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〈アルテピアッツァ美唄〉の
「こころを彫る授業」で感じた
やすらぎと安心感

うちへおいでよ!
みんなでつくるエコビレッジ
vol.087

posted:2019.4.10   from:北海道美唄市  genre:暮らしと移住

〈 この連載・企画は… 〉  北海道にエコビレッジをつくりたい。そこにずっと住んでもいいし、ときどき遊びに来てもいい。
野菜を育ててみんなで食べ、あんまりお金を使わずに暮らす。そんな「新しい家族のカタチ」を探ります。

writer profile

Michiko Kurushima

來嶋路子

くるしま・みちこ●東京都出身。1994年に美術出版社で働き始め、2001年『みづゑ』の新装刊立ち上げに携わり、編集長となる。2008年『美術手帖』副編集長。2011年に暮らしの拠点を北海道に移す。以後、書籍の編集長として美術出版社に籍をおきつつ在宅勤務というかたちで仕事を続ける。2015年にフリーランスとなり、アートやデザインの本づくりを行う〈ミチクル編集工房〉をつくる。現在、東京と北海道を行き来しながら編集の仕事をしつつ、エコビレッジをつくるという目標に向かって奔走中。ときどき畑仕事も。
http://michikuru.com/

“答え”のない授業に取り組んで

わたしの住んでいる岩見沢市からもっとも近い美術館は、
美唄市にある〈安田侃(かん)彫刻美術館 アルテピアッツァ美唄〉。
東京から移住して、ちょっぴり残念に思うことは、美術館や企画展の数が少ないこと。
アートとデザインが専門の編集者としては、東京にいたときのように、
いろいろな作品を見ておきたいと感じることもあるが、
そんなわたしの心をスッと落ち着かせてくれるのがアルテピアッツァ美唄という場所だ。

美唄市はかつて北海道有数の炭鉱都市だった。炭鉱夫の子どもたちが通っていた小学校を芸術広場として再生させたのが〈アルテピアッツァ美唄〉。

美唄市はかつて北海道有数の炭鉱都市だった。炭鉱夫の子どもたちが通っていた小学校を芸術広場として再生させたのが〈アルテピアッツァ美唄〉。

展示スペースとして利用されているのは、
1981年に閉校となった栄小学校の校舎と体育館。
そして、建物の周囲に広がる野外スペースには、
山や木々をバックに彫刻作品が立ち並んでいる。

アルテとはイタリア語で芸術。ピアッツァとは広場。
大理石の産地として知られるイタリアのピエトラサンタで制作を続ける
彫刻家・安田侃さんが、生まれ故郷である美唄市に
1992年にオープンさせたスペースだ。

3月末になってもまだ肌寒い北海道。部屋を暖めるために使われたのは、このまちの歴史を感じさせる石炭ストーブ。

3月末になってもまだ肌寒い北海道。部屋を暖めるために使われたのは、このまちの歴史を感じさせる石炭ストーブ。

彫刻とともにある四季折々の景色は本当に美しく、幾度もこの場所を訪ねてきたが、
3月30日に行われた講座「小学生のためのこころを彫る授業」に
息子を参加させたことで、安田さんの彫刻に対して、
また新しい面が見えてくるような機会となった。

この「こころを彫る授業」は2007年からスタートしたもので、
毎月第1土曜・日曜に主に大人を対象に開催されており、
2012年からは今回のような小学生のための授業も開かれている。

講座を担当する美術館スタッフの影山宏明さんによると、
「小学生のためのこころを彫る授業」が始まったきっかけは、
「たくさんの子どもたちに、心と体で彫刻に接して、
1日を通してアルテピアッツァ美唄の魅力や楽しみ方を知ってもらおう」
と考えたことだという。

