしたら野菜をストックする箱が空になっていました。
ピンと閃き、台所のつっかけを履いて庭へ出ると
そこにはセリ、ヨモギ、カラスノエンドウ、ハコベラなど、
野生のご馳走が競い合うようにわさわさと生えています。

やわらかい若い芽をプチプチ摘んで、パスタの具材にしてみました。
春のデトックス野草パスタなんて、都会で見かけたらちょっとお洒落じゃないですか。

次の日も、お昼ごはんの具材ないかなあとキョロキョロしていたら、
リビングに飾ってあった(ちょっとくたびれた)菜の花と目が合いました。

これは食べられる。
君はもう十分お花としての役割を果たした! お疲れさま! ということにして
中華鍋に放り込みました。

家にあった野菜と飾ってあった菜の花でチャーハンをつくりました。

家にあった野菜と飾ってあった菜の花でチャーハンをつくりました。

飾って可愛い、食べておいしい。なんて優秀な食材なんでしょう。
こうして、わざわざ買い物に行かなくとも
その辺にあるものでちょちょっとつくれるのが田舎ごはんの楽しさでもあります。

我が家はお米の自給率100%

集落の棚田で、無農薬無肥料のお米をみんなでつくっています。
種籾から発芽させた苗を田んぼに手植えし、天日干しでつくったこだわりのお米は
ふんわりと甘く、味が濃くて冷めてもおいしいのです。

手植えの様子。この姿勢を続けると次の日太ももの裏が痛くなるのです。

手植えの様子。この姿勢を続けると次の日太ももの裏が痛くなるのです。

もちろん田んぼも最初からうまくいったわけではなく、
苗がうまく育たなかったり、イノシシに田んぼをぐちゃぐちゃにされたり、
天日干しの最中に台風が直撃して稲が吹き飛んでしまったり、
「こりゃーしんどい!」と思うことが何度もありました。

けれど、ときに喧嘩しながら、仲間みんなで乗り切ってきました。
つくった人の顔が見えるごはん、おいしいですよ!

収穫した玄米。食べる直前に精米します。

収穫した玄米。食べる直前に精米します。

狩猟でお肉の自給率も100%

とはいっても、毎日食べる分のお肉を山でとれるわけでもないので、
普段はゆるいベジタリアン。
お魚も、お味噌汁のだしに使ういりこと鰹節程度でしょうか。

イノシシは、山でとるのも家で捌くのも体力と気力が必要です。
実際にやってみて、その大変さがわかるからこそ、お肉は自分たちが捌ける分だけ、
身の丈にあった量を食べたらいいのかなあと思っています。

そのため、基本的にお肉は自分たちで捌いたときに食卓にのぼるスタイル。
ほかには、誰かの誕生日パーティーや、
お客さまが来られたときのご馳走として出すことが多いですね。
お肉の出る日は我が家のハレの日。みんな大喜びです!

味噌づくりワークショップにて。

味噌づくりワークショップにて。

お味噌も冬に仕込むようになってからは買っていません。
お醤油はお味噌をつくるときにできるたまり醤油を使っていますが、
自給できるほどではないので、いつかは手づくりしたいなあ。
基礎調味料の自給は夢ですね。

こう書くと「食べ物を100%自給している」と思われてしまうかもしれませんが、
実は今、野菜の自給率は1割にも満たないくらい。
普段食べる野菜は買うことが多いです。
我が家の今後の課題は野菜の自給率を上げること、畑を頑張ることですね。

野菜を買うときも、スーパーマーケットなどで売られているような、
遠くから運ばれてくる野菜ではなく、
集落にある無人販売所だったり、直売所だったり、
誰がつくったのかわかるものを意識して買っています。

よく「買い物は企業への投票」といいます。
だからこそ、“いいもの” をつくってくれている、
応援したい会社のものを選ぶようにしています。

まるで絵本の世界のような我がいとしまシェアハウスがある集落。桜の先には海も見えます。

まるで絵本の世界のような我が家の集落。桜の先には海も見えます。

〈HOMEMAKERS〉の
春の生姜植え付けまつり!

島の友人たちと一緒に、みんなで畑作業!

今年もやってきました。
4月! 生姜植え付けの季節です。

私たち〈HOMEMAKERS〉は、年間通して80種類くらいの野菜を育てているのですが、
その中でも圧倒的に多く育てているのが生姜です。

もともと小豆島で生姜栽培が盛んだったわけではなく、
ただ私たちが生姜を育てたかったから始めた生姜の栽培。
当時、体の冷えが気になっていて、生姜は体を温めてくれる、
それなら自分たちの手で育てたいなと。今年で6年目になります。

山に囲まれた場所にある〈HOMEMAKERS〉の生姜畑。

生姜をひとつひとつ植えていきます。

そもそも生姜ってどうやって育てるんだろう。
スーパーで売ってる、あのかけらの状態しか知らない。
まったく何の知識もない状態から、インターネットや本で調べながらスタートしました。

生姜は春に植えて秋に収穫します。
1年に1回しか栽培することができません。
雑草に生姜が負けてしまったり、台風で茎が折れてしまったり、
イノシシに掘り起こされてしまったり、大きく育たなかったり。

毎年いろんなハプニングやうまくいかないことがあります。
今年は豊作だったねという年もありました。
そういうひとつひとつの経験を経て、少しずつ
自分たちの栽培方法ができあがっていってる気がします。

種生姜を適度な大きさにカットする作業。この作業、結構頭使います。

春休み中の小学生チーム。意外としっかり働いてくれました。

北海道長沼町〈ながぬま羊まつり〉
羊とともに生きた時代があった。
地域のルーツを紐解くイベント

撮影:金澤睦司

長沼で初開催! 羊づくしのまつり

わたしが住む岩見沢から車で30分ほどのところにある長沼町は、
居心地のいいレストランやカフェがあり、
アーティストや工芸家の工房も点在する個性的なまちだ。
友人たちも多く住んでおり、大工の〈yomogiya〉お弁当屋〈野歩〉など、
おもしろい活動を続ける人々をこの連載でも紹介してきた。

