連載
posted:2016.2.25 from:北海道岩見沢市 genre:暮らしと移住
〈 この連載・企画は… 〉
北海道にエコビレッジをつくりたい。そこにずっと住んでもいいし、ときどき遊びに来てもいい。
野菜を育ててみんなで食べ、あんまりお金を使わずに暮らす。そんな「新しい家族のカタチ」を探ります。
writer profile
Michiko Kurushima
來嶋路子
くるしま・みちこ●東京都出身。1994年に美術出版社で働き始め、2001年『みづゑ』の新装刊立ち上げに携わり、編集長となる。2008年『美術手帖』副編集長。2011年に暮らしの拠点を北海道に移す。以後、書籍の編集長として美術出版社に籍をおきつつ在宅勤務というかたちで仕事を続ける。2015年にフリーランスとなり、アートやデザインの本づくりを行う〈ミチクル編集工房〉をつくる。現在、東京と北海道を行き来しながら編集の仕事をしつつ、エコビレッジをつくるという目標に向かって奔走中。ときどき畑仕事も。
http://michikuru.com/
credit
写真提供:菅原新、中川文江
岩見沢の市街地から30分ほど車を走らせると、
山や森がすぐ近くに迫る美しい風景が広がる。
ここは東部丘陵地域と呼ばれ、その中の美流渡(みると)という地区で、
いまわたしはゲストハウスのような場所をつくろうとしている。
この連載で何度か書いたように、美流渡はかつて炭鉱街として栄えたが、
現在では人口が1000人を切り、過疎化が問題になっている。
人口減少は、この地域を維持していくにあたって深刻な問題ではあるが、
そこに住む人たちに目を向けると、都会の便利さとは異なる価値観をもって、
この地域を愛している姿が見えてくる。
そんな地域を愛する人として紹介したいのが、
18年前、美流渡にひと目惚れをして移住してきた中川文江さんとそのご一家だ。
中川さんは、東京で6年ほど看護師をしていたが、
夫の達也さんの転勤で札幌へと移り住んだ。
やがて中川さん夫婦は、自然の中で子どもを育てたい、
森でパン屋さんをやってみたいという想いを抱き、達也さんが脱サラを決心。
札幌から近すぎず遠すぎない場所をと車で土地を探すなかで、
美流渡に出会い、引きつけられるような魅力を感じた。
北海道には珍しい里山のような、心休まる風景を見たことき、
ここに住んでみたいと強く思ったという。
さっそく町内会にかけあったところ、集会所となっていた
炭鉱長屋を使わせてもらえることになった。
かなり傷みが激しい部分もあったが、中川さんの父と達也さんが修繕をし、
パン工房のスペースもつくっていった。
開いたパン屋の名前は〈ミルトコッペ〉。
まわりにはいっさいお店などなく、丘の中腹にポツンと建っており、
お店の立地条件としては、かなり不利な場所のように思う。
しかし、達也さんがつくるパンのファンは日増しに増え、
北海道内はもちろん、道外からも買いにくる人が後を絶たない。
午前中には売り切れてしまうこともしばしばだ。
ミルトコッペのパンは、口に入れた瞬間に香ばしい小麦の香りが口いっぱいに広がり、
さらに噛めば噛むほどに深い味わいを感じるのが特徴だ。
熟成させた天然酵母と小麦に少量の砂糖と塩を加え、12時間かけてじっくり発酵させ、
それを手ごねで生地に仕上げ、レンガの薪釜で焼き上げる。
薪にもこだわりがあり、ナラ材を主に使っているという。
パン屋を開店した当初、経営が軌道にのるまでのあいだ、
中川さんは札幌にOLとして働きに出ることにした。
看護師時代の給料からすると収入は3分の1以下の月10~15万円。
家族4人暮らしていくには心細い金額だが、
「この暮らしがとにかく楽しかった」と当時を振り返る。
中川さんはこのとき37歳。息子さんは10歳と7歳という食べ盛り。
ときには農家の友人から、精米時に出る割れ米を分けてもらったこともあったというが、
それを文化鍋で炊いたおこげご飯は、感動するほどおいしかったという。
また、不要となった家具をもらったり、
古家にもともとあった石炭ストーブを復活させたりと、
一見すると不便な暮らしのいたるところに、新鮮な発見があった。
「日頃、あまりにも恵まれて、それが当たり前となると、
