変わり続ける
〈HOMEMAKERSカフェ〉の
スパイスカレー

移住して8年、積み重ねてきたもの

小豆島に移住してこの10月で丸8年!
随分と時間が経ったものだとびっくりします。
暮らし始めた頃は30代だった私たち夫婦は40代となり、
いろは(娘)はティーンエイジャーに。青春真っ只中です。

秋のはじめに咲く彼岸花。これからどんどん秋が深まっていきます。

秋のはじめに咲く彼岸花。これからどんどん秋が深まっていきます。

テスト勉強中のいろは(娘)。中学生は勉強に部活に大変だな。

テスト勉強中のいろは(娘)。中学生は勉強に部活に大変だな。

毎日毎日少しずついろんなことを積み重ねてきて、
引っ越してきたばかりの頃にはまったく存在しなかったものやことが、
いまここにはあります。

〈HOMEMAKERS〉というチーム自体もそうだし、
私たちが育てた野菜、野菜を育てている畑の風景、
カフェ、日々のここでのやりとり、すべてがこの8年かけてつくりあげてきたもの。
そう考えるとなんだか感慨深い。

積み重ねてるなんて普段は意識してないですが、
ふと振り返ると一日一日の積み重ねでいまがあるんですよね。

共に働く仲間。8年前には誰も知らなかったなぁ。

共に働く仲間。8年前には誰も知らなかったなぁ。

使われなくなった畑を借りて、さつまいもを植えました。

使われなくなった畑を借りて、さつまいもを植えました。

〈紅はるか〉という品種のさつまいも。今年は5種類のさつまいもを収穫。

〈紅はるか〉という品種のさつまいも。今年は5種類のさつまいもを収穫。

2014年2月にオープンした〈HOMEMAKERSカフェ〉も
試行錯誤しながら営業を続けています。
週に1日(土曜日のみ)しか開かないカフェですが(笑)。

時間をかけてカフェという場を育てていくことは、
新たに立ち上げるのと同じくらいパワーがいります。
瞬発力みたいなうぁっと一瞬で出し切るパワーじゃなくて、
途切れさせず出し続けていく力。
その時々のまわりの状況と自分たちの状況に合わせて、
少しずつスタイルを変えながら続けています。

現在カフェは週1日、土曜日のみ営業。

現在カフェは週1日、土曜日のみ営業。

見たことのない光景に感動!
下田のアワビの潜り漁

アワビやサザエなどを
とる潜り漁に密着

伊豆下田に移住したフォトグラファーの津留崎徹花さん。
下田で暮らしていると、漁師さんにサザエやアワビを
いただくこともあるそう。それらをどうやってとっているのか、
漁師さんに頼んで、貝をとるための潜り漁に同行し、
撮影させてもらうことに。
初めて目にする光景に、徹花さんはとても感動したようです。

即行動で、地域が変わる。
美流渡に移住した画家、
MAYA MAXXさんから教えられること

移住してまもなく、地域の風景に変化が

前回の連載で、画家のMAYA MAXXさんが今夏、岩見沢市の山間地、
美流渡(みると)へ移住した経緯について書いた。
こちらに越して、暮らしと制作をスタートするための準備に約1か月半を費やし、
それが終わった途端、息もつかずに新しい展開が始まった。

その展開をひと言で表すなら「思ったことを、すぐにやる」ことに尽きるのではないか。
わずか1か月のあいだに地域の風景を変えるような出来事が次々と生まれていった。

そのひとつは、アトリエのペンキ塗りも終わり、住まいに電気やガスの設備も入り、
これでようやく日常がスタートするという矢先。
空が抜けるように青く気持ちのいい朝、ときどき出かける森の小道に
MAYAさんを案内したことがきっかけとなった。

北海道の秋は色がクリアに輝く。

北海道の秋は色がクリアに輝く。

この小道は、美流渡と上美流渡というふたつのエリアをつなぐ旧道で、
近年はほとんど使われていなかったものだ。
今年の冬に上美流渡にある花のアトリエ〈Kangaroo Factory〉の大和田由紀子さんに
「すてきな小道があるのよ」と教えてもらい、私は初めてその存在を知った。

大和田さんによると、笹が繁り倒木もあるため、それらが雪で覆い尽くされ、
雪が硬くなった3月頃だけ通れる道だと聞いていたのだが、
春になって、上美流渡で〈マルマド舎〉というゲストハウスを営む
上井雄太さんが笹を刈ってくれたのだった。

おかげで、春からもこの小道を通ることができるようになり、
散歩道として活用されるようになっていた。

木々がアーチ状になった深い森。苔むした岩もあり空気がひんやりしている。

木々がアーチ状になった深い森。苔むした岩もあり空気がひんやりしている。

MAYAさんは、この道をとても気に入ってくれた。
背丈が2メートルほどにもなるイタドリが茂っていて、
それをかきわけながら進まなければならない場所もあったのだが、
そこを抜けると、まるで“トトロの森”のように
緑のトンネルと可憐な山野草が生える空間へと行き着くのだ。

多様な山野草も見られる。

多様な山野草も見られる。

「ここをもっと整備しようよ!」

MAYAさんは道を歩きながら提案してくれた。
実は、春に上井さんが草を刈って以来、整備は手つかず。
大和田さんや上井さんは、この小道が気になりつつも、夏は何かと忙しく
動けずにいたのだが、MAYAさんの声かけで時間を合わせて集まることとなった。

この小道を愛するメンバー。草を刈る思い思いの道具を持って集合!

この小道を愛するメンバー。草を刈る思い思いの道具を持って集合!

この日の目標は、入り口から“トトロの森”の手前まで、
夏の暑さで勢力を伸ばしていたイタドリや笹を刈っていくこと。
このとき驚いたのは、MAYAさんが、草を刈りながら進む私たちの一番後ろに陣取って、
しゃがんだ姿勢で葉っぱや小枝を手で脇によけながら、ゆっくりと進んでいたことだ。

「やっぱり手が一番だね!」

膝が土で汚れるのもお構いないしに
地面にへばりついて作業をするMAYAさんの姿を見て、
こちらもいい加減にやってはいけないという気持ちがふつふつと湧いてきた。

手で刈った草を脇によけていくMAYAさん。

手で刈った草を脇によけていくMAYAさん。

3時間作業をして道幅が広がった!

3時間作業をして道幅が広がった!

地元の魅力がぎゅっと詰まった
「わたしのまちのタウン誌」


今月のテーマ 「わたしのまちのタウン誌」

WEBで手軽に情報が手に入る時代ですが、
時間をかけて編集された紙媒体は私たちにとってまだまだ馴染み深いもの。
最近では、ZINEと呼ばれる個人の趣味でつくる雑誌も人気となっています。

そこで今回は役場が発行する広報誌をはじめ、
店舗や有志が集まってつくるフリーペーパーなど、
まちの今を伝えるさまざまな冊子を
日本各地の〈地域おこし協力隊〉のみなさんに教えてもらいました。

写真集から観光ガイド、ZINEまで、
趣向を凝らしたタウン誌をぜひご覧あれ!