また、地域独自のコミュニティづくりを模索する動きが活発で、
2016年にはスウェーデン生まれの言語学者で、ローカリズムの大切さを訴える
ヘレナ・ノーバーグ=ホッジさんによる講演会をはじめとする、
さまざまなイベントや勉強会が企画されてきた。

そして今回、長沼というまちの未来を考えたいと活動してきた
いくつかのグループの力が結集して行われた

司会を務めたのは町内に住む荒谷明子さんと安居忍さん。イベントに合わせ割烹着姿の荒谷さんは、連載記事でも取り上げたことのある〈メノビレッジ〉という農場を営み、これまでも多数の講演会の企画をしてきた。

3月21日、映画上映やワークショップが北長沼会館で行われた。
テーマを羊にした理由は、このまちの歴史と深い関わりがある動物だから。
北海道では明治時代から羊毛のために羊の飼育が始まり、
昭和30年代には25万頭以上にもなったという。

なかでも長沼はめん羊が盛んとなり、まつりに参加した
長沼町長の戸川雅光さんによると、最盛期には約4000頭もの羊がいたことも。
町長の家も羊を飼っており、とても身近な動物だったそうだ。

「長沼には昔、紡毛工場があり、皆が羊のセーターを着て、手袋をしていました」

会場には糸車など古い道具を展示。このほか、北長沼の解体された農家で見つかったガラス製写真乾板を白黒でプリントした写真も飾られ、さまざまなかたちでこのまちの歴史を振り返った。

まつりのスタートは、『ラダック 氷河の羊飼い』という映画の上映。
この映画は、北インドの辺境の地ラダックで、たったひとりで数百頭の羊や
ヤギを飼うツェリンさんという女性の暮らしを追ったドキュメンタリー。
上映の前に、主催者のひとりで司会を務めた荒谷明子さんが、
この映画に対する想いを、こんなふうに語ってくれた。

「わたしはこの映画を見て心打たれ、地域の皆さんにも
ぜひ見ていただきたいと思いました。
50年ほど前、道内一の羊の産地だった北長沼。
この映画に登場するツェリンさんの精神は、
かつてこの地にもあったものなのではないかと感じたからです」

『ラダック 氷河の羊飼い』予告編

〈下田まち遺産〉を決める、
景観まちづくり会議委員
になりました。そこであらためて…
「なまこ壁」ってなんだ?

下田のまち並み独特のデザイン
「なまこ壁」って?

下田に移住して1年の津留崎さん。
まちの景観を大切にし、昔からあるいいものを保存していく
まちづくりの委員を務めることに。
そこで気になったのが、下田のまち並みによく見られる「なまこ壁」。
いろいろ調べてみると、下田というまちの歴史、昔の人の知恵、
災害とまちづくりなど、いろいろなことが見えてきました。

“つくる”は楽しい!
食べ物・お金・エネルギーを
自給する福岡県糸島市
〈いとしまシェアハウス〉の始まり

こんにちは。福岡県糸島市で〈いとしまシェアハウス〉を運営する畠山千春です。
関東から自然豊かなこの地に移住して5年、
「自分たちで暮らしをつくる」をコンセプトに仲間たちと活動してきました。
今はライター業をしながら、冬は山に入ってイノシシをとる新米の猟師でもあります。

この連載は、私たちの日常を通じて新しい暮らしのあり方を探る、
楽しい場にしていきたいと思っています。

いとしまシェアハウスの始まり

築80年のいとしまシェアハウスは敷地275坪。昔ながらの大きな家は、シェアハウスにぴったりです。

築80年の我が家は敷地275坪。昔ながらの大きな家は、シェアハウスにぴったりです。

まず今の暮らしにシフトした理由のひとつに、
私が育った時代背景があります。
私はモノに困らない時代に生まれた一方、
物心ついた頃にはバブルがはじけていたので、
景気のいい世の中というものを知りません。
ふんわりと世の中に漂う“悲壮感”を感じながら生きてきました。

だから、昔の大人たちが言っていた
「大きな会社に就職し、結婚して、家を買ったら幸せになれる」という概念にも、
疑問を抱いていました。
だって、その“幸せな生き方”が通用する社会はとっくのとうに変わってしまったし、
モノは溢れ暮らしは便利になったはずなのに、
彼らはどこか疲れているように見えたからです。

農作業の様子

これからは多様な生き方があっていいし、
幸せな暮らしは自分で模索する時代になったんじゃないかな……
そんな考えが頭をぐるぐるしていたときに訪れた、
人生最大の出来事が東日本大震災だったのです。

横浜にいた私は大きな揺れを感じ、高台へ避難しました。
YouTubeで流れる津波の映像を見てもまるで現実味がなく、
映画の中の出来事のように感じたのを覚えています。

震災後の横浜では、小さなパニックが起きていました。
交通機関がストップし、お金を持っていても買占めで欲しいものが買えない、
計画停電で冷蔵庫の中のものが溶ける、近所に助け合える人がいないことの不安……
今まで当たり前だった自分の常識が全部ひっくり返ってしまったような気持ちでした。

福岡県糸島市の風景

あのときほど、いかに自分たちの日常が不安定なものの上に
成り立っていたかを実感したことはありません。
このままずっと何かに依存して生きる“消費する”暮らしから、
自分たちで“つくる”暮らしにシフトしていこう、
これからはいざというときに支え合えるコミュニティをつくっていこう!
そんな強い気持ちがふつふつと湧いてきました。
今思うと、あの想いがいとしまシェアハウスの始まりだったのかもしれません。

行ってきました!
〈ユキノチカラツアー2018〉
小倉ヒラクさんと
発酵のミラクルをめぐる旅へ

岩手県の山間部にある西和賀町。
積雪量は県内一、人口約6,000人の小さなまちです。
雪がもたらす西和賀町の魅力あるコンテンツを、
全国へ発信していくためのブランドコンセプト〈ユキノチカラ〉。
西和賀の風景をつくりだし、土地の個性をかたちづくってきた雪を、
しっかりタカラモノとしてアピールしていくプロジェクトです。
今回は、「発酵」をテーマにしたツアーレポートをお届けします。

いざ、真っ白なスノーワールドへ!

