5周年を迎えた、
小豆島〈HOMEMAKERS〉カフェ

冬季休業が終わって、6年目のカフェオープン!

2014年2月22日にオープンした〈HOMEMAKERS〉カフェ。
この2月で5周年になります!

小豆島に引っ越す前から、カフェをやりたいという思いはありました。
普通なら自宅とは別の場所に店舗となる建物を借りて、
そこでカフェを開こうと考えるのかもしれませんが、
あまり悩むこともなく、当たり前のように自宅の一部をカフェとして開きました。

カフェをやりたいというより、自宅の一部を開きたい、住み開いて、
いろんな人を招きたい、来てもらいたいという気持ちが強かったのかもしれません。
居心地のいい空間で、おいしいコーヒーが飲めて、おいしいごはんが食べられて、
いい時間を共に過ごせる。そんな場所をつくりたいという思い。

WE ARE HOMEMAKERS! レジカウンターには友人たちの作品が並んでます。

WE ARE HOMEMAKERS! レジカウンターには友人たちの作品が並んでます。

キッチンに棚を新設。こういう作業をしてるときはとても楽しそう。

キッチンに棚を新設。こういう作業をしてるときのたくちゃん(夫)はとても楽しそう。

HOMEMAKERSカフェは、週に2日、金曜日と土曜日だけ開いています。
実は最初の1か月は土・日曜日に営業していました。
やっぱり一番お客さんが多いのは週末なので。

でも、土・日に営業してしまうと、子どもも揃った家族の休日がなくなってしまう。
なんのために島に引っ越してきたのか、家での時間を大切にするために
仕事を辞めて小豆島に来たのに、それでは意味がなくなってしまう。
というわけで、すぐに金・土曜日に変更しました。

最初の3年くらいは、近所のお母さんから
「金曜日は(人が)来ん曜日じゃ!」とネタで言われるくらい静かでしたが
(やっぱり平日にのんびり田舎のカフェに来る人は少ない、笑)、
でもここ最近は金曜日もけっこう賑やかで、
近所のおばあちゃんたちがお茶会しにきてくれたり、島の友人が来てくれたり、
週によっては金曜日のほうが土曜日より忙しいときもあったりします。

若くて元気なほうれん草。旬です。

若くて元気なほうれん草。旬です。

野菜の収穫は主に月・水・金曜日にしています。

野菜の収穫は主に月・水・金曜日にしています。

なぜ週2日だけなのか? という話ですが、私たちは毎日農業をしています。
畑で野菜を育てて、その野菜を販売しています。
週4日農業、週2日カフェというバランスがいまの私たちにとってはちょうどいい。
畑やカフェを手伝いに来てくれる仲間が増えて、
いまはカフェを営業しながら畑作業もしたりしているので、
もしかしたら今後カフェの営業日が増えるかも? 増えないかも?

収穫して土を落とした野菜たち。

収穫して土を落とした野菜たち。

お客様にお届けするように何種類かの野菜をセットにして箱に詰めます。

お客様にお届けするように何種類かの野菜をセットにして箱に詰めます。

人が集まる場所をつくってみたい。
「暮らし研究所」という構想

海が見えるバーベキュー場で
味噌仕込み会

毎年、自家製味噌をつくっている津留崎徹花さん。
下田に移住後、今年は伊豆の友人たちを招いて味噌仕込み会をすることに。
せっかくなら気持ちのいい屋外でやってみようと
海の見えるロケーションの〈ガーデンヴィラ白浜〉で開催。
人が集まり、暮らしのひとコマを一緒に楽しむ。
この日の体験から、ある構想が生まれたようです。

夫が突然つくった巨大かまくらが
地域の輪を生み出して

撮影:新田陽子

その高さ2メートル超え。少しずつ巨大化していったかまくら

東京から夫の実家のある北海道に移住して、暮らしに劇的な変化があったのは、
冬の過ごし方だと思う。11月には初雪が降り始め、
4月になっても路面に雪が残っており、北国の冬はとにかく長い。

しかも、わたしが住む岩見沢市は北海道有数の豪雪地帯。
朝出かけようと思っても車が雪に埋もれているときもあるし、
吹雪になってホワイトアウトしているときもある。
なかなか予定が立てにくい状況の中、夫が除雪に精を出してくれるので、
なんとか子どもを幼稚園に連れて行ったり、仕事に出かけたりできている状態だ。

冬の天候は変わりやすい。突然、雪が激しくなりホワイトアウトすることもある。

冬の天候は変わりやすい。突然、雪が激しくなりホワイトアウトすることもある。

除雪に関して夫はかなり几帳面なタイプだと思う。
駐車スペースだけでなく、庭全体を除雪しており、
半日以上を費やすこともしばしばある。
わたしとしては、まだ次女が1歳半なので、
子どものフォローをしてほしいと思うこともあるのだが、
大雪が降ったあとは「オレは除雪で忙しいんだ!」と家を飛び出してしまう。

雪用のシャベルを使うほか、小型の除雪機も活躍。雪を巻き上げて遠くへ飛ばす。

雪用のシャベルを使うほか、小型の除雪機も活躍。雪を巻き上げて遠くへ飛ばす。

あるとき朝から外に出たっきり、昼になっても戻ってこないことがあった。
あまりに戻ってこないので、どうしたのかと思って外に出てみると、
なんと庭に巨大なかまくらができていたのだった。

北海道の雪はサラサラで、雪だるまやかまくらをつくるのに
適していないとよく言われる。
そこで夫は、膝をかがめて入れるくらいのスペースの骨組みを木でつくり、
そこに除雪機で雪を振りかけ、何日かかけて何層にも積み上げていったようなのだ。

しかも、これでかまくらが完成したのかと思ったのだが、
その後も上から除雪した雪を重ねていったようで、
壁の厚さが1メートルほどになった時点で、骨組みを取り外していた。
そして、さらに雪を重ね、重みで雪が締まってくると、
中が狭くなってくるので、スコップで雪をかき出し……。

高さ2メートル超えのかまくらが完成。

高さ2メートル超えのかまくらが完成。

身長150センチくらいの人なら真っ直ぐ立てる。中は思いのほか広い。

身長150センチくらいの人なら真っ直ぐ立てる。中は思いのほか広い。

わたしは日々、編集者として本づくりをしているのだが、
締め切りが重なって本当に忙しい時期になると、
夫の連日のかまくらづくりに、さすがに複雑な心境となった。

わが家では、わたしが仕事をして、
夫には家事と育児をかなりの部分で負担してもらいつつ、
家の改修などをしてもらっているのだが、
夫が「除雪が大変だ、大変だ」という言葉を聞くと、
つい「除雪じゃなくて、かまくらづくりで忙しいんじゃ……」と、
心の中でツッコミを入れたことが何度もあった。

そんな夫婦の火種(!?)となっていたかまくらが、
思いがけない出来事に発展していった。

〈Ka na ta〉加藤哲朗さんの
五感がつくる長野市信級のアトリエ、
服を売らないお店、そして旅館

PEOPLE GET READY TO NAGANO vol.3

本州のほぼ中央に位置する長野市は、東京から電車で約1.5時間。
車窓の風景は、木々の彩りへと移り変わる。
このまちの魅力は、そんな自然と隣り合わせの風土や食と美。
だけど、そればかりじゃない。

善光寺の門前町として、四方から訪れる旅人を迎え入れ、
疲れを癒してきた歴史がある。

いつの時代も、旅立つ人、旅の途中にいる人、
そして、彼らを受け入れる人たちが交差する長野市は、
次なる旅路をつなぐプラットホームだ。

そんな長野市で、自分の想いを込めた「場」を営み、
この土地ならではのカルチャーを培う人たちがいる。
彼らと交わす言葉から、これからの「ACT LOCAL」を考える。

体をめぐる「服と場」を見つめてきた〈Ka na ta〉

ひらがなの一文字が古来からもつ意味、
「か|あなた」
「な|眼、見ること」
「た|時間的・空間的方向性」
をコンセプトとするブランド〈Ka na ta〉。

2005年のスタート以来、大量生産・大量消費の「ファッション産業」とは距離をとり、
独自の世界観を築きながら、東京のアトリエと直営店、
吉祥寺の「服を売らない」直営店、長野市信級(のぶしな)のアトリエと、
年を重ねるごとに創作の場を広げてきた。

その軌跡は、「ファッション=流行」とは一線を画し、
彼らの表現そのものに魅了されたアーティストやミュージシャンにはじまり、
草の根的に多方面からの支持を受けるようになっていった。

メディアに露出することで他者に編集される、つくられた〈Ka na ta〉像よりも、
単純明快なオンラインショップよりも、お店という現実の場で、
「人と服が出会う過程に、自ら立ち会うこと」に重きを置いてきた彼ら。

その根底にあるのは、体にとって重要な「服と場」を
自分たちの目で見つめることだった……。

連載の第3弾となる今回は、
「あんまり慣れてないんだよね(笑)」と朗らかな笑顔でインタビューに応えてくれた
〈Ka na ta〉デザイナー・加藤哲朗さんを紹介。
長野市信級にアトリエを持ったことで生まれた創作の源泉や五感、
〈Ka na ta〉の現在点をここに記録する。

古材・廃材を使って
築80年の納屋が
“劇的”ビフォー&アフター!
〈大工インレジデンス〉

こんにちは。
「食べもの・お金・エネルギー」を自分たちでつくる
〈いとしまシェアハウス〉のちはるです。

以前この連載で紹介した、
〈大工インレジデンス〉という取り組み、覚えていますか?