チョッとでも不足したときに不満が生まれる……そんな暮らしとはここは、別世界です。
最初から不足しているから、多少ものがなくたって、不満などなく、
あるものに対しての価値がよりありがたく感じられます。
こうして、暮らしを通して喜びが感じられることはうれしいものです」
これは中川さんがミルトコッペで配布したお便りに書いた言葉だ。
美流渡の暮らしのすばらしさを中川さんはお便りに残し、
やがて『北海道新聞』でも日々の想いを8年にわたって連載したという。
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美流渡の古民家で18年間暮らしてきた中川さん一家に、昨年の夏に転機が訪れた。
それは、ミルトコッペからほど近い場所にある、
岩見沢で事業を展開する会社の社長が別荘として建てたという
大きなログハウスに移り住んだことだ。
「最初、中に入ってみたとき、とても愛情を込めて
つくられた建物だということがわかりました。
そして、2階のバルコニーから見た森の景色を見て、ここに住もうと思ったんです」
このログハウスは何年かのあいだ使われていなかったため、
火が消えたような状態だったが、中川さんは建てた人の想いをバトンタッチできたら、
そんな気持ちになり購入に踏み切ったという。
そして自分だけで使うのではなく、みんなで利用することで、
かつてのようにこの家が活気づいてくれたらと思ったそうだ。
中川さんは、10年ほど前から〈リンパ・ドレナージュ・セラピスト〉となり、
サロンを開く場所を探していたことが、このログハウスを購入した理由のひとつだった。
ドレナージュとは、フランス語で「流す」という意味があり、
リンパの流れをよくして、血行を促進するセラピーのことをいう。
「リンパ・ドレナージュ・セラピストになったのは、45歳からのスタートです。
社会に閉塞感があるなかで、家族、友人、会社、さまざまな関係で
疲れている人たちが、それを乗り越えられるように、
健康面からサポートしていきたいと思っています。
このログハウスをサロンにして、
ここでみなさんにリラックスしてほしいと思っているんです。
美流渡は都会に簡単に行けて自然の恩恵も受けられる場所。
こういうところはなかなかほかにはない」
中川さんは、これまで岩見沢の市街地でサロンを開いていたが、
このログハウスへとその場所を移した。
また以前から東京でもサロンを開いており、
いま美流渡と東京を往復しながら生活をしている。
そうした活動のなかで知り合った関東の友人が、この地に惹かれて移住してきている。
そして、中川さんの友人たちや美流渡の地域の人々と、
このログハウスで映画上映を企画するなど、
みんなでこの場所をシェアする取り組みが始まっているのだ。
中川さんは、この美流渡地域と都会の人々の架け橋のような存在だ。
わたしも、ゲストハウスやその先にあるエコビレッジ計画を通じて、
東京に住む友人たちとこの地をつないでみたいと思っているので、
中川さんの話には大きな感銘を受けたし、
ぜひ中川さんのような美流渡の大先輩とともに連携をしてみたいと思った。
そして中川さんと話をするなかで、なによりも、この美流渡という場所が、
心休まる美しい場所であることをあらためて感じることとなった。
美流渡を歩いていると、中川さんの言うようにリラックスした気分がわいてくる。
一時は炭鉱街として栄えた場所だったが、昭和40年代に閉山し、
そのあいだにどんどんと草木が生い茂り、自然にかえっていった部分も多いという。
だからなのか、平らな大地が広々と続く北海道らしい風景とはまた違う、
里山のような風景がここにはある。
これから借りようとしている赤い屋根の空き家の裏に広がる
山を歩いたときの清々しい気持ちは忘れられないものだった。
この空き家をゲストハウスのようにして、
多くの人とこの気持ちを共有してみたい、そんな想いをさらに強くした。
information
ミルトコッペ
住所:北海道岩見沢市美流渡 上美流渡の森
TEL:0126-46-2288
営業時間:9:30〜(パンがなくなるまで)
定休日:月曜・火曜(12月〜3月は土日のみ営業)
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