「地域おこし人材を育成する大学」が 岐阜県・飛騨で開校予定。 “真の地域おこし”プロジェクトって?

飛騨古川駅東開発と〈一般社団法人CoIU設立基金〉が
「Co-Innovation Valley」プロジェクトを始動。
“真の地域おこし”を掲げるこのプロジェクト、一体どんな構想なのでしょうか?

開業に先立ち、共創拠点の商業施設〈soranotani〉の建設予定地である
飛騨古川駅東口の工場跡地にて、プロジェクトのキックオフイベント
『Co-Innovation Festival』が開催されました。

地域おこしプロジェクト「Co-Innovation Valley」とは?

「Co-Innovation Valley」とは、地域資源を活用する3つの事業を軸にした
“日本初の真の地域おこし”プロジェクトです。
ひとつ目の事業は、「“共創学”を主軸にした地域おこし人材を育成する大学の開校」。

地域の循環経済を生むような産業おこしができる人材育成を目指し、
まちづくりの拠点となる共創拠点として、2026年に地域とつながる共創拠点
「Co-Innovation University(仮称 CoIU)」の開学を目指し準備を進めています。

この大学の特長は、全国と連携した「共創学」。
1年次は飛騨をメインキャンパスとし、2年次以降は連携する
全国の連携地域から関心のある拠点を選択し、共創学を学びます。

地域との共創を大切にし、実際に地域で行われるプロジェクトに参画することで、
実践しながらリアルに学ぶことを目指しているのだとか。

また、2027年開業予定の共創拠点にはキャンパスの一部ができるだけでなく、
古民家や料亭を改築することでまち全体がキャンパスとなる、
地域に根差した大学を目指しています。

Co-Innovation University(仮称)。

Co-Innovation University(仮称)。

ふたつ目の事業は、「地域に根差したまちづくりを目指す商業施設」の開業。
同プロジェクトでは2027年に、地域とつながる新たな共創拠点の商業施設
〈soranotani〉を開業することを目指しています。

飛驒古川駅の東口のイメージパース。

飛驒古川駅の東口のイメージパース。

施設は飛驒古川駅の東口(東洋工場跡地)に建設予定。
藤本壮介氏が手がける建物は、飛騨の山に囲まれた盆地の上に
お椀のようなかたちの屋根を設計し、
建物のなかから上空を見上げると空に続いているような体験ができるなど、
ユニークな構造の施設になる予定です。

そして3つ目の事業は、「地域資源を使った再生可能エネルギー産業」づくり。
岐阜県飛騨エリアは面積の90%を森林が占めているにもかかわらず、
資源を活用しきれていないのが現状です。
この課題を解決すべく、地域資源をエネルギー産業に活用した
再生可能エネルギー事業や、まちづくりの拠点となる共創拠点を設立。

プロジェクトの名を「Co-Innovation Valley」と命名しました。

プロジェクトの名を「Co-Innovation Valley」と命名しました。

このように、地域資源を活用した3つの事業を組み合わせることで
“真の地域おこし”を目指すといいます。

フィリックス・コンランさん、 奈良県東吉野村で、 なにをしているんですか?

モダンデザイン&ファニチャー界の巨匠の回顧展が開催中

2024年10月12日から2025年1月5日まで、東京ステーションギャラリーにて
『Terence Conran: Making Modern Britain
(テレンス・コンラン モダン・ブリテンをデザインする)』が開催されている。

本展は、〈ザ・コンランショップ〉の創業者で実業家・デザイナーの、
テレンス・コンラン氏(1931〜2020年)がデザインした食器やテキスタイル、
家具などの初期プロダクトから、発想の源でもあった愛用品、著書、写真、映像まで
300点以上集めた回顧展。

彼のモットーである「Plain, Simple, Useful(無駄なくシンプルで機能的)」
という思考に触れながら「デザインとはなにか」を考える機会となりそうだ。

バートン・コート自邸内の仕事部屋、2004年撮影 Photo: David Garcia / Courtesy of the Conran family

バートン・コート自邸内の仕事部屋、2004年撮影 Photo: David Garcia / Courtesy of the Conran family

ザ・コンランショップの紙袋、1980年代、デザイン・ミュージアム/テレンス・コンラン・アーカイヴ蔵 Courtesy of the Design Museum / Courtesy of the Conran family

ザ・コンランショップの紙袋、1980年代、デザイン・ミュージアム/テレンス・コンラン・アーカイヴ蔵 Courtesy of the Design Museum / Courtesy of the Conran family

「祖父は生前、日本に生まれたかったと言っていました。
日本が大好きで、人々の技術に対する情熱と献身に深い感銘を受けたそうです」

そう話すのは、テレンス・コンラン卿の孫で、
自身も家具やプロダクトのデザイナーとして活躍するフィリックス・コンランさんだ。
実はフィリックスさんが現在暮らすのは、住民1500名ほどの小さな村、奈良県東吉野村。
パートナーのエミリー・スミスさんと2匹の犬とともに2024年4月に移住した。
そんな稀代のデザイナーを祖父に持つ青年の新天地での挑戦を追った。

千葉県松戸市〈科学と芸術の丘〉 文化の力でまちと市民の関わりを リノベーションする芸術祭

撮影:Ayami_Kawashima

omusubi不動産 vol.6

はじめまして。
おこめをつくるフドウサン屋〈omusubi不動産〉で
エリアリノベーションチームのプロジェクトマネージャーをしている
関口智子(せきぐちともこ)と申します。

私たちomusubi不動産は「自給自足できるまちをつくろう」を合言葉に、
毎年、手で植えて手で刈るアナログな田んぼを続けながら、
空き家を使ったまちづくりを生業としています。

この連載では、omusubi不動産の個性豊かなメンバーが代わる代わる
(ときには代表の殿塚も)書き手となり、思い入れの深い物件とその物語をご紹介します。

連載6回目のテーマは、松戸市と一緒に開催する国際芸術祭〈科学と芸術の丘〉について。

私は前職での多岐にわたるコンテンツのディレクション経験を生かして
芸術祭に携わるべく、2018年にomusubi不動産に参画し、
3年目の2020年からはディレクターとして芸術祭全体を統括する立場になりました。
芸術祭担当のかたわら、松戸市のエリアリノベーション事業も担当しています。

いち、まちの不動産屋さんが、松戸市の重要文化施策として
国際芸術祭を運営することになった経緯と続ける理由をご紹介します。

メイン会場の戸定邸での特別展覧会。(撮影:Ayami_Kawashima)

メイン会場の戸定邸での特別展覧会。(撮影:Ayami_Kawashima)

国指定重要文化財を舞台に、未来を試す新しい芸術祭

2018年にはじまった国際芸術祭〈科学と芸術の丘〉。
初年度よりオーストリア・リンツに拠点を置く世界的なメディアアートの文化機関
アルスエレクトロニカ」の協力を得て毎年開催しています。

「科学、芸術、自然をつなぐ国際的で創造的な未来の都市」
の実現を目指す、いわば未来を試す新しいタイプのお祭りで、
世界最先端の研究機関、研究者、アーティストによる
特別展覧会、トークイベント、ワークショップ、
まちのお店と連携したイベントなどを実施しています。

メイン会場は国指定重要文化財の戸定邸(とじょうてい)。
「伝統と先端科学、美しい自然の組み合わせのなかで、
新しい未来の可能性を感じてもらえたら」そんな想いを込めています。

戸定邸で行われたトークセッション。(photo:Ayami_Kawashima)

戸定邸で行われたトークセッション。(photo:Ayami_Kawashima)

八戸の横丁に行けば、 誰しも夜の魔法にかけられる。 「酔っ払いに愛を2024」が10月に開催

ディープな横丁の世界へようこそ

「お酒+α」で、そこに集った皆がつながるアートイベント
「八戸横丁月間 酔っ払いに愛を 2024」が今年も開催されます。
戦後の闇市が始まりといわれる、日本全国の横丁。狭い空間で肩を寄せ合い、
しっぽり飲むという、どこかアンダーグラウンドなイメージがつきまといます。
しかし、最近では、インバウンド人気や昭和リバイバルもあり、
誕生年数が少ない健全なイメージで、気軽に入れる横丁も全国に増えてきました。
青森県八戸市には、戦後にできたディープな横丁から、比較的新しい横丁まで、
なんと8つの横丁が存在します。

妖しい魅力で酔客を魅了する八戸の横丁文化

みろく横丁

まず紹介するのは、比較的入りやすい5つの横丁。
2002年東北新幹線八戸駅の開業を記念してできた〈みろく横丁〉は、
八戸市中心街にあり、道幅は狭いですが、外から店内が見えるため、
横丁初心者でも安心して楽しめます。みろく横丁と交差する〈花小路〉も、
マチニワや八戸ブックセンターに通じるため、人通りも多く入りやすい雰囲気。
藩政時代に牢屋があったため〈ロー丁(ろーちょう)れんさ街〉と呼ばれる横丁は、
戦後引き揚げ者のためにできたマーケットでした。
そこと隣接する〈長横町れんさ街〉は1945年から続く飲食店街で、
長横町の中ほどには、かつて駐留米兵のためのローラースケート場があったそう。
〈ロー丁れんさ街〉〈長横町れんさ街〉〈八戸昭和通り〉は比較的道幅も広く、
お店に入るハードルは低め。

