連載
posted:2019.4.18 from:熊本県阿蘇郡高森町 genre:暮らしと移住
〈 この連載・企画は… 〉
南阿蘇鉄道にある、日本一長い駅名の駅「南阿蘇水の生まれる里 白水高原」駅。
その駅舎に、週末だけ小さな古本屋が出現します。
四季の移ろいや訪れる人たちのこと、日常の風景を〈ひなた文庫〉から。
writer profile
Emi Nakao
中尾恵美
なかお・えみ●1989年、岡山県勝田郡生まれ。広島市立大学国際学部卒業。出版社の広告営業、書店員を経て2015年から〈ひなた文庫〉店主。
熊本県では1988年から〈くまもとアートポリス〉事業という
取り組みが行われています。
くまもとアートポリスとは熊本県の豊かな自然や歴史、風土を生かしながら
後世に残る文化的資産として優れた建築物をつくり、
人々の都市文化、建築文化への関心を高め、
地域の活性化や熊本独自の豊かな生活空間を創造することを目的とした取り組みです。
このプロジェクト事業により、現在まで県内各地に
100軒以上の建築物がつくられています。
そして、その事業を活用して南阿蘇鉄道の始発・終着駅である
高森駅が新しく生まれ変わるべく、
昨年からくまもとアートポリス事業が進められてきました。
南阿蘇鉄道の駅舎を借りて営業する〈ひなた文庫〉にとっても
この取り組みは今後の営業にも大いに関わること。
沿線地域や村の活性化につながる事業でもあり、関心を寄せています。
そしてこのたび、ついに高森駅のグランドデザインの公表会が行われました。
設計者の発表と説明が行われる第1部と、これから変わる高森駅を想像しながら
実際に南阿蘇鉄道のトロッコ列車に乗ってみる第2部の2部構成で行われました。
私はひなた文庫の営業を終えてから第2部のみ参加しましたが、
とても心に残る体験でしたので、そのことを今回はお話しようと思います。
そもそもくまもとアートポリスとはどんな事業かというと、
建築物や景観整備、パブリックアートの分野などで生活に関わる施設を対象に
県や市町村、民間が参加し、環境デザインの質の向上を図り、
地域の活性化や後世に残る文化的資産をつくることを目指した事業です。
この事業の特徴は、実施にあたってコミッショナー制度が取り入れられていること。
コミッショナーが国内外から適性を判断して建築家を推薦したり、
設計競技を実施してそのプロジェクトに最適な設計者を選びます。
初代コミッショナーは磯崎新さんが務められ、
現在は伊東豊雄さんが第3代目に就任されており、
これまで世界的にも有名な建築家の方々が
コミッショナーとして設計者を選定しています。
今回対象となる高森駅は南阿蘇鉄道唯一の有人駅で、
南阿蘇鉄道の本社もこの駅に置かれています。
運転士の皆さんも高森駅に常駐されており、
駅の中では記念切符やお土産を買うことができます。
しかし現在、3年前に起きた熊本地震の影響で
南阿蘇鉄道は高森駅と中松駅間での部分運転となっています。
そこで第三セクターの南阿蘇鉄道へ出資する高森町が主体となり、
4年後と言われる全線復旧に向けて沿線地域の創造的復興の一環として、
くまもとアートポリスを利用して高森駅周辺を対象に
「定住」「観光」「防災」の3つのキーワードで
グランドデザインを募集することになりました。
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高森駅周辺開発のグランドデザインには全国から39件もの応募があり、
1次審査を通過した5者で公開型の第2次審査のプレゼンテーションと
結果発表が行われ、その結果、株式会社〈ヌーブ〉の
太田浩史さんの提案が選ばれました。
2次審査が行われる前日、太田さんはひなた文庫を訪ねてくださっていました。
そのときどんな提案をされるのかという詳しい話を聞いたわけではありませんでしたが、
ニコニコとした気さくな方で、鉄道が好きなこと、
この土地に魅力を感じていることがお話していて伝わってきました。
帰り際に、コンペに勝ってここで仕事がしたいとおっしゃっていたのが印象的で、
後日審査の結果、太田さんの提案に決まったと知り、うれしく思いました。
太田さん率いる株式会社ヌーブの提案は、
「とにかく広いプラットフォーム」という提案。
長くフラットなプラットフォームををつくることによって、
終点となる高森駅で外輪山の向こう側に沈みゆく夕日を眺め、
それが南阿蘇鉄道のプラットフォームの旅のハイライトになるというものでした。
南阿蘇鉄道の高森駅以外の駅舎では、駅舎内でカフェを営業している駅が4つあり、
そのほかに温泉が併設されている駅、私たちが営業している本屋のある駅と、
駅舎ごとにお店が併設され、駅の世話人がいるという特色があります。
そういった各駅舎を楽しみながら鉄道の旅をし、
最後に終点の高森駅で夕日を眺めて旅を締めくくるというストーリーのある提案でした。
そのほかにも防災拠点となるべく車中泊に対応できる長い回廊や、
炊き出しの際にも使えるまちキッチンなどが盛り込まれています。
私の参加した公表会の第2部は、プラットフォームの旅というストーリーにならって、
