岡山〈iemiruLAB〉は 50社超のローカル 工務店情報が大充実! そうだ、住宅見学へいこう。

住宅に興味があるけど何からはじめたらいいかわからない
…という方には〈iemiruLAB(イエミルラボ)〉がオススメです!

昨年12月初旬、岡山駅近くの商業ビル内にオープンした
〈iemiruLAB〉には地元の工務店情報が大集結!
常時50社以上のパンフレットを取り揃え、
住宅に関する疑問を常駐スタッフさんに相談することも可能です。

住宅に関する疑問を相談中

気軽に相談OK。

このラボの一番の目的は
「敬遠されがちな住宅見学のハードルを下げる」こと。
なんと、家を建てた人の約半数は、住宅展示場などに行くことなく
家づくりを進めてしまうそう。(株式会社ビズ・クリエイション調べ)

家を建てた後の満足度は事前に住宅を見学した人の方が高いにも関わらず、
なぜ住宅見学に行かないのか。その足かせになっているものを
ひとつずつ外し、未来の暮らしの納得度を高めてくれるのが〈iemiruLAB〉なのです。

パンフレットはすべて無料、いくつ持ち帰ってもOK

例えば、ネット検索では出てきづらい、
知る人ぞ知る超優良な地場工務店情報に出会えます。

工務店の強みはさまざまですが、地場の土地情報に強く、
柱や壁などの完全自由設計が可能です。こうした工務店は
広告費を抑えめにしている場合が多いので、建設費用を抑えられるのも◎。
「なんとなく」ではなく、確信を持って家づくりのパートナーを選べます。

アメリカの旅を振り返りながら、
小豆島暮らしの魅力を考える

離れてみてわかる、小豆島暮らしの良さ

アメリカ西海岸の旅から戻り、すっかりいつもの日常を過ごしています。
いつもの畑、いつものごはん、いつもの仲間。
あー、日常ってなんて愛おしいんだろうと
あらためて小豆島暮らしの良さを感じる日々です。

この日常の愛おしさ、日常の魅力ってなんで忘れてしまうんでしょう。
たった半月、小豆島から離れただけで、
小豆島ってほんとにいいところだなぁとあらためて感じています。

アメリカのポートランドに着いた日。滞在するAirbnbのホストが空港まで迎えにきてくれました。

アメリカのポートランドに着いた日。滞在するAirbnbのホストが空港まで迎えにきてくれました。

アメリカ滞在最初の夜。いつもの暮らしとは違って、夜にまちを歩く楽しさに興奮。

アメリカ滞在最初の夜。いつもの暮らしとは違って、夜にまちを歩く楽しさに興奮。

小豆島暮らし7年目にもなると、最初は新鮮だったことが
どんどん普通になっていきます。

波のない穏やかな瀬戸内海。その海に沈む夕陽。
すぐそばにある山々。島でつくられてる醤油やそうめん、
オリーブオイルなどの食材。畑仕事をする島の人々。
それから、この島には温泉もある(最近行ってないなぁ)。

これって、普通じゃない! 当たり前じゃない!
世界から見たらこんな場所、なかなかないんじゃないかと思います。
日本の中で探しても同じような場所はそんなにたくさんない気がします。

ポートランドでの最初の朝ごはんは、〈Seastar Bakery(シースターベーカリー)〉で。

ポートランドでの最初の朝ごはんは、〈Seastar Bakery(シースターベーカリー)〉で。

お店の真ん中にある大きな窯で焼かれたパン、その上に同じく窯焼きの目玉焼きだったりスクワッシュ(かぼちゃ)だったりをのせたすごくシンプルなメニュー。パンの小麦、野菜の味がしっかり感じられておいしかった。

お店の真ん中にある大きな窯で焼かれたパン、その上に同じく窯焼きの目玉焼きだったりスクワッシュ(かぼちゃ)だったりをのせたすごくシンプルなメニュー。パンの小麦、野菜の味がしっかり感じられておいしかった。

うちにも窯が欲しくなるなぁ。窯焼き野菜したい。

うちにも窯が欲しくなるなぁ。窯焼き野菜したい。

この日常の魅力をいつも忘れないようにするためには、
“外の人視点”を常に持っていたらいいと思うんです。

私たちは長い時間(といってもたった半月!)島から離れて、
違う文化の中で過ごしていたので、外の人視点が少し復活しました。
だから久しぶりに島に帰ってくるとき、船に乗って瀬戸内海を渡ったのですが、
穏やかな海、その海のところどころに浮かぶ島々を見て、
なんて美しい風景なんだろうと思いました。
あ、気持ちの半分くらいは懐かしさだったのですが。

外の人は、住宅街を歩くだけで楽しい。バークレーにて。

外の人は、住宅街を歩くだけで楽しい。バークレーにて。

広大な畑。これ全部イチゴ。どうやって収穫するのか謎。小豆島にあるイチゴ農家さんのハウスと比べるともう違う作物なんじゃないかと感じる。

広大な畑。これ全部イチゴ。どうやって収穫するのか謎。小豆島にあるイチゴ農家さんのハウスと比べるともう違う作物なんじゃないかと感じる。

言葉や写真が文化になる。
〈オウガ〉ベーシスト・写真家の
清水隆史さんが記録した長野の軌跡

PEOPLE GET READY TO NAGANO vol.1

本州のほぼ中央に位置する長野市は、東京から電車で約1.5時間。
車窓の風景は木々の彩りへと移り変わる。
このまちの魅力は、そんな自然と隣り合わせの風土や食と美。
だけど、そればかりじゃない。

善光寺の門前町として、四方から訪れる旅人を迎え入れ、
疲れを癒してきた歴史がある。

いつの時代も、旅立つ人、旅の途中にいる人、
そして彼らを受け入れる人たちが交差する長野市は、
次なる旅路をつなぐプラットホームだ。

そんな長野市で、自分の想いを込めた「場」を営み、
この土地ならではのカルチャーを培う人たちがいる。
彼らと交わす言葉から、これからの「ACT LOCAL」を考える。

ライブハウス×劇場、編集室、写真集、etc……。
清水隆史さんが長野市で培ってきた表現

近年長野市では、善光寺門前界隈を中心に、
古い建物をリノベーションした場が生まれ、
少なくとも100軒以上の空き家に、新たなあかりが灯るようになった。
ゲストハウスやカフェ、アトリエやオフィスなど、そのかたちはさまざま。
U・Iターン者やこのまちに長く暮らす人たちが、まち並みや文化を引き継ぎながら、
夢をかたちにしている。

〈ネオンホール〉と〈ナノグラフィカ〉

こうした流れの源流は、古い空き家に息吹を吹き込んだ、ふたつの場にある。
〈ネオンホール〉と〈ナノグラフィカ〉だ。

1992年のスタート以来、全国各地のミュージシャンや劇作家などの交流を生み、
独自のユースカルチャーを築いてきたネオンホール。
ライブや演劇、ときにはアートエキシビジョンなどが開かれ、
カテゴライズし得ない数多の表現が交差する空間だ。

編集室・喫茶ナノグラフィカは、長野の文化や情報を編集し、
〈門前暮らしのすすめ〉という活動名で、
古民家再生プロジェクトや蚤の市、地域交流の機会を企画してきた。

長野市権堂の角地にある〈ネオンホール〉

長野市権堂の角地にある、ツタに覆われた建物。ここの2階が〈ネオンホール〉。1992年のスタート以来、ライブや演劇、アートエキシビジョンなど、あらゆるカルチャーが交わるサロン的空間。

編集室・喫茶〈ナノグラフィカ〉

2003年からスタートした、編集室・喫茶〈ナノグラフィカ〉。善光寺門前界隈の暮らしを発信するプロジェクト〈門前暮らしのすすめ〉をはじめ、〈門前空き家見学会〉、〈西之門市〉など数々の地域活動を行う、長野市空き家リノベーションの草分け的存在。

そしてこのふたつの場を興し、
約30年にわたり長野のカルチャーを生み育て、記録し続けてきた、
写真家で〈OGRE YOU ASSHOLE(オウガ・ユー・アスホール)〉ベーシストの
清水隆史さんは、長野の今を語るうえで欠かせない存在のひとりだ。

