colocal コロカル マガジンハウス Local Network Magazine

連載の一覧 記事の検索・都道府県ごとの一覧
記事のカテゴリー

連載

熊本地震を経て、
南阿蘇鉄道のいまと、駅舎本屋
〈ひなた文庫〉の考えること

南阿蘇ひなた文庫だより
vol.004

posted:2018.8.3   from:熊本県阿蘇郡南阿蘇村  genre:暮らしと移住

〈 この連載・企画は… 〉  南阿蘇鉄道にある、日本一長い駅名の駅「南阿蘇水の生まれる里 白水高原」駅。
その駅舎に、週末だけ小さな古本屋が出現します。
四季の移ろいや訪れる人たちのこと、日常の風景を〈ひなた文庫〉から。

writer profile

Emi Nakao

中尾恵美

なかお・えみ●1989年、岡山県勝田郡生まれ。広島市立大学国際学部卒業。出版社の広告営業、書店員を経て2015年から〈ひなた文庫〉店主。

熊本地震と南阿蘇鉄道のこと

いまから約2年前の2016年4月に熊本地震が起こり、
南阿蘇鉄道も甚大な被害を受けました。
私は〈ひなた文庫〉を、南阿蘇鉄道の無人駅のひとつを借りて営業しています。
今回は熊本地震と、被害を受けた南阿蘇鉄道のお話をしようと思います。

ひなた文庫のある駅は日本一名前の長い駅名でもあります。

ひなた文庫のある駅は日本一名前の長い駅名でもあります。

南阿蘇鉄道は世界ジオパークに認定された阿蘇山のカルデラ地域を走るローカル線で、
1985年に旧国鉄から第三セクターとして引き継がれました。
始発から10の駅を通り、立野駅でJR豊肥線に乗り換えることができます。
地元の方の交通手段だけでなく、観光列車として、車掌さんの解説つきで
南阿蘇の風景を楽しむことができるトロッコ列車も運行しています。

いまは崩れてしまったトンネル。

いまは崩れてしまったトンネル。

それぞれの駅舎もユニークで、ひなた文庫のほかにも、
シフォンケーキがおいしいカフェや、
料理教室を行う自然食のカフェが営まれている駅舎、
温泉が併設された駅舎など、バラエティに富んだ駅を持つローカル線でした。

温泉の併設されていた「阿蘇下田城ふれあい温泉駅」。地震後2年経ってもビニールシートがかけられたまま営業はしていません。

温泉の併設されていた「下田上温泉駅」。地震後2年経ってもビニールシートがかけられたまま営業はしていません。

駅舎でひなた文庫の営業を始めてもうすぐ1年という頃には、
この駅から通学する高校生が乗車前に本をパラパラと見て行ったり、
病院に行くために乗りに来たおばあさんが昔の思い出話をして、
ついでに欲しい本を頼まれたりするようになっていました。
始めた当初は地元の方に受け入れられるか不安な部分もあったので、
やさしく受け入れてもらえてほっとした頃でした。

子どもたちと一緒に図鑑を見たり。

子どもたちと一緒に図鑑を見たり。

そんなとき、熊本地震が起きます。
2016年4月14日、前震と呼ばれる震度7の揺れが発生し、
その後16日に再び震度7の本震が熊本地方で発生。

私たちは14日の揺れで駅舎が心配になり、
15日の夜に阿蘇大橋を通って被害がないか確認に向かいました。
幸い駅までの道も建物にも被害はなく、その日は阿蘇の実家に泊まり、
次の日もいつもどおり駅舎で本屋を開けるつもりでいました。

しかし眠って数時間後、ゴォーという地響きのような音と、
いきなり肩を掴んで思い切り揺さぶられているような激しい揺れで
恐怖のなか飛び起きます。急いで玄関に向かうも扉は歪んで開きません。
縁側の扉を開けて家族で外に飛び出すと、真っ暗な裏山からは
カラカラと小石が落ちてくる音がしていました。