このプロジェクトは、大工は家賃&食費が“無料”になり、
我が家の暮らしを体験しながら、一緒に納屋をリノベーションして、
新しいコミュニティの場をつくろうというもの。
大工さんの技術と、我が家の暮らしの、物々交換のような取り組みです。

今回のプロジェクト第1期では、物置きとして使っていたボロボロの納屋を改修。
大工インレジデンスによる、その大変身ぶりを紹介していけたらと思います! 

大工インレジデンスのメンバーや、シェアハウスメンバーと集合写真!

さて。先に結論から言ってしまうと…… 
予想していた100倍、いいものができちゃいました!!!

納屋のBEFORE

納屋のAFTER

どうですか、この変身ぶり。
ビフォーの写真をたくさん撮っておかなかったことを後悔……。
だって暗くて、狭くて、撮ろうにも難しかったんです。

今回の大工インレジデンスのリノベーションで
こだわったポイント&目的はこの3つ。

(1)廃材・古材を活用する

(2)空間を明るくする

(3)狭い納屋を広く活用する

みんなの知恵や技術、ネットワークを駆使して、
木材はほとんど、廃材・古材のいただきものでまかなうことができました。
(木材を提供してくださったみなさま、本当にありがとうございました!)

〈岡崎カメラがっこう〉
地域の人が発信すること

まちの風景や暮らしを、写真で発信

私が生まれ育った場所は、愛知県の岡崎市です。
岡崎を出てひとり暮らしを始めたのがいまから約20年前。
それから一時的に岡崎に戻って暮らした時期もありましたが、
この20年間、年に数回実家に帰るだけで、
岡崎との関わりはほとんどありませんでした。

実は私も地元を離れて、大人になっても戻らない人のひとり。
いま私が暮らしている小豆島では高校卒業と当時に島を出て、
ほとんどの子が帰って来ないのが現実で、
なんでこんないいところなのに帰ってこないんだろうと思うけれど、
それは私も同じなんだなぁと。

生まれ育ったまちの魅力を知っている、魅力を感じながら暮らすというのは
なかなか難しいことなんですよね。

そんな自分の地元、岡崎のことを
ちょいちょい目にするようになったのはここ数年のこと。
大人になって知り合った人何人かが、岡崎で仕事をしていたり、
岡崎に遊びに行っていたり。
それをSNSで見て、あれ、岡崎ってこんなおもしろそうな人いたんだな、
こんなおもしろいことしてるんだなと気になるようになりました。

そして去年、その知り合いから
「三村さん、岡崎出身だったよね? 岡崎で地域を発信する講座をできないかな」
とお声がけいただいたのが、今回の〈岡崎カメラがっこう〉プロジェクトの始まりです。

2018年冬から始まった〈岡崎カメラがっこう〉プロジェクト。

2018年冬から始まった〈岡崎カメラがっこう〉プロジェクト。

昨年12月に開催された第1回目の講座。写真家のMOTOKOさんと地域から発信することについてお話しました。

昨年12月に開催された第1回目の講座。写真家のMOTOKOさんと地域から発信することについてお話しました。

今回の企画を一緒に進めてくれているNPO法人〈岡崎まち育てセンターりた〉のメンバーと。

今回の企画を一緒に進めてくれているNPO法人〈岡崎まち育てセンターりた〉のメンバーと。

私は小豆島で〈小豆島カメラ〉という活動をしています。
小豆島で暮らす仲間と一緒に、自分たちの暮らしている場所の写真を撮り、
自分たちで発信しています。
カメラを持って島の人に会いに行ったり、一緒にごはんをつくって食べたりする
「生産者と暮らしに出会う旅」というイベントも時々開催しています。

この小豆島カメラみたいな活動をする人たちを岡崎でも育てられないか。
岡崎で暮らす人たちが自分たちの暮らしを楽しみ、
いいなと思う風景や人を撮影し、発信できるようにできないか。
それが岡崎カメラがっこうの目的。

オリンパスさんが貸し出してくださったカメラを持って岡崎のまちを歩きます。

オリンパスさんが貸し出してくださったカメラを持って岡崎のまちを歩きます。

同じカメラを持っていることで、使い方や撮った写真について話が盛り上がります。

同じカメラを持っていることで、使い方や撮った写真について話が盛り上がります。

ひとりでは入りづらいお店を訪ねるいいきっかけに。〈フジイビニール〉さんへ。

ひとりでは入りづらいお店を訪ねるいいきっかけに。〈フジイビニール〉さんへ。

建築×デザイン
宮本圭さんと太田伸幸さんに聞く
〈KANEMATSU〉と歩んだ10年の軌跡

PEOPLE GET READY TO NAGANO vol.2

本州のほぼ中央に位置する長野市は、東京から電車で約1.5時間。
車窓の風景は木々の彩りへと移り変わる。
このまちの魅力は、そんな自然と隣り合わせの風土や食と美。
だけど、そればかりじゃない。

善光寺の門前町として、四方から訪れる旅人を迎え入れ、
疲れを癒してきた歴史がある。

いつの時代も、旅立つ人、旅の途中にいる人、
そして彼らを受け入れる人たちが交差する長野市は、
次なる旅路をつなぐプラットホームだ。

そんな長野市で、自分の想いを込めた「場」を営み、
この土地ならではのカルチャーを培う人たちがいる。
彼らと交わす言葉から、これからの「ACT LOCAL」を考える。

建築家・宮本圭さん×デザイナー・太田伸幸さんの視点

2010年前後からいまに至るまでに、長野市善光寺門前界隈では、
100軒を超える空き家が新たなあかりを灯すようになった。

「そのはじまりは?」「なぜ?」「何がどうして?」という疑問に、
「なるほど!」と膝を打つ明快な答えがほしいところではあるが、
実にさまざまな要素が入り組んでいて、本当のところ、よくわからない。

ただ、連載の第1弾で紹介した写真家の清水隆史さんらが、
1990年頃から、長野市のカルチャーを記録したり、
音楽や演劇などを通じて、数多の表現が交差する場を営んだりと、
草の根的に活動を続けてきた〈ネオンホール〉や〈ナノグラフィカ〉の影響は大きい。

しかし、これまでの長野を紐解くうえで、2010年頃からいまに至るまでに、
あるひとつの場所がきっかけで、個性豊かな場がたくさん生まれていったことを、
記録せずにはいられない。

2009年11月に開かれた〈KANEMATSU〉だ。

元紙問屋・ビニール工場「カネマツ」

約40年以上の間、シャッターを閉ざしたまま、使われなくなっていた元紙問屋・ビニール工場「カネマツ」。

建築家やデザイナー、編集者などからなる7人組のユニット〈ボンクラ〉が、
50平米ほどの鉄骨の倉庫をセルフリノベーションし、
建築設計事務所やデザインオフィス、編集室やフリースペースなどがひとつになった
〈KANEMATSU〉としてオープンさせた場。

〈KANEMATSU〉の共有スペース

〈KANEMATSU〉の共有スペース。東西に広がるこの場所では、数々のイベントや企画展などが開かれてきた。

本業と並行してイベントや地域活動を始め、この場を開いたことで、
それまで清水隆史さんらが続けてきた「活動」に加えて、
建築やデザインのアプローチから、新たなプロジェクトや事業が立ち上がった。

