多拠点居住のサブスクリプション施設
〈LAC伊豆下田〉と
空き倉庫のリノベーションプロジェクト

地域の課題解決に向けた
プロジェクトが始動

伊豆下田に移住し、地元の工務店で建築の仕事に携わる津留崎さん。
その工務店の社長は、地域に大工が少ない、
特に若い世代の大工がいないことに頭を悩ませていました。
そんなとき、いま話題の多拠点居住サービスの拠点が下田に誕生。
それがきっかけで、あるプロジェクトがスタートしました。

北海道三笠市にUターンして
工房を始める。
うつわと暮らしの木工作家、内田悠さん

札幌と旭川の間にある空知地方の南部に位置する三笠市。
北海道の石炭と鉄道の発祥の地で、主要都市や新千歳空港にも近く利便性の高いまちだ。
木工作家の内田悠さんは、3年前、移住先としても人気のこのまちに
家族でUターンして自宅と工房を構えた。
一度は故郷を出て、生まれ育ったこのまちに帰ってきた内田さん。
あらためて体感する三笠の暮らしと、自身の製作活動の変化について聞いた。

田舎の生活は、忙しくも楽しい

まるで映画に出てきそうな、鬱蒼とした森。
どこまでも続く原っぱを、2歳になる朔くんが縦横無尽に駆け回る。

「楽しそうなんですよね、子どもが。
今はひたすら庭で石を掘ることにハマっていますけど、
車を気にせず遊ばせてあげられるから、
もう少し大きくなったらもっと楽しいでしょうね」と、内田さんは目を細めた。

息子の朔くん。

息子の朔くん。

高校を卒業して、岩見沢市役所に入庁した内田さんは
6年勤務した後に上京し、イタリアンレストランなどで働いたあと、
本格的に木工を学ぶべく、岐阜県高山市の〈森林たくみ塾〉に入塾した。
奥様の美帆さんと一緒に暮らし、一度は高山市の雰囲気にも惹かれたが
「母親も住んでいるから、三笠に戻ろうか」という話になった。

「地元には同級生がたくさんいるのですが、
そのひとりである〈山﨑ワイナリー〉の4代目の山﨑太地に
『家と工房を建てたいんだけど、どこかいい場所ない?』って聞いたら
『あるよ』って。紹介してくれたのが、ここだったんです」

自宅と周辺には、およそ15ヘクタールの農地が広がっている。

自宅と周辺には、およそ15ヘクタールの農地が広がっている。

それは、もう何十年も使われていなかった広大な農地。
周辺も農地が続くため民家はほとんどなく、
内田さんは「きっと工房で音を出しても気にならないだろう」と思った。
何より惹かれたのは、その自然豊かな環境だ。

「静かで、製作の邪魔をされることもありません。
今も作業中、ふっと窓の外の緑を見ると癒されますし、
近くに湧き水の池があって、休憩がてら散歩に行ったり
山菜を採ったりもしています」

工房の窓から見える緑は、どことなく幻想的だ。

工房の窓から見える緑は、どことなく幻想的だ。

庭には「最近始めたばかり」という、家庭菜園と呼ぶには広すぎる畑がある。
主に美帆さんが手入れをし、内田さんも時間を見つけて参加しているそうだ。
小松菜、じゃがいも、さつまいも、豆類……、
「そのうち鶏を飼いたい」と美帆さんが言えば、
「狩猟免許も取りたいな」と内田さんが返し、
田舎のほうが忙しいね、と笑い合った。

東京出身の美帆さんは「自然があまりないところで生まれ育ったので、
東京とは全然違って、三笠での暮らしはすごく新鮮です」と話してくれた。
ご両親も友だちも東京にいるため、たびたび帰省するが
三笠から新千歳空港まで、車で1時間程度と近いところも便利に感じている。

奥様の美帆さん。

奥様の美帆さん。

「年に数回、東京でいろいろな情報に触れて、
刺激を受けて帰ってくる……という生活が楽しい。
三笠を拠点に、ときどき東京、という生活が
私には性に合っているようです」

熊本発のコミュニティ型 シェアハウス〈ひだまり〉で、 運営を手伝うたびに家賃が下がる 「フェロー制度」がスタート!

〈Hidamari株式会社〉は2012年に熊本で創業し、
熊本、福岡、東京、神奈川など8つのエリアで、
現在、40棟のシェアハウス〈ひだまり〉を運営しています。

〈ひだまり〉では、住人同士の個性を尊重しながら
自立したコミュニティを形成するためのさまざまな
取り組みを行っており、今回住人向けパートナー制度として
新たに「フェロー制度」を導入しました。

明るい内装で清潔感のあるリビングが心地よさそう。

明るい内装で清潔感のあるリビングが心地よさそう。

フェロー制度とは、シェアハウスの住人がスキマ時間で
運営業務を手伝うことで家賃を減額するというもので、
なんと家賃が無料になるまで活用できるのだとか。

新型コロナウイルスの影響で仕事が減った住人がいたこともあり、
「fellow=仲間」である住人の負担を軽減し、
助け合う仕組みとしてスタートしたのだそう。
家賃という大きな固定費が節約できるのはありがたいですね。

〈ひだまり〉では定期的に食事会を行うなど住人のコミュニケーションを大切にしている。

〈ひだまり〉では定期的に食事会を行うなど住人のコミュニケーションを大切にしている。

フェロー制度は、例えば内見案内・退去立会い・シェアハウス巡回業務などを
手伝うごとにそれぞれ1回3,000円分、
内見案内プラス入居が決まると、加えてひとりあたり10,000円分を
家賃から差し引くというもの。

現在、東京エリアのみの先行実施とのことですが、
すでに家賃分お手伝いされた住人もいらっしゃるそう。
入居希望、または検討される方は一度事前にお問い合わせを。
フェロー制度について詳しくはこちらをご覧ください。

鎌倉・湘南エリアの1棟。他、横浜や都内にも複数空室あり。

鎌倉・湘南エリアの1棟。ほか、横浜や都内にも複数空室あり。

Hidamariの代表取締役・林田直大さんに話を聞きました。
「ゴミ出しひとつでも共同生活では問題になります。
運営者でできることも、やってみたいと思う住人がやる方が
『役割』ができるし、住人同士の親睦が深まったり
自立したコミュニティが生まれやすい。
フェロー制度はまだ導入したばかりで実験的な側面もありますが、
困っている住人への支援策のひとつでもあります。
これをきっかけに僕らのシェアハウス運営に興味を持つ人が
出てきてくれたらうれしいですね」(林田さん)

移住だけでは解決できなかった
心の問題に、コロナ禍で
ようやく気づいて

子育てに対する苦手意識を自覚して

先日、コロカルで連載をしている、小豆島の三村ひかりさんと
下田の津留崎徹花さんと、Zoomでトークをする機会があった。
いずれも東日本大震災がきっかけで地方移住した仲間で、
あらためて“震災”と“コロナ”とを対比しながら考えるきっかけになった。

このときわたしは、東日本大震災で社会の構造に疑問を感じ、意識が「外」に向かい、
コロナ禍では、家族と自分という「内」に目が向いたと語った。

トークのあと、「外」から「内」へ意識が向いた訳を考えるなかで、
自分の心にずっとひっかかっている
“しこり”のようなものがあることを自覚するようになった。
言葉で表しづらいのだが、子育てに対する苦手意識というようなものだ。

この連載で、緊急事態宣言により学校が休校となり、
子どもが家にいつつ仕事もしつつという状況の「しんどさ」について書いたことがある。
当時は、仕事が忙しいから子どもと向き合う時間がとれないことが辛いと、
仕事のせいにしていたのだが、実はそうではなかったと思うようになった。

緊急事態宣言で休校が続き、3人の子ども(9歳、5歳、2歳)の相手をしながら仕事もしていた。

緊急事態宣言で休校が続き、3人の子ども(9歳、5歳、2歳)の相手をしながら仕事もしていた。

苦手意識がある要因のひとつは、生まれ育った環境にあると思う。
わたしはひとりっ子で親は共働き。思い返すと、ひとりでいた記憶が多い。
カミナリが激しく鳴り響き、窓に落雷するのではないかと、
家の真ん中でひとり恐怖に怯えていたり、
マンションの階段はいつも薄暗くて家に入れず、駅で母の帰りをずっと待っていたり。
とにかくひとりでどうやって時間をやり過ごすかに、毎日挑んでいた。

