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東京の仲間がいるからこそ
暮らしていける。
北海道に移住してわかる、東京の大切さ

うちへおいでよ!
みんなでつくるエコビレッジ
vol.086

posted:2019.3.27  from:北海道岩見沢市  genre:暮らしと移住

〈 この連載・企画は… 〉  北海道にエコビレッジをつくりたい。そこにずっと住んでもいいし、ときどき遊びに来てもいい。
野菜を育ててみんなで食べ、あんまりお金を使わずに暮らす。そんな「新しい家族のカタチ」を探ります。

writer profile

Michiko Kurushima

來嶋路子

くるしま・みちこ●東京都出身。1994年に美術出版社で働き始め、2001年『みづゑ』の新装刊立ち上げに携わり、編集長となる。2008年『美術手帖』副編集長。2011年に暮らしの拠点を北海道に移す。以後、書籍の編集長として美術出版社に籍をおきつつ在宅勤務というかたちで仕事を続ける。2015年にフリーランスとなり、アートやデザインの本づくりを行う〈ミチクル編集工房〉をつくる。現在、東京と北海道を行き来しながら編集の仕事をしつつ、エコビレッジをつくるという目標に向かって奔走中。ときどき畑仕事も。
http://michikuru.com/

東京に降り立ったタイミングできた、仕事の依頼

3か月ぶりに訪ねた東京は、早咲きの桜が咲いていた。
いつもより余裕をもって、今回の滞在は1週間。
このタイミングで、普段、本づくりの仕事を
一緒にしている仲間を訪ねたいと考え上京した。

新千歳空港から羽田空港へ降り立って、
執筆と編集の依頼がきた会社を訪ねる道すがら、不思議なことが起こった。
携帯電話が鳴ったので何気なく出てみると、
いままで仕事をしたことのない雑誌からの依頼だった。

それから数時間後に、今度は私が東京の出版社に勤めていた頃からお世話になっている
デザイナーさんからの電話があり、ある本の編集をしてくれないかと頼まれた。
どちらも、わたしが東京にいることは知らないはずなのに、
絶妙なタイミングで連絡が入り、ラッキーなことに
滞在中に打ち合わせもできたのだった。

思い返せば、東京から北海道に移住して8年。
最初の4年間は、東京の出版社に籍を置きつつ、
北海道で在宅勤務というかたちで仕事をすることができた。
その後、独立したわけだが、遠方にもかかわらず、
東京の仲間が私に仕事の依頼をずっとし続けてくれていている。

羽田空港からモノレールに乗ると、わたしはつい写真を撮りたくなる。空も建物もみんなグレートーンでおもしろいと感じる。まるで旅行者のような感覚が芽生えている。

羽田空港からモノレールに乗ると、わたしはつい写真を撮りたくなる。空も建物もみんなグレートーンでおもしろいと感じる。まるで旅行者のような感覚が芽生えている。

今回、上京したとたんにかかってきた2件の電話は、
東京の人たちがこうしてつながりをずっと絶やさず持ってくれているからこそ、
北海道で家族5人がつつがなく暮らしているという事実を再認識させてくれた。

この連載では、北海道での暮らしを中心に書いてきたのだが、
実はわたしが毎日多くの時間を費やしているのは、
東京の仲間たちから依頼を受けた仕事。
大都会とのつながりが一家の経済を支えているわけだが、
そのことをいままでキチンと触れていなかったことに気づかされた。
そこで今回は、上京中に会った東京の仲間たちについて書いてみたいと思った。

子どもは3人。上のふたりはお留守番だが、第三子は一緒に上京している。打ち合わせにも同行させているが、1歳半を過ぎて、だんだんやんちゃになってきた。

子どもは3人。上のふたりはお留守番だが、第三子は一緒に上京している。打ち合わせにも同行させているが、1歳半を過ぎて、だんだんやんちゃになってきた。

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一緒に本づくりをする東京の仲間たち

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アートと出版の世界で試行錯誤を続ける仲間たち

わたしが東京の美術系の出版社に勤めていた頃から現在まで、
継続的に仕事をともにしている著者がいる。
〈アートキッチン〉代表の林綾野さんだ。
これまで編集を担当させてもらった本は『浮世絵に見る江戸の食卓』や
『ぼくはフィンセント・ファン・ゴッホ』など。

林さんは、西洋東洋を問わずさまざまなアーティストの生き様を掘り起こし、
人間としての存在を浮かび上がらせようと試行錯誤を続ける著者であり
キュレーターでもある。彼女の書いた文章を読んだり話を聞いていると、
作家が急に身近な存在のように思えてくる瞬間があって、
つねに作品の新しい見方をわたしに教えてくれる。

