炭鉱で栄えた朝日地区に残る万字線の駅舎
わたしが住む岩見沢の山あいは、もともと炭鉱で栄えた地区だ。
朝日、美流渡(みると)、万字(まんじ)とそれぞれの地区に炭鉱があり、
何万人もの人々が暮らしていたという。
かつてのにぎわいはなくなっているものの、
当時の様子をしのばせる建物がいまでもひっそりと建っている。
朝日地区の万字線鉄道公園にある旧朝日駅もそのひとつ。
この公園は、石炭輸送を目的に1914年に開通し、
1985年に廃線となった万字線の駅周辺を整備してつくられた施設だ。
機関車も置かれ、紅葉も美しい場所ではあるが、地元の人や観光客の姿はまばらで、
旧駅舎も手つかずの状態で傷みが目立つようになっていた。

万字線鉄道公園。旧駅舎やレールが残されている。(写真提供:岩見沢市観光協会)
地元の人たちは、駅舎をなんらかのかたちで活用したいという想いはあっても、
なかなか一歩を踏み出せない状態だった。
2年前に地域おこし推進員(協力隊)として、
この地区にやってきた上井雄太さんも同じ気持ちを抱えていた。
「何かに生かせないか、アイデアをずっと考えていました。
取り壊すという話も上がっていて、それはもったいないと思っていました」
時間が止まったようなこの場所が、新しい時を刻むことになったのは、
突然の出来事だった。
朝日の隣、美流渡地区に昨年移住したばかりの
スティーブン・ホジャティさんと文さん夫妻が、
あるとき上井さんに写真を見せてもらったことが、
新しいプロジェクトが生まれるきっかけとなった。
その写真とは、朝日が炭鉱でにぎわっていた時代に撮られており、
労働者が生き生きと働いたり、地域みんなでスポーツを楽しんだりする様子が
写し出されていたものだった。

朝日地区に保管されている炭鉱の写真。岩見沢市内にある〈そらち 炭鉱の記憶マネジメントセンター〉に寄贈された写真資料がもとになっている。
「こんなにすばらしい写真があるなら眠らせておくのはもったいない。
そのとき朝日駅舎に展示してみたらいいんじゃないかと思ったんですね」(文さん)
この駅舎はホジャティさん夫妻にとって印象深い場所でもあった。
札幌で馬を飼いながら、子どもたちに向けたイングリッシュキャンプを
10年ほど行っていたふたりは、新天地で新しい活動を始めようと場所を探しており、
昨春初めてこの地区を訪れ、そのときに駅舎にも立ち寄ったのだそう。
「まだ雪が残るなか朝日駅を見たんですね。
そのとき、万字線の歴史を伝えていくのに一番いい場所だと思いました」(文さん)
「そのままにしておいたら、もったいないと思いました。
線路がまだ残っている場所はなかなかありませんし、
このままだとレールが錆びていってしまうと思ったんです」(スティーブンさん)

朝日駅復活プロジェクトを企画した3人。左から文さん、スティーブンさん、上井さん。

公園には線路が残され機関車も置かれている。
上井さんと夫妻は駅舎を復活させたいという気持ちで一致。
さっそく管理をしていた市役所にかけあい、
自分たちで整備をしてよいか相談をもちかけたそうだ。
検討の時間はさほどかからなかった。
役所もすぐに協力する姿勢を見せてくれたそうで
〈朝日駅復活プロジェクト〉が立ち上がった。
「建物は使わないと死んでいってしまう。
まずはキレイにしたいと思いました」(文さん)

駅舎の内部。普段は鍵がかかっていて中に入ることはできなかった。

駅で使われた備品が保管されている場所もあった。(写真提供:岩見沢市観光協会)



















































































































