人口14000人の小さなまち、
岡山県和気町に移住者が集まるワケ

移住者が増えている和気町で夢を語る人たち

東京から郷里の岡山県にUターンしたのが2006年のこと。
地方で新しく雑誌を始めたとあって、その後いろいろな人たちと知り合うことになった。

2011年の東北大震災以降は、
都心部から岡山に移住してきた人たちと知り合う機会がやたらと多かったように思う。
ぼくの守備範囲にひっかかってくる人たちなので、
グラフィックデザイナーやカメラマンといった
クリエイターの類が大方だったのだが、しかし、岡山への移住は
そういった一部の人たちの間だけで流行っている現象でもなかった。

移住先としての人気度をはかる調査やアンケートでは、
岡山県はたいてい五本の指に入っているのだという。
よくぞ気づいたなと思う。
十種競技の個々の競技では、どれもやっと3位に入れるかどうかなのに、
総合では常に優勝を争う位置にある、それがぼくの岡山のイメージだ。

つまりは、全般的に印象が薄くて
そのよさにはなかなか気づかないだろうと思っていたわけだ。
実際のところ、岡山というところは実に住みやすい。
地味に、しみじみと住み心地がよいのだ。

岡山で移住の話になると、近頃その町の名前が真っ先に挙がる。
岡山県南東部に位置する和気町である。
町の面積144平方キロメートルは神奈川県の川崎市とほぼ同じ。
ところが人口となると、和気町の約14000人に対して、
川崎市は約151万6000人(ともに2018年10月)。
あまりに差がありすぎて、なんの比較をしているのかさえわからなくなりそうだ。

和気町を車で5分も走れば「それもそのはず」と納得する。
中心部の小盆地を除けば、町の大半が山、川、田畑なのである。
この自然豊かなまちに、過去3年間で約300人が
主に東京や大阪といった都市圏から移り住んでいるという。

300人という数字はとりたてて騒ぐほどではないかもしれない。
しかし、人口の割合からすれば、これが結構な数字に違いないのだ。
なにせ川崎市では3万5000人に相当するのだから。

2016年に東京からこの和気町に移住してきた下鳥夫妻とお会いした。
自宅は和気町が営む、平屋戸建の町営住宅。
リビングは梁がむき出しの造りで、天井が高く、開放感がある。
南側の大きな窓からは春の日が射し込み、室内も明るい。
幼いふたりの子どもたちのはしゃぐ声がこの家のBGMだ。

奥さんの春恵さんがハートの形をしたカップに入った紅茶を出してくれた。
「いい家ですね」と声をかけると、
「ここ、すごく気に入ってるんですよ」と明るい声で言った。

「東京では豊洲のマンションに住んでいたんですけど、
隣や下の階にいつも気を遣っていました。
子どもにはあれをやっちゃダメ、これをやっちゃダメって。
でも、ここでは子どもは放置状態、誰にも気を遣わなくっていいから楽です」

瀬戸内エリアに独自の発酵食品が
根づいた理由とは?
因島と尾道の発酵文化をめぐる

瀬戸内海特有の風土が生み出す自然の恵み

ここ最近、美容や健康に関する話題のなかでよく目にする
「菌活」や「腸活」といった新習慣。
塩麹ブームなども記憶に新しいが、体によいとされる日本古来の発酵食品が
いま、あらためて全国的に注目を浴びている。

広島の観光地として名高い尾道やしまなみ海道沿いの因島(いんのしま)もまた、
古の時代から独自の発酵文化を築いてきたという。
具体的にはどのような営みが根づいているのだろう。
地元で発酵関連食品を扱う企業に話を聞いてみた。

因島屈指のビュースポット、白滝山山頂より瀬戸内海を見渡す。

尾道の南、芸予諸島の北東部に浮かぶ因島は、中世の時代に
「村上海賊」と呼ばれる有力な水軍の本拠地だった場所。
近世以降は主に廻船・造船業などで栄えた。

夏はカラリとして、冬も雪が積もることはない。
こうした穏やかな気候は、発酵の環境に適しているらしい。

つづら折りの坂道を下ると現れる「地蔵鼻」。恋愛成就のパワースポットとして知られ、小石を持ち帰ると願いが叶うといわれている。

この土地の暖かさを象徴するかのように咲く冬の桜。地元の人によると、毎年この時期に花開くのだそう。

進化し続ける発酵のカタチ〈万田発酵〉

因島の西岸に、今回のテーマ「発酵」を社名に掲げる企業がある。
健康食品を軸に、農業・園芸資材やスキンケア製品など、
国内外で幅広い分野の事業を展開する〈万田発酵〉だ。

