連載
posted:2019.3.28 from:京都府京都市 genre:食・グルメ
sponsored by 貝印
〈 この連載・企画は… 〉
創業110周年を迎えた貝印。歴史ある企業こそ革新を怠らぬことが肝心。
7シーズン目となるKAI×colocalは、未来的な思考、仕組み、技術(ソリューション)を持つ
新進スタートアップ事業者を訪ねます。
writer profile
Tomohiro Okusa
大草朋宏
おおくさ・ともひろ●エディター/ライター。東京生まれ、千葉育ち。自転車ですぐ東京都内に入れる立地に育ったため、青春時代の千葉で培われたものといえば、落花生への愛情でもなく、パワーライスクルーからの影響でもなく、都内への強く激しいコンプレックスのみ。いまだにそれがすべての原動力。
credit
中島光行
困ったときの、缶詰。そんな非常食のようなポジションを覆す高品質な缶詰が、
最近はたくさん発売されている。
「プレミアム缶詰」ともいえるシーンを牽引しているのが〈カンブライト〉だ。
代表の井上和馬さんは、ITやソフトウェアなど、まったくの畑違いの業界で生きてきた。
そしてあるとき見たテレビ番組で、
現在のビジネスにつながるアイデアを思いついたという。
「テレビのドキュメンタリー番組で、〈パン・アキモト〉が行っている
救缶鳥プロジェクトを見ました」
これは賞味期限の長いパンの缶詰を飢餓地域などに届ける仕組み。
いつかはこんな取り組みをしてみたい。
そう思っていた井上さんに直接的な転機が訪れたのは、これまたテレビ番組。
そこに出演していた社会起業家に投資をしているという投資家を見て、すぐに連絡をした。
6月にテレビを見て、7月に会いに行き、8月後半には会社を立ち上げていた。
ツテも何もないうえに、事業計画を作成する間もない電光石火の動き。
もちろん缶詰をつくったこともないし、食品業界ですらない。
しかし井上さんの熱意が投資家を動かしたのだ。
井上さんは食品業界ではなかったが、母親の手料理を存分に食べて育った。
「キッチンに立っている母親の横が、子どもの頃の私の定位置でした。
豊かな食生活は豊かな人間を育むと思っています」
その影響もあって、自身も料理好き。
買い物に行っては、地方の食材に興味を抱いていたという。
「これから日本の一次産業が厳しくなっていくことは明白でしたので、
少しでも地方にお金が落ちるような仕組みを考えられないかと思っていました」
賞味期限が長く、容器が丈夫な缶詰ならば海外に持っていきやすい。
そうした利点と日本の地方の産業がうまくはまった。
「これからの日本は人口が減って、どんどん市場は小さくなる一方で、
世界の人口は増え続けるわけです。
それならば日本の地方がお金を回すには、海外を市場と考えていかなくてはならない。
缶詰ならばそれが実現できます」
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それがかたちになったのがカンブライトである。
当初、〈カンナチュール〉というブランドを立ち上げ、「缶詰メーカー」を目指した。
タマネギ農家やトマト農家と組み、6次産業化を目指して缶詰製造を始める。
試作品としてできた10〜20個の缶詰はかなりおいしくできた。
「これならいける!」と、量産を頼んだ工場から上がってきたものは、
想定していた仕上がりとは違っていた。
「2000個や3000個という数を製造するとなると、熱の入り方などが変わってきます。
おいしいのですが、高付加価値のある商品とは思えませんでした。大きな失敗です」
食品業界のなかでも、万単位で製造している缶詰は最も工業製品に近い。
だからこそ安い商品ができるのだ。しかしそれはカンブライトのやりたいことではない。
彼らが構築したいのは、
地方のすばらしい食材をきちんと伝え、地方にお金が落ちる仕組みだ。
こだわり食材を使って手の込んだものをつくろうとすると、
大きな工場では実現できないことがわかった。そこで少し軌道修正。
缶詰メーカーではなく、缶詰開発事業に切り替えた。
「少量多品種で高付加価値のものをつくろうとラボを立ち上げ、
100〜200個という単位で製造することにシフトしました」
実際にさまざまなお客さんからの依頼で、缶詰を開発。
約2年で100事業者を超え、商品自体も100種類程度は完成しているという。
その開発過程には、ソフトウェア開発のひとつであり、
短期間で見直してリスクを最小限に抑えるアジャイル開発の考え方を取り入れている。
「昔はいいものをつくれば売れる時代でした。
だから時間をかけて準備をすることが大切。しかし今はそう簡単には売れません。
だから100個単位を短期間でつくって、うまくいかなかったらすぐに修正していく。
そのうちにだんだんと売れる商品に近づいていきます。
これなら小さな事業者でも致命傷を負うことなくできます」
カンブライトへ開発を依頼してくる農家や漁師にも、最初の100個は開発投資であり、
この先に利益が出そうならやりましょうという話をするという。
たとえば農家は、シーズンごとに作付け計画を練る。
本当はたくさんつくりたいが、天候などでとれなくなってしまう場合もあるし、
逆に多くとれすぎて廃棄処分になってしまうこともある。
そのギリギリのラインを見極めて作付け計画を練っている。
しかし余剰分を加工に回すことができれば……。
「作付け計画を強気にできますよね。余っても加工して缶詰にできれば大丈夫ですから。
さらにB品もあります。規格外のものは、市場では安い値段に叩かれてしまいます。
それらも加工に回せば、最低限、規格品と同じくらいの価格をつけられるかもしれません」
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開発は顔を突き合わせて進めていくのが望ましいという。