2018年2月24・25日の2日間にわたって、
第2回ユキノチカラツアーが行われた。
今回のテーマは「雪国の発酵をめぐる旅」!
では、発酵食と聞いて、何を思い浮かべるだろうか?
日本酒やビールなどの酒類、味噌・しょうゆ、
チーズやヨーグルト、パン、納豆、漬け物……
ひと口に発酵といっても、随分多くの食品がある。
そして、そのほとんどを西和賀町でもつくっているのだ。
いったい、西和賀町に秘められた発酵パワーとは?
発酵案内人は発酵デザイナーの小倉ヒラクさん。
「秋田には何度も来たことがありますが、西和賀は初めて! 楽しみです」
と話すヒラクさんと一緒に西和賀町へと向かった。

発酵デザイナー・小倉(おぐら)ヒラクさん
東京農業大学で研究生として発酵学を学んだあと、山梨県甲州市の山あいに発酵ラボをつくり、日々菌を育てながら微生物の世界を研究中。「見えない発酵菌たちのはたらきを、デザインを通して見えるようにすること」をめざし、全国の醸造家と商品開発や絵本・アニメ制作、「こうじづくりワークショップ」などを開催している。

関東はもちろん、新潟県や宮崎県などから集まったツアー参加者は21名。
今年、西和賀町の積雪は例年よりさらに多く、
道路の両サイドはどこもかしこも、2メートルに及ぶ雪の壁がバーンと立ちはだかっていた。
見渡す限り、雪、雪、雪ワールド。参加者のワクワク感も増すばかりだ。

最初に出合った発酵パワー 幻の雪納豆は、雪に納豆を埋める?

最初に一行が訪ねたのは、西和賀町の北部に位置する沢内地区、
〈味工房かたくり〉の中村キミイさんのお宅だ。

〈味工房かたくり〉では、地元食材を使って加工食品をつくり販売している。

キミイさんは、昔、西和賀町の人々がつくっていたと伝わる、
〈雪納豆〉に興味を持ち、試行錯誤を重ねて復活させた人。
現在は、ご主人の中村一美さんとふたりで
農業体験学習の一環として〈雪納豆〉づくりを行っている。

中村キミイさん。西和賀町の定番おやつ〈ビスケットの天ぷら〉、〈大根の一本漬け〉なども自慢のひとつ。

前回のツアー紹介でも記したが、雪納豆とは大豆を煮て
稲わらの藁つとに包み、雪の中で緩やかに発酵させた納豆である。
「私は福島出身ですが、小さい頃は稲わらでつくった藁つと納豆を
食べたものです。この土地に来て暮らすうちに
昔つくっていたと聞く〈雪納豆〉を、なんとか再現できないかと思って」
そう話すキミイさん。すでにつくり手は途絶えていたため、
古い資料を頼りに試してみたが、うまくいかなかった。
というのは、雪が2メートル近く積もらないと試すことができず、
実験可能なのは、冬のわずか40日ほどのみ。
失敗しても改善策を試せるのは翌年……、なのである。
地道な努力を重ねて20年以上。
「やっと数年前から、安定した〈雪納豆〉がつくれるようになったの」と笑う。

暮らし体験の旅で人とつながる!
〈島&都市デュアル
暮らしナビゲーター〉のこれから

神戸出身で、淡路島へIターンしたプロジェクトリーダー

兵庫県神戸市・芦屋市・淡路市・洲本市。
海を挟んで近接する4市が、島と都市を両立した魅力的な暮らしを提案する
移住促進プロジェクト〈島&都市デュアル〉。昨年10月の発足から約半年。
プロジェクトはどのように進み、かたちを成してきたのか。

立ち上げと同時にオープンしたWEBサイト
島&都市デュアル 暮らしツアーズ』の編集長を務める
富田祐介さんにお話をうかがいました。

富田さんは神戸市垂水区出身。
学生時代から数年間、淡路島の古民家再生事業に携わり、
その後、東京の設計事務所へ就職。
2011年に淡路島の洲本市へ移住したIターン移住者です。

「東京の設計事務所に勤務する傍ら、個人で企業のイベント企画、
地域資源やつながりを生かしたイベントや
仕組みづくりの提案、運営に関わってきました」

2011年、厚生労働省の委託事業として地域の雇用創出を図るプロジェクト
〈淡路はたらくカタチ研究島〉の立ち上げに合わせて淡路島・洲本市に移住。
その後、独立し淡路島を拠点とした地域ネットワークを生かした
研修企画、観光企画、食企画を行なう〈シマトワークス〉を設立、
地域と人をつなぐさまざまな活動を続けています。

お話をうかがったのは、淡路市長澤にある元小学校の校舎を改装したコミュニケーションスペース〈ノマド村〉。2015年に活動を終了した〈淡路はたらくカタチ研究島〉を引き継ぎ誕生した〈ハタラボ島協同組合〉の活動拠点となっています。週末はカフェやイベントスペースとしても開放中。

