連載
posted:2018.4.19 from:北海道岩見沢市 genre:暮らしと移住
〈 この連載・企画は… 〉
北海道にエコビレッジをつくりたい。そこにずっと住んでもいいし、ときどき遊びに来てもいい。
野菜を育ててみんなで食べ、あんまりお金を使わずに暮らす。そんな「新しい家族のカタチ」を探ります。
writer profile
Michiko Kurushima
來嶋路子
くるしま・みちこ●東京都出身。1994年に美術出版社で働き始め、2001年『みづゑ』の新装刊立ち上げに携わり、編集長となる。2008年『美術手帖』副編集長。2011年に暮らしの拠点を北海道に移す。以後、書籍の編集長として美術出版社に籍をおきつつ在宅勤務というかたちで仕事を続ける。2015年にフリーランスとなり、アートやデザインの本づくりを行う〈ミチクル編集工房〉をつくる。現在、東京と北海道を行き来しながら編集の仕事をしつつ、エコビレッジをつくるという目標に向かって奔走中。ときどき畑仕事も。
http://michikuru.com/
東京から北海道・岩見沢市に移住したことで、わたしの世界は大きく広がった。
どこまでも広がる大地を見ていると、
エコビレッジができるんじゃないかといった新たな構想がいくつも浮かび、
都会では経験したことのない解放感を感じながら暮らしている。
しかし、ただひとつだけ、東京が無性に恋しくなることがある。
わたしの仕事は美術とデザインを専門とする編集者。
高校から美術コースのある学校に通っており、
同級生や元同僚など友人は、たいてい美術に興味を持っていた。
そのため、いつもディープに美術のことを話していたので、
ときどき猛烈に、こうした話題を語らいたい気分が襲ってくるのだ。
今年に入って出会った織田義史さんは、岩見沢市内では数少ない美術ネタを話せる友人。
3年前に〈milli〉という家具を制作するユニットを立ち上げており、
大学では美術を学び、現代美術のプロジェクトにも関わったことがある。
また、わたしが以前に副編集長をしていた雑誌『美術手帖』を読んでくれていたそうで、
これも本当にうれしいことのひとつだった。
さらに夫も織田さんと意気投合。
東京にいるときに家具工場で働いたことがあったので、
家具の制作方法や道具のことを話すことができて楽しそう。
夫婦ともども織田さんとしゃべっているとテンションがつい高くなってしまう。
またぜひ会って詳しく話が聞きたいと思い、雪解けとなった4月初旬、
織田さんの家具の制作現場を訪ねることにした。
織田さんが家具づくりを学んだのは、大学卒業後。
旭川にあった専門学校に2年通った後に、旭川の家具会社で4年間働き、
独立を考えるようになったという。
「札幌から車で1時間圏内で、工場とショールームとして
使える場所を探すところから始まりました」
織田さんは妻の美里さんとふたりで、毎日車を走らせ
千歳、長沼、新十津川、当別などを点々とした。
廃校も候補になり教育委員会にかけあったが、
よい返事が得られずに時間が過ぎていった。
そんななか、あるときネットで競売物件の情報を見つけて、岩見沢へ。
国道沿いにあったその建物は、廃業した建築業者のものだった。
1階は工場、2階はオフィス。広さも十分だったことから購入を決意。
「僕たちのことをやっと受け入れてくれるところがあった」、
そんなふうに感じたという。
Page 2
購入後の2014年9月、この建物を夫婦ふたりで改修することにした。
最初の難関は、残された大量の荷物。
1階は機械が放置され、資材も山積み。
2階からは整理されていない書類が大量に見つかった。
朝から晩まで黙々と片づけを行い、木材は短く切って薪にし、
不要品はトラックで運び出した。
また、本格的な冬の到来に備え、錆びついた屋根の塗装も自分たちで行い、
中古で揃えた機械を備えつけた。
家具づくりの経験はあっても、家の改修はまったく初めてだったそうで、
動画サイトで技術を学びながら、ひとつひとつ困難を解決し、
2015年1月に、ついにmilliを開業した。
「開業はしましたが、機械の精度が低いこともあるし、
2階の改修もこれからという状態だったので、
すぐにたくさんの家具を制作できたわけではありませんでした」
独立前に勤めていた旭川の家具会社には、
木材を複雑にカッティングできる最新鋭の機械があったという。
仕事も分業化されて、コンスタントに家具をつくることのできる態勢が整っていた。
一方、milliは夫婦だけの工場で、導入できた機械は最低限。
制作環境は旭川のほうが恵まれていたが、あえて別の場所で自らmilliをつくった理由は、
「つくり手が直接販売をしたい」という想いからだった。
「家具やものを売っている場所はたくさんありますが、
誰がどのような風景で作業をしてつくり上げているのか、