そんなわたしが、3人の子どもの母となった。
家で仕事をしていると、5分おきに代わる代わる「母ちゃん〜!」と話しかけられ、
うっかりするとスマホや眼鏡が破壊され、つねにどこかで物の取り合いが勃発し、
家の中はいつもカオス。

以前に「なんでケンカしているの?」と子どもたちに聞いたら
「楽しいから」という返事には驚いた。
兄弟ゲンカ未体験なわたしにとって、ケンカによって
コミュニケーションしているというのは意外なことだった。

あるとき、ケンカをしている子どもたちを前に呆然としていたら、
夫に「なんで止めないんだ!」と言われたことがあって、
どうやって止めたらいいのか、わたしにはよくわからないことに気がついた。

大雨のなか、外に飛び出し、雨(滝のつもり)に打たれて、謎の修業をする子どもたち。

大雨のなか、外に飛び出し、雨(滝のつもり)に打たれて、謎の修業をする子どもたち。

いま書いたような、自分の家庭環境と現在の環境との違いを客観的に見たことは
実はこれまでほとんどなかった。

それよりも、子育てがしやすい環境づくりという「外」に意識が向いていた。
田舎で暮らし始めて、食の安全に目を向ける生産者さんから
食材を直接調達ができるようになったことに喜びを感じた。
通っている保育園や学校はどちらも少人数。親同士も顔の見える関係だし、
先生もひとりひとりと向き合うことができることがすばらしいと思った。

なにより、子どもが家で飛んだり跳ねたり騒いだりしても、
誰からも苦情がこないことに安堵した。
都会からの移住によって、もう子育ての環境は、
これ以上、望むことはないくらい整っていた。

家の前の倉庫がジャングルジム代わり。いつでもどこでものびのび遊べる。

家の前の倉庫がジャングルジム代わり。いつでもどこでものびのび遊べる。

鎌倉の看板食堂〈朝食屋コバカバ〉
店主・内堀敬介さんと考える、
これからの地域とのつながり方

鎌倉から考えるローカルの未来

長い歴史と独自の文化を持ち、豊かな自然にも恵まれた日本を代表する観光地・鎌倉。

年間2000万人を超える観光客から、鎌倉生まれ鎌倉育ちの地元民、
そして、この土地や人の魅力に惹かれ、移り住んできた人たちが
交差するこのまちにじっくり目を向けてみると、
ほかのどこにもないユニークなコミュニティや暮らしのカタチが見えてくる。

東京と鎌倉を行き来しながら働き、暮らす人、
移動販売からスタートし、自らのお店を構えるに至った飲食店のオーナー、
都市生活から田舎暮らしへの中継地点として、この地に居を移す人etc……。

その暮らし方、働き方は千差万別でも、彼らに共通するのは、
いまある暮らしや仕事をより豊かなものにするために、
あるいは、持続可能なライフスタイルやコミュニティを実現するために、
自分たちなりの模索を続ける、貪欲でありマイペースな姿勢だ。

そんな鎌倉の人たちのしなやかなライフスタイル、ワークスタイルにフォーカスし、
これからの地域との関わり方を考えるためのヒントを探していく。

鎌倉の人気食堂〈朝食屋コバカバ〉は、鎌倉駅東口を降りて歩くこと数分、鎌倉市農協連即売所、通称「レンバイ」のすぐそばにある。

鎌倉の人気食堂〈朝食屋コバカバ〉は、鎌倉駅東口を降りて歩くこと数分、鎌倉市農協連即売所、通称「レンバイ」のすぐそばにある。

鎌倉のまちのハブ的存在

自然とともに生きるオーガニックなライフスタイルを志向する人から、
せわしなく国内外を飛び回るIT企業のビジネスパーソンまで、
さまざまな人たちが暮らす鎌倉には、多様なコミュニティが形成されている。
これらが多層なレイヤーとなって折り重なっていることもこのまちの特徴だが、
長きにわたって、こうした人と人との出会い、
コミュニティ同士のつながりを育む媒介となってきた人物がいる。

鎌倉の目抜き通り、若宮大路沿いにある農産物直売所、通称「レンバイ」の並びで
2006年に〈食堂コバカバ〉を開いた内堀敬介さんがその人だ。

地域の人たちが親しみを込めて「ウッポン」と呼ぶ内堀さんは、
鎌倉の看板食堂の店主であると同時に、ミュージシャンとしての顔も持ち、
地元の飲食店やアーティストらが参加する「グリーンモーニング鎌倉」や、
まちのユニークな人たちを銭湯で引き合わせる交流会「クレイジー銭湯」など、
大小さまざまなつながりの場をつくってきた。

新型コロナウイルスの感染拡大防止のため、約1か月の営業自粛、短縮営業を経て、この7月からは通常の営業時間に近いかたちでお店を回し始めているコバカバの店主・内堀敬介さん。

新型コロナウイルスの感染拡大防止のため、約1か月の営業自粛、短縮営業を経て、この7月からは通常の営業時間に近いかたちでお店を回し始めているコバカバの店主・内堀敬介さん。

2015年には鎌倉界隈で暮らす人たちが集う俳句の会
「コバカバみんなの句会」を立ち上げ、
2017年にコバカバを「朝食屋」としてリニューアルするなど、
近年は季節や自然な時間の流れを感じる暮らしの提案をしてきた内堀さんだったが、
全世界で猛威を振るう新型コロナウイルスの影響によって、
他の飲食店の例に漏れず、コバカバも大きな打撃を受けることとなった。

コロナ禍において、図らずも多くの人たちが地域との関係性を見つめ直すことになり、
まちの店舗がこれからのあり方について再考することを余儀なくされているいま、
鎌倉のまちを誰よりも知り、愛してきた内堀さんは、何を思うのか。

これからの地域との関わり方、ローカルコミュニティのあり方について話し合うために、
営業再開後、間もないコバカバを訪ねた。

鎌倉〈朝食屋コバカバ〉看板

小豆島に移住して農業8年目、
夏のトウモロコシ収穫!

農業を始めて8年目、畑の広さは20倍以上に!

小豆島に移住して8回目の夏を迎えようとしています。
風景のなかの緑は濃さを増し、汗だくで作業する日が増え、
あー、今年もまた夏がやって来るなと感じます。

田んぼ越しに眺める我が家。山と田んぼの緑が美しい季節。

田んぼ越しに眺める我が家。山と田んぼの緑が美しい季節。

ピーマンの成長具合を確認。夏野菜たちがどんどん大きくなっていきます。

ピーマンの成長具合を確認。夏野菜たちがどんどん大きくなっていきます。

私たち〈HOMEMAKERS〉は小豆島で暮らし始めてすぐに畑仕事を始めました。
最初は、おじいちゃんが残してくれた家のすぐ隣にある広さ3畝(せ) ほどの畑から。

ちなみに、畑の広さについてちょっと書いておくと、
私たちは田んぼや畑の広さを話すときに、
「畝(せ)」、「反(たん)」、「町(ちょう)」という単位を使うのですが、

1畝=1a(1アール)10メートル×10メートル=100平米

1反=10a(10アール)1000平米

1町=1ha(1ヘクタール)100メートル×100メートル=10000平米

です。

8年前、3畝(3アール)からスタートした畑は少しずつ広がっていき、
いまは野菜、果樹の栽培あわせて7反(70アール)ほどになりました。
私たちが暮らしている小豆島・肥土山(ひとやま)は山に囲まれた盆地で、
平野部分が少なく、ひとつひとつの畑はとても小さいです。

