連載
posted:2019.3.13 from:北海道岩見沢市 genre:暮らしと移住
〈 この連載・企画は… 〉
北海道にエコビレッジをつくりたい。そこにずっと住んでもいいし、ときどき遊びに来てもいい。
野菜を育ててみんなで食べ、あんまりお金を使わずに暮らす。そんな「新しい家族のカタチ」を探ります。
writer profile
Michiko Kurushima
來嶋路子
くるしま・みちこ●東京都出身。1994年に美術出版社で働き始め、2001年『みづゑ』の新装刊立ち上げに携わり、編集長となる。2008年『美術手帖』副編集長。2011年に暮らしの拠点を北海道に移す。以後、書籍の編集長として美術出版社に籍をおきつつ在宅勤務というかたちで仕事を続ける。2015年にフリーランスとなり、アートやデザインの本づくりを行う〈ミチクル編集工房〉をつくる。現在、東京と北海道を行き来しながら編集の仕事をしつつ、エコビレッジをつくるという目標に向かって奔走中。ときどき畑仕事も。
http://michikuru.com/
東京から北海道に移住して8年が経ち、ここ最近、仕事の質に変化が訪れている。
ずっと続けてきた書籍や雑誌の編集の仕事だけでなく、
みなさんの前でお話をさせていただく機会が増えたことだ。
昨年から、地元岩見沢にある北海道教育大学の美術文化専攻で、
年に数回講師を務めたり、ほかにも一般の方に向けた講演会を行ったり。
そして今年の2月には、地元の岩見沢市立図書館で立ち上げられた
「ライブラリーカフェシリーズ」の第1弾の企画としてゲストに招いていただいた。
開催されたのは2月22日。金曜日の夕方、仕事帰りの方に向けて
コーヒーを片手に話を聞く場をつくりたいと企画されたイベントで、
地元の焼き菓子工房〈グランマヨシエ〉のスイーツもふるまわれ、
アットホームな雰囲気の会場をつくってくださった。
お話会のタイトルは「山を買ったら、出版社ができた!」。
2016年にわたしは山を購入。そこに出版社の社屋を建てたわけではないが、
この購入が、北海道で新しい活動を始める、
すべてのきっかけであったことをお話しした。
山を買った経緯については、この連載でも何度か紹介してきた。
そして、購入した8ヘクタール(東京ドームが4.7ヘクタール)のうち、
1ヘクタールに植林をした以外は、特に目立った活動はしていないことも書いてきた。
正直言って広すぎて、少し草を刈っただけでは、まったくなんの効力もない。
たまに遊びに行く以外は、たいした活用はできていないのが現状だ。
ただ、友人たちや仕事先で山を買った話をすると、
みんなが興味を持ってくれることがわかった。
特に、著名人に取材をするときには役に立った。
これまで、東京で編集者として“仕事できるぞオーラ”を出しつつ
やってきたつもりだったけれども、取材先で名前を覚えてもらうことは少なく、
その他大勢の編集者のひとりという感じだったのだ。
けれど「北海道に山を買ったんですよ」と口にすると、
相手がわたしに興味を示してくれることも増え、
「山を買った編集さん」として認識されるようになった(仕事にもよい影響!)。
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こうした体験から、あるとき山を買った経緯を本にしたらおもしろそうと思いついて、
かたちにしたのが『山を買う』というものだ。
A6サイズ、24ページという本当にささやかな本ではあったが、
この本づくりが、新しい活動へと展開していった。
自分でつくったこの小さな本は、最初はイベントなどで細々と売っていたのだが、
地元の新聞社がそれを記事にしてくれ、その記事を見た岩見沢市立図書館が
地元にある喜久屋書店さんに『山を買う』を注文してくれて。
さらにその注文から喜久屋書店さんも本を置いてくれるようになり、
それを見た新聞社の別の記者が記事にしてくれ、おかげで書店で本がまた売れて……。
という“正のスパイラル”のような状態が生み出されていった。
また、新聞を見たといって、わざわざ電話で注文をくれる方も出てきて、
1冊ずつお手紙つきで本を送ると、必ずと言っていいほど
お礼状や感想のメールが届くようになった。
これらの反響は、わたしにとって本当に驚きだった。
長年、東京の出版社に勤め、いつも上司から
「売れる本づくり」というミッションを課せられていたわけだが、
いつまでたってもこの「売れる」という意味がわたしはわからなかった。
より多くの部数を書店にまくために、営業スタッフと一緒に
本の仲買業者である「取次ぎ」のところに行って、
本の売り込みをすることもしばしばあったが、ここで重視されるのは“前例”。
以前に出た同じような内容の本がどのくらい売れているのか、
どんな書店で動いたのかというデータベースをもとに、
部数や配本される書店がコンピュータのパターンによって決められていくのだ。
つまり、まったく新しいテーマの本や新人著者の本は、
なかなかその価値が認められないシステムになっているとも言える。
こうしたなかでの「売れる本づくり」とは、
おおざっぱに言えば人気の著者を引っ張ってくることか、
過去に売れた本のメソッドを引き継いだものとなってしまう。
いままで売れている本の後追い企画のような本をつくり、
それが取次ぎを経由して、コンピュータによって知らない書店にまかれていく。
新刊書が毎日多く届くため、いくつかの本は
書店に並ばないまま取次ぎに戻っていくというケースもあると聞く。
このような読者の顔の見えない大量生産・大量流通の世界の中に身を投じているうちに、
わたしは本づくりの喜びや手応えをだんだん感じられなくなり、
孤独な闘いを続けているような心境に追い込まれていった。
こうしたシステムからポンッと飛び出してつくった『山を買う』は、
地元のみなさんの温かな応援に支えられ、つくる喜びを何度も感じるものだった。
そして、自分でつくって自分で売るという本づくり熱に火がつき、
2冊目となる切り絵の絵本『ふきのとう』を昨年夏に刊行。
〈森の出版社 ミチクル〉というプロジェクトをスタートさせることになった。
こうした経緯をお話会では語りつつ、わたしが一番伝えたかったことは
“個性”というものについてだ。
学生時代、美術大学で絵画を専攻していたが、自分は絵を描くセンスがそれほどなく、
個性も薄いことが、ずっとコンプレックスとなっていた。
そして結局、自分は“凡人”であるというレッテルを自分に貼ってしまって、
絵を描くことを仕事にせずに、編集者としての道を歩むようになった。
これまでずっと個性とは、自分の内面世界を深めていくことで
表れる何かだと思ってきたのだが、いまこうしてわたしのことを
「山を買った人」としておもしろがってくれているという事実に触れ、
外的な要因によって自分の個性がつくられていることに気がついたのだった。
つまり、ある行動が個性につながるということは、
誰しも、いつでも新しい個性を獲得できる可能性があるということなんじゃないか?
とみなさんにお話しした。
「自然体で生活している様子に感動しました」
「やはり聞いてよかった。謎の女だった來嶋さん。輪郭がはっきりし、元気が出ました」
お話会の参加者のみなさんから
「元気が出た」というコメントをたくさんいただくことができた。
いつも感じるのだが、何よりありがたいことは、移住者である私のことを、
岩見沢のみなさんが、こうやって温かく受け入れてくれていることだ。
移住したての頃は、友だち関係も広がらず、寂しい思いもしたこともあったが、
月日を重ね、新しい活動をしていくなかで、人々との出会いが生まれ、
それが自分のクリエイティブな心をいつも刺激してくれることが、本当にうれしい。
山があるから出版社も生まれ、こうやってお話会にも呼んでいただいたことを考えると、
わたしはいつも山に助けてもらっているような、
そんな感覚を感じるようになっている。
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