〈 この連載・企画は… 〉
ローカルにはさまざまな人がいます。地域でユニークな活動をしている人。
地元の人気者。新しい働きかたや暮らしかたを編み出した人。そんな人々に会いにいきます。
writer profile
Hiromi Kajiyama
梶山ひろみ
かじやま・ひろみ●熊本県出身。フリーランスのライターとして、インタビュー記事を中心に執筆する。著書に『しごととわたし』(イースト・プレス)。最近興味があるのは湯治宿。
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撮影:川瀬一絵
新潟県南部に位置するJR十日町駅から約30分。
のどかな田園風景を進み、道幅が徐々に細くなっていくその先に
数軒の民家が並ぶ三ツ山集落がある。
冬になると3メートルほどの雪が積もる豪雪地帯だ。
十日町市出身の高橋美佐子さんが
茅葺き屋根の農家民宿〈茅屋や〉を開業したのは2016年。
茅屋やでは雪国の山暮らしが体験できるほか、
狩猟免許を持つ高橋さんのジビエと里山料理を求めて食通が足を運ぶ。
十日町で生まれ育ち、高校卒業後に上京した高橋さん。
いまこうして宿泊業を営んでいるのは、東京の〈山の上ホテル〉や
食品卸しの会社で長く働いてきた経験を生かせると思ったから。
開業の地として十日町を選んだのは、
離れて暮らす親の存在が気になるようになってきたのと、
ひっそりとした山の中の古民家暮らしに憧れていたためで、
地元に戻ることはごく自然なことだったと振り返る。
「東京にいた頃からとにかく古民家の宿を経営したくて、
働きながらインターネットを使ったり、帰省時に空き家情報をチェックしていました。
このまま東京にいても古民家の宿を開くのは難しいかもと思って
Uターンしようと思ったんですけど、仕事がないし、どうしようって。
そしたら地域おこし協力隊があると聞いてちょうどいいなと思ったんです」
東京を離れ、2013年から地域おこし協力隊として、
現在の茅屋やがある一帯を含む飛渡地区を担当した。
「協力隊の仕事をしつつもどうしても宿をやりたくて。
空き家探しを続けていたら、この家に住んでいたおばあちゃんが
家を離れようとしていることを知ったんです。こんなチャンスはもうないと思って、
『壊さないでください』とお願いして譲ってもらいました。
この辺りは冬になると3~4メートル雪が積もるので、
誰かが住んでいないと家が壊れちゃうんですよ。
壊れずに残っている空き家は、ここよりもずっと大きくて立派な家ばかりなので
どうしても高くなるし、ひとりじゃ手がまわりません。
ひとりでまかなえる広さで茅葺き屋根。この家に巡りあえてラッキーですよね」
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この幸運な出会いがきっかけとなり、
協力隊の任期を少し残して、民宿の開業に集中するために退職。
2016年1月に晴れて茅屋やをオープンした。
「うちに泊まりにくる方は自然が好きな人が多いから、
このあたりを散策したりして自由に過ごす方が多いですね。
犬好きの方には愛犬のアムを『どうぞ』と渡して、散歩していただいたり(笑)」
山の上ホテルでは、ホテルの運営に必要な仕入れを行う
「購買」担当として働いていた高橋さん。
普段はゲストと直接関わらずに完結する業務が多かったが、
新規開店時など人手が足りない際にはサービス側に回ることも珍しくなく、
接客に抵抗はなかったそう。
どおりで高橋さんと同じ空間で過ごす時間は肩肘張らずに心地よい。
もちろんもともとの人柄がそうさせている部分もおおいにあるはず。
2017年12月には茅屋やの隣の作業場を改装し、
地元猟友会の先輩や高橋さん自らが仕留めた野生鳥獣の加工と販売を行う
〈雪国Base〉の取り組みもスタートした。
「購買としてホテルのレストランで使うジビエを仕入れたり、
食品卸しの会社に移ってからも九州にイノシシを仕入れに行ったりしていました。
そこで猟師さんというのは良くも悪くも(笑)はっきりしていて、
意思が強いんだなぁということを知りました。
いろいろとこちらの面倒までみてくれるんですよね。
そういう経験をしてきたので、ジビエや猟師社会に対する抵抗みたいなものは
普通の人よりはなかったですね」
雪国Baseのアイデアは、新潟県十日町市が主催する
ビジネスコンテスト「トオコン2017」にて
「『雪国base』基地の建設~地元雪国十日町の美味しい自然を知る、食べる。」
と題したプレゼンテーションを行い、
最優秀賞、第二創業・経験者部門賞、オーディエンス賞を受賞した。
「私の場合コンペ当日には施設がもうできあがっていたんですね。
ほかの出場者が『これからこんなことをします』とプレゼンするなか、
『補助金をいただけないと支払いが……』みたいな内容だったんですよ。
切羽詰まってる感は伝わったと思います(笑)」
「そこまでして雪国Baseを実現したかったのは、
ジビエに関することをトータルでやりたいと思ったら、
やっぱり2番じゃなくて、1番じゃないとダメだと思ったんですよね。
十日町でジビエの処理施設を設営し始めたのは私が最初なんです。
実はこのあたりにイノシシやシカが出るようになったのはここ十数年の話で、
以前から猟師さんはいましたけど、それを食べる文化もないし、
加工や販売しているところもなかったので」
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昨年秋からは、同じ集落に暮らす「お母さん」のひと言から、
お弁当の販売と提供を始めた。
春になると山菜を求めてたくさんの人が訪れるという三ツ山集落。
お弁当を食べたり、お茶を飲んだり、ほっとひと休みできる場所を
提供できたらという思いから実現した。
「春になると一気に人がやってくるので、
まずは慣れることからと昨秋からスタートしました。
私もいろいろやることがあるので、お母さんが主になって、
うちで一緒に料理をしています。
おかずはジビエを使って1~2品と山菜がメイン。
お米は宿で出しているのと同じく、うちの田んぼで育てたものです」
高橋さんが十日町の自然に向けるまなざしは、地域に暮らす人、
そして旅行者をつなぐ、その場所の可能性を照らす光のよう。
「宿を始めるにあたって、“地域のために”みたいな使命感は特になかったのですが、
地域のよさを伝えたいと思っています」
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農家民宿 茅屋や
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