段々畑の上から撮影。段々畑って風景としては美しいけれど、管理するのはほんとに大変。

段々畑の上から撮影。段々畑って風景としては美しいけれど、管理するのはほんとに大変。

斜面になっている畑や段々畑もあり、農業を本格的にするには
けっこう厳しい条件だったりします。
斜面だとトラクターを運転するのも危険が伴うし、
段々畑だと段になってる石垣の手入れも必要です。
平地の広い畑のほうが、手入れも圧倒的に楽で、農作業の効率がいいんですよね。

でも、昔から地域の人たちが小さな畑や田んぼで
自分たちが食べる米や野菜を育ててきた里山の風景はとても美しくて
私は好きだし、守っていきたいなと思っています。

それまでの畑の主の高齢化などによって使われなくなった畑を少しずつ借りていき、
家から軽トラで3分くらいの範囲にある14か所の畑で
1年を通していろいろな野菜を育てています。

6月頃の〈HOMEMAKERS〉の旬野菜セット。そのとき一番おいしい9品ほどの野菜をお届けします。

6月頃の〈HOMEMAKERS〉の旬野菜セット。そのとき一番おいしい9品ほどの野菜をお届けします。

琵琶湖を望むツリーハウス!
コーヒーとキャンプを愛する暮らし

外から内へ、また外へ。境界があいまいな家

滋賀県にある琵琶湖の西側は、目前まで山が迫っている。
湖岸から少し山へ登っていくだけで、広大な琵琶湖を望むことができる。
その山のなかのひとつ、蓬莱山(ほうらいさん)のふもとに移住し、
家を建てたのが淡田さんファミリーだ。
少し離れたところからでも、「あの家だ!」とわかるのは、
庭にツリーハウスが建てられているから。
ツリーハウスにお邪魔すると、真っ正面に日本一広い琵琶湖。
見晴しがよくて、とにかく気持ちが良い。

ツリーハウスは庭で存在感を発揮する。

ツリーハウスは庭で存在感を発揮する。

こんな心躍らせるツリーハウスを建ててしまう淡田洋平さんは、
2016年、滋賀県大津市に移住した。
外装の壁は木に覆われていて、中に入っても全体的に無垢の木でつくられている。
まず目に入ってくるのは、“通し土間”と吹き抜けの天井まで設えられた本棚だ。

「京都などの長屋が好きで、裏庭から表庭まで通じる通し土間にしたいと思って。
それに本棚と薪ストーブを中心に家のデザインを考えました。
薪ストーブと本棚のおかげで、必然的に吹き抜けになりましたね」と話す淡田さん。

吹き抜けの2階から。

吹き抜けの2階から。

フリーランスで主に自動車のCMF(カラー・マテリアル・フィニッシュ)デザイナーとして
働く淡田さんの仕事場となるデスクは土間にある。
上部の吊り棚やデスク周りには、
木の内装とは対照的なカメラやヘッドフォン、ドローンなどのガジェットがずらり。
イームズのシェルチェアに座り、ここだけ見ると都心のコワーキングオフィスのようだ。

ワークスペースは男っぽい一画。

ワークスペースは男っぽい一画。

本棚にはデザインやインテリア、カルチャー系の雑誌に加えて
アウトドアグッズが整然とディスプレイされている。
テントやシューズ、バーナー、コッヘルなど、淡田さんに選ばれた“1軍”だ。
収納ではなく、飾る。好きなものに囲まれた生活。

淡田さんは、子どもの頃はボーイスカウトに参加していて、
当時は兄や友人とキャンプなどによく出かけていた。
しばらくアウトドア遊びからは離れていたが、東日本大震災をきっかけに、
アウトドアグッズの機能性などに注目。家族ができて再びキャンプに出かけるようになった。

好きなアウトドアギアなどを中心に。

好きなアウトドアギアなどを中心に。

ほかにも、家中にある多肉植物は飯ごうをアレンジしたポットに入れられていたり、
〈ノースフェイス〉のアウトドアチェアを家の中で仕事の打ち合わせとして使用したり。
アウトドアアイテムを屋内の暮らしにもうまく取り入れ、
屋内か屋外かわからないような、
両方がシームレスにつながっているようなライフスタイル。
通し土間という構造がそれを象徴している。

裏庭の玄関から表庭までの通し土間。

裏庭の玄関から表庭までの通し土間。

ウッドデッキには、逆に屋内用の〈カリモク〉のソファが置いてある。
ずっと外に置きっぱなしというが、風雨にさらされて、かえっていい味になっていた。

ウッドデッキでは簡単な食事や仕事も。

ウッドデッキでは簡単な食事や仕事も。

暮らしは? 家庭は? 
新型コロナで考えたこと。
移住者たちのZoomトーク・後編

撮影:三村ひかり

小豆島で暮らし「小豆島日記」を連載中の三村ひかりさん。
岩見沢市の美流渡(みると)地区で暮らし
「うちへおいでよ! みんなでつくるエコビレッジ」を連載中の來嶋路子さん。
伊豆下田で暮らし「暮らしを考える旅 わが家の移住について」
夫と連載中の津留崎徹花さん。

コロカルで連載する移住者3人が、初めてZoomでつながり、
新型コロナウイルスで揺れるそれぞれの思いや暮らしについて語った
クロストークの後編です。
前編はこちらから

いまの暮らし、実はそんなに変わってない…?

徹花: 今回のことで生活が激変したかというと、
わが家は比較的大きな変化がないかもしれない。
そもそも移住してから生活費があまりかかってないし、
夫は通常どおり仕事をしているので。

私も移住する前は東京で毎日のように撮影してたけど、
最近は東京の仕事は月に1、2回。
移住前に比べると収入は4分の1くらいに減っているけれど、
そんな生活スタイルだったので、激減とか激変という感じでもなく。

三村: そうか。でも暮らせてるしね。

徹花: 震災を機に暮らし方を変えたくて下田に移住したけど、
今回のことがあって、移住してよかったと思った。
東京にいて、ずっと先まで仕事の予定が入っていて、
そんななか急に学校が休みになりました、なんていうことになったら
夫と喧嘩になってたかもしれない。
今日は外せない現場だとか、こっちだって撮影だよ! とか、
ぜったいそんなことになってた(笑)。

いまはこれだけ周りに自然があって人混みもなくて、
仕事も詰め込んでいないから、気持ち的にすごく楽。

自宅のすぐ近くには海が。人もいなくて遊ぶこともできる。(撮影:津留崎鎮生)

自宅のすぐ近くには海が。人もいなくて遊ぶこともできる。(撮影:津留崎鎮生)

來嶋: ほんとにそう思う。自然に助けられました。あと北海道は場所が広いから、
もともとソーシャルディスタンスだったことに気づきました(笑)。
うちの子の小学校ももともと少人数制だから、机の配置はほとんど変わってないです。
道を歩いていても、ほとんど人にも会いませんし、
公園にもひとりも子どもがいないなんてことも当たり前です。

近くの山に入って山菜採りに熱中したという來嶋さん。山を歩いているあいだはコロナの恐怖感が薄まっていったという。(撮影:來嶋路子)

近くの山に入って山菜採りに熱中したという來嶋さん。山を歩いているあいだはコロナの恐怖感が薄まっていったという。(撮影:來嶋路子)

三村: 震災で移住した人が増えたなら、今回もまた増えたりするのかな。

徹花: 増えると思う。下田はけっこう別荘の問い合わせが増えてるみたい。
東京の人たちが別荘として使うのか移住するのかわからないけど。

三村: 小豆島はまだあまりそんな話は聞かないな。でも移住者は増えるかもね。

小豆島で農業とカフェを営む〈HOMEMAKERS〉の三村ひかりさん。

小豆島で農業とカフェを営む〈HOMEMAKERS〉の三村ひかりさん。

今年もみんなで田植え完了!
素人から始めた3年目の米づくり、
何が変わった?

