連載
posted:2018.4.2 from:岩手県西和賀町 genre:暮らしと移住 / 食・グルメ
sponsored by 西和賀町
〈 この連載・企画は… 〉
岩手県の山間部にある西和賀町。
積雪量は県内一、人口約6,000 人の小さなまちです。
住民にとって厄介者である「雪」をブランドに掲げ、
まちをあげて動き出したプロジェクトのいまをご紹介します。
writer profile
Hiroko Mizuno
水野ひろ子
フリーライター。岩手県滝沢市在住。おもに地元・岩手の食や暮らし、人にまつわる取材や原稿執筆を行っている。また、「まちの編集室」メンバーとして、「てくり」および別冊の編集発行などに携わる。
credit
撮影:下平桃子
岩手県の山間部にある西和賀町。
積雪量は県内一、人口約6,000人の小さなまちです。
雪がもたらす西和賀町の魅力あるコンテンツを、
全国へ発信していくためのブランドコンセプト〈ユキノチカラ〉。
西和賀の風景をつくりだし、土地の個性をかたちづくってきた雪を、
しっかりタカラモノとしてアピールしていくプロジェクトです。
今回は、「発酵」をテーマにしたツアーレポートをお届けします。
2018年2月24・25日の2日間にわたって、
第2回ユキノチカラツアーが行われた。
今回のテーマは「雪国の発酵をめぐる旅」!
では、発酵食と聞いて、何を思い浮かべるだろうか?
日本酒やビールなどの酒類、味噌・しょうゆ、
チーズやヨーグルト、パン、納豆、漬け物……
ひと口に発酵といっても、随分多くの食品がある。
そして、そのほとんどを西和賀町でもつくっているのだ。
いったい、西和賀町に秘められた発酵パワーとは?
発酵案内人は発酵デザイナーの小倉ヒラクさん。
「秋田には何度も来たことがありますが、西和賀は初めて! 楽しみです」
と話すヒラクさんと一緒に西和賀町へと向かった。
発酵デザイナー・小倉(おぐら)ヒラクさん
東京農業大学で研究生として発酵学を学んだあと、山梨県甲州市の山あいに発酵ラボをつくり、日々菌を育てながら微生物の世界を研究中。「見えない発酵菌たちのはたらきを、デザインを通して見えるようにすること」をめざし、全国の醸造家と商品開発や絵本・アニメ制作、「こうじづくりワークショップ」などを開催している。
関東はもちろん、新潟県や宮崎県などから集まったツアー参加者は21名。
今年、西和賀町の積雪は例年よりさらに多く、
道路の両サイドはどこもかしこも、2メートルに及ぶ雪の壁がバーンと立ちはだかっていた。
見渡す限り、雪、雪、雪ワールド。参加者のワクワク感も増すばかりだ。
最初に一行が訪ねたのは、西和賀町の北部に位置する沢内地区、
〈味工房かたくり〉の中村キミイさんのお宅だ。
〈味工房かたくり〉では、地元食材を使って加工食品をつくり販売している。
キミイさんは、昔、西和賀町の人々がつくっていたと伝わる、
〈雪納豆〉に興味を持ち、試行錯誤を重ねて復活させた人。
現在は、ご主人の中村一美さんとふたりで
農業体験学習の一環として〈雪納豆〉づくりを行っている。
中村キミイさん。西和賀町の定番おやつ〈ビスケットの天ぷら〉、〈大根の一本漬け〉なども自慢のひとつ。
前回のツアー紹介でも記したが、雪納豆とは大豆を煮て
稲わらの藁つとに包み、雪の中で緩やかに発酵させた納豆である。
「私は福島出身ですが、小さい頃は稲わらでつくった藁つと納豆を
食べたものです。この土地に来て暮らすうちに
昔つくっていたと聞く〈雪納豆〉を、なんとか再現できないかと思って」
そう話すキミイさん。すでにつくり手は途絶えていたため、
古い資料を頼りに試してみたが、うまくいかなかった。
というのは、雪が2メートル近く積もらないと試すことができず、
実験可能なのは、冬のわずか40日ほどのみ。
失敗しても改善策を試せるのは翌年……、なのである。
地道な努力を重ねて20年以上。
「やっと数年前から、安定した〈雪納豆〉がつくれるようになったの」と笑う。
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これが雪納豆! スーパーで購入する納豆と何が違う?