【長野県下伊那郡天龍村】
日々変化する村の景色を伝える写真季刊広報誌『天龍百景』

わたしの住む天龍村は秘境と呼ばれるだけのアクセスの悪さを誇り、
気軽に来れる場所とも言いにくい場所。

新型コロナウイルスの影響で、
地方と首都圏・大都市間の往来が難しくなっている昨今。
村に来てほしいと思う反面、SNSなどで大々的に観光情報をPRしたり、
イベントで外部から人を呼ぶことも、積極的にとは言い難いのが実情です。

天龍百景表紙

そんな状況の中でも、「天龍村に行きたいけど行けない、
もっと日常の様子が知りたい」という方々に、
春夏秋冬に各1冊ずつ、写真を通して村の近況を伝える
写真季刊広報誌『天龍百景』の発行を始めています。

天龍百景中ページ

村のごく一部分を切り取るのではなく、あらゆる場所からの風景や、
日々変化する景色を見てほしいという気持ちでこのタイトルがつきました。
こちらは現在、天龍村ふるさと納税寄付者の方々にお送りしています。

天龍百景中ページアップ

春夏秋冬のうつろい、村人たちの暮らし、
大自然の厳しさと美しさ、古来から続く伝統行事など、
ここに暮らしているからこそダイレクトに見ることができる一瞬一瞬を、
簡素な文章とぎっしり詰まった写真の数々でお届けしてます。

見た人の心に何かが残るような冊子になってくれたらいいなと思います。

photo & text

本多紗智 ほんだ・さち

信州最南端、県内で一番早く桜の咲く村「天龍村」で地域おこし協力隊をしています。ないものづくしといわれる「ド」田舎ではありますが、ちょっと視点を変えてみれば、ここにはまだ「かろうじて残っているもの」がたくさんあります。秘境と呼ばれるこの村から、鮮やかな四季のうつろい、なにげない暮らしの風景をお届けできたらと思っています。

さつまいもに栗にかぼちゃ、
食卓で感じる小豆島の秋

季節の食材をしっかり味わう

いつまで続くのこの暑さ! と思っていただけど、気づけば「秋」がやってきていた。
「暑さ寒さも彼岸まで」という言葉どおり、朝晩はすっかり涼しくなったここ最近。
季節はちゃんと変わっていきますね。ほっ。

春に植えた生姜、夏を越えてだいぶ大きくなりました。

春に植えた生姜、夏を越えてだいぶ大きくなりました。

草を抜いて、大きくなった生姜に土をかぶせて、日々手入れ。

草を抜いて、大きくなった生姜に土をかぶせて、日々手入れ。

私たち〈HOMEMAKERS〉の畑では、ようやく秋の葉物野菜の収穫が始まりました。
毎年9月、10月は夏野菜から冬野菜への切り替え時期で、
端境期(はざかいき)とよく言うのですが、収穫できる野菜がほとんどなくなります。

今年は梅雨の長雨、梅雨が明けてからの酷暑で、
人間だけじゃなくて野菜たちもだいぶダメージを受けていて、
ピーマンなんかはいつもなら11月くらいまで収穫できていたりしますが、
8月終わり頃にほとんど枯れてしまいました。

9月から収穫を始めた新生姜。まだ少し小さめですが、フレッシュな香りと真っ白な肌が美しい。

9月から収穫を始めた新生姜。まだ少し小さめですが、フレッシュな香りと真っ白な肌が美しい。

私たちは、収穫した旬の野菜を組み合わせて〈HOMEMAKERSの旬野菜セット〉として
オンラインストアなどで販売しているのですが、
最近は毎日「あー、野菜がない〜。セットがつくれない〜」という状態。

暑さが落ち着いて、なすなど復活した夏野菜たち、
夏の終わりに収穫し保管しておいたかぼちゃやさつまいも、
採れ始めた葉物野菜を組み合わせて、なんとか旬野菜セットをつくってます。

ようやく採れ始めたルッコラ、赤リアスからし菜、かぶ菜。秋の葉物たち。

ようやく採れ始めたルッコラ、赤リアスからし菜、かぶ菜。秋の葉物たち。

涼しくなって再びつやつやの実をつけてくれたなす。

涼しくなって再びつやつやの実をつけてくれたなす。

という感じで、いま収穫できる野菜は少ないのですが、
キャベツやブロッコリー、にんじん、大根など冬野菜たちは着実に育っていて、
これから1か月後くらいの畑がとても楽しみ。
冬野菜フィーバー、早くこないかな。

〈HOMEMAMERSの旬野菜セット〉。ひとつひとつの野菜に名前と特徴や食べ方などの説明80字を書いた名札をつけるようにしました。

〈HOMEMAMERSの旬野菜セット〉。ひとつひとつの野菜に名前と特徴や食べ方などの説明80字を書いた名札をつけるようにしました。

移住ではなく、冒険の旅が始まる。
美流渡を拠点に活動を始めた
画家MAYA MAXX

東京と北海道の行き来が難しくなるなかでの決断

この連載で何度か紹介してきた、20年来の友人である画家のMAYA MAXXさんが、
7月中旬、ついに私の暮らす岩見沢市の美流渡(みると)に引っ越した。
昨年末に東京で会ったときに、大きな作品が思う存分描けるスペースが
あったらいいのではないかという話が持ち上がり、
ちょうど私が仕事場として使っている住居の向かいが空いていたことから、
アトリエをこの地につくるプロジェクトが始まった。

1月に入りMAYAさんは美流渡を訪れて改装を検討。
4戸が1棟に入る築40年の長屋の2戸分をアトリエとし、
1戸は事務所と倉庫、そしてもう1戸は住居とすることに決め、
長沼町に拠点を持つ大工〈yomogiya〉の中村直弘さんに改修を依頼した。

古い長屋のブロック塀をカットして2戸をつないだ。中央で手を振るのが中村さん。

古い長屋のブロック塀をカットして2戸をつないだ。中央で手を振るのが中村さん。

その後、状況は一変。
新型コロナウイルスの感染が広がり緊急事態宣言が出され、
予定していた来道も諦めざるを得なくなった。
そのため、ときどきオンラインでつなぎながら、改修を進めていくことになった。

そして、あれはいつ頃のことだったろうか。
MAYAさんと電話で話していたときだ。

東京での感染拡大が深刻さを増し、
個展やイベントの予定が立て続けに中止や延期となるなかで、
MAYAさんは東京を引き払い、美流渡に引っ越そうと思うと話してくれた。
当初は、2拠点で制作をしようと考えていたが、
東京と北海道を気軽に往復できる状況ではなくなってしまったため、
どちらかひとつを選択することにしたのだ。

緊急事態宣言が出る少し前から、MAYAさんは借りていたアトリエではなく自宅で制作を始めた。制作できるスペースはわずか6畳ほどだった。MAYA MAXX制作日誌より。

やむを得ない決断ではあったが、これによって歯車が回り出したように思えた。
コロナ禍という自分ではどうにもならない状況を
ただ受け入れるしかなかった数か月から、
引っ越しというトピックスが生まれたことで、
いま、やるべきことがクリアになる感覚がMAYAさんの中にあったのではないか。

移動の日は、緊急事態宣言が解除されてから1か月ほどたった頃と決め、
美流渡に来てから2週間は近隣のみなさんとの接触は控えることとした。

壁と床を貼り終えたアトリエ。もとあった柱が残っていて回廊のようなイメージがある。

壁と床を貼り終えたアトリエ。もとあった柱が残っていて回廊のようなイメージがある。

MAYAさんがやってきたとき、改修は終わっていなかった。
yomogiyaの中村さんは、施主にも積極的に
改修に参加をしてもらおうと考える大工さん。
施工費をリーズナブルに抑えるためもあって、
壁塗りなどはMAYAさんと私たち(といっても夫!)が行うこととなった。