素人から始めた米づくりも
3年目に突入

伊豆下田に移住した津留崎さん一家。
移住したら叶えたいことのひとつに米づくりがありました。
1年目から手植え、手刈りで米づくりに挑戦してきましたが
3年目の今年の田植えは、1年目と比べると
大きな違いがあったようです。

コロナ禍であっても、
穏やかに未来をつくる
美流渡の移住者たちの暮らしぶり

コツコツ積み重ねてきたものが、いま花開いて

私の住む人口400人の集落・美流渡(みると)地区は、
コロナ禍であってもなくても、いつもと変わらぬ時を刻んでいるように思える。
北国が遅い春を迎えると田植えシーズンとなり、
農家のみなさんは忙しそうに車を走らせている。
朝、散歩しているご近所さんもいるし、のどかな山あいの風景はあいかわらず美しい。

では、私と同じようにこの地に移住した仲間たちは、
コロナ禍をどう過ごしていたのだろう? 
緊急事態宣言中は、訪ねるのをちょっと遠慮していたが、
6月下旬、少しずつ人の行き来が増えつつある時期に、
みなさんのもとを巡ってみることにした。

向かった先は、美流渡から車で5分ほど山あいに入った上美流渡地区。
このエリアでは、この春から新しい動きが起こっている。

そのひとつは森のパン屋〈ミルトコッペ〉。
薪窯で焼き上げた香ばしいコッペパンは、お昼には売り切れてしまう人気のお店。

パン屋を営む中川さん夫妻が、札幌から移住したのは22年前。
以来、集会所として使っていた古家でパン屋を開いてきたが、
主人の中川達也さんが10年前からコツコツつくり続けてきた工房がようやく完成し、
新店舗にて6月3日からオープンとなった。

冬期は休業で、普段なら4月中旬に営業を始めていたが、コロナ禍だったことに加え、
新しい窯でいつもの味を再現するための十分な研究の時間を取りたいと、
いつもより2か月遅れのスタートとなった。

〈ミルトコッペ〉の新店舗。屋根は業者さんに依頼。できる部分は達也さんが少しずつつくっていった。札幌軟石を手で積み上げていったそうで、苦労がしのばれる。

〈ミルトコッペ〉の新店舗。屋根は業者さんに依頼。できる部分は達也さんが少しずつつくっていった。札幌軟石を手で積み上げていったそうで、苦労がしのばれる。

店内は温かな雰囲気。窓の奥には手製のパン焼き窯が見える。

店内は温かな雰囲気。窓の奥には手製のパン焼き窯が見える。

ミルトコッペから歩いて300メートルほど行くと、中川夫妻が住む〈森の山荘〉がある。
山荘では、妻の中川文江さんが出迎えてくれた。

文江さんはパン屋の女将であり、リンパ液の流れを活性化する施術
「リンパドレナージュ」のセラピストとしても活動している。
普段であれば、ひと月のうち10日ほど東京で施術をし、
いつも予約でいっぱいなのだが、外出自粛要請を受けてからは
東京との行き来をストップさせていた。

思いがけず時間ができたことで、文江さんは新しいことをふたつ始めたという。
ひとつは野菜づくり。根っこつきのネギを友人からもらい、
土に植えたら育つかなと思ったのがきっかけという。
クワで固い土を掘り起こし、ブロッコリーやレタスなど
さまざまな野菜を配置した小さな畑が誕生した。

「このあたりは鹿がくるから、木の枝を畑の周りに差してみたの」とうれしそう。
柵の形はハート型。なんとも文江さんらしい畑だなあと思った。

いろんな種類の野菜が並ぶ、ハート型の畑。

いろんな種類の野菜が並ぶ、ハート型の畑。

そしてもうひとつは薪割り。
昨年、薪ストーブを山荘に設置し、薪となる木材を
友人たちと手分けして、山から運んでいた文江さん。
還暦のお祝いにご主人に斧を買ってもらったそうで、
コロナ禍ではせっせと薪割りに励んだという(!)。

薪割りは全身運動。私などは、斧を持つだけでフラフラしてしまうのに、
文江さんのわき出るようなパワーに圧倒された。

斧を持ってマスク姿で微笑む文江さん。会うと必ず元気がもらえる。

斧を持ってマスク姿で微笑む文江さん。会うと必ず元気がもらえる。

コロナ禍、どうしてた? 
美流渡、下田、小豆島。
移住者たちのZoomトーク・前編

小豆島で暮らし「小豆島日記」を連載中の三村ひかりさん。
岩見沢市の美流渡(みると)地区で暮らし
「うちへおいでよ! みんなでつくるエコビレッジ」を連載中の來嶋路子さん。
伊豆下田で暮らし「暮らしを考える旅 わが家の移住について」
夫と連載中の津留崎徹花さん。

コロカルで連載する移住者3人が、初めてZoomでつながり、
新型コロナウイルスで揺れるそれぞれの思いや暮らしについて、
クロストークを繰り広げました。前後編でお届けします!

観光のまちで暮らすということ

徹花: 今回、下田が観光地なんだなということをあらためて感じて。
観光地ならではの、複雑な状況を初めて知りました。
もうすでに外から来る人が増え始めていて、
海水浴場を開けるか開けないかということひとつにしても、
地元同士でも人によって意識が違うので、すごく複雑。

三村: わかる、わかる。小豆島って観光地なんだなってあらためて感じました。
観光地だけど、私たちにとっては暮らす場所。
でも観光の人が来ないって、こういうことなんだって、
すごく依存してるんだって強く感じました。
ホテルだけじゃなくて、飲食店もお土産を製造している生産者もみんな影響受けてる。
下田は、ホテルは?

徹花: ホテルは開き始めたかな。
でも大きなホテルと個人経営のところと、規模によって違ったり。
まちのお魚屋さんにしても、宿に卸してたから、宿が閉まると立ち行かないとか、
こんな商売の人も観光で成り立ってたんだ、とか。
あらためてそういう影響を感じてます。

來嶋: そうなんですね。
こっちもけっこう観光地だと思ってたけど、おふたりの話を聞いたら
観光客で経済が成り立っているわけではないことがわかりました(笑)。
美流渡にあるゲストハウスはお客さんが来なくて困ってるところもあるけど、
彼らはほかに農家のバイトをしたり、みんななんとか暮らしてますね。
飲食店はもともと3つしかないし。カレー屋さんは営業を始めて、
〈ミルトコッペ〉という人気のパン屋さんも数日前に開きました。

天然酵母を使い、薪窯で焼き上げた〈ミルトコッペ〉のパンは人気で、昼前に売り切れてしまうことも。(撮影:津留崎徹花)

天然酵母を使い、薪窯で焼き上げた〈ミルトコッペ〉のパンは人気で、昼前に売り切れてしまうことも。(撮影:津留崎徹花)

三村: こういう観光地だと、経済が連鎖して回ってるんですよね。
そのなかに私たちも入ってるんだということが今回わかりました。
私たちは農業をして、野菜を出荷して、カフェを経営してるけど、
いまはカフェはお休み中。あとシロップなど加工品をつくってます。
でも業務用の注文は、4、5月はほぼゼロ。
5月末くらいから少しずつ戻ってきてるかな。

徹花: オンラインストアもリニューアルしたしね。

三村: そうなの、偶然そのタイミングで。
応援してくれる人がたくさんいて本当にありがたい。カフェをお休みしてるから、
オンラインで個人のお客さんと直接つながってる強さをすごく感じました。

〈HOMEMAKERS〉の商品だけでなく、小豆島の生産者のものも販売するオンラインストア。(撮影:三村ひかり)

〈HOMEMAKERS〉の商品だけでなく、小豆島の生産者のものも販売するオンラインストア。(撮影:三村ひかり)

徹花: 私は干物が好きで、いろんな干物屋さんに出入りしてるんだけど、
インターネットで販売システムをつくってる干物屋さんは実はいますごく忙しい。
逆に、そういうことをやってこなかったお店は、
クレジット決済もないし、もちろんインターネット販売もしてない。
いままで卸と、買いにきてくれるお客さんだけで成り立ってたから。
そういうところは厳しいですよね。
それで、そういう小さいお店を応援するSNSを立ち上げたんだけど。

徹花さんお気に入りの干物屋さんのひとつ〈山田ひもの店〉。徹花さんは下田の生産者や商店と都市部の人をつなげるSNS「伊豆下田、海と山と。」を立ち上げた。(撮影:津留崎徹花)