さらには、不動産仲介のしくみが生まれ、
空き家リノベーションの動きを加速化させたのである。

KANEMATSUを始動させた7人

KANEMATSUを始動させた7人。右から、羽鳥栄子さん(アトリエハトリ一級建築士事務所・代表)、山口美緒さん(編集室いとぐち代表)、一級建築士・山岸映司さん、太田伸幸さん、宮本圭さん、古後理栄さん(株式会社CREEKS代表)、広瀬毅さん(広瀬毅 建築設計室代表)。(写真提供:ボンクラ)

KANEMATSUという表現は、新たな営みを生む前例のひとつとなり、
いくつもの場と人をつなげ、このまちに個性が灯るきっかけとなった。

しかし、はじまりは、すべて偶然だった。

連載第2弾となる今回は、KANEMATSUの狼煙を上げた
建築家・宮本圭さんと、デザイナー・太田伸幸さんの出会いや、
これまでの活動を振り返るインタビューを紹介。
ふたりの視点から、2010年代の長野を紐解き、「ACT LOCAL」のヒントを探る。

駅で書道!?
〈ひなた文庫〉の書き初め大会

年明けの真っさらな気持ちを書く、1年の幕開け

日本一長い駅名の駅舎の中にある古本屋〈ひなた文庫〉を始めてから、
1月の初旬に毎年続けている行事があります。
それは駅舎で行う書き初め大会。その日は古本屋の営業もしつつ、
同じ駅舎の一部で誰でも書き初めを行うことができます。

私は小学生の頃から習字を習い、高校では書道部に在籍していました。
大学生になっても墨と筆は身近な存在で、
大学で他県に引っ越すときもずっと使っている習字道具を一緒に持って行き、
気が向いたら習字道具を引っ張り出して、好きな言葉などを書いたりしていました。
書く内容が重要というより、墨と筆の感覚を愉しむ時間といった感じです。

文字の大きさやバランス、墨のかすれ具合や紙全体の余白の取り方、
1枚を書き上げるのにもたくさんのポイントがあり、奥の深い書道。
半紙の上に筆を落とすときの緊張感や、思いどおりの線が書けたときの満足感、
無性にそういった感覚を得たいと思うときがあるのです。

それは、少しモヤモヤした気分のときだったり、
なにか新しくやりたいことが見つかったときだったり。
書くことだけに集中することで、ざわついていた心が落ち着き、
書き終えるとなんだか気持ちがすっと静まる感じがします。

熊本にやって来て、本屋を始めてからもそれは変わらず続けていました。
あるとき、近所に住むお客さんに、小さい頃から習字を習っていて
いまもときどき書いたりしていると話すと、
「だったら習いたいなぁ、書道教室をやってほしいな」
と言ってもらったことがあります。

以前から自分がもう少し年をとったら、子どもたちを集めて
書道教室をやるのも楽しそうだと思っていました。
何より、私が感じているような、筆で書くことの楽しさを
もっとたくさんの人たちと共有できたらなと考えていました。

そんな思いから、まずはイベントとしてやってみようと始めたのが、
ひなた文庫の書き初め大会です。

駅舎の中に書き初めのできるスペースを用意し、筆も墨も半紙も用意して、
お客さんに書き初め体験をしてもらおうという企画です。
その年の目標でも、好きな言葉でも、書く内容は問わず
年明けの真っさらな気持ちを真っ白な半紙に書きます。

第1回目は近所の方が小さなお子さんと親子で来てくれたり、
書道の経験のある大学時代の友人がはるばる関西から訪ねて来てくれたり、
初めての企画にもかかわらず想像以上のお客さんが参加してくれました。
子どもの手をとりながら一緒に好きな線を書いたり、滲ませたり。

第2回に集まった作品たち。

第2回に集まった作品たち。

そして書いた文字は駅の窓辺に貼ります。
時間が経つにつれてお客さんの書いた目標や好きなもの、
子どもたちの絵など、個性豊かな作品が集まっていきます。

ひとしきり書いたらストーブの横でみんなで談笑。
友人はお客さんと仲良くなって、達筆な文字で
その子の好きな食べ物を書いてあげたりと和やかな時間となりました。

Uターン、Iターンの移住夫婦が営む
下田の温泉民宿〈勝五郎〉。
「武器」を持って暮らしをつくる

移住して民宿開業。
津留崎家、先を越された!?

伊豆下田の白浜が見えるすばらしいロケーションにある温泉民宿。
Uターンして実家の民宿を受け継いだ土屋尊司さん夫婦が営んでいます。
昔ながらの雰囲気を残しつつも、現代的にリニューアル。
でも3部屋のみで、経営は果たして成り立つの……? と思いきや
土屋さんには、ある「武器」がありました。
下田に移住した津留崎家が、同じ移住者夫婦を訪ねます。

自給的な暮らしを求め万字へ。
アフリカ太鼓とともに旅を続けた夫妻

大雪の中で始まった、アフリカ太鼓のワークショップ

岩見沢の山間の地域に引っ越して1年が過ぎるなかで、
わたしは個性的な移住者のみなさんと出会うことができた。
これまで、〈ミルトコッペ〉というパン屋を始めた移住の大先輩や、
森をたったひとりで開墾して暮らす青年などを連載で紹介してきたが、
さらなる“強者”とでも言いたくなるような夫妻のことを、今回は書いてみたい。

万字(まんじ)地区の岡林夫妻が住む家。母屋の隣にあるのが廃材を利用して建てた小屋。

万字地区の岡林夫妻が住む家。母屋の隣にあるのが廃材を利用して建てた小屋。

その夫妻とは、昨年春より山間の万字(まんじ)地区に移り住んだ
岡林利樹さん、藍さんだ。秋に一度訪ねたふたりの住まいは、
わたしの住む美流渡(みると)から車で15分ほど山に入った場所にある。

敷地を見回して驚いたのは、移住してわずか数か月で、
廃材を利用した小屋を点々と建てていたことだ。
しかも、太陽光パネルで電力の一部を自給し、
また自分で火を起こして煮炊きをしているとのこと。
訪ねたときも小屋をつくっている最中で、近くで湧き出ている冷泉をくみ、
沸かして入るための風呂場になるのだという。

岡林利樹さん。「雪が降る前に風呂場になる小屋をつくらなくちゃ」と笑顔。

岡林利樹さん。「雪が降る前に風呂場になる小屋をつくらなくちゃ」と笑顔。

万字の町内会が大切に守っている冷泉「ポンネ湯」。硫黄の香りのする冷泉は、ポリタンクを持っていけば誰でもくめる。

万字の町内会が大切に守っている冷泉「ポンネ湯」。硫黄の香りのする冷泉は、ポリタンクを持っていけば誰でもくめる。

興味がわいたのは、その暮らしぶりだけではない。
冬になるとふたりは〈アフリカ太鼓 in 美流渡〉と題し、
近くの会館で太鼓のワークショップを週1回のペースで始めた。

初回をのぞいてみると、その腕前にまたまた驚かされた。
藍さんは「ドゥンドゥン」というベースを担う太鼓をたたき、
そのリズムに合わせて利樹さんが「ジャンベ」という太鼓を軽快に打ちならす。
子どもも参加できると聞いていたのだが、だからといってゆるさはなく、
「いずれはバンドを組んで地域のイベントに参加したい」と
真剣に参加者と向き合っていた。

藍さんはドゥンドゥンを担当。利樹さんと息の合った演奏をしている。

藍さんはドゥンドゥンを担当。利樹さんと息の合った演奏をしている。

ワークショップの様子。近所の子どもも参加。札幌からライブ仲間が訪ねてきたこともあったという。

ワークショップの様子。近所の子どもも参加。札幌からライブ仲間が訪ねてきたこともあったという。

いったい岡林夫妻とは何者なのか?
万字地区に移住するまでの道のりを、わたしはじっくり聞いてみたくなった。

夫の利樹さんは岩見沢市出身。
札幌の大学に進学した頃、旅に目覚め、
日本全国はもとより、東南アジア、インド、ネパールなどをまわり、
そうしたなかでアフリカの太鼓に出会った。

もともと太鼓は好きだったが、特にジャンベは心に迫るものを感じ、
以来、太鼓をキャリーに載せてさらなる旅へと向かっていった。
旅の途中で出会った仲間とセッションをしたり、ライブをしたり。
太鼓は独学だったが、場所の雰囲気に合わせて、
さまざまなリズムを奏でることができたという。

「ストリートで発表をしながら旅の資金が稼げるようになりました。
そうしたら旅が全然終らなくなって(笑)」

カリブ海沿いのキャンプ場で仲良くなった現地ミュージシャンと、夜のライブへ向けてリハーサルをしている様子。

カリブ海沿いのキャンプ場で仲良くなった現地ミュージシャンと、夜のライブへ向けてリハーサルをしている様子。

旅は7、8年続き20代後半となっていた頃、東京へと赴き、
いくつかのバンドでパーカッショニストとして活動していた時期もあった。
この頃、妻となる藍さんとも友人を通じて知り合った。