すでに観光の企画やプロジェクト戦略を生業にしていたこと、
神戸にあるホテルで神戸と淡路島をつなぐイベントや
ディレクションを行っているなどの実績を買われ、プロジェクトの編集長に抜擢。

「もともと神戸と淡路島で一緒に何かできないかと考えていたということもあって。
今回のお話をうかがい、これはおもしろそうだなと、即お引き受けしました」

神戸と淡路島を自由に行き来し、
働き、遊ぶ。
〈島&都市デュアル〉な暮らし方 

“まちで働き、島で遊ぶ”というライフスタイル

昨年10月に発足した、兵庫県神戸市・芦屋市・淡路市・洲本市の
4市合同による移住促進プロジェクト〈島&都市デュアル〉。

都市の文化が味わえる「都市エリア(神戸市・芦屋市)」と、
自然の豊かさを体験できる「島エリア(淡路市・洲本市)」を
ひとつの生活圏として捉え、明石海峡大橋を渡ることで
それらを短時間で自由に行き来できるという
“都市と田舎のいいとこどり=デュアルな暮らし”を提案しています。

また、プロジェクト発足と同時にWEBサイト
『島&都市デュアル 暮らしツアーズ』もオープン。
プロジェクトに参加する市民の方々が「暮らしナビゲーター」となり、
地域の魅力やデュアルライフを実践している人の紹介する記事を制作したり、
“いいとこどり”な暮らしを体感できるユニークな旅のプランを企画しています。

大手通販会社〈フェリシモ〉で働く徳重正恵さんは、
平日はオフィスのある神戸市中央区を中心に生活、週末になると淡路島へ出向き、
イベントに参加したり仲間たちと手芸活動を行ったりとアクティブに活躍。
島&都市デュアルが提唱する“まちで働き、島で遊ぶ”暮らしを
リアルに実践しているひとりです。

女性向けカジュアルブランド〈haco!〉事業部で商品の生産管理を担当する傍ら、
昨年設立された財団〈PEACE BY PEACE COTTON〉の理事も兼任する徳重さん。

PEACE BY PEACE COTTONは、2008年にフェリシモから生まれた
循環型プロジェクト。
インド産オーガニックコットン製品に基金をつけて販売し、
その基金を活用してインドの綿農家の有機農法への転換支援や
子どもたちの就学・奨学支援を行うという取り組みです。

〈haco!〉で展開する新作サンダルのサンプルチェック。バックルの位置やヒールの高さ、中敷きのクッション性、履いたときのフィット感などを細かく確認します。

2015年からはサブプロジェクト〈STITCH BY STITCH PROJECT〉もスタート。
閑散期の農家の生活向上や女性の自立支援のために、
刺繍アーティスト二宮佐和子さん協力のもと、
インドの農村の女性たちに刺繍の技術を教える活動を行なっているそう。

「指導書や手紙を通じてステッチのコツを細かく指導しています。
刺繍などの付加価値の高い製品加工を村で行えるようにすることで、
彼女たちのお仕事が増えて、少しずつでも収入や生活、そして技術の向上につながり、
彼女たち自身で新たな未来をつくっていけるように支援することを目指しています。
彼女たちが手刺繍を施した商品は、インドでの刺繍のようすを伝えながら、
定期的にhaco!で販売をしています」

〈PEACE BY PEACE COTTON〉のサブプロジェクト〈STITCH BY STITCH PROJECT〉から生まれたアイテム。刺繍アーティスト二宮佐和子さんのデザインをもとに、インドの村に暮らす女の子たちが色鮮やかな刺繍を施したもの。3月末からhaco!で販売開始

三好市による
文化交流と起業支援の拠点づくり。
何が必要? 誰とやる?

ただいま、地域交流拠点施設を建設中

観光、移住検討などを目的に年々訪問者が増えてくる。
そんなとき、まちはどんな風に対応したらいいのだろう。
あるいは、訪れた訪問者とどのように触れ合えば、
末長くお付き合いしていけるような関係性が育まれるのだろうか。

現在、移住促進に力を入れている徳島県三好市では、
新しくまちを訪れた人と住民をつなぐ、
地域交流拠点施設をリノベーション中だ。
これまで、〈まちかど資料館〉として機能していた建物は、
池田町にある本町通り、通称うだつ通りの名家、真鍋家が市に無償提供したもの。
屋号を名付けた地域交流拠点〈真鍋屋〉として6月1日にオープンする。

真鍋屋のあたりは、夏冬に行われる〈うだつマルシェ〉の中心付近となり、
多くの人で賑わう。近くには飲食店も多く、非常に便利な立地だ。
何よりも、ここは三好らしい歴史の風景が、古民家のうだつとともに残っている。

〈真鍋屋〉に3つの機能を持たせるプランづくり

「土地の文化と歴史の交差点となる、旧真鍋家を活用しようという話から始まりました。
市のミッションとしては、移住促進もしたい。
となると、三好に来た人に土地を知ってもらい、
仕事もできるような空間が必要なんです」

新しく建物をつくるのではなく、既存のものを使って、
移住者と地域の人たちが交流する場をつくりたかったというのは
三好市生涯活躍のまちづくり推進室の藤原 晃さん。

「移住者の方は、ずっと住まなきゃいけないとなると、プレッシャーも感じることでしょう。
こちらとしては、ずっと住まなくてもいいから、関係性を持つ人たちが増え、
頻繁に足を運ぶようになってほしいと思っています。
そんな場をつくれたら、将来的に外と中の人たちによる
仕事の創出にもつながるのではないかと」(藤原さん)

