暮らし体験の旅で人とつながる!
〈島&都市デュアル
暮らしナビゲーター〉のこれから

神戸出身で、淡路島へIターンしたプロジェクトリーダー

兵庫県神戸市・芦屋市・淡路市・洲本市。
海を挟んで近接する4市が、島と都市を両立した魅力的な暮らしを提案する
移住促進プロジェクト〈島&都市デュアル〉。昨年10月の発足から約半年。
プロジェクトはどのように進み、かたちを成してきたのか。

立ち上げと同時にオープンしたWEBサイト
島&都市デュアル 暮らしツアーズ』の編集長を務める
富田祐介さんにお話をうかがいました。

富田さんは神戸市垂水区出身。
学生時代から数年間、淡路島の古民家再生事業に携わり、
その後、東京の設計事務所へ就職。
2011年に淡路島の洲本市へ移住したIターン移住者です。

「東京の設計事務所に勤務する傍ら、個人で企業のイベント企画、
地域資源やつながりを生かしたイベントや
仕組みづくりの提案、運営に関わってきました」

2011年、厚生労働省の委託事業として地域の雇用創出を図るプロジェクト
〈淡路はたらくカタチ研究島〉の立ち上げに合わせて淡路島・洲本市に移住。
その後、独立し淡路島を拠点とした地域ネットワークを生かした
研修企画、観光企画、食企画を行なう〈シマトワークス〉を設立、
地域と人をつなぐさまざまな活動を続けています。

お話をうかがったのは、淡路市長澤にある元小学校の校舎を改装したコミュニケーションスペース〈ノマド村〉。2015年に活動を終了した〈淡路はたらくカタチ研究島〉を引き継ぎ誕生した〈ハタラボ島協同組合〉の活動拠点となっています。週末はカフェやイベントスペースとしても開放中。

すでに観光の企画やプロジェクト戦略を生業にしていたこと、
神戸にあるホテルで神戸と淡路島をつなぐイベントや
ディレクションを行っているなどの実績を買われ、プロジェクトの編集長に抜擢。

「もともと神戸と淡路島で一緒に何かできないかと考えていたということもあって。
今回のお話をうかがい、これはおもしろそうだなと、即お引き受けしました」

神戸と淡路島を自由に行き来し、
働き、遊ぶ。
〈島&都市デュアル〉な暮らし方 

“まちで働き、島で遊ぶ”というライフスタイル

昨年10月に発足した、兵庫県神戸市・芦屋市・淡路市・洲本市の
4市合同による移住促進プロジェクト〈島&都市デュアル〉。

都市の文化が味わえる「都市エリア(神戸市・芦屋市)」と、
自然の豊かさを体験できる「島エリア(淡路市・洲本市)」を
ひとつの生活圏として捉え、明石海峡大橋を渡ることで
それらを短時間で自由に行き来できるという
“都市と田舎のいいとこどり=デュアルな暮らし”を提案しています。

また、プロジェクト発足と同時にWEBサイト
『島&都市デュアル 暮らしツアーズ』もオープン。
プロジェクトに参加する市民の方々が「暮らしナビゲーター」となり、
地域の魅力やデュアルライフを実践している人の紹介する記事を制作したり、
“いいとこどり”な暮らしを体感できるユニークな旅のプランを企画しています。

大手通販会社〈フェリシモ〉で働く徳重正恵さんは、
平日はオフィスのある神戸市中央区を中心に生活、週末になると淡路島へ出向き、
イベントに参加したり仲間たちと手芸活動を行ったりとアクティブに活躍。
島&都市デュアルが提唱する“まちで働き、島で遊ぶ”暮らしを
リアルに実践しているひとりです。

女性向けカジュアルブランド〈haco!〉事業部で商品の生産管理を担当する傍ら、
昨年設立された財団〈PEACE BY PEACE COTTON〉の理事も兼任する徳重さん。

PEACE BY PEACE COTTONは、2008年にフェリシモから生まれた
循環型プロジェクト。
インド産オーガニックコットン製品に基金をつけて販売し、
その基金を活用してインドの綿農家の有機農法への転換支援や
子どもたちの就学・奨学支援を行うという取り組みです。

〈haco!〉で展開する新作サンダルのサンプルチェック。バックルの位置やヒールの高さ、中敷きのクッション性、履いたときのフィット感などを細かく確認します。

2015年からはサブプロジェクト〈STITCH BY STITCH PROJECT〉もスタート。
閑散期の農家の生活向上や女性の自立支援のために、
刺繍アーティスト二宮佐和子さん協力のもと、
インドの農村の女性たちに刺繍の技術を教える活動を行なっているそう。

「指導書や手紙を通じてステッチのコツを細かく指導しています。
刺繍などの付加価値の高い製品加工を村で行えるようにすることで、
彼女たちのお仕事が増えて、少しずつでも収入や生活、そして技術の向上につながり、
彼女たち自身で新たな未来をつくっていけるように支援することを目指しています。
彼女たちが手刺繍を施した商品は、インドでの刺繍のようすを伝えながら、
定期的にhaco!で販売をしています」

〈PEACE BY PEACE COTTON〉のサブプロジェクト〈STITCH BY STITCH PROJECT〉から生まれたアイテム。刺繍アーティスト二宮佐和子さんのデザインをもとに、インドの村に暮らす女の子たちが色鮮やかな刺繍を施したもの。3月末からhaco!で販売開始

三好市による
文化交流と起業支援の拠点づくり。
何が必要? 誰とやる?

ただいま、地域交流拠点施設を建設中

観光、移住検討などを目的に年々訪問者が増えてくる。
そんなとき、まちはどんな風に対応したらいいのだろう。
あるいは、訪れた訪問者とどのように触れ合えば、
末長くお付き合いしていけるような関係性が育まれるのだろうか。

現在、移住促進に力を入れている徳島県三好市では、
新しくまちを訪れた人と住民をつなぐ、
地域交流拠点施設をリノベーション中だ。
これまで、〈まちかど資料館〉として機能していた建物は、
池田町にある本町通り、通称うだつ通りの名家、真鍋家が市に無償提供したもの。
屋号を名付けた地域交流拠点〈真鍋屋〉として6月1日にオープンする。

真鍋屋のあたりは、夏冬に行われる〈うだつマルシェ〉の中心付近となり、
多くの人で賑わう。近くには飲食店も多く、非常に便利な立地だ。
何よりも、ここは三好らしい歴史の風景が、古民家のうだつとともに残っている。

〈真鍋屋〉に3つの機能を持たせるプランづくり

「土地の文化と歴史の交差点となる、旧真鍋家を活用しようという話から始まりました。
市のミッションとしては、移住促進もしたい。
となると、三好に来た人に土地を知ってもらい、
仕事もできるような空間が必要なんです」

新しく建物をつくるのではなく、既存のものを使って、
移住者と地域の人たちが交流する場をつくりたかったというのは
三好市生涯活躍のまちづくり推進室の藤原 晃さん。

「移住者の方は、ずっと住まなきゃいけないとなると、プレッシャーも感じることでしょう。
こちらとしては、ずっと住まなくてもいいから、関係性を持つ人たちが増え、
頻繁に足を運ぶようになってほしいと思っています。
そんな場をつくれたら、将来的に外と中の人たちによる
仕事の創出にもつながるのではないかと」(藤原さん)