清水隆史さん

写真家で〈OGRE YOU ASSHOLE〉ベーシストとしても活躍する清水隆史さん。

バンド、演劇、写真、編集、古民家再生など、
あらゆるアプローチから、培ってきた清水さんの表現。

幾重にも交わるこれらの表現を紐解けば、
長野を旅する私たちの視点が変わってくる。
そして、これからの「ACT LOCAL」を考えるきっかけが見えてくる。

清水さんのロングインタビューから、長野市の過去と現在を紹介する。

44号まで発行されている『街並み』

写真・清水さん、編集・ナノグラフィカで、2005年から2015年にかけて、44号まで発行されている『街並み』。長野に暮らす人、今はなき建物や路地など、清水さんがレンズの奥から見つめてきたこのまちの年輪が記録されている。

『街並み』の誌面

移住後の初挑戦。
正月飾りは自分でつくる!
暮らしの知恵をつないでいく

移住後のお正月にちょっとした変化が

下田に移住して2度目のお正月を迎えた津留崎家。
いつかしめ縄を自分で編んで、正月飾りをつくってみたい。
そんな願いを叶えるべく、妻の徹花さんは地元の方に
正月飾りのつくり方を教えてもらうことに。
それにしても、どうしてそこまで手づくりにしたかったのでしょう。

北海道で東京の仕事をする日々。
遠距離であることが個性となって

月に1回、子どもと一緒に上京する

北海道に移住して8年目。
年が明けたとき、東京を離れてこんなにも時が経ったのかとあらためて驚いた。
あっという間に過ぎ去ったと感じるのは、もしかしたら以前と変わらず
雑誌や書籍の編集や執筆の仕事を続けられているからかもしれない。

東日本大震災が起こって暮らしのあり方を変えたいと、
夫の実家のある岩見沢市に移住したのが2011年夏のこと。
幸いなことに勤めていた東京の出版社に籍を置きつつ、
在宅勤務というかたちで働くことができた。

2015年の春に独立したが、これまでつながりを持っていた仲間が
声をかけてくれており、いままで仕事が続けられている。

厳冬期は日中も氷点下の岩見沢。東京との気温差は10度くらいあって、羽田空港に降り立つと冬でも暖かく感じる。

厳冬期は日中も氷点下の岩見沢。東京との気温差は10度くらいあって、羽田空港に降り立つと冬でも暖かく感じる。

仕事のスタイルは、月1回のペースで数日間東京へ出向いて、打ち合わせや取材をし、
自宅に持ち帰って編集や執筆を行うというものだ。
独立した時期は、第二子がちょうど1歳。
保育園に預けていなかったこともあり、上京のときはいつも連れていた。
その子が3歳になる頃に、今度は第三子を出産。
現在は1歳半の子どもを抱えて、東京に行っている。

余裕を持って空港に行き、子どもをキッズスペースで必ず遊ばせる。体を動かしておかないと、機内で機嫌が悪くなることも。

余裕を持って空港に行き、子どもをキッズスペースで必ず遊ばせる。体を動かしておかないと、機内で機嫌が悪くなることも。

遠距離子連れで編集の仕事をしようと思うとき、一番緊張するのが、
雑誌などの取材で、アポイントを入れる段階だ。

取材交渉をするときは、相手の都合に日時や場所を合わせるのが基本だが、
わたしの場合は、上京するタイミングに合わせてもらうほかはないし、
しかも子どもの同伴までお願いしなければならない。
日程に余裕のない著名人などに依頼状を送るときは
「ああ、きっと断られるだろうなあ……」と思ってしまう。

子連れが難しい取材先もある。夫に子どもの面倒を見てもらうために、ときには家族全員で上京することも。

子連れが難しい取材先もある。夫に子どもの面倒を見てもらうために、ときには家族全員で上京することも。

しかし、ありがたいことに、こうした無理なお願いを
取材相手は快く受け入れてくれることが多い。
取材時間をこちらの都合に合わせてくれるだけでなく、
子どものために取材場所を個室にしてくれるときだってある。

みんなに教えたい!
わたしのまちの「お正月」

今月のテーマ 「まちのお正月」

正月飾り、雑煮の具材や、おもちの形、祭りに初詣、三が日の過ごし方― 
地域性が色濃く表れる「お正月」。
自分の暮らすまちのお正月を、みんなに話したくなるのも不思議です。

今回は、地域おこし協力隊のみなさんから、
その土地ならではのお正月の風景、モノ、コトを投稿してもらいました。

【岩手県一関市】 東北の一部地域だけ! 紙からつくる「網飾り」

年が明けて、家族でお祈り。

お正月、家族で神棚に向かってお祈り。
毎年続く光景ですが、ふと神棚の紙飾りが、ちょっと不思議な気がしました。

鯛の形をした切り紙が神棚にお供えされています。

鯛の形をした切り紙が神棚にお供えされています。

聞くところによると、「網飾り」と呼ばれるこれらは
旧伊達藩の岩手県南、宮城県北にしかないとのこと。
それぞれの神社の神主さんが、和紙を何度も折りたたみ、
カッターなどで複雑な切り込みを入れてつくりあげています。

神社によってその形はさまざま。
扇、巾着、小判、小槌、俵など、縁起の良いものを組み合わせたお飾りが、
たった1枚の紙で表現されているのには感服します。

一関市民族資料館には各地域のお飾りが展示されています。

一関市民族資料館には各地域のお飾りが展示されています。

この複雑な手しごとが、来年も拝めますように。

一関のお正月の風景。

information

map

一関市民俗資料館

住所:岩手県一関市大東町渋民字小林25

TEL:0191-75-2706

WEB:一関市民俗資料館

MAIL:minzoku@city.ichinoseki.iwate.jp

photo & text

櫻井陽 さくらい・よう

岩手県一関市出身。2016年よりUターンで一関市の地域おこし協力隊に着任し、農業分野の地域団体の活動支援を行う。好きな食べ物はカレー。趣味の硬式テニスをやらないと病にかかる体質。2017年より一関で楽しく暮らしたい20代のための地域団体「一関を面白く企む会」を発足し、各々がまちを楽しむためのさまざまな企画を実施する。

【岩手県花巻市】 海外からも注目される、ダイナミックな神楽の舞

新しい年になり、まちを歩けば、正月飾りが家々にお祝いムードをもたらし、
「年が明けたんだ」と実感が湧いてきます。

もうひとつ、年明けを実感するのが、
約1200年以上の歴史を誇る〈早池峯神社(はやちねじんじゃ)〉の境内で、
神楽の舞い初めの光景を目にした瞬間です。
力強く舞う姿に、新年の幕開けを感じます。

岳神楽。(写真提供:佐々木秀勝)

(写真提供:佐々木秀勝)

岩手県花巻市には複数の神楽団体が存在しますが、
大迫町には「岳(たけ)」と、「大償(おおつぐない)」のふたつの神楽が。
このふたつの神楽を総称して〈早池峰神楽〉と呼び、
今回、写真で紹介しているのは〈岳神楽〉です。

早池峰神楽は、昭和51年(1976年)に国の重要無形民俗文化財に指定され、
平成21年(2009年)には、ユネスコの無形文化遺産に登録されました。
世界各国からも注目を集め、各地で舞が披露されるとなれば、海外から観に来るファンもいるほど。

今年、ユネスコに登録されて10年目の記念すべき年を迎えます。
年明けに行われた舞い初めには、たくさんの人が訪れ、新年を祝いました。

舞い初めは、大償神楽が1月2日、岳神楽が1月3日に披露されます。(写真提供:佐々木秀勝)

舞い初めは、大償神楽が1月2日、岳神楽が1月3日に披露されます。(写真提供:佐々木秀勝)

早池峰神楽は、およそ500年前から舞われてきたといわれています。
これからどんな時代になったとしても、神楽は美しく、そのままの姿で、
我々に希望を与えてくれることだと思います。

photo & text

鈴木寛太 すずき・かんた

1991年東京都出身。2011年に発生した東日本大震災以降、大学のボランティアプログラムで、繰り返し岩手県を訪れるようになる。一度は就職するも、2015年8月、地域おこし協力隊として花巻市に移住。大迫(おおはさま)地区で、減少が続くぶどう農家の支援やイベントの企画・調整を行っており、2018年5月にぶどう農家となる。2018年7月末、3年間の地域おこし協力隊の任期を終え、本格始動中。

日光の隠れ里、小来川に魅せられ移住。
地域おこし協力隊と
二拠点生活の起業家夫婦

「戻っても仕事がない」と思い込んでいた

「小来川(おころがわ)を初めて訪れたのは、雪が降っているときでした。
ここはどこ? っていうくらい幻想的な景色が広がっていて、感動したんです」

夫の上吉原隆浩さんとともに、東京から日光市小来川地区に移住した
上吉原麻紀さんは、小来川との出会いを興奮気味にこう語る。
市の南部に位置する小来川は、山に囲まれ、清らかな渓流が流れる日光の隠れ里。
ダイナミックな滝や湖、寺社仏閣、温泉街など、
観光スポットとしてイメージする日光とはひと味違う、
静かでゆったりとした時間が流れている。

