連載
〈 この連載・企画は… 〉
豊かな歴史と文化を持ち、関東でも屈指の観光地、鎌倉。
この土地に惹かれ移り住む人や、新しい仕事を始める人もいます。
暮らし、仕事、コミュニティなどを見つめ、鎌倉から考える、ローカルの未来。
writer profile
Yuki Harada
原田優輝
はらだ・ゆうき●編集者/ライター。千葉県生まれ、神奈川県育ち。『DAZED&CONFUSED JAPAN』『TOKION』編集部、『PUBLIC-IMAGE.ORG』編集長などを経て、2012年よりインタビューサイト『Qonversations』を運営。2016年には、活動拠点である鎌倉とさまざまな地域をつなぐインターローカル・プロジェクト『◯◯と鎌倉』をスタート。
photographer profile
Ryosuke Kikuchi
菊池良助
きくち・りょうすけ●栃木県出身。写真ひとつぼ展入選後、雑誌『STUDIO VOICE』編集部との縁で、INFASパブリケーションズ社内カメラマンを経てフリーランス。雑誌広告を中心に、ジャンル問わず広範囲で撮影中。鎌倉には20代極貧期に友人の家に転がり込んだのが始まり。フリーランス初期には都内に住んだものの鎌倉シックに陥って出戻り。都内との往来生活も通算10年目に。鎌倉の表現者のコレクティブ「全然禅」のメンバー。
http://d.hatena.ne.jp/rufuto2007/
長い歴史と独自の文化を持ち、豊かな自然にも恵まれた日本を代表する観光地・鎌倉。
年間2000万人を超える観光客から、鎌倉生まれ鎌倉育ちの地元民、
そして、この土地や人の魅力に惹かれ、移り住んできた人たちが
交差するこのまちにじっくり目を向けてみると、
ほかのどこにもないユニークなコミュニティや暮らしのカタチが見えてくる。
東京と鎌倉を行き来しながら働き、暮らす人、
移動販売からスタートし、自らのお店を構えるに至った飲食店のオーナー、
都市生活から田舎暮らしへの中継地点として、この地に居を移す人etc……。
その暮らし方、働き方は千差万別でも、彼らに共通するのは、
いまある暮らしや仕事をより豊かなものにするために、
あるいは、持続可能なライフスタイルやコミュニティを実現するために、
自分たちなりの模索を続ける、貪欲でありマイペースな姿勢だ。
そんな鎌倉の人たちのしなやかなライフスタイル、ワークスタイルにフォーカスし、
これからの地域との関わり方を考えるためのヒントを探していく。
自然とともに生きるオーガニックなライフスタイルを志向する人から、
せわしなく国内外を飛び回るIT企業のビジネスパーソンまで、
さまざまな人たちが暮らす鎌倉には、多様なコミュニティが形成されている。
これらが多層なレイヤーとなって折り重なっていることもこのまちの特徴だが、
長きにわたって、こうした人と人との出会い、
コミュニティ同士のつながりを育む媒介となってきた人物がいる。
鎌倉の目抜き通り、若宮大路沿いにある農産物直売所、通称「レンバイ」の並びで
2006年に〈食堂コバカバ〉を開いた内堀敬介さんがその人だ。
地域の人たちが親しみを込めて「ウッポン」と呼ぶ内堀さんは、
鎌倉の看板食堂の店主であると同時に、ミュージシャンとしての顔も持ち、
地元の飲食店やアーティストらが参加する「グリーンモーニング鎌倉」や、
まちのユニークな人たちを銭湯で引き合わせる交流会「クレイジー銭湯」など、
大小さまざまなつながりの場をつくってきた。
2015年には鎌倉界隈で暮らす人たちが集う俳句の会
「コバカバみんなの句会」を立ち上げ、
2017年にコバカバを「朝食屋」としてリニューアルするなど、
近年は季節や自然な時間の流れを感じる暮らしの提案をしてきた内堀さんだったが、
全世界で猛威を振るう新型コロナウイルスの影響によって、
他の飲食店の例に漏れず、コバカバも大きな打撃を受けることとなった。
コロナ禍において、図らずも多くの人たちが地域との関係性を見つめ直すことになり、
まちの店舗がこれからのあり方について再考することを余儀なくされているいま、
鎌倉のまちを誰よりも知り、愛してきた内堀さんは、何を思うのか。
これからの地域との関わり方、ローカルコミュニティのあり方について話し合うために、
営業再開後、間もないコバカバを訪ねた。
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コバカバという店名は、もともとこの場所で内堀さんの両親が営んでいた
〈小林カバン店〉に由来する。
このお店を引き継ぐかたちでオープンしたコバカバは、
料理の仕事をしていたお姉さんとお母さんがお店に立つ