2018年初夏オープン予定のショップ&カフェ棟。毎年3月には〈全国ジャンボ大根フェスティバル〉が開催されている。

「妊婦さんに元気な赤ちゃんを生んでもらいたい」
1961年、開発者である現会長・松浦新吾郎さんの強い想いから、
発酵に関する研究がスタート。
植物由来の発酵食品〈万田酵素〉は、23年の月日をかけて産声をあげた。

特徴はバランス複合発酵。素材を皮ごと仕込み、持ち味をじっくり引き出していく。

ライフスタイルに合わせて、多彩な商品を提案。

特筆すべき点は、果実、穀物、海藻、野菜など、
トータルで53種類もの原材料を使用していることだろう。
味噌は大豆、チーズなら牛乳など、通常は1品目を発酵させるものが多いなか、
これほど多種多様な素材を扱う発酵食品はほかに類を見ない。

もとは〈田中屋〉の屋号で、元禄時代から300年以上続く老舗の造り酒屋だった同社。
水を一滴も使わず、常温で3年3か月以上の歳月をかけて発酵・熟成する製法には、
長年蔵元として培った知恵と高度な技術が生かされている。

「発酵食品を毎日手軽に」
酵素をサプリメントやドリンクといったとり入れやすい形態に
落し込むアイデアは、現代人のニーズにもうまくマッチしている。

因島の恵まれた自然環境のなか、生き生きと育つ野菜たち。

万田酵素の発酵技術は、〈万田アミノアルファ〉をはじめとする
植物用の液体肥料にも活用。
敷地内の自社農園「びっくりファーム」では、研究対象の農作物が栽培されており、
予約をすればその豊かな成長ぶりを見ることができる。
また工場見学と合わせて、子どもたちの食育の場にもなっているという。

さらに、ミャンマーなど開発途上国への農業技術支援も実施。
人や植物の健康維持にとどまらず、地球規模の食料問題や
環境問題の分野まで視野に入れているというのだからスケールが壮大だ。

健康食品以外のジャンルを合わせると、販路は世界30か国以上に及ぶという。
発酵がもたらす未知なる可能性に、これからも目が離せない。

〈BIZENうつわバー〉
初のリアル店舗開店!
備前焼作家や老舗酒造を訪ねる旅へ

備前の才能がひと皿に集う一夜限りの宴

11月18日・19日の両日、備前エリアを巡る1泊2日のモニターツアーが実施された。
旅人は、大阪・兵庫在住の10名。今年9月に大阪・天王寺で開催された、
備前焼と暮らしを結ぶイベント〈うつわとくらすBIZEN〉の参加者たちだ。

ツアー初日の夜、本連載から飛び出すかたちで実現した初めての〈うつわバー〉。
会場には、備前焼にゆかりのある天津神社隣の〈カフェドマザー〉が選ばれた。

倉敷デニムの和服姿で現れた今宵のマスター、渡邊琢磨さん。

この店のルールは、明快だ。店主となる備前焼作家が器を用意し、
ゲストシェフが備前の幸で料理をふるまう。
また、その道のプロである店主から備前に関するエトセトラを学ぶというもの。

実店舗店主としてトップバッターを務めるのは、
前回、前々回の連載に登場いただいた備前焼作家の渡邊琢磨さんと、
頭島でイタリアンレストランを営むシェフの寺田真紀夫さん
渡邊さんが創作した器に寺田さんの料理を盛りつけていくという。

会の始まりは、酒器選びから。20種ほどの猪口から好みのひとつを選ぶという演出に、否が応でも期待が高まる。

さらにこの日は、同日ひと足先に訪れた見学先の〈利守酒造〉社長・利守忠義さんと、
〈トスティーノコーヒー〉代表の脇山賢一さんもファシリテーターとして列席。
開店の挨拶を皮切りに、利守酒造の〈赤磐雄町〉でいよいよ乾杯だ。