また、本づくりにかける情熱は並々ならぬものがあり、
ベストな選択は何かを自分自身にいつも問いかける姿勢は、本当にカッコいい。

打ち合わせ中に、一緒に連れてきた第三子を抱っこしてくれた林さん。

打ち合わせ中に、一緒に連れてきた第三子を抱っこしてくれた林さん。

林さんの著書。食や暮らしという視点から作家の生涯を読み解く「食卓」シリーズのほか、『ぼくはフィンセント・ファン・ゴッホ』など、やさしく語りかけるような言葉で作家の一生を描いた絵本のシリーズを刊行している。

林さんの著書。食や暮らしという視点から作家の生涯を読み解く「食卓」シリーズのほか、『ぼくはフィンセント・ファン・ゴッホ』など、やさしく語りかけるような言葉で作家の一生を描いた絵本のシリーズを刊行している。

展覧会企画と出版とを行う〈ブルーシープ〉代表の草刈大介さんも
10年以上、いろいろな本づくりをともにさせてもらっている人物だ。

草刈さんは大型展覧会のディレクションを手がけつつも、
南インドの小さな出版社である〈タラブックス〉の展覧会や、
フィンランドのセラミックアーティスト、ルート・ブリュックの展覧会など、
日本ではまだまだ認知度は低いけれども、自分たちの仕事や暮らしを
見つめ直すことにつながるような、重要な企画を発信している。

カタログ制作にも力を入れており、
単なる図版の羅列に終わらない洗練されたビジュアルの本をつくり、
書店で販売する活動も展開。
これまでたくさんの大きなプロジェクトを動かしてきた経験もあって、視野が広く、
いつも小さくまとまりがちな私にとっては、いい刺激を受ける存在だ。

新聞社の文化事業部で数々の展覧会を実施し、わたしと同じ時期に独立した〈ブルーシープ〉の草刈さん。

新聞社の文化事業部で数々の展覧会を実施し、わたしと同じ時期に独立した〈ブルーシープ〉の草刈さん。

ブルーシープでは、展覧会と連動しつつ、作品世界を広げるような書籍を刊行。中央は、写真家・植本一子さんが約3週間にわたり、7か国17の美術館を巡って現存するフェルメールの全作品を取材した『フェルメール』。ナナロク社と共同刊行された一冊。

ブルーシープでは、展覧会と連動しつつ、作品世界を広げるような書籍を刊行。中央は、写真家・植本一子さんが約3週間にわたり、7か国17の美術館を巡って現存するフェルメールの全作品を取材した『フェルメール』。ナナロク社と共同刊行された一冊。

草刈さんは昨年秋まで六本木に期間限定でオープンしていた
〈スヌーピーミュージアム〉のクリエイティブディレクターも務めていて、
このミュージアムの5回の企画展のカタログ編集にわたしも携わらせてもらった。

そして、このカタログ制作を一緒にした編集者である吉田宏子さんも、
長いつき合いのある仲間のひとり。
彼女は、フリーランスの編集者として、さまざまな本づくりに関わりつつ、
〈888(ハチミツ)ブックス〉という独自の出版活動を行い、
幡ヶ谷にある〈パールブックショップ&ギャラリー〉という
小さな展示スペースも営んでいる。

前職が『イラストレーション』誌の編集者だったこともあり、
イラストレーターやアーティストとのつながりが深く、
「作家たちの生々しく、もっとも“おかしい”ところを残す本づくりをしたい」と
作品集を中心に刊行を続けている。

吉田宏子さん。幡ヶ谷の〈パールブックショップ&ギャラリー〉には、2月に刊行されたアーティスト・横山裕一の作品集『プラザ』の原画が飾られていた。

吉田宏子さん。幡ヶ谷の〈パールブックショップ&ギャラリー〉には、2月に刊行されたアーティスト横山裕一の作品集『プラザ』の原画が飾られていた。

〈888ブックス〉で刊行された書籍の数々。五木田智央、フィリップ・ワイズベッカーなどの作品集を刊行している。

〈888ブックス〉で刊行された書籍の数々。五木田智央、フィリップ・ワイズベッカーなどの作品集を刊行している。

わたしも昨夏に〈森の出版社ミチクル〉という小さな出版活動を始めたわけだが、
ブルーシープや888ブックスの活動に触発されたところも大きい。
同世代の仕事仲間が会社から離れ、独立し、
出版の新しい可能性を模索している姿を見ていると、
自分も何かしなければという気持ちが自然とわいてくるのだった。

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北海道と東京、どちらがいい?