徹花さんお気に入りの干物屋さんのひとつ〈山田ひもの店〉。徹花さんは下田の生産者や商店と都市部の人をつなげるSNS「伊豆下田、海と山と。」を立ち上げた。(撮影:津留崎徹花)

三村: この先どうなるかまだわからないですよね。
小豆島観光協会としては、本格的にウェルカムモードになるのは7月20日くらいかな。
でも今年は夏休みも少ないからファミリーがどれくらいくるか。
秋からまた閉めると決めてるホテルもあるみたい。
このままホテルがつぶれたりしたらどうしようと思うけど、
そこまで切実なムードが漂ってるわけでもないかな。

徹花: 切実なムード、漂ってない? 下田は結構漂ってるよ。
個人経営の小さな規模の宿も6月になってオープンし始めたけど、
お客さんに来てほしいという思いと、
来てもらうとそれはそれで難しい面もあるみたいで。
地元の人たちの目が気になったり、チェックアウトしたあとの部屋を
どこまで消毒したらいいのかとか……。すごく苦労してる。

三村: 小豆島はそこまで切実さが漂ってる感じはしないけど、
いままでと違うやり方にしていかないとね。
島の中にはいろいろな飲食店があるけど、島の中の人と、
外から来る人のお客さんの割合って店によって全然違うし、
でも外からのお客さんはやっぱり多いから。
瀬戸内国際芸術祭の影響で台湾からのお客さんもすごく多かったし。
高松に直行便があるからそこから直島や豊島にアートの旅に行ったりね。

來嶋: コロナ禍前に、美流渡のゲストハウスに泊まったオランダ人の、
次の行き先が直島だったんです。美流渡から直島って、
そういう感覚なんだーって、おもしろいなと思いました。

岩見沢市の山間地、美流渡に移住した來嶋路子さんは編集者。東京の仕事をしながら、〈森の出版社ミチクル〉として自分の出版活動も。

岩見沢市の山間地、美流渡地区に移住した來嶋路子さんは編集者。東京の仕事をしながら、〈森の出版社ミチクル〉として自分の出版活動も。

今年のはちみつできました!
養蜂場での「ナンキンハゼ」との闘い
が教えてくれたこと

外来種に気づかされた、
自然界の絶妙なバランス

伊豆下田で暮らし、養蜂場で働く津留崎鎮生さん。
今年もみかんの花のはちみつが採れたということですが、
一方で養蜂場では、「ナンキンハゼ」の繁殖に悩まされたそう。
あらためて自然界のバランスや生態系について
考えさせられるような出来事だったようです。

〈HOMEMAKERS〉の梅仕事!
梅干しとスパイシー梅シロップのレシピ

コロナ禍できちんとできた、今年の梅仕事

6月もあっという間に後半。
梅雨真っ只中の小豆島ですが、あー、この湿度の季節がきたなと
ジメジメ具合にちょっとげんなりしたりしながら過ごしています。

さて6月といえば、梅の季節。
たったいま20キロの梅干し仕込みを完了! その勢いでいま書いてます(笑)。
外は雨。いい雨の日です。

今年は20キロ梅干しを仕込みました。約600個。おいしくできますように。

今年は20キロ梅干しを仕込みました。約600個。おいしくできますように。

ひと粒ひと粒、丁寧に塩とあわせて樽に詰め込みます。

ひと粒ひと粒、丁寧に塩とあわせて樽に詰め込みます。

私たちが小豆島に移住してきたばかりの頃は、
ジャムをつくったり、シロップをつくったり、それこそ梅干しを漬けたり、
そういう季節の手仕事をするのがとても楽しくて、いろいろつくっていました。

移住して8年、だんだんと〈HOMEMAKERS〉の事業の規模が大きくなり、
農作業にカフェの営業、商品の発送作業など、
やらなければいけないことが増えてきてしまい、
気づけば季節の手仕事を楽しむ時間が減ってしまっていました。

あー、なんかそれって嫌だなぁと思っていたのが昨年の冬。
あらためてそういう時間を大切にしたいと感じていました。

そんな折にやってきたのがコロナ禍。
いいのか悪いのか、いつもより自由な時間が増えたおかげで、
今年は梅仕事をちゃんとできました。

小豆島の隣にある豊島(てしま)の塩屋さん〈てしま天日塩ファーム〉の天日塩でつけました。

小豆島の隣にある豊島(てしま)の塩屋さん〈てしま天日塩ファーム〉の天日塩でつけました。

太陽と風の力でじっくりと時間をかけてつくられた天日塩。地元の梅と塩でつくる贅沢梅干しです。

太陽と風の力でじっくりと時間をかけてつくられた天日塩。地元の梅と塩でつくる贅沢梅干しです。

梅の収穫は5月末から始めるのですが、今年は本当に梅が少なかった。
大きな梅の木でも、数えられるくらいしか実がついていなかったり。
私たちだけじゃなくて、どうやら日本各地の梅の産地でも少なかったみたいで、
「暖冬で開花が早くなり花が不完全だったことに加え、
受粉を助けるミツバチなどの虫が飛ぶのが少なかったことなどが要因とされる」
と書かれていました(参照元)。

いままで当たり前のように収穫できていた梅も、
温暖化によってちゃんと実がつかないかもしれないとなると、
ひと粒でも無駄にできないなと思いながら、大切に梅干しにしました。

今年は梅がほんとに少なくて、収穫もひと苦労。

今年は梅がほんとに少なくて、収穫もひと苦労。

大きな梅の木に登って収穫しても、採れた量はわずか。貴重な梅たち。

大きな梅の木に登って収穫しても、採れた量はわずか。貴重な梅たち。

シェア団地〈読む団地〉で 本から始まるご近所づきあいを

本がつなぐ住民たちのご近所コミュニケーション

東京の東エリアの北綾瀬に本好きにはたまらない
シェアハウス〈読む団地〉が誕生しました。

共有スペースのブックリビングダイニングには
約1000冊の本が常設されていて、
住人の方は自由に読むことが可能です。

ジャンルごとにさまざまな本がずらり。

ジャンルごとにさまざまな本がずらり。

ソファ席もあり、住人同士でゆっくり語り合うのにぴったり。

ソファ席もあり、住人同士でゆっくり語り合うのにぴったり。

ひとりで本の世界に没頭したり、
好きな作家やストーリーについて語り合うなど
さまざまな楽しみ方ができます。

広々としたキッチンはグリル付き3口ガスコンロに余裕のあるスペースの作業台など、日々の料理がはかどる環境に。

広々としたキッチンはグリル付き3口ガスコンロに余裕のあるスペースの作業台など、日々の料理がはかどる環境に。

コロナ禍で気づいた
山の植物たちをいただく喜び

全身の細胞が沸き立つような感覚

この春、わたしは何かに取り憑かれたように山菜を食べまくった。
今冬は雪が少なく、3月末にふきのとうが顔を出した。

北海道に移住して、何よりうれしいのは
長く閉ざされた冬がようやく終わるという合図だ。
薄黄緑のふきのとうが雪の間からポツポツと顔を出すと、
世界は急にスイッチが入ったかのようにうごめき出す。

すべての動植物が活動を開始。
人間も同じで、農家のみなさんはもちろんのこと、会社員でさえも、
家のまわりの整備や除雪道具の片づけなどで、忙しく動き回る日々がやってくる。

ふきの蕾がふきのとう。あっという間に大きくなる。

ふきの蕾がふきのとう。あっという間に大きくなる。

ふきのとうは、山だけでなく、道路脇や庭にも顔を出す。
道民にとっては“雑草”のような存在と言えるかもしれない。
わたしとしては、ちょっと贅沢な日本料理店で食べたという経験しかなかったので、
春の珍味がそこかしこに生えていることに興奮したのだが、
同時にほとんどの人がそれを食べないことが不思議でならなかった
(フキはよく食べるが、その蕾であるふきのとうはそれほど食べない)。

仕事場の裏には山があり、田んぼも広がる。原稿に煮詰まったらとにかく散歩!