交通の要衝であり、四国でも有数の宿場町だった歴史を
今に伝える真鍋屋に、以下の3点の機能を持たせることにした。

1、コンシェルジュ機能

移住支援のサービス窓口を設置。
仕事や住まいの紹介や、移住希望者の希望に応じて住民との交流会も行う。

2、インキュベーション機能

三好市においての起業、開業など新規事業の立ち上げを支援。
敷地内にある中・短期滞在のお試し住宅とオフィスを貸し出す。

3、交流協働機能

交流スペースやミーティングスペース、チャレンジショップなどの場を設置。
地元で起業する先輩の移住者や地元キーマンとの交流をサポート。
定期的なワークショップも開催。

「池田は、かつては大手企業があったこともあり、
徳島の西側の拠点として栄えていたんです。
でも、現在はこちらから外に働きに行くケースが多いので、
ここをきっかけに移住者と地域住民が一緒になって事業をおこして、
ずっと住めるような土地になれば」
藤原さんがまとめた未来設計図はそのまま、
建物全体の設計にも継がれていく。

生まれも育ちも三好市の藤原さん。お子さんもいるが、現状では、進学や就職などでいずれは出さなくてはいけないので、「子どもたちが戻ってきてもイキイキと働いて暮らしていけるまち」をつくりたいと話す。

昭和8年に描かれた吉田初三郎作の阿波池田の鳥瞰図。山と川に囲まれた土地の中に建物がひしめき合っている。

江戸時代から続く阿波池田の名家、真鍋家の敷地の一部を改修。幕末から明治にかけて木材やたばこ産業で栄えた〈うだつ通り〉に建っている。

第46話・
今回は神戸大学キャンパスを訪問。
緊急災害時アナウンスのオーディオ
テストを依頼されました。

第46話
地元ラジオ局の依頼で神戸大学へ。
意外な人との出会いもありました。

今回グレアムさんは神戸大学キャンパスへ。
というのも、緊急災害時アナウンスの
オーディオテストへの参加を依頼されたそうです。
そこでは、同じくテストを依頼された
ニューヨークから来た女性との出会いが。
もちろん初対面なのですが、どこかで会ったような……、
と不思議な感覚がわいてきたそうです。いったいなぜ!?

今回もスルスルと横にスライドしながら、お楽しみください。

小豆島でAirbnb!
新しい島旅のカタチ

Airbnbに関する交流会で、みんなの質問や体験談も

誰かの家や部屋を借りて泊まることができる〈Airbnb(エアービーアンドビー)〉。
使ったことがある人はまだ少ないかもしれないですが、
一度は耳にしたことがあると思います。

Airbnbは「空いてる家や部屋を貸したい人」と
「借りたい人」をマッチングするサービスで、
国内でも6万軒以上の泊まれる場所が登録されているそうです(2018年2月時点)。
「民泊サービス」という言葉でよく紹介されています。

先日小豆島でそのAirbnbの方との交流会がありました。
Airbnbは〈ホームシェアリングラボ〉という活動をしています。

〈ホームシェアリングラボ四国〉の交流会が小豆島のNPO法人〈Totie(トティエ)〉のオフィスで開催されました。

「ホームシェアリング」とは、家や家の一室を
宿泊場所として旅行者などにシェアすること。
日本語で言う「民泊」です。

ホームシェアリングラボは、ホームシェアリングを通して、
人と地域を自由にする新しいライフスタイルを試行する実験室です。
ホームシェアリングを通じて、個人と地域コミュニティ、企業をつなぎ、
新たなホームシェアリングのかたちを模索していきます。

とされていて、具体的には各地域で個人や地域コミュニティ、
企業などと一緒に、情報交換や勉強会を開催したり、
新たな企画を生み出したりしています。

今回はその一環で、香川を拠点に活動しているNPO法人〈アーキペラゴ〉
Airbnbが共に活動している〈ホームシェアリングラボ四国〉の交流会が開催されました。
平日の日中にもかかわらず、島内のたくさんの人が集まりました。
Airbnbにはみんな興味があるんだなぁとあらためて感じました。

Airbnbの林田 潤子さん。

Airbnbとホームシェアリングラボ四国の活動をされているNPO法人アーキペラゴの串田えみさん。

「お客さんがものを壊したときはどうなるのか?」
「6月から施行される住宅宿泊事業法はどんな内容なのか?」
「いまの時期だと海でわかめを採ってきて、それを家で料理するっていう
自分たちの普段の暮らしを体験させてあげたいんだけど、どうしたらいいか?」
「小豆島では“体験”の販売はできるようにならないのか?」
「Airbnbに登録したら、海外のお客さんが泊まりに来てくれたけど、
登録の仕方が間違っていて、ひとり3000円じゃなくて、
全員で3000円になってしまっていた(笑)」

Airbnbに関してはまだまだわからないことが多く、
いろんな意見や質問、体験談が飛び交いました。

体験つきの宿泊プランについても話しました。

Airbnbの体験談も。

不便な暮らしが楽しい!?
山間の美流渡に引っ越して2か月で
発見した、楽しさと豊かさ

静まり返った場所で、鋭くなる感覚

岩見沢の市街地から山間部にある美流渡(みると)に引っ越して2か月が経った。
転居を知った友人たちから、「美流渡の暮らしはどう?」とよく聞かれるのだが、
わたしはまだしっくりした返事を見つけられないでいる。
いまのところ「窓から見える風景がきれいだよ」と答えているのだが、
本当なら、どんなふうに暮らしが変わったのかを話せたらなあと思うこともある。

しかし、暮らしの変化について、ひと言で語るのは難しい。
もともと住んでいた市街地から、ここへは車で30分の距離。
同じ市内ということもあり、息子は昨年からすでに美流渡にある小学校に通っているし、
わたしもフリーランスの編集者として、変わらず仕事を続けている。
つまり表面的には暮らしのベースは変わっていないのだ。

市街地からそんなに離れてはいないが、山々に囲まれた風景が広がる。美流渡は人口400人ほどの小さな地域。

ただ、なんの変化もないかと言えば、そんなことはない。
ゆっくりと確実に“意識の変化”が起ころうとしている。
それをうまく言葉にできないのだが、しいて表すなら、
感覚が鋭くなっているということなのかもしれない。

例えば、そのひとつは「音」に対する感覚。
川や森に近く、隣の家との間隔がかなりあり、
夜には心細くなるほどシーンと静まり返っている。
この静けさのなかに浸っていると、日々混乱していた思考回路が
整ってくるような、そんな気持ちになることがある。

美流渡の夜。雪が積もる冬は特に静まり返っている。ときどき風が吹き抜ける音を感じるくらいだ。

そして、引っ越しとは直接関係ないのだが、
「味覚」や「臭い」にも変化が起こっている。
8か月になる第3子がいることから、添加物の入った食べ物や
農薬を使ったものを減らすように心がけている。
また、もとから柔軟剤や化学的につくられた香料の臭いが苦手だったために、
いま洗剤類は無香料の石けんと重曹だけにした。