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自由で柔軟な発想が距離を飛び越えて

わたしが現在住んでいる岩見沢市美流渡(みると)地区には、
過疎地だからこそバイタリティのある個性的な移住者が多いことを
この連載で紹介してきたが、わたしとずっとつながってくれている東京の仲間も、
同じく個性的な面々といえる。

そして、常識にとらわれないおもしろい活動をしているからこそ、
遠距離で、なかなか会えなくてちょっと“使いづらい”編集者である
わたしという人間とも、一緒に仕事をしてくれるのかもしれないと思う。
打ち合わせになかなか出られなくても、いろいろ工夫すれば解決できる。
そんな自由で柔軟なアイデアをつねに持ってくれていてくれるのが、本当にありがたい。

ほかにも今回は、京都から東京に拠点を移したばかりの画家、MAYA MAXXさんや、
いつも夏に札幌の展示イベントに声をかけてくれるデザイナーの岩切エミさん、
稚内出身のグラフィックデザイナー〈ナカムラグラフ〉の中村圭介さんなどとも
会うことができた(ほかにも進行中のプロジェクトで
名前は出せないけれど、大切な仲間のみなさんとも!)。

MAYA MAXXさんは、いま原宿の〈boy tokyo〉というヘアサロンの一角で制作を行っている。

MAYA MAXXさんは、いま原宿の〈boy tokyo〉というヘアサロンの一角で制作を行っている。

絵は日に日に増えている。同じモチーフを描いていても、つねにフレッシュな感覚があり、絵を見ているだけでも勇気づけられる。

絵は日に日に増えている。同じモチーフを描いていても、つねにフレッシュな感覚があり、絵を見ているだけでも勇気づけられる。

北海道で暮らし始めて8年が経ち、もうすっかり“おのぼりさん”状態で、
渋谷では道に迷い、新宿の駅構内では人にぶつかり、
満員電車の上手な乗り方も忘れてしまったけれど、
こうやって東京に来て、長年のつき合いがある仲間と話をしていると、
自分はひとりで孤独に仕事をしているのではないという温かな気持ちがわいてくる。

岩切さんのアトリエも訪ねた。7月初旬に札幌で行うイベントについて相談。

岩切さんのアトリエも訪ねた。7月初旬に札幌で行うイベントについて相談。

私から見ると東京の仲間は、自分の仕事にとことん打ち込んでいて
(極限まで仕事をしているとも言えるけど)、
そのストイックさは東京ならではのような感じもする。
そして、私の荒唐無稽なアイデアにも、サッと対応できる引き出しの多さがあって、
スピード感を持って仕事が進んでいくことに心地よさを感じることもある。

わが家は子どもが3人おり、家庭内はカオス状態で、
自分の思うようにはまったく進まないことばかり。
そんな糸が絡んだ暮らしの状態と、
東京でスペシャリストたちと仕事をしている状態は、まさに対極。
両方の世界があるからこそ、どうにかバランスを保って
やっているといえるのかもしれない。

岩見沢にはこんなに高い建物はないので、最近、上京するとついビルを見上げてしまうようになった。

岩見沢にはこんなに高い建物はないので、最近、上京するとついビルを見上げてしまうようになった。

今年、わたしは東京で3月11日を迎えた。
東日本大震災が起こった日は、8年経ったいまも、わたしにとっては特別だ。
大きな揺れを感じ、その後に起こったさまざまな出来事は、
いまも鮮やかに脳裏に浮かび上がる。
この震災が、北海道に移住を決める大きな理由となったことは、
これまでの連載でも書いた通りだ。

あれから暮らしのあり方は大きく変わった。
移住して3年くらいは東京の仲間にすぐに会えないことに
焦りや寂しさが募ることもあったが、いまは距離を飛び越えて、
太くしっかりとつながっていると感じられるようになった。

例えば出版活動の未来を見据える眼差しや、
美術と人とをどう結びつけるかという観点に共通するものがあって、
場所は違っていても、ともに進んでいるような、そんな感覚がもてるのだ。

北海道に移住せず、ずっと東京で暮らしていたら、いま私はどうなっていただろう? 
東京に来ると、ふと考えることがある。
東京か北海道か。どちらがいいとは、一概には言えないけれど、
いまこうして北海道から東京を見ることで、住んでいた頃よりもクリアーに、
東京の大切さが見えてきているように思う。

そして移住してから8年間は、東京から仕事をもらうという関係性だったけれども、
これからは北海道から何か東京へ還元できるような活動をしてみたいと
考えるようになっている。

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