壁を塗り終わらなければ、電気ガス水道などの設備も入れられないため、
MAYAさんは私が使っていた仕事場に仮住まいして作業を進めた。

アトリエの奥側は窓がない、電灯を設置するまでは業務用のライトを頼りにペンキを塗っていった。

アトリエの奥側は窓がない、電灯を設置するまでは業務用のライトを頼りにペンキを塗っていった。

地元・旭川にカルチャー事業を。
ミュージシャンからまちづくりへ、
野村パターソンかずたかの挑戦

野村パターソンかずたか vol.1

北海道旭川市で、リノベーションや不動産事業を営みながら、
アーティストインレジデンスなど地域の文化事業を企画・運営する、
野村パターソンかずたかさんの連載です。
元ミュージシャンで世界の都市を巡った背景から、
地元・旭川市にて多様なコンテンツをしかけています。

自社物件で初めて開催したイベントの立て看板。

自社物件で初めて開催したイベントの立て看板。

自分のまちを変えたいという思い

北海道のおおよそ中央あたりにある旭川市。
世界の都市を転々とし、Uターン後に目の当たりにしたのは、
ずいぶんと変わってしまった地元のまちの姿だった。
旭川の土地に生き、地域のみんなと協力してまちを変えていきたい。
次第にそんな思いが芽生えるようになった。

お互いの価値観を認め合って、誰もが“楽しい”という感情を最優先に暮らせる。
そんなまちを思い描き、できることを積み上げる。
その結果、後に3年間で約20の不動産を取得し、
地域の起業の後押しをしていくこととなる。

妻の苗字はパターソン。
野村はたくさんいる。パターソンもアイルランドにたくさんいる。
ただ野村パターソンは誰ひとり存在しない。
まちを変えていく存在のシンボルとして、2020年には夫婦の姓を合わせた
「野村パターソン」という芸名を自分に与えた。

Uターン後、どのようにまちと関わっていったのか。
野村パターソンかずたかの昔話に、どうぞおつき合いください。

2020年9月に立ち上げた〈アーティストインレジデンスあさひかわ〉第1回イベントにて。

2020年9月に立ち上げた〈アーティストインレジデンスあさひかわ〉第1回イベントにて。

田舎暮らしに必須!?
移住後に役立った
4つのスキルと7つのモノ

田舎暮らし希望者に
おすすめしたいスキルとモノ

伊豆下田に移住して3年半、
かなり暮らしが変わったという津留崎鎮生さん。
「農」と「建築」にまつわるスキルが身につき、
あると便利なアイテムも揃ってきたといいます。
今回は、移住前から知っておくと役に立つ
スキル&モノを、実感とともにご紹介します。

安曇野の里山を再現した
「雑木の庭」で、
自然とつながりながら暮らす

長野県安曇野市といえば、常念岳をはじめとする北アルプスの山々が注目されがちだが
その裾野には、南北に延びるローカル線、大糸線を走らせ、
広大な田園地帯に美しい里山が広がっている。
自然と人々の暮らしが調和する日本の原風景もまた、安曇野の魅力のひとつだ。

その土地の景観に溶け込んだ暮らし、という点において
すっかりと自然を我がものとしているのが、
〈BESS〉のログハウス「カントリーログ」に住む五郎丸良輔さん一家だ。
家、庭、そして安曇野の里山が、
まるで融合してしまっているかのような家が出迎えてくれた。

「自然が師匠」。安曇野の里山を写し出す暮らし

〈ガーデンホリック〉という名で造園業を営みながら、
自身のお家も抜かりなく、こだわりぬいた庭が自慢だ。

造園というと、日本庭園のような整えられた庭を想像するかもしれないが、
四角四面に整えられた生垣や
縁取りされたように美しく剪定された木々があるわけではない。

五郎丸さんが手がけるのは、
「雑木の庭」と呼ばれる、自然に近いありのままの姿。
雑木の庭の歴史は戦後くらいから始まっていて、庭の歴史のなかでは新しい。

里山の風景を切り取ったような雑木の庭。多種多様な草木が植栽されている。

里山の風景を切り取ったような雑木の庭。多種多様な草木が植栽されている。

それまでの日本庭園では「マツやスギ、ヒバなど針葉樹をメインに荒々しい山や、
神々がすむ世界、“あの世”的な精神的な世界観」で庭がつくられていたという。

「しかし人々が都市部へ移動すると、自然との距離感も変わり、
今まで薪などにしか使われていなかった里山のいろいろな木々、
つまり雑木が庭に使われるようになります。
身近な自然の縮景として、雑木の庭がつくられるようになってきました」

五郎丸さんが惹かれたのは、
きれいな日本庭園より、懐かしさや身近な感覚を持つことができる雑木の庭だった。
ありのままの里山。そのほうが五郎丸さんの自然観に近かった。
しかし現代の都市的な生活においては、里山すらも身近ではない。
だから雑木の庭にも「わざわざ」つくるだけの価値があるのだ。

草木の生育過程や、完成形のイメージなど実際に庭を歩きながら説明をしてくれる。

草木の生育過程や、完成形のイメージなど実際に庭を歩きながら説明をしてくれる。

小豆島の海と山で遊ぼう!
〈シマアソビ〉でSUPからキャンプまで

遊び方を知って、自然をもっと楽しむ

「小豆島の魅力って何ですか?」と聞かれることがときどきあります。
うーん、何でしょ。
自然が身近にあること、人が多すぎないこと、
島だけどネットで注文したら翌日に荷物が届くこと、などなど。
いろんな視点から、島の良さを考えることができると思います。

小豆島は人口約26000人の島。本州、四国とはフェリーがつなぐ。

小豆島は人口約26000人の島。本州、四国とはフェリーがつなぐ。

私たちが小豆島に移住することを決めたとき、
その理由のひとつに「離島であること」がありました。
私たちは海が好きで、海に囲まれた島で暮らすって
なんてすてきなんだろうと感じてました。
離島であること、すぐそばに海があることは、
多くの人にとって小豆島の魅力のひとつなんじゃないかと思います。

前回のこの小豆島日記「日常のなかに海がある! 小豆島で海遊び」でも書きましたが、
今年の夏はとにかく海でよく遊びました。

シュノーケルつけて魚を探したり、突堤から飛び込んだり、潜る練習したり。
そうそう、この夏、初めて小豆島の海でサーフィンしました(と言っても、
私はまだ数回しかやったことなくて、波においていかれてばかりですが)。
普段は穏やかで湖のような瀬戸内海ですが、
風が強い日は波がたち、サーフィンできるような時もあるんです。

風がある日は波がたつ。この日は小さな波。でもいつもの瀬戸内海と比べたら波がある!

風がある日は波がたつ。この日は小さな波。でもいつもの瀬戸内海と比べたら波がある!

そんな小豆島の海での遊び方を教えてくれる人たちがいます。
小豆島の北側、「小部(こべ)」という地区の海岸に
SUP(サップ)ベースキャンプ地を構える〈シマアソビ〉のみなさんです。
シマアソビは、小豆島生まれの大川大地くんと藤田智光くんが
2020年春に立ち上げたチーム。

〈シマアソビ〉の拠点は、島の北側の小部というエリアの海岸。もともとは地域の自治会が管理していたキャンプ場。ここの運営をいまはシマアソビがしています。

〈シマアソビ〉の拠点は、島の北側の小部というエリアの海岸。もともとは地域の自治会が管理していたキャンプ場。ここの運営をいまはシマアソビがしています。

SUPは「Stand Up Paddleboard(スタンドアップパドルボード)」の略で、ボードの上に立ってパドルを漕いで海・川・湖などの水面を進んでいくアウトドアアクティビティ。

SUPは「Stand Up Paddleboard(スタンドアップパドルボード)」の略で、ボードの上に立ってパドルを漕いで海・川・湖などの水面を進んでいくアウトドアアクティビティ。

私たちが生まれ育ったこの小豆島の素晴らしい自然を、
SUPを中心とした海遊びの中で魅力を伝えたいと思っています。
そこから少しでも島を好きになってもらえる人が増えると、
こんなにうれしいことはありません。
そして島生まれの子どもたちが将来、この島のことを誇りに思えるように、
アクティビティを通して伝えていきます。

シマアソビWebサイトより)

言葉と向き合うアニメーション作家、
折笠良さんはなぜ、1年をかけて
ひとつの詩を読んだのか?