たとえば農家が実際に朝とってきた野菜をラボに持ち込んで、
試作をいくつもつくりながら、みんなで試食していく。
「最初から絞り込むことはしません。思いついたものはどんどん試作していきます。
それを食べてみながら徐々に絞り込んでいきます。
このラボに農家さんも来て一緒にわいわいやっていると、
だんだんとブランドイメージがかたまっていくんです」
クライアントが農家や漁師である場合は、
はっきりとした商品やターゲットイメージを持つことは難しい。
そんな人たちに、押しつけず、絞りすぎず、
可能性を一緒に考えてくれるカンブライトのような寄り添うやり方は、
適しているのかもしれない。
ちょうどラボで製作していたのは、JA伊万里とネギ農家の共同開発缶詰だ。
伊万里では、ネギのパウダーを練り込んだネギ麺と長粒米をアピールしていきたい。
その麺にかけるためのサバのトマトソース缶詰をつくることになった。
まだ製品化は決まっていない試作品なので、いくつかのパターンを用意していた。
トウガラシを丸々1本入れるもの、同じ量を輪切りにしたもの、
輪切りを半分の量にしたもの。
「初期段階の試作では、3個×12パターンとかつくることもあります。
つくる前から正解はわからないと自分たちにも言い聞かせています。
マーケティング論で言えば、“ペルソナはしっかりつくりましょう”という
理屈になりますが、なかなか最初から決め切ることは難しい。
やはりつくりながら、食べながらイマジネーションを膨らませています」
京都の山科で80年農家を営む〈うつみ農園〉が手がけるシリーズも人気だ。
うつみ農園の奥さんがかわいい缶詰がいいと、クマが世界を巡るシリーズになった。
女性からの反応がよく、百貨店のバイヤーからも上々の反応。
「自分たちだけがメーカーとしてやっていた場合、
こうしたユニークな発想は得られなかったでしょう。
大きなメーカーといっても、開発責任者は数名。
私たちは全国の人たちと一緒に考えていくことができるので、
その点ではおもしろい勝負ができるかなと思います」
結果的にカンブライトをハブとしたネットワークの構築にもつながっていく。
「このカレーのレシピは、別案件でカレーを依頼してもらった人にお願いしています。
パッケージデザインは、かつてサバ缶を依頼してきた制作会社にお願いしました。
もちろん食材の相互利用もしょっちゅうあります。
ネットワークを持つほどに可能性も広がっていきます」
ひとつのカレーの中にも、
ニンジンはこの農家、じゃがいもはこの農家、肉はこの畜産家など、
カンブライトに集まった生産者同士で食材の「アッセンブリー」が可能になるのだ。
こうして開発がうまくいけば、その先は量産。
といっても、カンブライトの製造数は一般的な缶詰の標準からいえば小ロット。
なかなか対応してくれる工場がないのが現状だ。
実際に、〈No.38(ナンバーサーティーエイト)〉という3個3500円のサバ缶は、
2か月先まで予約待ちでいっぱいらしい。
開発はできても、製造能力が追いついていない現実もある。
それならば、自分たちで工場・加工場もつくってしまえばいい。
そうして工場のプロデュース事業もスタートした。
「岡山県真庭市にある廃校の中学校を利用して、
工場・加工場をプロデュースしていました。
現在ではカンブライトからの受注が100%ですが、ノウハウを蓄積していったら、
ゆくゆくはその数を80%、70%と抑えていきたいです。
その代わり、地元でアピールしたい商品をつくれる場所にしていきたい。
そうすれば工場としての稼働率は保ちながら、自分たちのやりたい夢も実現できる。
結果的に雇用も生んでいくことができます」
井上さんは、この事業を骨子に据え、全国300か所の工場開設を目指している。
「ソフトウェアの開発をしていた能力を生かして、
工場を運営するための管理項目やプラットフォームなど、
環境も整備したいと思っています」
製造能力が上がらないと、売り上げを保つことはできない。
きれいごとばかり言っていられないのだ。お金を生み出すことが大切。
それが未来的なサステナブルな動きにもつながるだろう。
原材料もいいし、商品品質には自信がある。
「いいものは高く売りましょう」と井上さんは、農家や漁師に話すらしい。
数が少ないのであれば高く売るしかない。しかし缶詰のイメージは「安い」もの。
500円、1000円で売るという話をすると驚かれてしまうらしい。
しかし何度も理由を説明して繰り返す、「いいものは高く売りましょう」と。
その甲斐あってか、価格が高くても、プレミアム缶詰として、
バイヤーも背景のストーリーをきちんと見てくれるようになってきたという。
カンブライトの缶詰には、いい食材、おいしい料理はもちろんのこと、地域への愛情や、
日本の一次産業へのまなざしまでも込められていた。
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カンブライト
住所:京都府京都市中京区中魚屋町508
TEL:075-205-5056
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貝印株式会社
1908年、刀鍛冶の町・岐阜県関市で生まれた貝印は、刃物を中心に、調理器具、化粧小物、生活用品、医療器具まで、生活のさまざまなシーンに密着した多彩なアイテムを製造・販売。現在は、日本だけでなく、欧米やアジア諸国など世界中に製造・販売拠点を持つグローバル企業に発展しています。
http://www.kai-group.com/
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