「家族食堂」としてスタートした。
「コバカバは、毎日食べても飽きず、栄養も偏らない
普通のごはんを出すお店としてオープンしました。
当時の鎌倉にあったのは、イタリアンやフレンチなど
特別なときに行くようなお店ばかりだったので、
“普通”というスペシャルを提供する食堂にしたかったんです」
特別な体験が求められる観光地・鎌倉で、あえて “普通のごはん”を提供するコバカバは、
映画『かもめ食堂』のヒットなどによって、ベーシックな和食や
まちの食堂が見直されていた時代の追い風も受け、一躍鎌倉の看板食堂に。
しかし、実は店主の内堀さんは、自らが料理人として
お店を引っ張っていきたいわけではなかった。
「以前に務めていた〈スターバックス〉はサードプレイスの提案をしていましたが、
僕が食堂を開いたのも、若者とお年寄り、地元民と観光客など、
異なるレイヤーの人たちが交わり、化学反応が起こるような場をつくりたかったから。
日本人に身近なご飯やお味噌汁を媒介に、
人と人をつなぐ交差点になれればいいと考えていました」
内堀さんの場づくりは店の外にも広がり、地元の飲食店やミュージシャンらが参加する
朝のコミュニティ「グリーンモーニング鎌倉」などを企画・運営するようになる。
こうしたまちでのアクションが加速したきっかけは、2011年の東日本大震災だった。
「震災を機に、つながりを求める動きが強まったんですよね。
鎌倉でもさまざまなイベントや活動が立ち上がったし、
僕自身、まちに井戸端のような“端”をつくり、
人と人をつなぐことが役割だと考えるようになっていました」
鎌倉のまちを盛り上げるキーマンとして誰もが認める存在となった内堀さんだが、
次第に自分の中で葛藤が生じてきたのだという。
「まちが楽しくなることは自分の暮らしにも直結するので、
新しいことをしようとしている人からの相談なども積極的に受けていたのですが、
本来の僕は、内向的な人間なんです(笑)。
好きで始めたことでしたが、家族が増えたりして重圧や責任感が強まるなかで、
徐々に心が追いつかなくなっていきました」
日に日に高まる周囲からの期待や要求が重圧となり、理想と現実のギャップに思い悩む。
これは内堀さんに限らず、コミュニティづくりに関わる
各地のキーマンたちが抱える共通の課題だろう。
「もともとコミュニティを人為的につくることには懐疑的でしたが、
当時の自分はある種の使命感からそれをやろうとしていた。
やっぱり力がなくなれば旗振りもできなくなるし、
心から楽しいと思えるようなエネルギーの源泉を見つけたいという気持ちが
強まっていきました」
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自分自身と向き合い、“源泉”を見つけるために、
まちでの活動をセーブするようになった内堀さんは2017年、
コバカバを朝食メインのお店にシフトさせる決断をする。
「日替わり定食を提供していたそれまでのコバカバでは、
常に新しいことをすることにこだわっていたのですが、
毎日違うことをすることの不確実性やそれに伴う不安感がありました。
これを続けていたら気持ちが壊れてしまうと思ったし、一度軸を自分に戻そうと。
現代の人たちは時計やカレンダーを基準に行動していますが、
僕たちは太陽や季節の巡りのなかで生きている。
そうした自然な時間の流れやバイオリズムを感じながら、朝食を通じて
一日の始まりを知らせる時計台のようなお店になりたいと考えたんです」
以前から内堀さんは、コバカバで旬の地場食材を使うことで
季節の移ろいを伝え続けてきたし、
2015年から定期的に開催している「COBAKABAみんなの句会」でも、
身の回りの自然から、季節の変化や時間の流れを感じる体験の豊かさを
ローカルの仲間たちと共有してきた。
鎌倉のまちの“顔”として休む間もなく走り続けてきた内堀さんは、
一度立ち止まって自身と向き合うことで、
内側に脈々と流れていた“源泉”を掘り起こすことができたのだ。
「いま、ここにあるもの」に向ける目線の解像度を高め、
足元の豊かさを享受しようとする内堀さんの姿勢は、
移動の制約を余儀なくされているコロナ禍にますます高まっている。
しかし一方で、この外出自粛という社会的要請は、
コバカバにも大きな打撃を与えることに。
週末になると店の前に行列を成していた観光客の姿は消え、
さらに休業を余儀なくされた期間中は
調味料などのオンライン販売が唯一の収入源となり、
売り上げは9割減にまで落ち込んだ。
「飲食店は常に自転車操業で、走り続けないと利益が出ない世界。
たとえチェーンが外れても、ついつい思考停止してペダルを漕ぎ続けちゃうんですよ。
