アナグマをさばいて食べてみた。
伊豆下田で感じる自然の恩恵
GDPには表れない「豊かさ」とは?
伊豆下田に移住して、以前より食材に
お金がかからなくなったという津留崎さん。
魚介類をもらってさばくことが増えたそうですが
今度は肉もさばくことに。
そしてあらためて、自然の恵みを感じるようになったそうです。
コロナ禍でも、自然は何も変わらない
ここ伊豆下田では、5月中旬より小中学校が再開しました。
通学する子どもたちの声がまちに響くと
日常に一歩近づいたように感じてうれしくなります。

長い休校期間はよく自転車や徒歩で近所の海に行きました。海があることで随分助けられた気がします。
前回、妻が立ち上げたSNSページ
「伊豆下田、海と山と。」のことを書きました。
このページの名前は、豊かな海も山もある伊豆下田の
魅力的な生産者や商店と都会の人たちをつなげたい、
そんな思いからつけたものです。
最近、この豊かな「海と山」があることの恩恵を
あらためて感じています。
まちを抜けて海や山に入っていくと、
コロナの影響で大きく暮らしの変更を余儀なくされているのは
人間社会だけで、その他の多くの自然は何も変わらず
季節の移ろいとともに淡々と、その営みを続けています。
そして、そんな自然の営みによってもたされる「恵み」によって
自分たちの命は成り立っている。
東京にいた頃は目まぐるしく変化する
社会の流れについていくのに必死で、
ある意味当たり前なそんなことを感じる余裕もありませんでした。
今回は、あらためて「自然の恵み」について感じたことを書きます。

これまた休校中のこと。僕が仕事をする養蜂場を娘と妻が見学に来ました。娘にとっては父親の職場見学ということでもありますが、はちみつがどのようにしてできるのか? を知るいい機会になったとも感じています。
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魚をさばき、肉をさばく
ある日、罠猟免許を持つ知人から、
「仕掛けていた罠にアナグマがかかって、これからさばくけど
一緒にやりませんか? 興味あるって言ってたよね」
と連絡をいただきました。
アナグマをさばく……? と不思議に思う方も多いかもしれません。
実は、周辺の農地にアナグマが頻繁に出没していて、
その生態について調べたばかりでした。
雑食性のアナグマは、畑を荒らすことも多く
駆除対象の害獣となっています。
そして、その肉がかなりおいしいらしく、
ジビエ料理の本場フランスではよく食されている、
最近は東京のジビエ料理店などでも重宝されていると知ったばかり。
駆除する必要があるのなら、その肉をいただくほうがいいのでは?
という気はしていたものの、まさかすぐに
そんな機会がやってくるとは思っていませんでした。

昔から食されている「たぬき汁」に入っているのはアナグマの肉だったりするそうです。
下田に移住してきてからは、
魚介類をまるごといただく機会が増えました。
住んでいる場所もあり、漁師さんと知り合うことが多く、
漁師さんに魚や貝、海老などをいただくことがあるのです。
いただいた魚や貝は、コツを教えてもらったり、
YouTubeの解説動画を参考にして
(本当にいろいろな動画があるものだと感心してしまいます)
なんとかさばいています。
とてもうまくさばけたとは言い難いのですが、
そんな経験を積めば積むほど、自分がいままで
いかに「生きる術」を知らずに
この歳まで過ごしてきたのかを痛感しています。

生きているナマコを丸ごといただいたので、四苦八苦しながらさばいてみました。自分でさばくとひと味違います。
けれど「肉」といえば、
スーパーに並んだものしか目にしたことがありません。
そんな自分が動物をさばく。
いつかは経験したい、できるようになりたい、
そう思っていたことのひとつです。
「肉を食べる」のであれば、そこまで知るべきではないか? と。
何事も経験、何事も挑戦!!
ということで……アナグマをさばくお手伝いをさせていただきました。
結果、初めてのことで終始オロオロしていて、
たいしてお役には立てなかった気がします。
でも、ひと皮むいてひと皮むけた……、という感じです。
そして、経験させていただいただけでもありがたいことなのに、
さばいた肉を半分ほどいただいてしまいました。
その晩には命の尊さを噛みしめながらありがたくいただきました。

その朝まで、この地の野山を駆け巡り、この地の木の実や虫、
そして、畑に入っては果樹や野菜などを食べて
元気に暮らしていたアナグマは、我らの血となり肉となりました。
スーパーで買った肉を食べるときには感じない
「循環」を感じる体験でした。
畑や田んぼを維持するには、つまり人間社会を維持するには、
こうした「害獣駆除」は必要なことでもあります。
駆除したなら、ちゃんといただきたいです。
残酷なことかもしれませんが、
それが向き合うべき現実だとも感じました。

農家にとって獣害は本当に大きな問題です。その原因はさまざまで、獣の居場所になる耕作放棄地が増えたこと、山に人が入らなくなったこと、獣をとる猟師が減ったこと、天敵のオオカミが絶滅したこと、などがあると言われています。
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数値で測れない「豊かさ」
その翌日。
いつも釣った魚をいただく漁師さんのところを訪ねる用事がありました。
妻と相談して、その漁師さんにいつものお礼ということで、
アナグマの肉をお土産に持って行ってみようか? と。
漁師さんなので、日々さまざまな魚を食べているとのことでしたが、
アナグマは未体験とのことでした。
おそるおそる感はありましたが喜んでいただきました。
で、さらにお返しにと、
「庭になってる枇杷とニューサマーオレンジ持ってって!」
となり、結果、果物を山ほどいただいてしまったのです。