麻紀さんはここで地域おこし協力隊となり、
隆浩さんは移住前に立ち上げた、ウェブや映像制作、イベント企画などを行う
〈upLuG(アプラグ)〉という会社の業務をしながら、
日光と東京で二拠点生活を送っている。

上吉原さん夫婦が暮らす、里山の風景が美しい小来川。

上吉原さん夫婦が暮らす、里山の風景が美しい小来川。

隆浩さんは、現在日光市になっている旧今市市出身で、麻紀さんは県内の栃木市出身。
U・Jターンともいえるのだが、もともと日光に戻ってくるつもりはなかったそう。
その理由として「仕事がないだろう」という先入観が少なからずあったようだ。

「日光でウェブや映像制作の求人がないか、なにげなく見たこともあったのですが、
人材を募集するほどのところは見当たらなくて、現状を知りようがなかったんです。
でもせっかく会社を立ち上げたのだから、
何かおもしろいことをしたいと思い、地元の同級生に声をかけて
プロモーションビデオを撮らせてもらうことにしたんです」(隆浩さん)

麻紀さんが小来川で一番好きな場所だという円光寺。石段を上がった先で眺める山並みも美しい。

麻紀さんが小来川で一番好きな場所だという円光寺。石段を上がった先で眺める山並みも美しい。

その同級生というのが、日光の天然水を使って上質なあんこを製造している
〈黒須製餡所〉の3代目、黒須崇浩さん。
隆浩さんは東京で映像制作チームを結成して、日光へ。
ロケハンも兼ねてみんなで鬼怒川温泉に泊まり、
黒須さんのところでものづくりのこだわりを聞いたり、
日光の自然環境を映像に収めたりしていくうちに、あることにふと気がつく。

「高校時代まで毎日当たり前に見ていたはずの景色なのですが、
日光って実はすごくいいところだなと思えたんです」

隆浩さんの興味が地元に向き出したのと時を同じくして、
麻紀さんは移住関連の仕事をしていた友人を通して地域おこし協力隊の制度を知る。
そして栃木県内のさまざまな地域を見ていくなかで、
冒頭のように小来川にひと目惚れして、2017年4月の着任を機に移住することに。
小来川はそもそも移住者が珍しいうえに、
地域おこし協力隊を迎え入れるのは初めての試みだった。

円光寺の住職と奥様と。移住して間もない頃、「いつでもお茶を飲みにいらっしゃい」のひとことが心にしみたという麻紀さん。奥様からは漬物づくりや味噌づくりを教わっている。

円光寺の住職と奥様と。移住して間もない頃、「いつでもお茶を飲みにいらっしゃい」のひとことが心にしみたという麻紀さん。奥様からは漬物づくりや味噌づくりを教わっている。

「狭い地域ということもあって、知らない人が歩いていると、
みんな振り返って不思議な目で見るんです(笑)。
だから私がどうして小来川に来たのか、
地域おこし協力隊とはどういう存在なのかを知っていただくのが先決だと思い、
『協力隊通信』という広報誌をつくって、
自作の似顔絵入りの名刺とともに263全戸に手配りすることにしたんです。

そしたら初対面なのに『よく来たねえ、お茶飲んでいきな』と言ってくださったり、
採れたての野菜をもらったりして、全然進まなくて……。
結局すべて回るのに2か月くらいかかってしまいました(笑)。
でもそのおかげでみなさんに覚えてもらうことができました」

デザインもイラストもすべてひとりで手がけているという『協力隊通信』。小来川のコミュニティに溶け込むことができたのは、麻紀さんの明るくオープンな人柄も大きいようだ。

デザインもイラストもすべてひとりで手がけているという『協力隊通信』。小来川のコミュニティに溶け込むことができたのは、麻紀さんの明るくオープンな人柄も大きいようだ。

アメリカのマーケットはどんな感じ?
毎日の暮らしの中にある、
ファーマーズマーケットへ

アメリカ西海岸の旅で、ファーマーズマーケットめぐり

少し時間が経ってしまいましたが、あけましておめでとうございます。
今年も「小豆島日記」をどうぞよろしくお願いいたします。

この冬休みに15日間、アメリカの西海岸に行ってきました。
オレゴン州のポートランドから始まり、カリフォルニア州のサンノゼ、
バークレー、オークランド、サンフランシスコ、そしてロサンゼルスへ。
各地の農園やファーマーズマーケット、お店などをめぐりました。

この15日間、たくさんのものを見て、いろんな人に会い、
まだ頭の中はごちゃごちゃです。
少しずつ整理して、良かったなと感じたものは、
私たちの日々の暮らし、働き方にとり入れていきたいなと思っています。

今回は、私たちの旅の目的のひとつでもあった
ファーマーズマーケットのことについて書きます。

毎週土曜日にポートランド州立大学内で開催されるポートランド・ファーマーズマーケット。

毎週土曜日にポートランド州立大学内で開催されるポートランド・ファーマーズマーケット。

野菜を買いに来ていたすてきな女性。

野菜を買いに来ていたすてきな女性。

野菜はほとんどが量り売り。

野菜はほとんどが量り売り。

日本でも各地でファーマーズマーケット、マルシェ、市(いち)などと
呼ばれるイベントが開かれていて、生産者が消費者へ直接販売できます。
毎週開催されているもの、年に1、2回だけお祭り的に開催されるものなどさまざま。
私たちもときどき参加して、野菜やシロップなどの加工品を販売しています。

いつも感じていたのは、イベントで野菜を販売しても
ほとんど利益が出ないということ。

島外でのイベントとなると、船に車を乗せて移動する場合、
それだけでかなり高額な交通費がかかってしまいます。
それから人件費。出店するための準備から販売まで含めるとかなりの時間を使います。
そして野菜はたくさん売っても単価が低いため大きな売り上げにならない
(これは私たちの価格設定が問題なのかもしれませんが)。

だから、いつもそういう場での出店は、宣伝、新たなつながりをつくること、
その時間を楽しむことが目的だと考えていて、
あまり儲けようとは思っていませんでした。

アメリカでのファーマーズマーケットはどんなだろう? 
日本と同じような感じなんだろうか。
今回は、ポートランドとロサンゼルスのファーマーズマーケットに行ってきました。

もうとにかくそのすてきな雰囲気に魅了されてしまって、
わーっとなりながら歩いてました。
自分たちが育てている野菜と同じ野菜もたくさん並んでいたし、
逆に知らない野菜も。それからおいしそうなお菓子も、きれいな花も。
たくさんのお店が並んでいて、たくさんの人がマーケットを楽しんでいました。

Mio's Delectablesさんは大人気でたくさんの人がケーキを見ていました。

Mio's Delectablesさんは大人気でたくさんの人がケーキを見ていました。

花束がとてもすてきで思わず買って帰りたくなりました。

花束がとてもすてきで思わず買って帰りたくなりました。

加工品もいろいろありました。これはピスタチオバター! 味見したけどとてもおいしかった。

加工品もいろいろありました。これはピスタチオバター! 味見したけどとてもおいしかった。

熊本県で行われる個性的な古本市
〈マルシェ・リーブル〉と
〈大山鹿古本市〉

熊本市の〈マルシェ・リーブル〉に〈ひなた文庫〉も出店

私たち〈ひなた文庫〉は普段は南阿蘇鉄道の駅舎で古本屋を営業していますが、
1年のうち何度かはイベント出店というかたちで県内外で営業することも。
今回は少し足を延ばして、熊本市内で昨年から始まった古本市、
そして熊本県山鹿市で今年の1月に行われる古本市のふたつについてお話しします。

まずは熊本市内の上通アーケードで、昨年の春5月と冬12月に開催された
〈マルシェ・リーブル〉という古本市の様子から。
会場となるのは、熊本の方なら誰もが一度は食べたことのある、
郷土の中華料理「太平燕(タイピイエン)」でも有名な〈紅蘭亭〉と
老舗の洋菓子店〈Swiss(スイス)〉の店舗のある
〈パビリオン・ガーデン〉という広場です。

パビリオン・ガーデンへと続く道に古本屋が出店しています。

パビリオン・ガーデンへと続く道に古本屋が出店しています。

この場所では定期的に〈マルシェ・ノワール〉という夜市も開催されています。
その主催者である紅蘭亭ご主人の本好きが高じて、
同商店街で老舗の古本屋を営む〈舒文堂河島書店〉の河島康之さんと話が広がり、
マルシェ・ノワールの本屋版をやってみようと始まったのが
マルシェ・リーブルのきっかけだそうです。