こうした生活をしていると、市街地と美流渡の水や空気の
わずかな違いを感じ取れるようになっており、
ナチュラルなものが多い場所に身を置くと、明らかに心が安らいでいるのがわかる。

時折見える晴れ間。葉が落ちた枝に雪がうっすらと積もっている様子は、格別に美しい。

映画館のない飛騨で映画をつくる?
監督、脚本、キャストを
市民が担う映画『ひなたつむ』

飛騨への移住は何が違う?
仕事、住居、暮らしを支える飛騨コミュニティ vol.6

世界中から集まる、多くの旅人の心を掴んで離さない飛騨。
観光地として有名な飛騨は、高山市・飛騨市・下呂市・白川村の
三市一村からなる広域エリアだ。
伝統に触れつつ、新しい生き方を実践できるこの地域には、
観光客だけでなく移住者が増えている。

地域で暮らすうえで、大きなポイントとなるのが、人とのつながり。
縁を感じられる地域には、移住者は自然と集まってくる。
コロカル×未来の地域編集部でお届けする、飛騨の魅力に迫る連載。
外の人々を迎え、つながりを強くする。そんな飛騨のコミュニティを訪ねていく。

映画館のないまちで動き出した市民プロジェクトとは?

飛騨と映画といえば、2016年に大ヒットした
『君の名は。』を思い浮かべる方も多いだろう。
全国の映画館で、ロングラン上映されたこの映画だが、実は飛騨地域には映画館がない。

一見、映画上映とは縁の薄いまちのように思えるが、
飛騨市には、市民を巻き込んで自分たちで映画を制作し、
上映会までしてしまった人々がいる。

飛騨市には、〈飛騨市小さなまちづくり応援事業〉という制度がある。
市民主体のまちを住みやすくする活動に対して、一定の助成金が交付される制度だ。

この制度を利用し、撮影、上映されたのが、
飛騨市を舞台にした短編映画『ひなたつむ』だ。

『ひなたつむ』は、ある家族のあいだで起こった、小さな奇跡の物語。
表裏を返しながらふたつのストーリーが展開するが、
どちらも、ひなたのようにあたたかい映画だ。

飛騨市で撮影し、市民がつくりあげた短編映画『ひなたつむ』撮影現場。

一般募集して集めたというキャストをはじめ、
監督、脚本、制作スタッフすべてに、市民が関わっている。

プロの俳優や、飛騨市長も巻き込み制作されたこの映画は、
いったいどのようにしてつくられたのだろうか。

豊岡を離れる高校生に 父母から卒業証書を贈る…涙の 〈親から子へのサプライズ卒業式〜 わかもの巣立ち 応援プロジェクト〜〉公開!

コウノトリや城崎温泉のほかにも、地域資源を生かした
様々な挑戦を続けている“飛んでるローカル”こと兵庫県豊岡市。
4年制大学が但馬地域にないことなどから、
進学を機に、多くの若者が流出する問題を抱えています。

このたび、そんな豊岡市から、卒業シーズンの素敵な動画が届きました。
市内にある兵庫県立豊岡高等学校で行われた、
サプライズ卒業式〈親から子へのサプライズ卒業式〜わかもの巣立ち応援プロジェクト〜〉の
模様をドキュメントした実話ムービーです。

兵庫県立豊岡高等学校

豊岡市では毎年高校卒業を機に、多くの生徒が進学や就職のために市外へ旅立ち、
18年間過ごした故郷や親元から離れます。
高校からの卒業は、豊岡からの卒業でもある…〈豊岡卒業式〉とは、
そんな卒業生たちに、卒業生のお父さんやお母さんが
想いを込めた卒業証書を渡したイベント。
飛び立つ子どもたちに贈るメッセージが感動的で、見ているこちらも
思わずもらい泣きしてしまいます。

このムービーが収録された兵庫県立豊岡高等学校は、1896年に設立された
兵庫県で二番目に歴史が古い高校。
〈豊岡卒業式〉が行われたのは、豊岡高等学校の卒業式が終わってから。
何も知らされていなかった生徒たちが、卒業式後の体育館に再び集められたのですが、
そこにいたのは自分のお父さんやお母さん! 
壇上で卒業証書を受け取ると、どちらも涙が止まりません。

このサプライズ卒業式のために、
1か月以上前からPTAや校長たちに協力を依頼。
PTA役員有志から11名が参加することになりました。
お子さんへの卒業証書も、すべてがシークレットで進められていきました。

ムービーで親から子どもたちに伝えられる「飛んでいけ」という象徴的なメッセージ。
これは豊岡市を巣立つ若者へ向けたエールであると同時に、
巣立った若者がいつでも帰ってこれる場所として有り続けるようにと、
豊岡で残って暮らす自分たち自身の決意表明も込められています。

豊岡市中貝市長より:

かつて、高校の卒業式で息子や娘が決然と席を立ち、出口に向かって背中を見せた瞬間、私の心に浮かんだのは、「ああ、行ってしまう」でした。今、豊岡の私たちは、巣立っていく子どもたちに、あえて「飛んでいけ」と言おうと思います。「世界中に素敵なところがある。しっかりと見ておいで」と。同時に、それは帰ってきたくなるようなまちを創る、という私たちの決意でもあります。故郷は、いつまでもこの地で、故郷であり続けたいと願って、この映像を制作しました。

夏は米づくり、冬は山仕事。
南伊豆〈大喜米〉の大ちゃんこと
中村大軌さんの目指すもの

移住して1年、ついに米づくりを
「やるか!」というタイミングが

伊豆下田に移住して、ようやく1年になる津留崎家。
家族で食べる野菜や米を自分たちでつくりたい! と思っていたものの
まだそこまでできていない状況です。
でもついに、この春から米づくりを始めることに。
その後押しをしてくれたのは、夏は米づくり、冬は林業を営む
〈南伊豆米店〉の中村大軌さんの存在がありました。

移住でなく「延住」?
地域密着型デザインで仕事が
切れない三好市のデザイナー、
肴倉由佳さん

地域おこし協力隊で、想定外の場所へ

2013年7月に三好市の地域おこし協力隊として東京からやってきた肴倉由佳さんは、
2年9か月の協力隊の任期終了後も、
デザインをなりわいにして三好に住み続けている。

肴倉さんは神戸市出身で、
山を愛する両親に、自然との共存をベースに育てられたという。
週末には郊外で借りていた畑に通い、
長い休みには家族全員で信州の山々へ、山登りに出かけるような家族だった。
ずっと山を愛し、しょっちゅう山に登りにいっていた肴倉さんは、
将来、両親の出身地である青森に近い、北のほうで田舎暮らしをすることを望んでいた。

京都の美大を卒業後、大阪にある会社のデザイン室で働き、
その後神戸を経て東京へ移り住む。
肴倉さんは、自分のやりたいことと、環境を寄り添わせるのに苦悩した時期だと振り返る。
30歳のときに、住み慣れた関西から東京に移ったのは、
「将来を見据え、少しでも北のほうへ移りたかったから」と話す。
東京で2年間の編集の仕事を終え、次の方向性を模索していた時、
三好市の地域おこし協力隊の説明会があることを知った。

