移住先マッチングサービス 〈ピタマチ〉 写真を直感で選んで 効率的に移住先探しを!

新型コロナウイルス感染症拡大の影響で、社会情勢の変化を感じ、
地方への移住を考えている方も多いのではないでしょうか。
自治体としても、この未曾有のピンチを移住者を呼び込むチャンスに変えるべく、
さまざまな支援策や広報活動を行っています。
こうしたアクションが呼水となり、
都市生活者が新しい土地での新しい生活様式を求める動きは、今後も続く模様です。

いきなり物件探しや引越しと、行動に移す方もいるかと思いますが、
まずは、移住に際して何を重要視したらいいのだろう?
とわからないながらも漠然と移住を考え始めた方に、おすすめのWebサービスがあります。
その名も〈ピタマチ〉
凸版印刷とふるさと回帰支援センターとの共同開発で誕生した、
ピッタリな地域とマッチングできる移住支援サービスです。

移住への憧れを抱いたり、どこに移住するかを考えるのは大切。
でも、“そこ”でどういう暮らしをするかを思い描くことはできますか?

自分や家族にとっての理想の暮らしを提案してくれるこの〈ピタマチ〉。
働き方、自然環境、子育て環境といった暮らしのキーワード(特徴)からサジェストされた
移住先を検討したり、地域から届いたメッセージを一括管理できます。

特に、写真を選択していくことで、移住意向を言語化してくれる
「理想の暮らし診断」は〈ピタマチ〉ならでは。
まずは、移住を検討し始めた方の“はじめの一歩”として役立ちそうです。

「理想の暮らし診断」では、風景や生活シーンの写真を直感で選ぶだけで、
言葉や条件では語るのが難しい移住先での理想の暮らしを診断できます。

診断時の画像選択画面のイメージ。

診断時の画像選択画面のイメージ。

診断結果は、独自の画像解析アルゴリズムによって、
移住で重視している3つの軸と、それぞれの3つのキーワードが自動で表示されます。

診断結果画面イメージ。

診断結果画面イメージ。

いつもと違う年末年始。
初めて迎えた伊豆下田でのお正月

帰省は、お節はどうする? 
初めてづくしのお正月

年末年始は帰省を断念した人も多いのではないでしょうか。
東京から伊豆下田に移住した津留崎徹花さんも
今年は初めて実家ではなく、下田で年末年始を過ごしたそう。
でも、逆に初めてできた経験も。
そこで感じたことや、複雑な思いを綴ります。

小豆島で山歩き!
海も山もまちも近いから楽しめる絶景

小豆島のお正月

あけましておめでとうございます。
2021年も「小豆島日記」をどうぞよろしくお願いいたします。

この年末年始は、新型コロナウイルス感染拡大の影響で、
地元に帰省されなかった方も多いと思います。
私たちもいつもなら家族に会いに帰省して、
東京や名古屋などでお世話になっている方々に挨拶しに行っていたのですが、
今年は初めて年末から年始までずっと小豆島で過ごしました。

しめ縄づくり。稲わら、橙、松の木、ウラジロなど材料は身近なところで集めてきます。

しめ縄づくり。稲わら、橙、松の木、ウラジロなど材料は身近なところで集めてきます。

わらの束をねじりながら、もう1本のわらの束とねじっていく。

わらの束をねじりながら、もう1本のわらの束とねじっていく。

ばらばらのわらが力強い縄になる。ちょっと感動。何事も自分でやってみることが大切。

ばらばらのわらが力強い縄になる。ちょっと感動。何事も自分でやってみることが大切。

年末はぎりぎりまで野菜を収穫、発送。
気づけば2020年も残すところあと2日! という日に、
急いでお餅をついて、しめ縄をつくりました。

お正月に実家に帰らないということは、
お正月準備を自分でいろいろと全部するわけですが、
大掃除、おせちづくり、餅つき、しめ縄飾り……
お正月を迎える準備ってなんて大変なんでしょ。
いやー、ほんと全部はできないです(汗)。
結局ずっとばたばたしながら大晦日を迎え、新年を迎えました。

2021年初日の出を早起きして見に行きましたが、雲に隠れてしまって見えなかった。小さな島と島の間から太陽が見えるはずでした。小豆島の花寿波島(はなすわじま)にて。

2021年初日の出を早起きして見に行きましたが、雲に隠れてしまって見えなかった。小さな島と島の間から太陽が見えるはずでした。小豆島の花寿波島(はなすわじま)にて。

年末についたお餅で元旦の朝はお雑煮。香川は「あんもち雑煮」(白味噌仕立てのお汁にあんもちが入った雑煮)が有名ですが、うちはシンプルなすまし汁に焼いた丸餅とかしわ肉のお雑煮。

年末についたお餅で元旦の朝はお雑煮。香川は「あんもち雑煮」(白味噌仕立てのお汁にあんもちが入った雑煮)が有名ですが、うちはシンプルなすまし汁に焼いた丸餅とかしわ肉のお雑煮。

元日夕方に初詣。日の出は見られませんでしたが、日の入はきれいに見られました。

元日夕方に初詣。日の出は見られませんでしたが、日の入はきれいに見られました。

観測史上最多の積雪!
雪とともにある暮らしのリアル

雪をかいても捨てるところがなくなる

私が住む岩見沢市は、年末にいまだかつてないほどの大雪に見舞われた。
雪が激しさを増していきJRなどが運休し、
連日全国ニュースで取り上げられるようになったのは12月14日のこと。
しかしそれでも雪は収まらずに、19日の時点で積雪が12月の観測史上最多となった。

この記録は、私たちが移住した10年前の大雪を超える。
このとき、道の災害派遣要請を受けて自衛隊が除雪作業に当たったのだが、
それを上回る量の雪が降ってきたことになる。

この原稿を書いている12月28日の時点で、累積の降雪量が428センチメートル。
昨年のほぼ倍となった!

私の仕事場から見える景色。物置の雪がマッシュルームのようになっている!

私の仕事場から見える景色。物置の雪がマッシュルームのようになっている!

東京で暮らしていた頃、豪雪に対しては日々の雪かきが大変(!)
というイメージしかなかったが、今年のような災害レベルの豪雪では、
実際にどんな困りごとがあるのかについて、今回は書いてみたい。

まず大きな問題となるのは、雪かき以上に、たまった雪をどこに捨てるのかだ。
玄関先の雪を脇に除けるだけでは、2、3日で高い山になってしまうため、
捨て場所にすぐに困ってしまう。
そのため、みなさん工夫していて、近くの空き地まで雪を持って行って捨てたり、
トラックの荷台に積んで指定の場所に持っていったり。

ただ、今回のような豪雪になってくると「排雪」が追いつかない事態がやってくる。
私が住んでいる美流渡(みると)地区は過疎地なので
雪の捨て場はたくさんあるのだが、市街の状況は深刻で、
2車線だった道路は、車1台がギリギリ通れるレベルとなり、
大渋滞が起こってしまった。

排雪が追いつかずにバスが運休したり、子どもの徒歩通学にも
支障をきたすようになって、いくつかの学校もお休みとなった。

2車線あった道路の幅が狭くなり、対向車が来ると譲り合いながら通行している。(撮影:平野義文)

