連載
posted:2017.12.14 from:北海道岩見沢市 genre:暮らしと移住
〈 この連載・企画は… 〉
北海道にエコビレッジをつくりたい。そこにずっと住んでもいいし、ときどき遊びに来てもいい。
野菜を育ててみんなで食べ、あんまりお金を使わずに暮らす。そんな「新しい家族のカタチ」を探ります。
writer profile
Michiko Kurushima
來嶋路子
くるしま・みちこ●東京都出身。1994年に美術出版社で働き始め、2001年『みづゑ』の新装刊立ち上げに携わり、編集長となる。2008年『美術手帖』副編集長。2011年に暮らしの拠点を北海道に移す。以後、書籍の編集長として美術出版社に籍をおきつつ在宅勤務というかたちで仕事を続ける。2015年にフリーランスとなり、アートやデザインの本づくりを行う〈ミチクル編集工房〉をつくる。現在、東京と北海道を行き来しながら編集の仕事をしつつ、エコビレッジをつくるという目標に向かって奔走中。ときどき畑仕事も。
http://michikuru.com/
岩見沢の市街地から山間部への移住を計画してから約2年。
その間、取得した古家を大工である夫がたったひとりで改修していたのだが、
いろいろな困難に遭遇し、いま年内の完成は断念せざるを得ない状況となっている。
そこで苦肉の策ではあるが、この地区でもう1軒、
わたしたちは空き家を探すことにした。
なぜなら子どもの通学の問題があるためだ(詳しくは連載50回)。
わたしたちが移住をしようと思っている美流渡(みると)は、
以前炭鉱街として栄え、閉山とともに人口が激減した地区。
現在の人口は約400人。過疎化が進み、道を歩けば、
そこかしこに空き家を見つけることはできるのだが、たいていは屋根が壊れていたり、
床板が腐っていたりなど修繕しなければ住むのは難しい状態だ。
こうした状況のなかで、わが家は、この地域では希少な
“すぐに住める”空き家探しを始めたのだった。
この地区の物件情報は、不動産屋にはほとんどあがらない。
頼りになるのは、地元の皆さんの情報だ。
わが家の窮状を聞きつけ、移住にさきがけて
息子が通っている山間部の小学校の同級生のお母さんや、町会や消防団の皆さん、
そして、日頃、この地域のPR活動を一緒にしている
地域おこし推進員(協力隊)の皆さんが、いろいろな情報をよせてくれた。
この地区に移住をしようと思ってから2年が経ち、
少しずつ地域の人たちとのつながりができていなければ、
こんな風に空き家探しはできなかったんじゃないかと思う。
地域の皆さんの温かい協力が、とてもとてもありがたかった。
「○○さんの隣の家が空いているよ」
「○○さんが前に住んでいた家があるよ」など、
皆さんの情報を頼りに、実際に空き家を見に行ったりしてみたのだが、
わたしたちが住むには大きすぎたり、修繕が必要だったりと、
なかなかコレ! という物件が見つからないまま時間が過ぎていった。
ああ、冬になったらどうしよう……。
息子が通う小学校は、現在住んでいる家から車で30分。
岩見沢は北海道有数の豪雪地帯だ。朝は車にたっぷり積もった雪を落とし、
車庫や玄関まわりを除雪しなければ外には出られない。
加えて路面はアイスバーンとなり、ときには吹雪でホワイトアウト。
通学が難しくなる前に家を見つけたいと気を揉む日々が続くなか、
10月中旬、ついに有力情報が舞い込んできた。
その空き家は築年数は古く、もともとは炭住(炭鉱労働者が住んでいた家)
だったそうだが、前の住人がしっかりとリフォームしており、
中を見せてもらうと荷物もなく、大がかりな修繕も必要なさそうだった。
しかも、夫は“平屋好き”ということもあり(地面が近くにないとイヤなのだそう)、
まんざらでもない様子。
家を見た子どもたちも、脇に大きな川が流れ、
地面にはドングリがたくさん転がっていたこともあり、ロケーションに大喜び。
持ち主の方との話し合いもトントン拍子に進み、
ここに住まわせてもらうことになったのだった(ヤッター!)。
「11月中には引っ越したいね!」
雪が本格的に降り積もる前に引っ越そうと、家族で話し合った。
古家の改修がのびのびになり、新しい暮らしが始まらないことに、
なんとも残念な想いを抱えていたわたしにとっては、
晴れやかな気持ちでいっぱいになった。
自然の豊かな場所で、動植物の営みや四季の変化を敏感に感じとりながら、
執筆や編集の仕事をさらに深めてみたい。
また、この地域をもっとよく知るなかで、
ゆくゆくはエコビレッジのような活動をしてみたい。
そんな想いに、ようやく近づけるのかと考えるだけでワクワクした。
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……ところがである。
現実は、そんなに甘くなかった。
引っ越しの準備を進めようとしていた矢先のこと。
水道管の一部から水が漏れていることがわかり、ボイラーにも不具合が見つかった。
北国の冬は厳しく、水道管が凍結して破裂することはしばしばあるし、
設備の老朽化はある程度覚悟はしていたことではあったが、
“すぐに住める”と思っていただけに、わたしたちのショックは大きかった。