老舗の古本屋〈舒文堂河島書店〉も出店。

老舗の古本屋〈舒文堂河島書店〉も出店。古書のほかに書画などもあり、さすがの品揃えです。

ひなた文庫が出店したのは第2回目の冬のマルシェ・リーブルです。
12月にもかかわらず何十年ぶりかの夏日を記録した前週から一転、
真冬の寒さが戻ったこの日は外へ出かける人は少ないように思えたのですが、
クリスマス前ということもあり活気のある上通アーケード。

今回参加した本屋は、熊本市の古本屋舒文堂河島書店、
〈タケシマ文庫〉、〈mychiairbooks〉の3店舗と
出張絵本屋〈モフbooks〉、それとひなた文庫の5店です。

熊本市の〈タケシマ文庫〉。

熊本市の〈タケシマ文庫〉。幅広いジャンルの本が並べられ眺めるだけでも楽しくなります。

タケシマ文庫とmychiairbooksのおふたりは私たちと同い年で開業した年も近く、
この世代は古本屋の当たり年だね、と大先輩の古本屋さんから言われたりしています。
さらにモフbooksの吉田美樹さんは夏のイベント〈本屋ミッドナイト〉
朗読でお世話になった方で、今回は知り合いの方ばかり!

熊本市の上乃裏通りにある〈mychiairbooks〉も。

熊本市の上乃裏通りにある〈mychiairbooks〉も。新刊も販売されていて厳選された本の中にセンスが光ります。

出店の準備は9時頃から行われ、11時にオープン。
本の搬入は車やカートで行われ、近くの本屋さんは
カートに大量の本を乗せていらっしゃいます。

アーケード街は車での搬入・搬出が大変なため、
私たちも今後のためにとカートを新調しました。
カートは夫の手づくりで、夏のイベントや小屋の廃材を再利用。
りんご箱2箱がきっちり入って、出店時はレジカウンターにも使える
すぐれものができました。

自作したカウンター兼台車。

自作したカウンター兼台車。

それぞれの店舗がお客さんの目を引くように趣向を凝らした並べ方で設営していきます。
お客さんは、紅蘭亭やスイスにいらっしゃった方や、
ふらっと本が並んでいる様子に気づいて入って来られる方、
日頃のそれぞれの店舗の常連さんなど。

お昼を過ぎた頃からだんだんと客足が増え、それぞれの店舗を周回する流れが。
吟味され手にとられた古本は新しい住まいへと旅立ってゆきます。
大学生や家族連れ、そしてご年配のお客さんまで。
さらにはたまたま市内のクリスマスマーケットへ訪れていた
南阿蘇の友人一家も帰りに寄り道してくれたり。

出張絵本屋の〈モフbooks〉。

出張絵本屋の〈モフbooks〉。どんな絵本を探しているか店主の吉田さんに言うとお勧めの本をたくさん紹介してもらえますよ!

古本市に参加するときはどんな本をどれくらい持って行くか、とっても悩みます。
販売する場所やお客さんの層などいろいろと考慮して持っていきますが、
当日を迎えてみるまではどんな本が売れるかわかりません。
思い通りに売れないことも、予想以上に好評なときも。

それでも、こうやって普段はなかなか会えない店主の方たちと話したり
持ってこられた本の選書を見るのはとても刺激になります。
また次回も参加したいと思う古本市でした。

最後に出店者みんなで記念撮影をしました。(撮影:畠山浩史)

最後に出店者みんなで記念撮影をしました。(撮影:畠山浩史)

伊豆下田に移住して
1日のスケジュールはどう変わった?
働き方、暮らし方、時間の使い方

1日の時間の使い方は
どう変わった?

伊豆下田に移住して2年目の津留崎家。
昨年4月から娘が小学校に入学したものの
学童保育所がないため、平日午後は
夫と妻のどちらかが家にいるという働き方をすることに。
では具体的に、どんな1日を過ごしているのでしょう?
津留崎家の働き方、暮らし方をご紹介します。

下川町でエッセンシャルオイルをつくる
〈フプの森〉が山を買った理由とは?

森の香りのするトドマツで精油をつくる

2016年に山を買って2年が過ぎた。
山に友人たちとみんなで住めるような家をゆくゆくは建てたいという、
ぼんやりとした夢はあるものの、電気や水道をどうするのか、
冬の除雪はどうするのかなど懸案事項が多く、前には進んでいない。

唯一、わたしが行ったのは、総面積の12パーセントほどの部分に、
業者の方にお願いして植林をしてもらったことくらい。
特に今年は第三子がまだ小さいこともあって、なかなか山に行けず、
これといって何もしないまま時が過ぎている。

山を持っている人は、いったいどんな使い方をしているのだろう?
この場に住むというプラン以外にも、山の活用方法はあるはずだ。
そんな疑問を抱いて情報を集めていたときに、
北海道下川町の取り組みを知ることとなった。

北海道の北部に位置し、面積の約9割が森林という下川町では、
木質バイオマスエネルギーを積極的に利用したまちづくりが行われ、
全国からも注目を集めている。

ほかにも森林資源を活用しようとするさまざまな取り組みがあり、
特にわたしが興味を持ったのは、北海道を代表する樹種のひとつ、
トドマツから精油を抽出し、エッセンシャルオイルなどを製造している
〈フプの森〉の活動だ。

トドマツの葉から生まれたエッセンシャルオイルやルームスプレー。

トドマツの葉から生まれたエッセンシャルオイルやルームスプレー。

ハンドクリームやボディオイル、キャンドルなど、森を感じる暮らしを体感してほしいとつくられた〈NALUQ〉シリーズ。

ハンドクリームやボディオイル、キャンドルなど、森を感じる暮らしを体感してほしいとつくられた〈NALUQ〉シリーズ。

わたしの住む岩見沢市から下川町までは車で約3時間ということもあって、
なかなか行くチャンスがなかったのだが、
昨年の10月、ようやく〈フプの森〉のみなさんのもとを訪ねることができた。

お話をうかがったのは、この会社の代表取締役の田邊真理恵さんと
取締役の亀山範子さん。
1名の従業員とともに下川各地の森林に入り、
伐採を行ったときに出るトドマツの葉を採取し、それを釜で蒸して
精油と蒸留水をつくって、さまざまな製品を生み出している。

右から亀山範子さん、田邊真理恵さん、スタッフの安松谷千世さん。

右から亀山範子さん、田邊真理恵さん、スタッフの安松谷千世さん。

「フプ」とはアイヌ語で「トドマツ」という意味。
この木は国内の針葉樹の中でも、葉から精油が最もとれる樹種だそうで、
さわやかな森の香りがするのが特徴だ。

トドマツはもみの木の仲間。部屋に香りが広がると、森の中にいるようなリラックスした気持ちになれる。田邊さんはこの香りが大好きだそうで、モミエ社長と呼ばれている。

トドマツはもみの木の仲間。部屋に香りが広がると、森の中にいるようなリラックスした気持ちになれる。田邊さんはこの香りが大好きだそうで、モミエ社長と呼ばれている。

このトドマツの精油を使った事業の始まりは2000年。
下川町森林組合が事業化し、2008年にはNPO法人〈森の生活〉が引き継ぎ、
2012年にフプの森として独立した。会社設立に集まったのは、
10年以上続けてきたこの事業の歴代の担当者4名だった。

「集まったのは奇跡のタイミング」と田邊真理恵さんが語るように、
NPO時代から精油事業に関わっていた田邊さん以外のメンバーは、
一時下川を離れて別の仕事に就くなどしていたが、見えない力に動かされるようにして
2012年に再びこの地に集結し会社がスタートしたという。

田邊さんと亀山さんとともに会社設立メンバーとなったのは、
田邊さんの夫の大輔さんと、フリーの林業家としても活動を続ける陣内雄さん。
ふたりはアドバイザーとして、フプの森を支える存在となっている。

水蒸気でじっくり2時間かけて蒸留する。

水蒸気でじっくり2時間かけて蒸留する。

「おせち」の準備は春から始める!?
育てて、採って、つくる
地産地消おせち

明けましておめでとうございます! 
「食べもの・お金・エネルギー」を自分たちでつくる
〈いとしまシェアハウス〉のちはるです。

みなさんは、どんなお正月を過ごされましたか?