藍さんもまた旅人だった。
石川県出身で大阪の大学に進学し、バックパックを背負って旅に出た。
中国、タイ、カンボジア、ベトナム、ラオスなど各地をめぐり、
卒業後は一時就職したものの、やはり旅に出たいという気持ちが強く、
今度は日本をまわることにしたという。

「旅をしながらその場でお金を稼いで、また旅をする
というスタイルをやってみたいと思っていました」

そんなことを考えていたなかで利樹さんに出会い、ともに旅をするようになった。

日光のツアー
〈Kuriyama Go Travel〉
とシカ革を利用した〈Nikko deer〉。
秘境・栗山の魅力を発信する移住者夫婦

日光の最奥部・栗山地域の知られざる魅力

日光の観光地といえば、世界遺産にもなっている
日光東照宮を真っ先に思い浮かべる人は多いだろう。
しかしながら日光はとても広く、市としての面積は関東で最大(全国では第3位)。
それだけ魅力も多彩なのだが、観光目的で訪れる人の多くは、
東照宮周辺までしか足を延ばさないのが現状といえる。

光の加減で幻想的な色合いになるやしお湖畔。栗山らしいゆったりとした風景。

光の加減で幻想的な色合いになる、やしお湖畔。栗山らしいゆったりとした風景。

そんな広い日光でも最奥部といわれる栗山地域で、
地域おこし協力隊として知られざる魅力を発信しているのが、
疋野吾一さん、倉持みふさん夫妻だ。

静岡市出身の疋野さんが、日光市の地域おこし協力隊に着任したのは、
2015年4月のこと。

「もともと飲食店で働いていたのですが、キッチンにこもっていると
お客さんの顔を見る機会がどうしても限られてしまうんです。
もう少しいろんな人と関わったり、自分がやったことの成果が
目に見えるような仕事をしたいと思っていました」

栗山の隠れた名所「蛇王の滝」を案内する疋野さん。地元の人には「そうめんの滝」と呼ばれていたそうで、なぜ現在の名前になったのか、そのエピソードも興味深い。

栗山の隠れた名所「蛇王の滝」を案内する疋野さん。地元の人には「そうめんの滝」と呼ばれていたそうで、なぜ現在の名前になったのか、そのエピソードも興味深い。

「まちおこし」や「村おこし」というキーワードで
インターネット検索をしていたところ、地域おこし協力隊の制度を知り、
タイミングよく募集をしていた日光市に応募。
といっても疋野さんも多くの人と同じように、
「日光といえば東照宮」というイメージしかなかったようだ。

「東照宮近辺で働くのかなと思っていたのですが、
採用が決まって本庁でどこへ行けばいいか尋ねたら、
『車であと1時間くらい走ったところです』と言われて
びっくりした記憶があります(笑)。
でも先入観のない地域に行きたいと思っていたので、
そういう意味ではむしろ楽しみでしたね」

鉄橋の架かるダム湖は、撮影スポットとしても人気。

鉄橋の架かるダム湖は、撮影スポットとしても人気。

日光市の最北西に位置し、「栗山郷(くりやまごう)」と呼ばれるこのエリアは、
温泉好き・秘湯好きにはかねてから注目されてきた地域でもあり、
周囲を山々に守られるようにして手つかずの自然が数多く残っている。
こうした雄大な自然を貴重な観光資源と捉え、
疋野さんは先輩隊員とともに主に外国人観光客を栗山に呼ぶ活動を始める。 

「自分自身も海外旅行が好きでしたし、
得意な語学を生かして何かできることはないか模索していました。
僕より1年遅れて現在の妻が地域おこし協力隊として栗山にやってきたのですが、
彼女は前職で旅行会社に勤めていて、
総合旅行業務取扱管理者という国家資格を持っていたんです。
だったら旅行業ができる! と思ったんですよね」

まちで暮らしていた私が
糸島に移住して、“狩猟”と
“お肉の自給”を始めた理由。

こんにちは。
「食べもの・お金・エネルギー」を自分たちでつくる
〈いとしまシェアハウス〉のちはるです。

今回のテーマは、いとしまシェアハウスの「お肉」のお話です。
(記事のなかに動物の解体などの生々しい写真が入りますので、
苦手な方はご注意くださいね)

みなさん、ここ数日でどんなお肉を食べましたか?

居酒屋で食べた鶏の唐揚げ、
ふらっと入った中華屋さんで食べた酢豚、
デートで食べたちょっと高級な牛の厚切りステーキ。

普段食べるお肉といえば、
鶏肉・豚肉・牛肉あたりが一般的ですよね。

でも、お肉の自給率100%の我が家はちょっとだけ違います。
よく食べるお肉は、イノシシやシカ、アナグマやカモなど、野生肉がメイン。

イノシシ肉のソーセージ。

イノシシ肉のソーセージ。

お肉を食べるためには、
山に入って罠をかけ、イノシシをとったり、
ご近所さんからいただいた野生動物をさばいたり、
飼っている鶏をさばいたり……。

我が家では、野菜や米と同じように
お肉も“自分たちで得る”ことを大切にしています。

狩猟を始めたきっかけ

初めて自分の力でとったイノシシを持って、山を降りる。(photo:NONOKO KAMEYAMA)

初めて自分の力でとったイノシシを持って、山を降りる。(photo:NONOKO KAMEYAMA)

「お肉も自給してみよう」と思ったきっかけは、東日本大震災でした。

恥ずかしながら私は、震災を経験して初めて、
自分たちが使う“電気”のことを“自分ごと”として考えられるようになりました。
それまでは、電気がどうやってつくられ、私たちの家までやってくるのか、
知識では知っていても、どこか他人ごとのように考えていたのです。
そして事故が起きてしまってから、そのプロセスにきちんと向き合えていなかった
自分の無責任さを、深く深く反省しました。

できることなら、誰かを傷つけたり、環境を壊したり、
自分で責任をとれないような仕組みのものを使いたくない。

そして、こういったシステムに依存する暮らしから一歩踏み出すためには、
今自分が手にしている「コト・モノ」が辿ってきた道筋をきちんと知り、
そのうえで、その「コト・モノ」とのつき合い方を考えることが必要だ、
と思うようになったのです。

イノシシを解体する。

イノシシを解体する。

イノシシの毛皮でつくったサンダル。

イノシシの毛皮でつくったサンダル。

周りを見回してみると、世の中にはプロセスが見えにくくなっているものが
たくさんあることに気がつきました。
お肉も、そのなかのひとつです。
スーパーに並ぶ切り身のお肉のその先を知るために、
動物の解体の勉強を始め、その後は鶏を飼って絞めて食べることにも挑戦しました。

さらには、飼うだけでなく、山にいる野生動物と1対1で対峙し、
自分の力でお肉を手に入れられるようになりたい、と
2013年に狩猟免許をとったのです。

岡山〈iemiruLAB〉は 50社超のローカル 工務店情報が大充実! そうだ、住宅見学へいこう。

住宅に興味があるけど何からはじめたらいいかわからない
…という方には〈iemiruLAB(イエミルラボ)〉がオススメです!

