マカロン、タルトなどお菓子づくりに、
庭のバラを愛でる暮らし。
大人が趣味に没頭できる家

家族6人でアイランドキッチンを囲む暮らし

日本有数の名山が連なる北アルプスの稜線を一望できる長野県松本市。
この景観に惚れ込み、5年前に東京から移住してきたのが、
的場一峰(まとば・かずみね)さん一家だ。
一家が暮らすのは、住宅ブランド〈BESS〉のなかでも
三角屋根が特徴的なログハウス「G-LOG」。
室内から外へゆるやかにつながるウッドデッキがあり、
その先に手入れの行き届いたイングリッシュガーデンが広がっている。

松本駅からほど近い住宅街で、ひと際目立つとんがり屋根のお宅から
的場一峰さん・友恵さんのご夫婦と子どもたち4人の賑やかな声が聞こえてきた。

的場さん夫婦の共通の趣味は登山。理想の暮らしを実現するために松本へ移住を決意。

的場さん夫婦の共通の趣味は登山。理想の暮らしを実現するために松本へ移住を決意。

バラのアーチをくぐり、ウッドデッキから玄関を上がると
広々としたダイニングとキッチンが出迎えてくれる。
お菓子づくりが趣味の友恵さんが、
とくにこだわり抜いたというのがアイランドキッチンだ。

キッチンにはあらゆる調理器具を取りそろえ、それに合わせてキッチンを調整した。
〈ミーレ〉の食洗機やオーブン、〈キッチンエイド〉のミキサー、
〈ロボクープ〉のフードプロセッサーなど、
友恵さんのキッチンにはプロ顔負けのキッチンツールが並んでいる。

〈ミーレ〉のオーブンで得意料理のスコーンを。友恵さんはもっぱらつくるのが専門。

〈ミーレ〉のオーブンで得意料理のスコーンを。友恵さんはもっぱらつくるのが専門。

というのも、友恵さんは東京でスパイスカレーやクレープなど
手づくりをコンセプトにした喫茶店を経営していたこともあり、
自宅でのお菓子づくりも本格的だ。

松本に来て、東京暮らしのときには
なかなか挑戦しづらかったお菓子にもチャレンジしている。

「東京に住んでいたときは、マンションの手狭なキッチンがとにかく窮屈でした。
このキッチンなら下の女の子3人も広く使うことができるので楽しいし、
ストレスなく料理できるようになりました」(友恵さん)

とくにマカロンは、簡単そうで意外と難易度の高いお菓子。
すぐにひび割れてしまったり、オーブンが変わるだけでも微妙な誤差が生じるので
友恵さんは、マカロンづくりに実験的な楽しさを見出している。

長野の特産品でもあるルバーブを使ったタルト。タルトだけではなく、ルバーブのジャムをつくることも。

長野の特産品でもあるルバーブを使ったタルト。タルトだけではなく、ルバーブのジャムをつくることも。

そのなかで、新しいレシピに挑戦することは日々の楽しみ。
松本に来てBESSの家で暮らすことで、自然を身近に感じ、
本格的に家庭菜園を始めたり、地元の特産食材にも注目するようになった。

地元で採れたブルーベリーやルバーブは新鮮でおいしい。
そうした地元の食材を、どうしたらお菓子としてさらにおいしくなるか、
研究しながらお菓子をつくることがとにかく楽しいようだ。
友恵さんの料理への探究心と情熱は、
松本に来てより一層燃え上がっている。

ウェブサイト 『ほんものにっぽんにのへ』に学ぶ 岩手・二戸「ほんもの」の営み

(画像:『ほんものにっぽんにのへ』ウェブサイト内動画より)。

ウェブサイト『ほんものにっぽんにのへ』公開

岩手県二戸市が、南部美人や浄法寺漆など、
土地の資源や気候を生かし、
持続可能な産業を育むことで培われてきた
テロワールの魅力を紹介するウェブサイト『ほんものにっぽんにのへ』を公開しました。

ウェブサイトでは、
国産漆生産の70%を占める浄法寺の漆で器をつくる
塗師・岩舘巧さんや、世界40か国・地域に輸出され、
国内外のコンペティションでも数々の受賞歴がある
南部美人の5代目蔵元・久慈浩介さんなど、
二戸で生きる人々の魅力を伝える記事や動画が掲載されています。

南部美人の久慈浩介さん(画像:『ほんものにっぽんにのへ』ウェブサイト内動画より)。浄法寺漆と南部美人については、こちらの記事でも紹介しています。

南部美人の久慈浩介さん(画像:『ほんものにっぽんにのへ』ウェブサイト内動画より)。浄法寺漆と南部美人については、こちらの記事でも紹介しています。

その土地に適した、無理のない方法で育まれてきたからこそ価値があり、
世界的にも誇れる素材となっている二戸のテロワール。
首都圏の30代~40代の知的好奇心の高い女性や、
インバウンドの富裕層をターゲットとした観光プロジェクトですが、
新型コロナウイルス感染症の拡大により、県外との行き来は困難に。

それでも二戸では、辛抱強く、力強く、ほんものの営みが続けられています。

7月に開催されたウェブサイトのお披露目会では、二戸のテロワールを育むつくり手が登壇し、これからの観光産業の展開を考える意見交換会が開催されました(左から浄法寺うるしび合同会社代表社員三角裕美さん、株式会社南部美人代表取締役社長久慈浩介さん、二戸市観光協会会長中田勇司さん、株式会社小松製菓執行役員青谷耕成さん、おぼない旅館若女将大建ももこさん、藤原淳二戸市長)。

7月に開催されたウェブサイトのお披露目会では、二戸のテロワールを育むつくり手が登壇し、これからの観光産業の展開を考える意見交換会が開催されました(左から浄法寺うるしび合同会社代表社員三角裕美さん、株式会社南部美人代表取締役社長久慈浩介さん、二戸市観光協会会長中田勇司さん、株式会社小松製菓執行役員青谷耕成さん、おぼない旅館若女将大建ももこさん、藤原淳二戸市長)。

「このコロナは絶対乗り越えられる」

そう話すのは国税庁が酒類製造免許の取得手続きなどを簡素化したことを受け、
いち早く消毒用エタノールの代替品となる
〈南部美人アルコール65/77〉を製造した南部美人の久慈浩介さん。
「スペイン風邪やペストを乗り越えて、今この世界に私たちがいる。
ここに生きながらえている人たちは、世界の疫病を克服してきた末裔です。
だから絶対乗り越えられる」と熱く思いを語りました。

二戸の魅力をもう一度学び直す作業を始めたのは、
開湯380年の金田一温泉郷にある〈おぼない旅館〉。

おぼない旅館の若女将大建ももこさん(画像:『ほんものにっぽんにのへ』ウェブサイト内動画より)。

〈おぼない旅館〉の若女将大建ももこさん(画像:『ほんものにっぽんにのへ』ウェブサイト内動画より)。

金田一温泉郷の従来の宿泊は、関東関西九州が主流。
「日ごろ日帰り温泉を利用している
おじいちゃんおばあちゃんたちを守らなければならない」
という思いから4月末からゴールデンウィークにかけて
温泉郷全体で休業を決意します。
(おぼない旅館はこちらの記事でも紹介しています)。

緑美しい金田一温泉郷の景色(画像:『ほんものにっぽんにのへ』ウェブサイト内動画より)。

緑美しい金田一温泉郷の景色(画像:『ほんものにっぽんにのへ』ウェブサイト内動画より)。

「ずっと営業していた明かりが消えて、
源泉も天然資源なので一回止めて、温泉にお湯が入っていない状態を1か月過ごしたんです。
真っ暗い金田一温泉郷のなかから外に出ないで、
気持ちも落ち込んでいたときに、常連さんからぽつぽつメールが来るようになって」
と教えてくれたのは、おぼない旅館の大建ももこさん。

メールに書かれていたのは、
「もうちょっと頑張っててね」「待っててくださいね」という励ましの言葉。
それもいろんな国の言葉で。

遊び方いろいろ。
人々に愛される
ちょっとユニークな
「わたしのまちの公園」

今月のテーマ 「わたしのまちの公園」

原っぱで子どもたちが駆け回ったり、
ベンチで読書をしたり、園内をランニングしたりと、
自粛期間中もまちの憩いの場として活用されていた公園。

最近では、公園内にカフェやBBQ場があるなど、施設も充実。
公園での過ごし方も変化しています。

今回は、日本各地の〈地域おこし協力隊〉のみなさんに
お住まいの地域にある公園をご紹介いただきました。

遊具とベンチだけがある一般的な公園とは
ひと味もふた味も違うユニークなところばかり。
3密を避けた遊び方もできるようなので、
自身に合った楽しみ方で公園ライフを過ごしてみてはいかがでしょうか。

日常のなかに海がある!
小豆島で海遊び

あらためて気づいた魅力、そこから楽しみをつくり出す

あー、暑い。暑すぎる。
今年はお盆を過ぎても、朝も夕方も全然涼しくならない(涙)。
小豆島、毎日ほんとに暑いです。

スイカ! こんな立派なスイカを収穫できたのは初めて。

スイカ! こんな立派なスイカを収穫できたのは初めて。

暑い夏にはよく冷やしたスイカだぜ!