そして、次の3つの横丁は、道幅も狭く薄暗い、ディープな雰囲気の横丁です。
〈たぬき小路〉は道幅の狭さや看板など、
古い映画のセットのように昭和の趣がそのまま残っています。
そこから続く〈五番街〉はひとりしか歩けないような小路沿いに、
隠れ家的なお店が並びます。〈ハーモニカ横町〉も、1945年から続く飲食店街で、
小料理屋からエスニック料理まで多種多様なお店が営業しています。

ポスター

これらの多彩な横丁を、初めての人でもディープに楽しんでほしい。
そのためにさまざまなイベントを10月に凝縮し、常連客や観光客関係なく、
誰もがピースに楽しむことができる催しにしたのが、
アートイベント「酔っ払いに愛を2024」なのです。
八戸の横丁の魅力をファンタジックに加速させるこのイベントについて、
実行委員会の方にお話をうかがいました。

八戸横丁の魅力を味わうアートプロジェクトとして2009年にスタート

現行の「酔っ払いに愛を」は2014年から始まりましたが、
そもそものはじまりは2009年でした。
八戸の10月は、夏祭り「三社大祭(さんしゃたいさい)」が終わった後の
飲食店の閑散期。また、全国の都市と同様に、八戸でも郊外化が進み、
中心街の空洞化が問題視されていました。
そういった横丁の課題や可能性をアートの視点から盛り上げることができないか。
八戸ポータルミュージアムが主導し、
民間の助成金事業としてスタートしたのが「横丁オンリーユーシアター」でした。

「横丁オンリーユーシアター」は横丁の路地や空き店舗を舞台に、
約10団体のパフォーマーが、ダンスやお芝居、お笑い芸などを披露。
横丁の酔客たちとハプニング的にコミュニケーションし、
その瞬間ならではのパフォーマンスを生み出します。
この「横丁オンリーユーシアター」に、
「地酒で乾杯!」「横丁飲みだおれラリー」
「八戸さんぽマイスターによる横丁探訪」といった
さまざまな主催者によるイベントが加わり、
現在の「八戸横丁月間 酔っ払いに愛を」という複合イベントになり、
毎年10月に開催されてきました(2021年のみ中止)。

ピンクの提灯

「酔っ払いに愛を」を統括し、「横丁オンリーユーシアター」のプロデュースを手がけるのは、
酔っ払いに愛を実行委員会の皆さん。
事務局・八戸ポータルミュージアムのコーディネーター・寺地菜摘さんと、
主査・坂本淳美さんが、このイベントの魅力について語ってくれました。

 左から、坂本淳美さんと寺地菜摘さん。八戸ポータルミュージアム〈はっち〉にて。

左から、坂本淳美さんと寺地菜摘さん。八戸ポータルミュージアム〈はっち〉にて。

「横丁は、人と人のつながりや、愛を感じられる場所。
その魅力を、初めての方にも安心して体験してもらえるのがこのイベントです」

15年前から続いているだけあり、
八戸というまちの個性が伝わるエピソードもたくさんあるといいます。

「今年も出演してくださるロービングパフォーマーのun-paさんが
2018年にパフォーマンスした際の話です。un-paさんは全身銀色で、
どう見てもパフォーマンスしている方なのに、白い紙を掲げて立つun-paさんを、
タクシーの運転手が乗せて走り去ってしまいました。
実行委員の担当者が慌ててタクシーを拾ってun-paさんを追跡したことがあります」

八戸は、酔っ払いだけではなく、タクシーの運転手もノリが良さそう。

“世界でも前例のない” 3Dプリンタ製の滑り台が 山梨県〈清春芸術村〉に登場

大人も見る価値のある滑り台

山梨県北杜市にある芸術文化施設〈清春(きよはる)芸術村〉。

廃校になった清春小学校の跡地を再活用し、1980年に誕生して以来、
建築家・谷口吉生の設計による〈清春白樺美術館〉(1983年開館)や
〈ルオー礼拝堂〉(1986年開堂)をはじめ、藤森照信の茶室〈徹〉
(2006年完成)、安藤忠雄の〈光の美術館〉(2011年開館)、
新素材研究所/杉本博司+榊田倫之のゲストハウス〈和心〉(2018年竣工)など
数々の名建築が集まる場所です。

〈清春(きよはる)芸術村〉

山梨県の天然記念物に指定されている約30本の桜の老木が敷地を囲みます。

その施設に9月3日、建築家・メタアーキテクトで
設計集団〈VUILD〉を主宰する秋吉浩気さんが設計した
3Dプリンタ製の滑り台『ホワイト・ループ(White Loop)』が
登場しました。

3Dプリンタ製の滑り台『ホワイト・ループ(White Loop)』

滑り台には柱などがなく、それ自体が構造体として自立しているつくり。対象年齢は3~5歳。photo:Hayato Kurobe

同施設が取り組む〈こどものための建築プロジェクト〉の一環として
つくられたもので、第1弾には建築家の内田奈緒さんが設計した
『遊びの塔(tower of play)』が6月に完成したばかり。

『遊びの塔(tower of play)』

エッフェル塔の階段から着想を得て、ネットの床を空に向かって積層させるイメージでつくられた『遊びの塔(tower of play)』。photo:筒井義昭

久留米絣を世界へ! 〈藍染絣工房〉と〈IKI LUCA〉が 切り開く、絣の新しい可能性

愛媛県の伊予絣(かすり)、広島県の備後絣とともに、
日本三大絣のひとつとされる福岡県の久留米絣。

その伝統を受け継ぐ〈藍染絣工房〉を、
久留米絣を用いたブランド〈IKI LUCA(イキルカ)〉の小倉知子さんとともに、
三菱UFJモルガン・スタンレー証券福岡支店の田中鈴音さん、矢原寛人さん、
三菱UFJフィナンシャル・グループ経営企画部の糸川佳孝さんが訪問。
久留米絣を世界へ、そして現代のライフスタイルへつなぐ方法を模索します。

手づくりと量産、共存してこそ成り立つ産地

福岡県南部の久留米市を中心とする筑後地方で
伝統的につくられてきた藍染めの綿織物、久留米絣。
糸の段階で染め分けて柄を織りなす先染めの織物です。

広川町にある〈藍染絣工房〉を訪れると、
織り上がった藍色の反物が青空の下にはためいていました。
1891年創業のこの工房は現在、4代目の山村健(たけし)さんと
5代目の山村研介さんが親子で営んでいます。

「私にとってこの工房は、藍染めの冒険が始まった場所なんです。
偶然ですが、研介さんと私は同い年。
隣町同士、筑後川の水で育ったので、妙に親近感が湧くんですよね(笑)」
と元気よく話すのは、久留米絣を100%使用したファッションブランド
〈IKI LUCA〉の代表を務める、久留米市荒木町出身の小倉知子さん。
金融業界から転身した、異色の経歴の持ち主です。

〈IKI LUCA〉の小倉知子さん。この日着ているのも同ブランドの服。

〈IKI LUCA〉の小倉知子さん。この日着ているのも同ブランドの服。

制作現場を見せてもらう前に、まずは久留米絣の歴史や特徴を
研介さんと小倉さんが説明してくれました。

「久留米絣は、1800年頃に井上伝という
当時12~13歳の少女が考案したと伝えられています。
着古した着物のかすれた部分に注目して、生地をほどいてみると、
藍染めの糸がところどころ白くなっていたんです。
そこから逆算して、糸に最初から白い部分をつくって織り上げたら、
模様ができるのではないかと考えたのです」(研介さん)

最初に作成する図案。黒く塗りつぶされているところに括りを入れる。出来上がりは、この部分が白くなる。

最初に作成する図案。黒く塗りつぶされているところに括りを入れる。出来上がりは、この部分が白くなる。

筑後地方には、九州最大の河川であり、日本三大暴れ川のひとつで
「筑紫次郎」の異名を持つ筑後川が流れ、
肥沃な大地では綿花や藍の栽培が盛んに行われていました。
そんな綿織物の産地で、久留米絣を発案した井上伝は、
やがて1000人もの弟子を抱えるほどに。
西南戦争の際は、官軍兵士が土産として久留米絣を持ち帰り、全国に広まっていきます。

同じ柄だが、左は新品で、右は40年着ている生地。「藍染めには青い成分以外に、アクと呼ばれる不純物が入っていて、繰り返し洗ううちにそれが抜けることで色が冴えてくるんです」(研介さん)

同じ柄だが、左は新品で、右は40年着ている生地。「藍染めには青い成分以外に、アクと呼ばれる不純物が入っていて、繰り返し洗ううちにそれが抜けることで色が冴えてくるんです」(研介さん)

「基本的には普段着の生地に用いられていたのですが、
当時の着物はほとんどが無地や縞、格子。
久留米絣ように柄の入った着物は革新的だったようです」(研介さん)

〈藍染絣工房〉4代目の山村健さん(左)と5代目の研介さん(右)。

〈藍染絣工房〉4代目の山村健さん(左)と5代目の研介さん(右)。

おしゃれな日常着として一世を風靡した久留米絣。
その歴史に驚きつつ、MUFGの糸川さんが質問をします。

「つくるのに手間も時間もかかったと思うのですが、
普段着のわりに高価格にはならなかったのでしょうか?」

「最盛期の戦前は、年間200万反も生産していたそうですが、
色や柄のバリエーションは少なく、効率重視で簡単につくっていました。
戦後は洋装化に伴い生産量が減り、デザインは逆に複雑化していきます」(研介さん)

