連載
posted:2020.3.23 from:神奈川県鎌倉市 genre:暮らしと移住
〈 この連載・企画は… 〉
豊かな歴史と文化を持ち、関東でも屈指の観光地、鎌倉。
この土地に惹かれ移り住む人や、新しい仕事を始める人もいます。
暮らし、仕事、コミュニティなどを見つめ、鎌倉から考える、ローカルの未来。
writer profile
Yuki Harada
原田優輝
はらだ・ゆうき●編集者/ライター。千葉県生まれ、神奈川県育ち。『DAZED&CONFUSED JAPAN』『TOKION』編集部、『PUBLIC-IMAGE.ORG』編集長などを経て、2012年よりインタビューサイト『Qonversations』を運営。2016年には、活動拠点である鎌倉とさまざまな地域をつなぐインターローカル・プロジェクト『◯◯と鎌倉』をスタート。
photographer profile
Ryosuke Kikuchi
菊池良助
きくち・りょうすけ●栃木県出身。写真ひとつぼ展入選後、雑誌『STUDIO VOICE』編集部との縁で、INFASパブリケーションズ社内カメラマンを経てフリーランス。雑誌広告を中心に、ジャンル問わず広範囲で撮影中。鎌倉には20代極貧期に友人の家に転がり込んだのが始まり。フリーランス初期には都内に住んだものの鎌倉シックに陥って出戻り。都内との往来生活も通算8年目に。鎌倉の表現者のコレクティブ「全然禅」のメンバー。
http://d.hatena.ne.jp/rufuto2007/
長い歴史と独自の文化を持ち、豊かな自然にも恵まれた日本を代表する観光地・鎌倉。
年間2000万人を超える観光客から、鎌倉生まれ鎌倉育ちの地元民、
そして、この土地や人の魅力に惹かれ、移り住んできた人たちが
交差するこのまちにじっくり目を向けてみると、
ほかのどこにもないユニークなコミュニティや暮らしのカタチが見えてくる。
東京と鎌倉を行き来しながら働き、暮らす人、
移動販売からスタートし、自らのお店を構えるに至った飲食店のオーナー、
都市生活から田舎暮らしへの中継地点として、この地に居を移す人etc……。
その暮らし方、働き方は千差万別でも、彼らに共通するのは、
いまある暮らしや仕事をより豊かなものにするために、
あるいは、持続可能なライフスタイルやコミュニティを実現するために、
自分たちなりの模索を続ける、貪欲でありマイペースな姿勢だ。
そんな鎌倉の人たちのしなやかなライフスタイル、ワークスタイルにフォーカスし、
これからの地域との関わり方を考えるためのヒントを探していく。
海洋プラスチックごみが世界的な問題になっているさなかの2018年夏、
鎌倉・由比ガ浜海岸にシロナガスクジラの赤ちゃんが打ち上げられ、
胃の中からプラスチックごみが発見された。
この出来事に象徴されるように、海を臨む鎌倉のまちに根ざす人たちにとって、
プラスチックごみをはじめとする環境問題は目に見える危機であり、
これらに対して行動を起こしている人たちも少なくない。
今回の主人公である、〈ヴァーヴコーヒーロースターズ〉鎌倉雪ノ下店の
望月光さんが始めた〈Bring me Shonan〉も、まさにそうしたアクションのひとつだ。
Bring me Shonanは、そのプロジェクト名のとおり、
鎌倉・湘南界隈のカフェやコーヒースタンドに
マイタンブラー、マイボトルを持参することを推奨し、ゴミの削減につなげる運動だ。
このような取り組みはこれまでもさまざまな店舗で行われていたが、
Bring me Shonanがユニークなのは、
ローカルに根ざした小規模なコーヒースタンドから、
各地に店舗を展開するグローバルチェーン店までが参加する
地域ぐるみの活動となっている点だろう。
コーヒー屋を生業とする人たちが抱える問題意識を
店舗の垣根を超えてつないでいくことで、各店、各人の小さな取り組みを
大きなムーブメントに広げているBring me Shonanの運動は、
鎌倉・湘南エリアから発信されるメッセージとして、いまや全国へと広がりつつある。
鎌倉の隣、藤沢市辻堂で生まれ育ち、
カナダのバンクーバー島、沖縄の西表島などでの経験を生かし、
このプロジェクトを立ち上げた望月さんを訪ねるべく、鎌倉・若宮大路沿いに位置する
ヴァーヴコーヒーロースターズ鎌倉雪ノ下店に足を運んだ。
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鎌倉のヴァーヴコーヒーロースターズで働く望月光さんは、
車で15分ほどの距離にある海沿いのまち、藤沢市辻堂の出身だ。