今回のお題のひとつ、「備前焼の酸化と還元」。同じ形ででも、使用する土が含む鉱物の種類や焼成方法が異なると、こんなにも違う色に変化するのだとか。

寺田シェフの料理を待つ間、渡邊さんによる備前焼の解説に聞き入った。
その内容は備前焼の歴史から現在の器の流行にまで及び、
知識欲がじわじわと満たされていく。

渡邊さんのレクチャーの傍ら、キッチンで黙々と作業を進める寺田シェフ。

今回テーブルを飾ったのは、備前日生(ひなせ)の新鮮な魚介類を中心に、
利守社長セレクトのアペリティフ、寺田シェフによる前菜とメイン、
脇山さんのコーヒー、デザートといったカジュアルなコース。
力強い存在感を放つ備前焼だが、イタリアンにも違和感なく溶け込んでいる。

秋草模様の描かれた型押しの角皿に置かれたのは、寺田シェフのスペシャリテより白貝のリゾット。見た目こそシンプルだが、アルデンテの米とコリコリとした貝の食感が絶妙なひと皿。

岡山の魅力を伝える活動などで会う機会も多いという店主ふたりのトークは、
息もぴったり。器の手入れには〈亀の子束子〉が一番だとか、
備前焼のポットはニンニクの保存に重宝するとか。
また、備前焼の酒器はしっかりと冷やした軽めのワインに
よく合うといった、目から鱗の情報が最後まで目白押しだった。

店主自ら酒を勧める場面もあり、参加者たちとの会話も弾む。展示棚に並ぶのは、渡邊さんの作品たち。

「渡邊さんが博識でとにかく話がおもしろかった」
「備前焼の器だと、食べものを慈しむ気持ちが一段と強くなる」
「これからは『器を含めた食卓』を意識していきたい」

なるほど。
うつわバーをそれぞれの視点で見て、触れて、味わった結果、
彼らは「食」と「学び」の両面から備前焼との距離を縮められたようだ。

岡山在住の私も然り。周囲に作家の友人はいるものの、
ここまで詳細な話を聞く機会はそうない。いわば、近くて遠い存在だった。
しかし今回、さまさまな分野のプロに話を聞くうち、にわかに身近な印象に。
まずは自分なりの楽しみ方を見つける。
そして普段の生活に少しずつ取り入れていければと。

さて、今後もさまざまなゲストが登場予定のうつわバー。
次回をお楽しみに。

〈パティシエ エス コヤマ〉
兵庫県三田市で世界的な
ショコラティエがつくる
独創的スイーツ

全国からファンが押し寄せるスイーツのワンダーランド

スイーツファンなら一度は訪れてみたい、
兵庫県三田市にある〈パティシエ エス コヤマ〉。
ショコラ専門店〈Rozilla(ロジラ)〉をはじめ、
パティスリー、マカロン&コンフィチュール専門店など
7つの店舗のあるスイーツのワンダーランドだ。

車でなければ電車やバス、タクシーを乗り継がなければ
いけない場所にあるのにもかかわらず、
連日全国から多くのスイーツファンが押し寄せるという。
なんといっても新興住宅地に位置する、ケーキを中心としたスイーツショップの
駐車場のキャパシティが100台分もあるのだから、度肝を抜かれてしまう。

パティシエ エス コヤマを全国区にしたのは、
看板商品のロールケーキ〈小山ロール〉や
エンタテインメント性のある店づくりによるところは大きい。

けれども、その名を世界規模に押し上げたのは、
オーナーシェフである小山進さんの手がけるショコラと
彼のショコラティエとしての評価だ。

小山さんは、世界最大のショコラの祭典〈サロン・デュ・ショコラ パリ〉で発表される
C.C.C.(クラブ・デ・クロクール・ドゥ・ショコラ)コンクールで
6年連続最高位を獲得し、
I.C.A.(インターナショナル・チョコレート・アワーズ)では
金賞の常連として知られている。

彼の手がけるショコラの魅力は、
素材の組み合わせの妙味にあるといっても過言ではない。

和の素材使いにも定評があり、2017年のI.C.A.アジア太平洋予選で受賞した
ボンボンショコラやタブレット(板チョコレート)のラインナップには、
完熟赤山椒やふきのとう、生姜の醤油漬け、吉野川産の青のり、
そして発酵食品の酒粕や豆腐の味噌漬けまでずらり。
一見、ショコラと組み合わせたらどんな味になるのか想像ができないようなものばかり。
さて、どのような味がするのだろうか。