白い部分が多いほど括りが多くなるので、そのぶん手間がかかる。細かなグラデーションも表現。

白い部分が多いほど括りが多くなるので、そのぶん手間がかかる。細かなグラデーションも表現。

生産量は現在も年々減っていて、10年ほど前は30軒あった織元が
20軒ほどになっているといいます。

「現代の久留米絣は、うちのような藍染め・手織りの織元と、
化学染料・機械織りのところの、2パターンに大きく分けられます」(研介さん)

IKI LUCAの生地は藍染絣工房ではなく、八女市の〈下川織物〉で織られたものですが、
そのようにさまざまな織元がいるのもこの産地の魅力。

「私が履いているこの赤いスカートは、IKI LUCAの最初のアイテムで、
化学染料で赤に染めた糸を機械織りした生地でつくっています。
無地の絣ですが、IKI LUCAでは、敢えてシンプルな
無地や縞の生地を使用した服を展開することで、
いままでアプローチできなかった層にも久留米絣が広がっていけばいいな、
という思いと狙いがあります。

なので、そういった生地をつくる工房に行くと、色とりどりの反物が置いてあって、
こことはまた異なる雰囲気ですよ」(小倉さん)

すると、MUFGの田中さんからも質問が。

「山村さんの工房のように昔ながらの伝統的なつくり方をしている方たちは、
化学染料・機械織りの久留米絣に対して、
どういう思いを持っていらっしゃるのでしょう?」

「価格的に手に取りやすいものと、昔ながらのもの、
両方あることが産地の強みだと思っています。
自分たちのような工房だけなら、おそらく産地として存続できていなかったと思うので、
このふたつがあって現在の久留米絣ということができるでしょう」(研介さん)

〈盛岡バスセンター〉 閉鎖されたバス発着拠点を 地域のハブとして再生

この連載は、日本デザイン振興会でグッドデザイン賞などの事業や
地域デザイン支援などを手がける矢島進二が、
全国各地で蠢き始めた「準公共」といえるプロジェクトの現場を訪ね、
その当事者へのインタビューを通して、準公共がどのようにデザインされたかを探り、
まだ曖昧模糊とした準公共の輪郭を徐々に描く企画。

第6回は、2023年度グッドデザインを受賞した、
岩手県の〈盛岡バスセンター〉を訪ねた。

盛岡バスセンターは、1960年から半世紀以上、
市民のインフラとして親しまれていた民間施設。

建物の老朽化が進み、建て替えを計画したが、
東日本大震災の影響による建設資材の高騰の影響もあり、
再整備の目途が立たず2016年に閉鎖。
盛岡市はバスターミナル機能を維持するため、土地を先行取得し、
2022年10月に民間主導の公民連携事業として復活させた。

新バスセンターは、バスターミナル機能に加え、
盛岡ならではの食を楽しむことができるフードホール、
ホテル、スパなどの商業施設を一体で整備した。

お話を聞いたのは、運営を行う〈盛岡ローカルハブ〉企画部長の小笠原康則さんと、
このプロジェクトのアドバイザーである〈オガール〉代表取締役の岡崎正信さん。

少子高齢化や物流の「2024年問題」など大きな課題があるなか、
盛岡市が民間と一体となり、市民が希求する公共施設のスキームを再構築し、
賑わいを取り戻した事例から「準公共」の役割を探る。

〈盛岡ローカルハブ〉企画部長の小笠原康則さん(右)と〈オガール〉代表取締役の岡崎正信さん(左)。

〈盛岡ローカルハブ〉企画部長の小笠原康則さん(右)と〈オガール〉代表取締役の岡崎正信さん(左)。

盛岡初の民間主導の公民連携事業

矢島進二(以下、矢島): ここには長年、市民に親しまれていた
バスターミナルがあったのですね?

小笠原康則(以下、小笠原): はい、ここは1960年に
日本初のバスターミナルとして開業し、
2016年までの56年間、盛岡におけるバスの発着拠点でした。

盛岡市のバスの拠点は、盛岡駅前と、
市内の河南地区にあるこのバスセンターのふたつあり、
駅前は主に市の北部に、バスセンターは主に南部への路線と、すみ分けされていました。
両者は約2キロ離れていて、この区間が中心市街地となっており、
両者を結ぶバスの便数が多いのが盛岡市の公共バス交通の特徴となっています。

小笠原さんは〈盛岡地域交流センター〉の営業企画部特命部長兼ローカルハブ事業課長も兼務している。

小笠原さんは〈盛岡地域交流センター〉の営業企画部特命部長兼ローカルハブ事業課長も兼務している。

矢島: 旧バスセンターは、バス乗り場だけだったのですか?

小笠原: いえ、旧バスセンターにも商業テナントが多数入っていて、
日常的に賑わっていました。大食堂や甘味店、理髪店などがあり、
屋上にはデパートの遊園地のようなレジャー施設もあったそうです。

矢島: 昭和のレトロ感があったのでしょう。
それが8年前に閉じてしまったのですね。
それだけ市民に親しまれていたのであれば、閉鎖する必要はなかったのではないですか?

岡崎正信(以下、岡崎): 旧バスセンターは公共施設ではなく、
完全な民間施設でした。その民間企業が、建物の老朽化に伴い再整備を計画したものの
資金的に難しくなり、やむを得ず閉鎖したものと認識しています。
あくまで私が知る範囲ですが、市民に親しまれていたことと、
経営とは相関関係はないと思います。賑わいがあったからこそ、
経営的にも成り立たせる運営をしっかりやらなくてはいけなかったのです。

岩手県紫波町で公民連携によるプロジェクトを成功させた、オガール代表取締役の岡崎さん。

岩手県紫波町で公民連携によるプロジェクトを成功させた、オガール代表取締役の岡崎さん。

小笠原: 公共交通の拠点が廃止になるということで、
利便性の面から存続を希望する市民の声が大きかったです。
また、まちの活性化、賑わいの喪失という点でも非常に危惧され、
行政にとっても大きな課題でした。

矢島: それで、行政としても動かざるを得なくなり、
閉鎖した翌年の2017年にこの土地を盛岡市が取得したのですね。
市はよく判断しましたね。

岡崎: 逆に言えば、買わなかったらもっと大変な状況になっていたはずです。

建物は東棟と西棟がL字型で連結し、1階はバス乗り場、待合室、マルシェ。2階はフードホール、子育て支援センター。3階はホテル、スパ・サウナなどで構成。

建物は東棟と西棟がL字型で連結し、1階はバス乗り場、待合室、マルシェ。2階はフードホール、子育て支援センター。3階はホテル、スパ・サウナなどで構成。

矢島: バスセンターが復活するまでの経緯を簡単に教えてください。

小笠原: 盛岡市は、土地の取得後、新バスセンターの整備に向けて
さまざまな調査を行い、2018年に「整備事業基本方針」を策定しました。
その際に、バスセンターには賑わい機能も併設すべきということになり、
私が現在所属する〈盛岡地域交流センター〉が「市の代理人」に指定され、
公民連携で事業を進める方針が示されたのです。

そして、2019年に「基本計画」、2020年に「事業計画書」が策定され、
それに伴い、同センターが出資し、バスセンターを整備し運営する
特別目的会社〈盛岡ローカルハブ〉を設立し、
2022年秋に民間主導の公民連携事業として復活したのです。

矢島: 公民連携は、当時の市長のアイデアだったのですか?

岡崎: 正確にはわかりませんが、バスの拠点としての再生は
市の事業としてできるけれど、賑わいを生み出すことは市が主体では難しい、
民間と一緒にやらないとうまくいかない、という自己分析をしたのだと思います。
それは極めて真っ当な発想だと思います。

矢島: バスセンター以前に、盛岡で公民連携での開発事例はあったのですか?

小笠原: なかったので、盛岡初の公民連携事業になります。

京都最古の禅寺〈建仁寺〉で 夏の涼を感じる。 サウンドアートイベント 「ZEN NIGHT WALK KYOTO」

国内外から年間5000万人を超える観光客が訪れる京都で、
半数以上の観光客が足を運び、四条祇園エリアを代表する、京都最古の禅寺〈建仁寺〉。
こちらで、夜間を特別に開放し、脳をととのえるニューロミュージックを聴きながら、
回廊を巡るサウンドアートナイトイベント「ZEN NIGHT WALK KYOTO」が、
9月22日まで開催中です。

音と光で癒しの夕涼み。脳がととのう、唯一無二の体験を。

京都最古の禅寺〈建仁寺〉。

宋で禅を学んだ栄西が、1202年に中国の百丈山を模して建立した、京都最古の禅寺〈建仁寺〉。ⒸVIE / ZEN NIGHT WALK KYOTO 2024

800年以上仏法を伝承する場として、
伝統を大切にしながらも、新たな取り組みにも挑戦。
同イベントは、建仁寺法堂にある迫力ある天井画「双龍図」でも
有名な日本画家・小泉淳作の生誕100年を記念した回顧展の一環として
ニューロテクノロジーと音楽を融合したプロダクト開発を行う、
スタートアップ企業〈VIE(ヴィー)〉と〈日本経済新聞社〉が主催。