暑い夏にはよく冷やしたスイカだぜ!

今年は新型コロナウイルスの影響で子どもの夏休みが短く、
遠くへの移動もなんとなく自粛の雰囲気。

いつもの夏なら、子どもはぶぅぶぅ言いながら
自由研究や読書感想文などの宿題に取り組み、
私たちは暑さのなか、ひぃひぃ言いながら畑作業とカフェ営業。
夏休みも後半になって、さぁ夏休み! 高知行くぞー、沖縄行くぞー! 
と遠方の海に遊びに行ってました。

さて今年の夏はどうしようか。
県内の美術館に行こうか、新しくできた水族館に行こうか。
うーん、どうしようね。と考えてたら、いろは(娘)の夏休みも残り1週間。
クーラーをきかせた家の中は快適で、なんとなく時間が過ぎていく。

家の中は快適。ハンモックで読書。

家の中は快適。ハンモックで読書。

あー、こんな姿を見ていると、私も家でぐーたらしていたくなる。時にはこんな感じでいいんですけどね。

あー、こんな姿を見ていると、私も家でぐーたらしていたくなる。時にはこんな感じでいいんですけどね。

あかん! このままでは夏が終わってしまう。
よし、海に泳ぎに行こう! と思いたって、
ある日の夕方、海に泳ぎに行きました。

海ー! ダイブ! 夕方思いたって行った島の北側の海。

海ー! ダイブ! 夕方思いたって行った島の北側の海。

海に入ると甘いものを食べたくなる。近所の商店であんぱんとお菓子を買っていきました。

海に入ると甘いものを食べたくなる。近所の商店であんぱんとお菓子を買っていきました。

仕事を決めずに移住してどうなった?
「関係人口」を増やすための
新しいナリワイとは

移住して4年目、
地方での働き方は…?

新しい土地で暮らし始めてから、自分に合った仕事を見つけたい。
そんな思いで、仕事を決めずに下田に移住した津留崎鎮生さん。
“月3万円ビジネス”の考え方に影響を受け、
複数の仕事を組み合わせて働くという働き方を実践しています。
そして移住して4年目、またひとつ
新たなナリワイが見つかったようです。

遠隔地で在宅勤務。
孤独や焦りを解消するため
暮らし方をどう変えた?

精神的に不安定になって実践したこと

今年、わたしは北海道のふたつの大学で、編集の仕事を紹介する講義を行った。
講義といっても今回は新型コロナウイルス感染拡大防止の観点から遠隔授業。
ひとつの大学ではオンラインで行い、もうひとつの大学では
スライド資料を用意してネットに公開したり、
学生からの質問に答えたりという試みを数回行った。

学生からの質問で多かったもののひとつは、わたしが2011年から約3年間、
東京の出版社に所属しながら北海道で在宅勤務をしていたことについてだ。
オンライン講座を受けたり、講義の記録映像や課題の資料を
パソコンで見たり読んだりしている学生さんたちは、気持ちの切り替え方法や
よりよい向き合い方についてのヒントを探りたいと思っているようだった。

そんななかで、全国の大学で実際されている遠隔授業の実態について、
学生さんたちの生の声を知りたくなり、わたしはあるときSNSを見てみたことがある。
そして、パソコンの前にずっと座っていることで極度の疲労を感じていたり、
レポートなどの課題が多くて対応できなかったり、
自分だけが取り残されているのでないかという
孤独感をもっていたりという人がいることがわかった。

これらの言葉は他人事とは思えなかった。
わたしも在宅勤務を始めた当初は、ずっとパソコンにかじりついて仕事をし、
ときどきオンラインで会議を行っていて、
出勤していたときとは違う感覚に戸惑いを覚えていたからだ。

これまでは、北海道では寒くて重苦しい冬の季節が長く続くことが
気持ちを不安定にさせていたと思っていたのだが、
SNSの声を見て、ネットだけで会社とつながることも、
ひとつの要因だったのではないかと思うようになった。

家事や育児をしながらの仕事。パソコンに向かう時間が多くて、首が痛くなることもある。

家事や育児をしながらの仕事。パソコンに向かう時間が多くて、首が痛くなることもある。

在宅勤務を始めて半年が過ぎた、3月くらいのことだったと思う。
朝起きると吐き気がして、3時間くらいはなかなか治まらないという状態が続いていた。
医者に行ったわけではないが、これは精神的に何かがおかしいと感じ、
切実に暮らし方を変えようと思った。
実践したことはふたつ。

まずひとつは、自分の評価を他人と比べず自分ですることだ。
ネットだけで会社とつながっていると、
社内で自分がどういう立場に置かれているのか見えにくくなる。

また、同僚の仕事ぶりもまったくわからなくなるので、
1日に自分がどのくらい人より仕事をしたのか、
あるいは仕事をしていないのかが比べることができなくなった。
これは、出勤していたときには意識していなかったが、
会社の全体の雰囲気のなかで、自分が少し秀でていると感じられることが、
仕事のモチベーションになっていたことを悟った。

在宅勤務当時手がけた書籍。2年半の歳月をかけてつくった『日本美術史』など、思い出深い本がたくさんある。

在宅勤務当時手がけた書籍。2年半の歳月をかけてつくった『日本美術史』など、思い出深い本がたくさんある。

また、オンラインの会議では、いつも言い足りない、聞き足りないことが残っていた。
対面での会議では、始まる前に、今日は暑いとか寒いとか、ランチがどうだったかなど、
雑談である程度コミュニケーションを図りながら会議へと入っていく。
しかし、オンラインでは、いきなり本題に入り、
会議が終ればあっという間に回線が遮断される。

いまにして思えば、雑談で気持ちを共有するからこそ通じ合っていると感じていて、
そこがなくなったことで、相手の真意が伝わらず変な解釈をしていたことに気づき、
そうした判断を極力しないように努めた。

さらに、会社や仕事先のメールを気にしすぎることも止めた。
わたしの仕事を否定するような言葉に異常に反応してしまい、
そのことを悶々と考えたりすることもあった。
おそらく会話の中であれば、スルーできるようなレベルの小さなことなのだが、
相手の表情もわからずに内容だけが入ってくると、拡大解釈してしまって、
悪いほうへと気持ちが流れていくのだった。

そこで、否定された内容のところは、目を細めてやや読み飛ばし気味にして、
ほめてくれたメールがあったら、それを何度も読み返すようにしていった。
気持ちを明るくするメールだけを意識的に記憶にとどめるようにしたのだ。

北海道に移住して小さな菜園をつくったこともあった。土をいじっていると、マイナスな感情がやわらぐ。

北海道に移住して小さな菜園をつくったこともあった。土をいじっていると、マイナスな感情がやわらぐ。

こうしたネットに対する反応の方法とともに、
毎日、すぐにクリアできそうなささやかな目標を立てることにした。
「今日は締め切りの原稿を半分書けたら良しとしよう」とかそういう感じだ。
「今日は締め切りの原稿を絶対に書き上げる!」とすると、
書き上げられなかったときの落胆がひどいので、
つねにちょっとした逃げ道を用意しておくような、目標を設定していった。

そして、終ったときに、けっこう今日はがんばったなあとか、
意外にいい原稿が書けたなあとか、良かったことを振り返る時間を持つように
意識をしていったら、少しずつ前向きな気持ちが上回るようになっていった。

キャンプ道具の出し入れも自由自在。
遊びの達人の家は
暮らしをまるごと楽しむ装置

福井市の郊外に、志津が丘と呼ばれる緑に囲まれた住宅地がある。
福井平野と越前海岸を隔てる山地の入り口に位置している。
市街地から車で40分ほどの距離だが、志津が丘では夜、フクロウが鳴くらしい。

その土地に、若い世代からも慕われる“遊びの達人”である竹下光彦さんが暮らしている。「横乗り系の遊びは全部、やりました」と語る竹下さんは、福井県鯖江市で生まれ、
若い頃はスケーターとしても北陸で名を知られた。