奇想天外な食材を組み合わせたボンボンショコラのラインナップ。左から、生姜の醤油漬け、完熟赤山椒、豆腐の味噌漬けの燻製、オリーブの葉&オリーブオイル、コブみかん、木苺と木苺の葉、アブサン&マンゴーパッション、柚子酒。外見からは想像もできぬような組み合わせ。

ショコラトリーRozilla内にあるセミナースペース〈a・ZITTO(アジト)〉は、
まるで母親の胎内にいるかのような丸みを帯びたスペースで、
神経を研ぎ澄ませて味を利きわけるのにふさわしい環境だった。

ひと口食べてみる。食材の味はすぐにはわからない。
ふた口目は、柑橘なのか、スパイスなのかという素材の傾向が香りから伝わってくる。
繊細な味覚を持つ審査員はひと口で何が入っているのかわかるというが、
素人の舌には頭と味覚をリンクさせるのが精いっぱい。

まさか生姜をたまり醤油に漬け込んで浸透圧で染み込ませ、
フリーズドライでフレーク状にし、アーモンドのプラリネと合わせているとは
事前情報なしにひと口食べただけではピンとくる人はそう多くないだろう。

それくらい、どのボンボンショコラもショコラティエが厳選したカカオの特性と
お互いの素材を引き立て合うことに成功しているということだ。

まるで、洞窟のような入り口のショコラトリーRozilla。小山さんの幼い頃の心弾む路地裏での体験、夢中になった映画の『ゴジラ』を合わせ、命名した。

備前市・頭島、岡山の最高の素材で
つくる極上のリゾット。
イタリアンシェフ、寺田真紀夫さん

瀬戸内に浮かぶ日生諸島。都会の喧騒から遠く離れて

備前市に在住、あるいは備前にゆかりのある人が店主となり、
食やうつわを通じて人の交流を生み出す場、〈BIZENうつわバー〉。

連載第2回目は、岡山の食材から究極のひと皿を創作し続ける
イタリア料理のマエストロ・寺田真紀夫さん。
寺田さんの店〈kashirajima restaurant cucina terada〉を、
備前市・頭島に訪ねた。

姫路駅で山陽新幹線を降り、山陽本線で播州赤穂(ばんしゅうあこう)駅へ。
そこからさらに、2車両だけのローカルな赤穂線に乗り換えた。
山陽の田園風景の中をローカル列車はひた走る。

無人駅をいくつも通り過ぎ、刈り入れのときを待つばかりの
黄金色に実った田んぼに見とれているうちに目的の日生(ひなせ)駅に到着。
ホームに降り立つと、秋の午後のやわらかな日差しに輝く
瀬戸内の海が目の前に広がっていた。

日生と鹿久居島をつなぐ〈備前♡日生大橋〉は2015年に開通したばかり。

日生駅からさらに車で10分。
できたばかりという〈備前♡日生大橋〉を渡り、
野生の鹿たちが生息する鳥獣保護区を持つ鹿久居島(かくいじま)を通り抜け、
さらに頭島(かしらじま)大橋を渡ると、やっとのことで目的地の頭島に到着である。
日生諸島のほぼ中央にある、ぐるり一周が4キロほどの小さな島だ。
島を渡る橋の両側には、牡蠣の養殖場が広がっていた。

〈備前♡日生大橋〉から見る牡蠣の養殖筏。日生は瀬戸内でも有数の牡蠣の産地として知られている。

瀬戸内特有の、さらりとした甘い潮の香りが鼻をくすぐる。
人懐っこい猫が鳴きながら近寄ってきた。
漁港の脇では、牡蠣の幼生(赤ちゃん)がびっしりとついた
ホタテの貝殻を縄に通している女性がひとり。
これから養殖場に仕込まれていくのだろう。
秋晴れの午後、頭島には、ゆっくりと穏やかな時間が流れていた。

