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連載

〈Ka na ta〉加藤哲朗さんの
五感がつくる長野市信級のアトリエ、
服を売らないお店、そして旅館

PEOPLE
vol.054

posted:2019.2.18   from:長野県長野市  genre:暮らしと移住 / アート・デザイン・建築

sponsored by 長野市

〈 この連載・企画は… 〉  ローカルにはさまざまな人がいます。地域でユニークな活動をしている人。
地元の人気者。新しい働きかたや暮らしかたを編み出した人。そんな人々に会いにいきます。

writer profile

Takashi Kobayashi

小林隆史

こばやし・たかし●編集・執筆・企画〈general.PR〉代表。1989年長野県生まれ。信州大学教育学部卒業後、中学校教諭を経て渡米。帰国後にアパレルスタッフを務めた後、general.PRをスタート。長野、東京、山梨を拠点に、伝える仕事に携わる。2011~2017年は旧金物店を改修した居住空間〈シンカイ〉に暮らしながら、さまざまな企画を行う。

PEOPLE GET READY TO NAGANO vol.3

本州のほぼ中央に位置する長野市は、東京から電車で約1.5時間。
車窓の風景は、木々の彩りへと移り変わる。
このまちの魅力は、そんな自然と隣り合わせの風土や食と美。
だけど、そればかりじゃない。

善光寺の門前町として、四方から訪れる旅人を迎え入れ、
疲れを癒してきた歴史がある。

いつの時代も、旅立つ人、旅の途中にいる人、
そして、彼らを受け入れる人たちが交差する長野市は、
次なる旅路をつなぐプラットホームだ。

そんな長野市で、自分の想いを込めた「場」を営み、
この土地ならではのカルチャーを培う人たちがいる。
彼らと交わす言葉から、これからの「ACT LOCAL」を考える。

体をめぐる「服と場」を見つめてきた〈Ka na ta〉

ひらがなの一文字が古来からもつ意味、
「か|あなた」
「な|眼、見ること」
「た|時間的・空間的方向性」
をコンセプトとするブランド〈Ka na ta〉。

2005年のスタート以来、大量生産・大量消費の「ファッション産業」とは距離をとり、
独自の世界観を築きながら、東京のアトリエと直営店、
吉祥寺の「服を売らない」直営店、長野市信級(のぶしな)のアトリエと、
年を重ねるごとに創作の場を広げてきた。

その軌跡は、「ファッション=流行」とは一線を画し、
彼らの表現そのものに魅了されたアーティストやミュージシャンにはじまり、
草の根的に多方面からの支持を受けるようになっていった。

メディアに露出することで他者に編集される、つくられた〈Ka na ta〉像よりも、
単純明快なオンラインショップよりも、お店という現実の場で、
「人と服が出会う過程に、自ら立ち会うこと」に重きを置いてきた彼ら。

その根底にあるのは、体にとって重要な「服と場」を
自分たちの目で見つめることだった……。

連載の第3弾となる今回は、
「あんまり慣れてないんだよね(笑)」と朗らかな笑顔でインタビューに応えてくれた
〈Ka na ta〉デザイナー・加藤哲朗さんを紹介。
長野市信級にアトリエを持ったことで生まれた創作の源泉や五感、
〈Ka na ta〉の現在点をここに記録する。

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なぜ信級へ?

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長野市信級との出会い

長野県西部に位置する、長野市信州新町信級。
長野駅からは車で1時間ほど、人口140人ほどの小さな集落に
加藤さんがアトリエを持ったのは、2005年のブランド立ち上げから、
7年の歳月が経った頃だった。

「僕らよりも前から信級に移住して、炭農家をやりながら
〈信級玄米珈琲〉をつくっていた植野翔さんとの出会いがきっかけで。
“収穫を手伝いたい”と言って、2泊3日で遊びに来たんです。
そしたら、信級のおじいちゃんから、
“ここに住んだらどうだ?”といまの家と土蔵を紹介されて。

それまで東京に暮らして〈Ka na ta〉をやってきて、
1周目のサイクルが終わったのかな、という感覚があったので、
こっちにもアトリエと住まいを持ってみようかなと思えて。
たまたまそのおじいちゃんと縁があったおかげで、家賃も破格だったからね(笑)」

空き家を紹介してくれたおじいちゃんは、〈Ka na ta〉のモデルも務めている。

空き家を紹介してくれたおじいちゃんは、〈Ka na ta〉のモデルも務めている。

静かな小川のせせらぎが聞こえる信級。近隣の方が野菜をおすそ分けしてくれたり、〈Ka na ta〉のスタッフと家庭菜園で採れた野菜を分け合ったりもしている。

静かな小川のせせらぎが聞こえる信級。近隣の方が野菜をおすそ分けしてくれたり、〈Ka na ta〉のスタッフと家庭菜園で採れた野菜を分け合ったりもしている。

長野市信級のアトリエから得た創作の源泉

「多拠点生活」や「田舎暮らし」への憧れということではなく、
自然と流れるがままに、この場所に拠点を持つようになった加藤さん。
とはいえ、〈Ka na ta〉の創作にも少なからず影響があったと言う。

