連載
posted:2017.12.2 from:岡山県備前市 genre:食・グルメ / ものづくり
PR 備前市
〈 この連載・企画は… 〉
備前にゆかりのある人が店主となり、食やうつわを通じて人の交流を生み出す場(バー)となる。
そんなプロジェクト〈BIZENうつわバー〉がいま、備前市で新しく生まれようとしています。
writer profile
Isoko Maruyama
丸山磯子
まるやまいそこ●神奈川県逗子市出身。都内の出版社とデザイン事務所を経て、2012年に岡山へ移住。現在は、ライターとして旅行誌や企業広告を中心に活動中。根っからの海好きで、学生時代に始めたヨットではイタリア・ドイツと2度の世界選手権へ出場。
credit
撮影:西 晴子
11月18日・19日の両日、備前エリアを巡る1泊2日のモニターツアーが実施された。
旅人は、大阪・兵庫在住の10名。今年9月に大阪・天王寺で開催された、
備前焼と暮らしを結ぶイベント〈うつわとくらすBIZEN〉の参加者たちだ。
ツアー初日の夜、本連載から飛び出すかたちで実現した初めての〈うつわバー〉。
会場には、備前焼にゆかりのある天津神社隣の〈カフェドマザー〉が選ばれた。
この店のルールは、明快だ。店主となる備前焼作家が器を用意し、
ゲストシェフが備前の幸で料理をふるまう。
また、その道のプロである店主から備前に関するエトセトラを学ぶというもの。
実店舗店主としてトップバッターを務めるのは、
前回、前々回の連載に登場いただいた備前焼作家の渡邊琢磨さんと、
頭島でイタリアンレストランを営むシェフの寺田真紀夫さん。
渡邊さんが創作した器に寺田さんの料理を盛りつけていくという。
さらにこの日は、同日ひと足先に訪れた見学先の〈利守酒造〉社長・利守忠義さんと、
〈トスティーノコーヒー〉代表の脇山賢一さんもファシリテーターとして列席。
開店の挨拶を皮切りに、利守酒造の〈赤磐雄町〉でいよいよ乾杯だ。
寺田シェフの料理を待つ間、渡邊さんによる備前焼の解説に聞き入った。
その内容は備前焼の歴史から現在の器の流行にまで及び、
知識欲がじわじわと満たされていく。
今回テーブルを飾ったのは、備前日生(ひなせ)の新鮮な魚介類を中心に、
利守社長セレクトのアペリティフ、寺田シェフによる前菜とメイン、
脇山さんのコーヒー、デザートといったカジュアルなコース。
力強い存在感を放つ備前焼だが、イタリアンにも違和感なく溶け込んでいる。
岡山の魅力を伝える活動などで会う機会も多いという店主ふたりのトークは、
息もぴったり。器の手入れには〈亀の子束子〉が一番だとか、
備前焼のポットはニンニクの保存に重宝するとか。
また、備前焼の酒器はしっかりと冷やした軽めのワインに
よく合うといった、目から鱗の情報が最後まで目白押しだった。
「渡邊さんが博識でとにかく話がおもしろかった」
「備前焼の器だと、食べものを慈しむ気持ちが一段と強くなる」
「これからは『器を含めた食卓』を意識していきたい」
なるほど。
うつわバーをそれぞれの視点で見て、触れて、味わった結果、
彼らは「食」と「学び」の両面から備前焼との距離を縮められたようだ。
岡山在住の私も然り。周囲に作家の友人はいるものの、
ここまで詳細な話を聞く機会はそうない。いわば、近くて遠い存在だった。
しかし今回、さまさまな分野のプロに話を聞くうち、にわかに身近な印象に。
まずは自分なりの楽しみ方を見つける。
そして普段の生活に少しずつ取り入れていければと。
さて、今後もさまざまなゲストが登場予定のうつわバー。
次回をお楽しみに。
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備前焼の達人に会いにいく!
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さて、時計の針を少し前に戻そう。うつわバーのオープン前。
この旅をより深く堪能するべく、備前焼にまつわる3人の達人のもとを訪れていた。
最初に紹介するのは、備前焼のメッカ・伊部(いんべ)に窯を構える
作家の伊勢崎創さん。
岡山県重要無形文化財保持者の伊勢崎満氏を父に持つ3代目だ。
〈陽山居〉は築200年の古民家を移築した展示ギャラリーで、
欧米など遠く海外からの来訪もあり、なかには客自身が作家の場合も。
4人兄弟の三男として生まれた伊勢崎さんだが、兄弟全員が備前焼作家とは驚いた。
父は決して進路にうるさいほうではなかったが、
すでに兄ふたりが跡を継いでいることもあり、
別の道を選んでもいいのではと提案されたこともあったという。
しかし、幼少期から数多の作品に囲まれて育った彼にとって、
備前焼はもはや空気のような存在。
父の背中を追って陶芸の道を選んだのも自然な成り行きだった。
日も暮れかけた夕刻。趣のある古民家の土間で、
旅人たちがガスストーブを囲み、伊勢崎さんの話に耳を傾ける。
冒頭に備前焼についての丁寧な解説があり、土置き場や登り窯、
作業部屋などを順に案内してくれた。
土の性質や焼成環境の違いから、ひとつとして同じものがないといわれる備前焼。
仕上がりは蓋を開けるまでわからないのかという問いに、
「実は、ある程度コントロールできるんですよ」と同氏。
もちろん確かな技術や経験あってこその話だと思うが、
狙った通りになったときのおもしろさ。
特にそれがドンピシャだったときの喜びはこの上なく、次への励みになるという。
作陶は日々検証の繰り返し。
同じ形を複数つくる際も、毎回何らかの方法で実験を試みるのだという。
土づくりから考えると、備前焼の探究は実に果てしない。
それは、60代でも若手といわれる茶の湯の道に通じるものがあると感じた。
作業部屋の隅に目をやると、先代が使っていたという個室が。
そこでろくろを挽くことはないのかと尋ねたところ、
「いや、まだ入れませんよ」
少し照れながら返してくれたひと言が、深く胸にしみた。
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備前焼の大甕で仕込む地酒!
