絵描きから万華鏡作家、そして廃材エコヴィレッジへ
神奈川県の藤野は、いつか訪ねてみたいと思っていた場所だった。
東京駅からJR中央本線で1時間半。
わたしの住む北海道からはかなり遠いが、芸術家が多数住み、
市民発電所〈藤野電力〉や地域通貨を推し進める〈トランジション藤野〉をはじめ、
持続可能な社会や暮らしをデザインする〈パーマカルチャーセンタージャパン〉といった、
ローカルならではのコミュニティづくりを目指す活動で知られている地域だ。

相模原市に位置する藤野地区。四方を山々に囲まれ豊かな川と湖があるエリア。
これらさまざまな取り組みのなかで、私が以前から注目していたのが
〈廃材エコヴィレッジゆるゆる〉だ。
その理由のひとつは、北海道にエコビレッジをつくりたいと
これまでさまざまなコミュニティを連載で紹介してきたが、
この場所は飛び抜けて個性的に感じられ、一度この目で見たいと思っていたからだった。
また、この場所の村長であり、万華鏡作家でもある傍嶋飛龍さんが、
実は高校でお世話になった恩師の息子さんというつながりも
興味を抱くきっかけとなっていた。
4月19日、仕事の関係で上京したタイミングに合わせて、
ついに廃材エコヴィレッジを訪ねることができた。
藤野駅から車で15分ほど。くねくねと曲がる山道を奥へと進んでいくと、
たった11軒の集落・綱子地区があり、そこに廃材エコヴィレッジはあった。

傍嶋飛龍さんは1976年生まれ。24歳で千葉から藤野に移住。現在は綱子地区で暮らしている。
翌日に控えた「タイコマツリ」というイベントの準備で忙しい日ではあったが、
傍嶋さんは椅子に座ってゆったりとした様子でインタビューに応えてくれた。
このエコヴィレッジをつくるずっと以前(20年以上前?)に、
私は傍嶋さんが描いた絵を見たこともあって、
今回は、幼い頃から現在までの道のりをまずは聞いてみたいと思っていた。
「小学2年生くらいまで、席に座っていられない、落ち着きのない子で、
絵ばっかり描いていました」

傍嶋さんの絵画。おもちゃ箱をひっくり返したようにさまざまなモチーフが描かれているが、同時に色彩が心地よいリズムをつくり出している。
学校では勉強についていけなかったが、父からは
「得意なことがひとつあれば生きていける」と教えられたという。
やがて美術大学に進学。大学院在学中に制作した絵画が、
第1回池田満寿夫芸術賞展で大賞を受賞するなど評価を受けた。
卒業後に千葉から藤野に移住し、仕事をしながら制作活動を続けていたが、
2009年に絵描きを辞める決意したという。
「万華鏡づくりも始めていましたし、なんでもありの音楽活動もしていて。
得意だった絵にこだわるんじゃなくて、
もっと自由な気持ちになりたいと思いました。人生がアートだと」

傍嶋さんの万華鏡。陶器やガラスなどさまざまな素材で制作されている。(写真提供:傍嶋飛龍)

































































