大人になると、学生時代とは違い
進級したり、卒業する、といった節目的な変化があまりないので、
「新しい年が来る」という変化のタイミングがあるのは
ありがたいことだなあと感じています。

2018年の私、激動の1年だったけれど、諦めずによくがんばった! 
2019年の新しい私で、今年も精一杯やりたいことを実現していこうと思います。

HAPPY NEW YEAR!

さて、我が家の年末の一大イベントは、何といっても「おせち」づくり! 
おせちは、自分たちがこの1年かけてつくってきたものの集大成のような料理です。
毎年シェアメイトたちとつくりながら、1年を振り返る。
そんな時間が大好きです。

私たちが手づくりおせちを始めたきっかけは、ご近所さんたちの影響でした。
あるご近所さんの畑をのぞかせてもらったとき、
おせちに入れるための黒豆を自分で育てていたのです。

半年以上前からおせちづくりの準備をしているなんて!

ご近所さんからたくさんのことを学びます。

当時、「おせち」といえばデパートで売っている
きらびやかなお重のイメージが強かっただけに、
買わずにつくる、という視点そのものが新鮮でした。

そして何より、おせちづくりがきちんと暮らしに根づいている、
その生き方がすごくすごくすてきだなと思ったのです。

そんなご近所さんたちに感化され、
私たちも暮らしのなかにあるもので、おせちをつくってみたい! 
そんな気持ちからのスタートでした。

〈炎とくらす瀬戸内〉 岡山県瀬戸内市に 移住して職人めざしちゃう?

「炎にまつわるものづくり」から岡山県瀬戸内市の魅力を
発信する移住セミナー〈炎とくらす瀬戸内〉が、
2019年1月27日(日)に東京で開催されます!

岡山といえば、桃太郎や倉敷美観地区だけじゃない。
日本を代表する美術品「備前刀」「備前焼」も岡山の誇りなのです。

穏やかな瀬戸内海に抱かれる岡山県の瀬戸内市。

穏やかな瀬戸内海に抱かれる岡山県の瀬戸内市。

そうした芸術品の故郷が岡山県の瀬戸内市。
刀作りは、室町時代“中世山陽道随一の商都”と呼ばれた
〈福岡〉のまちを有する長船(おさふね)地区で発展。

長船をはじめとする備前国で作られた〈備前刀〉は、
国宝111口のうち47口を占めると言われ、
備前国はまさに質・量ともに日本一の作刀地でした。
現在も、〈備前おさふね刀剣の里〉を中心に、連綿と日本刀がつくられています。

また、古墳時代から平安時代にかけて中四国最大の須恵器生産地であった
瀬戸内市から備前市にかけての一帯では、
のちに備前焼に発展する陶器づくりが盛んに行われました。

樹脂を含み火力の強いアカマツの木にも恵まれ、
刀づくりと陶器づくりにおいて、
瀬戸内市近辺は国内でも有数の名産地になったのです。

瀬戸内市は刀鍛冶や陶器づくりに欠かせない良質なアカマツが手に入りやすかった。

瀬戸内市は刀鍛冶や陶器づくりに欠かせない良質なアカマツが手に入りやすかった。

今回のイベントの目玉は、瀬戸内の匠たちによるトークセッション。
刀匠の森助光さんと陶芸家の末廣学さんが、
伝統文化を継承するものづくりとともに、
地方暮らしの魅力やものづくりライフについて語り合います。

鍛冶の中でも、特に刀鍛冶は多くの人が憧れを募らせる。

鍛冶の中でも、特に刀鍛冶は多くの人が憧れを募らせる。

小豆島暮らし7年目、
緩やかに変わっていく人生のステージ

小豆島を飛び出して、アメリカ西海岸の文化を体感する旅へ

いまアメリカへ向かう飛行機の中でこの文章を書いています。
実に12年ぶりの海外。

最後に訪れたのは2006年の年末、メキシコ。
もうパスポートの期限はとっくに切れていたし、
飛行機の予約の仕方も忘れてしまっていたし
(というか12年も経っていたらいろいろ変わってる)、
よしアメリカに行こう! と思いたって1年くらいかけて準備してきました(笑)。

12年前、私たちは夫婦ふたりで名古屋で暮らしていて、会社員として働いていました。
メキシコから帰ってきてしばらくして、娘が生まれ、
子育てをしながら働き、その働き方や生き方に違和感を感じ、
えいやっと仕事を辞めて小豆島に引っ越したのが6年前。

書いてしまうとすらっと終わってしまいますが、
当時生き方についてはけっこう長いこと悶々と考え続けていて、
自分自身が病気をしたこともきっかけとなり、
30代前半で小豆島への移住を決めました。

12月の畑は緑や紫の葉物野菜がわさわさしていてとても美しい。

12月の畑は緑や紫の葉物野菜がわさわさしていてとても美しい。

冬の野菜たち。超巨大に育った大根がおいしい。

冬の野菜たち。超巨大に育った大根がおいしい。

小豆島に引っ越してきてからのことは、
この「小豆島日記」でずっと書き続けてきたとおりです。
家を直し、農業を始め、自宅の一部をカフェとしてオープンし、
自分たちが育てた生姜や柑橘でシロップやポン酢などの加工品を製造し、販売。
日々いっぱいいっぱいで、あっという間に月日が流れていきました。

毎年年末に開催される地元の収穫祭。野菜やシロップなどを販売しました。

毎年年末に開催される地元の収穫祭。野菜やシロップなどを販売しました。

野菜を販売するかたわらで、ハンドドリップコーヒーも淹れます。

野菜を販売するかたわらで、ハンドドリップコーヒーも淹れます。

少しずつ畑が大きくなり、製造する加工品の量も多くなり、
2年前くらいから畑やカフェを手伝いにきてくれる仲間が増えました。
常時勤務の社員はいませんが、週3日畑を手伝ってくれるメンバーがふたり、
週1日のカフェメンバーがふたり、
週に1回野菜と交換で畑を手伝ってくれてる友人もいます。
たくちゃん(夫)とふたりで始めた〈HOMEMAKERS〉はだいぶ賑やかになりました。

いつも手伝ってくれてる仲間に加えて、生姜の収穫加工作業はたくさんの友人たちが手伝ってくれました。

いつも手伝ってくれてる仲間に加えて、生姜の収穫加工作業はたくさんの友人たちが手伝ってくれました。

作業の合間のお昼ごはん。11月は暖かかったので、庭にテーブルを並べて食べました。

作業の合間のお昼ごはん。11月は暖かかったので、庭にテーブルを並べて食べました。

駅のお隣さんの新しい家族、
将来の名物駅長候補(?)現る

ごはん処〈きしゃぽっぽ〉に現れた、新しい仲間

11月のはじめ、古本屋〈ひなた文庫〉の営業のため
いつもの南阿蘇鉄道の駅舎に到着すると、
駅の階段脇に植えてある紅葉の木に2匹のヤギがつながれていました。

どこか近くの方が散歩をさせにきたのか? 
いままで近所でヤギを見たことはなかったけれど……と不思議に思って近づいてみると、
「さっき連れてきたのよー。かわいいでしょう」
駅の隣のごはん処〈きしゃぽっぽ〉の奥さんが声をかけてきてくれました。

「渡邊さんのところで飼い始めたんですか!?」と驚いて聞いてみると、
ご主人もお店から出てきてふたりでうんうんと頷くではありませんか。

南阿蘇水の生まれる里白水高原駅の隣にある〈きしゃぽっぽ〉。

南阿蘇水の生まれる里白水高原駅の隣にある〈きしゃぽっぽ〉。

ふたりの話を聞いてみると、田んぼや畦道の草も食べてくれるし、
駅に来たお客さんが喜んでくれたらいいなと思って、
ずっと前からお客さんなどにヤギを飼いたいと話していたのだとか。
するとちょうど隣町でヤギを飼っている方が
引っ越しをしてもう飼えなくなるからと数日前に連絡があり、
その日譲ってもらったのだそうです。

「ずっとヤギは飼いたいと周りに言ってはいたんだけど、
こんなに急には来るとは思わなかったよ」とおふたりも少し困惑気味。
ヤギたちもいきなり知らない場所に連れて来られ少し不安そうです。

駅の隣のごはん処きしゃぽっぽは、
私たちが南阿蘇鉄道の「南阿蘇水の生まれる里白水高原駅」で営業を始めた
2015年5月、偶然同じ時期に営業を始めたごはん屋さんです。
駅のすぐ横に店舗と住居があり、
ご主人の渡邊重行さんと奥さんのふたりで営まれています。

