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熊本地震を経て蘇った
「塩井社水源」のこと

南阿蘇ひなた文庫だより
vol.006

posted:2018.10.8   from:熊本県阿蘇郡南阿蘇村  genre:暮らしと移住

〈 この連載・企画は… 〉  南阿蘇鉄道にある、日本一長い駅名の駅「南阿蘇水の生まれる里 白水高原」駅。
その駅舎に、週末だけ小さな古本屋が出現します。
四季の移ろいや訪れる人たちのこと、日常の風景を〈ひなた文庫〉から。

writer profile

Emi Nakao

中尾恵美

なかお・えみ●1989年、岡山県勝田郡生まれ。広島市立大学国際学部卒業。出版社の広告営業、書店員を経て2015年から〈ひなた文庫〉店主。

青くきれいな水源が、その水を取り戻すまで

私たちが古本屋〈ひなた文庫〉を営む
南阿蘇鉄道の駅「南阿蘇水の生まれる里白水高原駅」。
その名の通り南阿蘇には澄んだ水の湧く水源がたくさんあります。
その中の水源のひとつ、熊本地震から蘇った「塩井社水源」について
今回はお話しようと思います。

水路脇の道をつたって水源へ。

水路脇の道をつたって水源へ。

南阿蘇の水源は阿蘇火山に降った雨が地下に染み込み、
噴火によってつくられた地層に約20年〜35年かけてろ過され
ゆっくりと山の麓へと湧き出すミネラル豊富な湧水です。
南阿蘇では、環境省の「平成の名水百選」に
南阿蘇湧水群として10か所が選定されています。

塩井神社につながる鳥居。横には水源から延びる水路が。

塩井神社につながる鳥居。横には水源から延びる水路が。

その中のひとつ、塩井社水源はブルーグリーンに透き通った水源。
毎分5トン、1日に7200トンも流出し、その水は水源から延びる用水路を通って
農業用水として近くの水田55ヘクタールを潤していました。

水路脇の家から直接つながる洗い場。生活に結びついいた水路です。

水路脇の家から直接つながる洗い場。生活に結びついいた水路です。

冷たくほんのり甘さを感じるようなやわらかい口あたりから
「女水」と呼ばれるほどで、不老長寿の神水と古くから尊ばれ、
水源の横には塩井神社として水神様が祀られています。

地震以前の塩井神社。まだ手前の拝殿も残っています。

地震以前の塩井神社。まだ手前の拝殿も残っています。

夏は境内の木陰が涼しく、静かでとても美しい水源でした。
ひなた文庫からも車で5分とかからない場所にあるので、
観光でいらしたお客さんにもよく勧めていた水源です。

青く澄んだきれいな水。

青く澄んだきれいな水。

ところが2016年の4月に起きた熊本地震以降、
こんこんと湧き出ていた水が止まり、水源は枯れてしまいました。
鳥居も折れ、神社の拝殿も崩れ落ちてしまっていました。
神様がいなくなった。まさにそんな状態でした。

立派な鳥居はなくなってしまいました。

立派な鳥居はなくなってしまいました。

灯篭も地震で崩れてしまいました。

灯篭も地震で崩れてしまいました。

水脈がずれてしまったのか、地下でどうなってしまったのかはわかりません。
それまで青々と水をたたえていた場所は、落ち葉が溜まる窪地となってしまいました。
地元の方もみんな肩を落とし、塩井社からの水を水田用水として使用していた
農家の方は、稲を植えることができなくなってしまいました。

地震直後、干上がって落ち葉が溜まっています。

地震直後、干上がって落ち葉が溜まっています。

水源が枯れてから半年ほど経った頃、神社の賽銭箱の下に
1冊のノートが置かれていました。訪れた人がメッセージを記帳できるのです。

「枯れてしまって悲しいです」
「また水が湧きますように」
「またあのおいしいお水が飲みたいです」……
再び水が出ることを願ってたくさんの想いが書かれていました。

崩れてしまった拝殿の様子の写真が貼られていました。

崩れてしまった拝殿の様子の写真が貼られていました。

拝殿のなくなった塩井神社。

拝殿のなくなった塩井神社。

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水が溜まるように!