大人になっても情熱を失わなかった結果、たどりついた家

玄関先にスケボーや自転車

大人になっても遊びを突き詰められる人はかっこいい。
多くの人は年を重ねるにつれ、知らないうちに遊び心を失っていく。
暮らす場所ひとつとっても、便利さや快適さ、合理的な機能が優先され始める。

しかし、竹下さんは違う。
「子どもの学校から近い環境を」という
奥さん・恵子さんの意見にはきちんと耳を傾けながらも、
若い頃から突き詰めてきた遊びへの情熱を決して絶やさない人だ。

横乗り好きな雰囲気を感じる竹下光彦さん。

横乗り好きな雰囲気を感じる竹下光彦さん。

さすがに若い頃と比べて横乗り系の遊びに関しては出かけられなくなったというが、
玄関口にはスケートボードが立てかけられ、
吹き抜けのリビングの一角には、3メートル近くありそうな
サップ(SUP=Stand Up Paddleの頭文字。立ったままパドルを漕いで乗る板)が、
立てかけられている。

「空気を入れて膨らませるタイプなので、本当は小さく収納もできます。
ただ、丸めてしまうと素材も傷みます。
いろいろ保管場所を考えたのですが、
これほど大きなサップをそのまま置ける場所といえば、ここしかありませんでした」

3メートル近くあるサップが、余裕をもって立てかけられる高い吹き抜け空間。

3メートル近くあるサップが、余裕をもって立てかけられる高い吹き抜け空間。

吹き抜けには金網の棚もあり、
その上にはプラスチック製の大きな収納ボックスが並んでいた。
2階のロフトスペースにはキャンプ用品がぎっしりと並んでいて、
寝室にはサーフボードやスノーボードが立てかけられている。

「前に暮らしていたマンションでは、家族でキャンプに出かけるたびに、
大変な思いをしていました。
荷物をエレベーターで何往復もして車に運ばなければいけませんし、
そもそも大きすぎて、外に持っていくこと自体が大変な荷物もありました」

ウッドデッキでランプを灯す

「しかし、この家の場合は荷物の出し入れで、
角が引っかかるような余計な構造物がありません。
リビングの窓が大きく、ウッドデッキにもつながっているので、
サイズのある道具でも出し入れがラクです。
軒先でバーベキューをしようと思ったら、あっという間に準備が整ってしまいます」

確かに竹下さんのように、さまざまな道具を駆使しながら屋外の遊びを存分に楽しむ人には、
今のような家でないと窮屈かもしれない。

もちろんマンションは一般的に、極めて合理的につくられている。
しかし、それは日常的な都市生活を送るためであって、
3メートルのサップを出し入れするための合理性ではないのだ。

2階のロフトスペースにはキャンプ用品がぎっしりと並んでいる。

2階のロフトスペースにはキャンプ用品がぎっしりと並んでいる。

Go To? 自粛? 
離島のカフェはどうしたらいい?

カフェ営業を再開したものの……

ようやく梅雨が明けたと思ったら、突然やってきた猛暑。
あー、きたきた、この耐え難い暑さ。
日中の畑仕事は、頭から足までノンストップ・汗!
水浴びしたり、こまめに着替えたりしながら、
夏野菜の収穫、秋冬野菜の準備をしています。

パワフルな夏の太陽のもとで育つ夏野菜たち。野菜にとってもちょっと暑すぎるけど。

パワフルな夏の太陽のもとで育つ夏野菜たち。野菜にとってもちょっと暑すぎるけど。

スイカー! 身内で食べるようにいくつか栽培しました。収穫のタイミングとかいろいろ難しいなあ。

スイカー! 身内で食べるようにいくつか栽培しました。収穫のタイミングとかいろいろ難しいなあ。

一面のサツマイモ畑。収穫はもう少し先。元気に育て!

一面のサツマイモ畑。収穫はもう少し先。元気に育て!

私たち〈HOMEMAKERS〉は農業をしながら、
週2日、金曜・土曜日はカフェを開いてきました。

今回のコロナ禍で、4月〜7月中旬まではカフェを臨時休業していました。
感染拡大防止のための休業でもありましたが、いまの私たちはカフェを営業するよりも、
野菜を育て、必要としている人たちに届けることを優先しようという判断で。

6月下旬に全国的に移動や営業自粛が解除され、私たちはどうしようかと考えましたが、
7月中旬から週1日、土曜日のみカフェの営業を再開しています。
店内の席数を減らし、庭に外席を新たに設置しました。
テイクアウトできるようにしようか、いままでと違うメニューにしようかなど
いろいろ検討しましたが、いまのところは大きく変えていません。

現在〈HOMEMAKERS Farm & Cafe〉は週1日、土曜日のみ営業しています。

現在〈HOMEMAKERS Farm & Cafe〉は週1日、土曜日のみ営業しています。

デザートには季節の野菜や保存用につくっておいたジャムなどを練り込んでマフィンを焼いてます。

デザートには季節の野菜や保存用につくっておいたジャムなどを練り込んでマフィンを焼いてます。

7月の下旬から、Go To トラベルキャンペーンが始まり、
小豆島にもたくさんの人たちが遊びにきています
(それでもいつもと比べたら、歩いてる人、車の数など全然少ないですが)。

8月27日からは、小豆島独自の企画「小豆島復路フェリー無料キャンペーン」を
開始するそうです(島内で宿泊などの条件を満たすと、
帰りのフェリー代が無料になります。詳しくはこちら)。

〈くーさんの焙煎所〉
河津町に移住し、小さなカフェと
藍染工房を開いた夫婦

移住して自分たちの
仕事をつくる夫婦

東京から岡山県へ、そして伊豆の河津町に移住し、
自宅を改装して小さなカフェと藍染の工房を開いた夫婦。
人とのつながりを大事にし、自分たちの個性を生かす仕事をしようと
開いた念願のお店です。
移住前に東京で知り合い、いま隣町の下田で暮らす津留崎徹花さんが、
そんな夫婦を訪ねました。

北海道を掘り下げるタブロイド紙
『THE KNOT SAPPORO Magazine』
が生まれて

Art Direction by Ryo Ueda [COMMUNE], Photo by Ikuya Sasaki

地域のカルチャーを取り上げる新たなメディア

北海道で生きる人々と、地域のカルチャーを取り上げる新しいメディアが生まれた。
『THE KNOT SAPPORO Magazine』は、8月1日に札幌でオープンしたホテル
〈THE KNOT SAPPORO〉が年2回刊行するタブロイド判フリーペーパーだ。
アートディレクターは札幌を拠点に活動する〈COMMUNE〉の上田亮さんで、
上田さんに声をかけてもらい、私は編集長を務めた。

〈THE KNOT SAPPORO〉。ラウンジにはデザインの違う椅子が並べられ遊び心を感じさせる。(photo:Tsubasa Fujikura)

〈THE KNOT SAPPORO〉。ラウンジにはデザインの違う椅子が並べられ遊び心を感じさせる。(photo:Tsubasa Fujikura)

THE KNOTは2017年、横浜を皮切りに、新宿、広島、札幌にも拠点を持つ。
コンセプトは「旅するホテル」。その土地の特性を生かし、
地域ごとに、それぞれ内装やアメニティ、食にもこだわっている。

札幌は「大自然の大都会」を軸に据え、
建築には札幌軟石や赤れんがなど地元らしい素材を取り入れ、
道内で活動するアーティストらの作品を壁面に設置したりなど、
この場所のために作家に作品制作を依頼する、
いわゆるコミッションワークも行っている。

『THE KNOT SAPPORO Magazine』も、ホテルの情報は控えめに、
北海道を深く掘り下げるメディアであり、これらを通じて、THE KNOTは
宿泊だけでないアートやカルチャーが生まれる場所をつくり出そうとしている。

ラウンジからはアーティスト国松希根太さんの作品が見える。タイトルは『HORIZON』。地平線のようにも水平線のようにも見える風景だ。(photo:Tsubasa Fujikura)

ラウンジからはアーティスト国松希根太さんの作品が見える。タイトルは『HORIZON』。地平線のようにも水平線のようにも見える風景だ。(photo:Tsubasa Fujikura)

特集は「MOUNTAIN IS」。
第1号では、THE KNOTに縁のある人々を紹介するものにしようと考え、
ホテルに併設されたギャラリーのオープニングを飾る展示を行った
フリーランスのキコリである〈outwoods〉足立成亮さんと、陣内雄さんを取り上げた。

