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画家・手嶋勇気と
九州限定の本をつくる出版社
〈伽鹿舎〉のひなた文庫での出会い

南阿蘇ひなた文庫だより
vol.003

posted:2018.7.3  from:熊本県阿蘇郡南阿蘇村  genre:暮らしと移住

〈 この連載・企画は… 〉  南阿蘇鉄道にある、日本一長い駅名の駅「南阿蘇水の生まれる里 白水高原」駅。
その駅舎に、週末だけ小さな古本屋が出現します。
四季の移ろいや訪れる人たちのこと、日常の風景を〈ひなた文庫〉から。

writer profile

Emi Nakao

中尾恵美

なかお・えみ●1989年、岡山県勝田郡生まれ。広島市立大学国際学部卒業。出版社の広告営業、書店員を経て2015年から〈ひなた文庫〉店主。

復刊本の挿画へとつながった、〈ひなた文庫〉のオープン記念展

〈ひなた文庫〉を正式にオプーンしたのは
プレオープンから約3か月後の2015年8月のこと。
その日に合わせて油絵画家・手嶋勇気くんのドローイング展を行いました。
彼は大学時代からの友人で現在は広島に拠点を置き、活動しています。

オープン記念に『portrait of Junko』という、
妊婦さんが本を読む姿や髪をまとめる姿が木炭や油彩によって描かれた
ドローイングを約1か月ほど展示しました。
新しく生まれてくる命を感じる、ひなた文庫のはじまりにとっても
意味のある題材の展示でした。

そして、この展示によってとてもうれしい出来事が起こります。
この展示がきっかけで、彼がある書籍の装丁画を描くことになったのです。

店内でくつろぐ手嶋勇気くん。

店内でくつろぐ手嶋勇気くん。

熊本には、九州限定販売の本をつくる
(現在は一部の書籍は全国の書店でも販売しています)
〈伽鹿舎(かじかしゃ)〉という出版社があります。
谷川俊太郎さんが毎回詩を添える文芸誌や、
フランス作家の小説などを「QUINOAZシリーズ」として出版しています。

当店では基本的には古本を販売していますが、
九州を本の島にしたい! という熱い想いに共感して、
伽鹿舎の書籍も新刊で取り扱うようになりました。

〈伽鹿舎〉が発行する文芸誌『片隅』。

〈伽鹿舎〉が発行する文芸誌『片隅』。

その日は伽鹿舎の方が、次に刊行予定のフランス文学の作品
『世界のすべての朝は』(パスカル・キニャール著)の翻訳を担当される
高橋啓先生を連れて当店に来てくれていました。
高橋先生はパスカル・キニャールの翻訳者として知られ、
近年では2014年の本屋大賞翻訳小説部門を受賞した
ローラン・ビネ著『HHhH プラハ、1942年』の訳者としても有名です。

そんな有名な方が、しかも北海道からわざわざ足を運んでくださるなんて! 
と恐縮していたのですが、お会いすると
「この本はうちにもあるよ」「こんな本も置いてるんだね」と
ひなた文庫のことにとても興味を持って話を聞いてくださって、
こちらもついつい話に夢中になってしまいました。

本屋のことや店を構える駅舎、南阿蘇鉄道のことを説明していくなかで、
手嶋くんの絵も紹介していました。
展示の図録を手に取り、ご覧になっていた先生が
「これは誰が描いたの?」と質問されたのを覚えています。

その後は南阿蘇の風景や線路の写真を撮ったりしてそのまま帰られたのですが、
なんと後日、伽鹿舎の方から、手嶋くんの絵を高橋先生が気に入り、
キニャールにも確認をとり、それでよければ彼に装画を担当してほしいので、
連絡先を教えてくれないかというメールが! 
私も彼も驚きと喜びでいっぱいで急いで手嶋くんに連絡を取りました。

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原画展をひなた文庫で開催

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そしてできたのが文庫版と特装版の『世界のすべての朝は』。
16世紀から18世紀にフランスで用いられた擦弦楽器、
ヴィオラ・ダ・ガンバ奏者のサント・コロンブと、
教え子のマラン・マレとの間でなされる音楽への追求、
そして亡き妻のため奏でられる曲。
静かに音楽に人生を捧げ続けた、美しくも激しい彼の生涯が描かれています。

特装版『世界のすべての朝は』。

特装版『世界のすべての朝は』。

文庫版を初めて手に取り、手嶋くんの絵が表紙や挿絵として
使われているのを見たとき、本当にうれしかった。
文章の中で時折挿入される手嶋くんの絵も、物語の持つ雰囲気にぴったりで、
どこか儚く朧げで、しかしじっと静かに見つめていると、
弓を繰るコロンブの姿が目に浮かび、音色が聴こえてくるようなのです。

特装版も豪華なつくりで、本体は総箔押しに朱色のスピンがつき、
解説と手嶋くんの絵が別冊としてついています。

この本は以前『めぐり逢う朝』という題名でNHK出版から刊行されており、
復刊して出版したいと伽鹿舎の方がずっと話されていました。
そんな想いの詰まった作品は、手に取ると
本当に丁寧につくられたものだと伝わってきます。
そんな本に、ひなた文庫もほんの少しだけ関われたことがとてもうれしい。

そして、発売に合わせ手嶋くんの描いた挿絵の原画展をひなた文庫で行いました。
展示した5枚の原画には、それぞれに重要な場面が描かれています。
お客さんが帰ったあと店の片づけを少し遅らせ、
ひとり夕方の陽の差す駅舎に飾られた原画を眺めながら
『世界のすべての朝』を読んだあの時間と風景は、
私の心にいまでも温かく残っています。

その後も手嶋くんはひなた文庫でイベントを行うたびに
広島から駆けつけてくれています。
展示をするからではなく、純粋にお客さんとして。

5月の終わりに来てくれたとき、彼は南阿蘇で滞在制作がしたいと言ってくれました。
何度も南阿蘇に足を運んでくれるなかで、
南阿蘇の風景に惹かれ、描いてみたいと思うようになったそうです。
そんな彼の想いを私たちも全力でバックアップしたいと思いました。
彼の目にはこの南阿蘇がどんな風に映っているのか、
そして彼の手でどう表現されるのか、見てみたい。

まずは微力ながら、彼がいままで訪れた南阿蘇の風景をもとにした絵葉書を、
ひなた文庫で販売することにしました。収益は彼の今後の滞在制作費になります。
絵葉書ができるのは夏の予定、いまから楽しみです。

お店に来た少年と仲良くなった手嶋くん。

お店に来た少年と仲良くなった手嶋くん。

information

map

ひなた文庫

住所:熊本県阿蘇郡南阿蘇村大字中松1220-1

営業時間:金・土曜日のみ 11:00~15:30

http://www.hinatabunko.jp

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