昨年12月初旬、岡山駅近くの商業ビル内にオープンした
〈iemiruLAB〉には地元の工務店情報が大集結!
常時50社以上のパンフレットを取り揃え、
住宅に関する疑問を常駐スタッフさんに相談することも可能です。

住宅に関する疑問を相談中

気軽に相談OK。

このラボの一番の目的は
「敬遠されがちな住宅見学のハードルを下げる」こと。
なんと、家を建てた人の約半数は、住宅展示場などに行くことなく
家づくりを進めてしまうそう。(株式会社ビズ・クリエイション調べ)

家を建てた後の満足度は事前に住宅を見学した人の方が高いにも関わらず、
なぜ住宅見学に行かないのか。その足かせになっているものを
ひとつずつ外し、未来の暮らしの納得度を高めてくれるのが〈iemiruLAB〉なのです。

パンフレットはすべて無料、いくつ持ち帰ってもOK

例えば、ネット検索では出てきづらい、
知る人ぞ知る超優良な地場工務店情報に出会えます。

工務店の強みはさまざまですが、地場の土地情報に強く、
柱や壁などの完全自由設計が可能です。こうした工務店は
広告費を抑えめにしている場合が多いので、建設費用を抑えられるのも◎。
「なんとなく」ではなく、確信を持って家づくりのパートナーを選べます。

アメリカの旅を振り返りながら、
小豆島暮らしの魅力を考える

離れてみてわかる、小豆島暮らしの良さ

アメリカ西海岸の旅から戻り、すっかりいつもの日常を過ごしています。
いつもの畑、いつものごはん、いつもの仲間。
あー、日常ってなんて愛おしいんだろうと
あらためて小豆島暮らしの良さを感じる日々です。

この日常の愛おしさ、日常の魅力ってなんで忘れてしまうんでしょう。
たった半月、小豆島から離れただけで、
小豆島ってほんとにいいところだなぁとあらためて感じています。

アメリカのポートランドに着いた日。滞在するAirbnbのホストが空港まで迎えにきてくれました。

アメリカのポートランドに着いた日。滞在するAirbnbのホストが空港まで迎えにきてくれました。

アメリカ滞在最初の夜。いつもの暮らしとは違って、夜にまちを歩く楽しさに興奮。

アメリカ滞在最初の夜。いつもの暮らしとは違って、夜にまちを歩く楽しさに興奮。

小豆島暮らし7年目にもなると、最初は新鮮だったことが
どんどん普通になっていきます。

波のない穏やかな瀬戸内海。その海に沈む夕陽。
すぐそばにある山々。島でつくられてる醤油やそうめん、
オリーブオイルなどの食材。畑仕事をする島の人々。
それから、この島には温泉もある(最近行ってないなぁ)。

これって、普通じゃない! 当たり前じゃない!
世界から見たらこんな場所、なかなかないんじゃないかと思います。
日本の中で探しても同じような場所はそんなにたくさんない気がします。

ポートランドでの最初の朝ごはんは、〈Seastar Bakery(シースターベーカリー)〉で。

ポートランドでの最初の朝ごはんは、〈Seastar Bakery(シースターベーカリー)〉で。

お店の真ん中にある大きな窯で焼かれたパン、その上に同じく窯焼きの目玉焼きだったりスクワッシュ(かぼちゃ)だったりをのせたすごくシンプルなメニュー。パンの小麦、野菜の味がしっかり感じられておいしかった。

お店の真ん中にある大きな窯で焼かれたパン、その上に同じく窯焼きの目玉焼きだったりスクワッシュ(かぼちゃ)だったりをのせたすごくシンプルなメニュー。パンの小麦、野菜の味がしっかり感じられておいしかった。

うちにも窯が欲しくなるなぁ。窯焼き野菜したい。

うちにも窯が欲しくなるなぁ。窯焼き野菜したい。

この日常の魅力をいつも忘れないようにするためには、
“外の人視点”を常に持っていたらいいと思うんです。

私たちは長い時間(といってもたった半月!)島から離れて、
違う文化の中で過ごしていたので、外の人視点が少し復活しました。
だから久しぶりに島に帰ってくるとき、船に乗って瀬戸内海を渡ったのですが、
穏やかな海、その海のところどころに浮かぶ島々を見て、
なんて美しい風景なんだろうと思いました。
あ、気持ちの半分くらいは懐かしさだったのですが。

外の人は、住宅街を歩くだけで楽しい。バークレーにて。

外の人は、住宅街を歩くだけで楽しい。バークレーにて。

広大な畑。これ全部イチゴ。どうやって収穫するのか謎。小豆島にあるイチゴ農家さんのハウスと比べるともう違う作物なんじゃないかと感じる。

広大な畑。これ全部イチゴ。どうやって収穫するのか謎。小豆島にあるイチゴ農家さんのハウスと比べるともう違う作物なんじゃないかと感じる。

言葉や写真が文化になる。
〈オウガ〉ベーシスト・写真家の
清水隆史さんが記録した長野の軌跡

PEOPLE GET READY TO NAGANO vol.1

本州のほぼ中央に位置する長野市は、東京から電車で約1.5時間。
車窓の風景は木々の彩りへと移り変わる。
このまちの魅力は、そんな自然と隣り合わせの風土や食と美。
だけど、そればかりじゃない。

善光寺の門前町として、四方から訪れる旅人を迎え入れ、
疲れを癒してきた歴史がある。

いつの時代も、旅立つ人、旅の途中にいる人、
そして彼らを受け入れる人たちが交差する長野市は、
次なる旅路をつなぐプラットホームだ。

そんな長野市で、自分の想いを込めた「場」を営み、
この土地ならではのカルチャーを培う人たちがいる。
彼らと交わす言葉から、これからの「ACT LOCAL」を考える。

ライブハウス×劇場、編集室、写真集、etc……。
清水隆史さんが長野市で培ってきた表現

近年長野市では、善光寺門前界隈を中心に、
古い建物をリノベーションした場が生まれ、
少なくとも100軒以上の空き家に、新たなあかりが灯るようになった。
ゲストハウスやカフェ、アトリエやオフィスなど、そのかたちはさまざま。
U・Iターン者やこのまちに長く暮らす人たちが、まち並みや文化を引き継ぎながら、
夢をかたちにしている。

〈ネオンホール〉と〈ナノグラフィカ〉

こうした流れの源流は、古い空き家に息吹を吹き込んだ、ふたつの場にある。
〈ネオンホール〉と〈ナノグラフィカ〉だ。

1992年のスタート以来、全国各地のミュージシャンや劇作家などの交流を生み、
独自のユースカルチャーを築いてきたネオンホール。
ライブや演劇、ときにはアートエキシビジョンなどが開かれ、
カテゴライズし得ない数多の表現が交差する空間だ。

編集室・喫茶ナノグラフィカは、長野の文化や情報を編集し、
〈門前暮らしのすすめ〉という活動名で、
古民家再生プロジェクトや蚤の市、地域交流の機会を企画してきた。

長野市権堂の角地にある〈ネオンホール〉

長野市権堂の角地にある、ツタに覆われた建物。ここの2階が〈ネオンホール〉。1992年のスタート以来、ライブや演劇、アートエキシビジョンなど、あらゆるカルチャーが交わるサロン的空間。

編集室・喫茶〈ナノグラフィカ〉

2003年からスタートした、編集室・喫茶〈ナノグラフィカ〉。善光寺門前界隈の暮らしを発信するプロジェクト〈門前暮らしのすすめ〉をはじめ、〈門前空き家見学会〉、〈西之門市〉など数々の地域活動を行う、長野市空き家リノベーションの草分け的存在。

そしてこのふたつの場を興し、
約30年にわたり長野のカルチャーを生み育て、記録し続けてきた、
写真家で〈OGRE YOU ASSHOLE(オウガ・ユー・アスホール)〉ベーシストの
清水隆史さんは、長野の今を語るうえで欠かせない存在のひとりだ。

清水隆史さん

写真家で〈OGRE YOU ASSHOLE〉ベーシストとしても活躍する清水隆史さん。

バンド、演劇、写真、編集、古民家再生など、
あらゆるアプローチから、培ってきた清水さんの表現。

幾重にも交わるこれらの表現を紐解けば、
長野を旅する私たちの視点が変わってくる。
そして、これからの「ACT LOCAL」を考えるきっかけが見えてくる。

清水さんのロングインタビューから、長野市の過去と現在を紹介する。

44号まで発行されている『街並み』

写真・清水さん、編集・ナノグラフィカで、2005年から2015年にかけて、44号まで発行されている『街並み』。長野に暮らす人、今はなき建物や路地など、清水さんがレンズの奥から見つめてきたこのまちの年輪が記録されている。

『街並み』の誌面

移住後の初挑戦。
正月飾りは自分でつくる!
暮らしの知恵をつないでいく

移住後のお正月にちょっとした変化が

下田に移住して2度目のお正月を迎えた津留崎家。
いつかしめ縄を自分で編んで、正月飾りをつくってみたい。
そんな願いを叶えるべく、妻の徹花さんは地元の方に
正月飾りのつくり方を教えてもらうことに。
それにしても、どうしてそこまで手づくりにしたかったのでしょう。

北海道で東京の仕事をする日々。
遠距離であることが個性となって

月に1回、子どもと一緒に上京する

北海道に移住して8年目。
年が明けたとき、東京を離れてこんなにも時が経ったのかとあらためて驚いた。
あっという間に過ぎ去ったと感じるのは、もしかしたら以前と変わらず
雑誌や書籍の編集や執筆の仕事を続けられているからかもしれない。

