連載
posted:2018.5.2 from:熊本県阿蘇郡南阿蘇村 genre:暮らしと移住
〈 この連載・企画は… 〉
南阿蘇鉄道にある、日本一長い駅名の駅「南阿蘇水の生まれる里 白水高原」駅。
その駅舎に、週末だけ小さな古本屋が出現します。
四季の移ろいや訪れる人たちのこと、日常の風景を〈ひなた文庫〉から。
writer profile
Emi Nakao
中尾恵美
なかお・えみ●1989年、岡山県勝田郡生まれ。広島市立大学国際学部卒業。出版社の広告営業、書店員を経て2015年から〈ひなた文庫〉店主。
はじめまして。
熊本県の南阿蘇村で〈ひなた文庫〉という古本屋を営む中尾恵美です。
「古本屋」と言っても少し変わっていて、
南阿蘇鉄道の駅舎の中に週末にだけ現れる古本屋です。
この連載ではひなた文庫の営業を通して、南阿蘇の四季のこと、村の人や場所、
そして熊本地震のことなど、日々の気づきや感じたことを届けていこうと思います。
まずは簡単な自己紹介を。私は岡山県出身で学生時代を広島で過ごし、
就職して東京で1年ほど暮らしました。
学生時代からおつき合いしていたいまの旦那さんが南阿蘇村の出身だったので、
彼が大学院を卒業し、熊本に帰るのをキッカケに2014年に私も熊本に移住しました。
私は小さな頃から読書が好きで、よく父や母に
スーパーの隣にある本屋さんへ連れて行ってもらっては、
両親が買い物を済ませるあいだ、本棚を見て、気になる本を探していました。
幸い親が本にかけるお金には寛大だったため、
読みたいならと買ってもらっては、帰りの車の中で読み始めていました。
そんなふうに本が身近な存在だったためか、本というモノ自体にとても愛着があります。
本が並んでいる場所に行くと近くで手にとってみたくてうずうず。
やぁ、こんにちは! 君はどんな本なんだい? とパラパラめくってみたくなるのです。
そんな本好きな私が、なぜ南阿蘇鉄道の駅舎の中で古本屋を始めることになったのか。
それは自分たちのあったらいいな、をかたちにしようと思ったからでした。
南阿蘇村には図書館も本屋さんもありません。
村の人は隣町の図書館に借りに行くか、ネットで頼むか、そもそも本を読まないか。
本は読まなくても生活においては特に困りません。
でも本を読んで感じる感情の動きは、普段の生活の中だけでは得られないものがあるし、
生活に生かせる気づきだって沢山あると思うのです。
だから、気軽に行ける本屋が近くにないのはちょっと寂しい。
だったら自分たちでやるのも悪くないかもしれない。
熊本に引っ越して1年程経つ頃にはそう考えるようになっていました。
古本屋なら、場所さえあれば、いまの仕事をしつつ
自分たちの休日を使ってできるかも。
まだぼんやりながらそんなふうに思っていた頃、
たまたまふたりで観光しようと訪れた南阿蘇鉄道の日本一長い駅名の駅、
「南阿蘇水の生まれる里白水高原駅」。
そこは無人駅でがらんとした八角形の空間でした。
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壁もドアも床もすべて木造で、屋根は水色、
絵本にでも出てくるようなかわいらしい駅舎です。
夕方だったため、窓からは夕陽が入り、駅の中の壁を橙色に照らしていて、
放課後の図書室のようでした。
駅のホームに出てみると、目の前を横に真っ直ぐとのびる線路と、
遠くまで田園が広がっています。
近くで流れる水路の水音も聞こえて、長閑な景色に
深いため息が自然と漏れ出たのを覚えています。
ここで本屋がやりたい。そのとき、ふたりともその考えが浮かびました。
こんなすてきな場所で読書ができたら最高だと思ったのです。
南阿蘇鉄道の各駅舎はカフェが入っていたり、
温泉が併設されていたりと特色があることが有名でした。
駅でカフェをやっている方に話を聞きに行くと、
駅舎は村役場から借りて営業しているとのこと。
詳しくは役場に聞いてみるといいよ、と教えてもらいました。
さっそく村役場に連絡をとり、駅舎古本屋を提案したのが、2015年の1月。
2月には駅の掃除などの管理を条件に、
すんなりと承諾の返事をもらうことができました。
役場の担当の方から、できれば5月のゴールデンウィークまでに
オープンさせてほしいと依頼され、それから急ピッチで準備を始めることになります。
やると決まってから一番最初に考えたのは、どんな本屋にしたいかということ。
ふたりで話し合い、村の人と旅人が、本を通して
一緒になって集える場所にしようと決めました。
南阿蘇鉄道ではトロッコ列車という観光列車が走っており、
春から秋の観光シーズンには、国内外からたくさんの方が来られます。
一方で普通列車では学生が通学に使ったり、
お年寄りが病院に行くために利用していました
(現在は熊本地震により一部区間が運休しています。当駅は未だ不通区間です)。
村の人にはふらっと立ち寄れる場所であり、旅人には思い出となる1冊を届ける。
その場に居合わせた人同士で自然と会話が始まり、
同じ風景を眺めてそれぞれの思い出となる。
そんなストーリーが生まれる地域の人と旅人に開かれた本屋を目指そうと決めました。
さあ、目指す場のイメージは決まりました。
次回は、ひなた文庫が実際に営業に至るまでに準備したこと、
どんなことにこだわったのか、お話しできたらと思います。
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