2車線あった道路の幅が狭くなり、対向車が来ると譲り合いながら通行している。(撮影:平野義文)

道路脇の雪をトラックで運び出す作業は連日行われている。
私の仕事場の近くにも雪堆積場があって、
今年はトラックがひっきりなしに雪を捨てにやってきて、
市の除雪体制のおかげでなんとか暮らすことができていることを実感する。
そこに容赦なく新たな雪が降るという状況になっていて、
除雪作業に当たる人たちの大変さは計り知れないものがある。

道路脇の雪をトラックに積む様子。(撮影:平野義文)

道路脇の雪をトラックに積む様子。(撮影:平野義文)

また、道路脇に雪がうず高く積まれると、見通しがきかなくなって、かなり厄介だ。
私は運転が苦手で美流渡の周辺しか走らないのだが、雪は驚くほど白く、
道路と雪の壁の境がまったく見えなくなって、ヒヤッとすることがたびたびある。
道路脇の雪溜まりに車を突っ込んでしまい、
身動きが取れなくなるというケースも多発している。

道路と路肩を見分けるときの頼りになるのが矢印の標識。

道路と路肩を見分けるときの頼りになるのが矢印の標識。

こんな状況のなかで、吹雪になってホワイトアウトをしてしまうと、
命の危険を感じるレベルになってくる。出歩かないというのが一番なのだが、
これまで体験したホワイトアウトのことを考えると、
予想不可能で巻き込まれる場合も多い。

雪がチラチラと降ってきたかと思うと、数キロ進んだ途端に吹雪になることもあって、
こうなると、後ろから追突されないように、ソロソロと走り抜けるしかない。
夫によると「まだ地面がわかるうちはいい。本当にひどくなると
左右だけじゃなくて、上下すらもわからなくなる」のだという。

吹雪になると視界が本当に悪くなる。

吹雪になると視界が本当に悪くなる。

2020年、〈HOMEMAKERS〉は
どんなふうに変わった?

大きく変わった生き方、働き方

思いもよらぬ日々が続いた2020年も残りわずかとなりました。
いままでとは生き方、働き方が本当に大きく変わった1年。
私たち〈HOMEMAKERS〉にとっても大きな変化があった年でした。
2020年最後の「小豆島日記」なので、
今回はそんな変化についてまとめておこうと思います。

2020年3月、あれよあれよとコロナ感染が広がり、
子どもの学校は突然休校となってしまいました。

このあたりから私たちの生活にいろいろな変化が起こり始めました。
地域の伝統行事「肥土山(ひとやま)農村歌舞伎」の開催は中止され、
いつもなら練習や準備で大忙しなのに、ぽっかりと予定があいてしまいました。
それと同時に、オンラインストアでの個人のお客様からの野菜の注文がぐっと増え、
注文対応が少しずつ忙しくなってきました。

不要不急の外出が制限され、スーパーに野菜を買いに行くことも大変な時期がありました。

不要不急の外出が制限され、スーパーに野菜を買いに行くことも大変な時期がありました。

ご注文を受けた分だけ収穫、その日のうちに発送します。

ご注文を受けた分だけ収穫、その日のうちに発送します。

4月に入り、毎週金・土曜日にオープンしているカフェの営業を
しばらくお休みすることにしました。
当時更新したSNSにはこんなふうに書いています。

「HOMEMAKERS Farm & Cafe には、
島の外から来てくださる方もたくさんいますし、近所の方々もよく来てくださいます。
古家を改修した狭いカフェで、さらにコミュニケーションも比較的濃厚なので、
ここでいろいろな人が出会うことで感染を広げてしまわないようにという思いです。

そして今は、皆さんが家で心地良く過ごせるように、
野菜やシロップなどの加工品をお届けすることに専念します。
配送会社の方々がいつもと変わらず動いてくださることに感謝し、
私たちは小豆島から心を満たしてくれるおいしいものを届けます。

旬野菜セットやジンジャーシロップはいつも通り発送いたします。
皆さんの家での時間が少しでも豊かになりますように」

このあと、7月にカフェの営業を再開したのですが、カフェオープン日は土曜日のみに。
それまで週2日営業していたカフェを週1日営業に減らし、
その分、畑仕事や、野菜やシロップの出荷作業の時間を増やしました。
農業と発送業務により重きを置くように。

カフェからの眺めはすっかり冬景色。〈HOMEMAKERSカフェ〉は現在冬季休業中です。

カフェからの眺めはすっかり冬景色。〈HOMEMAKERSカフェ〉は現在冬季休業中です。

2020年最後のHOMEMAKERSのスパイスカレーは、ジンジャーポークカレー。

2020年最後のHOMEMAKERSのスパイスカレーは、ジンジャーポークカレー。

冬季休業前最後の日は、たくさんの常連さんたちが来てくれました。ホリデイケーキをご用意しました。

冬季休業前最後の日は、たくさんの常連さんたちが来てくれました。ホリデイケーキをご用意しました。

食も観光もまちの文化も楽しめる
「わたしのまちにある道の駅」


今月のテーマ 「わたしのまちにある道の駅」

ドライブ途中のひと休みに欠かせない道の駅。
産地直送の野菜などが購入できたり、
ご当地グルメが食べられたりと、
最近では旅の目的地のひとつとしても人気のスポットとなっています。

そこで今回は、〈地域おこし協力隊〉のみなさんに
近隣の道の駅について教えてもらいました。

そのまちの自慢の味や品々、土地に根づく文化を
ぜひ体験してみてください。

【秋田県秋田市】
まちを見下ろせる〈道の駅・ポートタワーセリオン〉

タワー型の道の駅として、
市民に愛されているポートタワーセリオンを紹介します。
おもしろい道の駅なので、今回はたくさんの写真とともにご覧ください。

まちのシンボルとして愛されています。

まちのシンボルとして愛されています。

その特徴は、地場産商品のラインナップもさることながら、
地上100メートルの展望台に無料で登れてしまうところが最大の魅力です。

日本酒大国の秋田。種類豊富なのでどれにするか迷ってしまいます。

日本酒大国の秋田。種類豊富なのでどれにするか迷ってしまいます。

ガラス張りのエスカレーターは景色も抜群です。

ガラス張りのエスカレーターは景色も抜群です。

まちを一望でき、晴れた日には奥に太平山を見ることができます。

まちを一望でき、晴れた日には奥に太平山を見ることができます。

港に沿って建てられているので、
道の駅で釣りもできちゃいます。
なんでも、光ものや高級魚のハタハタも釣れることがあるとか。

平日でも釣り人が常駐。家族連れで賑わいます。

平日でも釣り人が常駐。家族連れで賑わいます。

そして私が一番紹介したいのが、「うどんそば自販機」。
全国的にも大変珍しく、こちらの自販機をお目当てに訪れる観光客もいるほど。

ものの10数秒で熱々の出汁が効いたうどん、そばができ上がります。

ものの10数秒で熱々の出汁が効いたうどん、そばができ上がります。

その価格、なんと250円と格安。
写真をよく見てみるとわかるのですが、
自販機左側に天井から七味がぶら下がっているという
ユニークさもたまりません。

うどんそば自販機と同じカップ・麺・つゆ・天ぷらを使用した〈お持ち帰り用うどんパック〉250円(税込)も販売されています。

うどんそば自販機と同じカップ・麺・つゆ・天ぷらを使用した〈お持ち帰り用うどんパック〉250円(税込)も販売されています。

日本海に沈む夕日もよく見えます。

日本海に沈む夕日もよく見えます。

夜になると、季節や天気によって
電飾が異なって光るのも楽しみのひとつです。
撮影した日はクリスマスカラーになっていました。

見どころ盛りだくさんの秋田市の道の駅。
みなさんもぜひ遊びにいらしてください。

information

map

道の駅あきた港 ポートタワーセリオン

住所:秋田県秋田市土崎港西1丁目9-1

TEL:018-857-3381

営業時間:9:00〜(季節と施設によって異なります。詳しくはHPをご覧ください)

