連載
posted:2019.2.20 from:北海道岩見沢市 genre:暮らしと移住
〈 この連載・企画は… 〉
北海道にエコビレッジをつくりたい。そこにずっと住んでもいいし、ときどき遊びに来てもいい。
野菜を育ててみんなで食べ、あんまりお金を使わずに暮らす。そんな「新しい家族のカタチ」を探ります。
writer profile
Michiko Kurushima
來嶋路子
くるしま・みちこ●東京都出身。1994年に美術出版社で働き始め、2001年『みづゑ』の新装刊立ち上げに携わり、編集長となる。2008年『美術手帖』副編集長。2011年に暮らしの拠点を北海道に移す。以後、書籍の編集長として美術出版社に籍をおきつつ在宅勤務というかたちで仕事を続ける。2015年にフリーランスとなり、アートやデザインの本づくりを行う〈ミチクル編集工房〉をつくる。現在、東京と北海道を行き来しながら編集の仕事をしつつ、エコビレッジをつくるという目標に向かって奔走中。ときどき畑仕事も。
http://michikuru.com/
東京から夫の実家のある北海道に移住して、暮らしに劇的な変化があったのは、
冬の過ごし方だと思う。11月には初雪が降り始め、
4月になっても路面に雪が残っており、北国の冬はとにかく長い。
しかも、わたしが住む岩見沢市は北海道有数の豪雪地帯。
朝出かけようと思っても車が雪に埋もれているときもあるし、
吹雪になってホワイトアウトしているときもある。
なかなか予定が立てにくい状況の中、夫が除雪に精を出してくれるので、
なんとか子どもを幼稚園に連れて行ったり、仕事に出かけたりできている状態だ。
除雪に関して夫はかなり几帳面なタイプだと思う。
駐車スペースだけでなく、庭全体を除雪しており、
半日以上を費やすこともしばしばある。
わたしとしては、まだ次女が1歳半なので、
子どものフォローをしてほしいと思うこともあるのだが、
大雪が降ったあとは「オレは除雪で忙しいんだ!」と家を飛び出してしまう。
あるとき朝から外に出たっきり、昼になっても戻ってこないことがあった。
あまりに戻ってこないので、どうしたのかと思って外に出てみると、
なんと庭に巨大なかまくらができていたのだった。
北海道の雪はサラサラで、雪だるまやかまくらをつくるのに
適していないとよく言われる。
そこで夫は、膝をかがめて入れるくらいのスペースの骨組みを木でつくり、
そこに除雪機で雪を振りかけ、何日かかけて何層にも積み上げていったようなのだ。
しかも、これでかまくらが完成したのかと思ったのだが、
その後も上から除雪した雪を重ねていったようで、
壁の厚さが1メートルほどになった時点で、骨組みを取り外していた。
そして、さらに雪を重ね、重みで雪が締まってくると、
中が狭くなってくるので、スコップで雪をかき出し……。
わたしは日々、編集者として本づくりをしているのだが、
締め切りが重なって本当に忙しい時期になると、
夫の連日のかまくらづくりに、さすがに複雑な心境となった。
わが家では、わたしが仕事をして、
夫には家事と育児をかなりの部分で負担してもらいつつ、
家の改修などをしてもらっているのだが、
夫が「除雪が大変だ、大変だ」という言葉を聞くと、
つい「除雪じゃなくて、かまくらづくりで忙しいんじゃ……」と、
心の中でツッコミを入れたことが何度もあった。
そんな夫婦の火種(!?)となっていたかまくらが、
思いがけない出来事に発展していった。
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SNSに写真をアップしたところ、近所だけでなく札幌や、
なんと岡山からも友人が、かまくらを見にやってきたのだ。
そして、その巨大さにみんなが驚き、中ではしゃぐ様子を見ていた夫が、
「ここでカフェをやったらいいんじゃないか」とつぶやいたのだった。
わたしが地域でワークショップなどのイベントを企画するとき、
夫はいつもあんまり乗り気でない感じだった。
イベントで夕ごはんが遅くなったりすると明らかに機嫌が悪くなるので、
カフェをやるという提案には心底驚いた。
「えっ、いろんな人が家に来るけどいいの?」
「せっかくつくったんだから、みんなに使ってもらわなくちゃな」
半信半疑ではあったものの、わたしは美流渡(みると)で
たった5席の小さなお店〈コーローカフェ〉を営む新田陽子さんに声をかけた。
つい先日、「かまくらで何かやりたいね~」と話していたこともあり、快諾!
1週間後に出店してくれることになった。
題して「かまくらカフェ」。
前準備もほとんどせず、友人たちに声をかけただけのささやかな会のつもりだったが、
蓋を開けてみたところ、なんと50名もの人が訪れてくれた。
何よりわたしが驚いたのは、訪ねてくれた人たちが、
みんな“何か”を持ってきてくれたことだ。
この連載でも紹介したことのある、
毛陽の森をたったひとりで開墾して暮らす阿部恵さんと、
万字地区に移住したアフリカ太鼓の奏者・岡林利樹さんによる、
ギターと太鼓のセッションが突如始まったり。
市内で美術教師をしている友人が、
『かまくら』という豆本をわざわざつくって持ってきてくれたり。
服をたくさん持ってきてくれた友人もおり、みんなでシェアしたり。
さらに、節分に合わせて鬼の扮装で現れてくれた友人もいた。
子どもたちは、ソリですべって雪遊びを満喫。
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この地域に住む人たちが、それぞれすてきな才能を持っていて、
自然発生的に思い思いの遊びが起こり、
冬のひとときを心から楽しもうとする温かな気持ちが場には満ちていた。
同時に、これまで地域でさまざまなワークショップやお話会をやってきたけれど、
こんなにもたくさんの人が集まったことはなかったし、
これほどリラックスしたムードでもなかったことに気づかされた。
ワークショップやお話会は、何かを生み出したり
役に立つ意見が聞けたりするかもしれないけれど、
こうしてゆるくみんなで笑い合って、ただただ過ごす時間が、
かけがえのないものに感じられた。
「大人が本気になって遊んでやれば、子どもはそこから学ぶんだ。
オレのおやじがそうだった」
夫は子どもたちの姿を見ながら満足げにつぶやいた。
かまくらカフェが終わって、
確かに夫の言うとおりなのかもしれないと思うようになった。
個人でつくるには巨大過ぎるかまくらでも、大人が本気を出せばつくれるし、
人がたくさん集まる場にもなるんだってことを、わが子たちが実感できたとしたら、
それはすてきなことなのかもしれない。
「お父さん、子どもの頃にあったらいいなという夢を実現していてすごいですね!」
子どもを持つ友人も、そう言ってくれた。
夫の行動は、わたしにとっては不可解なものだったが
(やらなければならないことはほかにあるんじゃないかという疑問がわいていたのだが)、
大事な視点を失っていたことに気がついた。
便利なことや効率ばかりを優先するような価値観の中では、
新しい発想や生きるエネルギーのようなものは生まれてこないんじゃないか。
岩見沢の山間に暮らしていると、不便さの中に楽しみがあり、
暮らしの工夫も生まれてくる。
わたしはこの連載でそう書いてきたのだが、一番身近な存在の行動から、
それをいままで読み取ることができていなかったのだ(苦笑)。
そして……、今日も除雪をすると言って外に出て行き、
今度は子どもたちが滑るためのソリの発射台づくりをやっていた。
その距離、約50メートル。
「本当に忙しいのは除雪なの!?」というツッコミは脇に置いておいて、
夫は巨大オブジェを生み出すアーティストなんだと考えることにしたいと思う。
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