交通の要衝であり、四国でも有数の宿場町だった歴史を
今に伝える真鍋屋に、以下の3点の機能を持たせることにした。

1、コンシェルジュ機能

移住支援のサービス窓口を設置。
仕事や住まいの紹介や、移住希望者の希望に応じて住民との交流会も行う。

2、インキュベーション機能

三好市においての起業、開業など新規事業の立ち上げを支援。
敷地内にある中・短期滞在のお試し住宅とオフィスを貸し出す。

3、交流協働機能

交流スペースやミーティングスペース、チャレンジショップなどの場を設置。
地元で起業する先輩の移住者や地元キーマンとの交流をサポート。
定期的なワークショップも開催。

「池田は、かつては大手企業があったこともあり、
徳島の西側の拠点として栄えていたんです。
でも、現在はこちらから外に働きに行くケースが多いので、
ここをきっかけに移住者と地域住民が一緒になって事業をおこして、
ずっと住めるような土地になれば」
藤原さんがまとめた未来設計図はそのまま、
建物全体の設計にも継がれていく。

生まれも育ちも三好市の藤原さん。お子さんもいるが、現状では、進学や就職などでいずれは出さなくてはいけないので、「子どもたちが戻ってきてもイキイキと働いて暮らしていけるまち」をつくりたいと話す。

昭和8年に描かれた吉田初三郎作の阿波池田の鳥瞰図。山と川に囲まれた土地の中に建物がひしめき合っている。

江戸時代から続く阿波池田の名家、真鍋家の敷地の一部を改修。幕末から明治にかけて木材やたばこ産業で栄えた〈うだつ通り〉に建っている。

第46話・
今回は神戸大学キャンパスを訪問。
緊急災害時アナウンスのオーディオ
テストを依頼されました。

第46話
地元ラジオ局の依頼で神戸大学へ。
意外な人との出会いもありました。

今回グレアムさんは神戸大学キャンパスへ。
というのも、緊急災害時アナウンスの
オーディオテストへの参加を依頼されたそうです。
そこでは、同じくテストを依頼された
ニューヨークから来た女性との出会いが。
もちろん初対面なのですが、どこかで会ったような……、
と不思議な感覚がわいてきたそうです。いったいなぜ!?

今回もスルスルと横にスライドしながら、お楽しみください。

小豆島でAirbnb!
新しい島旅のカタチ

Airbnbに関する交流会で、みんなの質問や体験談も

誰かの家や部屋を借りて泊まることができる〈Airbnb(エアービーアンドビー)〉。
使ったことがある人はまだ少ないかもしれないですが、
一度は耳にしたことがあると思います。

Airbnbは「空いてる家や部屋を貸したい人」と
「借りたい人」をマッチングするサービスで、
国内でも6万軒以上の泊まれる場所が登録されているそうです(2018年2月時点)。
「民泊サービス」という言葉でよく紹介されています。

先日小豆島でそのAirbnbの方との交流会がありました。
Airbnbは〈ホームシェアリングラボ〉という活動をしています。

〈ホームシェアリングラボ四国〉の交流会が小豆島のNPO法人〈Totie(トティエ)〉のオフィスで開催されました。

「ホームシェアリング」とは、家や家の一室を
宿泊場所として旅行者などにシェアすること。
日本語で言う「民泊」です。

ホームシェアリングラボは、ホームシェアリングを通して、
人と地域を自由にする新しいライフスタイルを試行する実験室です。
ホームシェアリングを通じて、個人と地域コミュニティ、企業をつなぎ、
新たなホームシェアリングのかたちを模索していきます。

とされていて、具体的には各地域で個人や地域コミュニティ、
企業などと一緒に、情報交換や勉強会を開催したり、
新たな企画を生み出したりしています。

今回はその一環で、香川を拠点に活動しているNPO法人〈アーキペラゴ〉
Airbnbが共に活動している〈ホームシェアリングラボ四国〉の交流会が開催されました。
平日の日中にもかかわらず、島内のたくさんの人が集まりました。
Airbnbにはみんな興味があるんだなぁとあらためて感じました。

Airbnbの林田 潤子さん。

Airbnbとホームシェアリングラボ四国の活動をされているNPO法人アーキペラゴの串田えみさん。

「お客さんがものを壊したときはどうなるのか?」
「6月から施行される住宅宿泊事業法はどんな内容なのか?」
「いまの時期だと海でわかめを採ってきて、それを家で料理するっていう
自分たちの普段の暮らしを体験させてあげたいんだけど、どうしたらいいか?」
「小豆島では“体験”の販売はできるようにならないのか?」
「Airbnbに登録したら、海外のお客さんが泊まりに来てくれたけど、
登録の仕方が間違っていて、ひとり3000円じゃなくて、
全員で3000円になってしまっていた(笑)」

Airbnbに関してはまだまだわからないことが多く、
いろんな意見や質問、体験談が飛び交いました。

体験つきの宿泊プランについても話しました。

Airbnbの体験談も。

不便な暮らしが楽しい!?
山間の美流渡に引っ越して2か月で
発見した、楽しさと豊かさ

静まり返った場所で、鋭くなる感覚

岩見沢の市街地から山間部にある美流渡(みると)に引っ越して2か月が経った。
転居を知った友人たちから、「美流渡の暮らしはどう?」とよく聞かれるのだが、
わたしはまだしっくりした返事を見つけられないでいる。
いまのところ「窓から見える風景がきれいだよ」と答えているのだが、
本当なら、どんなふうに暮らしが変わったのかを話せたらなあと思うこともある。

しかし、暮らしの変化について、ひと言で語るのは難しい。
もともと住んでいた市街地から、ここへは車で30分の距離。
同じ市内ということもあり、息子は昨年からすでに美流渡にある小学校に通っているし、
わたしもフリーランスの編集者として、変わらず仕事を続けている。
つまり表面的には暮らしのベースは変わっていないのだ。