「実は、四国へ行くことはまったく考えていませんでした。
でも、これ以上東京暮らしをするのは無理かなと思ったので、話を聞きに行ったんです」
肴倉さんに、東京暮らしのどのあたりが
無理だと思ったのか聞いてみると、こんな答えが戻ってきた。

「私、山歩きが好きなんです。東京でさあ山に行こうと出かけると
休日の高尾山などは、渋谷の通勤ラッシュよりも人が多くて驚きました。
また、信州などの遠方の高い山に行こうとすると交通費もネックで、
契約社員で働く自分は頻繁に行くことはできず、
山登りや自然と触れ合うことにもお金がかかるということに、
疑問を感じてしまったんです」

人間の根本にあるべき自然が、都会では贅沢品になってしまう。
一度抱いた違和感は拭えず、その違和感が肴倉さんの背中を押した。

協力隊時代から現在にいたるまで密にやりとりをしている山崎正さん。過疎集落の再生に日々取り組む山崎さんたち先住の人たちに学ぶことは多いという肴倉さんは、現在でもイベントの手伝いをしており、現地の人たちにかわいがられている。「ここの土地で何かやりたいことがある人が来てくれると、応援しがいがある」と山崎さん。

道の駅や地元のホテルなどで販売されている肴倉さんがデザインを手がけた地域密着型の商品。右の手ぬぐいは肴倉さんの屋号「さかなやデザイン」のオリジナル商品だ。

徳島県三好市の古民家・
空き家再生プロジェクト10選。
Iターン移住者が選んだ、
実践的リノベーション

三好では、大自然のなかの古民家が人気

三好市という市は知らなくても、
“池田町”や“祖谷(いや)”、“大歩危・小歩危(おおぼけ・こぼけ)”といった地名は
聞いたことがある、という方も多いのではないでしょうか。
徳島県三好市は、徳島の西側、四国の中央付近に位置し、
四国のどこのエリアに行くにも便利なまちです。
古くは、たばこ産業で栄え、賑わっていましたが、
産業の衰退とともに、空き家も増えてきました。
しかし一方で、その空き家を利用する移住者も現れ、
市民の憩いの場として、旅行者の旅の要所として、
そして移住希望者が立ち寄る拠点として、
空き家を上手に活用しているという印象が強いのが、ここ三好市です。

そこで、今回は徳島県三好市のIターン移住者である私が選んだ、
三好市の古民家・空き家再生プロジェクト10選を
古くから営んでいる順にご紹介します。

1 古民家宿 空音遊

自然菜食と田舎暮らしの古民家宿〈空音遊(くうねるあそぶ)〉。
築90年の古民家にコツコツと手を加えて再生。
移住の先駆けであり、日本で最初にできた古民家ゲストハウスとも言われています。
何より主人「のりさん」の話を聞きに宿泊するリピーターが多く、
人の生き方や暮らしの講義なども行っているとのこと。
また奥様のつくる菜食の食事が人気で、
このために世界中からやってくるお客さんも多いそうです。

information

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空音遊

住所:徳島県三好市西祖谷山村榎442

TEL:080-6282-3612

http://www.k-n-a.com/

2 モモンガビレッジ

築100年の古民家をセルフビルドでリノベーションした
トトロの家のような宿〈モモンガビレッジ〉。
祖谷大歩危観光や吉野川のラフティングに便利な場所にあり、
目の前を山や川に囲まれた昭和レトロな雰囲気が残る山里で
理想の休日が満喫できると定評のあるゲストハウスです。
ラフティングガイド歴20年近いオーナーが在籍していた
ラフティング会社の寮だった場所が、移転のため空くことになったため、
そこでゲストハウスをやろうと思い立ち、
2008年にモモンガビレッジがオープン。
年間2000人の宿泊者があり、そのうちの8割が外国人で
海外にもファンを着実に増やしています。

information

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モモンガビレッジ

住所:徳島県三好市山城町信正1153

TEL:0883-86-2334

http://momonga-village.com/

3 四国ゲストハウス おさかなくん家

築60年の古民家を改装したゲストハウス。
大阪生まれのオーナーの西坂洋樹さんが2007年に三好市に移住したのは、
リバースポーツのラフティングがきっかけで、
三好の大自然に魅力を感じ、移住することになったのだそうです。
西坂さんが感じた「ラフティング」と「自然」の魅力を
多くの人に伝えたいという気持ちから、古民家を利用した宿泊施設をスタート。
土壁の補修、漆喰塗り、古い蛇口の再利用、木目を生かした家具類、
五右衛門風呂など、改修は長い道のりでしたが、
手作業だからこその思い入れと愛着があります。

information

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四国ゲストハウス さかなくんち

住所:徳島県三好市山城町大月32

TEL:0883-86-2086

https://www.osakanakunti.com/

4 なこち LIFE SHARE COTTAGE

四国のまんなかの山奥、
徳島県東祖谷落合集落(重要伝統的建造物群保存地区)にある
食堂併設の交流スペース。
在住者と来訪者の垣根なく交流を楽しめるさまざまなイベントの開催や、
展示、体験プログラムなどを不定期で開催しています。
また、ここでは祖谷の旬の素材を使った食事と喫茶が楽しめます。
主に祖谷産のジビエ(猪肉・鹿肉)や、かたくて濃い味が自慢の石豆腐、
身のしまった小さなじゃがいも・ごうしいもなど、
旬の地場産食材を使用した料理を提供しています。
朝食のセットメニューは、事前予約制。
三好に来たら一度は味わっていただきたいです。

information

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なこち LIFE SHARE COTTAGE

住所:徳島県三好市東祖谷落合252

営業時間:10:00〜17:00

定休日:火・水・木

http://nakochi.jp/

5 スペースきせる

刻みたばこで栄えた三好市池田町で、
NPO法人マチトソラが管理する〈スペースきせる〉。
元呉服屋だった築150年の古民家をセルフリノベーションしたスペースです。
毎週金曜日には移住コンシェルジュによる、滞在中のおすすめプランの提案、
地域情報の提供、移住後の暮らしについての相談などが
行われていているほか、月一で地域おこし協力隊の加藤さんが
三好市の素材を活かした和菓子を販売しています。
徳島県内外からこだわりの食や
物品が集まるイベント〈うだつマルシェ〉
池田ジャズ横丁などの会場としても広く活用されています。

information

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スペースきせる

住所:徳島県三好市池田町マチ2467-1

TEL:050-3476-1769

営業時間:毎週金曜日 10:00〜16:00(月一和菓子の日は10:30~売り切れじまい)

https://www.facebook.com/spacekiseru/

〈HOMEMAKERS〉で
映画『simplife』上映会。
身の丈にあった暮らしとは?

「タイニーハウス」の小さくて美しい暮らしの風景

太陽の日差しはもうすっかり春。
畑の野菜や草たちも一気に目覚め、冬とはあきらかに違う速さで成長しています。
〈HOMEMAKERS〉カフェも2か月の冬季休業期間を終えて、ようやく営業再開です。

2か月ぶりにあがった〈HOMEMAKERS〉の旗。

今年もここで新たな出会い、おもしろいことがたくさん生まれるといいな。

やっぱり人が来てくれるのはうれしい。

今年の2月22日で、HOMEMAKERSカフェは4周年を迎えました。
まだまだ浅い歴史だけれど、この4年で常連さんもでき(ありがたし!)、
だいぶHOMEMAKERSカフェの“色”ができたように思います。

その4周年のお祝いと、今年もここで共に楽しみましょーの思いを込めて、
営業再開した週末に、カフェで映画の上映会をしました。
今年は映画の上映をしたり、勉強会やイベントを企画したり、
いままでやってこなかったことを少しずつ増やしていきたいなと思ってます。
HOMEMAKERSカフェがまた新たな場になるように。常に更新!

