連載
posted:2016.11.24 from:北海道岩見沢市 genre:暮らしと移住
〈 この連載・企画は… 〉
北海道にエコビレッジをつくりたい。そこにずっと住んでもいいし、ときどき遊びに来てもいい。
野菜を育ててみんなで食べ、あんまりお金を使わずに暮らす。そんな「新しい家族のカタチ」を探ります。
writer profile
Michiko Kurushima
來嶋路子
くるしま・みちこ●東京都出身。1994年に美術出版社で働き始め、2001年『みづゑ』の新装刊立ち上げに携わり、編集長となる。2008年『美術手帖』副編集長。2011年に暮らしの拠点を北海道に移す。以後、書籍の編集長として美術出版社に籍をおきつつ在宅勤務というかたちで仕事を続ける。2015年にフリーランスとなり、アートやデザインの本づくりを行う〈ミチクル編集工房〉をつくる。現在、東京と北海道を行き来しながら編集の仕事をしつつ、エコビレッジをつくるという目標に向かって奔走中。ときどき畑仕事も。
http://michikuru.com/
3年前に観たドキュメンタリー映画『幸せの経済学』は、
ローカルな暮らしの重要性について、さまざまな気づきをもたらしてくれたものだった。
いずれまた観てみたいと思っていたこの映画の監督、
ヘレナ・ノーバーグ=ホッジさんが、わたしの住んでいる岩見沢からも近い
長沼で講演会を行うという、またとない機会があることを知った。
ヘレナさんはスウェーデン生まれの言語学者であり、
〈ISEC〉(エコロジーと文化のための国際協会)の代表を務め、
グローバリゼーションに対する問題提起を行うオピニオンリーダーだ。
世界的に活躍をする彼女に間近で会えるチャンスがあるなんて(しかも長沼で!)と、
講演会が行われる日を指折り数えて待っていた。
ヘレナさんが長沼にやってきたのは、この地で農業を軸とした共同体
〈メノビレッジ〉を運営する、エップ・レイモンドさんと荒谷明子さん夫妻の
力によるところが大きい。
日本の農業のみならず市民の生活にも大きな影響を及ぼすTPPに
危機感を抱いていたレイモンド夫妻は、2012年、来日したヘレナさんに、
北海道の市民に向けたメッセージをビデオに収めたいと頼んだことがあるという。
以来交友が始まり、今回の来日につながった。
ミニ上映会と講演会が行われたのは10月21日。
会場には約80名の人々が集まった。『幸せの経済学』という映画は、
外国人立ち入り禁止地域にあったヒマラヤの辺境の地・ラダックが、
1970年代に突如として近代化の波にのまれていく様子を追いながら、
わたしたちにとって「本当の豊かさとは何か」を問うものだ。
ヘレナさんが最初にラダックを訪れたのは35年前。
言語の研究のために滞在したことがきっかけで、
以後たびたび訪ねるようになったという。
「ラダックはどこよりも活気にあふれていて、物質的な生活水準も高いものでした。
人々は広大な家を持ち、ゆっくりと余暇を過ごし、失業という心配は皆無でした。
飢餓もありません。彼らは幸福で豊かだったのです」(映画『幸せの経済学』より)
先進国と途上国という言い方に当てはめるならば、ラダックは途上国の側にある。
途上国というと、物質的に貧しく食糧難を抱える地域というイメージがあるが、
外との接触がなかった時代のラダックは、
こうしたイメージとはまったく違う場所だった。
70年以降ラダックには、“援助”という名のもとに道路が整備され、
安価な食料が外から入り、欧米の広告や情報が押し寄せた。
これにより大気汚染や失業者、貧富の差が生まれており、
グローバリゼーションの拡大が人々にさまざまな問題をもたらしていった事実が
映画のなかで語られていく。
ヘレナさんによると、グローバリゼーションという言葉は、
国際協力や相互依存という意味と混同されやすいが、
その実態は多国籍企業が世界で有利に事業を展開するための規制緩和のことであり、
こうした企業が市場を独占する状態がつくり出されているという。
「もっとも残念だったのが、精神的に豊かだったラダックの人たちが、
不和になり思い悩んでいることです。
この変化は人類の強欲さや発展が原因ではありません。すべてが突然すぎたのです。
まともに外部の経済的圧力を受けてしまったことが原因なのです。
その圧力が激しい競争を生み、地域社会を壊し、コミュニティと自然とのつながりが
失われてしまいました」(映画『幸せの経済学』より)
こうしたラダックの実情とともに、この映画ではグローバリゼーションからの転換を
見据える研究者や環境活動家の意見も多く紹介されている。
これらの意見からグローバリゼーションの実態を分析し、
その問題点を明らかにしていくが、決して批判だけでは終わらないところが、
この映画の大きな魅力と言えるだろう。
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ヘレナさんが、グローバリゼーションからシフトする方法として