仕事場の裏には山があり、田んぼも広がる。原稿に煮詰まったらとにかく散歩!

ふきのとうは贅沢(?)という擦り込みがあるからなのか、
道端で見つけると「食べたい!」という欲求がフツフツとわいてくる。
やっぱり一番おいしいのは天ぷらなのだが、
揚げ物はわたしにとってはハードルが高い料理のため、二の足を踏んでいた。

そんななか、昨年から借りている仕事場のお隣さん、陶芸家のこむろしずかさんが、
お昼ごはんのお供にサッと天ぷらをつくってくれたことがあった。

庭の周りにもたくさん生えているふきのとう。10分くらいでお皿いっぱいとれる。

庭の周りにもたくさん生えているふきのとう。10分くらいでお皿いっぱいとれる。

ひと口食べて、全身の細胞が沸き立つような感覚があった。
東京にいたときはほとんど感じなかったのだが、
雪に閉ざされたなかでの暮らしは、体の代謝もゆっくりとなり、
いろいろ老廃物がたまっているような状態になっているのではないかと思う。
ふきのとうのほんのりとした苦みは、冬眠明けの動物と同じように、
体を冬から春へと目覚めさせる、そんな効果があるのだろう。

ふきのとうの天ぷらを食べたその日から、山菜採りが日課になってしまった。
家から仕事場まで徒歩10分。
畑や民家がポツポツある道路脇の植物たちに目を凝らし、
食べられるモノがないか探すようになった。
また、仕事場の裏は100メートルも行けば森の入口。
少し足を延ばして、笹薮の中の細い道に分け入ったりするようにもなった。

仕事場の近くに生えている明日葉!?

仕事場の近くに生えている明日葉!?

ふきのとうの次に見つけたのは“明日葉”。
今日摘んでも明日には新しい芽が出ることから、この名がついた山菜で、
裏山にたくさん生えていたのだった。
これを採ってきて、またまたこむろさんに胡麻和えをつくってもらった。
苦みと胡麻の香りがミックスされて、これもおいしい。
やはり体が求めている味だとうなずいた。

……ただ、このとき明日葉だと思い込んでいたこの植物は、
実は違う種類だったことが、その後、購入した山菜図鑑でわかった。

明日葉は温暖な地域に生える植物で、北海道で育てるのは難しいらしく、
実は、エゾニュウという植物だった。これにはヒヤッとした。
毎年山菜採りをしている人でさえ、間違えて毒草を食べてしまうことがある。
中には猛毒のものもあるので、よくよく注意しなければならないと思う出来事だった。

明日葉ではなくエゾニュウをおひたしに。右はエゾエンゴグサという青い花の酢醤油あえ。

明日葉ではなくエゾニュウをおひたしに。右はエゾエンゴグサという青い花の酢醤油あえ。

東京と八ヶ岳の2拠点生活。
〈groovisions〉伊藤弘さんが
コロナ禍で考える働き方とデザイン

自粛期間は八ヶ岳山麓にこもっていた

2020年を迎え、今年はオリンピックイヤーだと思ったのもつかの間、
中国・武漢での新型コロナウイルスの発生が報じられ、
3月には東京オリンピックの延期が正式に発表された。
外の景色を桃色に染めた桜はあっという間に散ってしまった。

コロナ禍において、テレワークが進み、会社に出社しなくても、
さらには都心部に住んでいなくても仕事が成り立つことがわかったという人も多い。
そうした人たちから、2拠点生活が注目されている。

東京のデザイン・スタジオ〈groovisions(グルーヴィジョンズ)〉の代表を務める
伊藤弘さんは6年ほど前から八ヶ岳に一軒家を構え、東京との2拠点生活を送っている。

グラフィックやモーショングラフィックを中心に、音楽や出版、
ファッションやインテリア、ウェブといった多様な領域で存在感を発揮し続ける
アートディレクターで、自転車やアウトドア好きとしても知られている。

コロナウイルスの影響を考え、お子さんの通う小学校の休校が決まった時点で
しばらくの間、八ヶ岳の家で過ごすことを決めたそうだ
(現在は東京の自宅で過ごしている)。

取材は東京の事務所で行い、掲載写真は伊藤さん本人に撮影してもらった。
始まりは、やはり
「コロナ禍、どう過ごされていますか?」である。

「買い物は、近くのスーパーで。
家の周りは住宅が密集しているわけではないけど、
のびのびとスポーツをするのもなんか違う気がして、
家でビールを飲みながらだらだらと過ごしていました」

東京から車で約2時間半、
中央道から少し入ったところに伊藤さんのもうひとつの家はある。

八ヶ岳にある伊藤さんのご自宅。外壁には、都内ではほとんど目にすることない無垢の杉板が一面に使用されている。その風味は、日や雨の当たり方によって年々変化する。

八ヶ岳にある伊藤さんのご自宅。外壁には、都内ではほとんど目にすることない無垢の杉板が一面に使用されている。その風味は、日や雨の当たり方によって年々変化する。

八ヶ岳で過ごした約1か月半は、東京のように大勢の人がいるなかで
自粛していたわけではなかったため、家にいるストレスはあまり感じていなかったという。
それでも、抱えていた仕事やプロジェクトは半分ほどが延期や中止となった。

「資金は必要なので、
ある程度シミュレーションしながらこの先の展開を考えていますが……。
正直、まだ悶々としていて、まだ積極的に動くタイミングではないようです。
うちの事務所は、もともと会議が少なく、ひとりひとりが作業に集中するタイプなので、
作業自体の変化はないほうかもしれません。
今は、手元にあるプロジェクトを各々の場所でゆっくり実行している感じです」

伊藤さん自身、手持ちのMacがあれば日常的な作業はほとんどできてしまうという。
ならば、東京と八ヶ岳に拠点を持ち、パソコンで仕事ができる伊藤さんの暮らしは
これからをどう生きるかのヒントになるかもしれない。

結論を急ぎたくなる気持ちを一旦落ち着かせ、
まずは、伊藤さんが八ヶ岳の家を建てることになった経緯をうかがった。

古民家宿を夢見てUターン。
十日町〈茅屋や〉高橋美佐子さん

地域おこし協力隊から古民家宿の女将に

新潟県南部に位置するJR十日町駅から約30分。
のどかな田園風景を進み、道幅が徐々に細くなっていくその先に
数軒の民家が並ぶ三ツ山集落がある。
冬になると3メートルほどの雪が積もる豪雪地帯だ。

十日町市出身の高橋美佐子さんが
茅葺き屋根の農家民宿〈茅屋や〉を開業したのは2016年。
茅屋やでは雪国の山暮らしが体験できるほか、
狩猟免許を持つ高橋さんのジビエと里山料理を求めて食通が足を運ぶ。

のどかな田園風景のなかに佇む〈茅屋や〉。

のどかな田園風景のなかに佇む〈茅屋や〉。

周りにある畑で米や野菜を栽培。時季によっては宿泊者が農業体験もできる。刈った稲を干す、はぜ掛けの様子。

周りにある畑で米や野菜を栽培。時季によっては宿泊者が農業体験もできる。刈った稲を干す、はぜ掛けの様子。

十日町で生まれ育ち、高校卒業後に上京した高橋さん。
いまこうして宿泊業を営んでいるのは、東京の〈山の上ホテル〉や
食品卸しの会社で長く働いてきた経験を生かせると思ったから。

客室は1階と2階にひと部屋ずつの計2部屋。

客室は1階と2階にひと部屋ずつの計2部屋。

茅屋やの客室

開業の地として十日町を選んだのは、
離れて暮らす親の存在が気になるようになってきたのと、
ひっそりとした山の中の古民家暮らしに憧れていたためで、
地元に戻ることはごく自然なことだったと振り返る。

「東京にいた頃からとにかく古民家の宿を経営したくて、
働きながらインターネットを使ったり、帰省時に空き家情報をチェックしていました。
このまま東京にいても古民家の宿を開くのは難しいかもと思って
Uターンしようと思ったんですけど、仕事がないし、どうしようって。
そしたら地域おこし協力隊があると聞いてちょうどいいなと思ったんです」