VIE代表取締役・今村泰彦、建仁寺内務部⻑・浅野俊道、DJ・Licaxxx、VIEチーフミュージックオフィサー・藤井進也、アーティスト・脇田玲

8月1日にはトークイベントを開催。(左から)VIE代表取締役・今村泰彦、建仁寺内務部⻑・浅野俊道、DJ・Licaxxx、VIEチーフミュージックオフィサー・藤井進也、アーティスト・脇田玲。ⒸVIE / ZEN NIGHT WALK KYOTO 2024

イベントの見どころについて、建仁寺の浅野俊道さんは、
「現代のサイエンスや音楽などの最先端技術を利用し、
庭園や絵画に込められた思いや意味を思い浮かべながら、
ぜひ見て、聴いて、身体で感じて、自分自身の心と向き合える、
唯一無二の体験になったら」と来場を呼びかけました。

夜の建仁寺境内

ⒸVIE / ZEN NIGHT WALK KYOTO 2024

境内に設置されたスピーカーは、
どの場所から音が流れているのかわからないように、
細部まで計算されたこだわりも。
脳波のある帯域を増強・減衰するためにデザインされた音楽として、
「集中」「リラックス」効用があるニューロミュージックの音と静寂、
光と影を感じながら、昼間の表情とは違う、
幻想的でマインドフルネスな体験を楽しめます。

市川市のシェアアトリエ 〈123ビルヂング〉。 “時が止まったビル”が、 クリエイターの集う場所へ

omusubi不動産 vol.5

こんにちは。
おこめをつくるフドウサン屋〈omusubi不動産〉の落合紗菜(おちあい さな)と申します。

私たちomusubi不動産は「自給自足できるまちをつくろう」を合言葉に、
毎年、手で植えて手で刈るアナログな田んぼを続けながら、
空き家を使ったまちづくりを生業としています。

この連載では、omusubi不動産の個性豊かなメンバーが代わる代わる書き手となり、
思い入れの深い物件とその物語をご紹介します。

今回は、市川市のシェアアトリエ〈123ビルヂング(いちにっさんビルヂング)〉
について紹介させていただきます。

市川市大和田〈123ビルヂング〉とは

2015年の外観。築45年超え。エレベーターなしの3階建て。

2015年の外観。築45年超え。エレベーターなしの3階建て。

物件があるのは、千葉県市川市。
omusubi不動産の拠点となる松戸市に隣接するまちです。
人口は約49万人で、JR総武線や京成本線など複数の路線が乗り入れて
都心へのアクセスがいいため、ベッドタウンとして発展してきました。

ところが、123ビルヂングは、JR総武線本八幡駅から徒歩22分。
アクセスがいいとはいえない立地に加えて、建物は築45年超え。
そして、エレベーターなしの3階建てビルで、室内は未内装。

貸しづらい条件の3トップが詰まっているようなビルなのですが、
2024年8月現在、全10室あるアトリエスペースは満室稼働中です。
自転車店やジュエリー工房、書店など、個性的な方々に入居いただいています。

123ビルヂングという名前には、
「クリエイターの最初の1歩を応援したい、
ステップアップしていく新たな拠点になってほしい」
という想いが込められています。
どんなプロセスでビルが育っていったのか、
大きく3つのステップに分けてご紹介していきます。

1歩目:物件の素材を見る

築40年超えのビルの現状

123ビルヂングの始まりは2014年。

当時すでに築40年を超えていたビルは、かつてのオーナーさんが
1階で質屋を営み、ご家族が上階に住まわれていたそうです。
その後、しばらく空室になったビルの活用について、
新しいオーナーさんから弊社代表の殿塚にご相談いただいたのが出会いでした。

2015年時の1階の1室。

2015年時の1階の1室。

見に行くと、1階のガレージはカビだらけ。
2階は比較的きれいだったものの、3階はバブル期に購入されたであろう
シャンデリアやタンス、家具などが多く残され、ホラー映画の撮影にぴったりな雰囲気。
当時はコンビニさえ最寄りになく、生活環境も良いとはいえませんでした。

改装自由なシェアアトリエに

そこで殿塚が考えたのが、シェアアトリエとしての活用でした。

リノベーションの費用もかかりそうですし、
近隣環境を見ると入居者が決まるかどうかわからない。

それであれば、初期投資をせずに、建物の古さを生かして「改装自由」な建物とする。
だけど2〜3階は住居で部屋数が多かったので、ひと部屋ごとに区切って賃料も安く抑える。

そうすれば、オーナーさんは初期費用を抑えられて、
入居者さんにとっては内装の自由度が高く、リーズナブルに借りられる。
賃料は相場の7割ほどに抑えているほか、仲介手数料も0円。
双方にとってメリットがある仕立てです。

ただ、omusubi不動産の拠点は松戸市。
隣町とはいえ、シェアアトリエに入居されそうなクリエイターや芸術家・作家の方が
市川エリアにどのくらいいるかわからず、不安もありました。
そこで、一緒に立ち上げをしないかと声をかけたのが、〈つみき設計施工社〉さんでした。

石川県の漆芸文化を絶やさないために。 産地を超えた作家や職人たちによる 『うるしで紡ぐ未来』展が 加賀市美術館で開催中

石川県では、「塗りの輪島」「蒔絵の金沢」「木地の山中」といわれる
それぞれの特色を生かした漆芸が受け継がれてきました。
しかし、2024年1月1日に起きた能登半島地震で、輪島の漆芸は甚大な被害を受けます。

石川県加賀市の山中温泉や山代温泉では現在も、二次避難先として
輪島の漆芸にかかわる職人たちが生活されています。
しかし、家屋や工房の倒壊で生活再建に追われるなか、道具を失い、
制作する場もない職人たちは、仕事の再開のめども立っていない状況です。

そんななか〈加賀市美術館〉では、同じ漆芸の産地として漆芸界を応援する
企画展を実施しようと、学芸員の洞口寛(ほらぐちゆたか)さんを中心に、
約4か月という短いスケジュールのなか、開催へとこぎつけました。
そこには、伝統工芸である漆芸の火を絶やしてはいけないという強い思いと、
不思議な縁に引き寄せられた出会いがありました。

「企画展を開催するにあたり、最初は〈石川県輪島漆芸美術館〉に相談しましたが、
『美術館の被害が大きいため、貸し出せる状況ではない』といわれました。
あの被害状況のなかではそうだろうと思いますし、輪島の作家さんも
被災している状況なので、作品を出してとほしいといえず、
企画自体が難航してしまいました」と洞口さん。

〈加賀市美術館〉での展覧会の様子。

〈加賀市美術館〉での展覧会の様子。

そんなとき、京都の古美術店が立ち上げたプロジェクトに、
輪島の〈漆芸アート集団 彦十蒔絵〉の名前を見つけたといいます。

「〈漆芸アート集団 彦十蒔絵〉の代表である若宮隆志(わかみやたかし)さんのことは、
世界的にも有名な鍛金家・山田宗美(やまだそうび)の『鉄打出兎置物』
をモチーフにした作品を乾漆でつくられたのを見て気になっていました。
山田宗美の『鉄打出兎置物』は加賀市美術館が所蔵していることもあり、
これも縁ではないかと、声をかけさせていただいたんです。
すぐに快諾をいただき、そこから、山中漆器の工房や作家さんにも依頼し、
何とか開催にこぎつけることができました」と洞口さん。

『ごあいさつするうさぎ』〈漆芸アート集団 彦十蒔絵〉。

『ごあいさつするうさぎ』〈漆芸アート集団 彦十蒔絵〉。

復旧もままならないなか、手探りで動き始めたことが、漆芸界の応援への
一歩となりました。これは“ウサギがつないだ縁”といえる出会いだったようです。

「今回、この展覧会でふたつのウサギの作品を並べて展示しています。
山田宗美のウサギは鉄でできているのに鉄に見えず、
若宮隆志さんのウサギは漆でつくっているのに鉄に見えるんです。
ふたりの技が時空を超えて、実感できる貴重な展示となっています」と、
洞口さんは熱く語ってくれました。

石川県小松市の秘境、 滝ヶ原町で開催される 音楽、食、アートの祭典〈ishinoko〉

美しい山々に囲まれたまち、石川県小松市の秘境・滝ヶ原町

地域の食や音楽、アートの祭典〈ishinoko〉は、
石川県小松市の秘境、滝ヶ原町で開催されている。
会場はのどかな場所で、自然を満喫しながら、
ローカルのおいしいものを食べたり、音楽やアートを体感できる。

オーガナイザーはイギリス、デンマーク、大阪とインターナショナルな若者たちで、
地元住民と一緒に楽しく過ごす姿を見ていると、
なんだか不思議な空間に感じる。

オーガナイザーの若者たちは、
滝ヶ原町の豊かな自然と地域コミュニティからインスピレーションを受け、
地域に暮らす若いアーティストやクリエイター、友人グループを集め、
独自の祭典を始めた。

簡易なテントと1台のステージから始まったishinokoは、
2023年に4回目を迎え、国内外から約520人の来場者を集める国際的な祭典となった。

2023年、ishinokoでの様子。

2023年、ishinokoでの様子。(写真提供:Hiro Yamashina

小松市・滝ヶ原町はもともと、採石、九谷焼、炭焼き、紙すき……、
さまざまな工芸文化と手仕事の生活が受け継がれ、
町民は米や野菜を自給し、隣人と助け合いながら暮らす地域。

豊かな自然と文化が息づくこのまちで行われている〈ishinoko〉とはどんなものか。
元来、地域と深く結びついているはずの「日本の祭りの精神」への
リスペクトから生まれた祭典。
目指すのは滝ヶ原町の自然と調和した未来の地域づくりだという。

〈AOMORI GOKAN アートフェス 2024〉 初夏の青森でアートを堪能しよう!