なぜ文字や言葉を主題とした映像をつくるのか?

〈札幌文化芸術交流センターSCARTS(スカーツ)〉で
『ことばのいばしょ』展が始まった。
「言葉」というものを表現の重要な要素とする作家が集うこの展覧会では、
小森はるかさんと瀬尾夏美さんによる映像作品の展示と人々との対話の場とがつくられ、
折笠良さんによるアニメーション作品と、その関連作品の展示が行われた。

さらに「言葉と版画、本の森」と題したコーナーでは、
札幌にゆかりのある4人の作家の詩歌からインスピレーションを受け、
版画家が作品を制作。詩歌とともに展示するという試みも実施された。

オープニングとなった8月22日には、折笠良さんのアーティストトークが行われた。
私はこの展覧会の図録制作に関わっていたことからトークに参加したのだが、
その仕事を超えて折笠さんの言葉に強く惹きつけられた。

折笠さんは、これまで詩や文学作品を主題として、
言葉に質感や動きを与えるアニメーションを制作してきた。
展覧会では、その中のふたつの映像を上映。

ひとつは石原吉郎の詩『水準原点』の文字が、
一文字一文字、波のようにうねる粘土の中から現れ出すというもの。
もうひとつは、ミュージシャンの環ROYさんの楽曲
『ことの次第』のミュージックビデオであり、歌詞が音楽に合わせて現れ、
反転したり形が変化していくというものだ。

折笠良『水準原点』(2015年)。粘土を少しずつ手で掻いていきながらコマ撮りをし、アニメーションをつくりあげた。

折笠良『水準原点』(2015年)。粘土を少しずつ手で掻いていきながらコマ撮りをし、アニメーションをつくりあげた。

折笠良『ことの次第』(2017年)。環ROYさんのラップミュージックに合わせて、文字がダンスをしているかのように自在に動く。

折笠良『ことの次第』(2017年)。環ROYさんのラップミュージックに合わせて、文字がダンスをしているかのように自在に動く。

トークでは、北海道を拠点に活動する映像作家、大島慶太郎さんと
環さんが聞き手となって、折笠さんにさまざまな質問を投げかけた。
最初に大島さんが質問したのは
「なぜ文字や言葉が映像のモチーフとなっているのか?」だ。

「一番よく聞かれる質問ですが、ただすごく難しくて。
映像作品における言葉はちょっと異物だと思われているという前提があって、
逆に一般的な映像のイメージとはなんだろうと考えます、と
斜めから答えることがあります。

正面から答えると、言葉の物質性を探求するとか、
言葉というものが個人的なものと社会的なものの境目にあって、
書き手にとってはそれがつながるかというカケみたいなものだから、
その呼びかけに自分は応えたいと話すのですが、必ず語り落とすものがある。
答えたあとに、やっぱりうまくいかなかった、何も言うんじゃなかったと思うんです」

トークの様子。左から大島慶太郎さん、折笠良さん、環ROYさん。(撮影:リョウイチ・カワジリ 写真提供:札幌文化芸術交流センター SCARTS)

トークの様子。左から大島慶太郎さん、折笠良さん、環ROYさん。(撮影:リョウイチ・カワジリ 写真提供:札幌文化芸術交流センター SCARTS)

語り落とすものがある。
この言葉に私は大きく頷いた。
このような連載の文章を書くときにも、
すべてを伝え切れないもどかしさをいつも感じていたからだ。

また伝え切れない部分があるために、
私は同じテーマについて何度も書くことがあるのだが、
そのとき「斜めから」や「正面から」捉える感覚があって、
折笠さんが語りの角度を意識している点にも共感を持った。

海辺で拾ったビーチグラスを
地域通貨に。各地に広がる
「ビーチマネー」に込められた想い

「ビーチマネー」
という活動で見直した、
わが家の暮らし

伊豆下田で暮らすフォトグラファーの津留崎徹花さん。
『Beach Money Guide』という冊子の撮影をきっかけに、
海で拾い集めたビーチグラスを地域通貨として使える
「ビーチマネー」の活動について知ることに。
このビーチマネーによって、徹花さんが気づいたこととは。

マカロン、タルトなどお菓子づくりに、
庭のバラを愛でる暮らし。
大人が趣味に没頭できる家

家族6人でアイランドキッチンを囲む暮らし

日本有数の名山が連なる北アルプスの稜線を一望できる長野県松本市。
この景観に惚れ込み、5年前に東京から移住してきたのが、
的場一峰(まとば・かずみね)さん一家だ。
一家が暮らすのは、住宅ブランド〈BESS〉のなかでも
三角屋根が特徴的なログハウス「G-LOG」。
室内から外へゆるやかにつながるウッドデッキがあり、
その先に手入れの行き届いたイングリッシュガーデンが広がっている。

松本駅からほど近い住宅街で、ひと際目立つとんがり屋根のお宅から
的場一峰さん・友恵さんのご夫婦と子どもたち4人の賑やかな声が聞こえてきた。

的場さん夫婦の共通の趣味は登山。理想の暮らしを実現するために松本へ移住を決意。

的場さん夫婦の共通の趣味は登山。理想の暮らしを実現するために松本へ移住を決意。

バラのアーチをくぐり、ウッドデッキから玄関を上がると
広々としたダイニングとキッチンが出迎えてくれる。
お菓子づくりが趣味の友恵さんが、
とくにこだわり抜いたというのがアイランドキッチンだ。

キッチンにはあらゆる調理器具を取りそろえ、それに合わせてキッチンを調整した。
〈ミーレ〉の食洗機やオーブン、〈キッチンエイド〉のミキサー、
〈ロボクープ〉のフードプロセッサーなど、
友恵さんのキッチンにはプロ顔負けのキッチンツールが並んでいる。

〈ミーレ〉のオーブンで得意料理のスコーンを。友恵さんはもっぱらつくるのが専門。

〈ミーレ〉のオーブンで得意料理のスコーンを。友恵さんはもっぱらつくるのが専門。

というのも、友恵さんは東京でスパイスカレーやクレープなど
手づくりをコンセプトにした喫茶店を経営していたこともあり、
自宅でのお菓子づくりも本格的だ。

松本に来て、東京暮らしのときには
なかなか挑戦しづらかったお菓子にもチャレンジしている。

「東京に住んでいたときは、マンションの手狭なキッチンがとにかく窮屈でした。
このキッチンなら下の女の子3人も広く使うことができるので楽しいし、
ストレスなく料理できるようになりました」(友恵さん)

とくにマカロンは、簡単そうで意外と難易度の高いお菓子。
すぐにひび割れてしまったり、オーブンが変わるだけでも微妙な誤差が生じるので
友恵さんは、マカロンづくりに実験的な楽しさを見出している。

長野の特産品でもあるルバーブを使ったタルト。タルトだけではなく、ルバーブのジャムをつくることも。

長野の特産品でもあるルバーブを使ったタルト。タルトだけではなく、ルバーブのジャムをつくることも。

そのなかで、新しいレシピに挑戦することは日々の楽しみ。
松本に来てBESSの家で暮らすことで、自然を身近に感じ、
本格的に家庭菜園を始めたり、地元の特産食材にも注目するようになった。