貴重品などを持ち出す余裕もなく、
車に乗って近くのコンビニの駐車場で夜が明けるのを待ち、
ようやく周りの状況がわかったのは、次の日のお昼ぐらい。
どうやら大橋が落ちたらしいと周りの人が言っていました。

発電機のある場所でテレビを見てみると、
昨日まであった橋が山ごと地滑りを起こして消えている映像が。
その橋というのは、私たちが駅舎を確認しに行くときに通った阿蘇大橋。
全長200メートルもある立派な橋が跡形もなく谷底に消えている映像は、
もはや見馴れた場所のものではなく、ましていまいる場所から
2〜3キロしか離れていない場所だとは到底思えませんでした。

阿蘇大橋のあった場所。跡形もない。

阿蘇大橋のあった場所。跡形もない。

次のページ
駅舎は無事だったものの…

Page 2

自宅に帰る道も駅舎に向かう道も、
あちこちで地割れや土砂崩れが発生して寸断されており、
身動きがとれなくなって車中泊で1週間を過ごしました。

幸い南阿蘇は水源がたくさんあり水には困らず、近くの親戚の家に
発電機があったので、電気も食べ物も困ることはありませんでした。
ただ、その1週間は自宅にも帰れず、
駅舎の様子も見に行くことができずと、もどかしいものでした。

やっと自宅へ帰ってみると、天井板は外れ落ち、ベランダの戸は外れ、
押入れにしまってあった本たちも飛び出て崩れ折れていました。
折れたままの本を1週間もこの状態で放置していたのかと思うと、
申し訳ない気持ちでいっぱいになりました。

地震後の自宅にて。天井も外れ、本が散乱していた。

地震後の自宅にて。天井も外れ、本が散乱していた。

駅の様子を見に行くことができたのは、さらに約1か月後。
自宅の片づけや仕事もあり、時間がかかってしまいました。
しかも普段使っていた阿蘇大橋を通るルートは使えなくなり、
30分で行くことができた道のりを、1時間かけて行かなければならなくなりました。

道中も道路の亀裂や倒れた電柱、崩れた家や山肌を見ながら行くことになり、
命があっただけでよかったと何度も思うことになりました。

曲がった線路と遮断機の外された踏切。

曲がった線路と遮断機の外された踏切。

駅舎は大きな損壊はなく、本棚も本も無事でした。
地震の直後は駅舎に避難された方もいたようで、
以前から設置していた座敷のスペースも役立ったようでした。

しかし、南阿蘇鉄道は甚大な被害を受けていました。
レールが曲がったりトンネルが崩れたり。
すべて復旧するには70億円かかると言われています。

使われなくなった線路には草がおおい茂る。

使われなくなった線路には草がおおい茂る。

2018年8月現在、始発の高森駅から5つ目の駅である中松駅までの
部分運転が再開されています。
ひなた文庫のある「南阿蘇水の生まれる里 白水高原駅」は中松駅の隣、
不通区間に位置しており、あの日から列車は来ていません。
全線復旧は4年後と言われています。

地震後使われなくなった時刻表。

地震後使われなくなった時刻表。

私たちも住居を移らなければならなくなり、普段の仕事のほうでも
地震をきっかけに人手不足になるなど、いろいろなことが重なって、
ひなた文庫の営業日を土・日曜から金・土曜に変更しなければならなくなりました。

地震前に比べてお客さんの数もぐんと減りました。
通学で使っていた高校生も駅の利用をしなくなったため、地震後は会っていません。
駅からよく見える夜峰山も地滑りを起こし、
2年経ったいまも茶色の山肌が剥き出しです。

崩れてむき出しの山肌が痛々しい。

崩れてむき出しの山肌が痛々しい。

次のページ
南阿蘇鉄道とひなた文庫のいま

Page 3

それでも本屋をやりたい。強い思いから生まれた〈本屋ミッドナイト〉

それでもくよくよしていては何も始まりません。
この場所で本屋をやりたいと思ったその想いは、地震後も変わっていませんし、
地震を経てむしろ強くなりました。

同じように感じている人は周りにもたくさんいるようで、
地域を盛り上げよう、お客さんに戻って来てもらおうという
思いのある人たちとの交流や絆が深くなったように感じます。