市街地からそんなに離れてはいないが、山々に囲まれた風景が広がる。美流渡は人口400人ほどの小さな地域。

ただ、なんの変化もないかと言えば、そんなことはない。
ゆっくりと確実に“意識の変化”が起ころうとしている。
それをうまく言葉にできないのだが、しいて表すなら、
感覚が鋭くなっているということなのかもしれない。

例えば、そのひとつは「音」に対する感覚。
川や森に近く、隣の家との間隔がかなりあり、
夜には心細くなるほどシーンと静まり返っている。
この静けさのなかに浸っていると、日々混乱していた思考回路が
整ってくるような、そんな気持ちになることがある。

美流渡の夜。雪が積もる冬は特に静まり返っている。ときどき風が吹き抜ける音を感じるくらいだ。

そして、引っ越しとは直接関係ないのだが、
「味覚」や「臭い」にも変化が起こっている。
8か月になる第3子がいることから、添加物の入った食べ物や
農薬を使ったものを減らすように心がけている。
また、もとから柔軟剤や化学的につくられた香料の臭いが苦手だったために、
いま洗剤類は無香料の石けんと重曹だけにした。

こうした生活をしていると、市街地と美流渡の水や空気の
わずかな違いを感じ取れるようになっており、
ナチュラルなものが多い場所に身を置くと、明らかに心が安らいでいるのがわかる。

時折見える晴れ間。葉が落ちた枝に雪がうっすらと積もっている様子は、格別に美しい。

映画館のない飛騨で映画をつくる?
監督、脚本、キャストを
市民が担う映画『ひなたつむ』

飛騨への移住は何が違う?
仕事、住居、暮らしを支える飛騨コミュニティ vol.6

世界中から集まる、多くの旅人の心を掴んで離さない飛騨。
観光地として有名な飛騨は、高山市・飛騨市・下呂市・白川村の
三市一村からなる広域エリアだ。
伝統に触れつつ、新しい生き方を実践できるこの地域には、
観光客だけでなく移住者が増えている。

地域で暮らすうえで、大きなポイントとなるのが、人とのつながり。
縁を感じられる地域には、移住者は自然と集まってくる。
コロカル×未来の地域編集部でお届けする、飛騨の魅力に迫る連載。
外の人々を迎え、つながりを強くする。そんな飛騨のコミュニティを訪ねていく。

映画館のないまちで動き出した市民プロジェクトとは?

飛騨と映画といえば、2016年に大ヒットした
『君の名は。』を思い浮かべる方も多いだろう。
全国の映画館で、ロングラン上映されたこの映画だが、実は飛騨地域には映画館がない。

一見、映画上映とは縁の薄いまちのように思えるが、
飛騨市には、市民を巻き込んで自分たちで映画を制作し、
上映会までしてしまった人々がいる。

飛騨市には、〈飛騨市小さなまちづくり応援事業〉という制度がある。
市民主体のまちを住みやすくする活動に対して、一定の助成金が交付される制度だ。

この制度を利用し、撮影、上映されたのが、
飛騨市を舞台にした短編映画『ひなたつむ』だ。

『ひなたつむ』は、ある家族のあいだで起こった、小さな奇跡の物語。
表裏を返しながらふたつのストーリーが展開するが、
どちらも、ひなたのようにあたたかい映画だ。

飛騨市で撮影し、市民がつくりあげた短編映画『ひなたつむ』撮影現場。

一般募集して集めたというキャストをはじめ、
監督、脚本、制作スタッフすべてに、市民が関わっている。

プロの俳優や、飛騨市長も巻き込み制作されたこの映画は、
いったいどのようにしてつくられたのだろうか。

豊岡を離れる高校生に 父母から卒業証書を贈る…涙の 〈親から子へのサプライズ卒業式〜 わかもの巣立ち 応援プロジェクト〜〉公開!

コウノトリや城崎温泉のほかにも、地域資源を生かした
様々な挑戦を続けている“飛んでるローカル”こと兵庫県豊岡市。
4年制大学が但馬地域にないことなどから、
進学を機に、多くの若者が流出する問題を抱えています。

このたび、そんな豊岡市から、卒業シーズンの素敵な動画が届きました。
市内にある兵庫県立豊岡高等学校で行われた、
サプライズ卒業式〈親から子へのサプライズ卒業式〜わかもの巣立ち応援プロジェクト〜〉の
模様をドキュメントした実話ムービーです。

兵庫県立豊岡高等学校

豊岡市では毎年高校卒業を機に、多くの生徒が進学や就職のために市外へ旅立ち、
18年間過ごした故郷や親元から離れます。
高校からの卒業は、豊岡からの卒業でもある…〈豊岡卒業式〉とは、
そんな卒業生たちに、卒業生のお父さんやお母さんが
想いを込めた卒業証書を渡したイベント。
飛び立つ子どもたちに贈るメッセージが感動的で、見ているこちらも
思わずもらい泣きしてしまいます。

このムービーが収録された兵庫県立豊岡高等学校は、1896年に設立された
兵庫県で二番目に歴史が古い高校。
〈豊岡卒業式〉が行われたのは、豊岡高等学校の卒業式が終わってから。
何も知らされていなかった生徒たちが、卒業式後の体育館に再び集められたのですが、
そこにいたのは自分のお父さんやお母さん! 
壇上で卒業証書を受け取ると、どちらも涙が止まりません。

このサプライズ卒業式のために、
1か月以上前からPTAや校長たちに協力を依頼。
PTA役員有志から11名が参加することになりました。
お子さんへの卒業証書も、すべてがシークレットで進められていきました。

ムービーで親から子どもたちに伝えられる「飛んでいけ」という象徴的なメッセージ。
これは豊岡市を巣立つ若者へ向けたエールであると同時に、
巣立った若者がいつでも帰ってこれる場所として有り続けるようにと、
豊岡で残って暮らす自分たち自身の決意表明も込められています。