青木淳『つらなりのはらっぱのための壁』2024年

個性豊かな5つの美術館・アートセンターが連動して展覧会を開催

あっという間にアートのまちとして有名になった青森県。
現在、同県の5つの美術館・アートセンターでは、各館のキュレーターが協働し、
それぞれの館の特徴を生かした多様なプログラム
〈AOMORI GOKAN アートフェス 2024〉が
9月1日(日)まで開催されています。

青森でのアート体験を通して、県民や観光客の
地域の周遊を喚起するプロジェクト
5館が五感を刺激する―AOMORI GOKAN〉の
一環としてスタートしたこのアートフェス。

今回は「つらなりのはらっぱ」をテーマに、
青森県立美術館、青森公立大学 国際芸術センター青森(ACAC)、
弘前れんが倉庫美術館、八戸市美術館、十和田市現代美術館の5つの施設が、
それぞれの個性を生かし、同県の多様な文化と魅力を伝えます。

美術館全体を巡ることでアートの魅力を体感

井田大介 〈Synoptes〉 2023年

井田大介『Synoptes』2023年

同館を設計した青木淳氏の「原っぱ」論から、
それぞれの展示室を「原っぱ」とし、館内外の至るところで
アートを発見、鑑賞、体験できる場を設置。
美術館全体に大きな「つらなり」を生み出しました。

「かさなりとまじわり」をテーマに、
美術館の各空間が「かさなり」、
作品を通して、青森の自然と人間の「まじわり」、
死んだものと生きているものの「まじわり」、
現代社会の姿とこれから未来を切り拓いていく人たちとの「まじわり」
の諸相を浮かび上がらせていく構成となっています。

information

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かさなりとまじわり

期間:開催中〜2024年6月23日(日)、7月6日(土)〜9月29日(日)

開催場所:青森県立美術館 コミュニティギャラリー、エントランスギャラリー、コミュニティホール、ワークショップエリア及び野外

住所:青森県青森市安田近野185

時間:9:30~17:00(最終入館16:30)

休館日:第2・第4月曜および6月24日(月)~7月5日(金)

観覧料:一般900円(700円)、高大生500円(400円)、小中学生100円(80円)

※コレクション展とセット料金

※( )は20名以上の団体料金

※心身に障がいのある方と付添者1名は無料

Web:青森県立美術館 公式サイト

流動する今を、多彩なアーティストたちが表現

岩根愛〈The Opening〉2024年

岩根愛『The Opening』2024年

国際芸術センター青森(ACAC)では、現在や海流や気流などの流れを示す「current」と、
水面下の流れや暗示を意味する「undercurrent」をキーワードに、
ある場所とかかわり合いながら表現を行う国内外のアーティストや、
青森にゆかりある表現者たちの作品を展示。

出展作家は同じですが、会期半ばで展示の入れ替えがあり、
前期と後期で2度足を運ぶのもおすすめです。
実験的な表現から、今という時間軸の無限さを感じられることでしょう。

information

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currents / undercurrents -いま、めくるめく流れは出会って

期間:開催中〜2024年6月30日(日)、7月13日(土)〜 9月29日(日)

開催場所:青森公立大学 国際芸術センター青森

住所:青森県青森市合子沢字山崎152−6

時間:10:00~18:00

休館日:期間中無休

Web:青森公立大学 国際芸術センター青森 公式サイト

蜷川実花の壮大な作品を弘前れんが倉庫美術館で

蜷川実花 〈Sanctuary of Blossoms〉 2024年

蜷川実花『Sanctuary of Blossoms』2024年

弘前れんが倉庫美術館での
展覧会「蜷川実花展 with EiM:儚くも煌めく境界 Where Humanity Meets Nature」では、
写真家・映画監督の蜷川実花が、データサイエンティストの宮田裕章、
セットデザイナーのEnzo、クリエイティブディレクターの桑名功らと結成した
クリエイティブチーム〈EiM〉との協働により実現した大規模な作品が登場。

蜷川氏が、弘前で撮影した桜の写真など、
人の手とまなざしに育まれた花や木々を捉えた作品群も展示されています。
展覧会を通じて、人間と自然との関係性や蜷川氏のフィルターを通した
美しい自然の営みを発見することができるのでは。

狩野哲郎 〈あいまいな地図、明確なテリトリー〉2024年

狩野哲郎『あいまいな地図、明確なテリトリー』2024年

また、もうひとつのメイン企画である「弘前エクスチェンジ#06『白神覗見考』」は、
青森県南西部に位置し、弘前市を含む津軽平野を流れる
岩木川の源流の地でもある白神山地をテーマに実施する
リサーチ・プロジェクト。

狩野哲郎、佐藤朋子、永沢碧衣、L PACK. の4組のアーティストたちが、
作品展示や、ワークショップ、トークイベントなどを実施します。
古くから人々の生活を支えてきた川の源となる山々に目を向け、
そこに息づく動植物や人々の営みの時間が積み重なる景色に触れることで、
いつもの風景が異なるものに見えてくるきっかけとなることでしょう。

information

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蜷川実花展 with EiM:儚くも煌めく境界 Where Humanity Meets Nature
弘前エクスチェンジ#06「白神覗見考」

期間:開催中〜~9月1日(日)

開催場所:弘前れんが倉庫美術館

住所:青森県弘前市吉野町2−1

時間:9:00~17:00(最終入館16:30)

休館日:火曜 ※8月6日(火)は開館

Web:弘前れんが倉庫美術館 公式サイト

松戸市常盤平〈One Table〉 チャレンジする人を応援する 曜日替わりのカフェ

撮影:Hajime Kato

omusubi不動産 vol.4

こんにちは。
おこめをつくるフドウサン屋〈omusubi不動産〉の庄司友理佳(しょうじ ゆりか)です。

私たちomusubi不動産は「自給自足できるまちをつくろう」を合言葉に、
毎年、手で植えて手で刈るアナログな田んぼを続けながら、
空き家を使ったまちづくりを生業としています。

この連載では、omusubi不動産の個性豊かなメンバーが代わる代わる
(ときには代表の殿塚も)書き手となり、思い入れの深い物件とその物語をご紹介します。

4回目は、千葉県松戸市にある“曜日で店主が変わるカフェ”〈One Table〉がテーマです。

飲食店の外観

私は当初、omusubi不動産で不動産事務のパートスタッフとして働いていました。
ところが、私がカフェ好きであることが当時の上司である市川(通称いっちーさん)に知られ、
ある日「カフェ好きだよね? 一緒にツアーやってみない?」と声をかけられまして、
カフェ開業を予定している方に向けた「カフェ物件ツアー」を開催しました。

このツアーをひとつのきっかけに、まちの方々とコミュニケーションをとる
機会の多いポジションに異動することとなり、現在はシェアカフェOne Tableや、
古民家レンタルスペース〈隠居屋〉など、場の運営やイベントの企画運営を担当しています。

今回はOne Tableの成り立ちや運営の仕組み、
この場所に込める想いをお届けしたいと思います。

窓際にコーヒーポット

「One Table」とは?

千葉県松戸市のJR武蔵野線「新八柱駅」、新京成電鉄「八柱駅」から歩くこと4分。
日本の道百選にも選ばれている「さくら通り」を進んでいくと、
商店街の一角に曜日替わりのシェアカフェOne Tableがあります。

One Tableでは、複数の店主がそれぞれの曜日に週1回、
自分の屋号でお店をオープンします。
例えば、月曜日はコーヒーショップ、火曜日は焼き菓子店、
水曜日はスパイス料理店というように、
曜日ごとにお店が替わりながら営業するスタイルです。

シェアカフェやシェアキッチンがまだ一般的ではなかった2016年から始まり、
7年間で約30組の方が営業されてきました。
その後、One Tableから独立して、人気店を営む卒業生も数多く輩出しています。

現在は、1日のなかで日中営業、夜営業と、2部制で別々の店主がお店を開けています。
会社員の方でもチャレンジできるように、土曜日は月1回から営業できる枠も用意しており、
現在、総勢13組の個性豊かな店主が営業を行っています。

スイーツとコーヒーのお店をはじめ、スパイスカレーのお店や、蕎麦とお酒のお店、
フレンチビストロなど幅広いメニューを提供し、いつ訪れても楽しめるカフェとして
地域の方々から親しまれています。

設計は建築家・坂茂。 環境にも配慮した 〈豊田市博物館〉が開館

豊田市の「今まで」と「これから」を伝える施設

55年間にわたって愛され、惜しまれつつも閉館した〈豊田市郷土資料館〉。
その歴史と展示内容を受け継ぎつつ、豊田市の未来についても考える
総合博物館〈豊田市博物館〉が、2024年4月26日にオープンしました。

場所は、豊田市の中心市街地。
最寄り駅である豊田市駅から歩いていける距離で、
すぐ隣には〈豊田市美術館〉も並んでいます。

館内には常設展示のほか、屋外展示や庭園もあり、企画展を開催することも。
愛知県豊田市の歴史や人々の暮らし、自然などに、
さまざまな角度からアプローチする施設です。

