連載
posted:2019.2.8 from:熊本県阿蘇郡南阿蘇村 genre:暮らしと移住
〈 この連載・企画は… 〉
南阿蘇鉄道にある、日本一長い駅名の駅「南阿蘇水の生まれる里 白水高原」駅。
その駅舎に、週末だけ小さな古本屋が出現します。
四季の移ろいや訪れる人たちのこと、日常の風景を〈ひなた文庫〉から。
writer profile
Emi Nakao
中尾恵美
なかお・えみ●1989年、岡山県勝田郡生まれ。広島市立大学国際学部卒業。出版社の広告営業、書店員を経て2015年から〈ひなた文庫〉店主。
日本一長い駅名の駅舎の中にある古本屋〈ひなた文庫〉を始めてから、
1月の初旬に毎年続けている行事があります。
それは駅舎で行う書き初め大会。その日は古本屋の営業もしつつ、
同じ駅舎の一部で誰でも書き初めを行うことができます。
私は小学生の頃から習字を習い、高校では書道部に在籍していました。
大学生になっても墨と筆は身近な存在で、
大学で他県に引っ越すときもずっと使っている習字道具を一緒に持って行き、
気が向いたら習字道具を引っ張り出して、好きな言葉などを書いたりしていました。
書く内容が重要というより、墨と筆の感覚を愉しむ時間といった感じです。
文字の大きさやバランス、墨のかすれ具合や紙全体の余白の取り方、
1枚を書き上げるのにもたくさんのポイントがあり、奥の深い書道。
半紙の上に筆を落とすときの緊張感や、思いどおりの線が書けたときの満足感、
無性にそういった感覚を得たいと思うときがあるのです。
それは、少しモヤモヤした気分のときだったり、
なにか新しくやりたいことが見つかったときだったり。
書くことだけに集中することで、ざわついていた心が落ち着き、
書き終えるとなんだか気持ちがすっと静まる感じがします。
熊本にやって来て、本屋を始めてからもそれは変わらず続けていました。
あるとき、近所に住むお客さんに、小さい頃から習字を習っていて
いまもときどき書いたりしていると話すと、
「だったら習いたいなぁ、書道教室をやってほしいな」
と言ってもらったことがあります。
以前から自分がもう少し年をとったら、子どもたちを集めて
書道教室をやるのも楽しそうだと思っていました。
何より、私が感じているような、筆で書くことの楽しさを
もっとたくさんの人たちと共有できたらなと考えていました。
そんな思いから、まずはイベントとしてやってみようと始めたのが、
ひなた文庫の書き初め大会です。
駅舎の中に書き初めのできるスペースを用意し、筆も墨も半紙も用意して、
お客さんに書き初め体験をしてもらおうという企画です。
その年の目標でも、好きな言葉でも、書く内容は問わず
年明けの真っさらな気持ちを真っ白な半紙に書きます。
第1回目は近所の方が小さなお子さんと親子で来てくれたり、
書道の経験のある大学時代の友人がはるばる関西から訪ねて来てくれたり、
初めての企画にもかかわらず想像以上のお客さんが参加してくれました。
子どもの手をとりながら一緒に好きな線を書いたり、滲ませたり。
そして書いた文字は駅の窓辺に貼ります。
時間が経つにつれてお客さんの書いた目標や好きなもの、
子どもたちの絵など、個性豊かな作品が集まっていきます。
ひとしきり書いたらストーブの横でみんなで談笑。
友人はお客さんと仲良くなって、達筆な文字で
その子の好きな食べ物を書いてあげたりと和やかな時間となりました。
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それぞれの書いた文字を眺めながら、
初対面だったお客さんたちが話しているのを見ると温かい気持ちになります。
普段は無人駅の駅舎の中で、真冬に大勢集まって書き初めをしているなんて、
よく考えると不思議なことなんだけれど、実際にやってみると、
むしろ昔からずっとやっていたような自然な風景に見えるのです。
第4回を迎える今回は1月12日に行いました。
小雨の降る寒い日でしたが、第1回目にも来てくれたお子さん連れの方や、
お馴染みの常連さん、書き初めがしたくて、と初めて訪れてくれた方など、
入れ替わり立ち代り書き初めをしていただけました。
それぞれが半紙に向かう真剣な横顔や、
書きあげたときの少し照れたうれしそうな表情、
書き初めをお客さんに楽しんでほしいと言いながら、
実は私がここでこの光景を見たくてやっているんだなと
回を重ねて思うようになりました。
営業を終えてふと窓の外を見ると降っていた雨が上がり、
光に白く照らされたホームが見えました。
外へ出て見ると澄んだ空気と青空が広がり、
まさに今年の幕開けのような光景で
なんだか祝福されているような気分になり、胸が熱くなりました。
この書き初め大会を終えてやっとひなた文庫の1年の幕開けを感じます。
今年の私の書き初めは「植物の名前を覚えたい」です。
「覚える」ではなく「覚えたい」。
古本屋には直接関係はないのだけれど、やりたいという気持ちを大切に
楽しみながら南阿蘇の身近な植物の名前から知っていけたらな、
というささやかな思いを書きました。
また来年もこの場所で書き初め大会をやるために、
皆さま今年も1年よろしくお願いいたします。
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