姫路からわずか1時間ほどだが、日常の喧騒から遠く離れた静かな小島で、
これから出会うシェフのひと皿へのワクワクが次第に高まっていった。

〈BIZENうつわバー〉開店。
イノシシの出る山里で作陶する
備前焼作家、渡邊琢磨さん

備前焼を通じた交流の場をつくる
プロジェクト〈BIZENうつわバー〉

岡山県備前市というと、まず大抵の人が連想するのは備前焼だろう。
同じ岡山県の在住歴通算25年の筆者からしても同じ。

「備前? そりゃ備前焼じゃないの?」と。

備前市には備前焼しかないというのでなく、認知の度合いで備前焼が抜けているのだ。

備前で思い浮かぶものの次点としては、日生(ひなせ)という
瀬戸内海に面したエリアで養殖が盛んな牡蠣、
あるいはその牡蠣を使ったお好み焼き「カキオコ」あたりか。
そのさらに次となると、正直、腕組みをしてひねり出すようなことになるのだが、
しかしこの備前焼と牡蠣だけでも十分すぎるほどの資産価値がある。

ふたつのコンビネーションもすばらしくいい。

かたや瀬戸や信楽と並んで“日本六古窯”のひとつに数えられる伝統的な焼きもの。
「食(牡蠣)」との取り合わせが悪いはずがなく、どう扱うにも連携がとりやすそうだ。

平安時代に始まったとされる備前焼。「投げても割れない」と言われるほどの頑丈さが特徴で、当時から生活容器として碗、皿、瓦などが焼かれた。同じ景色のものはふたつとないと言われる「窯変」が最大の魅力。

〈BIZENうつわバー〉という。

備前市に在住、あるいは備前にゆかりのある人が店主となり、
食やうつわを通じて人の交流を生み出す場(バー)となる。
そんなプロジェクトがいま、備前市で新しく生まれようとしている。
さて、どんな人たちがどんな魅力を語ってくれるか。

備前焼の作家・渡邊琢磨さんを訪ねて

記念すべき第1回目のマスターは、備前焼の作家・渡邊琢磨さん。
備前焼の作家が集中する備前市伊部(いんべ)地区でなく、
市の東に隣接する和気郡の人里離れた山間に住む渡邊さんの自宅兼工房を訪ねた。

渡邊さんの自宅の庭から見える景色。瀬戸内のジリジリするような真夏の太陽が濃い緑に降り注ぐ。田んぼの後ろに控える森はどこまでも深そうだ。

気温35℃の猛暑日が続く8月某日のこと。
比較的新しいナビゲーションシステムもさすがにそこまで案内しきれなかった。
山深い市道から一段と幅の狭い脇道に入って、
右手に青々とした稲穂を見ながら奥に進み、さらにそのまた奥、
道沿いに民家が途絶える最後の家がそうだった。

背後にある深い森に半分飲みこまれたかのように見える家。
ここにたどり着く直前で、心配になって引き返す人が絶対何人かいたにちがいない。
渡邊さんが家の前まで出てきてくれ、手を振っていた。わりと控えめな感じで。

備前に生まれ、代々、窯を受け継ぐ備前焼作家とは異なり、渡邊さんは兵庫から移住して初代で窯を立ち上げた。「しがらみがない気楽さはあります。そこは生かしていきたいと思っています」と渡邊さんは言う。

食べるだけじゃない!
手づくり講習会やイメージを覆す
驚きの料理で楽しむ滋賀県の
〈鮒寿し〉の魅力

自分たちの手でつくる「鮒寿し漬込み講習会」

日本を代表する発酵食品といえば納豆、醤油などが挙げられるが、
滋賀の発酵伝統食「鮒寿し」の存在も欠かせないだろう。

鮒寿しとは、琵琶湖の固有種であるニゴロブナをご飯と塩で乳酸菌発酵させたもので、
現代食べられている寿しの元祖とされる「熟鮓(なれずし)」の一種だ。
鮒寿しの歴史は長く、千年以上前に大陸から水田稲作農耕文化と同時に伝わったとされ、
平安時代に編纂された『延喜式』にも近江国の貢納品として記されている。

近江国、すなわち滋賀県には琵琶湖がある。

琵琶湖のニゴロブナは、冬から春にかけて産卵のために
田んぼをめざして湖底からあがってくる。
田んぼが実りを迎える頃、田から水をひくときに同時にフナも琵琶湖に戻る。