「身の丈の暮らし」をテーマとしたロードムービー『simplife』。

今回上映したのは『simplife(シンプライフ)』という映画。
アメリカ西海岸で広がりを見せる
「タイニーハウス・ムーブメント」のパイオニアたちを訪ね、
小さくて美しい暮らしを実践している彼らの言葉や暮らしの景色から、
新しい幸せのカタチを探しに行った
「身の丈の暮らし」をテーマとしたロードムービーです。

この映画をつくったBen Matsunagaさんも来てくれました。

タイニーハウスで暮らす方々の想いや生き方が紹介されていきます。

Benさんとは友人の紹介で知り合い、カフェにも何度か遊びに来てくれていました。
『simplife』は全国のいろんな場所で上映されてきていて、
小豆島でも上映できたらいいね! と話していて、
それならHOMEMAKERSでできたらいいなぁと。そんな流れで実現した上映会。
(自主上映会されたい方はこちらから申し込むことができます)

夜19時から上映スタート。(撮影:牧浦知子)

店内のテーブルを出して、椅子を並べて上映会場に。(撮影:牧浦知子)

北海道・長沼〈野歩(のほ)〉
地元の農家さんを応援したい!
オーガニック野菜がおいしいお弁当

人と人とをつなぐ才能を持った友人、黒川文恵さん

北海道にエコビレッジをつくりたい。
わたしは自分の夢を友人たちに話していくことで、
この数年のあいだに世界が大きく広がったように思う。

「それなら、みっちゃん、あの人に会ったらいいんじゃない?」

道内の友人たちはそう言って、興味深い活動をしている人を次々と紹介してくれる。
なかでも、特にたくさんの人と引き合わせてくれた
黒川文恵さんのことを今回は書いてみたいと思う。
彼女は、昨年、ようやく自分のやりたいことをかたちにし、
長沼で小さなお弁当屋さんを始めたところだ。

岩見沢生まれの黒川文恵さん。大学進学のためにいったん上京し、30歳で北海道へ戻った。一時は就職するが、その後5年ほど農家の手伝いをしながら暮らしていた。

文恵さんと出会ったのは、わたしが北海道・岩見沢に移住して数年が経った頃のこと。
同じ市内に住んでいた彼女は、農家で畑仕事をしながら、
自分の進むべき道を探っていた。

通っていた何軒かの農家は、いずれも農薬を使わず有機栽培を行うところ。
こうした環境に負荷をかけない農法に興味を持っていた文恵さんは、
食の安心安全を考え、食を通じた持続可能な社会を目指そうとする
スローフードの活動にも関わっていた。
そして、北海道各地のローカルな場所で、独自の生き方を模索している人々との
つながりをたくさん持っていたのだった。

2017年4月から〈ごはんや 野歩〉を始めた。最初は配達がメインだったが現在では店舗販売も。

「会わせたい人がいるから」、彼女はそう言って
何人もの友だちをわたしに紹介してくれた。
実際にエコビレッジのような場所をつくっている人や
山の恵みを生かした暮らしをしている人など、その活動はさまざまだが、
会うと必ずと言っていいほど意気投合できるのだった。

初対面なのにもかかわらず、仕事のことや子どもの教育のこと、
ときには政治や経済のことだって、深く意見交換できることに驚いた。
北海道に移住して2、3年は、友人関係も広がらず、
寂しさを感じることもあったなかで、こうして本音で語り合える人たちと
めぐり合えたことは、わたしの大きな心の支えとなった。

店内では料理関連の本も販売。本屋でアルバイトをしていた経験が生かされている。

こんなふうに、わたしのことをいつでも気にかけてくれていた文恵さんだが、
お弁当屋さんを開くまでの彼女は、いつも自分のことは
“後回し”にしているように思えてならなかった。

「自分が出会ってきた有機栽培や自然栽培の農家さんたちの
野菜を使った加工品をつくってみたい」

農家で働いている頃から彼女はそう話していたが、
なかなかベストな方法が見つけられずに、暗中模索の時期が長かったように思う。

畑を手伝うだけでは収入は十分でなく、厨房の経験を積むために
レストランで働いたり、給食センターで働いたりした時期もあった。
そして、あるときは、わたしの住む美流渡(みると)地区で
一緒にカフェができないかと模索したり、またあるときは、
真空パックしたカット野菜をつくって札幌に卸してみたこともあった。

お弁当の配達も自分で行く。美流渡で開催したイベントのときも、長沼から車で40分ほどかけて、お弁当を届けてくれた。

野歩のお弁当は、近郊でとれた有機栽培や自然栽培の野菜がいっぱい。厚焼き卵も長沼の平飼いの卵。調味料も無添加のものを選んでいるが、値段は650円とお手頃。

飛騨のエアルーム野菜をつくる!
農家コミュニティ
〈Craft Harvest Hida Takayama〉
が考える循環型社会

飛騨への移住は何が違う?
仕事、住居、暮らしを支える飛騨コミュニティ vol.5

世界中から集まる、多くの旅人の心を掴んで離さない飛騨。
観光地として有名な飛騨は、高山市・飛騨市・下呂市・白川村の
三市一村からなる広域エリアだ。
伝統に触れつつ、新しい生き方を実践できるこの地域には、
観光客だけでなく移住者が増えている。

地域で暮らすうえで、大きなポイントとなるのが、人とのつながり。
縁を感じられる地域には、移住者は自然と集まってくる。
コロカル×未来の地域編集部でお届けする、飛騨の魅力に迫る連載。
外の人々を迎え、つながりを強くする。そんな飛騨のコミュニティを訪ねていく。

田舎暮らしは実験の連続だ

雪深い、飛騨高山の森の中。
ゲストを快適に迎えるため、玄関先で男性が雪かきを始めた。

「飛騨の冬は雪があって、あたりまえ。
自然の美しさを感じられる瞬間だから、雪かきも大切な暮らしの一部です」

そう話すのは、高山市の森の中で〈オーベルジュ飛騨の森〉を営む、中安俊之さんだ。
オーベルジュとは、宿泊施設つきのレストランのこと。

取材で訪れた日は豪雪。宿泊していたゲストたちも、宿でゆっくり過ごしていた。

中安さんは、イタリアとオーストラリアでシェフとして活躍し、
長年の海外生活を経て3年前に帰国。
1979年から〈飛騨の森〉というペンションを経営していた奥さんの実家がある
高山市に移住し、地域に根ざした暮らしにシフトした。

飛騨の森は、イタリア料理も楽しめるオーベルジュとして生まれ変わり、
中安さんたちが戻ってきてからは外国人旅行者も増えた。

〈オーベルジュ飛騨の森〉オーナーの中安俊之さん。

中安さんは、高山で自然の恩恵を受けて暮らせていることに、
日々、思いをめぐらせているという。
山はなぜ美しいのか、水がなぜおいしいのか、
そういったことを突き詰めて考えていくと、
田舎はスローライフではなく、実験の連続なのだそう。