交通アクセス:秋田自動車道 秋田北ICから車で約15分

JR秋田新幹線秋田駅から車で約18分

JR奥羽本線土崎駅から車で約7分

Web:http://www.selion-akita.com/

photo & text

重久 愛 しげひさ・いつみ

「死ぬまでには一度は行きたい場所」で知られる鹿児島県与論島出身。2019年に縁あって秋田県秋田市にIターン。よそ者から見た秋田市の魅力や移住に至る経験を生かして、秋田市の地域おこし協力隊に着任。YOGAを生かした地域交流を図る事業や、移住者を受け入れる市民団体事業をプロデュース中。山菜採りにすっかり夢中に。自称「立てばタラの芽、座ればバッケ、歩く姿はコシアブラ」。

廃校になった学校はどうなる?
少子化の進む地方の現実と
廃校利用の可能性

中学校統合で、地域はどうなる…?

移住して伊豆下田で暮らす津留崎さん。
少子化はどこの地域でも課題ですが、ここ下田でも
市内にある4つの中学校が、2022年に1校に統合されるそう。
学校に通う生徒たちだけでなく、地域の避難場所であり
防災拠点でもある学校がなくなると、地域に影響が出そうです。
廃校を利用するいいアイデアはあるのでしょうか……?

島牧村の小さなマルシェで考えた、
本当に自然に寄り添う暮らしとは?

森と海とに囲まれた開放的な空気が漂う村

移住して9年になるが、本当に北海道は広いなぁとたびたび実感させられる。
数時間、車を走らせると気候が変わり、生えている木々の感じも変わってくる。
2か月ほど前に訪ねた、北海道の西部に位置する島牧村は、
森が深く海も近く、私が住む美流渡(みると)とは異なる景色が広がっていた。

ここを訪ねた理由は、10月17日に開催された小さなマルシェに参加すること。

「本当の意味で自然に寄り添った暮らしとは何かをみんなで考えたい」

そんなコンセプトから始まったのが「小さな町の小さなマルシェ」。
開催場所は〈島牧ユースホステル〉の敷地。
ここは吉澤隆さん、伊久子さん夫妻が45年以上続けている宿で、
息子の俊輔さんがマルシェの主催者だ。

マルシェの主催者、吉澤俊輔さん。

マルシェの主催者、吉澤俊輔さん。

宿泊した〈島牧ユースホステル〉の広間には、俊輔さんがとってきたフルーツが並べらていた。

宿泊した〈島牧ユースホステル〉の広間には、俊輔さんがとってきたフルーツが並べらていた。

開催前日に私はこの宿に1泊。吉澤さん一家はやわらかな笑顔で迎え入れてくれた。
イベントの準備に追われているのではないかと想像していたが、
そんなそぶりも見せずに、地元で採れたキノコや野菜、
鮭などをふんだんに使った食事を出してくれた。
食後に山で採ってきたというコクワの実を俊輔さんが勧めてくれた。
素朴で甘酸っぱいキウイフルーツのような味がした。

朝ごはんも土地のもの。ご飯の上にのった梅干しは、俊輔さんの手づくり。

朝ごはんも土地のもの。ご飯の上にのった梅干しは、俊輔さんの手づくり。

翌朝、マルシェの開催前に隆さん、伊久子さんが、
宿から車で十数分のところにあるブナの原生林を案内してくれた。
島牧はブナの北限帯で、国内はもとより世界各国から研究者が訪ねてくるという。
隆さんは、こうした研究者の案内役を務めることもあり、
動植物の生態やブナの森の成り立ちなどを詳しく説明してくれた。

ブナの森を詳しくガイドしてくれた隆さん。

ブナの森を詳しくガイドしてくれた隆さん。

紅葉が見頃を迎えていた。

紅葉が見頃を迎えていた。

ブナはちょうど葉が色づき始めたところ。
黄色い葉の間から木漏れ日が差し込んでいる。
地表には無数の苔が生え、キノコが顔を出していた。
木々に囲まれているのに、ブナの森は明るくキラキラと光っているような感覚がした。

同じログハウスが並ぶ双子住宅。
「となり暮らし」という
不思議なコミュニティを育む

かつての長屋のような暮らし

静岡県袋井市に、住宅メーカー〈BESS〉の「G-LOG」というモデルのログハウスが
2軒並んでいる。それはまったくの偶然だという。
G-LOGは三角屋根で、広いベランダ「NIDO(ニド)」が特徴的。
1階にもウッドデッキがあり、
外と内がゆるやかにつながっているような感覚で暮らすことができる。

道路に面した玄関側から脇を抜けて、庭側に回ってみると、
茶畑が目の前に広がる庭があった。そして後ろを振り返ると、
まるで双子のように同じ家がかわいく並んでいるのがわかった。

先に家を建てたのは萩田秀樹さん、美紀さん、瑚菜ちゃん、登羽くん一家。
2019年8月に完成した。

茶畑が見えるNIDOからの眺望。

茶畑が見えるNIDOからの眺望。

「この土地にBESSのG-LOGを建てようと決めたときは、
当然、となりは何も建っていない更地でしたので、どんな家が建つかわかりませんでした。
妻とは、「BESSユーザーが来たらおもしろいね、なんて冗談は言っていたんですけどね」
と言う萩田さん。

萩田秀樹さん、美紀さん、瑚菜ちゃん、登羽くんの4人家族。

萩田秀樹さん、美紀さん、瑚菜ちゃん、登羽くんの4人家族。

一方で、となりに家を建てたのは竹本忠弘さん、真奈美さん、灯里ちゃん一家。
候補の土地を見て回るうちにこの場所を見つけて気に入った。
そのときはまだ萩田邸は建っておらず、
となりに自分が建てようと思っていた同じG-LOGが建つことを知ることになる。
その情報はすぐにとなりの萩田さんに伝わり、
浜松のLOGWAY(BESSの単独展示場)で初対面。
即座に意気投合、交流が始まった。

竹本忠弘さん、真奈美さん、灯里ちゃん。

竹本忠弘さん、真奈美さん、灯里ちゃん。

「同じ土地で同じ家なんて、
絶対に感覚が近い人が来るはずなので楽しみしかありませんでしたね」と笑う萩田さん。

竹本さんは建築中に何度も現場に足を運んでいるが、
すでにとなりに住んでいた萩田さんは、頻繁に建築中の家の写真を竹本さんに送り、
現状報告などをしていた。ときには現場監督からの報告よりも早いくらい。
SNSを通じたやりとりや、竹本さんが見学に来た際に情報交換するなど、
暮らす前から交流を深めていった。