美術館スタッフの影山宏明さん。道具の使い方を説明する。

美術館スタッフの影山宏明さん。道具の使い方を説明する。

この日集まった小学生は、2年生から6年生まで15名。

「今日は石を彫って、目に見えない心を表現してください」
まず、影山さんは子どもたちにそう語りかけ、制作が始まった。

どの大理石を彫るのか、選ぶのはくじ引きの順番で。くじに使われたのも大理石で、裏に数字が書いてあった。

どの大理石を彫るのか、選ぶのはくじ引きの順番で。くじに使われたのも大理石で、裏に数字が書いてあった。

大理石も道具も安田さんがイタリアから持ってきたもの。ノミや金ヤスリは、さまざまな形のものが用意されていた。

大理石も道具も安田さんがイタリアから持ってきたもの。ノミや金ヤスリは、さまざまな形のものが用意されていた。

「こころを彫る」とはいったい何か。
大人であれば、手が止まってしまう“難問”のように感じてしまうが、
子どもたちは躊躇せずに、いっせいに石を彫り始めた。
いままで体験したことのない大理石という素材や道具を使えるということに
夢中になっているかのようだった。

美術館スタッフの土谷あすかさん(右)。彫刻の見方を広げるような話を子どもたちにしてくれた

美術館スタッフの土谷あすかさん(右)。彫刻の見方を広げるような話を子どもたちにしてくれた。

石は丸みを帯びていてハンマーでノミをたたいて削ろうとすると、
すべって転がってしまうことがあったり、
ヤスリで削ろうとしても、表面はかたくてなかなか平にならなかったり。

「道具の使い方に慣れてくると、形を変えたりできるようになります。
辛抱強くやっているとスベスベにしたりもできます。
だんだん形が見えてきて、きっとワクワクしてくるはずです」

思うようにいかない子どもたちに、影山さんはやさしく語りかけていた。

『天光散』という作品のふくらみは子どもたちのお気に入り。安田さんの彫刻は実際に触れて感じることができる。

『天光散』という作品のふくらみは子どもたちのお気に入り。安田さんの彫刻は実際に触れて感じることができる。

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彫刻と触れ合う

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耳を澄ましたり抱きついたりして感じる彫刻

あっという間に午前中の時間が過ぎ、みんなでお昼ごはんを食べたあとは、
彫刻散策に出かけることになった。
子どもたちはすっかり打ち解けて、雪の残る屋外をはしゃいで駆け回る。
森の奥にわけ入ると、ころんとした球体の作品『相響』があった。

「耳を澄ませてみてください」

『相響』に耳をあてて音を感じる参加者たち。

『相響』に耳をあてて音を感じる参加者たち。

美術館スタッフの土谷あすかさんの呼びかけに応えて、子どもたちは彫刻に耳をあてる。
貝殻に耳をあてたときのような音色とともに、葉音や鳥のさえずりなど、
さまざまな音がそこにあることに気づかされた。
このあと野外にある彫刻に抱きついてみたり、彫刻の形と同じポーズを取ってみたり。

「この形は何に見えますか?」

『帰門』

『帰門』

土谷さんが尋ねると、
「わかった! コーヒー豆!!」
「パックマン!!」
と、息を弾ませながら声を上げる子どもたち。

きっと初めて彫刻と、しっかりと触れ合う子どももいたに違いない。
美術館では、ふつうは静かにしなければならないし、作品に触ることも許されないが、
アルテピアッツァ美唄は違う。こんなふうに体全体で作品を感じる体験があれば、
アートに対する印象もきっと変わるんじゃないかと、見ているわたしもうれしくなった。

「学校の授業では正解が求められますが、
この世の中には『正解がない』こともあるんだと子どもたちに伝えたいですね」
と影山さん。

『妙夢』に走り寄る子どもたち。

『妙夢』に走り寄る子どもたち。

校舎を利用したギャラリーにある『風』。

校舎を利用したギャラリーにある『風』。

体を動かしたあと、子どもたちは再び大理石と向き合った。
石はかたく、なかなかダイナミックに形が変化していくようには見えないのだが、
数時間石と触れ合っているうちに、子どもたちの気持ちには
確実に変化が起こっているようだった。

制作中の息子に尋ねると、ある部分をなめらかにさせたいとか、
もっと丸くさせたいという明快な考えがあるようで、
それに突き動かされるように一心不乱にヤスリで石を磨いていた。

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“心の形”ってどんなもの?

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心を彫ろうとするなかで、見えてくるものとは?