「こっちに来てから最初に発表した服のコンセプトを、
水(H2O)に由来する“H2X”というものにしていて」

水をコンセプトに行われたショー。

水をコンセプトに行われたショー。

「信級では飲み水も湧き水だし、ときどき台風とかでパイプが外れると、
自分たちで水の源泉まで登って、ちゃんと確認しないといけないんですね。
それに、水道を止めると水が濁ってしまったり、凍ってしまったりするので、
家の中でずっと水を流しておくんです。
そうすると、ずっと水の音を聞きながら生きている、そんな毎日で。
だから、生活のなかから、自ずと水のことを考えることが多くなっていったんです。
東京に行くと、都会の水が体に合わないと感じるようにもなってきて」

そうして、自然と対峙する暮らしのなかで体感することが、
〈Ka na ta〉の次なるコンセプトを導く源泉にもなった。

「もともと〈Ka na ta〉のコンセプトは、
“体のために服をつくる”ということだったんですけど、
こっちに来てから、生活のなかから学ぶことが多くなったので、
服以外のことでも、体にいいことをできないかな? と、
より深く考えるようになりました。

例えば、東京で直営店をやっているけれど、
ふつう、ひとつのお店で服を介して人と接する時間って、
1時間もあったら長いほうですよね。
だからお店という空間で、お客さんが〈Ka na ta〉を体感できる時間は、
“服を選ぶ時間”に限られてしまうなって考えるようにもなったり。
それで、店員がいない、お客さんが服とだけ対峙できる時間をつくってみたくなって、
2016年から、東京の吉祥寺で、“服を売らないお店”を始めたんです。

それからさらに試行錯誤してきた結果が、
2019年の春から長野市近郊で始める〈Ka na ta旅館〉になるのかな」

1日ひと組限定の〈Ka na ta旅館〉。山間の古民家を改修し、和食料理を提供する新たな場を通して、服以外の体験や服と接する時間を介した〈Ka na ta〉の表現を、加藤さんは模索していく。2019年春スタート予定。

1日ひと組限定の〈Ka na ta旅館〉。山間の古民家を改修し、和食料理を提供する新たな場を通して、服以外の体験や服と接する時間を介した〈Ka na ta〉の表現を、加藤さんは模索していく。2019年春スタート予定。

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東京とは何が違う?

Page 3

都会と信級で体感する「人・建物・時間」の違い

信級にアトリエと住まいをもつようになってから7年。
東京の直営店のほか、京都や海外にもアクセスしてきた加藤さんに、
これまでの生活を尋ねると、こんな答えが返ってきた。

信級にあるのは、陽だまりのなか、穏やかに流れる加藤さん家族の暮らし。

「東京みたいな都会も、長野の環境もどっちも好きだからね。
どっちかだけになってしまうと息苦しいから、
行ったり来たりしてるくらいがちょうどよくて。

まあ確実に東京は、夜遅くまでお酒を飲んだり、人と会ったり、
いい刺激があるけど、体は無理してる(笑)。
“人や建物や時間”が密集しすぎているというか。
一方で長野は、それらとの距離がちょうどいいから、
体が帰りたいと願う場所みたいな気がしますね。

とはいえ、やっぱり東京や京都みたいな都会には、
歩きながら見知らぬものと出会う機会があって、
長野に身体が洗われるような感覚があって、
それぞれの場所ごとの良さを感じながら生活するのが、
個人的にはちょうどいいのかなと思っています。
電車や車で移動してる時間も、いろんなことを考えられるいい時間になってるから」

「移動を伴う何か」から培われる五感

信級の暮らしと東京の営みを行き来することで、加藤さん自身、
さまざまな五感を得てきた。そんな「移動を伴う何か」は、
〈Ka na ta〉の服を届ける道筋の礎にもなっているとも言える。

「いまの時代、服の情報ってオンラインでどんどん集められるし、
服は即座に買えるけど、やっぱり、お店や場所で直接感じて、
初めて理解できることもあるんじゃないかな。

だから、オンラインで服を届けることに、必要性は感じているけど、
重要性はあまり感じていないんですよね。
それよりも、現実的なお店や場所に、力を注いでいたくて。
まあ、僕らがオンラインで発信することを
得意としていないだけでもあるんですけど(笑)」

穏やかな表情でそう話しながらも、あえてその手段を避けてきたのは、
意識的でもあったよう。

「ファッションとか、服を売る世界で一番大きいのは、
“夢を売る”部分なんじゃないかなと思うことがあって。
だからこそ、強いイメージをオンラインでたくさん出していくことが、
ブランドの知名度につながるのかもしれないけれど、
その反面、“虚像を売りつける”みたいな部分もなくはないと思うんです。
そうはしたくない。

時間や距離の問題で、オンラインで買う人もいる。
それを否定はしないし、少なくとも入口はつくるけど、体を動かして、移動して、
実際に服と体が対峙できる時間をちゃんとつくりたいなあと。
そうじゃないと、なんか嘘を売ってるような気がするから」

移動を重ねてきたなかで、培われてきた加藤さんの五感。
偶然に巡り会った信級という地で、自分の感覚を研ぎ澄ませながら、
次なる道を一歩ずつ歩んできたその姿に、私たちは何を知ることができるだろうか。

信級のアトリエのこれからと、新しく始まる〈Ka na ta旅館〉という表現に誘われ、
見知らぬ世界を感じる旅を始めてみたい。

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Ka na ta NAGANO 

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Ka na ta TOKYO 

住所:東京都渋谷区富ヶ谷2-12-7 B1F

https://forthedoby.com

profile

TETSURO KATO 
加藤哲朗

1984年愛知県出身。早稲田大学在籍中に、独学で洋服をつくり始め、2005年から〈Ka na ta〉をスタート。

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