自身の考えるまちのビジョンを熱く語り、より良い暮らし方を追求する
中安さんが目指すのは、持続可能な循環型社会だ。
そのヒントを得たのは、イタリアの地方だという。

「この土地に誇りを持ち、自信をもって発信できる人たちを増やしていきたい。
シンプルな考えですが、自分がかつてイタリアの地方で感じていたことを、
高山でもあたりまえにしたいと思っています」

その手段のひとつとして、飛騨地域の農家コミュニティ
〈Craft Harvest Hida Takayama〉を立ち上げたのが2017年の夏。
土と向き合う文化を未来につなげる、若手農家の知識の共有の場だ。

山に囲まれた農地で、待ちに待った収穫。(写真提供:Craft Harvest)

寒冷地で冬が長い飛騨では、作物の収穫時期は限られる。
農業は、個人や家族単位で取り組むことが多いため、
より良い作物を育てようと大胆に実験するにはリスクも伴う。

「作物にもよりますが、この地域だと、年に1、2回しか収穫できません。
そうすると、人生ずっと畑と向き合っても、自分で実験できる回数は限られています。
個人ではなく、地域の農家同士が知識を共有することで、
実験する野菜のテストサイクルを短くできると思っています」

中安さんは、こうした取り組みを通して、
次の世代にバトンを渡すプロセスこそ重要だと話す。
そもそも、どういった経緯でこのような考えに至ったのだろうか。

いなべ市と連携し、映像制作。
再発見した移住先の魅力とは?
ビデオグラファー
ウラタタカヒデさん

まちの魅力は「いいかげん」!?

「いいかげん」という言葉には、
ご存じの通り「ちょうどよい」と「でたらめ」という相反する意味がある。

文脈や受け取る側の印象によって、どちらにも取ることができてしまうわけだが、
三重県いなべ市は大胆にもこの言葉をテーマにプロモーションビデオ(以下、PV)を
つくってしまった。

(いなべ市プロモーションムービー『いいかげんな街 いなべ』より)

『いいかげんな街 いなべ』は、いなべの魅力を市内外に広くPRすることを目的に、
官民協働で制作されたPVだ。
撮影・演出などを担当したビデオグラファーのウラタタカヒデさんは、
愛知県弥富市の出身で、いなべに移住してきたのは7年ほど前。
それ以前は名古屋や京都にも住んでいたことがあり、
いなべにやってきたのもたまたまで、特にこだわりはなかったようだ。

「20代のときはスノーボードに夢中になって、冬場はずっと山にいて、
夏はスノーボードの練習施設で働くような生活をしていたのですが、
映像に興味を持ったのもスノーボードがきっかけでした。
最初は見よう見まねで撮影していたのですが、
サラリーマンをしながら知り合いの下で修業させてもらい、
3年前に会社をやめて独立したんです」

ビデオグラファーのウラタタカヒデさん。

移住してしばらくの間は、いなべに知り合いがほとんどいなく、
遊びも仕事も市外に出かけていて、なかなか地域に入り込む機会がなく、
意識も外に向いていたというウラタさん。

「映像の仕事に関しても、いなべには何もつてがなかったので、
修業させてもらった四日市界隈や伊勢のほうによく行ってました。
それで外の地域のプロモーションに関わらせてもらったとき、ふと思ったんです。
せっかくいなべに住んでいるのだから、僕自身ももっと知りたいし、
いなべをアピールしなきゃいけないんじゃないかなって」

今ではすっかり、地域と深くコミットしているように見えるが、
市民や行政とともに、一体どんなPVをつくったのだろう。
そして自分の暮らすまちに対する新たな発見はあったのだろうか。

藤原町古田地区で、田園風景を撮影するウラタさん。(写真提供:いなべ市役所)

「いいかげん」の裏にあるもの

「いいかげん」という言葉に込めた思いを、
いなべ市企画部広報秘書課の伊藤淳一さんは、こんなふうに説明してくれた。

「いなべは何もないところだと思われがちですし、実際に田舎なんですけど、
都会からもほどよい距離にある。
田舎過ぎず、都会過ぎないちょうどよさを打ち出したいと思いました。
官民協働というのも今回の大きなテーマで、
市民のみなさんに出演していただいていますし、
市内唯一の高校であるいなべ総合学園の放送部の生徒さんが、
メイキングムービーをつくっているんです」

いなべ市役所の伊藤淳一さん。

今回の映像の舞台となった3地区のひとつ、藤原町鼎(かなえ)地区。中央にあるのは映像にも登場する地域拠点〈○鼎家〉(かなえハウス)。(いなべ市プロモーションムービー『いいかげんな街 いなべ』より)

たしかにいなべには、全国的に有名な観光スポットもないし、
自然は豊富だけれどもそのスケールが突出しているわけでもない。
だけど、暮らすうえではその「何もなさ」がむしろちょうどいいのかもしれない。

「『いいかげん』というキーワードを行政の方から聞いたとき、
単純におもしろいなと思いました。だけど、
それを表現するのって実はすごく難しい。だって住んでいる人たちにしてみれば、
『自分たちはいいかげん(でたらめ)に暮らしているわけじゃない』
と思うのは当然じゃないですか。どうやって映像にしていくべきか悩んだのですが、
市役所の加藤さんを主役にすればいいと思ったんです。まさか本当に、
その案が採用されるとは思わなかったけど(笑)」(ウラタさん)

取材のこの日、映像制作に携わったメンバーに〈○鼎家〉に集まってもらった。

大切な本『寂しい生活』との
出会いと気づき。自分の暮らしを
見つめ直すきっかけは、
冷蔵庫にあった!

家計を見直して、津留崎家に起きた変化とは?

伊豆下田に移住したカメラマンの津留崎徹花さん。
『クリアファイル家計簿』という本を参考に
家計を見直したところ、津留崎家に多大な変化が……! 
同時に、ある1冊の本と出会い、感銘を受けます。
暮らしを見つめ直すことで、自分を見つめ直すことになったようです。

第45話・見どころいっぱいの
神戸ハイキング! 塩屋の森や林を
スケッチブック片手に散策

第45話
今日は塩屋〜長田の豊かな自然を満喫。

今回グレアムさんが向かったのは塩屋の「林」。
塩屋から須磨、長田までは、いろんなルートの
ハイキングコースがあるそうです。
グレアムさんは散歩がてらハイキングコースを散策し、
木々のなかで、新しいストーリーを練ったり、
アイデアをスケッチブックに書き出したり。
今回は何やらラッキーな出会いもあったそうで……。

今回もスルスルと横にスライドしながら、お楽しみください。

古い家を直して暮らす。
改修のビフォーアフター!