私たちが開業準備を進めるなかで、隣の店舗もふたりで開業準備をされていて、
自然と仲良くなりました。

渡邊さんご夫婦。

渡邊さんご夫婦。

ご主人は東京の飲食店で和食の料理人として20年勤務されたあと、
熊本市内のホテルで料理人として20年働かれて、
地元の南阿蘇に戻ってお店を始められました。
お米は店舗のすぐ近くの田んぼでつくられた自家栽培のもの、
野菜もできる限りご自身でつくられたものを提供されています。

お昼はわざわざ遠方からもお客さんが食べに来られる定食屋さん、
夜は地元の方が集まる居酒屋さんになります。
私もひなた文庫の営業日には定食を頼んで、
特別に店内ではなく駅で店番をしながらいただくことも。

きしゃぽっぽのボリューム満点ホルモン煮込み定食。

きしゃぽっぽのボリューム満点ホルモン煮込み定食。

私たちが古本屋を営業しない平日などは駅を見守ってくれ、
駅でのイベントの際も、準備や炊き出しなど一緒になって手伝ってくださる
心強いおふたりです。

夏のイベントで流しそうめんの準備を手伝ってくれる渡邊さん。

夏のイベントで流しそうめんの準備を手伝ってくれる渡邊さん。

移住先探しの旅から2年。
紆余曲折の“無計画”移住を振り返る

連載50回で振り返る
「わが家の移住について」

この連載がスタートして2年余り。
「生まれ育った東京を離れ、移住することにしました。行き先は未定」
と大胆な宣言をして始まった、津留崎家の移住先探しの旅。
現在は伊豆下田に移住して1年半以上が経ちましたが
これまで順風満帆というわけではありませんでした。
それでも、少しずつ自分たちの暮らしをつくりあげています。

北海道に自由な小学校をつくりたい。
活動を続ける人たちの輪が、
いま大きく広がって

宿題もない、試験もない、学年の壁もない学校!?

息子の通う岩見沢の山あいにある小さな小学校が今年度いっぱいで閉校となり、
近隣の学校への統廃合が決まった。
当たり前だと思っていたものが地域から消えること。
それは、学校という存在について、あらためて考える機会を与えてくれた。

閉校についての想いは以前の連載で書いた。
子どもたちにとって、現在より人数の多い学校に行くことは、
きっと友だちが増えて、新しい発見や楽しみにつながるはずだ。

一方、学校がなくなることは地域にとって、どんな影響があるのだろう? 
にぎわいを失った校舎は、このままどうなっていくのだろうか? 
閉校の話題でよく聞かれる「寂しくなるね」という声に、
わたしはモヤモヤとした想いを感じずにはいられなかった。
閉校は仕方のないことだとしても、残された校舎を、
いままで以上に人が集う場所にする方法はないのだろうか?

そんなことを考えていたとき〈北海道に自由な小学校をつくる会〉の存在を知った。
SNSで、この会の説明会が2018年5月に札幌で開催されるという告知を見つけ、
「学校ってどうやったらつくれるのだろう。校舎の活用方法のアイデアが見つかるかも」
と興味がわき、参加してみることにした。

自由な小学校をつくるための説明会。札幌にあるスミタスビルの会議室で開催された。

自由な小学校をつくるための説明会。札幌にあるスミタスビルの会議室で開催された。

会場には30名ほどの参加者がつめかけていた。
どんな小学校をつくりたいのかという話をしてくれたのは、
この会の中心メンバーのひとりであり、
札幌にある養護学校の教員でもある細田孝哉さん。

会の母体は、1980年代から活動し、現在認定NPO法人となった
〈北海道自由が丘学園・ともに人間教育をすすめる会〉。
新しい教育提案とその実現を目指そうとする組織で、
これまでフリースクールの運営を続けており、
そこで培った経験を生かした自由な小学校をつくろうとしているという。

〈北海道に自由な小学校をつくる会〉の中心メンバー。左が細田孝哉さん。右はフリースクール〈月寒スクール〉を運営する北海道自由が丘学園の代表理事の吉野正敏さん。細田さんとともに学校づくりに奔走している。

〈北海道に自由な小学校をつくる会〉の中心メンバー。左が細田孝哉さん。右はフリースクール〈月寒スクール〉を運営する北海道自由が丘学園の代表理事の吉野正敏さん。細田さんとともに学校づくりに奔走している。

モデルとなるのは、和歌山県の山あいにある〈きのくに子どもの村学園〉。
この学園には、宿題も試験も学年の壁もなく、先生とは呼ばれる大人もいないという
(大人は「○○さん」やニックネームで呼ばれている)。
1992年より私立小学校がスタートし、その後、中学校や国際高等専修学校も誕生。
現在では、福井や山梨などにも同じ方針をもとにつくられた学校がある。

〈きのくに子どもの村学園〉

〈きのくに子どもの村学園〉

基本方針となるのは、子どもが自ら決めること。
ひとりひとりの違いや興味を大事にすること。
体験や生活を通して学習すること。

特徴的な取り組みは「プロジェクト」という、小学校では週14時間とられている授業。
木工・園芸や劇団、農業、食の研究など、さまざまなプロジェクトがあり、
子どもたちは1年を通じて自分が何を学びたいのかを選択。
大人はサポート役となり、子どもたちの自主性を尊重してプロジェクトは進められる。

この学園をたびたび見学してきた細田さんは、
木工のプロジェクトについて話してくれた。

「敷地には20年ほど前に子どもたちがつくった
20メートルくらいの大きな木製すべり台があります。
設置する場所の傾斜や降りるスピード、安全な角度などを考えて
小学生が自分たちで設計したものです」

すべり台の制作の様子。異学年の子どもたちが協力して制作する。(写真提供:きのくに子どもの村学園)

すべり台の制作の様子。異学年の子どもたちが協力して制作する。(写真提供:きのくに子どもの村学園)

完成したすべり台。20メートルほどの長さがある。(写真提供:きのくに子どもの村学園)

完成したすべり台。20メートルほどの長さがある。(写真提供:きのくに子どもの村学園)

「かず」と「ことば」という基礎学習の時間も設けられ、
プロジェクトと連動した内容もあるそうだ。

「プロジェクトの内容からつくった“かず”のプリントに取り組むなかで、
ある子が三角形の各辺の2乗の数字とにらめっこしているうちに、
『これってひょっとして……』と
ピタゴラスの定理に気づいてしまったということもあったそうです」

おうちで岩盤浴!?
薪5本で翌朝まで暖かい
韓国の伝統式床暖房“オンドル”

こんにちは! 「食べもの・お金・エネルギー」を自分たちでつくる
〈いとしまシェアハウス〉のちはるです。

寒くなってきましたね。
今年は11月が暖かかったのですっかり油断していましたが、
福岡県糸島市はここ数日、体の芯から冷えるような寒さです。

でも、ちゃんと寒くなってちょっとだけ安心しました。
冬にきちんと寒くないと、植物や生き物たちも混乱してしまいますから。
キーンと澄んだ空気を思い切り吸い込んで、
そうそう、この寒さだったね! と実感する日々です。
うーん、寒い。

少し前まで、薄着でも大丈夫だったのに……。

少し前まで、薄着でも大丈夫だったのに……。

さて、田舎の古民家で暮らす一番の課題といえば、冬の寒さではないでしょうか。

ひと昔前、“家を建てる”ということは人生の一大事だったため、
古民家のつくりは「人が快適に暮らす」ことよりも、
「家をいい状態で次の世代に引き継ぐ」ことに重きが置かれていたそうです。

そのため、古民家は

・木を傷めないように、直射日光が入らないようにする

・木が腐らないように、通気性をよくする

といったつくりになっており、とにかく寒い。
木にとってはいいのかもしれないけれど、
文明の利器に囲まれて育った私たちにとっては、なかなか厳しい寒さです。

この古民家での冬を乗り越えるため、
数年前に韓国の伝統式床暖房“オンドル”をつくりました。

オンドルの口窯で火を焚く。

オンドルとは、薪を燃やした煙で床下を暖める床暖房です。
家の中で一番大きな部屋の床下をはぎとって土を掘り返し、
ブロックとレンガで煙の通り道をつくり、
蓄熱性の高い、平べったい石をその上に敷き詰めます。
石の上に土を乗せ、紙を貼ったらできあがり。

韓国から先生と宮大工さんをお呼びし、ワークショップ形式でつくりました!

韓国から先生と宮大工さんをお呼びし、ワークショップ形式でつくりました!