伊豆ではこの時期、あちらこちらに枇杷がなっています。庭木が多いのですが、森の中に自生しているような木も見かけます。自生するくらいですから、この地に合っているようで農薬を使って育てる人はあまりいなさそうです。東京で「無農薬の枇杷」といったらかなり高級品だった記憶があります。葉にも薬効があるとされていて、葉だけでもネットではびっくりするような金額で取引されていました。
いつも魚をもらうので、そのお礼にとアナグマの肉を渡したら、
果物が山ほど返ってくる。
そんな物々交換もなんとも楽しくもありがたい、
そう感じた出来事でした。

ニューサマーオレンジは九州宮崎や四国高知でも栽培が盛んな柑橘で(宮崎では「日向夏」、高知では「小夏」)、伊豆半島でもよく見かけます。移住してからすっかり身近になり好きになった果物です。こちらも無農薬。甘くておいしいですよ~。
いまの社会では「豊かさ」の指標というと、一般的には「GDP」、
「国民ひとりあたりのGDP」という数値で測られています。
釣った魚や罠にかかった獣を食べても、
魚と獣と果物の物々交換といったやり取りをしても、
「金銭のやり取り」がないので、それがどんなにおいしくても、
ありがたくても、GDPの数値にはまったく反映されません。
つまり、このコロナ禍の影響で日本を含め
各国の数値が下がったと騒ぎになってる
GDPには反映されない「豊かさ」でもあります。
たしかに、東京のような大都市での暮らしにおいて
豊かさの指標はGDPという数値に
かなり如実に反映されるのかもしれません。
ただ、食を生産できる地方の暮らしにおいては、
必ずしもGDPのような数値だけが
豊かさの指標ではないということをあらためて痛感しています。

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食べるものは「買うもの」から
「自然の恵み」へ
自分の話を少しすると、若い頃には都内で飲食店を経営していました。
それこそこのコロナ禍において
リスクが取り沙汰された業態のひとつの「バー」でした。
売り上げが芳しくない日が何日か続くと
暗澹たる気持ちになっていたことを思い出します。
「今月の家賃や光熱費は払えるだろうか?」
「家賃光熱費を払ったら残りはどれくらい?
来月、食っていけるのか?」
その頃の自分には、米をつくったり、獣をさばいたり……
そんな発想はありませんでした。
肉と魚の物々交換なんて、遠い昔の話だと思っていました。
食材は自然の恵みなんて感じることもなかったですし、
その食材を買うための金は稼ぐしかない。
生きるために必要な食材は「買うもの」だったのです。
当時の自分にはそれしか選択肢がありませんでした。
収入が下がれば生活の質が下がる。
当たり前にそう思っていました。
そんな自分でしたが、東日本大震災のときに
スーパーの棚が空っぽになっているのを目の当たりにして、
「稼いでも食べられないことがあるのだ」
と、価値観が大きく変わったのです。

春の味覚を代表するタケノコ。今年はたくさん掘って食べたので、旬が終わってしまうのがさみしいくらいでした。東京ではタケノコは高級食材の印象でしたが、地方では放置竹林が問題になっていて、せっせと掘って食べなきゃいけいない食材でもあります。来年もせっせと掘ろう!
5月25日、この原稿を書いている日、全国の緊急事態宣言が解けました。
これから徐々に経済活動が再開されることになるのでしょう。
長かったこの不便な暮らしが
一刻も早く終わることを心より願っています。
ただ、しばらく満足に動いていなかった経済活動の影響が
これから本格的に出てくるかもしれません。
多くの失業者が出るとも言われています。
獣をさばくとか、物々交換とか書きましたが、
もちろん稼がなければ生きていけません。
光熱費、通信費に日々の消耗品、税金などなどでそれなりにかかります。
そして、食材は普通にスーパーでも買います。
でも、すべての食材は「買うもの」ではなくなりました。
多くの食材を「自然の恵み」と感じるようになりました。
東京にいた頃より収入は下がりましたが、
新鮮でおいしいものをいただくことが多くなったのは確かです。

タケノコは地主さんと知り合うことができれば掘り放題といってもいいくらいなのですが「米ぬかをいれて40分ほど煮てアクを抜く」という処理がなかなか手間がかかる。わが家では、庭木の整理も兼ねて羽釜で煮ました。ぬかは自家製米を精米して出てきたもの。あるもので賄うのがまた楽しい。
そんな暮らしになったことで、
「すべてを稼がなければいけない」というプレッシャーから
解放された気がします。
それは、東京で生まれ育った自分が移住し、この地で暮らし始めて、
大きく変わったことのひとつなのかもしれません。

アナグマ肉、焼いただけだとクセがあり食べづらかったので、煮込みにしてみました。こんなにおいしくいただけるのだと感動しました。感謝。