暮らしながら、いまも少しずつ改修中

私たちがいま暮らしている家は、築130年くらいの古い農村民家です。
たくちゃん(夫)のひいおじいちゃんの代に建てた家
(いつか詳しいことを調べてみたいなと思ってます。
ファミリーヒストリーをもっと知りたい!)。

何十年も人が暮らしてきて、その時々の暮らし方によって手を入れてきた家。
もともとは土間があって竈(かまど)があって、そこで料理をしていたんだろうけど、
そこに床をつくって流しやガスコンロを設置して新たな台所ができたり。
建てた頃にはなかったであろう壁が設置され、部屋が小さく分けられていたり。
そうやって継ぎはぎされて変わってきた家の歴史をひもといていくのは
結構おもしろかったりします。

5年前の冬。最初の写真と比べるとだいぶ玄関まわりは変わりました。

私たちがこの家で暮らし始めたのはいまから5年半前。
私たちにとっての幸運は、古いままで残っているものが多かったこと。
竈は使われてはいなかったけどそのままの形で残っていたし、
家も大きなリフォームはされていませんでした。

ただ逆に言うと、傷んでいる部分がけっこうあって、
床下の材が腐って、床がべこべこしてるところは何か所もありました。
家の横に蔵も残っていたのですが、雨漏りはひどいし、
土壁がくずれてしまって壁がないところはあるしという状態。
5年半経ったいまも、現在進行中でいろいろなところを直しています。

改修前のキッチン。

古いキッチンはすべて撤去して、新しく入れ替えました。

ふと、もともとここはどんな家だったかなと思うことがあり、
改修前の家の写真を見る機会があったので、ビフォーアフターを比べてみようと思い、
改修前と同じようなカットで写真を撮りました。

改修前の竈。すでに使われておらず物置きになってました。

竈は残しました。煙突部分を黒く塗り直しただけでだいぶ雰囲気が変わりました。

ちなみにこれから家を改修しようと思っている方は、
改修前の写真を隅々まで撮っておくことをおすすめします。
当たり前ですが、改修したら前の状態はなくなってしまうので。
その家の歴史を残しておくためにも!
後々、比較したりすると楽しいですしね。

改修前の玄関から居間への引き戸。

畳から板張りに改修。引き戸は新しいものに入れ替え。

ちなみに私はちゃんとしたカメラでは撮ってなくて、
iPhoneで撮ったものしか残っていません。
ま、それでも残っていただけよかったですが。

改修前の縁側。

縁側の床はかなり傷んでいたので張り替えました。窓は透明ガラスに入れ替え。

移住者がさらなる移住者を呼ぶ。
小樽から美流渡へ、
古家でカフェを開く夢を持つ家族

写真提供:Out Works Zootj

運命の糸に導かれるように美流渡(みると)へ来た人

わたしが今年の1月にようやく移住を果たした岩見沢の山間部、美流渡(みると)。
ここに住む人々について、この連載で何度か紹介してきたが、
まだまだ書き足りない、そんな想いを持っている。

昨年秋にこの地へやってきた新田洵司さん、陽子さんは、そうした家族で、
わが家の境遇と重なる部分が多いのも、不思議なめぐり合わせなのかなと思っている。
お互い東日本大震災がきっかけで北海道に移住し、
数年間は住宅街で暮らしていたが、同じくらいの時期に美流渡へ転居。
ほかにも共通点があって、0歳児の子育て真っ最中だし、
古家を自分たちで改修しているところも親近感がわいてくる。

陽子さんと洵司さん。長女の晴ちゃん。神奈川で暮らし、ともにアウトドアメーカーに勤務。2013年2月に洵司さんの出身地である小樽に移住。陽子さんは、そこで〈コーローカフェ〉を営んでいた。

しかし今回、取材にあたって、陽子さんに話をじっくり聞く機会をもらい、
大きく違う点もあることに気がついた。
彼女が美流渡への移住に“ゆるがない気持ち”をもっていたことだ。

わたしたち家族は、右往左往しながら(ゆらぎすぎ!)
美流渡への移住に2年もかかってしまったのだが、
彼女はこの地に足を踏み入れたその瞬間から、
まるで強い磁石に引きつけられるように、たった半年で移住したのだった。

新田さん家族が住む家から見える景色。山に囲まれ、炭鉱住宅が並ぶ場所。(撮影:新田陽子)

わたしが初めて新田さん家族を訪ねたのは昨年10月。もと炭鉱住宅を改修しており、内壁をこれからつくろうという段階。まだ工事現場といった状態のなかで、家族は暮らしを始めていた。

「小樽でカフェをやっていたんですが、ちょうど軌道にのってきた頃に、
子どもを授かったんです。そのとき、どこかに移住したいとフッとひらめいたんですね」

この“ひらめき”は、彼女の第六感と言い換えられるのかもしれない。
さっそく、陽子さんは移住について友人に相談。
すると友人は、彼女に合いそうなところとして、美流渡という場所を教えてくれ、
この地区の地域おこし推進員(協力隊)につないでくれたのだった。

取材の日に訪ねると、中は見違えるように整っていた。梁をそのまま生かしつつ天井を広くとるようにしている。

コーヒーを淹れてくれた陽子さん。小樽で営んでいたカフェで出していたオリジナルブレンド。

〈キャットプラザ with ネコリパブリック@西葛西〉 オープン! 新しい猫助けの仕組みとは?

今日、2月22日は「猫の日」! 
そんな本日、東京・江戸川区に、新しい保護猫のためのスペース
〈CAT PLAZA with NECO REPUBLIC〉がオープンします。

これは、保護猫カフェを全国で6店舗運営する〈ネコリパブリック〉と、
東京/千葉にて5病院を運営する〈ACプラザ苅谷動物病院〉が共同運営する、
保護猫とのふれあいや譲渡促進を目的とした施設。
動物病院と保護猫カフェのコラボレーションによって、
保護猫を家族にする文化の促進を目指します。

〈CAT PLAZA with NECO REPUBLIC〉は、
〈ACプラザ苅谷動物病院 葛西橋通り病院〉内にできた、
保護猫のためだけの、独立した部屋。

ここではネコリパブリックの保護猫達が生活しており、
動物病院を利用する人や、通りがかりの人など、保護猫に興味がある人なら、
どなたでも500円の寄付をすることで、
気軽に保護猫たちとのふれあいができるスペースなんです。

猫部屋にいる保護猫たちは、もちろん全員里親募集中。
ほかのネコリパブリックの店舗と同じように、全員が避妊去勢済みの、おとな猫たちです。
保護猫スペースでふれあって、家族として迎えたいと思ったら、
ネコリパブリックの面談などを経て、審査が通ったら里親になることができます。

学童保育がなければどうする?
働き方を変えてみる!
移住先で複数の仕事をもつ
という選択肢

状況が変わらないなら、自分が変わればいい!