山は私にとっても思い入れの強いテーマ。
一昨年に山を購入し、以来、新しい視点で山の価値を見出そうとする山主や
林業者に興味を持ち、折りに触れ取材をしてきた。

足立さんには1年ほど前に、別の媒体で取材をしたことがある。
そのとき、芸術祭にアーティストのひとりとして参加し、
文章も書く足立さんの姿を見て、キコリに対するイメージが
ガラリと変わったのを覚えている。

また、陣内さんには今回が初めての取材となったが、林業関係者から、
次世代の林業をつくるためにアグレッシブに活動している人だと聞いており、
ぜひ一度会ってみたいと思っていたのだ。

ちなみに、アートディレクターの上田さんとの出会いも山がきっかけ。
前々から上田さんは山に家を建てたいと考えており、
この連載で私が山を買ったことを知ってくれて、
友人を介して会ったのが交友の始まりだ。

photo:Ikuya Sasaki

photo:Ikuya Sasaki

まちの歴史を知り、
地域に愛される「わたしのまちの老舗」


今月のテーマ「わたしのまちの老舗」

味や技を守り、歴史と伝統のあるお店は
「老舗」と呼ばれ、地域内外の人から愛されています。

今回は全国の〈地域おこし協力隊〉のみなさんから
まちにある老舗店を紹介してもらいました。

和菓子から、染物屋まで日本の伝統を受け継ぐお店ばかり。
オンラインで手に入る商品も多いので
ぜひこの機会に100年続く味や技術を楽しんでみてください。

【秋田県秋田市】
TVでも紹介され、秋田っこに知られる和菓子店

地元に愛され、TV『嵐にしやがれ』でも取り上げられたほど有名な
和菓子の老舗が秋田市にあります。
秋田の和菓子といえば、と言われるほどの老舗〈三松堂〉。
創業当時は煎餅屋から始まったとされ、
洋菓子の提供なども経て、現在は和菓子に特化した専門店として営業しています。

古き良き面影の残る店舗は大正13年創業。

古き良き面影の残る店舗は大正13年創業。

長きにわたり修業を積んできた4代目イケメン店主の後藤さんは、
秋田の和菓子の開拓者でもあります。

一番のこだわりは“あんこ”。
通常の菓子店だと、既製品の餡に砂糖を加え、
どの和菓子にも同じあんこを使用するのですが、
〈三松堂〉では、厳選された小豆から丁寧に、粒あん・こしあん別、
さらに商品ごとにあんこをつくり分けるところまでこだわり抜いています。

店内にもあんこに命をかける工程がコミカルに描かれたポスターも。

店内にもあんこに命をかける工程がコミカルに描かれたポスターも。

こだわりはあんこだけではありません。
わらび餅や生地にも店主の想いが詰まっています。
通年人気商品の〈千秋最中〉は、自分であんこを挟めるように工夫され、
パリッとした食感も楽しめます。

生地が口裏に付く最中が苦手だった私ですが、〈千秋最中〉を食べて眼から鱗! 大好きになりました。

生地が口裏に付く最中が苦手だった私ですが、〈千秋最中〉を食べて眼から鱗! 大好きになりました。

その他、ロングセラーには、〈あんドーナツ〉や〈いちじくパイ〉。
季節限定の商品もあり、夏は〈若桃大福〉や〈麩饅頭〉が。
もちろん、どのあんこも違ったテイストです。

秋田はいちじくを好んで食べる文化があり、〈いちじくパイ〉も地元の味。

秋田はいちじくを好んで食べる文化があり、〈いちじくパイ〉も地元の味。

また、夏季限定のかき氷も。
和菓子屋さんが提供するかき氷はとはひと味違います

人気商品〈黒蜜きなこあずき〉700円(税込)。6月中旬~9月上旬頃までの夏季限定です。

人気商品〈黒蜜きなこあずき〉700円(税込)。6月中旬~9月上旬頃までの夏季限定です。

食べなきゃ損! お取り寄せもできますので、
ぜひ秋田市の老舗〈三松堂〉の和菓子を堪能してみてください。

information

map

三松堂

住所:秋田県秋田市中通5丁目7−8

TEL:018-833-8401

営業時間:9:30〜18:00

定休日:日曜・祝日

Web:https://www.wagashi-otoriyose.jp/

photo & text

重久 愛 しげひさ・いつみ

「死ぬまでには一度は行きたい場所」で知られる鹿児島県与論島出身。2019年に縁あって秋田県秋田市にIターン。よそ者から見た秋田市の魅力や移住に至る経験を生かして、秋田市の地域おこし協力隊に着任。YOGAを生かした地域交流を図る事業や、移住者を受け入れる市民団体事業をプロデュース中。山菜採りにすっかり夢中に。自称「立てばタラの芽、座ればバッケ、歩く姿はコシアブラ」。

小豆島でおいしいピザをゆったりと。
〈Pizza Kamos〉と
〈cafe u ra ni wa〉

天然酵母でつくる生地がおいしい!〈Pizza Kamos〉

私たちが小豆島に移住してきたのは2012年。
それから8年の間に、新しいカフェやパン屋、ジェラート屋、
自家焙煎のコーヒー豆屋、美容院など新しいお店がだいぶ増えました。
小豆島に移住してきた人が経営する小さなお店が多く、
個性豊かですてきなお店がたくさんあります。

そんなお店の中でも、とびきりセンスがいいピザ屋があります! 
オーナーは山本友則さん。
もともと高松のイタリア料理のお店でピザ職人として働かれて、
2019年5月に小豆島に〈Pizza Kamos〉をオープンされました。

お店の名前は、Kamosと書いて「カモス」と読みます。
そう! 「醸す」からきているんです。

2019年5月にオープンした小豆島のピザ屋〈Pizza Kamos〉。土庄港(とのしょうこう)から歩いて5分ほどの住宅街にあります。

2019年5月にオープンした小豆島のピザ屋〈Pizza Kamos〉。土庄港(とのしょうこう)から歩いて5分ほどの住宅街にあります。

もともとは島の会社の事務所だった建物を改修してピザ屋に。

もともとは島の会社の事務所だった建物を改修してピザ屋に。

古い木の家具の雰囲気がとてもいい。窓の外にはオリーブの木。

古い木の家具の雰囲気がとてもいい。窓の外にはオリーブの木。

古い木の家具やアンティーク食器が並ぶ店内は、やさしくて穏やかな雰囲気。
統一された世界観、カモスワールド。
おしゃれなんだけど、疲れないおしゃれ、心地いいおしゃれ。
いいよねぇ、こういう雰囲気って感じると思います。

お店の雰囲気がいいだけじゃなくて、もちろんピザもおいしい。
特にピザ生地がおいしい。
Kamosのピザ生地は天然酵母で発酵させたもので、
香りと食感が最高でずっと食べ続けていたくなります。

ちなみに、いろは(娘)はシラスが苦手でいつも家では食べないのですが、
先日Kamosに食べに行ったときに
「瀬戸内しらすと小豆島レモンの“瀬戸内ピザ”」をもりもり食べていて、
「しらす苦手じゃなかった?」と聞いたら
「生地がおいしいから食べたい」と言って、何切れも食べてました(笑)。
苦手なものでも食べれるようになるピザ生地マジック!