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1年経った昨年9月、たくさんの人の想いが届いたのか、
「塩井社水源に水が溜まっている!」と
塩井社が大好きな場所と言っていた近所の常連さんが教えてくれました。
見に行ってみると、いままでカラカラに干上がっていた窪地に水が溜まっています。

濁った水が溜まっています。

濁った水が溜まっています。

水位は以前と比べ物にならないくらい少ないし、濁ってもいましたが、
雨も降っていないのに水が溜まっているのです。
聞けば塩井社水源よりも低い位置にある池や取水地でも湧水量が増えているようで、
もしかしたらと期待が高まりました。

ただそのあとは、雨の影響で水位が減ったり増えたり。
これはただ雨水が溜まっているだけなのかもしれない、
過度に期待しないほうがいいのかもしれない、それでも、もしかしたら
また神様は戻ってくるのかもしれないと諦めきれずにいました。
そのときすでに地震から2年が経っていました。

参道からの眺め。稲が植えられていない水田が見えます。

参道からの眺め。稲が植えられていない水田が見えます。

地元の方、特に塩井社水源の近くに住む地区の方も諦めず水源を見守り続け、
水位を測ったり、水底に溜まった枯葉などを取り除き
下流に流すよう土砂を掻き出しを続けていたそうです。

そして今年7月にポンプで溜まった濁り水を吸い出すと、
徐々に澄んだ水が溜まり始め、水位も増えて青く透き通るようになっていったそうです。

このことを教えてくれたのも、
地震後に再び水が溜まり始めたと教えてくれた、同じ常連さん。
彼女はこの塩井社水源をとても気に入ってこの場所に移住してきた方。
以前からそれを知っている私たちは、彼女が水源が枯れてしまって悲しんでいるのも、
水が溜まり始めてから何度も溜まった水位を見に行っているのも知っていたので、
この知らせを教えに来てくれたときは本当に本当にうれしかった。

青さの戻った塩井社水源。

青さの戻った塩井社水源。

知らせを聞いたその日に行ってみると、
そこには水位は完全ではないものの青く透き通った塩井社水源が。
水に触れてみると、冷えたやわらかな水の感覚。
地震以前に触れたあの感覚が一瞬で蘇ってきます。
そしてそれが2年越しの感覚なのだと気づくと目頭が熱くなりました。

水路へもきれいな水が戻りました。

水路へもきれいな水が戻りました。

地元の方によると、濁った水を吸い出したことで水を排出する流れができ、
地下水の通り道も再びできたのではないかということですが、
詳しい仕組みはわかっていません。
塩井社水源を復活させたいという想いと努力が生んだ奇跡です。

参道にはきれいなムクゲとコスモスが咲いていました。

参道にはきれいなムクゲとコスモスが咲いていました。

9月のはじめに久しぶりに塩井社水源に行ってみました。
用水路にも水が戻り、水源には大きなアメンボが波紋をつくりながら泳いでいたり、
オニヤンマがパシャパシャと尾を水面に打ちつけて産卵するのを見ることができました。

アメンボのつくる波紋。

アメンボのつくる波紋。

崩れた社殿の瓦もきれいに片づけられ、再建を待っているようです。
それから地震後から書かれているあのノート、
塩井社水源が戻ってきた喜びと、感謝の言葉であふれていました。

きれいに揃えて置かれている拝殿の河原。

きれいに揃えて置かれている拝殿の河原。

神社に置かれたノート。訪れた方の2年分の思いが詰まっています。

神社に置かれたノート。訪れた方の2年分の思いが詰まっています。

本当に神様は戻ってきたんだなぁと、しばらくひとりで座って水面を眺めていると、
カーンと山全体に響くように椿の実が落ちてきました。
あぁこれは返事をしてくれたのだな、そんなことを思い、感謝を告げて帰りました。

information

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ひなた文庫

住所:熊本県阿蘇郡南阿蘇村大字中松1220-1

営業時間:金・土曜日のみ 11:00~15:30

http://www.hinatabunko.jp

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