海沿いに暮らす多くの人たちと同じく、サーフィンに親しんできた望月さんが、
コーヒーに興味を持つようになったのは、大学生の頃。
「大学時代につき合っていた彼女がコーヒー好きで、
自家焙煎のお店にいろいろ行くようになりました。
当時はただおいしいと思って飲んでいただけだったのですが、
カナダのバンクーバー島に1年間ワーキングホリデーで滞在したときに、
地元の人たちが毎朝コーヒーを楽しむ文化やコミュニティに触れ、
それがとても心地良かったんです」
お互いの顔が見える人口わずか2000人ほどの小さなコミュニティの中で、
人、コーヒー、自然が心地良い距離感でつながっていたバンクーバー島の日常が、
その後の望月さんの行動に影響を与える原風景になったのだ。
帰国後、就職活動を始めた望月さんは、商社やアパレルなどの選択肢もあったなかで、
地元・辻堂の〈かさい珈琲〉(現〈27 COFFEE ROASTERS〉)で働く道を選んだ。
「『おいしいコーヒーの真実』というドキュメンタリー映画を見て、
安いコーヒーには、安いなりの理由があるということを知りました。
逆に、おいしいコーヒーを淹れて、生産者にもいいアプローチができれば、
コーヒー屋は社会に誇れる仕事になると思い、コーヒーを学ぶことにしたんです」
サードウェーブコーヒーなどのムーブメントを経て、
昨今はライフスタイルやカルチャーとしてのコーヒーが日本にも根づきつつあるが、
望月さんが働き始めた頃は、現在のような状況とはほど遠く、
当時は地域コミュニティとの関わりを意識することもなかったという。
「地域との関わりを意識するようになったのは、かさい珈琲を離れ、
西表島に移住してからです。バンクーバー島での経験から
人口2000人規模の場所を探したところ、見つかったのがこの島でした。
西表島では、地域の行事などに参加することが多かったのですが、
地域に貢献しようと考えたときに、自分にできるのはコーヒーくらいだったんです」
アウトドアガイドで生計を立てながら、
婦人会向けのコーヒー教室などを開くようになった望月さんはやがて、
カフェ&レストランを開業することに。
地産地消やサステナビリティにこだわったお店は、
地元の人たちにも受け入れられ、経営は順調だったが、
開業からおよそ1年後、シェフの都合でやむなく閉店。
これを機に西表島を離れ、鎌倉のヴァーブコーヒーロースターで
バリスタとして働くようになったのだ。
およそ6年ぶりに地元に戻った望月さんは、
コーヒーカルチャーの広がりを肌で感じるとともに、
あるひとつの思いを胸に抱くようになる。
「自然とともに仕事をしている西表島のアウトドアガイドたちは、
カヤックやダイビングなど業種が違っても、一緒にゴミ拾いなどをしていたんですね。
湘南エリアのカフェなどでも環境への意識を持っている人は少なくなかったのですが、
横のつながりが少なく、環境についてみんなで考えたり、
アクションを起こす機会がないと感じていました」
こうして望月さんは2019年、自らが発起人となり、
Bring me Shonanを立ち上げることになったのだ。
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Bring me Shonanが生まれたきっかけとなったのは、
以前から地域に根ざす活動を続けてきた〈パタゴニア鎌倉〉が
2019年に開催したプラスチックフリーのイベントだ。
このイベントのケータリングを担当することになった望月さんは、
タンブラーを持参してイベントを訪れた人たちに
コーヒーを無料で提供することにしたのだ。
「西表島にいた頃、オーストラリアのメルボルンに短期滞在したのですが、
現地では自分のタンブラーやカップを持ち歩く習慣が根づいていたんですね。
このイベントでケータリングをすることが決まってから、
鎌倉・湘南エリアでも地域ぐるみでこうしたアクションを起こすための
シンボルとなるような名前とロゴ、ステッカーを急いでつくったんです(笑)」
このイベントを皮切りに、
鎌倉・湘南エリアのカフェやコーヒースタンドなどに参加を呼びかけ、
現在では、鎌倉・湘南エリアのコーヒー店を中心とした40以上の店舗が、
マイタンブラーの持参を推奨するなど、日に日に賛同者が増えている。
「これまでもマイタンブラーのディスカウントサービスなどは
各店で行われていましたが、どうせなら同じ旗の下で
一緒に取り組んだほうが大きな動きになると思っていました。
最近は、タンブラーに貼っているBring me Shonanのステッカーを見つけて
声をかけてくれる人や、県外から問い合わせをしてくれるお店なども増え、