「瀬戸内しらすと小豆島レモンの瀬戸内ピザ」。

「瀬戸内しらすと小豆島レモンの瀬戸内ピザ」。

店の真ん中にある石窯。山本さんがピザを焼いている様子が客席からもよく見えます。

店の真ん中にある石窯。山本さんがピザを焼いている様子が客席からもよく見えます。

私たち〈HOMEMAKERS〉が育てたタイガーメロンでつくってくれたスムージー! Kamosには毎週野菜の配達に行っています。

私たち〈HOMEMAKERS〉が育てたタイガーメロンでつくってくれたスムージー! Kamosには毎週野菜の配達に行っています。

多拠点居住のサブスクリプション施設
〈LAC伊豆下田〉と
空き倉庫のリノベーションプロジェクト

地域の課題解決に向けた
プロジェクトが始動

伊豆下田に移住し、地元の工務店で建築の仕事に携わる津留崎さん。
その工務店の社長は、地域に大工が少ない、
特に若い世代の大工がいないことに頭を悩ませていました。
そんなとき、いま話題の多拠点居住サービスの拠点が下田に誕生。
それがきっかけで、あるプロジェクトがスタートしました。

北海道三笠市にUターンして
工房を始める。
うつわと暮らしの木工作家、内田悠さん

札幌と旭川の間にある空知地方の南部に位置する三笠市。
北海道の石炭と鉄道の発祥の地で、主要都市や新千歳空港にも近く利便性の高いまちだ。
木工作家の内田悠さんは、3年前、移住先としても人気のこのまちに
家族でUターンして自宅と工房を構えた。
一度は故郷を出て、生まれ育ったこのまちに帰ってきた内田さん。
あらためて体感する三笠の暮らしと、自身の製作活動の変化について聞いた。

田舎の生活は、忙しくも楽しい

まるで映画に出てきそうな、鬱蒼とした森。
どこまでも続く原っぱを、2歳になる朔くんが縦横無尽に駆け回る。

「楽しそうなんですよね、子どもが。
今はひたすら庭で石を掘ることにハマっていますけど、
車を気にせず遊ばせてあげられるから、
もう少し大きくなったらもっと楽しいでしょうね」と、内田さんは目を細めた。

息子の朔くん。

息子の朔くん。

高校を卒業して、岩見沢市役所に入庁した内田さんは
6年勤務した後に上京し、イタリアンレストランなどで働いたあと、
本格的に木工を学ぶべく、岐阜県高山市の〈森林たくみ塾〉に入塾した。
奥様の美帆さんと一緒に暮らし、一度は高山市の雰囲気にも惹かれたが
「母親も住んでいるから、三笠に戻ろうか」という話になった。

「地元には同級生がたくさんいるのですが、
そのひとりである〈山﨑ワイナリー〉の4代目の山﨑太地に
『家と工房を建てたいんだけど、どこかいい場所ない?』って聞いたら
『あるよ』って。紹介してくれたのが、ここだったんです」

自宅と周辺には、およそ15ヘクタールの農地が広がっている。

自宅と周辺には、およそ15ヘクタールの農地が広がっている。

それは、もう何十年も使われていなかった広大な農地。
周辺も農地が続くため民家はほとんどなく、
内田さんは「きっと工房で音を出しても気にならないだろう」と思った。
何より惹かれたのは、その自然豊かな環境だ。

「静かで、製作の邪魔をされることもありません。
今も作業中、ふっと窓の外の緑を見ると癒されますし、
近くに湧き水の池があって、休憩がてら散歩に行ったり
山菜を採ったりもしています」

工房の窓から見える緑は、どことなく幻想的だ。

工房の窓から見える緑は、どことなく幻想的だ。

庭には「最近始めたばかり」という、家庭菜園と呼ぶには広すぎる畑がある。
主に美帆さんが手入れをし、内田さんも時間を見つけて参加しているそうだ。
小松菜、じゃがいも、さつまいも、豆類……、
「そのうち鶏を飼いたい」と美帆さんが言えば、
「狩猟免許も取りたいな」と内田さんが返し、
田舎のほうが忙しいね、と笑い合った。

東京出身の美帆さんは「自然があまりないところで生まれ育ったので、
東京とは全然違って、三笠での暮らしはすごく新鮮です」と話してくれた。
ご両親も友だちも東京にいるため、たびたび帰省するが
三笠から新千歳空港まで、車で1時間程度と近いところも便利に感じている。

奥様の美帆さん。

奥様の美帆さん。

「年に数回、東京でいろいろな情報に触れて、
刺激を受けて帰ってくる……という生活が楽しい。
三笠を拠点に、ときどき東京、という生活が
私には性に合っているようです」

熊本発のコミュニティ型 シェアハウス〈ひだまり〉で、 運営を手伝うたびに家賃が下がる 「フェロー制度」がスタート!

〈Hidamari株式会社〉は2012年に熊本で創業し、
熊本、福岡、東京、神奈川など8つのエリアで、
現在、40棟のシェアハウス〈ひだまり〉を運営しています。

〈ひだまり〉では、住人同士の個性を尊重しながら
自立したコミュニティを形成するためのさまざまな
取り組みを行っており、今回住人向けパートナー制度として
新たに「フェロー制度」を導入しました。

明るい内装で清潔感のあるリビングが心地よさそう。

明るい内装で清潔感のあるリビングが心地よさそう。

フェロー制度とは、シェアハウスの住人がスキマ時間で
運営業務を手伝うことで家賃を減額するというもので、
なんと家賃が無料になるまで活用できるのだとか。

新型コロナウイルスの影響で仕事が減った住人がいたこともあり、
「fellow=仲間」である住人の負担を軽減し、
助け合う仕組みとしてスタートしたのだそう。
家賃という大きな固定費が節約できるのはありがたいですね。

〈ひだまり〉では定期的に食事会を行うなど住人のコミュニケーションを大切にしている。

〈ひだまり〉では定期的に食事会を行うなど住人のコミュニケーションを大切にしている。

フェロー制度は、例えば内見案内・退去立会い・シェアハウス巡回業務などを
手伝うごとにそれぞれ1回3,000円分、
内見案内プラス入居が決まると、加えてひとりあたり10,000円分を
家賃から差し引くというもの。

現在、東京エリアのみの先行実施とのことですが、
すでに家賃分お手伝いされた住人もいらっしゃるそう。
入居希望、または検討される方は一度事前にお問い合わせを。
フェロー制度について詳しくはこちらをご覧ください。

鎌倉・湘南エリアの1棟。他、横浜や都内にも複数空室あり。

鎌倉・湘南エリアの1棟。ほか、横浜や都内にも複数空室あり。

Hidamariの代表取締役・林田直大さんに話を聞きました。
「ゴミ出しひとつでも共同生活では問題になります。
運営者でできることも、やってみたいと思う住人がやる方が
『役割』ができるし、住人同士の親睦が深まったり
自立したコミュニティが生まれやすい。
フェロー制度はまだ導入したばかりで実験的な側面もありますが、
困っている住人への支援策のひとつでもあります。
これをきっかけに僕らのシェアハウス運営に興味を持つ人が
出てきてくれたらうれしいですね」(林田さん)

移住だけでは解決できなかった
心の問題に、コロナ禍で
ようやく気づいて

子育てに対する苦手意識を自覚して

先日、コロカルで連載をしている、小豆島の三村ひかりさんと
下田の津留崎徹花さんと、Zoomでトークをする機会があった。
いずれも東日本大震災がきっかけで地方移住した仲間で、
あらためて“震災”と“コロナ”とを対比しながら考えるきっかけになった。

このときわたしは、東日本大震災で社会の構造に疑問を感じ、意識が「外」に向かい、
コロナ禍では、家族と自分という「内」に目が向いたと語った。

トークのあと、「外」から「内」へ意識が向いた訳を考えるなかで、
自分の心にずっとひっかかっている
“しこり”のようなものがあることを自覚するようになった。
言葉で表しづらいのだが、子育てに対する苦手意識というようなものだ。

この連載で、緊急事態宣言により学校が休校となり、
子どもが家にいつつ仕事もしつつという状況の「しんどさ」について書いたことがある。
当時は、仕事が忙しいから子どもと向き合う時間がとれないことが辛いと、
仕事のせいにしていたのだが、実はそうではなかったと思うようになった。

緊急事態宣言で休校が続き、3人の子ども(9歳、5歳、2歳)の相手をしながら仕事もしていた。

緊急事態宣言で休校が続き、3人の子ども(9歳、5歳、2歳)の相手をしながら仕事もしていた。

苦手意識がある要因のひとつは、生まれ育った環境にあると思う。
わたしはひとりっ子で親は共働き。思い返すと、ひとりでいた記憶が多い。
カミナリが激しく鳴り響き、窓に落雷するのではないかと、
家の真ん中でひとり恐怖に怯えていたり、
マンションの階段はいつも薄暗くて家に入れず、駅で母の帰りをずっと待っていたり。
とにかくひとりでどうやって時間をやり過ごすかに、毎日挑んでいた。

そんなわたしが、3人の子どもの母となった。
家で仕事をしていると、5分おきに代わる代わる「母ちゃん〜!」と話しかけられ、
うっかりするとスマホや眼鏡が破壊され、つねにどこかで物の取り合いが勃発し、
家の中はいつもカオス。

以前に「なんでケンカしているの?」と子どもたちに聞いたら
「楽しいから」という返事には驚いた。
兄弟ゲンカ未体験なわたしにとって、ケンカによって
コミュニケーションしているというのは意外なことだった。

あるとき、ケンカをしている子どもたちを前に呆然としていたら、
夫に「なんで止めないんだ!」と言われたことがあって、
どうやって止めたらいいのか、わたしにはよくわからないことに気がついた。