こうして2020年3月に竹本邸も完成。
かつてはひとつの建物を壁で仕切って複数の家族が生活する、
長屋というスタイルがあった。
あくまで個別でありながらも、ゆるいつながりを持つ暮らし方だ。
この2家族はまったく同じ建物に住み、暮らし始めた時期も7か月しか変わらない。
悩みやライフステージも近しいものがある。
いろいろなものがつながりながら、
不思議な「となり暮らし」のコミュニティが育まれていった。

同じG-LOGだが、竹本家(奥)は壁をオレンジにした。

同じG-LOGだが、竹本家(奥)は壁をオレンジにした。

離島で新型コロナウイルス感染が
広がるということ

急激な感染拡大、いま私たちができること

この文章を書いている12月9日現在、小豆島では
新型コロナウイルス感染がいままでにない規模で広がっています。
昨日12月8日夜、「【新型コロナ】香川県で1日としては最多17人の感染確認、
全員が小豆島在住」というニュースが流れ、
ここ数日で一気に30人以上の方がPCR検査などの結果で陽性に。
正直こわいです。

畑はいつもと何も変わらず。今年は昨年よりも野菜の栽培量をだいぶ増やしました。

畑はいつもと何も変わらず。今年は昨年よりも野菜の栽培量をだいぶ増やしました。

畑から眺める集落の風景。穏やかで美しい。

畑から眺める集落の風景。穏やかで美しい。

小豆島ではこれまで、ひとり、ふたりという人数で
新型コロナに感染された方がいたのですが、
それ以上広がることはありませんでした。
日々ニュースを見ていて、東京や大阪は大変だなぁと他人事のように感じていて、
あまり島外には出かけないほうがいいかなと思っていましたが、いまは状況が一変。

突然やってきたこの状況にみんながあたふた。
島の中では、どこで発生した? 誰がなった? 
病院はどうなってる? というコロナの話題ばかり。

小豆島に限らず、地方の狭いコミュニティの中では、
誰が誰とつながっている、誰と会っていたなんて情報はすぐに広がります。
今回の感染拡大に関して、誰が感染したのか、どこで広がったのかなど、
いまの段階では私は知りません。
でも情報の拡散力はすごくて、きっとすぐ伝わってくると思います。

紫色がとってもきれいな紫カリフラワー。

紫色がとってもきれいな紫カリフラワー。

ブロッコリーやカリフラワー、キャベツ、ナバナなど畑には冬野菜の葉っぱがワサワサ。

ブロッコリーやカリフラワー、キャベツ、ナバナなど畑には冬野菜の葉っぱがワサワサ。

とにかくいまは、正しい情報を得て、その情報をもとに

・自分たちが感染しないように気をつける。

・自分たちが感染を広げないように気をつける。

・やみくもにすべてを自粛しないで、いつもどおりやれることはやる。

ようにするしかないなと思っています。

今年の7月からは週1日、土曜日のみの営業に変更した〈HOMEMAKERSカフェ〉。

今年の7月からは週1日、土曜日のみの営業に変更した〈HOMEMAKERSカフェ〉。

新たに設置した外席。畑や山々を眺めながらランチ。

新たに設置した外席。畑や山々を眺めながらランチ。

サザエはどうやって取り出す?
下田に移住して3年半で
できるようになったこと

自分の成長に
ちょっとうれしくなる瞬間

伊豆下田に移住して3年半の津留崎徹花さん。
以前から「いつか魚をさばけるようになりたい」と思い続け
その機会が増えたものの、当初はなかなか難しかったようです。
それでも漁師の方や地元の人たちに教えてもらい、
いまではサザエもスルっと刺身にできるように。
さばき方の知恵や、おいしい食べ方もご紹介します。

旅行で訪ねたら、空き家が見つかった。
70人ほどの集落・万字へ
電撃移住した家族

2泊3日の旅から、すべては始まった

この地域の移住者で、実はまだ連載で紹介できていない家族がいる。
私の住む美流渡(みると)からさらに山あいへ15分ほど車を走らせた、
万字地区に住む笠原さん一家だ。

3歳になる息子さんはうちの次女と同じ保育所に通っていて顔見知り。
親しくなってしまうと、なかなかあらたまって取材というのもやりづらい。
けれど、先日、北海道のテレビ局から、このあたりの移住者を
紹介してほしいという依頼があり、番組制作に協力し、
あらためて笠原さんの移住までの道のりを聞く機会があって、
今回ようやく記事にすることができた。

最近、この付近に個性的な移住者が集まっていることから、北海道文化放送が取材にやってきた。

最近、この付近に個性的な移住者が集まっていることから、北海道文化放送が取材にやってきた。

笠原一家が東京から移住したのは2018年のこと。
その前年、当時、オーディオ販売会社に勤めていた夫の将広さんは
仕事で北海道を訪れ、美流渡にすでに移住していた友人の
新田洵司さんの家に立ち寄ったことがあった。
その暮らしぶりに感銘を受け、その数か月後、美流渡に家族で遊びにやってきたという。

「2泊3日の旅でした。そのとき私たちも田舎暮らしをしてみたいという気になって。
そうしたら、そのときたまたま空き家を見せてもらったんです」(妻の麻実さん)

築50年以上が経過した長屋。裏には畑が広がり山々の景色が美しい場所。

築50年以上が経過した長屋。裏には畑が広がり山々の景色が美しい場所。

2軒空き家を見せてもらったそうで、その1軒は万字地区の元炭鉱住宅。
ここにはかつては炭鉱があり、その当時建てられた長屋がいくつか残っていた。
築50年以上は経過しており、床が沈んでいて直さなければ住めない状態だった。
北海道への移住は、まったくプランになかったというが、ふたりの心は動いた。

「帰りの飛行機に乗ったときには、もう移住しようと決めていました」(将広さん)

そのとき将広さんは、会社勤めはしていたものの、
都会の暮らしに先が見えない、そんな閉塞感を感じていたそうだ。
そして3か月の間に、仕事を整理し引っ越しの段取りをしていったという。

「全部、置いてきました」

そんなふうに将広さんは笑った。まさに電撃移住だった。

自ら家の修繕を行った将広さん。天井を広くとり、自然に風が循環するようにと考えた。

自ら家の修繕を行った将広さん。天井を広くとり、自然に風が循環するようにと考えた。

ニューノーマルな生活様式に寄り添う
「わたしのまちのスタートアップ」

今月のテーマ 「わたしのまちのスタートアップ」

日々、新しい商品やサービスが生まれ、
わたしたちの暮らしはどんどん豊かになっています。

今回は、〈地域おこし協力隊〉のみなさんに
お住まいのまちの新ビジネスやサービスについて教えてもらいました。

それぞれのまちの新しい企業の試み、サービスは
少しずつ地域に根づき始めています。
オンラインで受けられるものもあるので
ぜひチェックしてみてください。

【北海道下川町】
コロナ禍だからできることを一歩ずつ

コロナ禍だからできることをポジティブに捉え、
いずれもてたらと思っていた
アロマセラピーと漢方のリラクゼーションサロン
〈薬草庵〉を9月にオープンした塚本あずささんを紹介します。