豊岡市中貝市長より:

かつて、高校の卒業式で息子や娘が決然と席を立ち、出口に向かって背中を見せた瞬間、私の心に浮かんだのは、「ああ、行ってしまう」でした。今、豊岡の私たちは、巣立っていく子どもたちに、あえて「飛んでいけ」と言おうと思います。「世界中に素敵なところがある。しっかりと見ておいで」と。同時に、それは帰ってきたくなるようなまちを創る、という私たちの決意でもあります。故郷は、いつまでもこの地で、故郷であり続けたいと願って、この映像を制作しました。

夏は米づくり、冬は山仕事。
南伊豆〈大喜米〉の大ちゃんこと
中村大軌さんの目指すもの

移住して1年、ついに米づくりを
「やるか!」というタイミングが

伊豆下田に移住して、ようやく1年になる津留崎家。
家族で食べる野菜や米を自分たちでつくりたい! と思っていたものの
まだそこまでできていない状況です。
でもついに、この春から米づくりを始めることに。
その後押しをしてくれたのは、夏は米づくり、冬は林業を営む
〈南伊豆米店〉の中村大軌さんの存在がありました。

移住でなく「延住」?
地域密着型デザインで仕事が
切れない三好市のデザイナー、
肴倉由佳さん

地域おこし協力隊で、想定外の場所へ

2013年7月に三好市の地域おこし協力隊として東京からやってきた肴倉由佳さんは、
2年9か月の協力隊の任期終了後も、
デザインをなりわいにして三好に住み続けている。

肴倉さんは神戸市出身で、
山を愛する両親に、自然との共存をベースに育てられたという。
週末には郊外で借りていた畑に通い、
長い休みには家族全員で信州の山々へ、山登りに出かけるような家族だった。
ずっと山を愛し、しょっちゅう山に登りにいっていた肴倉さんは、
将来、両親の出身地である青森に近い、北のほうで田舎暮らしをすることを望んでいた。

京都の美大を卒業後、大阪にある会社のデザイン室で働き、
その後神戸を経て東京へ移り住む。
肴倉さんは、自分のやりたいことと、環境を寄り添わせるのに苦悩した時期だと振り返る。
30歳のときに、住み慣れた関西から東京に移ったのは、
「将来を見据え、少しでも北のほうへ移りたかったから」と話す。
東京で2年間の編集の仕事を終え、次の方向性を模索していた時、
三好市の地域おこし協力隊の説明会があることを知った。

「実は、四国へ行くことはまったく考えていませんでした。
でも、これ以上東京暮らしをするのは無理かなと思ったので、話を聞きに行ったんです」
肴倉さんに、東京暮らしのどのあたりが
無理だと思ったのか聞いてみると、こんな答えが戻ってきた。

「私、山歩きが好きなんです。東京でさあ山に行こうと出かけると
休日の高尾山などは、渋谷の通勤ラッシュよりも人が多くて驚きました。
また、信州などの遠方の高い山に行こうとすると交通費もネックで、
契約社員で働く自分は頻繁に行くことはできず、
山登りや自然と触れ合うことにもお金がかかるということに、
疑問を感じてしまったんです」

人間の根本にあるべき自然が、都会では贅沢品になってしまう。
一度抱いた違和感は拭えず、その違和感が肴倉さんの背中を押した。

協力隊時代から現在にいたるまで密にやりとりをしている山崎正さん。過疎集落の再生に日々取り組む山崎さんたち先住の人たちに学ぶことは多いという肴倉さんは、現在でもイベントの手伝いをしており、現地の人たちにかわいがられている。「ここの土地で何かやりたいことがある人が来てくれると、応援しがいがある」と山崎さん。

道の駅や地元のホテルなどで販売されている肴倉さんがデザインを手がけた地域密着型の商品。右の手ぬぐいは肴倉さんの屋号「さかなやデザイン」のオリジナル商品だ。

徳島県三好市の古民家・
空き家再生プロジェクト10選。
Iターン移住者が選んだ、
実践的リノベーション

三好では、大自然のなかの古民家が人気

三好市という市は知らなくても、
“池田町”や“祖谷(いや)”、“大歩危・小歩危(おおぼけ・こぼけ)”といった地名は
聞いたことがある、という方も多いのではないでしょうか。
徳島県三好市は、徳島の西側、四国の中央付近に位置し、
四国のどこのエリアに行くにも便利なまちです。
古くは、たばこ産業で栄え、賑わっていましたが、
産業の衰退とともに、空き家も増えてきました。
しかし一方で、その空き家を利用する移住者も現れ、
市民の憩いの場として、旅行者の旅の要所として、
そして移住希望者が立ち寄る拠点として、
空き家を上手に活用しているという印象が強いのが、ここ三好市です。

そこで、今回は徳島県三好市のIターン移住者である私が選んだ、
三好市の古民家・空き家再生プロジェクト10選を
古くから営んでいる順にご紹介します。

1 古民家宿 空音遊

自然菜食と田舎暮らしの古民家宿〈空音遊(くうねるあそぶ)〉。
築90年の古民家にコツコツと手を加えて再生。
移住の先駆けであり、日本で最初にできた古民家ゲストハウスとも言われています。
何より主人「のりさん」の話を聞きに宿泊するリピーターが多く、
人の生き方や暮らしの講義なども行っているとのこと。
また奥様のつくる菜食の食事が人気で、
このために世界中からやってくるお客さんも多いそうです。