現在の高森駅からトロッコ列車に乗り中松駅までの旅をし、
折り返して最後に新しくできる高森駅を想像しながら
夕日をみんなで見ようというものです。
トロッコ列車に乗るのはずいぶん久しぶりで、ひなた文庫を始める前に乗ったきり。
私自身も旅気分で列車に乗り込みます。
トロッコ列車は青い車体に赤い屋根でおもちゃのようなかわいいデザインで、
窓がすべて開いているので風を感じながら乗ることができます。
その名も「ゆうすげ号」。
夏の夕方にになると黄色い花を咲かせるユウスゲという植物が名前の由来です。
トロッコから夕日を見るのにはぴったりな名前です。
出発の前にはサプライズで、今年、国選択無形民俗文化財に指定された
「高森のにわか」が披露されました。
にわかとは顔に白い化粧をした若者が寸劇を行い、
最後に落ちをつけて締めくくるお芝居。
高森町で毎年夏の風鎮祭で行われるものです。
新婚旅行でハワイに行こうという設定のお芝居でしたが、
つめた~い風が吹いているなかでのお芝居だったので、
役者さんが小刻みに震えているのがわかって、
それがまたお客さんの笑いを誘っていました。
一緒に行った友人の子どもたちは逆に真っ白な顔を怖がり、
お父さんにしがみついたまま役者さんを直視しようとしないので、
それも微笑ましい光景でした。
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そしていよいよ高森町の町長・草村大成さんの出発の号令で走り出したトロッコでは、
車掌さんがマイクを持ってトロッコから見える景色の説明をしてくれます。
このアナウンスはトロッコに乗れば毎回してもらえるものですが、
阿蘇の山々や近くの水源など歴史を交えて説明してくださるので、
乗るだけで見える風景について詳しくなることができます。
約20分ほど走ると現在の部分運行区間の終点となる中松駅に到着しました。
そこで待っていたのは中松駅でカフェ〈ひみつ基地 ゴン〉を営む高嶋千恵さんと、
運休区間の長陽駅でカフェ〈久永屋〉を営む久永操さんのおふたり。
なんと湧水で入れた温かいコーヒーと、久永さん特製の
「資本ケーキ」(久永屋さんのシフォンケーキは資本ケーキと書きます)が
乗客全員に配られもてなされます。
この日は晴れて気持ちのいい日でしたが、気温はさほど上がらず
風が強かったため、冷えた体に温かいコーヒーが沁みました。
帰りは再びトロッコに乗って高森駅へと向かいます。
中松駅からは久永さんも一緒に乗りこみ、
ウクレレを弾きながらオリジナルソングを披露してくれたり、
阿蘇白川駅でカフェ〈75th St.〉を営むキザキ真理子さんも乗って来られ、
賑やかな列車は最後のプラットフォームを目指します。
途中でヌーブの太田さんのはからいで駅の世話人たちも
マイクを持ってひとりずつご挨拶。
南阿蘇鉄道の駅舎がそれぞれにこんなにおもしろいなんて知らなかった!
と声をかけてもらえたりと、面識のない乗客たちともその場で会話がはずみます。
プラットフォームの旅のラストは、夕やけを背に走っていたトロッコが
最後の大きなカーブを曲がって夕日と並んで高森駅に停車します。
するとトロッコ列車の窓辺からは見事な夕日が。正にベストタイミング。
この列車に乗るまで、高森駅で見る夕日がこんなにきれいだなんて気づきませんでした。
夕日を見るための広いプラットフォームの設計という太田さんの提案がなければ、
こんなに美しい夕日に気づかないままだったかもしれません。
高森駅の新たな価値が引き出された瞬間だと感じました。
新たな駅舎は2022年度完成を予定されており、
それと同時に南阿蘇鉄道の全線開通も予定されています。
駅の世話人、南阿蘇鉄道の職員の方々、高森町や南阿蘇村の役場の方々、
そして地域の方、南阿蘇鉄道に関わる人たちと一緒に
南阿蘇鉄道の新たなスタートに向けてこれからの4年をしっかりと盛り上げていこうと、
沈むにつれて赤くなる夕日を眺め、あらためてそう思うのでした。
そして4年後、新しくなった高森駅で、またこの夕日を見たいと思います。
連載1年となる今回で、この連載は最後となります。
1年間という短い間でしたが、ひなた文庫を営業する南阿蘇のこと、鉄道のこと、
そして熊本地震のこと、少しでもお伝えできてうれしく思います。
南阿蘇鉄道はまだ全線復旧に向けて進んでいる段階ですし、
阿蘇への主要な道路も建設途中、復興住宅も最近になってやっと完成してきました。
まだまだ復興途中の阿蘇地域ですが、熊本地震があったからこそ
できたつながりも絆もあると、最近になって思うようになりました。
そして地震にあっても、変わらぬ南阿蘇の季節の移ろいには、
営業するたびに感動させられています。その思いが、この連載で伝わって
南阿蘇へ足を運んでくださる方がいるといいなと思いながらこの連載を終えます。
連載が終わってもひなた文庫はいつも通り南阿蘇で営業を続けますので、
今度は南阿蘇でお会いしましょう!
1年間ありがとうございました。
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