東日本大震災が起こって暮らしのあり方を変えたいと、
夫の実家のある岩見沢市に移住したのが2011年夏のこと。
幸いなことに勤めていた東京の出版社に籍を置きつつ、
在宅勤務というかたちで働くことができた。

2015年の春に独立したが、これまでつながりを持っていた仲間が
声をかけてくれており、いままで仕事が続けられている。

厳冬期は日中も氷点下の岩見沢。東京との気温差は10度くらいあって、羽田空港に降り立つと冬でも暖かく感じる。

厳冬期は日中も氷点下の岩見沢。東京との気温差は10度くらいあって、羽田空港に降り立つと冬でも暖かく感じる。

仕事のスタイルは、月1回のペースで数日間東京へ出向いて、打ち合わせや取材をし、
自宅に持ち帰って編集や執筆を行うというものだ。
独立した時期は、第二子がちょうど1歳。
保育園に預けていなかったこともあり、上京のときはいつも連れていた。
その子が3歳になる頃に、今度は第三子を出産。
現在は1歳半の子どもを抱えて、東京に行っている。

余裕を持って空港に行き、子どもをキッズスペースで必ず遊ばせる。体を動かしておかないと、機内で機嫌が悪くなることも。

余裕を持って空港に行き、子どもをキッズスペースで必ず遊ばせる。体を動かしておかないと、機内で機嫌が悪くなることも。

遠距離子連れで編集の仕事をしようと思うとき、一番緊張するのが、
雑誌などの取材で、アポイントを入れる段階だ。

取材交渉をするときは、相手の都合に日時や場所を合わせるのが基本だが、
わたしの場合は、上京するタイミングに合わせてもらうほかはないし、
しかも子どもの同伴までお願いしなければならない。
日程に余裕のない著名人などに依頼状を送るときは
「ああ、きっと断られるだろうなあ……」と思ってしまう。

子連れが難しい取材先もある。夫に子どもの面倒を見てもらうために、ときには家族全員で上京することも。

子連れが難しい取材先もある。夫に子どもの面倒を見てもらうために、ときには家族全員で上京することも。

しかし、ありがたいことに、こうした無理なお願いを
取材相手は快く受け入れてくれることが多い。
取材時間をこちらの都合に合わせてくれるだけでなく、
子どものために取材場所を個室にしてくれるときだってある。

みんなに教えたい!
わたしのまちの「お正月」

今月のテーマ 「まちのお正月」

正月飾り、雑煮の具材や、おもちの形、祭りに初詣、三が日の過ごし方― 
地域性が色濃く表れる「お正月」。
自分の暮らすまちのお正月を、みんなに話したくなるのも不思議です。

今回は、地域おこし協力隊のみなさんから、
その土地ならではのお正月の風景、モノ、コトを投稿してもらいました。

【岩手県一関市】 東北の一部地域だけ! 紙からつくる「網飾り」

年が明けて、家族でお祈り。

お正月、家族で神棚に向かってお祈り。
毎年続く光景ですが、ふと神棚の紙飾りが、ちょっと不思議な気がしました。

鯛の形をした切り紙が神棚にお供えされています。

鯛の形をした切り紙が神棚にお供えされています。

聞くところによると、「網飾り」と呼ばれるこれらは
旧伊達藩の岩手県南、宮城県北にしかないとのこと。
それぞれの神社の神主さんが、和紙を何度も折りたたみ、
カッターなどで複雑な切り込みを入れてつくりあげています。

神社によってその形はさまざま。
扇、巾着、小判、小槌、俵など、縁起の良いものを組み合わせたお飾りが、
たった1枚の紙で表現されているのには感服します。

一関市民族資料館には各地域のお飾りが展示されています。

一関市民族資料館には各地域のお飾りが展示されています。

この複雑な手しごとが、来年も拝めますように。

一関のお正月の風景。

information

map

一関市民俗資料館

住所:岩手県一関市大東町渋民字小林25

TEL:0191-75-2706

WEB:一関市民俗資料館

MAIL:minzoku@city.ichinoseki.iwate.jp

photo & text

櫻井陽 さくらい・よう

岩手県一関市出身。2016年よりUターンで一関市の地域おこし協力隊に着任し、農業分野の地域団体の活動支援を行う。好きな食べ物はカレー。趣味の硬式テニスをやらないと病にかかる体質。2017年より一関で楽しく暮らしたい20代のための地域団体「一関を面白く企む会」を発足し、各々がまちを楽しむためのさまざまな企画を実施する。

【岩手県花巻市】 海外からも注目される、ダイナミックな神楽の舞

新しい年になり、まちを歩けば、正月飾りが家々にお祝いムードをもたらし、
「年が明けたんだ」と実感が湧いてきます。

もうひとつ、年明けを実感するのが、
約1200年以上の歴史を誇る〈早池峯神社(はやちねじんじゃ)〉の境内で、
神楽の舞い初めの光景を目にした瞬間です。
力強く舞う姿に、新年の幕開けを感じます。

岳神楽。(写真提供:佐々木秀勝)

(写真提供:佐々木秀勝)

岩手県花巻市には複数の神楽団体が存在しますが、
大迫町には「岳(たけ)」と、「大償(おおつぐない)」のふたつの神楽が。
このふたつの神楽を総称して〈早池峰神楽〉と呼び、
今回、写真で紹介しているのは〈岳神楽〉です。

早池峰神楽は、昭和51年(1976年)に国の重要無形民俗文化財に指定され、
平成21年(2009年)には、ユネスコの無形文化遺産に登録されました。
世界各国からも注目を集め、各地で舞が披露されるとなれば、海外から観に来るファンもいるほど。

今年、ユネスコに登録されて10年目の記念すべき年を迎えます。
年明けに行われた舞い初めには、たくさんの人が訪れ、新年を祝いました。

舞い初めは、大償神楽が1月2日、岳神楽が1月3日に披露されます。(写真提供:佐々木秀勝)

舞い初めは、大償神楽が1月2日、岳神楽が1月3日に披露されます。(写真提供:佐々木秀勝)

早池峰神楽は、およそ500年前から舞われてきたといわれています。
これからどんな時代になったとしても、神楽は美しく、そのままの姿で、
我々に希望を与えてくれることだと思います。

photo & text

鈴木寛太 すずき・かんた

1991年東京都出身。2011年に発生した東日本大震災以降、大学のボランティアプログラムで、繰り返し岩手県を訪れるようになる。一度は就職するも、2015年8月、地域おこし協力隊として花巻市に移住。大迫(おおはさま)地区で、減少が続くぶどう農家の支援やイベントの企画・調整を行っており、2018年5月にぶどう農家となる。2018年7月末、3年間の地域おこし協力隊の任期を終え、本格始動中。

日光の隠れ里、小来川に魅せられ移住。
地域おこし協力隊と
二拠点生活の起業家夫婦

「戻っても仕事がない」と思い込んでいた

「小来川(おころがわ)を初めて訪れたのは、雪が降っているときでした。
ここはどこ? っていうくらい幻想的な景色が広がっていて、感動したんです」

夫の上吉原隆浩さんとともに、東京から日光市小来川地区に移住した
上吉原麻紀さんは、小来川との出会いを興奮気味にこう語る。
市の南部に位置する小来川は、山に囲まれ、清らかな渓流が流れる日光の隠れ里。
ダイナミックな滝や湖、寺社仏閣、温泉街など、
観光スポットとしてイメージする日光とはひと味違う、
静かでゆったりとした時間が流れている。

麻紀さんはここで地域おこし協力隊となり、
隆浩さんは移住前に立ち上げた、ウェブや映像制作、イベント企画などを行う
〈upLuG(アプラグ)〉という会社の業務をしながら、
日光と東京で二拠点生活を送っている。

上吉原さん夫婦が暮らす、里山の風景が美しい小来川。

上吉原さん夫婦が暮らす、里山の風景が美しい小来川。

隆浩さんは、現在日光市になっている旧今市市出身で、麻紀さんは県内の栃木市出身。
U・Jターンともいえるのだが、もともと日光に戻ってくるつもりはなかったそう。
その理由として「仕事がないだろう」という先入観が少なからずあったようだ。

「日光でウェブや映像制作の求人がないか、なにげなく見たこともあったのですが、
人材を募集するほどのところは見当たらなくて、現状を知りようがなかったんです。
でもせっかく会社を立ち上げたのだから、
何かおもしろいことをしたいと思い、地元の同級生に声をかけて
プロモーションビデオを撮らせてもらうことにしたんです」(隆浩さん)