囲炉裏で火起こしをする高橋さん。このあと高橋さんは夕食の準備でキッチンへ。辺りが暗くなっていくなか、火を見つめながら過ごす時間が心地いい。

囲炉裏で火起こしをする高橋さん。このあと高橋さんは夕食の準備でキッチンへ。辺りが暗くなっていくなか、火を見つめながら過ごす時間が心地いい。

東京を離れ、2013年から地域おこし協力隊として、
現在の茅屋やがある一帯を含む飛渡地区を担当した。

「協力隊の仕事をしつつもどうしても宿をやりたくて。
空き家探しを続けていたら、この家に住んでいたおばあちゃんが
家を離れようとしていることを知ったんです。こんなチャンスはもうないと思って、
『壊さないでください』とお願いして譲ってもらいました。

この辺りは冬になると3~4メートル雪が積もるので、
誰かが住んでいないと家が壊れちゃうんですよ。
壊れずに残っている空き家は、ここよりもずっと大きくて立派な家ばかりなので
どうしても高くなるし、ひとりじゃ手がまわりません。
ひとりでまかなえる広さで茅葺き屋根。この家に巡りあえてラッキーですよね」

茅屋やの囲炉裏

島のつくり手とまちの人をつなぐ
「Love Shodoshima
おいしい小豆島セット」

小豆島で暮らす私たちが、おいしい! と思うものを

季節は初夏を迎えています。
日に日に蒸し暑さを感じるようになり、畑作業も汗をかく日が増えました。
畑では、ズッキーニに続き、トマト、トウモロコシと夏の野菜が続々と登場! 
新型コロナウイルスの影響で、イベントや行事がことごとく中止になり、
季節を楽しむことが難しいなかで、野菜はいつもと変わらず季節を感じさせてくれます。

もうすぐ収穫のトウモロコシ! 夏だ〜。

もうすぐ収穫のトウモロコシ! 夏だ〜。

今年も豊作のコリンキー(生で食べられるかぼちゃ)。この鮮やかな黄色が夏を感じさせてくれる。

今年も豊作のコリンキー(生で食べられるかぼちゃ)。この鮮やかな黄色が夏を感じさせてくれる。

緊急事態宣言が解除されてどうなっていくのかなぁと様子を見ていましたが、
やっぱりそんなすぐに状態は変わらない。
とくに離島である小豆島まで遊びに来る人は急に増えるわけもなく、
宿泊施設も6月いっぱい休業のところも多いようです
(小豆島の宿泊施設や飲食店などの営業情報は、
小豆島観光協会のWebサイトをご覧ください)。

島でカフェやレストランなど飲食店を営む友人たちも
「まだまだお客さん少ないよー」とよく言っています。

島の飲食店のお客さんには、地元の人(島の人)と島の外からの人がいます。
その割合はお店によってさまざまですが、島の外からのお客さんがほぼいない状態では、
いままでと同じやり方だけだと厳しいかもしれません。

みんなそれを感じながら、テイクアウトできるようにしたり、
メニュー内容を変更したり、新たな商品をつくったり、がんばっています。
島の中においしいごはんを食べられる居心地のいい場があるって
とても大切だと思うので、なんとかそういう場があり続けてほしいなと、
島民のひとりとして思うわけです。

そんななかで、私たち〈HOMEMAKERS〉が企画したのが
「Love Shodoshima おいしい小豆島セット」をつくって
オンラインストアで販売すること。

「Love Shodoshima おいしい小豆島セット」は、私たちが普段から食べていて、
おいしい! と思う小豆島の食材の詰め合わせです。
4月末にオンラインストアのリニューアルと同じタイミングで販売スタートし、
友人や知人、ご縁のある方、それからいつもHOMEAKERSを応援してくださる方々が
注文してくれました。本当にありがたいです。

春の小豆島の写真とともに、小豆島のおいしい食材をお届け。

春の小豆島の写真とともに、小豆島のおいしい食材をお届け。

小豆島&豊島(てしま)で島の人たちので手でつくられてる食材たち。

小豆島&豊島(てしま)で島の人たちので手でつくられてる食材たち。

アナグマをさばいて食べてみた。
伊豆下田で感じる自然の恩恵

GDPには表れない「豊かさ」とは?

伊豆下田に移住して、以前より食材に
お金がかからなくなったという津留崎さん。
魚介類をもらってさばくことが増えたそうですが
今度は肉もさばくことに。
そしてあらためて、自然の恵みを感じるようになったそうです。

オンライン授業で
どこまで気持ちが込められる?
77の質問に手書きで答えて

自己紹介を紙芝居風にまとめる取り組み

札幌にある北星学園大学で、1年に1度、ゲスト講師を務めている。
今年が2年目。文学部の心理・応用コミュニケーション学科の3、4年生が対象で、
将来をいままさに考え中のみなさんに、自分の活動やこれまでの体験について話す
「総合講義」という枠だ。

わたしが話題にしようと思っていたのは「過疎で営む、小さな出版活動の可能性」。
自分がつくった本について話しをしようと思っていたところ、
新型コロナウイルスの感染が拡大していき、大学ではオンラインの授業形態が導入され、
講義の多くがZoomで行われることとなった。

開講日は5月19日。
オンラインでの授業が決まった段階で、わたしは昨年と同じように、
ただ話すだけでは、大事なものが伝わらないのではないかと思った。

2012年に北海道に移住してから、東京の仕事先とオンラインでつなぐことが多かった。
このとき事務的な伝達であればまったく問題ないのだが、
アイデアを考えるときには高揚感が少なく、
相手と共感し合う気持ちが薄いように感じていた。

そこで、自分のいままでの経歴については書面にまとめて
あらかじめ配布しようと考えた。
わたしは編集者なので、人前でしゃべるよりも、
本のようなかたちにして伝えるほうが得意(!)。
全編手書きで紙芝居風プロフィールをつくってみた。

加えてこの講義では、事前にゲストの活動について調べ
質問を考えるのも課題のひとつとなっていた。
学生のみなさんは紙芝居風のプロフィールとともに
コロカルの連載なども読んだうえで、さまざまな質問を寄せてくれた。

履修している学生はおよそ100名(!)。
ひとり2~3問の質問を考えてくれていて、読むだけでもかなりの時間を費やした。
わたしの仕事に興味を持ってくれた人が多く、
読み流してしまうにはもったいないと感じ、A4コピー用紙を4分割し、
ひとコマにひとつ答えを書いてみることにした。

最初は軽い気持ちで始めたが、1日やってもゴールにたどり着けず、
持っている鉛筆がどんどん短くなっていったが、
ついに全部に答えることはできなかった。

およそ200問くらいあったなかから77問に答えた。

およそ200問くらいあったなかから77問に答えた。

質問の内容に身につまされる想いがした。
「不安」「ストレス」などネガティブな言い回しがたくさんあったからだ。

「移住して戸惑いやストレスを感じましたか?」
「会社から独立するときに不安はありませんでしたか?」
「仕事をしていて、一番辛かったことは?」

外出自粛要請が続くなかで、アルバイトもできず友人にも会えず、
就職活動も思うように進められない。
仮に就職ができたとしても、経済に大打撃が起こっているなかで、
未来の展望が見出せない、そんな苦しさが質問からにじみ出ているように思えた。

これに対して、わたしはできるだけシンプルに正直に答えるようにしてみた。
講義の前日ギリギリにみなさんに答えを届け、
いよいよオンライン講座に挑むことになった。

「質問ありがとうございました!!」の手紙とともに、答えを送った。

「質問ありがとうございました!!」の手紙とともに、答えを送った。

オンラインで授業が行われるなかで、在宅ワークに関する質問も多かった。

オンラインで授業が行われるなかで、在宅ワークに関する質問も多かった。

窓から見えるまちのストーリー
「わたしのまちの車窓からの風景」

今月のテーマ 「わたしのまちの車窓からの風景」

地域を走る電車から見える風景はまちによってさまざま。
海が見えたり、山沿いの木々の香りを感じたり、
トンネルを抜けた時に現れる田植えをした水田だったりと、
そのまちを感じられる景色が広がっています。