実際に、地震以前にはなかった各駅舎の管理者と役場、南阿蘇鉄道の3者が集まり、
今後の南阿蘇鉄道のプロモーションなどを話し合う場が、
地震後定期的に持たれるようになりました。
ほかにも熊本大学の学生が中心となって
南阿蘇鉄道を全線復旧に向けて応援する「南鉄応援団」が、
駅の清掃やイベントを企画してくれたりと、新たな交流が生まれています。

地震以前はこんなビビッドな色の車両も通っていました。

地震以前はこんなビビッドな色の車両も通っていました。

前回ご紹介した熊本の出版社〈伽鹿舎〉さんには、
新刊イベントの会場として当駅を選んでいただいたり、
ひなた文庫限定カバーの『銀河鉄道の夜』をつくっていただいたりと、
本を通した応援をしてくれています。

みんなで大変な思いを経験したことで、私たちがこの場所でできることや、
これからこの場所をどんな風にしていきたいのか、一度立ち止まって
一緒に考えるきっかけになったかもしれないと、いまは思っています。

〈伽鹿舎〉さんがひなた文庫オリジナルカバーでつくってくれた『銀河鉄道の夜』。トロッコ列車とひなた文庫の駅舎、よく見ると阿蘇の山々もデザインされています。

〈伽鹿舎〉さんがひなた文庫オリジナルカバーでつくってくれた『銀河鉄道の夜』。トロッコ列車とひなた文庫の駅舎、よく見ると阿蘇の山々もデザインされています。

私たちは本屋です。
それも南阿蘇の自然の中にある無人駅の駅舎に、週末だけ現れる少し変わった本屋。
私たちのできるかたちでこの場所の魅力を伝えていこうと思っています。

地震を経てもまだまだ美しい場所は保たれているし、
南阿蘇鉄道は部分運行でも、特別列車やトロッコ列車も走っています。
周辺にはおいしい水の湧き出る水源や温泉もたくさんあるし、
阿蘇山火口にも登って見ることができます。
地震で失ったものよりもはるかに多くの魅力が阿蘇にはあります。
本を売るだけでなく、そのことも伝えていきたいと思うようになりました。

トロッコ列車は窓がなく風を感じながら乗ることができます。

トロッコ列車は窓がなく風を感じながら乗ることができます。

そのひとつとして、本好きな人や南阿蘇の自然が好きな人、鉄道好きな人、
それに村の人も一緒に集まって楽しめるものをと、イベントを企画しました。
地震が起きた年から始めた〈本屋ミッドナイト〉というイベントです。

南阿蘇の夜空と線路をバックに朗読を聴いたり、本好き同士で
好きな本の話をしたり、駅舎の前でみんなで寝転んで星を眺めたり。
次の日には南阿蘇のおいしいごはんを食べて、
温泉に入って楽しんで帰ってもらえたらうれしいなと。

会を重ねるごとに、地域の方や県外からのお客さんも増え、
集まった人たちみんなで交流する和やかな一夜を過ごしています。
3回目の今年は8月25日に(土)に開催です。

昨年の〈本屋ミッドナイト〉にて。星をイメージした飾りつけ。

昨年の〈本屋ミッドナイト〉にて。星をイメージした飾りつけ。

熊本地震から2年経ったいまも、崩れたままの場所も不便な部分もあるけれど、
南阿蘇は元気です。ゆっくりと再生している南阿蘇に、遊びに来てみてください。

information

本屋ミッドナイト

日時:2018年8月25日(土)13:00〜24:00

場所:ひなた文庫(熊本県阿蘇郡南阿蘇村大字中松1220-1)

http://www.midnight.hinatabunko.jp

information

map

ひなた文庫

住所:熊本県阿蘇郡南阿蘇村大字中松1220-1

営業時間:金・土曜日のみ 11:00~15:30

http://www.hinatabunko.jp

Feature  特集記事&おすすめ記事

Tags  この記事のタグ