大雨のなか、外に飛び出し、雨(滝のつもり)に打たれて、謎の修業をする子どもたち。

大雨のなか、外に飛び出し、雨(滝のつもり)に打たれて、謎の修業をする子どもたち。

いま書いたような、自分の家庭環境と現在の環境との違いを客観的に見たことは
実はこれまでほとんどなかった。

それよりも、子育てがしやすい環境づくりという「外」に意識が向いていた。
田舎で暮らし始めて、食の安全に目を向ける生産者さんから
食材を直接調達ができるようになったことに喜びを感じた。
通っている保育園や学校はどちらも少人数。親同士も顔の見える関係だし、
先生もひとりひとりと向き合うことができることがすばらしいと思った。

なにより、子どもが家で飛んだり跳ねたり騒いだりしても、
誰からも苦情がこないことに安堵した。
都会からの移住によって、もう子育ての環境は、
これ以上、望むことはないくらい整っていた。

家の前の倉庫がジャングルジム代わり。いつでもどこでものびのび遊べる。

家の前の倉庫がジャングルジム代わり。いつでもどこでものびのび遊べる。

鎌倉の看板食堂〈朝食屋コバカバ〉
店主・内堀敬介さんと考える、
これからの地域とのつながり方

鎌倉から考えるローカルの未来

長い歴史と独自の文化を持ち、豊かな自然にも恵まれた日本を代表する観光地・鎌倉。

年間2000万人を超える観光客から、鎌倉生まれ鎌倉育ちの地元民、
そして、この土地や人の魅力に惹かれ、移り住んできた人たちが
交差するこのまちにじっくり目を向けてみると、
ほかのどこにもないユニークなコミュニティや暮らしのカタチが見えてくる。

東京と鎌倉を行き来しながら働き、暮らす人、
移動販売からスタートし、自らのお店を構えるに至った飲食店のオーナー、
都市生活から田舎暮らしへの中継地点として、この地に居を移す人etc……。

その暮らし方、働き方は千差万別でも、彼らに共通するのは、
いまある暮らしや仕事をより豊かなものにするために、
あるいは、持続可能なライフスタイルやコミュニティを実現するために、
自分たちなりの模索を続ける、貪欲でありマイペースな姿勢だ。

そんな鎌倉の人たちのしなやかなライフスタイル、ワークスタイルにフォーカスし、
これからの地域との関わり方を考えるためのヒントを探していく。

鎌倉の人気食堂〈朝食屋コバカバ〉は、鎌倉駅東口を降りて歩くこと数分、鎌倉市農協連即売所、通称「レンバイ」のすぐそばにある。

鎌倉の人気食堂〈朝食屋コバカバ〉は、鎌倉駅東口を降りて歩くこと数分、鎌倉市農協連即売所、通称「レンバイ」のすぐそばにある。

鎌倉のまちのハブ的存在

自然とともに生きるオーガニックなライフスタイルを志向する人から、
せわしなく国内外を飛び回るIT企業のビジネスパーソンまで、
さまざまな人たちが暮らす鎌倉には、多様なコミュニティが形成されている。
これらが多層なレイヤーとなって折り重なっていることもこのまちの特徴だが、
長きにわたって、こうした人と人との出会い、
コミュニティ同士のつながりを育む媒介となってきた人物がいる。

鎌倉の目抜き通り、若宮大路沿いにある農産物直売所、通称「レンバイ」の並びで
2006年に〈食堂コバカバ〉を開いた内堀敬介さんがその人だ。

地域の人たちが親しみを込めて「ウッポン」と呼ぶ内堀さんは、
鎌倉の看板食堂の店主であると同時に、ミュージシャンとしての顔も持ち、
地元の飲食店やアーティストらが参加する「グリーンモーニング鎌倉」や、
まちのユニークな人たちを銭湯で引き合わせる交流会「クレイジー銭湯」など、
大小さまざまなつながりの場をつくってきた。

新型コロナウイルスの感染拡大防止のため、約1か月の営業自粛、短縮営業を経て、この7月からは通常の営業時間に近いかたちでお店を回し始めているコバカバの店主・内堀敬介さん。

新型コロナウイルスの感染拡大防止のため、約1か月の営業自粛、短縮営業を経て、この7月からは通常の営業時間に近いかたちでお店を回し始めているコバカバの店主・内堀敬介さん。

2015年には鎌倉界隈で暮らす人たちが集う俳句の会
「コバカバみんなの句会」を立ち上げ、
2017年にコバカバを「朝食屋」としてリニューアルするなど、
近年は季節や自然な時間の流れを感じる暮らしの提案をしてきた内堀さんだったが、
全世界で猛威を振るう新型コロナウイルスの影響によって、
他の飲食店の例に漏れず、コバカバも大きな打撃を受けることとなった。

コロナ禍において、図らずも多くの人たちが地域との関係性を見つめ直すことになり、
まちの店舗がこれからのあり方について再考することを余儀なくされているいま、
鎌倉のまちを誰よりも知り、愛してきた内堀さんは、何を思うのか。

これからの地域との関わり方、ローカルコミュニティのあり方について話し合うために、
営業再開後、間もないコバカバを訪ねた。

鎌倉〈朝食屋コバカバ〉看板

小豆島に移住して農業8年目、
夏のトウモロコシ収穫!

農業を始めて8年目、畑の広さは20倍以上に!

小豆島に移住して8回目の夏を迎えようとしています。
風景のなかの緑は濃さを増し、汗だくで作業する日が増え、
あー、今年もまた夏がやって来るなと感じます。

田んぼ越しに眺める我が家。山と田んぼの緑が美しい季節。

田んぼ越しに眺める我が家。山と田んぼの緑が美しい季節。

ピーマンの成長具合を確認。夏野菜たちがどんどん大きくなっていきます。

ピーマンの成長具合を確認。夏野菜たちがどんどん大きくなっていきます。

私たち〈HOMEMAKERS〉は小豆島で暮らし始めてすぐに畑仕事を始めました。
最初は、おじいちゃんが残してくれた家のすぐ隣にある広さ3畝(せ) ほどの畑から。

ちなみに、畑の広さについてちょっと書いておくと、
私たちは田んぼや畑の広さを話すときに、
「畝(せ)」、「反(たん)」、「町(ちょう)」という単位を使うのですが、

1畝=1a(1アール)10メートル×10メートル=100平米

1反=10a(10アール)1000平米

1町=1ha(1ヘクタール)100メートル×100メートル=10000平米

です。

8年前、3畝(3アール)からスタートした畑は少しずつ広がっていき、
いまは野菜、果樹の栽培あわせて7反(70アール)ほどになりました。
私たちが暮らしている小豆島・肥土山(ひとやま)は山に囲まれた盆地で、
平野部分が少なく、ひとつひとつの畑はとても小さいです。

段々畑の上から撮影。段々畑って風景としては美しいけれど、管理するのはほんとに大変。

段々畑の上から撮影。段々畑って風景としては美しいけれど、管理するのはほんとに大変。

斜面になっている畑や段々畑もあり、農業を本格的にするには
けっこう厳しい条件だったりします。
斜面だとトラクターを運転するのも危険が伴うし、
段々畑だと段になってる石垣の手入れも必要です。
平地の広い畑のほうが、手入れも圧倒的に楽で、農作業の効率がいいんですよね。

でも、昔から地域の人たちが小さな畑や田んぼで
自分たちが食べる米や野菜を育ててきた里山の風景はとても美しくて
私は好きだし、守っていきたいなと思っています。

それまでの畑の主の高齢化などによって使われなくなった畑を少しずつ借りていき、
家から軽トラで3分くらいの範囲にある14か所の畑で
1年を通していろいろな野菜を育てています。

6月頃の〈HOMEMAKERS〉の旬野菜セット。そのとき一番おいしい9品ほどの野菜をお届けします。

6月頃の〈HOMEMAKERS〉の旬野菜セット。そのとき一番おいしい9品ほどの野菜をお届けします。

琵琶湖を望むツリーハウス!
コーヒーとキャンプを愛する暮らし

外から内へ、また外へ。境界があいまいな家

滋賀県にある琵琶湖の西側は、目前まで山が迫っている。
湖岸から少し山へ登っていくだけで、広大な琵琶湖を望むことができる。
その山のなかのひとつ、蓬莱山(ほうらいさん)のふもとに移住し、
家を建てたのが淡田さんファミリーだ。
少し離れたところからでも、「あの家だ!」とわかるのは、
庭にツリーハウスが建てられているから。
ツリーハウスにお邪魔すると、真っ正面に日本一広い琵琶湖。
見晴しがよくて、とにかく気持ちが良い。