重視しているのがローカリゼーション。
映画のなかにも、わたしたちの意識を変えるための数々の提言があったが、
上映会の後の講演会では、より具体的なローカリゼーションの事例について語られた。
ヘレナさんはスライドを用いながら、ローカリゼーションが、
暮らしにどのような変化をもたらすかを解説してくれた。
ヘレナさんによると、ローカリゼーションとは国際貿易を排除するものではなく、
まず地域のニーズに合わせた生産を地元で行うことを主軸に据えるという考えだ。
そして、ローカリゼーションの取り組みのなかでも
ヘレナさんが重要なものとして上げたのが食べ物の地産地消。
地産地消をすれば、輸送距離や冷蔵期間を短縮でき、
梱包も簡易的になり、化石燃料の使用量も減る。
また、農作物の多品種少量生産が可能となり有機栽培に移行しやすくなるという。
「もっとも大切な点は、多様性が保たれるということです。
グローバリゼーションは画一化された社会をつくり出しますが、
本来わたしたちが暮らしていくには、多様性が必要なんです。
わたしたちはローカルに物事を行っていく必要があります」
食べ物の地産地消は、いま世界中で起こっており、
にぎわいを見せるフードマーケットや会員が生産者を支える取り組みなど、
多彩な事例をヘレナさんは語ってくれた。
こうした取り組みを知らしめ、ネットワークをつくっていくために
「Local Futures」というウェブサイトの運営もしているそうだ。
ヘレナさんが語った、ローカリゼーションにより生まれる豊かさについては、
東京から北海道へ移住したわたしにも実感できることが多々ある。
いま口にしている野菜の多くは、農家の友人がつくったものだし、
家賃など生活にかかるコストも減り、お金がなければ生きていけないという観念から、
徐々に解放されつつある。
しかし、ヘレナさんが強調したのは
個人でローカリゼーションの恩恵を受けるだけでなく、
“I”を“We”へと変えていき、地産地消の取り組みをみんなで一緒に共有することだ。
また、社会や経済の仕組みを市民ひとりひとりが
もっとよく知ることも欠かせないという。こうした活動を行うなら、
最初は2〜3人で始めるといいのではないかとヘレナさんは言う。
具体的には、地元の食材を使った料理を提供する会を開いてみたり、
ローカリゼーションについて考える機会となるような映画上映会を行ってみたり。
そして、どんなに小さな活動でも、世界で起こっている環境問題や政治的問題に対して
働きかけているという自覚を持つことが大切だというアドバイスもあった。
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このようにヘレナさんの話には、すぐにでも始められるような
活動のヒントが多数あったが、講演の最後に、本当に誰もが
いまこのときから実践できることとは何かについて語ってくれた。
「まず持ってほしいのは、人と人とのつながりを感じ、命を讃え合う気持ちです。
あらゆる地域が都市化され、いまの社会に生きる人々は
孤立していると感じるかもしれませんが、人は本来仲間とつながり、
ともに生きていくもの。そして、わたしたちの命は
自然のなかで生かされており、本当に美しいものと言えるのです」
この言葉を聞いて、3年前にこの映画を観たときには、ヘレナさんのメッセージが
漠然としか自分のなかに入っていなかったことに気づかされた。
ローカリゼーションによって暮らし方が変わるだけでなく、
かつてラダックにあったような「人間同士、大地や自然、自分の命とのつながり」を
実感できる場が生まれることによって、
映画のタイトルにもなった「幸せ」を、人は感じるのではないか。
この視点は、なぜ自分が東京を離れ地方に移住し、
この地でどのような生き方を深めていきたいのか、
その道を指し示してくれるようなものだった。
この連載で、北海道にエコビレッジをつくりたいという想いを語ってきたわけだが、
その軸となるものを、よりはっきり自覚できたように思う。
講演会のあとに懇親会が行われ、この会を企画した長沼の人々とヘレナさんが、
家庭的な雰囲気のカフェで語り合う場が設けられた。
そこでも行政や大企業に対する問題が語られたのだが、
こうしたグローバリゼーションを推し進める“人”たちを決して否定することなく、
ヘレナさんは常に鳥のような広い視野を持ち、
「人が悪いのではなく、つくり出したシステムに問題があるんですよ」と、
やさしい言葉をかけていた。
人間の強欲さがいまの社会を生み出したという考えもあるが、ヘレナさんは、
人の心には本来善意が満ちているとして、常に未来に希望を抱いているというのだ。
そんな彼女の眼差しは、ここに集った誰もに勇気を与えてくれるものだった。
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