地元で採れたブルーベリーやルバーブは新鮮でおいしい。
そうした地元の食材を、どうしたらお菓子としてさらにおいしくなるか、
研究しながらお菓子をつくることがとにかく楽しいようだ。
友恵さんの料理への探究心と情熱は、
松本に来てより一層燃え上がっている。

ウェブサイト 『ほんものにっぽんにのへ』に学ぶ 岩手・二戸「ほんもの」の営み

(画像:『ほんものにっぽんにのへ』ウェブサイト内動画より)。

ウェブサイト『ほんものにっぽんにのへ』公開

岩手県二戸市が、南部美人や浄法寺漆など、
土地の資源や気候を生かし、
持続可能な産業を育むことで培われてきた
テロワールの魅力を紹介するウェブサイト『ほんものにっぽんにのへ』を公開しました。

ウェブサイトでは、
国産漆生産の70%を占める浄法寺の漆で器をつくる
塗師・岩舘巧さんや、世界40か国・地域に輸出され、
国内外のコンペティションでも数々の受賞歴がある
南部美人の5代目蔵元・久慈浩介さんなど、
二戸で生きる人々の魅力を伝える記事や動画が掲載されています。

南部美人の久慈浩介さん(画像:『ほんものにっぽんにのへ』ウェブサイト内動画より)。浄法寺漆と南部美人については、こちらの記事でも紹介しています。

南部美人の久慈浩介さん(画像:『ほんものにっぽんにのへ』ウェブサイト内動画より)。浄法寺漆と南部美人については、こちらの記事でも紹介しています。

その土地に適した、無理のない方法で育まれてきたからこそ価値があり、
世界的にも誇れる素材となっている二戸のテロワール。
首都圏の30代~40代の知的好奇心の高い女性や、
インバウンドの富裕層をターゲットとした観光プロジェクトですが、
新型コロナウイルス感染症の拡大により、県外との行き来は困難に。

それでも二戸では、辛抱強く、力強く、ほんものの営みが続けられています。

7月に開催されたウェブサイトのお披露目会では、二戸のテロワールを育むつくり手が登壇し、これからの観光産業の展開を考える意見交換会が開催されました(左から浄法寺うるしび合同会社代表社員三角裕美さん、株式会社南部美人代表取締役社長久慈浩介さん、二戸市観光協会会長中田勇司さん、株式会社小松製菓執行役員青谷耕成さん、おぼない旅館若女将大建ももこさん、藤原淳二戸市長)。

7月に開催されたウェブサイトのお披露目会では、二戸のテロワールを育むつくり手が登壇し、これからの観光産業の展開を考える意見交換会が開催されました(左から浄法寺うるしび合同会社代表社員三角裕美さん、株式会社南部美人代表取締役社長久慈浩介さん、二戸市観光協会会長中田勇司さん、株式会社小松製菓執行役員青谷耕成さん、おぼない旅館若女将大建ももこさん、藤原淳二戸市長)。

「このコロナは絶対乗り越えられる」

そう話すのは国税庁が酒類製造免許の取得手続きなどを簡素化したことを受け、
いち早く消毒用エタノールの代替品となる
〈南部美人アルコール65/77〉を製造した南部美人の久慈浩介さん。
「スペイン風邪やペストを乗り越えて、今この世界に私たちがいる。
ここに生きながらえている人たちは、世界の疫病を克服してきた末裔です。
だから絶対乗り越えられる」と熱く思いを語りました。

二戸の魅力をもう一度学び直す作業を始めたのは、
開湯380年の金田一温泉郷にある〈おぼない旅館〉。

おぼない旅館の若女将大建ももこさん(画像:『ほんものにっぽんにのへ』ウェブサイト内動画より)。

〈おぼない旅館〉の若女将大建ももこさん(画像:『ほんものにっぽんにのへ』ウェブサイト内動画より)。

金田一温泉郷の従来の宿泊は、関東関西九州が主流。
「日ごろ日帰り温泉を利用している
おじいちゃんおばあちゃんたちを守らなければならない」
という思いから4月末からゴールデンウィークにかけて
温泉郷全体で休業を決意します。
(おぼない旅館はこちらの記事でも紹介しています)。

緑美しい金田一温泉郷の景色(画像:『ほんものにっぽんにのへ』ウェブサイト内動画より)。

緑美しい金田一温泉郷の景色(画像:『ほんものにっぽんにのへ』ウェブサイト内動画より)。

「ずっと営業していた明かりが消えて、
源泉も天然資源なので一回止めて、温泉にお湯が入っていない状態を1か月過ごしたんです。
真っ暗い金田一温泉郷のなかから外に出ないで、
気持ちも落ち込んでいたときに、常連さんからぽつぽつメールが来るようになって」
と教えてくれたのは、おぼない旅館の大建ももこさん。

メールに書かれていたのは、
「もうちょっと頑張っててね」「待っててくださいね」という励ましの言葉。
それもいろんな国の言葉で。

遊び方いろいろ。
人々に愛される
ちょっとユニークな
「わたしのまちの公園」

今月のテーマ 「わたしのまちの公園」

原っぱで子どもたちが駆け回ったり、
ベンチで読書をしたり、園内をランニングしたりと、
自粛期間中もまちの憩いの場として活用されていた公園。

最近では、公園内にカフェやBBQ場があるなど、施設も充実。
公園での過ごし方も変化しています。

今回は、日本各地の〈地域おこし協力隊〉のみなさんに
お住まいの地域にある公園をご紹介いただきました。

遊具とベンチだけがある一般的な公園とは
ひと味もふた味も違うユニークなところばかり。
3密を避けた遊び方もできるようなので、
自身に合った楽しみ方で公園ライフを過ごしてみてはいかがでしょうか。

日常のなかに海がある!
小豆島で海遊び

あらためて気づいた魅力、そこから楽しみをつくり出す

あー、暑い。暑すぎる。
今年はお盆を過ぎても、朝も夕方も全然涼しくならない(涙)。
小豆島、毎日ほんとに暑いです。

スイカ! こんな立派なスイカを収穫できたのは初めて。

スイカ! こんな立派なスイカを収穫できたのは初めて。

暑い夏にはよく冷やしたスイカだぜ!

暑い夏にはよく冷やしたスイカだぜ!

今年は新型コロナウイルスの影響で子どもの夏休みが短く、
遠くへの移動もなんとなく自粛の雰囲気。

いつもの夏なら、子どもはぶぅぶぅ言いながら
自由研究や読書感想文などの宿題に取り組み、
私たちは暑さのなか、ひぃひぃ言いながら畑作業とカフェ営業。
夏休みも後半になって、さぁ夏休み! 高知行くぞー、沖縄行くぞー! 
と遠方の海に遊びに行ってました。

さて今年の夏はどうしようか。
県内の美術館に行こうか、新しくできた水族館に行こうか。
うーん、どうしようね。と考えてたら、いろは(娘)の夏休みも残り1週間。
クーラーをきかせた家の中は快適で、なんとなく時間が過ぎていく。

家の中は快適。ハンモックで読書。

家の中は快適。ハンモックで読書。

あー、こんな姿を見ていると、私も家でぐーたらしていたくなる。時にはこんな感じでいいんですけどね。

あー、こんな姿を見ていると、私も家でぐーたらしていたくなる。時にはこんな感じでいいんですけどね。

あかん! このままでは夏が終わってしまう。
よし、海に泳ぎに行こう! と思いたって、
ある日の夕方、海に泳ぎに行きました。

海ー! ダイブ! 夕方思いたって行った島の北側の海。

海ー! ダイブ! 夕方思いたって行った島の北側の海。

海に入ると甘いものを食べたくなる。近所の商店であんぱんとお菓子を買っていきました。

海に入ると甘いものを食べたくなる。近所の商店であんぱんとお菓子を買っていきました。

仕事を決めずに移住してどうなった?
「関係人口」を増やすための
新しいナリワイとは

移住して4年目、
地方での働き方は…?