information

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空音遊

住所:徳島県三好市西祖谷山村榎442

TEL:080-6282-3612

http://www.k-n-a.com/

2 モモンガビレッジ

築100年の古民家をセルフビルドでリノベーションした
トトロの家のような宿〈モモンガビレッジ〉。
祖谷大歩危観光や吉野川のラフティングに便利な場所にあり、
目の前を山や川に囲まれた昭和レトロな雰囲気が残る山里で
理想の休日が満喫できると定評のあるゲストハウスです。
ラフティングガイド歴20年近いオーナーが在籍していた
ラフティング会社の寮だった場所が、移転のため空くことになったため、
そこでゲストハウスをやろうと思い立ち、
2008年にモモンガビレッジがオープン。
年間2000人の宿泊者があり、そのうちの8割が外国人で
海外にもファンを着実に増やしています。

information

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モモンガビレッジ

住所:徳島県三好市山城町信正1153

TEL:0883-86-2334

http://momonga-village.com/

3 四国ゲストハウス おさかなくん家

築60年の古民家を改装したゲストハウス。
大阪生まれのオーナーの西坂洋樹さんが2007年に三好市に移住したのは、
リバースポーツのラフティングがきっかけで、
三好の大自然に魅力を感じ、移住することになったのだそうです。
西坂さんが感じた「ラフティング」と「自然」の魅力を
多くの人に伝えたいという気持ちから、古民家を利用した宿泊施設をスタート。
土壁の補修、漆喰塗り、古い蛇口の再利用、木目を生かした家具類、
五右衛門風呂など、改修は長い道のりでしたが、
手作業だからこその思い入れと愛着があります。

information

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四国ゲストハウス さかなくんち

住所:徳島県三好市山城町大月32

TEL:0883-86-2086

https://www.osakanakunti.com/

4 なこち LIFE SHARE COTTAGE

四国のまんなかの山奥、
徳島県東祖谷落合集落(重要伝統的建造物群保存地区)にある
食堂併設の交流スペース。
在住者と来訪者の垣根なく交流を楽しめるさまざまなイベントの開催や、
展示、体験プログラムなどを不定期で開催しています。
また、ここでは祖谷の旬の素材を使った食事と喫茶が楽しめます。
主に祖谷産のジビエ(猪肉・鹿肉)や、かたくて濃い味が自慢の石豆腐、
身のしまった小さなじゃがいも・ごうしいもなど、
旬の地場産食材を使用した料理を提供しています。
朝食のセットメニューは、事前予約制。
三好に来たら一度は味わっていただきたいです。

information

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なこち LIFE SHARE COTTAGE

住所:徳島県三好市東祖谷落合252

営業時間:10:00〜17:00

定休日:火・水・木

http://nakochi.jp/

5 スペースきせる

刻みたばこで栄えた三好市池田町で、
NPO法人マチトソラが管理する〈スペースきせる〉。
元呉服屋だった築150年の古民家をセルフリノベーションしたスペースです。
毎週金曜日には移住コンシェルジュによる、滞在中のおすすめプランの提案、
地域情報の提供、移住後の暮らしについての相談などが
行われていているほか、月一で地域おこし協力隊の加藤さんが
三好市の素材を活かした和菓子を販売しています。
徳島県内外からこだわりの食や
物品が集まるイベント〈うだつマルシェ〉
池田ジャズ横丁などの会場としても広く活用されています。

information

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スペースきせる

住所:徳島県三好市池田町マチ2467-1

TEL:050-3476-1769

営業時間:毎週金曜日 10:00〜16:00(月一和菓子の日は10:30~売り切れじまい)

https://www.facebook.com/spacekiseru/

〈HOMEMAKERS〉で
映画『simplife』上映会。
身の丈にあった暮らしとは?

「タイニーハウス」の小さくて美しい暮らしの風景

太陽の日差しはもうすっかり春。
畑の野菜や草たちも一気に目覚め、冬とはあきらかに違う速さで成長しています。
〈HOMEMAKERS〉カフェも2か月の冬季休業期間を終えて、ようやく営業再開です。

2か月ぶりにあがった〈HOMEMAKERS〉の旗。

今年もここで新たな出会い、おもしろいことがたくさん生まれるといいな。

やっぱり人が来てくれるのはうれしい。

今年の2月22日で、HOMEMAKERSカフェは4周年を迎えました。
まだまだ浅い歴史だけれど、この4年で常連さんもでき(ありがたし!)、
だいぶHOMEMAKERSカフェの“色”ができたように思います。

その4周年のお祝いと、今年もここで共に楽しみましょーの思いを込めて、
営業再開した週末に、カフェで映画の上映会をしました。
今年は映画の上映をしたり、勉強会やイベントを企画したり、
いままでやってこなかったことを少しずつ増やしていきたいなと思ってます。
HOMEMAKERSカフェがまた新たな場になるように。常に更新!

「身の丈の暮らし」をテーマとしたロードムービー『simplife』。

今回上映したのは『simplife(シンプライフ)』という映画。
アメリカ西海岸で広がりを見せる
「タイニーハウス・ムーブメント」のパイオニアたちを訪ね、
小さくて美しい暮らしを実践している彼らの言葉や暮らしの景色から、
新しい幸せのカタチを探しに行った
「身の丈の暮らし」をテーマとしたロードムービーです。

この映画をつくったBen Matsunagaさんも来てくれました。

タイニーハウスで暮らす方々の想いや生き方が紹介されていきます。

Benさんとは友人の紹介で知り合い、カフェにも何度か遊びに来てくれていました。
『simplife』は全国のいろんな場所で上映されてきていて、
小豆島でも上映できたらいいね! と話していて、
それならHOMEMAKERSでできたらいいなぁと。そんな流れで実現した上映会。
(自主上映会されたい方はこちらから申し込むことができます)

夜19時から上映スタート。(撮影:牧浦知子)

店内のテーブルを出して、椅子を並べて上映会場に。(撮影:牧浦知子)