雪納豆について、興味深く質問を重ねるヒラクさん。
数日前につくった雪納豆を試食させてもらうと、
普通の納豆と比べ、糸が絹のように細く匂いがきつくない。
「まろやかで、大豆の風味が生きている。
おつまみ感覚で、塩をふって食べるのがいいかも。
どぶろくにも合いそうですね」とヒラクさん。
では、どんな風につくるのか?
ここから先は、皆で体験する部分だ。
納豆の床になる稲わらを折り曲げて、“藁つと”をつくる。
皆、初めての体験とあって、稲わらを折り曲げる作業に四苦八苦だ。
折り曲げて、たばねた藁つとに、乾燥させた朴の葉を敷くのは、
殺菌作用と共に、できあがった納豆を無駄なくきれいに取り出すための工夫でもある。
「そもそも納豆菌は、自然界で稲わらとかシダやビワ、
それにおそらく朴の葉にも棲んでいて、
その菌の働きで大豆が発酵して納豆になるんですよ。
稲わらは繊維の隙間が多いので納豆菌がたくさん棲みやすく、
空気も含んで保温性もあり、納豆の発酵には適した環境なんですね」と
一緒に藁つとをつくりながら、ヒラクさんが教えてくれる。
稲わらを使った藁つとづくりのお手本を示すキミイさん。
皆がつくった藁つと。意外に難しくて大きさもさまざま。
藁つとの準備が整ったら、そこに長時間かけてじっくり煮た大豆と納豆種を入れていく。
ここからが時間との勝負だ!
納豆菌を含んだ「お守り」と呼ばれる結び藁を入れて、
蓋をして、お父さん(一美さん)が待ち受けるムシロのなかに急いで集めていく。
「ムシロは熱いお湯をかけて温めておくけど、
できるだけ早く包まないと温度は下がる一方だからね」と一美さん。
包み込んだ時点で約60度の大豆は、
徐々に温度を下げていくが、たくさんの藁つとを寄せ集めて包むことで
保温力が高まるのだとか。
「こうやって、皆で一緒につくることに意味があるんですね」
と、ヒラクさんも納得の様子。
熱々の大豆を藁に入れて、
納豆菌を含んだお守りと呼ばれる「結び藁」を一緒に入れて、
21人分の納豆をさらに稲わらで保温し、ぐるぐるとムシロでまとめる。
雪の中は常に0度を保つので、室外に置くよりも安定した保存環境を保つことができる自然の冷蔵庫。昔の人ならではの知恵が生み出した方法だ。
ムシロをしっかりまとめたら
1メートル半も掘った雪の穴に埋めて2日間発酵させる。
その後、掘り起こした納豆を1日常温でおいて熟成をさせ完成である。
キミイさんのお宅では、小さなお孫さんたちが手伝うこともある。
つくり方はもちろん、集う楽しさもまた次世代につなぎ継がれているようだ。
ツアー早々、西和賀のユキノチカラをたっぷり感じた雪納豆づくり。
日が暮れたあとも、楽しみは続く。
西和賀の冬を彩る雪あかりを制作し、
柔らかなロウソクで灯す光の美しさを体験。
そして、1日目の締めくくりは西和賀町のめぐみ満載の料理だ。
宴会の場には、地元住民で結成した「西和賀まるごと食ってみでけろ隊」が登場。
熱いもてなしをうけて、1日目が終了した。
スコップやバケツを使って、皆でいっしょに雪あかり制作!
夕食は、〈ユキノチカラ白ビール〉で乾杯。
地元住民や役場職員などで結成した「西和賀食ってみでけろ隊」乱入!“優しさ溢れる押しの強さ”を存分に繰り広げたプレゼンタイムも同ツアーの楽しみどころ。
「西和賀食ってみでけろ隊」メンバーのひとり、愛称「ハイデック」こと高橋秀樹さん。その正体はぜひ、現地で確かめて!
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2日目の朝は、地元ベテランガイドの案内で「かんじき雪上散歩」からスタートだ。
新雪を野ウサギのように歩いてみよう!
というわけで、秘密兵器となるのが「かんじき」。
積雪2メートルにおよぶ豪雪地帯の暮らしに
なくてはならない雪の上を歩く補助具だ。
バーンと広がるまだ誰の足跡もない雪原で
眼を閉じて走ってみたり、寝転んでみたり。
ふだんは体験できない雪あそびに、あちこちで歓声が!