設計は世界的な建築家

天井には、豊田市章も隠れているとか。

天井には、豊田市章も隠れているとか。

〈豊田市博物館〉に足を踏み入れて気づくのが、
明るく開放的な雰囲気が漂っていること。
豊田市産の木材をふんだんに使用し、
伸びやかで豊かな自然も感じられる空間に仕上げています。

建物の設計を担当したのは、日本を代表する建築家・坂茂氏。
そして、庭園を担当したのはランドスケープ設計者であり、
隣接する〈豊田市美術館〉の庭園も手がけたピーター・ウォーカー氏です。

設計者は公募型プロポーザルでの選定でしたが、坂氏が提案したプランが
隣接する〈豊田市美術館〉との景観の連続性にすぐれていたことや、
再生可能な建材の利用などを盛り込んでいたことが決め手となり、
坂氏に依頼する運びとなったといいます。

再生可能な建材は、館内の随所に見られます。
たとえば、館内の壁の一部で使用されているパイプ。
これは再生紙でできた「紙管」で、軽量かつ頑丈であることから、
坂氏が災害用シェルターの設計でたびたび活用しているものです。

建物には蓄電池つきの太陽光発電も設置し、災害が起きてから
72時間は電力を確保できる仕組みを整えています。
その結果、建物で消費する年間のエネルギー消費量を削減できる建築物の認証である
「ZEB Ready」も取得。これは、新築の博物館としては初めてのことです。

“食”で団地の可能性を拓く 〈「団地キッチン」田島〉。 団地管理会社によるコミュニティ施設

この連載は、日本デザイン振興会でグッドデザイン賞などの事業や
地域デザイン支援などを手がける矢島進二が、
全国各地で蠢き始めた「準公共」といえるプロジェクトの現場を訪ね、
その当事者へのインタビューを通して、準公共がどのようにデザインされたかを探り、
まだ曖昧模糊とした準公共の輪郭を徐々に描く企画。

第5回は、2023年度グッドデザインを受賞した、
埼玉県のJR西浦和駅前にあるコミュニティ型複合施設
〈「団地キッチン」田島〉を訪ねた。

お話を聞いたのは、「“食”や“本”を通じたコミュニティ拠点の運営」でも
グッドデザイン・ベスト100を受賞した〈日本総合住生活(JS)〉の
住生活事業計画部の中野瑞子さんと、上野雅佐和さんのおふたり。

「団地キッチン」田島は、コミュニティ形成を目的として、
銀行の支店跡地を、カフェ・シェアキッチン・ブルワリーに改装し、
2022年8月にできた複合施設だ。テーマを「食」に絞ることで、
多様な属性を持つ市民の日常生活の延長線上にありながら、
サードプレイス的な場に育っている。

団地の存在価値が変わらざるを得ない状況のなか、その先行的な取り組みを通じて、
今後、団地及び地域社会に求められる「準公共」の役割を探る。

〈「団地キッチン」田島〉は、JR西浦和改札から徒歩2分、田島団地の入口に位置する。(写真提供:JS)

〈「団地キッチン」田島〉は、JR西浦和改札から徒歩2分、田島団地の入口に位置する。(写真提供:JS)

食のプロジェクトを田島団地からスタートした理由

矢島進二(以下、矢島): ここは、JR西浦和駅の近くの
「さいたま市桜区」ですが、なぜ食のプロジェクトを
この田島団地からスタートしたのですか?

中野瑞子(以下、中野): まずは立地です。
団地は駅に近いものは少なく、バスを使うところが多いのです。
飲食系の施設は、やはり駅から近くないと不利ですので。

そして、西浦和駅周辺のまちづくりに関する基本合意を
市とUR都市機構が結んでいることと、
UR田島団地にて団地再生事業が進められていること、
さらにURグループである当社の技術研究所が近くにあることもここに決まった要因です。

「浦和」の名がつく駅は全部で8つあるのですが、
ほかと比べ西浦和駅周辺は特徴があまりないといわれているなか、
“食”に着目すれば、魅力を出せると考えました。
食には地域の歴史が反映されるので、食材や料理の仕方なども
地域の魅力を伝える機会になると、コンセプトをまとめていくなかで見えてきました。

ここのステートメントは「いえの味をまちの味へ」です。
家の中で閉じられていたものをまちに開き、自分たちで育て、
結果まち自体を育てていくことを目指しています。

〈日本総合住生活〉住生活事業計画部の中野瑞子さん。建築系の出身で、都市計画やまちづくり、農村計画を学び、学び直しをした際はコミュニティを研究した。

〈日本総合住生活〉住生活事業計画部の中野瑞子さん。建築系の出身で、都市計画やまちづくり、農村計画を学び、学び直しをした際はコミュニティを研究した。

矢島: それで“住”の専門組織であるJSが、“食”にチャレンジしたのですね。

上野雅佐和(以下、上野): はい。まずは誰もが気軽に立ち寄れるカフェを
2022年8月末にオープンしました。
次はつくり手にフォーカスしたかったので、
はやり始めてきたシェアキッチンを検討しました。

シェアキッチンは、ルールづくりがかなり大変で、
厳密にしすぎてしまうとコミュニティ拠点としては機能しないという悩みを抱えながら、
年明けの2023年にオープンしました。正直、いまでも運用は試行錯誤の連続です。

さらに、自分たち自らがつくり、ここから発信する機能も必要だと考え、
ブルワリー(地ビール醸造所)も加えました。
こうして、シェアキッチン・カフェ・ブルワリーの3機能を融合した
ユニークな施設「団地キッチン」田島ができました。

上野雅佐和さん。サブゼネコンを経てJSに。「最初の仕事がキッチンカーの設計で驚きましたが、まさか私がビールをつくることになるとは、夢にも思いませんでした」と笑う。

上野雅佐和さん。サブゼネコンを経てJSに。「最初の仕事がキッチンカーの設計で驚きましたが、まさか私がビールをつくることになるとは、夢にも思いませんでした」と笑う。

紳士服店がブティックホテルに。 レトロ商店街にオープンした 〈ほんまちホテル〉

古い店舗をリノベーション

近年続々とオープンしているホテルの一種「ブティックホテル」。
その新たな施設が、2024年4月にオープンしました。
場所は、滋賀県東近江市にあるほんまち商店街の一角。
その名も、〈ほんまちホテル〉です。

かつて地元でオーダースーツの紳士服店として愛されていた店舗をリノベーション。
館内には、ふたつの客室とラウンジカフェを備えています。

〈ほんまちホテル〉の特徴は、大きくふたつ。
まず、リノベーション時に見つかった家具を地元のアーティストがリメイクして
館内で利用していること。そして客室とは別に、リノベーションしている最中に出てきた
古道具を展示する「コレクション部屋」があることです。

コレクション部屋に並ぶ品々で特に印象的なのは、壁に描かれた馬の絵。
ホテルにリノベーションした紳士服店の経営者一家に画家がおり、
その人が描いたものをそのまま残しています。
ほかにもトルソーや当時のポスターなど、珍しいものや古いものが多々並んでいます。

自分好みの過ごし方ができるプランを用意

〈ほんまちホテル〉で用意しているプランは6つ。
素泊まりや朝食つきのプランのほか、レンタルバイクを借りられたり、
近所の銭湯の入浴券やオリジナルタオルがついたりするプランまで、バラエティ豊かです。もちろん、どのプランも“おひとりさま”での利用OKです。

レンタルバイクつきプランは、EV(電動)バイクが借りられます。
自転車感覚で乗ることができ、市内の散策にも便利。
カラーも好きなものを選べるため、お気に入りを探してみてください。

朝食付きプランでは、ホテル1階のラウンジカフェで
東近江市産の食材をたっぷり使ったメニューを味わえます。
旬を感じる品々に、ほっと癒やされること必至。
まだ知らない地域の味にも、出合えるかもしれません。

レディー・ガガの靴の作者が アートワークを担当! 富山県〈ホテルグランミラージュ〉に “令和の銭湯”がオープン

世界的アーティストと“サウナの聖地”の娘が手がけた温浴施設

富山県魚津市にある〈ホテルグランミラージュ〉の最上階に
4月26日、温浴施設〈スパ・バルナージュ〉がオープンしました。

この温浴施設の壁画を手がけたのは、レディー・ガガが履いた
シューズの作者として世界的に知られる、アーティストの
舘鼻則孝(たてはな・のりたか)氏。

アートワークを手がけた舘鼻則孝氏

アートワークを手がけた舘鼻則孝氏。©NORITAKA TATEHANA K.K., Photo by GION

舘鼻氏の曽祖父と祖父は、戦後間もなく富山県から上京し、
新宿・歌舞伎町で銭湯〈歌舞伎湯〉を営んでいた過去があり、
自身も「縁を感じた」と話すこのプロジェクトで採用したのはモザイク壁画でした。

〈歌舞伎湯〉のモザイク壁画

〈歌舞伎湯〉のモザイク壁画。©NORITAKA TATEHANA K.K.