ツリーハウスは庭で存在感を発揮する。

ツリーハウスは庭で存在感を発揮する。

こんな心躍らせるツリーハウスを建ててしまう淡田洋平さんは、
2016年、滋賀県大津市に移住した。
外装の壁は木に覆われていて、中に入っても全体的に無垢の木でつくられている。
まず目に入ってくるのは、“通し土間”と吹き抜けの天井まで設えられた本棚だ。

「京都などの長屋が好きで、裏庭から表庭まで通じる通し土間にしたいと思って。
それに本棚と薪ストーブを中心に家のデザインを考えました。
薪ストーブと本棚のおかげで、必然的に吹き抜けになりましたね」と話す淡田さん。

吹き抜けの2階から。

吹き抜けの2階から。

フリーランスで主に自動車のCMF(カラー・マテリアル・フィニッシュ)デザイナーとして
働く淡田さんの仕事場となるデスクは土間にある。
上部の吊り棚やデスク周りには、
木の内装とは対照的なカメラやヘッドフォン、ドローンなどのガジェットがずらり。
イームズのシェルチェアに座り、ここだけ見ると都心のコワーキングオフィスのようだ。

ワークスペースは男っぽい一画。

ワークスペースは男っぽい一画。

本棚にはデザインやインテリア、カルチャー系の雑誌に加えて
アウトドアグッズが整然とディスプレイされている。
テントやシューズ、バーナー、コッヘルなど、淡田さんに選ばれた“1軍”だ。
収納ではなく、飾る。好きなものに囲まれた生活。

淡田さんは、子どもの頃はボーイスカウトに参加していて、
当時は兄や友人とキャンプなどによく出かけていた。
しばらくアウトドア遊びからは離れていたが、東日本大震災をきっかけに、
アウトドアグッズの機能性などに注目。家族ができて再びキャンプに出かけるようになった。

好きなアウトドアギアなどを中心に。

好きなアウトドアギアなどを中心に。

ほかにも、家中にある多肉植物は飯ごうをアレンジしたポットに入れられていたり、
〈ノースフェイス〉のアウトドアチェアを家の中で仕事の打ち合わせとして使用したり。
アウトドアアイテムを屋内の暮らしにもうまく取り入れ、
屋内か屋外かわからないような、
両方がシームレスにつながっているようなライフスタイル。
通し土間という構造がそれを象徴している。

裏庭の玄関から表庭までの通し土間。

裏庭の玄関から表庭までの通し土間。

ウッドデッキには、逆に屋内用の〈カリモク〉のソファが置いてある。
ずっと外に置きっぱなしというが、風雨にさらされて、かえっていい味になっていた。

ウッドデッキでは簡単な食事や仕事も。

ウッドデッキでは簡単な食事や仕事も。

暮らしは? 家庭は? 
新型コロナで考えたこと。
移住者たちのZoomトーク・後編

撮影:三村ひかり

小豆島で暮らし「小豆島日記」を連載中の三村ひかりさん。
岩見沢市の美流渡(みると)地区で暮らし
「うちへおいでよ! みんなでつくるエコビレッジ」を連載中の來嶋路子さん。
伊豆下田で暮らし「暮らしを考える旅 わが家の移住について」
夫と連載中の津留崎徹花さん。

コロカルで連載する移住者3人が、初めてZoomでつながり、
新型コロナウイルスで揺れるそれぞれの思いや暮らしについて語った
クロストークの後編です。
前編はこちらから

いまの暮らし、実はそんなに変わってない…?

徹花: 今回のことで生活が激変したかというと、
わが家は比較的大きな変化がないかもしれない。
そもそも移住してから生活費があまりかかってないし、
夫は通常どおり仕事をしているので。

私も移住する前は東京で毎日のように撮影してたけど、
最近は東京の仕事は月に1、2回。
移住前に比べると収入は4分の1くらいに減っているけれど、
そんな生活スタイルだったので、激減とか激変という感じでもなく。

三村: そうか。でも暮らせてるしね。

徹花: 震災を機に暮らし方を変えたくて下田に移住したけど、
今回のことがあって、移住してよかったと思った。
東京にいて、ずっと先まで仕事の予定が入っていて、
そんななか急に学校が休みになりました、なんていうことになったら
夫と喧嘩になってたかもしれない。
今日は外せない現場だとか、こっちだって撮影だよ! とか、
ぜったいそんなことになってた(笑)。

いまはこれだけ周りに自然があって人混みもなくて、
仕事も詰め込んでいないから、気持ち的にすごく楽。

自宅のすぐ近くには海が。人もいなくて遊ぶこともできる。(撮影:津留崎鎮生)

自宅のすぐ近くには海が。人もいなくて遊ぶこともできる。(撮影:津留崎鎮生)

來嶋: ほんとにそう思う。自然に助けられました。あと北海道は場所が広いから、
もともとソーシャルディスタンスだったことに気づきました(笑)。
うちの子の小学校ももともと少人数制だから、机の配置はほとんど変わってないです。
道を歩いていても、ほとんど人にも会いませんし、
公園にもひとりも子どもがいないなんてことも当たり前です。

近くの山に入って山菜採りに熱中したという來嶋さん。山を歩いているあいだはコロナの恐怖感が薄まっていったという。(撮影:來嶋路子)

近くの山に入って山菜採りに熱中したという來嶋さん。山を歩いているあいだはコロナの恐怖感が薄まっていったという。(撮影:來嶋路子)

三村: 震災で移住した人が増えたなら、今回もまた増えたりするのかな。

徹花: 増えると思う。下田はけっこう別荘の問い合わせが増えてるみたい。
東京の人たちが別荘として使うのか移住するのかわからないけど。

三村: 小豆島はまだあまりそんな話は聞かないな。でも移住者は増えるかもね。

小豆島で農業とカフェを営む〈HOMEMAKERS〉の三村ひかりさん。

小豆島で農業とカフェを営む〈HOMEMAKERS〉の三村ひかりさん。

今年もみんなで田植え完了!
素人から始めた3年目の米づくり、
何が変わった?

素人から始めた米づくりも
3年目に突入

伊豆下田に移住した津留崎さん一家。
移住したら叶えたいことのひとつに米づくりがありました。
1年目から手植え、手刈りで米づくりに挑戦してきましたが
3年目の今年の田植えは、1年目と比べると
大きな違いがあったようです。

コロナ禍であっても、
穏やかに未来をつくる
美流渡の移住者たちの暮らしぶり

コツコツ積み重ねてきたものが、いま花開いて

私の住む人口400人の集落・美流渡(みると)地区は、
コロナ禍であってもなくても、いつもと変わらぬ時を刻んでいるように思える。
北国が遅い春を迎えると田植えシーズンとなり、
農家のみなさんは忙しそうに車を走らせている。
朝、散歩しているご近所さんもいるし、のどかな山あいの風景はあいかわらず美しい。

では、私と同じようにこの地に移住した仲間たちは、
コロナ禍をどう過ごしていたのだろう? 
緊急事態宣言中は、訪ねるのをちょっと遠慮していたが、
6月下旬、少しずつ人の行き来が増えつつある時期に、
みなさんのもとを巡ってみることにした。

向かった先は、美流渡から車で5分ほど山あいに入った上美流渡地区。
このエリアでは、この春から新しい動きが起こっている。

そのひとつは森のパン屋〈ミルトコッペ〉。
薪窯で焼き上げた香ばしいコッペパンは、お昼には売り切れてしまう人気のお店。

パン屋を営む中川さん夫妻が、札幌から移住したのは22年前。
以来、集会所として使っていた古家でパン屋を開いてきたが、
主人の中川達也さんが10年前からコツコツつくり続けてきた工房がようやく完成し、
新店舗にて6月3日からオープンとなった。

冬期は休業で、普段なら4月中旬に営業を始めていたが、コロナ禍だったことに加え、
新しい窯でいつもの味を再現するための十分な研究の時間を取りたいと、
いつもより2か月遅れのスタートとなった。