オーナーの塚本あずささん。

オーナーの塚本あずささん。

人口約3200人の下川町に
コロナ禍の6月に2店舗、9月に1店舗新規オープンしました。

〈薬草庵〉の外観。

〈薬草庵〉の外観。

都内のサロンで経験を積み、
「身近にある植物や食材を使って、
自分の身体を自分自身でケアできるようになってもらいたい」
という想いから、町内で採れる植物を生かした
化粧品や精油をつくっている下川町に移住。

わずか1年もたたないうちにお店をオープンさせました。
新型コロナウイルスが広がる前までは店舗を構えず、
場所を借りて仕事をしていましたが、
流行以降は場所を借りることも、人と会うことも難しいことに。

そんなとき、
「家の裏に納屋があるけど、塚本さん使う?」
という情報が飛び込み、自分の手でサロンをつくろうと決意します。

DIY事業を行う先輩移住者とタッグを組み、築90年の納屋が3か月で見事なサロンへと生まれ変わりました。

DIY事業を行う先輩移住者とタッグを組み、築90年の納屋が3か月で見事なサロンへと生まれ変わりました。

施術室の様子。

施術室の様子。

個人の体調に合わせてブレンドする薬膳茶。じわじわとファンが増えているそうです。

個人の体調に合わせてブレンドする薬膳茶。じわじわとファンが増えているそうです。

一方、家にこもる時間が長くなったことで
不調を感じる方が増えるのではないかと考え、
今まで以上にお客さまに寄り添ったサービスをという想いから、
自宅でも受けられるオンラインセルフケア講座を計画中とのこと。

今後の〈薬草庵〉の展開は見逃せません。

information

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AROMA & KANPO 薬草庵

住所:北海道上川郡下川町錦町34

営業時間:10:00〜17:00 ※完全予約制

休日:土・日曜

メール:aroma.kampo2019@gmail.com

Web:https://aroma-kampo.com/

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大石陽介 おおいし・ようすけ

1988年静岡県焼津市生まれ。大学卒業後、静岡県の小学校教諭として富士山の麓で8年間勤務。うち2年間は青年海外協力隊(JICA)としてモンゴルへ。世界自然遺産である『知床』での2年間の移住生活を経て、現在はSDGs未来都市に選ばれた北海道下川町を拠点にシモカワベアーズ(起業型地域おこし協力隊)として活動中。しもかわをぐるっとつなぐおもてなし宿の開業に向け準備を進める。第1弾として『ぐるっとしもかわ』というローカルガイドを期間限定でスタート。第2弾として、森の中でのサスティナブルキャビンを建設準備中。

小豆島の生姜で、
ジンジャーエールをつくってみよう!

自家製ジンジャーエールの楽しみ方

ジンジャーエールってどうやってつくるか知ってますか? 
それこそ私は小豆島に引っ越してくるちょっと前まで、
ジンジャーエールの「ジンジャー」が生姜ってことにさえ気づきませんでした。
気づかなかったというか、ジンジャーエールが何でできているのか気にもならず、
ただ少し辛めのおいしい炭酸ドリンクとして飲んでました。

普段何気なく飲んでるジンジャーエール。実は生姜の飲みもの。

普段何気なく飲んでるジンジャーエール。実は生姜の飲みもの。

実はジンジャーシロップをつくりたくて生姜の栽培を始めました。

実はジンジャーシロップをつくりたくて生姜の栽培を始めました。

いつの頃からか、自分たちが口にするものがどうやってできているのか、
どんな素材を使っているのか気になるようになり、
できるものは自分でつくってみるように。
いまはなんでもかんでも完成品が売られているので、
あまり気にせずそういうものとして食べている。

でも考えてみたら、はじめからジンジャーエールっていう液体が
世の中に存在してるわけもなく、カレーだって、お味噌だって、
いくつかの食材を加工してつくりあげたもの。

ひとつひとつの素材を知って、自分の手でつくるのっておもしろいんですよね。
手間と時間はかかるけど、そうやってつくることを楽しめるっていいなと思うんです。

さて、話は戻って「ジンジャーエール」はどうやってつくるか。
ジンジャーエールの主役はジンジャー! そう、生姜です。
生姜、砂糖、スパイス、レモンなどの柑橘果汁、水を合わせて煮て、
ジンジャーエールの素とでもいうようなシロップをつくります。
それを炭酸水で割ればジンジャーエールの完成!

ジンジャーシロップの材料。生姜とレモンとカルダモン、ブラックペッパーなどのスパイス。

ジンジャーシロップの材料。生姜とレモンとカルダモン、ブラックペッパーなどのスパイス。

素材さえそろえれば、つくるのはそんなに難しくないんです。
素材の分量や、使う砂糖やスパイスの種類、生姜の切り方などによって
味が変わってくるので、それがまた自家製ジンジャーエールの楽しみだったりします。

うちでは生姜を細かくカット(フードプロセッサー使用)してシロップをつくってます。

うちでは生姜を細かくカット(フードプロセッサー使用)してシロップをつくってます。

生姜と水、各種スパイスを鍋に入れて煮ます。

生姜と水、各種スパイスを鍋に入れて煮ます。

建築中の余った木材を活用して
ほとんどの家具を自作。
DIYで家と暮らしを楽しむ

子どもの頃の憧れから変わることなく、木の家を手に入れた

愛知県蒲郡市の市街地から山へ向かって車を走らせていくと、
次第に周囲はみかん畑ばかりになる。
秋冬のシーズンにもなると、どの木にもたわわに実ったみかんを見ることができる。
そうした周辺の景観に馴染みながらも、
カフェと間違えてしまいそうな存在感がある〈BESS〉の「カントリーログ」が姿を現す。
この家に住むのは榊原裕之さん、幸枝さん、丸留(まる)くんの一家だ。

庭のベンチでくつろぐ家族3人。丸留くんはちょっと“おねむ”。

庭のベンチでくつろぐ家族3人。丸留くんはちょっと“おねむ”。

「子どもの頃、ログハウスに泊まる体験学習に行きました。
キャンプファイアをして、ダンスをして、おいしい料理を食べて。
その体験がとても楽しかったんですよね。
そのときから将来は絶対、木の家がいいなと決めていました」という裕之さん。

よほど強く印象に残ったのだろう。
鉄筋コンクリートマンションで暮らしていたときも、
自分の部屋の中に木を貼って暮らしていたという。
そして子どもの頃の思い出を強く持ったまま初志貫徹、
大人になってとうとう木の家を手に入れた。

シマトネリコの木がシンボルになっている庭。

シマトネリコの木がシンボルになっている庭。

木の家を建てるなら、場所選びも重要だ。
「せっかく建てるなら、自然があふれる場所がいい」というのは、
榊原さんに限らず木の家を望む人なら当然の気持ちかもしれない。
土地探しの当初は、まちなかも探していたというが、現在の里山の立地を見て
「理想的な“梺(ふもと)ぐらし”が想像できました」と即決だったという。