でも、それを強制的に止めてくれたのがコロナなんですよね。
今回の出来事で、自分のお店が地元の人の暮らしの動線に
入れていなかったことを痛感したし、お金が主役の社会の中で、
家族を食べさせないといけないという恐れや重圧を感じながら
がんばっていた自分がいたこともあらためて感じました」
営業再開後もしばらくは無力感のなかで
お弁当の販売を続けていたという内堀さんだったが、
そんなあるとき、托鉢をしているひとりの男性がお店の前を通りがかったという。
「やさぐれていたこともあり、最初は『なぜこんなときに……』と思ったのですが(笑)、
せっかくだからと思い直して、お気持ちを渡したんです。
すると、しばらくしてからその方が戻ってきて、
お布施を取り出してお弁当を買おうとしてくれたんです。
その気持ちがうれしくて、半額でお売りしたのですが、
そこには大きな充足感があったんですね。
いかに売り上げを取り戻すか、生活を成り立たせるか
ということばかり考えていた自分でしたが、
これからはこうした与え合える関係性を築いていきたいと強く思えたんです」
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コロナ禍を機に地域や人とお店との関係を再構築し、
新たなスタートを切ろうとしている内堀さん。
そんな彼は、これからの地域のつながりについてどう考えているのだろうか。
「コミュニティには、地縁でつながるもの、テーマでつながるものがありますが、
この100年くらいは都市部を中心にテーマありきで人が自由につながるようになり、
それと引き換えに地域のつながりは失われていきました。
でも、本当に苦しいときに助けてくれるのは地域のつながりだし、
移動が制限されるなかで、新しい地縁の可能性を考えていく必要があると感じています」
例えば、先に紹介した「COBAKABAみんなの句会」は、
「俳句」に特化したテーマ型コミュニティとしての側面を持つ一方、
足元の自然や季節の移ろいを感じながら暮らす生き方の提案を通して、
ローカルにおける「人」と「人」、「人」と「自然」の新たな関係をも育んでいる。
ここには、テーマを通じて地域がつながる、
ユニークなローカルコミュニティのカタチがあるとは言えないだろうか。
さらに内堀さんは、先の托鉢のエピソードにあったように、
これからのローカルコミュニティには、「与え合う関係性」が大切になると続ける。
「鎌倉では相互扶助を前提とした地域通貨なども出てきていますが、
テクノロジーも活用しながら、自分が持っているものを地域に与え、
サポートし合あえるような地縁のかたちが生まれてくるといいなと思っています」
アフターコロナを見据えた「ニューノーマル」という言葉も聞かれる昨今だが、
内堀さんは開業時より大切にしてきた「普通であることの特別さ」についても、
捉え直しを図ろうとしている。
「例えば、人口20万人にも満たない鎌倉に
年間2000万人の観光客が訪れる状況は、ある意味異常ですよね。
でも、このまちで生まれ育った自分からするとこれもひとつの日常だったし、
通勤ラッシュの異常な満員電車なんかも多くの人にとっては当たり前だったはず。
さらに言えば、現在の資本主義社会や人間中心主義だって、
長い人類の歴史から見ると、異常なことなのかもしれないですよね」
これまで当たり前とされてきた慣習や価値観が
一変するほどの出来事に直面しているいまだからこそ、
一度立ち止まり、各々が本当に大切にしたいものとの関係をつなぎ直していく。
新しい日常は、そんなはじめの一歩から取り戻されていくのだろう。
「観光客を含め地域の外から来る人たちを閉ざそうとする動きが各地で強まりましたが、
地元民 VS 観光客、自己 VS 他者、ローカル VS グローバルといった
対立構造ではない新しい関係性を築くために、
自分をどこにつなぎ直せばいいのかということを日々考えているところです。
また、これまでは都会と田舎、観光と生活が混ざり合う鎌倉で、
商業性と精神性をうまく両立させようとしてきたところがありましたが、
もうバランスをとることもやめました。現時点での明確な答えはありませんが、
自分が信じられること、やりたいと自然に思えたことを続けていきたいですね」
information
朝食屋COBAKABA
住所:神奈川県鎌倉市小町1-13-15
TEL:0467-22-6131
営業時間:7:00~14:00(※7月中は13:00までの短縮営業を予定)
定休日:水曜
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