人間は、子どもをたくさんつけたフナを塩漬けし、実ったお米と塩で熟成させ、
保存する。なんとよくできた琵琶湖ならではの自然のサイクルだろうか。
いにしえより続く、理にかなった食文化がいまの時代に継がれているというわけだ。

7月に入って鮒寿しの漬け込み作業が最盛期を迎えるというので、
滋賀県彦根市磯田漁業協同組合〈鮒富水産〉の森善則さんが主催する
「鮒寿し漬込み講習会」に見学に訪れた。この時期は、琵琶湖のほとりの各漁協で、
自家製鮒寿しをつくるための講習会を行っており、それぞれ漬け方に特徴があるらしい。

作業所に入って、まず目に入ったのは大きな炊飯器。ひと樽5キロの三升五合の米をこの日は14組分、炊いて準備。「鮒寿し体験の準備だけで1年がかりです」というのは鮒富水産のスタッフ。

冬から春にかけて琵琶湖でとれた、卵をいっぱいお腹に抱えたメスのニゴロブナはウロコと内臓を取り3ヶ月程度塩漬けにされている。これを塩切りといい、この時期は自宅で漬けるために塩切りだけを購入しにくる人も。身の締まった食感が好きな人はオスのニゴロブナも漬けるという。

この日の参加者は14組。リピーターが多く、
遠くは岡山から車を飛ばして毎年やってきている親子連れも。

つくり方の手順は、“塩切り”とよばれる、春にとれたフナを塩漬けしたものを、
たわしで洗ってから水を切り、炊いた米と交互に桶に詰めていく。
詰め終わったら、殺菌作用のある笹の葉で蓋をし、
家に持ち帰ってから重石を乗せて9月までそのままにしておく。

大人も子どもも、塩切りの塩や鱗、汚れなどをたわしできれいに洗う。結構力がいるが、身が水分を吸ってしまうとおいしくなくなるため、水は最小限に使用する。

身が透き通るように青くなったら1時間ほど水切りタイムを置く。頭の中もきれいにして下に向ける。これが臭みを出さないコツだという。

先生の森さんいわく、「絶対に重石をとらないでください」とのこと。
なぜかというと、重石が発酵を促進する役目を担っているから。
置かれた場所でゆっくりゆっくりと乳酸菌発酵をさせるのが肝要だ。

水切りタイムはお酒を飲みながら歓談タイム。皆さん、フナの漁師でもある先生の森さんの話が聞きたくてしょうがない。

水が切れたら、炊いたご飯を頭や身に詰めていく。すべて詰めたらご飯と重ねながら樽にきれいに詰めていく。その際、できるだけ手を濡らさないのも、臭みを出さないコツのひとつ。

「鮒寿しなしではお正月は寂しいですね」と言うのは、
大阪府守山市から家族連れで参加した早尻さん。
奥様は滋賀県出身で、お正月には鮒寿しが欠かせないという。
娘さんはまだ食べられないが、魚を抵抗なく触ることができている。
食べ物がどんな風にできるかという食育も兼ねている。
お母さんは「毎年漬けることだし、小学校の夏休みの研究にしたらいいですよね」

と目を輝かせていた。

滋賀の家庭では、ひと冬ないしふた冬ほどおいて熟成させたものを
お正月などのハレの日に食べるものとされてきた。
けれども、近年は鮒寿し離れが進み、家庭でつくることも少なくなっているという。

「鮒寿し漬け込み講習会は3年通って卒業できるようになるから、
卒業してもらったあとは塩切りを買いにきて、自宅で漬けてもらっています」

と森さん。手のかかる塩切り後のフナを森さんのところで購入して、
自宅で飯漬けする人も増えてきた。

鮒寿し体験に何度も参加している人たちは口を揃えて言っていた。
「ここから、お正月準備が始まっているんですよ」
気になる発酵臭に関しては、きちんと下処理をしているため、ほぼ感じられないという。

殺菌効果のある笹の皮で蓋をし、お手製のしめ縄で隙間をぴっちり閉じる。ただし、発酵させるため、密閉はしない。このまま重石をして、開封できるのは9月。そのときは酸味を楽しめるが、冬を迎えて米の旨みがフナに移ったお正月頃からが鮒寿し本来のおいしさが発揮されるという。森さんいわく、3月~4月に開けて食べるのがオススメとか。