新しい土地で暮らし始めてから、自分に合った仕事を見つけたい。
そんな思いで、仕事を決めずに下田に移住した津留崎鎮生さん。
“月3万円ビジネス”の考え方に影響を受け、
複数の仕事を組み合わせて働くという働き方を実践しています。
そして移住して4年目、またひとつ
新たなナリワイが見つかったようです。

遠隔地で在宅勤務。
孤独や焦りを解消するため
暮らし方をどう変えた?

精神的に不安定になって実践したこと

今年、わたしは北海道のふたつの大学で、編集の仕事を紹介する講義を行った。
講義といっても今回は新型コロナウイルス感染拡大防止の観点から遠隔授業。
ひとつの大学ではオンラインで行い、もうひとつの大学では
スライド資料を用意してネットに公開したり、
学生からの質問に答えたりという試みを数回行った。

学生からの質問で多かったもののひとつは、わたしが2011年から約3年間、
東京の出版社に所属しながら北海道で在宅勤務をしていたことについてだ。
オンライン講座を受けたり、講義の記録映像や課題の資料を
パソコンで見たり読んだりしている学生さんたちは、気持ちの切り替え方法や
よりよい向き合い方についてのヒントを探りたいと思っているようだった。

そんななかで、全国の大学で実際されている遠隔授業の実態について、
学生さんたちの生の声を知りたくなり、わたしはあるときSNSを見てみたことがある。
そして、パソコンの前にずっと座っていることで極度の疲労を感じていたり、
レポートなどの課題が多くて対応できなかったり、
自分だけが取り残されているのでないかという
孤独感をもっていたりという人がいることがわかった。

これらの言葉は他人事とは思えなかった。
わたしも在宅勤務を始めた当初は、ずっとパソコンにかじりついて仕事をし、
ときどきオンラインで会議を行っていて、
出勤していたときとは違う感覚に戸惑いを覚えていたからだ。

これまでは、北海道では寒くて重苦しい冬の季節が長く続くことが
気持ちを不安定にさせていたと思っていたのだが、
SNSの声を見て、ネットだけで会社とつながることも、
ひとつの要因だったのではないかと思うようになった。

家事や育児をしながらの仕事。パソコンに向かう時間が多くて、首が痛くなることもある。

家事や育児をしながらの仕事。パソコンに向かう時間が多くて、首が痛くなることもある。

在宅勤務を始めて半年が過ぎた、3月くらいのことだったと思う。
朝起きると吐き気がして、3時間くらいはなかなか治まらないという状態が続いていた。
医者に行ったわけではないが、これは精神的に何かがおかしいと感じ、
切実に暮らし方を変えようと思った。
実践したことはふたつ。

まずひとつは、自分の評価を他人と比べず自分ですることだ。
ネットだけで会社とつながっていると、
社内で自分がどういう立場に置かれているのか見えにくくなる。

また、同僚の仕事ぶりもまったくわからなくなるので、
1日に自分がどのくらい人より仕事をしたのか、
あるいは仕事をしていないのかが比べることができなくなった。
これは、出勤していたときには意識していなかったが、
会社の全体の雰囲気のなかで、自分が少し秀でていると感じられることが、
仕事のモチベーションになっていたことを悟った。

在宅勤務当時手がけた書籍。2年半の歳月をかけてつくった『日本美術史』など、思い出深い本がたくさんある。

在宅勤務当時手がけた書籍。2年半の歳月をかけてつくった『日本美術史』など、思い出深い本がたくさんある。

また、オンラインの会議では、いつも言い足りない、聞き足りないことが残っていた。
対面での会議では、始まる前に、今日は暑いとか寒いとか、ランチがどうだったかなど、
雑談である程度コミュニケーションを図りながら会議へと入っていく。
しかし、オンラインでは、いきなり本題に入り、
会議が終ればあっという間に回線が遮断される。

いまにして思えば、雑談で気持ちを共有するからこそ通じ合っていると感じていて、
そこがなくなったことで、相手の真意が伝わらず変な解釈をしていたことに気づき、
そうした判断を極力しないように努めた。

さらに、会社や仕事先のメールを気にしすぎることも止めた。
わたしの仕事を否定するような言葉に異常に反応してしまい、
そのことを悶々と考えたりすることもあった。
おそらく会話の中であれば、スルーできるようなレベルの小さなことなのだが、
相手の表情もわからずに内容だけが入ってくると、拡大解釈してしまって、
悪いほうへと気持ちが流れていくのだった。

そこで、否定された内容のところは、目を細めてやや読み飛ばし気味にして、
ほめてくれたメールがあったら、それを何度も読み返すようにしていった。
気持ちを明るくするメールだけを意識的に記憶にとどめるようにしたのだ。

北海道に移住して小さな菜園をつくったこともあった。土をいじっていると、マイナスな感情がやわらぐ。

北海道に移住して小さな菜園をつくったこともあった。土をいじっていると、マイナスな感情がやわらぐ。

こうしたネットに対する反応の方法とともに、
毎日、すぐにクリアできそうなささやかな目標を立てることにした。
「今日は締め切りの原稿を半分書けたら良しとしよう」とかそういう感じだ。
「今日は締め切りの原稿を絶対に書き上げる!」とすると、
書き上げられなかったときの落胆がひどいので、
つねにちょっとした逃げ道を用意しておくような、目標を設定していった。

そして、終ったときに、けっこう今日はがんばったなあとか、
意外にいい原稿が書けたなあとか、良かったことを振り返る時間を持つように
意識をしていったら、少しずつ前向きな気持ちが上回るようになっていった。

キャンプ道具の出し入れも自由自在。
遊びの達人の家は
暮らしをまるごと楽しむ装置

福井市の郊外に、志津が丘と呼ばれる緑に囲まれた住宅地がある。
福井平野と越前海岸を隔てる山地の入り口に位置している。
市街地から車で40分ほどの距離だが、志津が丘では夜、フクロウが鳴くらしい。

その土地に、若い世代からも慕われる“遊びの達人”である竹下光彦さんが暮らしている。「横乗り系の遊びは全部、やりました」と語る竹下さんは、福井県鯖江市で生まれ、
若い頃はスケーターとしても北陸で名を知られた。

大人になっても情熱を失わなかった結果、たどりついた家

玄関先にスケボーや自転車

大人になっても遊びを突き詰められる人はかっこいい。
多くの人は年を重ねるにつれ、知らないうちに遊び心を失っていく。
暮らす場所ひとつとっても、便利さや快適さ、合理的な機能が優先され始める。

しかし、竹下さんは違う。
「子どもの学校から近い環境を」という
奥さん・恵子さんの意見にはきちんと耳を傾けながらも、
若い頃から突き詰めてきた遊びへの情熱を決して絶やさない人だ。

横乗り好きな雰囲気を感じる竹下光彦さん。

横乗り好きな雰囲気を感じる竹下光彦さん。

さすがに若い頃と比べて横乗り系の遊びに関しては出かけられなくなったというが、
玄関口にはスケートボードが立てかけられ、
吹き抜けのリビングの一角には、3メートル近くありそうな
サップ(SUP=Stand Up Paddleの頭文字。立ったままパドルを漕いで乗る板)が、
立てかけられている。

