colocal コロカル マガジンハウス Local Network Magazine

連載の一覧 記事の検索・都道府県ごとの一覧
記事のカテゴリー

連載

中山間地で賃貸住宅を仕掛ける
新しいビジネス。
〈里山ながや・星野川〉が目指す
ローカルの姿とは?

KAI 先端研究所
vol.007

posted:2019.3.1  from:福岡県八女市  genre:暮らしと移住

sponsored by 貝印

〈 この連載・企画は… 〉  創業110周年を迎えた貝印。歴史ある企業こそ革新を怠らぬことが肝心。
7シーズン目となるKAI×colocalは、未来的な思考、仕組み、技術(ソリューション)を持つ
新進スタートアップ事業者を訪ねます。

editor’s profile

Tomohiro Okusa

大草朋宏

おおくさ・ともひろ●エディター/ライター。東京生まれ、千葉育ち。自転車ですぐ東京都内に入れる立地に育ったため、青春時代の千葉で培われたものといえば、落花生への愛情でもなく、パワーライスクルーからの影響でもなく、都内への強く激しいコンプレックスのみ。いまだにそれがすべての原動力。

credit

撮影:石阪大輔(Hatos)

中山間地でお試し移住の、その先へ

自然豊かな中山間地に住んでみたいと思っている人も多いだろう。
しかし多くの人にとって、「住む場所をどうするか」という問題が立ちはだかる。
いきなり一軒家を購入するにはハードルが高いし、
そもそもあまり物件が市場に出回っていない。

そのまちに馴染めるかもわからないから、
最近では仮住宅に住んでみる「お試し移住」を体験できる仕組みも増えている。
ただし、お試し移住でその地域を気に入ったとしても、
その後に住むことができる住宅はかなり限られているのが現状だ。
地域としては、やはりその土地に住んでほしい。
そんな声を後押しする新しいタイプの物件が生まれた。
福岡県八女市にある〈里山ながや・星野川〉だ。

8戸が連なる長屋スタイル。

8戸が連なる長屋スタイル。

里山ながや・星野川は中山間地にある賃貸住宅である。
運営会社は〈八女里山賃貸株式会社〉。
代表の長谷川繁さんは、不動産会社〈福岡R不動産〉代表でもある。
これまで福岡県内を中心に、中山間地でのお試し移住を進めてきた経験もある。

「都会の喧騒から離れた暮らしをしたいという層が、
一定数いるという実感はありました。そこでお試し移住後の物件を手がけてみようと。
中山間地の賃貸は、地縁がないと簡単に見つけることはできません。
ニッチな市場ではありますが、
だからこそ事業として成立する見込みがあるのではないかと思っています」

〈八女里山賃貸株式会社〉代表の長谷川繁さん。

〈八女里山賃貸株式会社〉代表の長谷川繁さん。

そもそもこの事業が始まったきっかけは、
全国で森や木材などを通して持続可能な地域の実現を目指そうという
ビジネスを展開している〈トビムシ〉にある。
トビムシは、中山間地で活動をしているような移住者が、
その土地に住める住居が少なく、結果的に周辺都市に住みながら、
中山間地に通っているという事例をいくつも見てきた。
それならば、中山間地に移住者でも借りやすい賃貸住宅をつくってしまうのがいい。
それを実現できたのが八女市だった。

この事業は民間資本による民間プロジェクトだ。
八女市は用地借上や近隣との関係などをサポートしているが、
補助金などは使っていない。

「税金や補助金ばかり使っていると、中長期的な持続性が失われがちです。
民間であるということは、私たちは知恵を出して稼がなければならないわけです。
それ自体が地域のためになるだろうと思っています」

木材が全体に使われ、モダンさもありながら、中山間地でも馴染むデザイン。

木材が全体に使われ、モダンさもありながら、中山間地でも馴染むデザイン。

住宅には、ふんだんに八女杉が使われている。
中山間地では林業が重要な産業であるが、
担い手や後継者が少ないという問題を抱えている地域も多い。
八女市も豊富な杉が採れるが、同様の問題を抱えている。
だから地域の材をふんだんに使用した木造住宅を建てるということは、
地域の象徴にもなりやすい。