決めたときには近所に住む人たちが
「こんな何にもないところ、本当に大丈夫?」と声をかけてくれたとか。
「でも住んでみたら、田舎特有の人づきあいがあって。
歩いていたら声をかけてくれるし、お野菜も分けてくれたり、とても快適です」
と幸枝さんは笑う。

窓からはみかん畑が見渡せる。

窓からはみかん畑が見渡せる。

榊原夫妻の気持ちを動かしたものに、三角州のようなユニークな土地の形状もある。
建物以外の三角エリアは庭になっていて、シマトネリコがシンボルツリーとなり、
まるで公園のような佇まい。
植物を密集させることなく、ほどよいスペースを保っているので、
丸留くんがいくらでも走り回れるし、
裕之さんもテントを張ってキャンプを楽しんでいるそうだ。

広い庭は公園のよう。

広い庭は公園のよう。

大学院生が自分の手でつくった
BMXコース〈ルコチパーク〉。
山間地にできた、子どもたちが集まる場

大学院生でもあり地域おこし推進員でもある瀬尾さん

今年の夏、我が家から車で5分ほどの毛陽地区に、新しい拠点が生まれた。
その名は〈ルコチパーク〉。
BMXと呼ばれる起伏の激しいコースを専用の自転車で走る競技のための場所で、
今年岩見沢の山間のエリアに着任した地域おこし推進員(協力隊)の
瀬尾洋裕さんがつくったものだ。

着任早々に瀬尾さんに会ったとき、10代(!?)かと思うような、
少年のような雰囲気があったのだが、実際の年齢は24歳。
北海道教育大学卒業後に塾講師として働いていたのだが、
今年、再び大学に戻って院生となり
スポーツによる地域活性についての研究も行っている。

瀬尾洋裕さん。大学に通いながらルコチパークの運営も行う。

瀬尾洋裕さん。大学に通いながらルコチパークの運営も行う。

「レースができるような本格的なBMXのコースは
全国でも7、8か所くらいしかありません。
札幌にも1980年代まであったんです。それを復活させたいという思いがあって」

瀬尾さんは茨城県出身。小学校4年生の頃からこの競技を始めた。
大会に出場し一時はトップを目指したが、
中学生になって上位の成績を収めることができず、
この競技から離れていったのだという。

「選手としては全然ダメで。まわりの知っている子たちが
世界選手権の代表に選ばれていくのを見て、心が折れました……」

その後は野球部に所属。
大学でも野球を続けつつ、スポーツの経済学を学ぶようになった。
卒業論文で取り上げたのはBMXについて。
しかし、もっと研究を深めたいという思いが残る内容だったために、
再び大学院に戻ることにしたという。

それが今年の春の出来事。そして巡り合わせのようなタイミングで、
地域おこし推進員の募集を知った。

私が住む美流渡(みると)の隣の地区が毛陽。果樹園や田んぼが広がる農村地帯。

私が住む美流渡(みると)の隣の地区が毛陽。果樹園や田んぼが広がる農村地帯。

「大学生の頃から、この地域でシェアハウスをやっている先輩が企画した
キッズキャンプのお手伝いをさせてもらったり、
地元のみなさんと交流しながら雪かき体験を行う実習があったりして、
よく訪ねていました」

BMXといったサイクルスポーツが、どのように地域の役に立てるのかを研究したい。
そのためには、人が集まる場所をつくって、まずはその声に耳を傾けたい。
大学院での研究を実証する場であり、地域おこし推進員のミッションである
拠点づくりとがぴったりはまり、新しい挑戦がスタートした。

着任した5月、地元の協力により運良く毛陽で広いスペースが借りられることとなった。
瀬尾さんは、まずスコップ1本でのコースづくりを始めたという。
SNSにその様子がアップされていて、私はとても驚いたことを覚えている。

スコップで土を盛り、起伏をつくっていく。(撮影:瀬尾洋裕)

スコップで土を盛り、起伏をつくっていく。(撮影:瀬尾洋裕)

BMXコースの起伏は、1メートル以上になる部分もある。
山をいくつも連ねたり、カーブの部分は片側を壁のようにして
すり鉢状の傾斜をつくったり。
効率を優先するならば、重機を使わなければ到底できないレベル。

「1か月間は手だけでやってみようと思っていました。
ほかの人がBMXコースをつくるときの参考にもしてもらおうと思って。
手でもできることを証明してみたかったんです」

スコップで掘ってつくったコースの長さはおよそ30メートル。
全体のコースの5分の1といったところか。
学生や自転車仲間が手伝いに来てくれたそうだが、
よほどのパワーがないとできない作業だったと思う。
その後は、ご近所さんから中古のパワーショベルを手に入れコースづくりを進め、
ついに8月にオープンすることができた。

工事現場で見かける重機よりもかなり小さいが、コースづくりには頼もしい相棒。

工事現場で見かける重機よりもかなり小さいが、コースづくりには頼もしい相棒。

下田の移住者がコロナ禍で考えた
「地方」と「働き方」。
地元高校生に伝えたかったこと

副業、ワーケーションも
すでに当たり前…!?

コロナ禍で見直されるようになった「働き方」。
テレワークや副業をする人も増え、
ワーケーションという言葉もよく聞かれるようになりました。
伊豆下田に移住した津留崎さんは、
そんな働き方について、あることに気づいたそうです。

「オリーブの島」小豆島で、
秋のオリーブ収穫!

小豆島は日本のオリーブ栽培発祥の地!

小豆島を訪れると必ず目にするオリーブの樹。
島のあちこちにオリーブ畑があり、街路樹としても植えられています。
島で暮らす私たちにとって、オリーブの樹は馴染み深い存在です。

10月頃に赤紫色に色づくオリーブの実。

10月頃に赤紫色に色づくオリーブの実。

そもそもなんで小豆島でオリーブ?
昔からオリーブの樹が自生していたわけじゃなくて、意外な歴史があるんです。

小豆島へオリーブがやってきたのは1908年。なんと明治時代!
ヨーロッパでよく使われるオリーブオイルに着目した政府は
魚をオイル漬けにして保存するためにオリーブオイルをつくろうと、
香川県、三重県、鹿児島県でオリーブの栽培試験を開始。

香川県は小豆島の西村地区にオリーブの試験園を設置し、
3県の中で唯一、香川県だけがオリーブ栽培に成功。
雨の少ない温暖な気候がその理由だったと言われていて、
実は小豆島は日本のオリーブ栽培発祥の地! なんです。

小豆島の温暖な気候だからこそ育つオリーブ。

小豆島の温暖な気候だからこそ育つオリーブ。

小豆島では小さなオリーブ畑が多く、オリーブの実をひと粒ずつ手で摘む農家さんが多い。

小豆島では小さなオリーブ畑が多く、オリーブの実をひと粒ずつ手で摘む農家さんが多い。

その後もたくさんの生産者さんたちの努力でオリーブ栽培の技術が磨かれ、
現在は香川県内各地で栽培されるようになり、
香川県のオリーブ出荷量は日本全体の9割以上を占めているそう。