「空気を入れて膨らませるタイプなので、本当は小さく収納もできます。
ただ、丸めてしまうと素材も傷みます。
いろいろ保管場所を考えたのですが、
これほど大きなサップをそのまま置ける場所といえば、ここしかありませんでした」

3メートル近くあるサップが、余裕をもって立てかけられる高い吹き抜け空間。

3メートル近くあるサップが、余裕をもって立てかけられる高い吹き抜け空間。

吹き抜けには金網の棚もあり、
その上にはプラスチック製の大きな収納ボックスが並んでいた。
2階のロフトスペースにはキャンプ用品がぎっしりと並んでいて、
寝室にはサーフボードやスノーボードが立てかけられている。

「前に暮らしていたマンションでは、家族でキャンプに出かけるたびに、
大変な思いをしていました。
荷物をエレベーターで何往復もして車に運ばなければいけませんし、
そもそも大きすぎて、外に持っていくこと自体が大変な荷物もありました」

ウッドデッキでランプを灯す

「しかし、この家の場合は荷物の出し入れで、
角が引っかかるような余計な構造物がありません。
リビングの窓が大きく、ウッドデッキにもつながっているので、
サイズのある道具でも出し入れがラクです。
軒先でバーベキューをしようと思ったら、あっという間に準備が整ってしまいます」

確かに竹下さんのように、さまざまな道具を駆使しながら屋外の遊びを存分に楽しむ人には、
今のような家でないと窮屈かもしれない。

もちろんマンションは一般的に、極めて合理的につくられている。
しかし、それは日常的な都市生活を送るためであって、
3メートルのサップを出し入れするための合理性ではないのだ。

2階のロフトスペースにはキャンプ用品がぎっしりと並んでいる。

2階のロフトスペースにはキャンプ用品がぎっしりと並んでいる。

Go To? 自粛? 
離島のカフェはどうしたらいい?

カフェ営業を再開したものの……

ようやく梅雨が明けたと思ったら、突然やってきた猛暑。
あー、きたきた、この耐え難い暑さ。
日中の畑仕事は、頭から足までノンストップ・汗!
水浴びしたり、こまめに着替えたりしながら、
夏野菜の収穫、秋冬野菜の準備をしています。

パワフルな夏の太陽のもとで育つ夏野菜たち。野菜にとってもちょっと暑すぎるけど。

パワフルな夏の太陽のもとで育つ夏野菜たち。野菜にとってもちょっと暑すぎるけど。

スイカー! 身内で食べるようにいくつか栽培しました。収穫のタイミングとかいろいろ難しいなあ。

スイカー! 身内で食べるようにいくつか栽培しました。収穫のタイミングとかいろいろ難しいなあ。

一面のサツマイモ畑。収穫はもう少し先。元気に育て!

一面のサツマイモ畑。収穫はもう少し先。元気に育て!

私たち〈HOMEMAKERS〉は農業をしながら、
週2日、金曜・土曜日はカフェを開いてきました。

今回のコロナ禍で、4月〜7月中旬まではカフェを臨時休業していました。
感染拡大防止のための休業でもありましたが、いまの私たちはカフェを営業するよりも、
野菜を育て、必要としている人たちに届けることを優先しようという判断で。

6月下旬に全国的に移動や営業自粛が解除され、私たちはどうしようかと考えましたが、
7月中旬から週1日、土曜日のみカフェの営業を再開しています。
店内の席数を減らし、庭に外席を新たに設置しました。
テイクアウトできるようにしようか、いままでと違うメニューにしようかなど
いろいろ検討しましたが、いまのところは大きく変えていません。

現在〈HOMEMAKERS Farm & Cafe〉は週1日、土曜日のみ営業しています。

現在〈HOMEMAKERS Farm & Cafe〉は週1日、土曜日のみ営業しています。

デザートには季節の野菜や保存用につくっておいたジャムなどを練り込んでマフィンを焼いてます。

デザートには季節の野菜や保存用につくっておいたジャムなどを練り込んでマフィンを焼いてます。

7月の下旬から、Go To トラベルキャンペーンが始まり、
小豆島にもたくさんの人たちが遊びにきています
(それでもいつもと比べたら、歩いてる人、車の数など全然少ないですが)。

8月27日からは、小豆島独自の企画「小豆島復路フェリー無料キャンペーン」を
開始するそうです(島内で宿泊などの条件を満たすと、
帰りのフェリー代が無料になります。詳しくはこちら)。

〈くーさんの焙煎所〉
河津町に移住し、小さなカフェと
藍染工房を開いた夫婦

移住して自分たちの
仕事をつくる夫婦

東京から岡山県へ、そして伊豆の河津町に移住し、
自宅を改装して小さなカフェと藍染の工房を開いた夫婦。
人とのつながりを大事にし、自分たちの個性を生かす仕事をしようと
開いた念願のお店です。
移住前に東京で知り合い、いま隣町の下田で暮らす津留崎徹花さんが、
そんな夫婦を訪ねました。

北海道を掘り下げるタブロイド紙
『THE KNOT SAPPORO Magazine』
が生まれて

Art Direction by Ryo Ueda [COMMUNE], Photo by Ikuya Sasaki

地域のカルチャーを取り上げる新たなメディア

北海道で生きる人々と、地域のカルチャーを取り上げる新しいメディアが生まれた。
『THE KNOT SAPPORO Magazine』は、8月1日に札幌でオープンしたホテル
〈THE KNOT SAPPORO〉が年2回刊行するタブロイド判フリーペーパーだ。
アートディレクターは札幌を拠点に活動する〈COMMUNE〉の上田亮さんで、
上田さんに声をかけてもらい、私は編集長を務めた。

〈THE KNOT SAPPORO〉。ラウンジにはデザインの違う椅子が並べられ遊び心を感じさせる。(photo:Tsubasa Fujikura)

〈THE KNOT SAPPORO〉。ラウンジにはデザインの違う椅子が並べられ遊び心を感じさせる。(photo:Tsubasa Fujikura)

THE KNOTは2017年、横浜を皮切りに、新宿、広島、札幌にも拠点を持つ。
コンセプトは「旅するホテル」。その土地の特性を生かし、
地域ごとに、それぞれ内装やアメニティ、食にもこだわっている。

札幌は「大自然の大都会」を軸に据え、
建築には札幌軟石や赤れんがなど地元らしい素材を取り入れ、
道内で活動するアーティストらの作品を壁面に設置したりなど、
この場所のために作家に作品制作を依頼する、
いわゆるコミッションワークも行っている。

『THE KNOT SAPPORO Magazine』も、ホテルの情報は控えめに、
北海道を深く掘り下げるメディアであり、これらを通じて、THE KNOTは
宿泊だけでないアートやカルチャーが生まれる場所をつくり出そうとしている。

ラウンジからはアーティスト国松希根太さんの作品が見える。タイトルは『HORIZON』。地平線のようにも水平線のようにも見える風景だ。(photo:Tsubasa Fujikura)

ラウンジからはアーティスト国松希根太さんの作品が見える。タイトルは『HORIZON』。地平線のようにも水平線のようにも見える風景だ。(photo:Tsubasa Fujikura)

特集は「MOUNTAIN IS」。
第1号では、THE KNOTに縁のある人々を紹介するものにしようと考え、
ホテルに併設されたギャラリーのオープニングを飾る展示を行った
フリーランスのキコリである〈outwoods〉足立成亮さんと、陣内雄さんを取り上げた。

山は私にとっても思い入れの強いテーマ。
一昨年に山を購入し、以来、新しい視点で山の価値を見出そうとする山主や
林業者に興味を持ち、折りに触れ取材をしてきた。

足立さんには1年ほど前に、別の媒体で取材をしたことがある。
そのとき、芸術祭にアーティストのひとりとして参加し、
文章も書く足立さんの姿を見て、キコリに対するイメージが
ガラリと変わったのを覚えている。