「地域にとっても、家を建てた地元の職人にとっても、山の世話をしている人にとっても、
わかりやすく伝えられる建物ができました」と長谷川さんもいう。

まずは八女市で八女杉をたくさん使うことに意義がある。
林業や森林再生への象徴としての役割も果たしているのだ。

遠くからでも、わかりやすい木造建築になっている。

遠くからでも、わかりやすい木造建築になっている。

一方で、「建ててからが本当のスタートです」と長谷川さんも身を引き締めてもいる。
ボランティア精神は心意気としてはすばらしいが、
その人がいなくなると終わってしまったり、実はサステナブルとは言えない側面もある。
ビジネスとしてのせていくことも重要だ。

「この物件を通して、地域に担い手を増やして活性化させたい。
逆に言えば、誰でもウエルカムではありません。
まだ入居者は全戸埋まってはいないのですが、
地域に積極的にコミットできるような人に入居してほしいのです。
中山間地の暮らしがこんなに厳しいのかとすぐに出ていってしまうような
ミスマッチを起こさないためにも、きちんと説明していくことも重要です」

次のページ
「足がかり」にしてほしい

Page 2

地域に馴染んだら、次の住宅へ

里山ながや・星野川はきちんとした賃貸住宅ではあるが、
それでも地域で次のステップへ進むための「足がかり」にしてほしいというのが
長谷川さんたちの願いだ。

「ここで数年暮らせば、地域との関係性もできてくるはず。
そうすれば地域の人たちが直接、市場には出ていない空き家情報なども
提供してくれるようになると思います。
ほかの人には入らない地域の情報が、ここの住民に入ってくるという状況になれば」

八女杉の建材。

そこで不動産業者として仲介業の仕事が発生したり、
リノベーションなどが発生すれば工事を請け負うことができる。
もちろん地域の木材を使うという循環も可能だ。
時間はかかるかもしれないが、ゆっくりていねいに見つめていく眼差しが、
中山間地のビジネスには合っているのかもしれない。

同様に、地域から得られる情報は住宅だけでなく、仕事に関するものもある。
製材所の仕事やナス農家の跡取りがいないという話もあるようだ。

「森のこと、木のこと、そして農家のことなど。ひとつずつ掘り起こしていくと、
いろいろなものをリンクさせられるヒントが浮き上がってきます。
まずはそれらを提供できる環境をしっかりと整えたいです」

地域交流会の様子。(写真提供:八女里山賃貸株式会社)

地域交流会の様子。(写真提供:八女里山賃貸株式会社)

そのひとつとして、2回ほど里山ながや・星野川が
地元と共催で地域交流会を開催している。地域の人たちと入居者の顔合わせだ。
過疎地域であり、高齢者や独居老人も多い地域。
そうした人たちが、この交流会をある種の「口実」に、
外に出てもらうきっかけになればいい。

「区長さんが声をかけてくれて、みなさん、参加していただけました。
公民館に集まって、家庭から料理を持ち寄ってもらって。会場で客観的に見ていて、
地域の人たちにとっても良い会になったのではないかなと思います。
僕たちがただ若い世代を連れてくるだけでなく、
地域のためになる“何か”ができつつあるかなと」

各戸の前にある家庭菜園ではじゃがいもやハーブなども育てられていた。

各戸の前にある家庭菜園ではじゃがいもやハーブなども育てられていた。

里山ながや・星野川の管理人としても入居している沖雅之さんは、
八女里山賃貸株式会社の社員でもある。
会社としては現地にいる沖さんが、地域とのハブとなっていることが大きく、
入居者と地域住民との交流のサポート役になっている。
入居前から地域の人たちと顔を合わせる機会をつくったり、
検討しにきた人たちの話が進みそうならば区長さんと立ち話してもらったり。
意図的にそうした時間を取っている。

「区長さんを中心に、地域としてもこのままの現状ではいけないと、
前向きに取り組んでくれています。すごく助けられています」

その信頼や関係性を築けたのは、やはり時間を重ねて、
顔を合わせて話せる環境を築いてきたから。

「建設当初、もちろんどんな人が来るか不安に思う方もいらっしゃいました。
しかし交流を続けることによって、より積極的に参加してくれるようになっています。
道の入り口の看板の文字を書いてくれたり、
いまでは地域の畑を貸してくれる方も、最初は不安に思っていたんですよ」

次のページ
住民に聞く住み心地

Page 3

里山での顔を合わせる暮らし

「公民館のキッチンで、地元のおばちゃんたちが
マイエプロンで仕込みをしているなかに、
桜木さんの奥さんが何の違和感もなく入っていて。
それを見てすごく安心しました」と長谷川さん。

