連載
posted:2019.1.9 from:北海道上川郡下川町 genre:暮らしと移住
〈 この連載・企画は… 〉
北海道にエコビレッジをつくりたい。そこにずっと住んでもいいし、ときどき遊びに来てもいい。
野菜を育ててみんなで食べ、あんまりお金を使わずに暮らす。そんな「新しい家族のカタチ」を探ります。
writer profile
Michiko Kurushima
來嶋路子
くるしま・みちこ●東京都出身。1994年に美術出版社で働き始め、2001年『みづゑ』の新装刊立ち上げに携わり、編集長となる。2008年『美術手帖』副編集長。2011年に暮らしの拠点を北海道に移す。以後、書籍の編集長として美術出版社に籍をおきつつ在宅勤務というかたちで仕事を続ける。2015年にフリーランスとなり、アートやデザインの本づくりを行う〈ミチクル編集工房〉をつくる。現在、東京と北海道を行き来しながら編集の仕事をしつつ、エコビレッジをつくるという目標に向かって奔走中。ときどき畑仕事も。
http://michikuru.com/
credit
撮影:佐々木育弥
2016年に山を買って2年が過ぎた。
山に友人たちとみんなで住めるような家をゆくゆくは建てたいという、
ぼんやりとした夢はあるものの、電気や水道をどうするのか、
冬の除雪はどうするのかなど懸案事項が多く、前には進んでいない。
唯一、わたしが行ったのは、総面積の12パーセントほどの部分に、
業者の方にお願いして植林をしてもらったことくらい。
特に今年は第三子がまだ小さいこともあって、なかなか山に行けず、
これといって何もしないまま時が過ぎている。
山を持っている人は、いったいどんな使い方をしているのだろう?
この場に住むというプラン以外にも、山の活用方法はあるはずだ。
そんな疑問を抱いて情報を集めていたときに、
北海道下川町の取り組みを知ることとなった。
北海道の北部に位置し、面積の約9割が森林という下川町では、
木質バイオマスエネルギーを積極的に利用したまちづくりが行われ、
全国からも注目を集めている。
ほかにも森林資源を活用しようとするさまざまな取り組みがあり、
特にわたしが興味を持ったのは、北海道を代表する樹種のひとつ、
トドマツから精油を抽出し、エッセンシャルオイルなどを製造している
〈フプの森〉の活動だ。
わたしの住む岩見沢市から下川町までは車で約3時間ということもあって、
なかなか行くチャンスがなかったのだが、
昨年の10月、ようやく〈フプの森〉のみなさんのもとを訪ねることができた。
お話をうかがったのは、この会社の代表取締役の田邊真理恵さんと
取締役の亀山範子さん。
1名の従業員とともに下川各地の森林に入り、
伐採を行ったときに出るトドマツの葉を採取し、それを釜で蒸して
精油と蒸留水をつくって、さまざまな製品を生み出している。
「フプ」とはアイヌ語で「トドマツ」という意味。
この木は国内の針葉樹の中でも、葉から精油が最もとれる樹種だそうで、
さわやかな森の香りがするのが特徴だ。
このトドマツの精油を使った事業の始まりは2000年。
下川町森林組合が事業化し、2008年にはNPO法人〈森の生活〉が引き継ぎ、
2012年にフプの森として独立した。会社設立に集まったのは、
10年以上続けてきたこの事業の歴代の担当者4名だった。
「集まったのは奇跡のタイミング」と田邊真理恵さんが語るように、
NPO時代から精油事業に関わっていた田邊さん以外のメンバーは、
一時下川を離れて別の仕事に就くなどしていたが、見えない力に動かされるようにして
2012年に再びこの地に集結し会社がスタートしたという。
田邊さんと亀山さんとともに会社設立メンバーとなったのは、
田邊さんの夫の大輔さんと、フリーの林業家としても活動を続ける陣内雄さん。
ふたりはアドバイザーとして、フプの森を支える存在となっている。
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わたしがフプの森に興味を持った理由は、こうした精油事業はもちろんのこと、
2014年に山を買ったことを知ったからだ。
「きっかけは経営会議でした。
わたしたちのやりたいことは本当に精油を売ることだけなんだろうか?
