連載
posted:2018.3.6 from:岐阜県高山市 genre:暮らしと移住 / 食・グルメ
sponsored by 飛騨地域創生連携協議会
〈 この連載・企画は… 〉
ひとつのまちの、ささやかな動きかもしれないけれど、創造性や楽しさに富んだ、
注目したい試みがあります。コロカルが見つけた、新しいローカルアクションのかたち。
writer profile
Tatsufumi Shiraishi
白石達史
しらいし・たつふみ●2010年に飛騨に移住。世界中から旅人が集まるガイドツアー、SATOYAMA EXPERIENCEの立ち上げに関わり、2017年に独立。編集・企画・広報・珈琲を柱に、新しい暮らしを実践中。
photographer profile
Fuko Nagasaka
長坂風子
ながさか・ふうこ●愛知県生まれ。大学卒業後、映像制作会社に勤務。地域の“今”を残したいと思い、岐阜県白川村に移住。好きなことは、映画を観ること、食べること。
飛騨への移住は何が違う? 仕事、住居、暮らしを支える飛騨コミュニティ 一覧はこちら
世界中から集まる、多くの旅人の心を掴んで離さない飛騨。
観光地として有名な飛騨は、高山市・飛騨市・下呂市・白川村の
三市一村からなる広域エリアだ。
伝統に触れつつ、新しい生き方を実践できるこの地域には、
観光客だけでなく移住者が増えている。
地域で暮らすうえで、大きなポイントとなるのが、人とのつながり。
縁を感じられる地域には、移住者は自然と集まってくる。
コロカル×未来の地域編集部でお届けする、飛騨の魅力に迫る連載。
外の人々を迎え、つながりを強くする。そんな飛騨のコミュニティを訪ねていく。
雪深い、飛騨高山の森の中。
ゲストを快適に迎えるため、玄関先で男性が雪かきを始めた。
「飛騨の冬は雪があって、あたりまえ。
自然の美しさを感じられる瞬間だから、雪かきも大切な暮らしの一部です」
そう話すのは、高山市の森の中で〈オーベルジュ飛騨の森〉を営む、中安俊之さんだ。
オーベルジュとは、宿泊施設つきのレストランのこと。
取材で訪れた日は豪雪。宿泊していたゲストたちも、宿でゆっくり過ごしていた。
中安さんは、イタリアとオーストラリアでシェフとして活躍し、
長年の海外生活を経て3年前に帰国。
1979年から〈飛騨の森〉というペンションを経営していた奥さんの実家がある
高山市に移住し、地域に根ざした暮らしにシフトした。
飛騨の森は、イタリア料理も楽しめるオーベルジュとして生まれ変わり、
中安さんたちが戻ってきてからは外国人旅行者も増えた。
〈オーベルジュ飛騨の森〉オーナーの中安俊之さん。
中安さんは、高山で自然の恩恵を受けて暮らせていることに、
日々、思いをめぐらせているという。
山はなぜ美しいのか、水がなぜおいしいのか、
そういったことを突き詰めて考えていくと、
田舎はスローライフではなく、実験の連続なのだそう。
自身の考えるまちのビジョンを熱く語り、より良い暮らし方を追求する
中安さんが目指すのは、持続可能な循環型社会だ。
そのヒントを得たのは、イタリアの地方だという。
「この土地に誇りを持ち、自信をもって発信できる人たちを増やしていきたい。
シンプルな考えですが、自分がかつてイタリアの地方で感じていたことを、
高山でもあたりまえにしたいと思っています」
その手段のひとつとして、飛騨地域の農家コミュニティ
〈Craft Harvest Hida Takayama〉を立ち上げたのが2017年の夏。
土と向き合う文化を未来につなげる、若手農家の知識の共有の場だ。
山に囲まれた農地で、待ちに待った収穫。(写真提供:Craft Harvest)
寒冷地で冬が長い飛騨では、作物の収穫時期は限られる。
農業は、個人や家族単位で取り組むことが多いため、
より良い作物を育てようと大胆に実験するにはリスクも伴う。
「作物にもよりますが、この地域だと、年に1、2回しか収穫できません。
そうすると、人生ずっと畑と向き合っても、自分で実験できる回数は限られています。
個人ではなく、地域の農家同士が知識を共有することで、
実験する野菜のテストサイクルを短くできると思っています」
中安さんは、こうした取り組みを通して、
次の世代にバトンを渡すプロセスこそ重要だと話す。