また、陣内さんには今回が初めての取材となったが、林業関係者から、
次世代の林業をつくるためにアグレッシブに活動している人だと聞いており、
ぜひ一度会ってみたいと思っていたのだ。

ちなみに、アートディレクターの上田さんとの出会いも山がきっかけ。
前々から上田さんは山に家を建てたいと考えており、
この連載で私が山を買ったことを知ってくれて、
友人を介して会ったのが交友の始まりだ。

photo:Ikuya Sasaki

photo:Ikuya Sasaki

まちの歴史を知り、
地域に愛される「わたしのまちの老舗」


今月のテーマ「わたしのまちの老舗」

味や技を守り、歴史と伝統のあるお店は
「老舗」と呼ばれ、地域内外の人から愛されています。

今回は全国の〈地域おこし協力隊〉のみなさんから
まちにある老舗店を紹介してもらいました。

和菓子から、染物屋まで日本の伝統を受け継ぐお店ばかり。
オンラインで手に入る商品も多いので
ぜひこの機会に100年続く味や技術を楽しんでみてください。

【秋田県秋田市】
TVでも紹介され、秋田っこに知られる和菓子店

地元に愛され、TV『嵐にしやがれ』でも取り上げられたほど有名な
和菓子の老舗が秋田市にあります。
秋田の和菓子といえば、と言われるほどの老舗〈三松堂〉。
創業当時は煎餅屋から始まったとされ、
洋菓子の提供なども経て、現在は和菓子に特化した専門店として営業しています。

古き良き面影の残る店舗は大正13年創業。

古き良き面影の残る店舗は大正13年創業。

長きにわたり修業を積んできた4代目イケメン店主の後藤さんは、
秋田の和菓子の開拓者でもあります。

一番のこだわりは“あんこ”。
通常の菓子店だと、既製品の餡に砂糖を加え、
どの和菓子にも同じあんこを使用するのですが、
〈三松堂〉では、厳選された小豆から丁寧に、粒あん・こしあん別、
さらに商品ごとにあんこをつくり分けるところまでこだわり抜いています。

店内にもあんこに命をかける工程がコミカルに描かれたポスターも。

店内にもあんこに命をかける工程がコミカルに描かれたポスターも。

こだわりはあんこだけではありません。
わらび餅や生地にも店主の想いが詰まっています。
通年人気商品の〈千秋最中〉は、自分であんこを挟めるように工夫され、
パリッとした食感も楽しめます。

生地が口裏に付く最中が苦手だった私ですが、〈千秋最中〉を食べて眼から鱗! 大好きになりました。

生地が口裏に付く最中が苦手だった私ですが、〈千秋最中〉を食べて眼から鱗! 大好きになりました。

その他、ロングセラーには、〈あんドーナツ〉や〈いちじくパイ〉。
季節限定の商品もあり、夏は〈若桃大福〉や〈麩饅頭〉が。
もちろん、どのあんこも違ったテイストです。

秋田はいちじくを好んで食べる文化があり、〈いちじくパイ〉も地元の味。

秋田はいちじくを好んで食べる文化があり、〈いちじくパイ〉も地元の味。

また、夏季限定のかき氷も。
和菓子屋さんが提供するかき氷はとはひと味違います

人気商品〈黒蜜きなこあずき〉700円(税込)。6月中旬~9月上旬頃までの夏季限定です。

人気商品〈黒蜜きなこあずき〉700円(税込)。6月中旬~9月上旬頃までの夏季限定です。

食べなきゃ損! お取り寄せもできますので、
ぜひ秋田市の老舗〈三松堂〉の和菓子を堪能してみてください。

information

map

三松堂

住所:秋田県秋田市中通5丁目7−8

TEL:018-833-8401

営業時間:9:30〜18:00

定休日:日曜・祝日

Web:https://www.wagashi-otoriyose.jp/

photo & text

重久 愛 しげひさ・いつみ

「死ぬまでには一度は行きたい場所」で知られる鹿児島県与論島出身。2019年に縁あって秋田県秋田市にIターン。よそ者から見た秋田市の魅力や移住に至る経験を生かして、秋田市の地域おこし協力隊に着任。YOGAを生かした地域交流を図る事業や、移住者を受け入れる市民団体事業をプロデュース中。山菜採りにすっかり夢中に。自称「立てばタラの芽、座ればバッケ、歩く姿はコシアブラ」。

小豆島でおいしいピザをゆったりと。
〈Pizza Kamos〉と
〈cafe u ra ni wa〉

天然酵母でつくる生地がおいしい!〈Pizza Kamos〉

私たちが小豆島に移住してきたのは2012年。
それから8年の間に、新しいカフェやパン屋、ジェラート屋、
自家焙煎のコーヒー豆屋、美容院など新しいお店がだいぶ増えました。
小豆島に移住してきた人が経営する小さなお店が多く、
個性豊かですてきなお店がたくさんあります。

そんなお店の中でも、とびきりセンスがいいピザ屋があります! 
オーナーは山本友則さん。
もともと高松のイタリア料理のお店でピザ職人として働かれて、
2019年5月に小豆島に〈Pizza Kamos〉をオープンされました。

お店の名前は、Kamosと書いて「カモス」と読みます。
そう! 「醸す」からきているんです。

2019年5月にオープンした小豆島のピザ屋〈Pizza Kamos〉。土庄港(とのしょうこう)から歩いて5分ほどの住宅街にあります。

2019年5月にオープンした小豆島のピザ屋〈Pizza Kamos〉。土庄港(とのしょうこう)から歩いて5分ほどの住宅街にあります。

もともとは島の会社の事務所だった建物を改修してピザ屋に。

もともとは島の会社の事務所だった建物を改修してピザ屋に。

古い木の家具の雰囲気がとてもいい。窓の外にはオリーブの木。

古い木の家具の雰囲気がとてもいい。窓の外にはオリーブの木。

古い木の家具やアンティーク食器が並ぶ店内は、やさしくて穏やかな雰囲気。
統一された世界観、カモスワールド。
おしゃれなんだけど、疲れないおしゃれ、心地いいおしゃれ。
いいよねぇ、こういう雰囲気って感じると思います。

お店の雰囲気がいいだけじゃなくて、もちろんピザもおいしい。
特にピザ生地がおいしい。
Kamosのピザ生地は天然酵母で発酵させたもので、
香りと食感が最高でずっと食べ続けていたくなります。

ちなみに、いろは(娘)はシラスが苦手でいつも家では食べないのですが、
先日Kamosに食べに行ったときに
「瀬戸内しらすと小豆島レモンの“瀬戸内ピザ”」をもりもり食べていて、
「しらす苦手じゃなかった?」と聞いたら
「生地がおいしいから食べたい」と言って、何切れも食べてました(笑)。
苦手なものでも食べれるようになるピザ生地マジック!

「瀬戸内しらすと小豆島レモンの瀬戸内ピザ」。

「瀬戸内しらすと小豆島レモンの瀬戸内ピザ」。

店の真ん中にある石窯。山本さんがピザを焼いている様子が客席からもよく見えます。

店の真ん中にある石窯。山本さんがピザを焼いている様子が客席からもよく見えます。

私たち〈HOMEMAKERS〉が育てたタイガーメロンでつくってくれたスムージー! Kamosには毎週野菜の配達に行っています。

私たち〈HOMEMAKERS〉が育てたタイガーメロンでつくってくれたスムージー! Kamosには毎週野菜の配達に行っています。