どのような工法でつくり上げているのかは、よくわからないまま、
消費されていくことに疑問をもっていました」
開業から3か月ほど経って、家具づくりの合間に手がけていた
2階の改修が部分的に完成し、ショールームを開くことができた。
しかし、ショールームはほんの小さなスペースだったそうで、
お客さんが十分に家具を選べるような状態ではなかったのだという。
「実際に直販を始めてみて、つくると売るをいっぺんにやるのは、
なかなか難しいことがわかりました。
日中は、工場で機械を動かしているので接客できません。
基本的には18時以降に予約を入れてもらっている状態です」
ときには家具制作の下請けの仕事もしながら、地道に制作と販売を続け、
milliは今年で3周年となった。
近隣で家具をつくる人たちとのつながりも生まれ、それが刺激になったという。
「みなさん機械の精度に頼らず、また分業化せずに、
1から10までトータルにやっているので、学ぶことも多いです」
わたしが訪ねた4月初旬には、2階のすべてのフロアーの改修が終わったところだった。
直接販売の難しさを感じつつも、いまmilliは、
お客さんとの接点をつくろうとする新しいスタートラインに立とうとしている。
ショールームの一角で、ゴールデンウィークから、
金曜、土曜に営業するカフェ〈centi〉を開くことになったのだ。
「1階のmilliの上にあるからcenti(センチ)です(笑)」
Page 3
ショールームに置かれている家具は、ひと言で言えばシンプルだが、
細部をよく観察してみると、ところどころにmilliらしさが垣間見える。
例えばキッチンにつけられたカウンター。
その天板の角の面には、直角ではなくカーブがあしらわれ、
ひと手間かけられていることがわかる。
また、テーブルの天板にはあえて木のフシや割れ目の部分が生かされ、
それがアクセントとなっていた。
「現在、使っているのは道産のナラ材です。ナラ材はフシの見栄えがいいし、
ざらっとした木の肌合いを残すような仕上げが合っていると思います。
素材のよさを引き出すような家具をつくりたいですね」
織田さんが家具づくりで重視しているのは、素材感と経年変化だという。
「常に考えているのは生活になじむ家具です。
時間が経って、色合いが濃くなり傷が刻まれていって、
家具も一緒に育っていくといいなと思っています」
ショールームには家具だけでなく、古いミシンや本、
スーツケースなども配置されて、ひとつの空間をつくり出していた。
今後は「古物」もショールームで扱って、生活全体に対する提案をしていきたいそうだ。
なぜ、古いもの、時間が経ったものに織田さんは惹かれるのだろうか?
「もしかしたら絵や彫刻で質感をつくることと通じるのかもしれません。
真っ白なキャンバスに手の跡がつけられていたり、
木にノミ跡がつけられていたりすると、
さまざまなイメージが湧いてくることがありますよね」
ショールームで家具と古物を見ていると、そこには不思議な調和があり、
相乗効果によってmilliの世界観は生まれているのだと実感できた。
それはまるで、現代美術のインスタレーションに近いんじゃないか、
織田さんはアーティストという意識があるんじゃ……。
つい美術好きなので、そう考えてしまうのだが、
織田さんからは、こんな答えが返ってきた。
「ときどき家具作家と言われるんですが、milliは作家ではありません。
商業的な側面があり、会社として営んでいますから。
もし、ノミ跡を残すような彫刻をつくったら、
織田義史という作家と言えるのかもしれませんが……」
ショールームには学生時代につくったという木彫のオブジェも置いてあった。
いずれはこうしたオブジェづくりも再開したいという織田さんに、
思わず「アーティストと職人の違いとは?」とか
「家具と彫刻との違いとは?」など、
お酒でも飲みながら延々語り合いたい気持ちになったが、
この日の取材は残念ながら時間切れ(すでにここまでで2時間くらい話してしまった)。
美術や表現のことを「素」で語り合えるご近所さんにめぐりあえて、
本当に心が熱くなった。いつもは封印している自分のマニアックな部分が
久々に頭をもたげてくるような感覚があり、またここに足を運びたいと思っている。
4月28日から始まるというカフェで美術談義に花を咲かせられたらと、
いまからワクワクしているところだ。
information
milli
住所:北海道岩見沢市栗沢町最上298番106
TEL:090-9751-1003
カフェ・ショールーム営業時間:金曜日、土曜日、隔週日曜日 11:30〜16:00(4月28日より)
*平日、ショールームは予約制
mail:milli@10-3milli.com
Feature 特集記事&おすすめ記事
Tags この記事のタグ