そもそも、どういった経緯でこのような考えに至ったのだろうか。
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東京出身の中安さんは、高校生の頃からレストランで働き始め、
イタリアンシェフの師匠のもとで腕を磨いた。
専門学校卒業後は、イタリアンシェフとして名高い小林幸二氏に師事。
本格的なイタリア料理の道に進んだ。
その傍ら、日本のカフェブームの先駆けとも言われる
〈カフェ・アプレミディ〉でも働き、東京のクラブ、カフェ、レストランなど、
複数の飲食店の立ち上げを任せてもらうこともあった。
高校までは渋谷で育つ。自由な校風だったこともあり、その頃からレストランで修業を始めた。
「早い時期から、大人たちに混ぜてもらって働いていました。
仕事=遊びという認識で、朝から夜までレストランで働いて、
その後、夜中までカフェで働くというような生活でした。
当時は、東京こそNo.1と感じていたし、
この先も、ずっと東京で生活することに疑問を感じていませんでしたね」
そんな中安さんに転機が訪れたのは、25歳のとき。
レストランのお客さんで、1年の半分はイタリアに住んでいるという
ワインのインポーターと出会った。
彼に、イタリア行きを誘われたことがきっかけになった。
「イタリアでは、評判のワイナリーやレストランを紹介してもらい、
人の縁を頼って、多くの地方に行きました。
ビザが取れてからは主に地方で働いていましたが、
イタリアでは、自分が住んでいる土地を本気で愛する人が多いことに気づいたんです」
大自然に囲まれた飛騨の農地。毎日、美しさをかみしめて仕事ができる場所だ。(写真提供:Craft Harvest)
中安さんが衝撃を受けた体験がある。
シチリアにある、パキーノというまちでは、
地元の人々が「うちのトマトが一番!」と、ほとんど毎日トマトを食べるそう。
おいしいものが集まってくる東京で、シェフとしての経験も長い中安さんにとって、
最初は、パキーノのトマトを、そこそこのレベルと思っていたそうだ。
ただ、地元の人と同じように毎日食べて、毎日おいしいと言っているうちに、
だんだん感覚が変わってきたという。
「パキーノの人たちは、毎日家でトマトパスタを食べてうまいと言い、
レストランに行っても、トマトパスタを食べてうまいと言う。
『この土地のトマトが一番うまい』と、ずっと言っているんです。
トマトだけで比べたら、もっとおいしいものがあるかもしれない。
でも、彼らと一緒に毎日食べているうちに、どういうわけか、
日々おいしさが増していくように感じたんです。
自分が住む土地に誇りを持ち、食べているものを愛していて、
それを本気で言っているからではないか、と思うようになりました」
シェフとして、野菜ひとつをとっても、どうしておいしいと感じるのか突き詰めて考える。
日本では、たとえば甘いトマトがおいしいというように、
未だに、世の中で決められた基準が重要視されているように感じるという。
イタリアの小さなまちの出来事は、野菜のおいしさにも、
いろんな評価基準があることを考えさせられる出来事だったという。
また、地域に暮らす人の気持ちひとつで、その土地が魅力的になるということを、
トマトを通して痛感させられた。
イタリアの地方で、その土地で暮らす人の文化と食に触れたことで、
東京こそ最先端という考えは徐々に薄れていった。
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世の中には、「エアルーム」と呼ばれる野菜がある。
欧米で生まれた概念で、一般的には、50年以上種を採り続けた野菜を指す。
日本では「在来種」「伝統品種」などと呼ばれることもある。
化学肥料のない頃から生育されている固定種が多いため、
自ら気候風土に適応し、生命力の高いものが多い。
また、品種も多様で、形や色、味に個性的なものが多いことも特徴だ。
元来、野菜は均一ではなく、個体差があるのがあたりまえ。
しかし、日本ではいつの間にか、均質化が求められるようになってしまった。
「日本では、トマトサラダと聞くと、赤い色のサラダを思い浮かべるかもしれません。
しかし、エアルームトマトのサラダは、彩りから形までバラバラ、