オンドルワークショップの様子。

メインの素材は、石、土、紙、油。シンプルなものしか使わないので安心です。

メインの素材は、石、土、紙、油。シンプルなものしか使わないので安心です。

燃やした薪の煙がゆっくりと床下の道を通ることで石を温め、
部屋が暖まっていくという仕組みです。
石が発する遠赤外線のおかげで、岩盤浴のように体がじんわりと温まります。

山梨県小菅村×YADOKARI 〈タイニーハウスデザイン コンテスト2019〉。

〈タイニーハウス〉プロジェクトとは?

断捨離やミニマリストなど、
今までの生活のあり方を見直すムーブメントが勢いを増す現代。
またひとつ、その流れで世の中の注目を集めているのが〈タイニーハウス〉です。
単に小さな家というわけではなく、2008年の金融危機をきっかけに
「シンプルで無駄のない生活」が実現できる住居として広がりました。

2018年開催時の作品提出者は124組(応募登録総数は365組)

2018年開催時の作品提出者は124組(応募登録総数は365組)。第3回目となる2019年のコンテストでは、「小さくても楽しい家」がテーマ。

そうしたタイニーハウスの魅力的な設計アイデアを求める
〈タイニーハウスデザインコンテスト2019〉が、現在応募を受付中です! 
建築関係の資格や経験は不問で、アイデア重視。
「タイニーハウスを使ってどんな暮らしがしたいか」を掘り下げ、
未来の住まいの選択肢を創ることが目的です。

コンテストでの受賞を経て実際に建設されたタイニーハウス

コンテストでの受賞を経て実際に建設されたタイニーハウスは、村の施設として有効活用されている。

今回は「どれだけワクワクできて楽しいか」が大事な審査基準のひとつとなっており、
最優秀賞に輝くと、なんと自分の作品を建築してもらえます!
絵に描いた餅で終わらない、そのリアルさがこのコンテストの魅力です。

徳島県神山町の
〈フードハブ・プロジェクト〉。
「育てる、つくる、食べる、つなぐ」を
循環させる

「地域で育て、地域で食べる」食の拠点

11月末の日曜日、生姜の収穫加工作業やら玉ねぎの定植やら、
やることてんこ盛りの日々でしたが、
どうしても行きたかった徳島県神山町に行ってきました。
目的は、〈フードハブ・プロジェクト〉の真鍋太一くんに会いに行くこと。

真鍋くんは家族で神山に移住されていて、フードハブ・プロジェクトの活動をはじめ、
神山町にサテライトオフィスを構える〈モノサス〉にも所属されています。
先日、神山から小豆島を訪ねてきてくれて、
うちの畑を見たり、いろいろな話をするなかで、
私たちもフードハブ・プロジェクトのお店や畑をぜひみたい! 話を聞きたい! 
というわけで、今回神山に行くことに。

徳島県神山町は、IT企業のサテライトオフィスの誘致や
移住者たちのユニークな働き方、暮らし方などで有名な徳島の山あいにあるまちです。
徳島市街地から車で1時間弱の場所にあります。

小豆島から船に乗って高松へ、その後は車で1時間半のドライブ。
目的地は、フードハブ・プロジェクトの活動拠点〈かま屋〉(食堂)と
〈かまパン&ストア〉(パン・食品)さん。

徳島県神山町にある〈かま屋〉と〈かまパン&ストア〉。

徳島県神山町にある〈かま屋〉と〈かまパン&ストア〉。

外構の設計は、神山町の大埜地(おのじ)集合住宅プロジェクトも手がけるランドスケープデザイナーの田瀬理夫さん。

外構の設計は、神山町の大埜地(おのじ)集合住宅プロジェクトも手がけるランドスケープデザイナーの田瀬理夫さん。

そもそもフードハブ・プロジェクトってなんだろう。
私もあらためていろいろ調べました。

「Food Hub」という考え方は、アメリカ合衆国農務省が推奨しているもので、
地域のFood Hubは、主に地元の名前が特定できる生産者たちの食品を、
集約、保存、流通、そしてマーケティングすることで彼らの能力を強化し、
卸売業者や小売、制度的な需要に積極的に応えるビジネス、または組織のこと。

神山産の野菜も販売されていました。

神山産の野菜も販売されていました。

町内に点在している耕作放棄地などの農地をフードハブ・プロジェクトで借りて、〈つなぐ農園〉としてお米、小麦、野菜などを育てています。農業長の白桃薫さんが畑を案内してくれました。

町内に点在している耕作放棄地などの農地をフードハブ・プロジェクトで借りて、〈つなぐ農園〉としてお米、小麦、野菜などを育てています。農業長の白桃薫さんが畑を案内してくれました。

フードハブ・プロジェクトは、この考え方をもとに、
神山の農業の担い手を育成する活動を中心に、
「地域で育て、地域で食べる」場所として、農作物を育てることに加えて、
食堂・パン・食品を販売する場所を運営されています。

小学校のすぐ横にある畑。

小学校のすぐ横にある畑。

今年は暖かすぎて、葉物野菜が一気に育ってしまって、出荷調整が大変。それはうちも同じです。

今年は暖かすぎて、葉物野菜が一気に育ってしまって、出荷調整が大変。それはうちも同じです。

厚真の“ために”ではなく、
厚真“で”何かをしてほしい。
ローカルベンチャースクール、募集再開

未来を劇的に変えるために必要なこととは?

9月6日未明に起きた北海道胆振東部地震から3か月が経とうとしている。
震度7を観測した厚真町では、大規模な土砂崩れが発生し、36名の命が失われた。
未だに避難所で暮らす人々もおり、穏やかな生活が戻っているとはいいがたいが、
すでに新しい厚真をつくっていこうとする動きは始まっている。

そのひとつは、
〈厚真町ローカルベンチャースクール(以下、LVS)2018〉の募集再開だ。
LVSとは、厚真町役場と岡山県の西粟倉村に本社のあるエーゼロが共同で進めている、
移住と起業を促進するためのプログラム。
エントリーした参加者の事業プランをスクールでブラッシュアップしていき、
採択されれば、実際に厚真町に移住して起業、あるいは支援を受けながら
起業準備や地域での就職を検討することができるというものだ。

震災は、今年3期目となるLVSのエントリー募集を始めた矢先に起こった。

北海道厚真町

役場はLVSの募集を一時は中止した。
このスクールを担当する産業経済課の宮久史さんによると、
「まずは人命救助。その後の復旧作業。住民のみなさんの生活を少しでも早く
安定させることだけに意識を集中させたい」という考えからだった。
しかし、2か月ほど経ち住民の生活再建に全力で取り組む一方で、
町外の人々の力を取り込むことの重要性を強く感じるようになったそうだ。

「僕は多様な人が集まってくることで、
『持続可能な社会』となる力を高めていきたいと思っています。
この1、2年のふるまいによって、10年後、20年後の未来が劇的に変わる可能性がある。
復興のスピードを加速させるのは、
町外の人材をどう活用するかにかかっていると考えました」

厚真町役場産業経済課の宮久史さん

厚真町役場 産業経済課の宮久史さん。

12月のLVSのエントリー締め切りに先駆け、
11月24日、25日には〈厚真町の今を知る見学会〉が開催された。
この見学会は、〈ハスカップファーム山口農園〉代表の山口善紀さんと、
馬搬(ばはん)という馬を使った伝統的な林業を行う西埜将世(にしのまさとし)さんの
震災の体験談を聞くとともに、
土砂被害の最も大きかった吉野・富里地区をめぐるという半日間のプログラムだ。
1日目の見学会に集まったのは15名ほどで、
道内だけでなく東京から駆けつけた参加者もいた。

この見学会で何より衝撃を受けたのは、土砂被害の現場をこの目で見たことだ。
土砂で流された倒木や家屋の搬出作業は急ピッチで進められているものの、
土砂崩れのすさまじいエネルギーの爪痕は生々しく残っていた。
宮さんによると、地震発生のわずか数秒後には崩落が起こったそうで、
逃げる間もなくその下敷きとなった人たちがいたという。
被害は役場の職員やその家族にも及んでおり、
見学会の案内役となった宮さんをはじめとする役場のみなさんの心中には、
被害現場を前にして、きっとさまざまな想いがこみ上げていたに違いない。
にもかかわらず、しっかりと前へ進もうとする意志がヒシヒシと伝わってきた。

「埋蔵文化財の発掘調査によると、
約4000年前に今回の地震に近い規模の地震が発生していたことがわかっています。
何千年というスケールで考えれば、
地震があったからこそいまの厚真があるといえます。
地震も含め、自然とともに生きるまちとしての価値を生み出したいと考えています」

日高幌内川が山の崩落によってせき止められ、土砂ダムも生まれた。
地形がまったく変わってしまうようなダイナミックな自然の営みを前に、
宮さんはこの震災に自分たちが立ち会っていることの意味を考えていた。

下田に移住して1年半。
お金について変わったこと、思うこと

移住して「お金」の価値観は
どう変わった?