入居者のひと組、桜木愼也・有希子さん夫婦は、2018年7月から入居している。
あまりほかの物件を内見をすることもなく決めた。
「景色と完成予定の絵がすごくよくて、すぐに決めてしまいましたね」と言う愼也さん。

「これまで携帯電話を何回鳴らしても起きられなかったのに、
ここでは鳥の鳴き声でスッと起きられます」というのは、有希子さん。

結婚式を挙げたばかりの桜木愼也・有希子さん夫婦。

結婚式を挙げたばかりの桜木愼也・有希子さん夫婦。

桜木さん夫婦が入居する際、管理人の沖さんと一緒に
地域に10世帯ほど挨拶に回ったそうだ。
こうした取り組みのおかげで、すんなりと地域に入っていけたという。

「地域の人たちもすごくやさしくしてくれます。道路のお掃除のときに話したり、
野菜をわけてくれたり、畑の耕しかたを教えてくれたり」(有希子さん)

星野川を見下ろすことができるテラスは足ぶらスタイル。

星野川を見下ろすことができるテラスは足ぶらスタイル。

長屋スタイルにも違和感はないという。共通して玄関前に小さな畑が据えられており、
勝手口も隣の家に人がいればすぐに気がつくような家のつくりであっても。

「気にしたこともありませんでした。沖さんがきちんと説明してくれたし、
隣の音が聞こえるようなつくりではないと」(愼也さん)

「回覧板が回ってきたり、朝と夜にちょっと会ったり。
いい距離感だと思います」(有希子さん)

長屋スタイルになったのは、
アトリエ・ワン一級建築士事務所の塚本由晴さんのアイデアだ。
取り組みの趣旨や里山暮らしというものに強く理解・賛同してくれたという。
そのひとつが長屋というもの。そのコンセプトはこうだ。

「長屋はそもそも都心部にあり、増えていく人口を受け止める住宅であった。
今度は反対に、中山間地で人を受け止める」

発展してきた日本の象徴であった長屋が、今度は過疎化が進む地域に役割を移す。
日本の人口の推移を、長屋が象徴しているかのようだ。

「お隣さんの顔も見たことがないという暮らしとは異なる、人と人のつながり。
マンションや集合住宅とは違う暮らしの導線が生まれますよね」と長谷川さん。

ただし10年、20年と長く暮らすための家ではなく、地域に馴染んだら、
次のステップに移ってほしい。だからミニマルなかたちに収めている。

「シンプルな暮らしがイメージできる住宅ですよね。サイズ感もちょうどいい」

八女杉は足にあたたかい。

八女杉は足にあたたかい。

最後に長谷川さんに八女の好きなところを聞いたら、
「八女茶がおいしい」という回答とともに、こう答えてくれた。

「地元愛。八女市は1市3町2村が合併してできています。
旧市町村ごとに特有の地元愛があるんです。
八女市民は自分たちの暮らしを楽しんでいたり、誇りに思っている。
私たちはビジネスをするうえで、いろいろな意見やアイデアがありますが、
結局、人を呼び込むうえでもそれが重要。これは自信を持って言えることですね」

この里山ながや・星野川は第1号案件だ。
同様の仕組みを、まずは八女市内のほかのエリアに展開したいと長谷川さんは言う。
八女市での取り組みが成功すれば、まだまだ水平展開が可能だろう。
中山間の賃貸住宅における大いなる第一歩になりそうだ。

information

map

里山ながや・星野川

住所:福岡県八女市上陽町久木原1916番地8

https://www.facebook.com/yame.satoyamachintai/

[物件の問い合わせ]

福岡R不動産(株式会社DMX)

TEL:092-791-8180

information

貝印株式会社

1908年、刀鍛冶の町・岐阜県関市で生まれた貝印は、刃物を中心に、調理器具、化粧小物、生活用品、医療器具まで、生活のさまざまなシーンに密着した多彩なアイテムを製造・販売。現在は、日本だけでなく、欧米やアジア諸国など世界中に製造・販売拠点を持つグローバル企業に発展しています。
http://www.kai-group.com/

貝印が発行する小冊子『FACT MAGAZINE』

http://www.kai-group.com/factmagazine/ja/issue/3/

Feature  注目情報&特集記事「日本のクリエイティブ」

Tags  この記事のタグ

Recommend