今後、自分たちは何をしたんだろう? って話していたんですね」(田邊さん)
今後の展望についてのアイデアはなかなか生まれず、話し合いが煮詰まっていたとき、
亀山さんが、ある提案をしたそうだ。
「山でも買う?」
このひと言で、急にモヤモヤした想いが晴れるような感じがあったという。
精油事業の背景には、北海道の森林があり、林業を営む人々がいる。
山や森のことをもっとみんなに知ってほしい。
自分たちの山があれば、そんな想いを発信できるんじゃないかと考えたそうだ。
「東京から下川に移住したとき、地元の人が、
山を買うという話を、まるでパンを買うように話しているのを聞いて、
買えるものなら買いたいと、ずっと思っていたんですよね」(亀山さん)
森林組合に所属していたものの、山はどうやって買えるのかわからなかったため、
山主であり元酪農家の知人に相談したという。
「買い方を相談しようと思ったら、
すぐにいくつか土地の候補を出してくれました」(田邊さん)
「そして、最後に『いい山あるよ~』と言ってくれて(笑)」(亀山さん)
さっそく土地を見に行って、ふたりの気持ちはすごく盛り上がったという。
「夕日がきれいでした」(田邊さん)
紹介された山は1.5ヘクタール(甲子園球場のグラウンドくらいの大きさ)で、
天然林のような木々が生えていたという。
田邊さんは、買える山というのは植林されていることが多く、
それを引き継ぐかたちになるのが通常で、
仮に天然林のままの土地が買えるとしても高価というイメージを持っていたのだが、
そこは手の届く範囲だったという。
そのうえ土地は公道に面しており、除雪も行われるし、
水道管や電線も近くまできている場所だったそうだ。
山に馴染みのない人にはピンとこないかもしれないが、
ひとつの山は、たいていは沢が境界になっていて、何人もの所有者がいる。
つまり道路に面していない土地もあり、そういう場合は
別の所有者の土地を通らなければならないし、道すらないということも少なくない。
わたしが買った山は、道路に面してはいるものの、冬に除雪はされないため、
半年近くは行くことができない。
そう考えると、まさに「夢のような場所」と言えるだろう。
フプの森のメンバーたちは、購入することを即決断。
「自分が理想とする山の手入れの方法を試したい」
「家を建ててハイジのように暮らしたい」
「カフェをつくって音楽をやりたい」
「雪中キャンプしたい」
「夕日を見ながらビール飲みたい」など、
さまざまなアイデアがわき上がっていったという。
購入後にまず行ったのは、木が生えている状況に合わせながら
カーブをつけた作業道を知り合いに頼んでつくってもらったこと。
そのほか年2回ほど草刈りを行っているという。
買ったことによって山に対する意識が変わったとふたりは語る。
「人が所有する山に入るときは、どこか遠慮がありますよね。
まるで庭に行く気分なので、満足感は高いですね」(田邊さん)
「わたしは山に“ひとりピクニック”に行くことがあります。
東京近郊だとひとりになれる山って少ないですよね。誰にも会わない、
安心してひとりで行ける山って新鮮でうれしかったですね」(亀山さん)
亀山さんは、冬の満月の夜にたったひとりで雪原を歩くのが好きだそうで、
ある夏の満月の夜に山に行ってみたことがあったという。
「ライトをつけずに山に入ったら、何かガサガサっという音がして
5メートルくらいで引き返しました(笑)」(亀山さん)
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ふたりに実際に会うまでは、森林組合に所属したこともあり、
トドマツの葉を森で採取している“山の専門家”という印象を持っていたが、
ほのぼのとしたエピソードを聞いているうちに、とても親近感がわいてきた。
「たしかに見聞きする情報は多いかもしれませんが、山に関してはほぼ素人です。
森林経営などは考えていませんし。
もしかしたら昔のほうが前のめりだったかもしれません(笑)」(田邊さん)
田邊さんは千歳市出身。
北海道に住みながらも、子ども時代に大自然に触れる機会がなく、
アニメーションで見た『アルプスの少女ハイジ』のような暮らしに憧れていたという。
大学時代に森林の移り変わりを調べる生態調査を行うサークルに所属し、
ようやく森に分け入るようになった。
「その頃、トドマツと出会いました。
森で一番よく見かける、いい香りがする木。ベタベタの樹脂からは、
なんとも心安らぐ香りがするので、私のお気に入りでした」(田邊さん)
田邊さんは子どもの頃に、世界の森林で違法伐採が行われている事実に
ショックを受けたことがあり、この状況をなんとかしたいと、
大学卒業後は花屋で働きながらも自分なりの森の関わり方について模索を続けていた。
こうしたなかで下川町と出会い、やがて精油事業に関わるようになった。
「まだ札幌で働いていた頃、下川の森林組合に、
森林を守るためにはこんなことをしたらいいんじゃないか、
あんなことをしたらいいんじゃないかと長いメールを送ったりして。
森林を救いたいという気持ちが強すぎて、ちょっと病んでいましたね(笑)」(田邊さん)
亀山さんは生まれも育ちも東京。
北海道の大学で学んだあと、東京のオーガニック系流通会社に勤めていたが、
パーマカルチャーという考えに出会い森林の大切さを実感。
運良く下川町の森林組合に就職し、精油事業の立ち上げに関わることになったという。
「森林組合で仕事をしたあと、東京に戻った時期がありましたが、
暮らし続けるのは難しいと思いました。下川は“ひとり感”がたまらない(笑)。
例えば帯広ですら都会すぎるなあと感じていて」(亀山さん)
これから山に、ショールームや森林を体験するワークショップなどで
利用できる小屋を建てたいとふたりは考えているという。
けれど、焦って前に進めようとする気配は感じられず
「いつやるかね?」と、ふたりは顔を見合わせてニコニコしている。
そして今後の目標は? と尋ねてみると「ないですねぇ」と田邊さんは微笑んだ。
「私の原点は『ハイジ』です。小学生の頃からハイジのような暮らしに
憧れていましたから、いますごく満足しています」(田邊さん)
さらに興味深かったのが、亀山さんの答え。
「人生の目標は動物として生きること」なのだという。
どんなに寒くても寝る前には窓をあけ、
四季の移ろいを肌で感じる習慣は欠かさないという。
「山は生活圏です。朝起きてカーテンを開けると雲海が広がっていて
すごくきれいだし、夜には毎日、いろんな匂いがしてきます。
春先は花の匂いがして、あっ、今日はスモモが咲いたなとかわかる。
季節や気温で変わるんですよ」(亀山さん)
山を買うということは、何か特別なことのように感じていたが、
ふたりと話していると、当たり前の営みのひとつなんじゃないかという気持ちになった。
そして山の活用方法の話よりも、ふたりが森や自然に惹かれて下川へとやってきて、
この地での暮らしを謳歌し、自然体で生きていることにハッとさせられた。
果たして自分はいまの暮らしに満足できているだろうか?
岩見沢へと帰る道すがら、わたしはそんなことを自分に問いかけていた。
そして、山や森など自然ともっと寄り添うことで、
その答えが見つかるのかもしれないと、ふたりに教えてもらったような想いがした。
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