〈歌舞伎湯〉の浴室全面に施されていた壮大なモザイク壁画に
インスピレーションを得て完成したアートワークは、施設から
実際に眺望することができる立山連峰の景色が描かれています。

立山連峰を仰ぎ見る山側の浴室には太陽が描かれた鮮やかな色彩の図を、
一方で富山湾を一望できる海側の浴室には寒色を基調とした荒々しい雷雲の図を
配するなど、ふたつの浴室で対照的な表現を目にすることができます。

山側の浴室「ヤマ/YAMASIDE」の壁画

山側の浴室「ヤマ/YAMASIDE」の壁画。©NORITAKA TATEHANA K.K., Photo by GION

海側の浴室「ウミ/UMISIDE」の壁画

海側の浴室「ウミ/UMISIDE」の壁画。©NORITAKA TATEHANA K.K., Photo by GION

『リノベのススメ』のその後の話。 マーケットがインフラとなり、 商いだけでない暮らしがある商店街に。 岐阜県〈ミユキデザイン〉

2013年にスタートした、コロカルの人気連載『リノベのススメ』。
全国各地のリノベーション事例を、物件に携わった当事者が紹介する企画だ。

今回の特集『エリアリノベのススメ』では、1軒の建物のリノベーションをきっかけに、
それがまちへ派生していく、“エリアリノベーション”を掘り下げていく。

『リノベのススメ』担当編集の中島彩さんにインタビューしたvol.001では、
リノベーションの潮流を踏まえつつ、過去の連載を振り返ってきた。
そのなかで登場した、過去の執筆陣に、「その後」を聞いてみることにした。

今回は、岐阜市を拠点に建築、まちづくり、シェアアトリエの運営などの活動をする
〈ミユキデザイン〉の末永三樹さん。
末永さんに、連載後の展開について寄稿していただいた。

末永さん、その後のまちの様子はいかがですか?

パンデミックを経て変化する、“サンビル”と私たち

コロカルでの連載からもう4年も経ったのですね。
伝えたいことをまとめるのが難しく、執筆はなかなか大変でした(笑)。
でもコロカルを読んで「話が聞きたい」という
お問い合わせもいただいたのでありがたかったです。

前回の『リノベのススメ』の執筆とともに始まったコロナ禍。
連載が終わった2020年7月頃も、柳ヶ瀬商店街で毎月開催している
サンデービルヂングマーケット(通称:サンビル)〉に変化がありました。

マーケット出店者と、買い物をするお客さん

ある日のサンデービルヂングマーケットの様子。

出店規模を小さくし、ブースを離して並べたり、休憩コーナーをなくしたり、
一時的には飲食を伴う出店を控えていただくお願いもしました。
「サンビルはやりますよね?」という声に応えたい一方で、
こんな時期に非常識だという声もありましたが、開催にこだわっていました。
対面のコミュニケーションを諦めたくない思いでした。
とはいえ結果的には、4回の中止を決断。

ついでに育ててきたインスタのアカウントがなぜか消失してしまい
1万人のフォロワーも失い、スタッフと泣きました。
それがかえって考える余白を与えてくれた、と思うしかない感じでしたね。
懐かしい思い出です。
また、サンビルができないならと、〈ロイヤル40〉のテナントさんたちが主体になって
第1日曜日に小さなマルシェが始まる動きもありました。

私たちは、マーケットが商店街のインフラ(あたりまえにあるもの)として機能して、
人・もの・コト・情報を循環させることが重要だと考えていたので、
この時に「日常」という言葉をより強く意識するようになりました。

毎月第3日曜のサンビルを続けながら、
偶数月の第1日曜には「日常」をつくる小さなサンビルを進め始めました。

買い物する人

偶数月の第1日曜のサンビル。

第3と比べてしまうこともあり、出店者集めや集客など難しく、
試行錯誤のなかで若手が企画を試してくれて、徐々に手応えが出てきているようです。

さらに、サンビルのアンティーク出店部門を特化させ、
古道具や輸入雑貨を扱うショップが出店するマーケット
〈GIFU ANTIQUE ARCADE〉も始まりました。

アンティークのお皿を見る人

商店街のレトロな雰囲気にも合うマーケット。

これらの運営は、新しく加わった若手スタッフが中心となって切り盛りしています。
彼女たちが窓口となって、お手伝い参加をしてくれるメンバーも増えて、
とても頼もしいチームになっています。

今年4月には、まち会社の新しい事業として、サンビルの日常化を目指した
サンビルストア〉をオープンしました。

お客さんが直接つながることのできる常設型のマーケットで、
7つのアトリエブースと屋台、レンタル棚が集まり、店頭には
「人とまちのコンシェルジュ」が立ちます。
入居者は陶芸、彫金、お茶屋さんなど多様です。
この場所をみんなと切り盛りし、まち知る・楽しむ窓口にもなっていきたいです。

SundayからEverydayへ。今年で10年目を迎えたサンビルですが、試行錯誤は続きます。

『リノベのススメ』のその後の話。 リノベしては次の担い手に引き継ぎ まちを“ハシゴ再生”する。 北海道〈富樫雅行建築設計事務所〉

2013年にスタートした、コロカルの人気連載『リノベのススメ』
全国各地のリノベーション事例を、物件に携わった当事者が紹介する企画だ。

今回の特集『エリアリノベのススメ』では、1軒の建物のリノベーションをきっかけに、
それがまちへ派生していく、“エリアリノベーション”を掘り下げていく。

『リノベのススメ』担当編集の中島彩さんにインタビューしたvol.001では、
リノベーションの潮流を踏まえつつ、過去の連載を振り返ってきた。
そのなかで登場した、過去の執筆陣に、「その後」を聞いてみることにした。

今回は、函館市で設計事務所を営みながら、建築や不動産、まちづくりを横断しながら
複合POP UP施設〈街角NEWCULTURE〉を運営し、幅広く地域に関わる
〈富樫雅行建築設計事務所〉の建築家、富樫雅行さん。
富樫さんに、連載後の展開について寄稿していただいた。

富樫さん、その後のまちの様子はいかがですか?

〈街角NEWCULTURE〉から金森赤レンガ倉庫を抜け250メートルで函館港に出る。写真左端が港に面する金森赤レンガ倉庫群。

〈街角NEWCULTURE〉から金森赤レンガ倉庫を抜け250メートルで函館港に出る。写真左端が港に面する金森赤レンガ倉庫群。

連載後、コロナ禍が明けて……

函館は観光客がだいぶ戻り、欧米系の個人観光客も目立つようになりました。
西部地区もお店やホテルなども増えているのと同時に、道南圏でみても
八雲の木彫り熊や、北斗市や七飯など函館近郊のワイン、
体験型のアクティビティも増えてきて、新しい時代へと変わりつつあるのを感じています。

独立のキッカケとなった自宅兼事務所の、常盤坂にある和洋折衷の古民家リノベーションの様子をブログ『背景 常盤坂の家を買いました』にしたためました。

コロカルでは、2022年4月から23年1月まで、
独立後の10年ほどを全10回にわたり連載しました。
執筆時はまだ新型コロナウイルスが5類に移行する前。
連載でも書きましたが、緊急事態宣言のなか、コロナ禍で夢を諦めた人たちを応援するべく、
店舗のない人やこれからお店を始めたい人のための複合POP UPストアのイベント
〈街角NEWCULTURE〉を開催したところ、30名の出店者が集まり、
4日間で1200人以上の来客があり、“地域を開いていく”ことの大切さを実感しました。

2023年の〈街角NEWCULTURE〉。会場となったこんぶ広場にはキッチンカーや出店が並び賑わった。

2023年の〈街角NEWCULTURE〉。会場となったこんぶ広場にはキッチンカーや出店が並び賑わった。

事務所だったスペースを開放し、お花屋さんや、コーヒー屋さん、どら焼きスタンドなどが出店。

事務所だったスペースを開放し、お花屋さんや、コーヒー屋さん、どら焼きスタンドなどが出店。

このイベントから、複合POP UP施設〈街角NEWCULTURE〉も誕生し、
施設内にはオフィスや喫茶、バーなどのほかに、地域でシェアする「POP UPスペース」や、
曜日ごとに借りられる「シェアキッチン」がオープンしました。

出店の敷居を下げることでたくさんの店舗が入居してくれて、
まちに動きができ、賑わいを取り戻しつつあります。
その例をご紹介していきます。

シェアキッチンには、ミュージシャンでもある〈みのだ珈琲〉が
2023年3月から5か月間限定でオープンし、
そこを引き継ぎ10月から毎週木曜日に〈coffee-ya agora〉がオープン。
さらに2024年3〜4月の金曜日には、〈たびする珈琲〉も出店しました。
現在、〈街角クレープ〉が土曜〜水曜日に営業しています。

シェアキッチンで営業を始めた〈coffee-ya  agora〉。ティラミスやチーズケーキもうまい!

シェアキッチンで営業を始めた〈coffee-ya agora〉。ティラミスやチーズケーキもうまい!