〈ミルトコッペ〉の新店舗。屋根は業者さんに依頼。できる部分は達也さんが少しずつつくっていった。札幌軟石を手で積み上げていったそうで、苦労がしのばれる。

〈ミルトコッペ〉の新店舗。屋根は業者さんに依頼。できる部分は達也さんが少しずつつくっていった。札幌軟石を手で積み上げていったそうで、苦労がしのばれる。

店内は温かな雰囲気。窓の奥には手製のパン焼き窯が見える。

店内は温かな雰囲気。窓の奥には手製のパン焼き窯が見える。

ミルトコッペから歩いて300メートルほど行くと、中川夫妻が住む〈森の山荘〉がある。
山荘では、妻の中川文江さんが出迎えてくれた。

文江さんはパン屋の女将であり、リンパ液の流れを活性化する施術
「リンパドレナージュ」のセラピストとしても活動している。
普段であれば、ひと月のうち10日ほど東京で施術をし、
いつも予約でいっぱいなのだが、外出自粛要請を受けてからは
東京との行き来をストップさせていた。

思いがけず時間ができたことで、文江さんは新しいことをふたつ始めたという。
ひとつは野菜づくり。根っこつきのネギを友人からもらい、
土に植えたら育つかなと思ったのがきっかけという。
クワで固い土を掘り起こし、ブロッコリーやレタスなど
さまざまな野菜を配置した小さな畑が誕生した。

「このあたりは鹿がくるから、木の枝を畑の周りに差してみたの」とうれしそう。
柵の形はハート型。なんとも文江さんらしい畑だなあと思った。

いろんな種類の野菜が並ぶ、ハート型の畑。

いろんな種類の野菜が並ぶ、ハート型の畑。

そしてもうひとつは薪割り。
昨年、薪ストーブを山荘に設置し、薪となる木材を
友人たちと手分けして、山から運んでいた文江さん。
還暦のお祝いにご主人に斧を買ってもらったそうで、
コロナ禍ではせっせと薪割りに励んだという(!)。

薪割りは全身運動。私などは、斧を持つだけでフラフラしてしまうのに、
文江さんのわき出るようなパワーに圧倒された。

斧を持ってマスク姿で微笑む文江さん。会うと必ず元気がもらえる。

斧を持ってマスク姿で微笑む文江さん。会うと必ず元気がもらえる。

コロナ禍、どうしてた? 
美流渡、下田、小豆島。
移住者たちのZoomトーク・前編

小豆島で暮らし「小豆島日記」を連載中の三村ひかりさん。
岩見沢市の美流渡(みると)地区で暮らし
「うちへおいでよ! みんなでつくるエコビレッジ」を連載中の來嶋路子さん。
伊豆下田で暮らし「暮らしを考える旅 わが家の移住について」
夫と連載中の津留崎徹花さん。

コロカルで連載する移住者3人が、初めてZoomでつながり、
新型コロナウイルスで揺れるそれぞれの思いや暮らしについて、
クロストークを繰り広げました。前後編でお届けします!

観光のまちで暮らすということ

徹花: 今回、下田が観光地なんだなということをあらためて感じて。
観光地ならではの、複雑な状況を初めて知りました。
もうすでに外から来る人が増え始めていて、
海水浴場を開けるか開けないかということひとつにしても、
地元同士でも人によって意識が違うので、すごく複雑。

三村: わかる、わかる。小豆島って観光地なんだなってあらためて感じました。
観光地だけど、私たちにとっては暮らす場所。
でも観光の人が来ないって、こういうことなんだって、
すごく依存してるんだって強く感じました。
ホテルだけじゃなくて、飲食店もお土産を製造している生産者もみんな影響受けてる。
下田は、ホテルは?

徹花: ホテルは開き始めたかな。
でも大きなホテルと個人経営のところと、規模によって違ったり。
まちのお魚屋さんにしても、宿に卸してたから、宿が閉まると立ち行かないとか、
こんな商売の人も観光で成り立ってたんだ、とか。
あらためてそういう影響を感じてます。

來嶋: そうなんですね。
こっちもけっこう観光地だと思ってたけど、おふたりの話を聞いたら
観光客で経済が成り立っているわけではないことがわかりました(笑)。
美流渡にあるゲストハウスはお客さんが来なくて困ってるところもあるけど、
彼らはほかに農家のバイトをしたり、みんななんとか暮らしてますね。
飲食店はもともと3つしかないし。カレー屋さんは営業を始めて、
〈ミルトコッペ〉という人気のパン屋さんも数日前に開きました。

天然酵母を使い、薪窯で焼き上げた〈ミルトコッペ〉のパンは人気で、昼前に売り切れてしまうことも。(撮影:津留崎徹花)

天然酵母を使い、薪窯で焼き上げた〈ミルトコッペ〉のパンは人気で、昼前に売り切れてしまうことも。(撮影:津留崎徹花)

三村: こういう観光地だと、経済が連鎖して回ってるんですよね。
そのなかに私たちも入ってるんだということが今回わかりました。
私たちは農業をして、野菜を出荷して、カフェを経営してるけど、
いまはカフェはお休み中。あとシロップなど加工品をつくってます。
でも業務用の注文は、4、5月はほぼゼロ。
5月末くらいから少しずつ戻ってきてるかな。

徹花: オンラインストアもリニューアルしたしね。

三村: そうなの、偶然そのタイミングで。
応援してくれる人がたくさんいて本当にありがたい。カフェをお休みしてるから、
オンラインで個人のお客さんと直接つながってる強さをすごく感じました。

〈HOMEMAKERS〉の商品だけでなく、小豆島の生産者のものも販売するオンラインストア。(撮影:三村ひかり)

〈HOMEMAKERS〉の商品だけでなく、小豆島の生産者のものも販売するオンラインストア。(撮影:三村ひかり)

徹花: 私は干物が好きで、いろんな干物屋さんに出入りしてるんだけど、
インターネットで販売システムをつくってる干物屋さんは実はいますごく忙しい。
逆に、そういうことをやってこなかったお店は、
クレジット決済もないし、もちろんインターネット販売もしてない。
いままで卸と、買いにきてくれるお客さんだけで成り立ってたから。
そういうところは厳しいですよね。
それで、そういう小さいお店を応援するSNSを立ち上げたんだけど。

徹花さんお気に入りの干物屋さんのひとつ〈山田ひもの店〉。徹花さんは下田の生産者や商店と都市部の人をつなげるSNS「伊豆下田、海と山と。」を立ち上げた。(撮影:津留崎徹花)

徹花さんお気に入りの干物屋さんのひとつ〈山田ひもの店〉。徹花さんは下田の生産者や商店と都市部の人をつなげるSNS「伊豆下田、海と山と。」を立ち上げた。(撮影:津留崎徹花)

三村: この先どうなるかまだわからないですよね。
小豆島観光協会としては、本格的にウェルカムモードになるのは7月20日くらいかな。
でも今年は夏休みも少ないからファミリーがどれくらいくるか。
秋からまた閉めると決めてるホテルもあるみたい。
このままホテルがつぶれたりしたらどうしようと思うけど、
そこまで切実なムードが漂ってるわけでもないかな。

徹花: 切実なムード、漂ってない? 下田は結構漂ってるよ。
個人経営の小さな規模の宿も6月になってオープンし始めたけど、
お客さんに来てほしいという思いと、
来てもらうとそれはそれで難しい面もあるみたいで。
地元の人たちの目が気になったり、チェックアウトしたあとの部屋を
どこまで消毒したらいいのかとか……。すごく苦労してる。

三村: 小豆島はそこまで切実さが漂ってる感じはしないけど、
いままでと違うやり方にしていかないとね。
島の中にはいろいろな飲食店があるけど、島の中の人と、
外から来る人のお客さんの割合って店によって全然違うし、
でも外からのお客さんはやっぱり多いから。
瀬戸内国際芸術祭の影響で台湾からのお客さんもすごく多かったし。
高松に直行便があるからそこから直島や豊島にアートの旅に行ったりね。

來嶋: コロナ禍前に、美流渡のゲストハウスに泊まったオランダ人の、
次の行き先が直島だったんです。美流渡から直島って、
そういう感覚なんだーって、おもしろいなと思いました。

岩見沢市の山間地、美流渡に移住した來嶋路子さんは編集者。東京の仕事をしながら、〈森の出版社ミチクル〉として自分の出版活動も。

岩見沢市の山間地、美流渡地区に移住した來嶋路子さんは編集者。東京の仕事をしながら、〈森の出版社ミチクル〉として自分の出版活動も。

今年のはちみつできました!
養蜂場での「ナンキンハゼ」との闘い
が教えてくれたこと

外来種に気づかされた、
自然界の絶妙なバランス

伊豆下田で暮らし、養蜂場で働く津留崎鎮生さん。
今年もみかんの花のはちみつが採れたということですが、
一方で養蜂場では、「ナンキンハゼ」の繁殖に悩まされたそう。
あらためて自然界のバランスや生態系について
考えさせられるような出来事だったようです。