伊豆下田に移住して1年半が経った津留崎さん。
東京ではお金ですべてを手に入れる暮らしをしていましたが
少しずつ変わってきたようです。
でも当然、お金がなくては暮らせません。
そこであらためて「里山資本主義」について考えてみました。

住まいも仕事も決めず、
ポートランドへ移住!? 山中緑さんの
冒険の旅のお話会、美流渡で開催

撮影:山中緑

娘さんとふたり、ポートランドへ冒険の旅に

長年編集者をやっていると、この人と本をつくりたいと血が騒ぐことがある。
今夏ポートランドへ旅立った山中緑さんは、そんな編集者魂をくすぐる人物だ。
緑さんと出会ったのは昨年のこと。
そのとき仕事の関係で、たった15分ほど話をしただけだった。
その後、会う機会はなかったのだが、
あるとき冒険の旅に出るというFacebookの投稿を見て、わたしは心底驚いた。

「アメリカに14年暮らし、日本に戻って札幌をベースにしてちょうど5年。
いろんなことがありましたが、この夏、私は娘とふたり、
札幌を引き払ってベースをアメリカに移します! 
行き先はオレゴン州ポートランド!!! 
知り合いも、友人もいない、去年5日間だけ訪ねた場所です♪ 
お友だち、紹介してください♡」

緑さんの仕事はデザインやブランディング。
フリーランスで活動しているため、渡米しても継続中のプロジェクトは行うそうだが、
ポートランドに仕事が待っているわけでもなかった。
しかも、住居も決めず、とりあえず2週間民泊を予約しただけだった。

緑さんは札幌のグラフィックデザイン集団〈COMMUNE〉のプロジェクトに参加し、ブランディングの仕事を行っている。写真は北見の〈Shinone Apple Farm〉のシードルのラベルデザイン。(写真提供:COMMUNE)

緑さんは札幌のグラフィックデザイン集団〈COMMUNE〉のプロジェクトに参加し、ブランディングの仕事を行っている。写真は北見の〈Shinone Apple Farm〉のシードルのラベルデザイン。(写真提供:COMMUNE)

「固定観念に縛られず、住居のことも、仕事のことも、学校のことも、
あまり気負わずに楽しむことを重視して、
クリエイティブに挑戦していこうと思っています(祈っていてください!!!)。
この先は、娘とふたりで“旅”と“人との出会い”と“本”と
“テクノロジー(インターネット)”で学んでいくつもりです」

2週間滞在したのは民泊。大家のポールさんは、ご近所さんを紹介してくれるなどとても親切だったそう。広いリビングとダイニングには、ポールさんの実家で使っていたというビンテージの家具が置かれていた。(撮影:山中緑)

2週間滞在したのは民泊。大家のポールさんは、ご近所さんを紹介してくれるなどとても親切だったそう。広いリビングとダイニングには、ポールさんの実家で使っていたというビンテージの家具が置かれていた。(撮影:山中緑)

8月24日に旅立って以来、日々の暮らしを綴ったFacebookを欠かさず読んだ。
住まいがなかなか見つからずに悪戦苦闘したり、
娘さんは学校へ通うようになったけれども一部の授業はボイコットしたり。
難しい状況があっても、そこから気づきを見出し前へと進む緑さんの冒険に、
わたしはどんどん引き込まれ、ときおり彼女とコンタクトを取るようになった。

限られた時間のなかでシェアハウスが見つかった。築100以上という古い家で、庭には小鳥が集まってくる。(撮影:山中緑)

限られた時間のなかでシェアハウスが見つかった。築100以上という古い家で、庭には小鳥が集まってくる。(撮影:山中緑)

10月に入り、緑さんが感謝祭の連休を利用して一時帰国をし、
時間が合えばどこかでポートランド暮らしの報告会をしてみたい
というメールをもらった。
すかさず、それなら地元の美流渡(みると)でやってほしいと提案をしたところ、
トントン拍子に話が進み、11月17日の開催が決まった。

わたしはポートランドに行ったことはないのだが、
この地域のローカリティーを生かした魅力的な取り組みに興味を持っており、
その動きは、岩見沢の山あいに移住してくる人々の精神との
共通項があるような気がしていた。

何より緑さん自身が、実際にポートランドで暮らした生の声を聞いてみたいと、
お話会の開催を心待ちにした。

滞在先の札幌からかけつけてくれた山中緑さん。

滞在先の札幌からかけつけてくれた山中緑さん。

新米猟師、料理人、
プロのバレエダンサー、
大工、旅人ライターも!
個性豊かなシェアハウス住人のお話。

こんにちは! 「食べもの・お金・エネルギー」を自分たちでつくる
〈いとしまシェアハウス〉のちはるです。

シェアハウスの話をすると、「どんな人が住んでいるの?」
とよく聞かれるので、今回は個性豊かな住人たちを紹介していきたいと思います。

まずトップバッターは、シェアハウス発起人であり、夫であるこーいちさん

シェアハウス発起人・こーいちさん

料理人であり、冬の間は酒蔵で働く蔵人であり、
ときには韓国式伝統床暖房オンドルの大工であり、
一緒に猟をする猟師でもあります。

シェアハウスでは田んぼを担当していて、
彼が1年間の田んぼスケジュールを組み、それに沿ってみんなでお米を育てています。

農業・畜産・養鶏の経験がある彼のおかげで、我が家のお米自給率は100%以上。
また、集落では役員を務めたり消防団に所属したりと、
集落の人からの信頼も厚い、まさにこのコミュニティをまとめる存在です。

プロのバレエダンサー・ゆうまくん

それから、プロのバレエダンサーであるゆうまくん

ダンサーだけでなく、編集・ライター・webエンジニア・デザイナーと幅広く活動しています。
ジョージア国立バレエ団でプロのバレエダンサーとして活躍したあと、
華やかな晴れ舞台から一転、なぜか田んぼだらけの糸島へ。
これからの生き方を探るなかで、我が家へたどりついたと話してくれました。

「常に自分ができないほうを選ぶ」という強いチャレンジ精神の持ち主で、
25歳という若さでこれだけの幅広い知識や技術を持っているのも納得のストイックさ。
シェアハウス内では、筋トレ部を立ち上げたり、朝活を提案してくれたり、
シェアメイトとの交流の場をたくさんつくってくれています。

身長181センチの長身なので、古民家の我が家ではよく頭をぶつけています。

旅人ライター・マッキー

続いては、マッキー

夏期の短期住人という仕組みを通じて、
我が家への移住を決意してくれた旅人ライターです。

「食と農」に関心が強く、JAで4年間がむしゃらに働き、人生の次のステップへ進むため退職。
オーストラリア、カナダなどでワーキングホリデーを経験し、20か国を旅行。
そこから、場所・時間・お金から自由になる生き方を目指し、我が家へやってきてくれました。

SNSでの情報収集・発信が得意で、インスタグラムのアカウントもフォロワー1万人超え。
シェアハウスでの発信方法をアドバイスしてくれたりと、なにかと心強い存在です。
料理が上手で、みんなからいじられる愛されキャラ。
鼻歌の選曲がいつも若干古いのが気になるところ。(まだ若いのに……)
年齢詐称疑惑が持ち上がっています(笑)。

唯一の学生・がんちゃん

そして、唯一の学生、がんちゃん
夏休みの学生合宿を機に、我が家の暮らしと出合い、
内定辞退、大学を休学してまで我が家の一員となってくれました。

1996年生まれの22歳ですが、まだ身長が伸びているというのだから驚きです。
我が家のふたつ隣駅出身ということもあり、地元の人とのコミュニケーションも得意。
「食べる」と「居場所」をテーマに、フットワーク軽く活動しています。

我が家では、田んぼ作業からリノベーション、合宿の受け入れなど、
家仕事にも積極的に取り組んでくれて、とても助かっています。
芯のあるまっすぐな性格で、彼を訪ねてくる大学の後輩たちから頼りにされるのもよくわかる……!

彼の成長が楽しみですし、私自身も学ばせてもらうことがたくさん。
学生の視点から、シェアハウスを盛り上げてくれています!

続いては、前号で話に上がった大工インレジデンスのメンバーを紹介していきますね。