はじめに手がけていた古家も、基礎が腐っていたりなど
“がっかり”するようなできごとがたて続けに起こり、新たな家のほうでも問題が噴出し、
夫は「お祓いしてもらったほうがいいのかな……」とつぶやいた。
生後4か月の子どもを抱えているため、わたしは育児と仕事をし、
主に夫が引っ越しの準備をしていたのだが、
モチベーションが上がらぬまま、日々は過ぎていった。
そして、ついに恐れていた事態が。
目標の11月は過ぎ去り、本格的に雪が降り始めたのだった。
例年よりも12月の降雪量は多く、
岩見沢の累積降雪量は約2メートルとなってしまった。
大雪が降ると引っ越し準備どころではない。
公道は市による除雪が入るが、家の前は自分たちで除雪しなければならない。
夫は几帳面な性格もあってか除雪を本当に一生懸命やってくれるのだが、
一気に膝上まで雪が積もったりすれば、その処理に数時間を費やすことに。
しかも、いま住んでいる家と新しい家の両方の除雪となれば時間は2倍。
そのうえ、わたしが東京に出張に出てしまったこともあり、
夫は家事と育児に負われることになり……。
ああ、なんということか、年内に引っ越せるのかさえも、
あやしくなってきてしまったのだ(ガーーーン)。
さすがに、これには精神的な打撃が大きかった。
雪が多くても車による息子の送り迎えは、なんとか無事にできているので
ホッとしてはいるのだが、何より自分のワクワク感が一気に高まったこともあって、
余計に気持ちがドーンと落ちていくように感じられた。
この気持ちの落ち込み具合いは、自分でも驚くものだった。
わたしは、自分が想像している以上に、この引っ越しを
重要なものと捉えているのだということをはっきりと自覚した。
東京に住んでいたときの感覚からすれば、電車や車で30分移動しても、
生活自体はさほど変わらないように思える(新宿から吉祥寺くらいの距離)。
しかし、岩見沢で市街地から山間部へ移るということは、
暮らしの根底が変わるということなのだ。
極論ではあるが、東京から岩見沢の市街地への移住よりも、
岩見沢の市街地から美流渡への移住のほうが、
大きな変化がもたらされる可能性があるといえる。
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岩見沢市は人口約8万人。
市街地には病院や公共施設も整備されており、買い物にも困らない。
もちろん東京の都心とはくらべものにならないくらいのんびりしているが、
そこそこ便利で、住みやすい場所だ。
対して、これから移住をしようとしている美流渡は、岩見沢市の一部ではあるものの、
年末にただ1軒あったスーパーが閉店予定となっているし、
東京の出版社から仕事をもらっているわたしの生命線といえるWi-Fiもつながらず、
ある意味、不便さをともなう地域だ。
ただ、わたしはこの不便ということに、いまとても興味を持っている。
ちょっと前までであれば、仕事が忙しいので、
買い物にはできるだけ時間をかけたくないし、
通信回線は速いものに限ると、つねに効率優先で物事を判断していた。
しかし、効率ばかりを重視する生活スタイルは、東京に住んでいた頃と変わらず、
実は、大切なものが抜け落ちているんじゃないかと
最近気づくようになっていたのだった。
いま、市街地に住みながらも暮らし方を変えようとしており、
仕事の締め切りに追われながらも、あえて手間をかけて家事をやってみたり、
コーヒーをゆっくりとドリップしてみたり、そんな時間を設けている。
すると、あるとき驚くようなアイデアが浮かんだり(編集者なので
おもしろい本の企画など)、暮らしに対する発見があったりする。
また、できるだけパソコンに頼らないようにしており、原稿の下書きは手書き。
プレゼンテーション用の企画書も、パワーポイントを使わず極力手書きにしている。
こんなふうに非効率に動くなかに、クリエイティブや
コミュニケーションの種が潜んでいるのではないかと思う。
美流渡に引っ越しをしたら、さらにこうした非効率な暮らしに
拍車がかかっていくに違いない、何よりそこにワクワク感を感じているのだ。
やっぱり、ああ、早く引っ越したい! 心からそう思う。
しかし、この引っ越し計画を立ててから、何度も書くがもう2年経つ。
これまでさまざまな準備を重ねてきたにもかかわらず転居できていないのは、
気がつかないところで、実はまだ状況が整っていないということなんじゃないだろうか?
仕事の大先輩が「すべてが整えば、川のように物事は流れるもの。
焦らずにそのときを待たなければならない」と言っていたけど、
もしかしたら“そのとき”がまだ来ていないのかもしれないという気にもなってくる。
もう少し、わが子が大きくなって、わたしも引っ越しを
アクティブに進められるようになることが必要なのかもしれないし、
もともとこの転居に積極的でなかった夫の気持ちが、
前向きになるのを待つ時間がまだ必要なのかもしれない。
さあて、引っ越しXデーは、いったいいつなのか?
年内引っ越しにかすかな期待を抱きつつ、“そのとき”を待ち望む日々が続いている。
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