今年、わたしは北海道のふたつの大学で、編集の仕事を紹介する講義を行った。
講義といっても今回は新型コロナウイルス感染拡大防止の観点から遠隔授業。
ひとつの大学ではオンラインで行い、もうひとつの大学では
スライド資料を用意してネットに公開したり、
学生からの質問に答えたりという試みを数回行った。
学生からの質問で多かったもののひとつは、わたしが2011年から約3年間、
東京の出版社に所属しながら北海道で在宅勤務をしていたことについてだ。
オンライン講座を受けたり、講義の記録映像や課題の資料を
パソコンで見たり読んだりしている学生さんたちは、気持ちの切り替え方法や
よりよい向き合い方についてのヒントを探りたいと思っているようだった。
そんななかで、全国の大学で実際されている遠隔授業の実態について、
学生さんたちの生の声を知りたくなり、わたしはあるときSNSを見てみたことがある。
そして、パソコンの前にずっと座っていることで極度の疲労を感じていたり、
レポートなどの課題が多くて対応できなかったり、
自分だけが取り残されているのでないかという
孤独感をもっていたりという人がいることがわかった。
これらの言葉は他人事とは思えなかった。
わたしも在宅勤務を始めた当初は、ずっとパソコンにかじりついて仕事をし、
ときどきオンラインで会議を行っていて、
出勤していたときとは違う感覚に戸惑いを覚えていたからだ。
これまでは、北海道では寒くて重苦しい冬の季節が長く続くことが
気持ちを不安定にさせていたと思っていたのだが、
SNSの声を見て、ネットだけで会社とつながることも、
ひとつの要因だったのではないかと思うようになった。

家事や育児をしながらの仕事。パソコンに向かう時間が多くて、首が痛くなることもある。
在宅勤務を始めて半年が過ぎた、3月くらいのことだったと思う。
朝起きると吐き気がして、3時間くらいはなかなか治まらないという状態が続いていた。
医者に行ったわけではないが、これは精神的に何かがおかしいと感じ、
切実に暮らし方を変えようと思った。
実践したことはふたつ。
まずひとつは、自分の評価を他人と比べず自分ですることだ。
ネットだけで会社とつながっていると、
社内で自分がどういう立場に置かれているのか見えにくくなる。
また、同僚の仕事ぶりもまったくわからなくなるので、
1日に自分がどのくらい人より仕事をしたのか、
あるいは仕事をしていないのかが比べることができなくなった。
これは、出勤していたときには意識していなかったが、
会社の全体の雰囲気のなかで、自分が少し秀でていると感じられることが、
仕事のモチベーションになっていたことを悟った。

在宅勤務当時手がけた書籍。2年半の歳月をかけてつくった『日本美術史』など、思い出深い本がたくさんある。
また、オンラインの会議では、いつも言い足りない、聞き足りないことが残っていた。
対面での会議では、始まる前に、今日は暑いとか寒いとか、ランチがどうだったかなど、
雑談である程度コミュニケーションを図りながら会議へと入っていく。
しかし、オンラインでは、いきなり本題に入り、
会議が終ればあっという間に回線が遮断される。
いまにして思えば、雑談で気持ちを共有するからこそ通じ合っていると感じていて、
そこがなくなったことで、相手の真意が伝わらず変な解釈をしていたことに気づき、
そうした判断を極力しないように努めた。
さらに、会社や仕事先のメールを気にしすぎることも止めた。
わたしの仕事を否定するような言葉に異常に反応してしまい、
そのことを悶々と考えたりすることもあった。
おそらく会話の中であれば、スルーできるようなレベルの小さなことなのだが、
相手の表情もわからずに内容だけが入ってくると、拡大解釈してしまって、
悪いほうへと気持ちが流れていくのだった。
そこで、否定された内容のところは、目を細めてやや読み飛ばし気味にして、
ほめてくれたメールがあったら、それを何度も読み返すようにしていった。
気持ちを明るくするメールだけを意識的に記憶にとどめるようにしたのだ。

北海道に移住して小さな菜園をつくったこともあった。土をいじっていると、マイナスな感情がやわらぐ。
こうしたネットに対する反応の方法とともに、
毎日、すぐにクリアできそうなささやかな目標を立てることにした。
「今日は締め切りの原稿を半分書けたら良しとしよう」とかそういう感じだ。
「今日は締め切りの原稿を絶対に書き上げる!」とすると、
書き上げられなかったときの落胆がひどいので、
つねにちょっとした逃げ道を用意しておくような、目標を設定していった。
そして、終ったときに、けっこう今日はがんばったなあとか、
意外にいい原稿が書けたなあとか、良かったことを振り返る時間を持つように
意識をしていったら、少しずつ前向きな気持ちが上回るようになっていった。