今回は日本各地の〈地域おこし協力隊〉のみなさんに
お住まいの地域を走る電車やバスの車窓から見える風景を切り撮ってもらいました。

ご自宅の周囲とはひと味違う
まち並みや自然を感じてみてください。

【長野県下伊那郡天龍村】
秘境の夏を楽しめるローカル駅の景色

JR飯田線のローカル駅が5つ存在している南信州の秘境・天龍村。
今回は「車窓からの風景」がテーマということで、
村内に点在する小さな駅の風景をご紹介します。
気軽に旅に出ることが難しくなってしまっている昨今ですが、
秘境駅にただよう初夏の風を感じていただけるとうれしいです。

平岡駅の駅舎。構内を入るとお土産ショップがあり、〈秘境駅ツアー〉もこの周辺で行われています。

平岡駅の駅舎。構内を入るとお土産ショップがあり、〈秘境駅ツアー〉もこの周辺で行われています。

駅直結の宿泊施設〈龍泉閣〉が併設されており、
村内5つの駅の中で唯一、特急列車が停まる「平岡駅」。
無人駅ではありますが、構内に入ればお土産などを買うことができます。
また、季節に合わせて駅周辺で開催される〈秘境駅ツアー〉は、
リピーターのお客さまも多く、毎回大人気のイベントとなっています。

無人駅のため、きっぷの回収も箱にいれるだけ。

無人駅のため、きっぷの回収も箱にいれるだけ。

幻の銘茶の産地でもある「中井侍駅」の周辺には、
美しく手入れされた茶畑が広がっており、新緑の季節の山々と茶葉の緑、
天竜川と空の青が織りなす景観は「すばらしい」のひと言。

こちらは銘茶の産地中井侍駅。駅を降りて歩くと茶畑が広がっています。

こちらは銘茶の産地中井侍駅。駅を降りて歩くと茶畑が広がっています。

そして、「伊那小沢駅」周辺のカンザクラは、
県内で最も早く咲く桜として、毎春の開花宣言が恒例となっています。
「信州に春を告げる村」というキャッチフレーズの、
原点のひとつとなった場所でもあります。

伊那小沢駅の様子。近くには信州でいちばん早く咲くカンザクラが植えられています。

伊那小沢駅の様子。近くには信州でいちばん早く咲くカンザクラが植えられています。

気兼ねなく旅ができる日々が戻ってきた暁には、
のんびりとローカル線に揺られて秘境駅巡りをしてみてはいかがでしょうか?
四季それぞれの雄大な自然と、あたたかい人々、
なによりもゆったりとした時の流れが、
最上級のおもてなしをしてくれることでしょう。

photo & text

本多紗智 ほんだ・さち

信州最南端、県内で一番早く桜の咲く村「天龍村」で地域おこし協力隊をしています。ないものづくしといわれる「ド」田舎ではありますが、ちょっと視点を変えてみれば、ここにはまだ「かろうじて残っているもの」がたくさんあります。秘境と呼ばれるこの村から、鮮やかな四季のうつろい、なにげない暮らしの風景をお届けできたらと思っています。

お寺でリモートワーク? 東京・田町で 5日間限定の〈寺ワーク〉開催!

お寺とテクノロジーでわくわくする空間を!を
ミッションに〈お寺ステイ〉を運営する〈株式会社シェアウィング〉。

そのシェアウィングが今回企画した〈寺ワーク〉は、
在宅勤務などリモートワークが広がる状況のなか働く環境に悩む多くの人たちへ、
提携するお寺の本堂をワークプレイスとして利用してもらおうという試み。

東京・田町のお寺の本堂を5日間限定で無料で開放します。

実施期間:2020年5月25日(月)〜5月29日(金)朝10時〜16時まで。
実施場所: Temple Hotel 正伝寺  東京都港区芝1-12-12
田町駅・浜松町駅より徒歩10分。

ご利用希望者は、こちらから事前の登録・予約が必要となります。

寺ワークイメージ

最近では在宅勤務の推奨により、
自宅での作業にストレスを抱える人の増加が懸念されています。
シェアウィングにも「安心・安全な場所で仕事をしたい」
「落ち着く場所で集中して仕事をしたい」という声が寄せられたのだそう。

そんなテレワーク難民の駆け込み寺として企画された〈寺ワーク〉。

もちろんWi-Fi、電源が使えるうえに
お子さま同伴も可ということで、働くお母さんにとっても安心です。

また期間中は、利用者のみオンライン写経体験や
マインドフルネス瞑想体験(5月28日のみ)などの体験プランもあり、
希望者は〈Temple Hotel 正伝寺〉に宿泊も可能です。(宿泊料金は別途必要)

マインドフルネス瞑想体験:5月28日(木)15時〜16時 
田町・正伝寺の本堂にて、脳科学に基づいたマインドフルネスの
スタジオを運営しているMELONさんによる
瞑想ワークショップを実施。定員10名で参加費2000円。

事前申し込みの際に瞑想体験や宿泊の予約をすることができます。
申し込み後にシェアウィングよりご利用の詳細メールが送信されますので、
当日は現地にて担当者の方へご掲示ください。

緊急事態宣言解除でどうする? 
これからの〈HOMEMAKERS〉
カフェのこと

2か月臨時休業のカフェ、再開はいつ?

私たち〈HOMEMAKERS〉は、毎週金曜日と土曜日の週2日、
自宅の一部をカフェとして開いています。
畑で収穫した野菜でつくるサラダ&カレーライス、季節の果物・野菜が主役のデザート。
私たちの大好きなコーヒーはもちろん、自家製シロップを使ったジンジャーエールや
柑橘ソーダなどのドリンクをご用意してます。

昨年のいまごろの〈HOMEMAKERS Farm & Cafe〉。自宅の一部をカフェとして開いています。

昨年のいまごろの〈HOMEMAKERS Farm & Cafe〉。自宅の一部をカフェとして開いています。

たくちゃん(夫)がつくるサラダたっぷりのHOMEMAKERSカレー。

たくちゃん(夫)がつくるサラダたっぷりのHOMEMAKERSカレー。

居心地のいい空間で、おいしいコーヒーが飲めて、
おいしいごはんが食べられて、いい時間を共に過ごせる。
そんな場所をつくりたいという思いで、2014年2月22日にオープン。
全16席の小さなカフェです。

毎年12月中旬から2月中旬までの2か月は冬季休業期間としてお休みしていますが、
それ以外は何か特別な理由がない限り、週2日営業し続けてきました。
気づけば6年以上、そうやって毎週金、土曜日はカフェを開いてきました。
それが私たちにとっての当たり前の日々でした。

縁側席からの景色。四季折々の風景を楽しめる。

縁側席からの景色。四季折々の風景を楽しめる。

その当たり前の日々が変わってしまったのが4月上旬。
新型コロナウイルス感染拡大の影響で、4月3日からカフェは臨時休業していて、
すでに約2か月経ちました。

カフェは休んでいますが、畑作業はいつもどおり忙しく、むしろいつもより忙しい。
というのもありがたいことに個人のお客様からの野菜や加工品のご注文が多く、
栽培する野菜の量を増やし、収穫・出荷作業も増えている状況です。

5月下旬に収穫できる野菜たち。旬野菜セットとしてダンボールに詰めて配送しています。

5月下旬に収穫できる野菜たち。旬野菜セットとしてダンボールに詰めて配送しています。

じゃがいもの花。6月に入ったら収穫予定。

じゃがいもの花。6月に入ったら収穫予定。

下田の魅力的な食を発信!
「伊豆下田、海と山と。」
SNSスタート

コロナ禍で仕事がストップ、
いま自分にできることとは

伊豆下田と東京の2拠点でフォトグラファーとして働く津留崎徹花さん。
新型コロナウイルスの影響で仕事がストップするなか
都市部の人たちの暮らしと、下田の食に携わる人たち、
両方の状況を見ていて、何か自分にできることはないかと考え
ある試みを始めました。
そして、あらためて下田の魅力を感じているそうです。