麻紀さんが小来川で一番好きな場所だという円光寺。石段を上がった先で眺める山並みも美しい。

麻紀さんが小来川で一番好きな場所だという円光寺。石段を上がった先で眺める山並みも美しい。

その同級生というのが、日光の天然水を使って上質なあんこを製造している
〈黒須製餡所〉の3代目、黒須崇浩さん。
隆浩さんは東京で映像制作チームを結成して、日光へ。
ロケハンも兼ねてみんなで鬼怒川温泉に泊まり、
黒須さんのところでものづくりのこだわりを聞いたり、
日光の自然環境を映像に収めたりしていくうちに、あることにふと気がつく。

「高校時代まで毎日当たり前に見ていたはずの景色なのですが、
日光って実はすごくいいところだなと思えたんです」

隆浩さんの興味が地元に向き出したのと時を同じくして、
麻紀さんは移住関連の仕事をしていた友人を通して地域おこし協力隊の制度を知る。
そして栃木県内のさまざまな地域を見ていくなかで、
冒頭のように小来川にひと目惚れして、2017年4月の着任を機に移住することに。
小来川はそもそも移住者が珍しいうえに、
地域おこし協力隊を迎え入れるのは初めての試みだった。

円光寺の住職と奥様と。移住して間もない頃、「いつでもお茶を飲みにいらっしゃい」のひとことが心にしみたという麻紀さん。奥様からは漬物づくりや味噌づくりを教わっている。

円光寺の住職と奥様と。移住して間もない頃、「いつでもお茶を飲みにいらっしゃい」のひとことが心にしみたという麻紀さん。奥様からは漬物づくりや味噌づくりを教わっている。

「狭い地域ということもあって、知らない人が歩いていると、
みんな振り返って不思議な目で見るんです(笑)。
だから私がどうして小来川に来たのか、
地域おこし協力隊とはどういう存在なのかを知っていただくのが先決だと思い、
『協力隊通信』という広報誌をつくって、
自作の似顔絵入りの名刺とともに263全戸に手配りすることにしたんです。

そしたら初対面なのに『よく来たねえ、お茶飲んでいきな』と言ってくださったり、
採れたての野菜をもらったりして、全然進まなくて……。
結局すべて回るのに2か月くらいかかってしまいました(笑)。
でもそのおかげでみなさんに覚えてもらうことができました」

デザインもイラストもすべてひとりで手がけているという『協力隊通信』。小来川のコミュニティに溶け込むことができたのは、麻紀さんの明るくオープンな人柄も大きいようだ。

デザインもイラストもすべてひとりで手がけているという『協力隊通信』。小来川のコミュニティに溶け込むことができたのは、麻紀さんの明るくオープンな人柄も大きいようだ。

アメリカのマーケットはどんな感じ?
毎日の暮らしの中にある、
ファーマーズマーケットへ

アメリカ西海岸の旅で、ファーマーズマーケットめぐり

少し時間が経ってしまいましたが、あけましておめでとうございます。
今年も「小豆島日記」をどうぞよろしくお願いいたします。

この冬休みに15日間、アメリカの西海岸に行ってきました。
オレゴン州のポートランドから始まり、カリフォルニア州のサンノゼ、
バークレー、オークランド、サンフランシスコ、そしてロサンゼルスへ。
各地の農園やファーマーズマーケット、お店などをめぐりました。

この15日間、たくさんのものを見て、いろんな人に会い、
まだ頭の中はごちゃごちゃです。
少しずつ整理して、良かったなと感じたものは、
私たちの日々の暮らし、働き方にとり入れていきたいなと思っています。

今回は、私たちの旅の目的のひとつでもあった
ファーマーズマーケットのことについて書きます。

毎週土曜日にポートランド州立大学内で開催されるポートランド・ファーマーズマーケット。

毎週土曜日にポートランド州立大学内で開催されるポートランド・ファーマーズマーケット。

野菜を買いに来ていたすてきな女性。

野菜を買いに来ていたすてきな女性。

野菜はほとんどが量り売り。

野菜はほとんどが量り売り。

日本でも各地でファーマーズマーケット、マルシェ、市(いち)などと
呼ばれるイベントが開かれていて、生産者が消費者へ直接販売できます。
毎週開催されているもの、年に1、2回だけお祭り的に開催されるものなどさまざま。
私たちもときどき参加して、野菜やシロップなどの加工品を販売しています。

いつも感じていたのは、イベントで野菜を販売しても
ほとんど利益が出ないということ。

島外でのイベントとなると、船に車を乗せて移動する場合、
それだけでかなり高額な交通費がかかってしまいます。
それから人件費。出店するための準備から販売まで含めるとかなりの時間を使います。
そして野菜はたくさん売っても単価が低いため大きな売り上げにならない
(これは私たちの価格設定が問題なのかもしれませんが)。

だから、いつもそういう場での出店は、宣伝、新たなつながりをつくること、
その時間を楽しむことが目的だと考えていて、
あまり儲けようとは思っていませんでした。

アメリカでのファーマーズマーケットはどんなだろう? 
日本と同じような感じなんだろうか。
今回は、ポートランドとロサンゼルスのファーマーズマーケットに行ってきました。

もうとにかくそのすてきな雰囲気に魅了されてしまって、
わーっとなりながら歩いてました。
自分たちが育てている野菜と同じ野菜もたくさん並んでいたし、
逆に知らない野菜も。それからおいしそうなお菓子も、きれいな花も。
たくさんのお店が並んでいて、たくさんの人がマーケットを楽しんでいました。

Mio's Delectablesさんは大人気でたくさんの人がケーキを見ていました。

Mio's Delectablesさんは大人気でたくさんの人がケーキを見ていました。

花束がとてもすてきで思わず買って帰りたくなりました。

花束がとてもすてきで思わず買って帰りたくなりました。

加工品もいろいろありました。これはピスタチオバター! 味見したけどとてもおいしかった。

加工品もいろいろありました。これはピスタチオバター! 味見したけどとてもおいしかった。

熊本県で行われる個性的な古本市
〈マルシェ・リーブル〉と
〈大山鹿古本市〉

熊本市の〈マルシェ・リーブル〉に〈ひなた文庫〉も出店

私たち〈ひなた文庫〉は普段は南阿蘇鉄道の駅舎で古本屋を営業していますが、
1年のうち何度かはイベント出店というかたちで県内外で営業することも。
今回は少し足を延ばして、熊本市内で昨年から始まった古本市、
そして熊本県山鹿市で今年の1月に行われる古本市のふたつについてお話しします。

まずは熊本市内の上通アーケードで、昨年の春5月と冬12月に開催された
〈マルシェ・リーブル〉という古本市の様子から。
会場となるのは、熊本の方なら誰もが一度は食べたことのある、
郷土の中華料理「太平燕(タイピイエン)」でも有名な〈紅蘭亭〉と
老舗の洋菓子店〈Swiss(スイス)〉の店舗のある
〈パビリオン・ガーデン〉という広場です。

パビリオン・ガーデンへと続く道に古本屋が出店しています。

パビリオン・ガーデンへと続く道に古本屋が出店しています。

この場所では定期的に〈マルシェ・ノワール〉という夜市も開催されています。
その主催者である紅蘭亭ご主人の本好きが高じて、
同商店街で老舗の古本屋を営む〈舒文堂河島書店〉の河島康之さんと話が広がり、
マルシェ・ノワールの本屋版をやってみようと始まったのが
マルシェ・リーブルのきっかけだそうです。

老舗の古本屋〈舒文堂河島書店〉も出店。

老舗の古本屋〈舒文堂河島書店〉も出店。古書のほかに書画などもあり、さすがの品揃えです。

ひなた文庫が出店したのは第2回目の冬のマルシェ・リーブルです。
12月にもかかわらず何十年ぶりかの夏日を記録した前週から一転、
真冬の寒さが戻ったこの日は外へ出かける人は少ないように思えたのですが、
クリスマス前ということもあり活気のある上通アーケード。

今回参加した本屋は、熊本市の古本屋舒文堂河島書店、
〈タケシマ文庫〉、〈mychiairbooks〉の3店舗と
出張絵本屋〈モフbooks〉、それとひなた文庫の5店です。

熊本市の〈タケシマ文庫〉。

熊本市の〈タケシマ文庫〉。幅広いジャンルの本が並べられ眺めるだけでも楽しくなります。

タケシマ文庫とmychiairbooksのおふたりは私たちと同い年で開業した年も近く、
この世代は古本屋の当たり年だね、と大先輩の古本屋さんから言われたりしています。
さらにモフbooksの吉田美樹さんは夏のイベント〈本屋ミッドナイト〉
朗読でお世話になった方で、今回は知り合いの方ばかり!