彫刻散策やお昼休みも含め、たっぷり5時間。
心を彫ることを堪能したあとに、参加者ひとりひとりが、今日の感想を発表した。

「最初は上手に彫れなかったけれど、だんだん慣れてきて、
形がつくれるようになった」と、子どもたちは口々に語っていた。

大切そうに石を抱えながら話す子どもたち。

大切そうに石を抱えながら話す子どもたち。

そして最後に、今日の授業で子どもたちをサポートするための
ボランティアとして参加していた「はなこさん」という女性が、
自分の作品を見せてくれた。

子どもたちが彫っていた大理石よりも少し大きな彫刻で、
平べったい雫のような形をしていた。表面がとてもなめらかに仕上げられており、
今回の制作で表面を磨く難しさを実感していた子どもたちからは歓声が上がった。

「これはわたしの心の形です。世界にひとつの形です」

はなこさんは、この石を彫るのに5年以上をかけていた。
年齢を重ねるごとに、彫りたいと思う形が変わる。
そんな自分と向き合いながら、ずっと制作を続けてきたのだという。

わたしにとって忘れられないものとなったのは、
はなこさんが石を見せたときの誇らしげな表情だ。
その表情は、言葉にはなかなかしがたいのだが、自分の心を知ることのできた
“やすらぎ”や“安心感”のようなものがあるように思えたのだった。

はなこさんさんが見せてくれたのは、2013年から彫っているという大理石。

はなこさんさんが見せてくれたのは、2013年から彫っているという大理石。

また、この講座の帰りがけに、娘さんを参加させていた
美唄出身の女性と話すことができた。
彼女は思春期の頃、よくアルテピアッツァ美唄に自転車でやって来ていたのだという。

「若い頃、わたしの話すことって、抽象的でよくわからないって
みんなから言われていたんです。でも、ここに来ると、
それでもいいのかもしれないと思うことができました」

彼女もまた、長年「こころを彫る授業」に参加しているそうで、
石に向き合う無心の時間は、何ものにも代え難いのだと語ってくれた。

こんな話を通じて、わたしは安田さんが『意心帰』というタイトルの作品について
語っていた言葉を思い出していた。

「『心は形に帰り』『形は心へ帰る』という意味で『意心帰』と名づけたのです。
『心は形を求めている』『形は心を求めている』という意味でもあります。
心は触れないけれど、心を表した作品は触ることができるのです」

『意心帰』

『意心帰』

頭まで大理石の粉で真っ白になるほど制作に没頭した息子は、
とても満足げな表情を浮かべていた。

「途中だから、またやりたい」
そう息子はポツリと語った。

「そうだね、また彫ってみようね」

息子が彫った石。

息子が彫った石。

そう言いながら、次回はわたしも一緒に参加しようと心に決めていた。
きっと自分で石を彫ることで、安田さんの彫刻の
もっと深い部分を垣間見る体験になるんじゃないか。

そして自分の心の形とは、いったいどんなものであるのかを探求するのは、
ちょっと怖いような、未知の領域に足を踏み入れるような、
そんな感覚があるんじゃないかと思った。
自分のことであるのにもかかわらず、知らない自分に会えるというのは、
きっとアートの真髄に触れる体験であるはずだ。

そんな体験ができる場所が、わが家の近所にあるという喜びを、
この講座を通じてあらためて感じる機会となった。

information

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安田侃彫刻美術館 アルテピアッツァ美唄

住所:北海道美唄市落合町栄町

TEL:0126-63-3137

開館時間:9:00~17:00

休館日:火曜、祝日の翌日(日曜日は除く)、年末年始

企画展2019『「炭山の碑」の記憶展』が2019年4月24日(水)~5月6日(月)に開催(会期中無休)。アルテピアッツァ美唄より4キロ先にある安田侃の作品『炭山の碑』をテーマに、美唄というまちの歴史や「場の持つ力」を見つめ直し、あらためて心に刻むための展覧会。

http://www.artepiazza.jp

information

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こころを彫る授業

開催日時:毎月第1土・日曜 10:00~16:00
*5月のみ第2週(5月11日、12日)

会場:安田侃彫刻美術館 アルテピアッツァ美唄(北海道美唄市落合町栄町)ストゥディオアルテ

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