でもそもそも日本で使われているオリーブオイルのほどんとは
海外から輸入されてきたもので、国産のオリーブオイルは超希少品だったりします。

そんな100年以上の歴史を経て、いま現在の「オリーブの島」小豆島があります。

そしてまさにいま、10月~11月は、オリーブの収穫シーズン!
島のあちこちで、脚立に乗ってオリーブの実を収穫している農家さんたちを見かけます。

秋は島のあちこちでこんな風景に出会います。

秋は島のあちこちでこんな風景に出会います。

収穫した実を選別。傷んでいたり、病気になってしまった実を除いて、おいしいオリーブオイルになるように。

収穫した実を選別。傷んでいたり、病気になってしまった実を除いて、おいしいオリーブオイルになるように。

コロナ禍でもできるイベントを。
人と人とをつなぐ、
移住者による小さなお祭り

アート、音楽、スポーツ。それぞれのできることを生かして

今年の夏から秋にかけては、新型コロナウイルス感染の広がりから、
町内会主催の七夕祭りや盆踊り、秋祭りが中止となった。
子どもたちの通っている学校でも行事は縮小されていて、
みんなで集まって何かをする機会は極端に減った。

そんななかで、近所の子どもたちが集まって
何かできないだろうかと考えた移住者の仲間がいる。

言い出しっぺとなったのは、私たちが暮らす美流渡(みると)に
3年前からスパイスカレーのお店を開いた〈ばぐぅす屋〉の山岸槙(こずえ)さん。
槙さんが、〈マルマド舎〉というゲストハウスを営む上井雄太さんと、
今年の5月から着任した地域おこし推進員(協力隊)の瀬尾洋裕さんに声をかけ、
3人が中心となって小さな子ども祭りが9月21日に企画された。

近所の人たちの手で整備されている芝生の広場が会場になった。

近所の人たちの手で整備されている芝生の広場が会場になった。

会場は毛陽地区の交流センターにある、とにかく広い芝生の広場。
集まったのは、普段から小学校や保育園などで顔を合わせている子どもたち20人ほど。
ここで朝から夕方まで、心も体もめいっぱい使う企画が行われた。

まず、3人が行ったのは体を動かすゲーム。その後にビンゴ大会。
お昼はばぐぅす屋の特製カレーが振る舞われた。

そして午後からは、今年の夏に美流渡地区に移住したばかりの
画家・MAYA MAXXさんのワークショップが行われた。
MAYAさんは、これまで全国各地でワークショップをしており、
そうしたなかから、今回は子どもたちに自画像を描いてもらう試みを行った。

子どもたちに語りかけるMAYAさん。

子どもたちに語りかけるMAYAさん。

「まず目から描いてみてください。鏡で形をじっくり観察します」

声かけに合わせて、目鼻口から順に描いていく。
顔の輪郭から描いてしまうと、その中にパーツを入れ込まなければならなくなって
窮屈になってしまうため、内側から描いていくそうだ。
このワークショップの特徴は、紙ではなく、木枠に麻布を貼ったキャンバスに描くこと。

真剣な表情で鏡をじっと見つめる子どもたち。目の形は意外と複雑など、思いがけない発見が。

真剣な表情で鏡をじっと見つめる子どもたち。目の形は意外と複雑など、思いがけない発見が。

「子どもの絵は、どこかの段階で捨ててしまうこともあるけれど、
キャンバスであれば、なかなか捨てられないですよね。
おうちに帰ったら、子どもの絵をぜひ壁に飾ってほしいと思います」

青空の下で服が汚れるのも気にせずに描く絵は、
普段とは違った開放感があったのではないかと思う。

できあがった作品。青空の下で絵具を乾かす。

できあがった作品。青空の下で絵具を乾かす。

ワークショップのあとは、2年前に万字地区に移住したアフリカ太鼓奏者の
岡林利樹さん、藍さんが率いるバンド〈みるとばぶ〉の演奏が行われた。
コロナ禍以前は、月に2回ほど太鼓のワークショップを開いていたこともあって、
演奏は子どもたちにもお馴染み。
一緒に太鼓を叩くなどノリノリで演奏に参加していた。

〈みるとばぶ〉のメンバー。

〈みるとばぶ〉のメンバー。

お祭りはいったんここで終了。その後、希望する子どもたちが、
地域おこし推進員の瀬尾洋裕さんがこの夏オープンさせた、
起伏の激しいトラックを専用の自転車で走る「BMXコース」を体験することとなった。

夕暮れ近くまで目一杯遊んだ子どもたち。
満足そうな、その笑顔を見ながらあらためて、
この山間の地域がなんと贅沢な場所なのだろうと感じた。

私が住む美流渡地区の人口は400人に満たないし、周辺の地区を合わせても
おそらく600人ほどではないかと思う。そんな小さなエリアに、
子どもたちと真剣に向き合うアーティストやミュージシャンがおり、
道内でも数えるほどしかないという「BMXコース」で自由に遊べ、
おいしいカレーも味わえて……。

ここ数年、徐々に移住者が増えてきており、
その誰もが、その人なりの才能を持っていて、それを惜しみなく
地域で生かしてくれていることを、お祭りを通じて強く実感できた。

瀬尾さんが手と小型の重機とでつくりあげたBMXコース〈ルコチパーク〉。

瀬尾さんが手と小型の重機とでつくりあげたBMXコース〈ルコチパーク〉。

田んぼコミュニケーションは楽しい!
3年目の米づくり、
不測の事態から生まれた新たな関係

3年目の米づくりはうまくいった…?

下田に移住して念願の米づくりを始めた津留崎さん一家。
3年目となる今年も、稲刈りの時期に台風が接近。
なんとか稲刈りを終えて天日干しをしているところに
またもや不測の事態が……!
3年目の米づくりもいろいろあったようですが
新たな人とのつながりも生まれたようです。

物語が生まれた
「わたしのまちのあの舞台」

今月のテーマ 「わたしのまちのあの舞台」

映画やドラマで使われたロケ地や歴史上に登場するスポットなど、
物語の舞台となった場所は日本全国にたくさんあります。

今回は日本各地の〈地域おこし協力隊〉のみなさんに
作品や歴史の1ページを彩ったさまざまな場所を教えてもらいました。

映画で描かれた風景や、あの童謡の作詞家が題材にした情景など
その場所に魅了された人たちが見た、
まちの魅力をぜひ見つけてみてください。

【岡山県浅口市】
ロマンチックな夜景スポット〈遙照山総合公園〉の展望台

遙照山総合公園

映画『8年越しの花嫁 奇跡の実話』で
プロポーズシーンが撮影された夜景を見渡す公園。
「あのロマンチックな場所はどこ?」と話題になったのが、
岡山県浅口市にある〈遙照山(ようしょうざん)総合公園〉の展望台です。