熊本市の上乃裏通りにある〈mychiairbooks〉も。

熊本市の上乃裏通りにある〈mychiairbooks〉も。新刊も販売されていて厳選された本の中にセンスが光ります。

出店の準備は9時頃から行われ、11時にオープン。
本の搬入は車やカートで行われ、近くの本屋さんは
カートに大量の本を乗せていらっしゃいます。

アーケード街は車での搬入・搬出が大変なため、
私たちも今後のためにとカートを新調しました。
カートは夫の手づくりで、夏のイベントや小屋の廃材を再利用。
りんご箱2箱がきっちり入って、出店時はレジカウンターにも使える
すぐれものができました。

自作したカウンター兼台車。

自作したカウンター兼台車。

それぞれの店舗がお客さんの目を引くように趣向を凝らした並べ方で設営していきます。
お客さんは、紅蘭亭やスイスにいらっしゃった方や、
ふらっと本が並んでいる様子に気づいて入って来られる方、
日頃のそれぞれの店舗の常連さんなど。

お昼を過ぎた頃からだんだんと客足が増え、それぞれの店舗を周回する流れが。
吟味され手にとられた古本は新しい住まいへと旅立ってゆきます。
大学生や家族連れ、そしてご年配のお客さんまで。
さらにはたまたま市内のクリスマスマーケットへ訪れていた
南阿蘇の友人一家も帰りに寄り道してくれたり。

出張絵本屋の〈モフbooks〉。

出張絵本屋の〈モフbooks〉。どんな絵本を探しているか店主の吉田さんに言うとお勧めの本をたくさん紹介してもらえますよ!

古本市に参加するときはどんな本をどれくらい持って行くか、とっても悩みます。
販売する場所やお客さんの層などいろいろと考慮して持っていきますが、
当日を迎えてみるまではどんな本が売れるかわかりません。
思い通りに売れないことも、予想以上に好評なときも。

それでも、こうやって普段はなかなか会えない店主の方たちと話したり
持ってこられた本の選書を見るのはとても刺激になります。
また次回も参加したいと思う古本市でした。

最後に出店者みんなで記念撮影をしました。(撮影:畠山浩史)

最後に出店者みんなで記念撮影をしました。(撮影:畠山浩史)

伊豆下田に移住して
1日のスケジュールはどう変わった?
働き方、暮らし方、時間の使い方

1日の時間の使い方は
どう変わった?

伊豆下田に移住して2年目の津留崎家。
昨年4月から娘が小学校に入学したものの
学童保育所がないため、平日午後は
夫と妻のどちらかが家にいるという働き方をすることに。
では具体的に、どんな1日を過ごしているのでしょう?
津留崎家の働き方、暮らし方をご紹介します。

下川町でエッセンシャルオイルをつくる
〈フプの森〉が山を買った理由とは?

森の香りのするトドマツで精油をつくる

2016年に山を買って2年が過ぎた。
山に友人たちとみんなで住めるような家をゆくゆくは建てたいという、
ぼんやりとした夢はあるものの、電気や水道をどうするのか、
冬の除雪はどうするのかなど懸案事項が多く、前には進んでいない。

唯一、わたしが行ったのは、総面積の12パーセントほどの部分に、
業者の方にお願いして植林をしてもらったことくらい。
特に今年は第三子がまだ小さいこともあって、なかなか山に行けず、
これといって何もしないまま時が過ぎている。

山を持っている人は、いったいどんな使い方をしているのだろう?
この場に住むというプラン以外にも、山の活用方法はあるはずだ。
そんな疑問を抱いて情報を集めていたときに、
北海道下川町の取り組みを知ることとなった。

北海道の北部に位置し、面積の約9割が森林という下川町では、
木質バイオマスエネルギーを積極的に利用したまちづくりが行われ、
全国からも注目を集めている。

ほかにも森林資源を活用しようとするさまざまな取り組みがあり、
特にわたしが興味を持ったのは、北海道を代表する樹種のひとつ、
トドマツから精油を抽出し、エッセンシャルオイルなどを製造している
〈フプの森〉の活動だ。

トドマツの葉から生まれたエッセンシャルオイルやルームスプレー。

トドマツの葉から生まれたエッセンシャルオイルやルームスプレー。

ハンドクリームやボディオイル、キャンドルなど、森を感じる暮らしを体感してほしいとつくられた〈NALUQ〉シリーズ。

ハンドクリームやボディオイル、キャンドルなど、森を感じる暮らしを体感してほしいとつくられた〈NALUQ〉シリーズ。

わたしの住む岩見沢市から下川町までは車で約3時間ということもあって、
なかなか行くチャンスがなかったのだが、
昨年の10月、ようやく〈フプの森〉のみなさんのもとを訪ねることができた。

お話をうかがったのは、この会社の代表取締役の田邊真理恵さんと
取締役の亀山範子さん。
1名の従業員とともに下川各地の森林に入り、
伐採を行ったときに出るトドマツの葉を採取し、それを釜で蒸して
精油と蒸留水をつくって、さまざまな製品を生み出している。

右から亀山範子さん、田邊真理恵さん、スタッフの安松谷千世さん。

右から亀山範子さん、田邊真理恵さん、スタッフの安松谷千世さん。

「フプ」とはアイヌ語で「トドマツ」という意味。
この木は国内の針葉樹の中でも、葉から精油が最もとれる樹種だそうで、
さわやかな森の香りがするのが特徴だ。

トドマツはもみの木の仲間。部屋に香りが広がると、森の中にいるようなリラックスした気持ちになれる。田邊さんはこの香りが大好きだそうで、モミエ社長と呼ばれている。

トドマツはもみの木の仲間。部屋に香りが広がると、森の中にいるようなリラックスした気持ちになれる。田邊さんはこの香りが大好きだそうで、モミエ社長と呼ばれている。

このトドマツの精油を使った事業の始まりは2000年。
下川町森林組合が事業化し、2008年にはNPO法人〈森の生活〉が引き継ぎ、
2012年にフプの森として独立した。会社設立に集まったのは、
10年以上続けてきたこの事業の歴代の担当者4名だった。

「集まったのは奇跡のタイミング」と田邊真理恵さんが語るように、
NPO時代から精油事業に関わっていた田邊さん以外のメンバーは、
一時下川を離れて別の仕事に就くなどしていたが、見えない力に動かされるようにして
2012年に再びこの地に集結し会社がスタートしたという。

田邊さんと亀山さんとともに会社設立メンバーとなったのは、
田邊さんの夫の大輔さんと、フリーの林業家としても活動を続ける陣内雄さん。
ふたりはアドバイザーとして、フプの森を支える存在となっている。

水蒸気でじっくり2時間かけて蒸留する。

水蒸気でじっくり2時間かけて蒸留する。

「おせち」の準備は春から始める!?
育てて、採って、つくる
地産地消おせち

明けましておめでとうございます! 
「食べもの・お金・エネルギー」を自分たちでつくる
〈いとしまシェアハウス〉のちはるです。

みなさんは、どんなお正月を過ごされましたか?

大人になると、学生時代とは違い
進級したり、卒業する、といった節目的な変化があまりないので、
「新しい年が来る」という変化のタイミングがあるのは
ありがたいことだなあと感じています。

2018年の私、激動の1年だったけれど、諦めずによくがんばった! 
2019年の新しい私で、今年も精一杯やりたいことを実現していこうと思います。

HAPPY NEW YEAR!

さて、我が家の年末の一大イベントは、何といっても「おせち」づくり! 
おせちは、自分たちがこの1年かけてつくってきたものの集大成のような料理です。
毎年シェアメイトたちとつくりながら、1年を振り返る。
そんな時間が大好きです。

私たちが手づくりおせちを始めたきっかけは、ご近所さんたちの影響でした。
あるご近所さんの畑をのぞかせてもらったとき、
おせちに入れるための黒豆を自分で育てていたのです。

半年以上前からおせちづくりの準備をしているなんて!

ご近所さんからたくさんのことを学びます。

当時、「おせち」といえばデパートで売っている
きらびやかなお重のイメージが強かっただけに、
買わずにつくる、という視点そのものが新鮮でした。

そして何より、おせちづくりがきちんと暮らしに根づいている、
その生き方がすごくすごくすてきだなと思ったのです。

そんなご近所さんたちに感化され、
私たちも暮らしのなかにあるもので、おせちをつくってみたい! 
そんな気持ちからのスタートでした。