味も一様ではありません。
色や味が濃ければおいしい野菜であるというわけではないんです。
たとえば、ホウレンソウは自然栽培では淡い緑色になります。
それくらい、イメージだけで野菜が語られることも多いんです」
エアルームトマトサラダを画像検索しただけでも、カラフルなものが多いことに気づく。
中安さんは、〈オーベルジュ飛騨の森〉では
エアルーム野菜を使った料理を提供しようと考えていたが、
エアルーム野菜について聞いても、高山では誰も知らなかった。
それどころか、東京でもほとんど知られていない状況だった。
外から集めることができないならば、次の世代につながる取り組みとして、
自分たちの地域でつくってもらうような働きかけをすることにした。
まず、飛騨地域で活躍する農家に会いに行き、
地域でこれから取り組むべきことについて対話を重ねた。
その結果、賛同する10名の若手農家が集まり
〈Craft Harvest Hida Takayama〉がスタートした。
農家チームは地域ならではの野菜をつくり、
中安さんをはじめとした数名が販路を開拓する。
県をまたいだ地域同士の連携や、一流のレストランへの卸しなど、
活動の幅も少しずつ広げている。
すぐに結果が出ることではないかもしれないが、
未来を見据えて、農家のコミュニティをつくるべく動いている。
飛騨の自然の中で育った、色鮮やかなパプリカたち。(写真提供:Craft Harvest)
「みんなで種を取り続けていけば、
いずれはエアルームと呼ばれるようになるかもしれません。
ただ、エアルームならばすべて良いという考えではありません。
エアルームになる野菜をどうやってつくるか、というプロセスのほうが大事なんです。
いま取り組んでいることが、50年後につながっているのだということを、
このプロジェクトに関わるみんなで、もっと考えたいと思っています」
高山にある古いまち並みは、それをつくろうとしたのではない。
昔の住民が、50年、100年もつ家とはどういうものかを考えて、建てた。
その結果として、いまの古いまち並みがある。
50年、100年ずっと野菜や種のことを考えていれば、
必然的に未来に残せるものがあるはずだ。
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飛騨の森には、クチコミで世界中からゲストが訪れる。壁にはゲストからの手紙も。
中安さんの話を聞いていると、「幸福度を高める」というキーワードが頻繁に出てきた。
飛騨の森では、せっかく田舎に来たのだから、
まちから離れたところでゆっくり過ごしてほしいという思いがある。
同じように、自分たちの働き方も、自然と共存し幸福度を高めるものでありたいという。
海外にいた頃は、しっかり働いたら1か月は休むということもあたりまえだった。
その感覚は、これからも持ち続けたいそうだ。
日常の暮らしの中に、誇れる文化がある。山に広葉樹があるから、薪をつくりエネルギーにすることができる。
もちろん、野菜をつくるときにも、生産数だけがすべてではないと思っている。
無機質な土に化学肥料を入れる土づくりではなく、複数の菌が共存する堆肥を使い、
どういったバランスがベストか、常に研究し続けることが大切だ。
水も山からやってくる。落葉したところに雨や雪が降り、山のエキスが水に溶けて川になる。
野菜も、まちづくりも、自分の頭できちんと考える。
即効性で捉えるのではなく、堆肥のように成熟させていくことで、
豊かな土壌をつくっていくのだ。
「Craft Harvestは、僕らが地域を担う手段のひとつで、
やりたいことは野菜づくりだけではありません。
生産者だけでなく、消費者も含めて、みんなが当事者なんだと思います。
ゆくゆくは、持続可能な循環型社会を目指して、
点と点をつなぐコミュニティづくりを進めていきたいですね」
まちを愛し、土地を愛し、自然を愛する。
これは、中安さんにとってあたりまえのこと。
右肩上がりの経済成長を目指すのではなく、
未来につながる文化を熟成させていくことが、
結果として地域の「幸福度を高める」ことにつながるのだろう。
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