活動の広がりを実感していますし、参加しているお店同士のつながりも
日に日に強まっています」
Bring me Shonanは、賛同の意思さえ表明すれば、
誰もがすぐに参加することができる。運用上のルールも特になく、
タンブラーを持参した利用客へのサービスなどは各店に委ねられているという。
こうした参加障壁の低さとともに、活動の広がりを後押ししているのは、
同じ仕事を生業にする人たちからの共感だ。
「最近はインスタグラムなどの影響で、撮影のために
お店のロゴ入りカップを希望される方も多いのですが、
プラスチックごみなどの問題があるなかで、
こうした状況に思うところがある同業者は少なくなかったはずです。
Bring me Shonanは、同じ問題意識を抱えているコーヒー屋の人たちの、
『はじめの一歩』になれているのかもしれません」
望月さんが西表島でコーヒー教室を開いたことと同様に、
Bring me Shonanは、環境問題という地球規模のイシューに対して、
コーヒー屋としてできる小さなアクションを、
それぞれが実践してくための受け皿となっているのだろう。
「Think globally, act locally」を地で行くような活動になっている
Bring me Shonanだが、その参加店リストもまた、個人が営むコーヒースタンドから
〈スターバックス〉のようなグローバルチェーンまで多岐にわたっている。
「スターバックスさんは正直難しいかなと思っていました。
でも、知り合いだった鎌倉御成店の元店長に声をかけたところ、
同じような問題意識を持たれていたようで、直接会社にかけ合ってくれて、
鎌倉・逗子・葉山エリアの全店が参加してくれることになりました」
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海に面した鎌倉・湘南エリアに暮らす人たちの環境への意識もまた、
Bring me Shonanの活動を後押しする大きな力になっている。
「自然が身近にある鎌倉・湘南エリアにはもともと、環境への意識が高い人、
自然と共生するライフスタイルを送っている人が多いんですね。
循環型社会を見据える人たちが活動できる土壌がこのまちにはあるんです」
そう話す望月さんは、自らが働くヴァーヴコーヒーロースターズで、
鎌倉で人気のワインバー〈粗餐(そさん)〉とコラボレートした
カフェバーイベントを企画するなど、地域の人たち同士が
環境問題やこれからの社会のことについて話し合える場づくりも積極的に行っている。
「Bring me Shonanでは、プラスチックごみに関するセミナーや
ワークショップなどをしてきたのですが、
そうした問題を前面に押し出すのではなく、地域の人たち同士が
気軽に話し合える機会がつくれるといいなという思いがありました。
そして、コーヒーやワインというものは、
そのつながりをつくるためのツールになるんです」
望月さんがカナダ・バンクーバー島で触れ、憧れを抱いた
コーヒーと共にある地域コミュニティは、鎌倉・湘南エリアが持つ地域特性のもと、
独自のかたちで着実に醸成されつつある。
「ヴァーヴは、ローカルに根ざしたカフェでありたいと思っていて、
たまたま居合わせた地域の人たちが話をすることで、
何かが動き出すような場にしたいんです。
その思いはBring me Shonanの活動でも変わらないのですが、
最近はこれをきっかけに環境問題に目を向けるようになった人たちが
行動し始めていることを実感していますし、もはや言い出しっぺの自分を離れ、
みんなの行動の集合体のようなものになっています」
個人が起こせる小さなアクションから始まったBring me Shonanは、
いまや鎌倉・湘南エリア発のメッセージとなり、
山梨や長崎、愛知、長野などさまざまな地域に届き始めている。
「僕らの取り組みに賛同し、各地でBring meの活動を
広げてくれる人たちが出てきているなかで、これからは
行動を起こしてくれる人たちの母数を広げることに注力したいと考えています。
例えば、ステッカーを全国に無料配布するようなことも検討したいですし、
それぞれの地域のシンボルを地元アーティストにデザインしてもらうのも
おもしろいかもしれません。いずれ、お店の紙コップを撮影することよりも、
マイタンブラーを持ち歩くことのほうが
クールだと思ってもらえるようになるといいですよね」
information
ヴァーヴコーヒーロースターズ鎌倉雪ノ下店
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