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続いての舞台は、備前の西隣に位置する赤磐市西軽部。
慶応4年創業の老舗蔵元〈利守酒造〉4代目の利守忠義さんに話をうかがった。
はじめに出されたのは、朝蒸し上がったばかりという
ほの温かい白い薄皮の酒まんじゅう。
社長夫妻が全国を食べ歩き研究を重ねた末に生まれたというそれは、
水を一滴も使わず酒のみで仕上げる、造り酒屋ならではの贅沢な一品。
そんな妥協のない姿勢は、当然酒造りでも揺らぐことはない。
「大手の酒蔵がやっていないようなことを成し遂げる」
社長が新酒の開発に乗り出した昭和40年代。流通する酒の大部分は、
添加物が多量に含まれる甘くベタベタとした口当たりのものだった。
「混じり気のない真の地酒を」と考えたとき、鍵となったのは、
幻と呼ばれた酒造好適米〈赤磐産雄町米〉の存在だった。
稲の高さが1.5メートルほどにもなる赤磐の雄町米は風や害虫に弱く、
生産が難しいことから当時絶滅の危機に瀕していたが、
地域の農家との協力が実を結び、とうとう復活を果たした。
利守酒造は、備前焼とも密接な関係がある。
「地元備前の土を使った焼きもので、酒を造りたい」
かねてよりそんな想いを抱いていた社長は、
平成に入ると備前焼の大甕を用いた仕込みに取りかかる。
甕の制作は、備前焼の大家である森陶岳さんによるもの。
また雄町米の藁は、焼成時に赤や朱色の模様をつける
緋襷(ひだすき)という技法にも使われるという。
そして、かの作家、渡邊琢磨さんも、
同社が出資する陶芸家養成所〈備前陶苑〉の出身だ。
地元の名水は利用しても、米作りや甕作りを一から始める
蔵元は全国でも希有ではないだろうか。
夢を実現したいまなお、社長の挑戦は尽きることはない。
これまで税制など問題で難しいとされてきた古酒の生産にも着手。
2005年には〈日本酒100年貯蔵プロジェクト〉がスタートした。
現在、東京都北区にある独立行政法人〈酒類総合研究所〉の施設
〈赤レンガ酒造工場〉の地下には、備前焼の甕の中で愛蔵の地酒が静かに眠っている。
information
利守酒造
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備前焼で飲むコーヒーは味が違う?
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最後は、岡山市中区に店を構える〈トスティーノコーヒー〉の代表・脇山賢一さん。
下関出身の脇山さんは、岡山の大学を出て一度は岡山で就職したが、
作家活動への憧れから新たな道を探っていた。
手先がさほど器用でないことから自身が作家になることは断念したものの、
あるとき作家のもとにはいつもコーヒーがあることに気づき、
彼らとのつながりを求めて同店を開業したのだという。
〈備前ブレンド〉の誕生は、備前焼に興味を持ち始めた時期に
窯元へ足繁く通い、作家たちと接点をもったことがきっかけ。
「備前焼で飲むとコーヒーがおいしくなる」という
とある陶芸家のひと言が彼の心を動かした。
陶器、信楽焼、備前焼で飲み比べ、確かに備前焼だけ味が違うことを実感。
試行錯誤の末、苦味が甘くマイルドに変化する性質を利用し、
ついに備前焼に最適なブレンドを完成させた。
ワークショップでは、陶器と備前焼のカップを使った利きコーヒーを実施。
半信半疑で試飲したところ、備前焼のほうは飲んだ瞬間に
思わず破顔してしまうレベルのまろやかさだった。
一説によると、長時間にわたり焼き締める備前焼には
遠赤外線効果があり、角のとれたやわらかさを生むのだとか。
備前焼で完成する一杯は、コンセプトもさることながら、味わいも格別だ。
来年1月ごろには、手に乗るサイズの可愛いコーヒー豆型備前焼が販売予定。
うつわ同様、コーヒーに入れること味わいがまろやかに変化する。
「コーヒーを通じ、備前焼をくらしへ取り入れるきっかけになれば」と
脇山さんが備前焼作家と考案したそうだ。
information
トスティーノコーヒー
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まだまだある! 備前の名所をぐるり
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備前には焼きもののほかにも、多彩なアクティビティや名所がある。
最後に、今回のツアーで立ち寄ったスポットを紹介しておこう。
瀬戸内海の温暖な気候に育まれた豊かな風土や文化。
そして、地元の魅力的な人々の手仕事に触れ、
この2日間で数え切れないほどの気づきを得られたように思う。
これから本格的な冬支度が始まる備前もまた見てほしい。
日生特産の牡蠣がふくよかな旨みを増す季節もまもなくだ。
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