伊豆下田に移住した津留崎さん一家。
娘は4月から小学生ですが、学校近辺に学童保育がないことが判明。
市長に直訴もしてみましたが、事態はすぐに変わるわけではありません。
ならば、自分の働き方を変えるしかない!
と、自宅でできる仕事を探すことに……。
いくつものナリワイを持ちたいと考えていた津留崎さんの働き方に注目です。

カメラストラップは〈FURIKAKE〉!
生活を楽しくするプロダクトを
つくりだす高松の夫婦ユニット

いつもの暮らしをちょっと楽しくするカラフルなプロダクト

毎日のように使うカメラ。
記録する、発信する、いろんな意味でカメラはなくてはならない存在。
働いているときも、普段の暮らしのなかでも。
そのカメラを私はサコッシュ(ショルダーバッグ)のように
いつも肩からかけて持ってるのですが、たすきのように左肩から斜めにかけてるのが、
FURIKAKE(フリカケ)〉のカメラストラップです。

カラフルな色がそれだけで元気をくれる〈FURIKAKE〉カメラストラップ。

FURIKAKEさんの事務所で。得丸成人(なるひと)さんと奥さんの美由紀さん(左)と。

FURIKAKEさんは、香川県高松市を拠点に活動するクリエイターチーム。
得丸成人さん(以下、得さん)と奥さんの美由紀さんのおふたりで活動されてます。
コンセプトは、

「FURIKAKEはGood Taste なDesign Seasoning。
手作りによるオリジナルデザインのカメラストラップやアクセサリーを中心に、
生活を楽しくするflavorを創出しております」

とされていて、まさに白ご飯にかけるふりかけ!
白ご飯でも十分おいしいのですが(普段の暮らしでも十分楽しいのですが)、
ふりかけをかけることで(FURIKAKEさんのカメラストラップを持つことで)、
いつもと違う味を楽しめる(いつもよりワクワク感が増す!)。
という感じです。

得さんとの出会いは、2014年の春。
私は〈小豆島カメラ〉という活動を島の友人たちとしていて
(小豆島カメラについてはこのあたりを読んでいただければ!)、
まだ活動が始まりの頃、集合写真を撮りました。

小豆島カメラの活動当初、カメラストラップが黒い頃の集合写真。

カメラはオリンパスのミラーレス一眼レフ。
カメラストラップは最初からカメラについている黒いやつ。
ストラップに関して私たちは特に何も思っていなかったのですが、
その集合写真をたまたま見てくださった得さんは
「ストラップを変えたらもっと楽しくなる!」と感じ、
そこからやり取りが始まりました。

ちょうどFURIKAKEオリジナルのカメラストラップの販売を
スタートしようとしていた得さんが、なんと小豆島カメラオリジナルの
ストラップをつくってくれることに!

いま思えば、同じ香川県同士、同じタイミングでスタートしようとしていて、
カメラの活動とカメラストラップの製作・販売がつながるってすごいご縁。
つなげてくれた井上くん(島の友人)に感謝。

いまはみんな違う色のFURIKAKEカメラストラップを使っています。

いまでは小豆島カメラといえば、OLYMPUSカメラと
FURIKAKEカメラストラップというくらい、小豆島カメラのイメージになっています。

OLYMPUSさんのこの大きさのカメラだから、毎日のように肩からぶらさげて持っていられる。(撮影:牧浦知子)

小豆島カメラオリジナルのストラップはロゴ入りです。

築60年以上の空き家を救いたい!
古家の改修方法を学ぶ
〈セルフビルドの学校〉が始まる

住みたい人がいて空き家もあるのに、移住が進まない理由

岩見沢の山里で、またひとつ新しい挑戦が始まった。
地域おこし推進員(協力隊)の吉崎祐季さん上井雄太さんが企画した、
古家の改修方法を学ぶ〈セルフビルドの学校〉だ。

ふたりはこれまで、この地域に移住を希望する人たちから、
住まいについての相談を受けてきた。
美流渡(みると)をはじめとする山間の地域は元炭鉱街。
閉山とともに人口が激減し、空き家が多数残されているのだが、
その多くは築年数が古く修繕が必要となっている。

「移住を希望するみなさんには、直せば住めますよと話していますが、
わたしたち自身も実際にどうやって直すのかわかりませんし、教えることもできません。
こんな状況なので、移住に興味があっても、結局は住むのは難しいと思う方が多くて、
空き家は年々廃墟のようになっていきます。住みたい人がいて
空き家があるのに、何とかならないだろうかと思いました」(吉崎さん)

ワークショップが行われたのは上美流渡にある古家。

こうした想いから、家を修繕できるスキルを自分たちも身につけたい、
またほかの人たちとも知識を共有したいと考え、
今回のワークショプ開催へと踏み切った。

手がける物件は、一昨年に吉崎さんが上美流渡に取得した築60年以上という古家だ。
ここは森に囲まれている地域だが、炭鉱街だった当時は、
料亭として使われていたようで、2階には丸い窓が取りつけられている。
そのため彼女はここを〈マルマド舎〉と名づけた。

2階にある丸い窓。

人家の少ない森の中に建っている。

吉崎さんがここを取得した理由は、大工の知識を身につけたいと思ったから。
これまでDIYで、マンションや店舗の内装を手がけたことがあるが、
家の構造に関わる部分の改修は未経験。
そこで地元の仲間たちと一緒に、この家を独学で改修しようと考えていたのだが、
あるとき長沼に住む大工〈yomogiya〉の中村直弘さんに出会ったことで、
ワークショプの構想が広がっていった。

講師となった中村直弘さん。

yomogiyaは「まちの大工さん」を掲げ、1坪のガーデニング小屋や
トレーラーで移動できるコンテナサイズの小屋など、
施主のこだわりを引き出すような、木の風合いを生かした建物を生み出してきた。
また古道具や古い建物など、人々の手の温もりを感じる物への愛着もあり、
今回の企画に興味を持ってくれたのだった。

温室つきのガーデニング小屋。(撮影:yomogiya)

1月21日、第1回となるセルフビルドの学校が開かれた。
テーマとなったのは、主に柱や土台など基礎部分をどう修繕するのかだ。
受講者は7名。一般公募したのだが、集まったのはいずれも腕に覚えのある人ばかり。

例えば由仁で鍛金工房(銅・真鍮を打ち出して形をつくる技法)を営む竹島俊介さんや
岩見沢で家具を制作する織田義史さん。
このほか、すでに大工の見習いをやっているという深田康介さんなどだ。

受講者のみなさん。

「もう、みんな勉強しなくてもできるんじゃない?」

講師の中村さんが語るように、
織田さんは自ら建物を修繕してアトリエをつくっているし、
竹島さんも農家の納屋を改装して工房をつくろうとしているところ。
しかし、だからこそ今回のワークショプの重要性を感じたといえるのかもしれない。

「経験はあっても、基礎の部分はこれまで知識がなくて触れなかったんです。
そこがわかれば、今後、古家を探すときにも自由度が広がると思って」(竹島さん)

マルマド舎は、内壁や床などをはがし、柱や土台が見える状態になっていた。

ワークショップ中、推進員のふたりも積極的に作業を進める。上が上井さん、下が吉崎さん。

講師となった中村さんの手元を、受講者たちは真剣に見つめる。

「カメラマンときどきパン屋」
という働き方は実現可能? 
移住一家の1か月の収支から考える

「二足のわらじ」は
どうしたら実現できる?

伊豆下田に移住したカメラマンの津留崎徹花さん。
パン好きが高じてパンづくりに熱中し、周囲にも好評の
手づくりのパンを販売してみよう! ということに。
2日間のイベント販売は盛況に終わり、これからも本業の傍ら、
ときどきパン屋をやりたいと考える徹花さんですが、
どうしたらそれが可能? そもそも、それで家計は成り立つの??
移住者が今後の働き方を考える、実践的なストーリーです。