「降り落ちる雪を真下から眺めると、
自分が空に舞い上がっていくような不思議な感覚になりますよ」とガイドさん。
子どもも大人も、全身で雪の感触を味わうひと時に浸っていた。
平地も斜面も歩けるようにカスタマイズされた西和賀仕様のかんじき。
皆、かんじきは初体験。
一面の雪世界をずんずん進む快感は、体験してこそ!
西和賀を知り尽くす瀬川強さんの、自然愛があふれるレクチャー。
すっかり童心に返った大人たちで記念写真。
雪上散歩で体を動かしたあとは、いよいよ「郷土料理づくり」だ。
今回のテーマ「雪国の発酵をめぐる旅」の魅力を堪能すべく、
地元のお母さんたちと一緒に納豆汁を調理。
納豆汁は、西和賀町で古くから食べてきた郷土料理の代表作、
体を温めてくれる冬の貴重な料理である。
まずは、納豆をすり鉢で潰すところからスタート。
すりこぎ代わりに使うのは、なんと大根だ。
「大根を使うと納豆が潰しやすいの」とお母さん。
交替で、ぐるぐるぐると納豆をすり潰すこと10数分、
徐々に滑らかになってきた納豆に
味噌を混ぜたら準備はOK。
だし汁にサワモダシ(ナラタケ)やワラビ、
豆腐や油揚げを加えて温め、味噌で味を調え、
仕上げに納豆を混ぜ合わせてネギを入れて完成だ。
豆腐、油揚げ、納豆、味噌という大豆×発酵パワー炸裂の納豆汁と共に 、
西和賀産米で握ったおにぎり、凍み大根やワラビなど旨みたっぷりの煮しめ、
西和賀町のお母さんたち自慢の「大根の一本漬け」など
食卓には、食材のポテンシャルを存分に引き出した料理がずらり。
西和賀町自慢の郷土料理を満喫できた。
「大根の一本漬け」は3種を食べくらべ! 樽についた乳酸菌による発酵の加減、大根のもつ甘みの違い、漬け込む環境の違いなど、それぞれのおいしさに箸がとまらない。
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湯田牛乳公社直売所「結ハウス」で牛乳を飲み比べ、おみやげを購入!
最後は、西和賀住民がこよなく愛する温泉施設〈砂ゆっこ〉で身体を温め、
西和賀産牛乳やヨーグルトの試食にも舌鼓。
雪国の食を豊かにする発酵のすばらしさを体感した2日間だった。
冬に蓄えたユキノチカラが、もうすぐあちこちに芽吹く西和賀町を
ぜひ、皆さんも訪れてはいかがだろうか。
「大根の一本漬けは、各地域の代表が味を競い合っていて
ヒップホップだ!」と感激していたヒラクさん。
今回、発酵ツアーに同行した感想を少し聞いてみた。
「全国各地いろいろ出かけますけど、西和賀で出会った人の言葉は皆、すごくポジティブ。
地元のモノを応援している!感じが半端なく伝わってきました。
北国の冬は長いので、発酵は保存食づくりに欠かせないことですが、
食材が限られているから発酵食も貧しいとは限らない。
西和賀には、食材の栄養素を引き出した豊かな食文化がたくさんありますね。
納豆汁、大根一本漬け、乳製品……特にプレミアム湯田ヨーグルトがおいしかった!
初日に参加した雪納豆づくりは、一緒につくっている感じがいいですよね。
発酵ってそもそも手間がかかること。でも、それを口実に集まって
作業することでコミュニティづくりにつながるし、
皆の絆を深められるじゃないですか。
例えばヨーロッパのパン焼き作業も同じで、
村の共同のパン焼き窯で『最近どうなの?』って、近所同士の話をしたり。
西和賀でも昔の人はきっとそうしていたんじゃないのかな。
その“手間”にこそ意味があると思います。
西和賀にはすごく豊かな食生活があって、その価値を地元の人たちは
意識せずに続けてきたのかもしれないけど、
意識することで変なアレンジが加わってしまうこともあるでしょう。
価値とか意味を頭で考えるんじゃなく、体を使って若い人に継承していく。
そこに価値があるんじゃないのかなと思います。
大根の一本漬けなんてもう、各集落のお母さんたちそれぞれが
味の競演をしていて、本当にすばらしいです。
中村キミイさんにも、もっと教えてもらいたいことがいろいろ。
いつか、西和賀で麹づくりワークショップとか、やってみたいですね」
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