遙照山総合公園の展望台からの眺め

映画公開前から地元の方の定番デートスポットだったそうで、
広々と見渡せる夜景は瀬戸内海沿岸、
水島コンビナート、瀬戸大橋までも見渡せます。

遙照山総合公園の展望台から見た夜明け前のまち並み

上の写真は夜明け前のまち並みを月とともに撮影しました。
昼は、瀬戸内海の多島美も眺めることができるおすすめフォトスポットなんです。
木製の柵は、映画ロケ以降そのまま設置されています。
展望台周辺は芝生の公園になっていて、
瀬戸内海を眺めながらトレッキングができて気持ちよいですよ。

information

map

遙照山総合公園

住所:岡山県浅口市金光町上竹2536-25

photo & text

こばん

大阪府出身。〈カブ〉で旅するフォトライター。全国各地を愛車と旅する様子をインスタグラムに投稿するのが趣味。フォトジェニックな「星と海のまちあさくち」に一目惚れし、2017年5月、岡山県浅口市地域おこし協力隊に着任。浅口の魅力を取材し、紙面やWEB、SNSで発信中。

尾道のチョコレート工場
〈USHIO CHOCOLATL〉と
小豆島の農家〈HOMEMAKERS〉が
つくった〈生姜チョコレート〉

尾道の人気チョコレート屋さんと2年がかりで商品化

気づけばすっかり秋。
晴れてる日の日中は畑作業をしていると暑くて
Tシャツで作業がちょうどいいくらいですが、さすがに朝晩は寒い。
急いでフリースとかセーターとかを引っ張り出して着てます。

生い茂った生姜の葉っぱ。この茎の下で生姜が育ってます。

生い茂った生姜の葉っぱ。この茎の下で生姜が育ってます。

霜が降りるほど寒くなると生姜が傷んでしまうので、それまでにすべて収穫します。

霜が降りるほど寒くなると生姜が傷んでしまうので、それまでにすべて収穫します。

そう! そして今年も生姜の季節です。
生姜の栽培は春から始まります。

まずは親生姜を植えます。
親生姜といっても何か特別な生姜なわけではなくて、普通の生姜。
スーパーで売っているような小さな生姜のかけらではなくて、
150グラムくらいの少し大きな塊の生姜を親生姜として土の中に植えると、
そこから芽が出てきます。その芽自体が土の中で大きく育ち生姜になり、
その生姜からも芽が出て、次々と増えていきます。

半年経ってようやく収穫! 10月に入ってから「新生姜」として出荷しています。
11月後半になると畑に霜が降り始めるのですが、それまでにはすべて収穫しないと! 
まだ大半が土の中にあるのでちょっとドキドキしています。

今年の4月、生姜の植えつけ。親生姜を並べていきます。

今年の4月、生姜の植えつけ。親生姜を並べていきます。

ひとつの親生姜からこんなにもたくさん生姜が採れることも!

ひとつの親生姜からこんなにもたくさん生姜が採れることも!

そしてなんと、今年はこの生姜シーズンのタイミングに合わせて
〈生姜チョコレート〉ができあがりました! 
チョコレートをつくってくれたのは、広島県尾道市にあるチョコレート工場
〈USHIO CHOCOLATL(ウシオチョコラトル)〉です。

〈USHIO CHOCOLATL〉と一緒につくった〈生姜チョコレート〉。

〈USHIO CHOCOLATL〉と一緒につくった〈生姜チョコレート〉(1080円・税込)。

尾道にあるチョコレート工場&販売&カフェ。スタッフのみなさんと。

尾道にあるチョコレート工場&販売&カフェ。スタッフのみなさんと。

みなさんにも山を買ってほしい!
そんな思いを込めてつくった本
『続・山を買う』

きっかけは「キノマチ大会議」のトークセッション

急に思いたって、2017年につくった『山を買う』という
小さな本の続編をつくることにした。
実は最近、山を買いたいという全国の方から、
小さな本についての問い合わせをいただくことが増えていて、
刊行後に取材したことを盛り込んだ本をつくる必要性を感じていたからだ。

2017年に制作した24ページの冊子『山を買う』。岩見沢市になぜ山を買ったのか、経緯をまとめたイラストエッセイ。

2017年に制作した24ページの冊子『山を買う』。岩見沢市になぜ山を買ったのか、経緯をまとめたイラストエッセイ。

ただ、日々の仕事に追われていて、なかなか手を出せないでいたなかで、
あるきっかけが訪れた。

〈竹中工務店〉〈Deep Japan Lab〉〈グリーンズ〉による
3社共同プロジェクトとして2019年に始まった〈キノマチプロジェクト〉が行う
「キノマチ大会議」というオンラインカンファレンスに
ゲストとして参加するお誘いがあったのだ。

この会議のテーマは「まちと森がいかしあう社会をつくる」こと。
建築、まちづくり、林業、デザイン、メディアなどさまざまな分野の人が集まり、
5日間にわたってトークセッションをするというイベントだった。

2020年10月5日~10月9日まで行われたオンラインカンファレンス。都市の木造建築の未来について考えたり、新しい林業のあり方を考えたりと、さまざまなテーマでセッションを開催。

2020年10月5日~10月9日まで行われたオンラインカンファレンス。都市の木造建築の未来について考えたり、新しい林業のあり方を考えたりと、さまざまなテーマでセッションを開催。

わたしが参加することになったのは、10月7日、3日目の
「暮らしからはじめるキノマチ」というタイトルの回で、
木のある暮らしを個人がいかに実践するのかを考えるというもの。

自分の家は自分でつくる、そんなDIYという理念を伝えようとする
〈つみき設計施工社〉の河野直さん、
食べものとお金とエネルギーをつくる〈いとしまシェアハウス〉の
志田浩一さん&畠山千春さんご夫婦(コロカルの連載でもお馴染み!)
とのセッションとなった。

事前情報によると全国から100名以上が参加するということで、
普段、北海道の地元感たっぷりのイベントにお世話になっている身としては、
かなり緊張感の高いものだった(しかも、オンラインは苦手)。
山を買った話をしてほしいとのことだったけれど、うまく話せるか。

19時からのセッションだったのだが、朝からちょっとソワソワしていたので、
いっそギリギリまで山のことしか考えないようにしたらどうだろうと思いたち、
ほかの仕事をストップして、突然、『山を買う』の続編づくりを始めた。

以前の連載でも書いたことがあるが、わたしの本づくりは手書き。
仕上がりサイズと同じコピー用紙に、
ぶっつけ本番で文字を書いていくというスタイルだ。

コピー用紙に鉛筆で描き、これをスキャナでパソコンに取り込んで色つけをする。

コピー用紙に鉛筆で描き、これをスキャナでパソコンに取り込んで色つけをする。

今回、わたしが伝えたいと思ったことは

1 山はどこで買えるのか

2 買うときのポイント

3 整備をする必要があるか

4 みなさんにも山を買ってほしい理由

自分が2016年に山を買ったときは、まったくの手探りで
買い方のポイントなどもわからなかったのだが、購入をきっかけに
たくさんの山主さんや森林の専門家に話をうかがう機会に恵まれた。
おかげで自分なりに「こうしたらいいんじゃないか」という考えが芽生えていたのだ。

YouTube「暮らしの近く」開設。
移住した下田から
動画で発信したかったこと

YouTubeに動画を
アップする理由とは?

伊豆下田で暮らす津留崎さんが、YouTubeのチャンネルを開設。
身近にある豊かな自然や魅力的なシーンを動画に収めて
自ら編集し、発信し始めました。
そもそも、なぜそのような動画を発信しようと思ったのか?
そのきっかけとなったのは、海に潜る漁師さんの言葉でした。