シェアキッチンを卒業して、実店舗を持つお店も。
2022年12月から週1営業していた〈自然カフェ Jicon〉は、
23年10月に富樫雅行建築設計事務所だった場所に移転。金・土・日・月曜はカフェ、
そのほかは、店主がヨガの先生もしているためカフェスペースでヨガ教室も行っています。

富樫雅行建築設計事務所だった場所に移転した〈自然カフェJicon〉の内部。

富樫雅行建築設計事務所だった場所に移転した〈自然カフェJicon〉の内部。

中医学の五味五性の食養生がテーマの 〈Jicon〉のランチはボリューム満点。

中医学の五味五性の食養生がテーマの 〈Jicon〉のランチはボリューム満点。

POP UPスペースでは、花屋の〈BOTAN〉と〈sumire〉による
植物交感実験〈Flower Crying Out〉のワークショップや、
家具屋〈Faber〉の〈家具屋の蚤の市〉、個展にマルシェと、
さまざまなイベントを開催しています。
なかでも年2回、春と秋の〈函館西部地区バル街〉では、屋外のこんぶ広場や
POP UPスペースも使い、全館に人があふれて大賑わいとなっています。

2023年11月、24年2月、6月と、函館市西部まちぐらしデザイン室と
チャレンジショップも共催し、出店者と地域の人たちの間でも交流が生まれたり、
ほかのイベントに共同出展したりと、次につながろうとしています。

東北の伝統工芸が 国内外のアーティストとコラボ! 〈Craft×Tech Tohoku Project 2024 Exhibition〉が 5月24日・25日に東京で開催

置賜紬(山形)×落合陽一

時代と国境を超えたコラボレーションが実現

東北の伝統工芸とデザイン・テクノロジーとのコラボレーション展となる
〈Craft×Tech Tohoku Project 2024 Exhibition〉が、5月24日(金)と25日(土)の
2日間開催されます。

会場は、東京千代田区の登録有形文化財として知られる
〈kudan house(九段ハウス)〉。

今会期の後は、スイスのバーゼルで6月に開催される
〈デザイン・マイアミ・イン・バーゼル〉、
イギリスのロンドンで9月に開催される
〈ロンドン・デザイン・フェスティバル〉に巡回予定となっています。

〈Craft×Tech〉は、日本の伝統工芸と国際的に活躍する
クリエイターとのコラボレーションによって、革新的な
プロダクトやアートピースを生み出していくイニシアティブを目指し、
デザイナーの吉本英樹氏によって立ち上げられたプロジェクトです。

デザインスタジオ〈Tangent〉の代表であり、東京大学先端科学技術センター特任准教授も務める吉本英樹氏。

デザインスタジオ〈Tangent〉の代表であり、東京大学先端科学技術センター特任准教授も務める吉本英樹氏。

立ち上げの背景について、吉本氏はこのように述べています。

「私はもともと、伝統工芸の収集家でもなければ、それに特別な思いを
寄せるわけでもありませんでしたが、ふとしたきっかけで訪れた
東北の漆塗り工房で、文字通りその職人技に大きな衝撃を受けました。

社会の教科書に載っている日本文化の象徴としての伝統工芸というよりも、
今まさに現場で生み出されている、極めてクオリティの高い、
純粋なものづくりとしての工芸の美しさ。

ひた向きに、伝統を受け継ぎ、当たり前のように更新し続けていく姿。

そういったことに胸を打たれて以来、さまざまな地域の工芸産地の
製作現場を訪れ、職人さんとの会話を重ねるなかで、何か自分の持てる力と、
日本の伝統工芸を重ね合わせるようなプロジェクトを立ち上げたいという
気持ちが、日に日に大きくなっていきました」

建築を通して 東京のエネルギーを感じ、 人を知る〈東京建築祭〉

普段はなかなか見ることができない建物の内部を一般公開し
建築そのものを楽しむ大規模イベントが、いよいよ東京でも
2024年5月25日(土)・26日(日)に初開催。
中央区と千代田区の都心を中心としたエリアの
30軒を超える新旧の建物が参加します。
その見どころや立ち上げの思いを
大阪公立大学教授で東京建築祭実行委員長の倉方俊輔さんに聞きました。

インディペンデントで包括的なお祭り

ロンドンやシカゴなど、海外各地の都市で以前から開催されてきた
建築の公開イベント。
日本でも福岡や広島で10年以上前から始まり、
倉方さんは2014年にスタートした
〈生きた建築ミュージアム大阪(イケフェス大阪)〉、
2022年開始の〈京都モダン建築祭〉、
翌2023年からの〈神戸モダン建築祭〉
などに立ち上げから携わっています。

これらの関西のイベントと〈東京建築祭〉の大きな違いは、
行政も都内の既存の団体も関わらず
まったくインディペンデントであるということ。

「東京は大きすぎて、既存の組織や大学がつながりづらいまち。
そのなかのどこかが主催になると、その色が強くなってしまう。

洋館・レトロ建築が好きな人も、現代建築が好きな人も、
高度成長期のちょっと渋いビルが好きだというような人も
自分たちのイベントだと思える、
そんな枠組みをまずはつくることに専念しました」
と倉方さん。

「どの建築も東京を知る大きな手がかりです。
東京ってこんなにおもしろいんだ、
東京といってもエリアごとにこんなに違うんだということを
建築を通して知ることができるお祭りをつくりたいんです」
と語ります。

実行委員長の倉方俊輔さん

実行委員長の倉方俊輔さんは東京生まれ・東京育ち。

特別公開は基本的に申込不要で無料、
ガイドツアーは有料のものがほとんどとなっていますが、
その料金の差は安全装備や食事代など実費によるもので、
基本的な値段は同じです。

インディペンデントといっても
利益を追求するものではなく、
運営にかかる必要最低限のコストを
参加費やクラウドファンディング、スポンサーからの支援、
アーツカウンシル東京の助成金で賄っています。
関わる人たちそれぞれの思いが積み重なって実現したイベントなのです。

“共感の連鎖”が、まちを変える。 『リノベのススメ』担当編集に聞く リノベーションの変遷

持ち主や借り手のなくなった建物を受け継ぎ、再生させるまでの過程を、
手がけた本人が綴る連載『リノベのススメ』

2013年10月の連載スタートから10年以上の時を経て、
これまで執筆に協力いただいた方や企業の数は2024年4月末日時点で40に上り、
貴重なアーカイブは260本を超えている。

そこで今回は、2018年から当連載の編集に携わり、
〈公共R不動産〉のメンバーとしても活躍する中島彩さんとともに、
これまでの連載を振り返りつつ、リノベーションの変遷や昨今の潮流について探る。

リノベした当事者が書くからおもしろい。連載『リノベのススメ』

『リノベのススメ』の連載が始まったのは、2013年。
当時は「リノベーション」という言葉が業界外にも浸透しつつあるなかで、
若い世代の建築家の間で、ゼロから新たに建てるだけではなく、
今あるものをどう活用するかというマインドが醸成され始めていた頃でもあった。

そうしてスタートした『リノベのススメ』を、2018年から
編集担当してくれているのが、今回お話をうかがった中島彩さんだ。

中島彩さん

コロカルの連載『リノベのススメ』の編集担当、中島彩さん。(撮影:青木和義)

リノベーションの事例を紹介する記事は世の中にたくさんあるが、
その多くは、現地に行って取材している記事だ。
『リノベのススメ』では、リノベーションを手がけた当事者が
執筆しているのが最大の特徴といえるだろう。
物件にかける思いや、ぶち当たった困難など、
当事者にしか書けない内容になっており、人気の連載企画にまで成長した。

「みなさん当事者だから、伝えたいことがいっぱいあるんですよね。
ご自分のウェブサイトなどに実績としてあげてらっしゃる方もいますが、
忙しいとそのプロセスまでは詳しく書けないじゃないですか。
それもあり、『この機会に!』と、苦労も含めて全部書いてくれています。

自分の体験として一人称で書いているから、まさにドキュメンタリー。
毎回、あがってくる原稿を読むのが楽しみなんです。
できるだけ臨場感のあるまま伝えたいので、執筆者に依頼する際も、
特にこちらから内容についてリクエストすることはなく、
『思うがままに書いてください』とお願いしています」

朽ちた床下

建物のリノベーションに携わった当事者でなければ撮れない写真や、熱のこもった文章は『リノベのススメ』ならでは。

中島さんは『リノベのススメ』の連載を引き受けてくれた
執筆者のもとには、実際に足を運んでいるという。

「コロナ禍には行けなかったので、全員ではないんですけれど。
みなさん、そのまちで真剣にやられている方たちなので、
可能な限り、直接会って、現場を見て、お話したいなと思っています」

千葉県松戸市〈せんぱく工舎〉 挑戦する人の船出を後押しする、 コ・クリエイティブ・スペース

せんぱく工舎ではじめてのイベント「せんぱく工舎出港式」(2018年)

omusubi不動産 vol.3

はじめまして。
おこめをつくるフドウサン屋〈omusubi不動産〉で
まちのコーディネーターをしている岩澤哲野(いわさわ てつや)と申します。

私たちomusubi不動産は「自給自足できるまちをつくろう」を合言葉に、
毎年、手で植えて手で刈るアナログな田んぼを続けながら、
空き家を使ったまちづくりを生業としています。

この連載では、omusubi不動産の個性豊かなメンバーが代わる代わる
(時には代表の殿塚も)書き手となり、思い入れの深い物件とその物語をご紹介します。

連載3回目のテーマは、omusubi不動産最大のシェアアトリエ〈せんぱく工舎〉について。

私、岩澤は舞台演出家を本業としています。
2019年にomusubi不動産と出合い、せんぱく工舎に演劇のアトリエを構えることになりました。

はじめはいち入居者だったのですが、その後omusubi不動産の活動を手伝うことになり、
2020年からはまちのコーディネーターとして、せんぱく工舎や
シェアキッチン〈One Table〉などの企画や運営をするようになりました。
そして、2024年現在もせんぱく工舎に入居しながら、ほかの入居者さんひとりひとりと
コミュニケーションをとり、松戸のまち全体でイベント運営などのお仕事をしています。

このようにコーディネーターであり入居者でもある岩澤が、
せんぱく工舎の歩みを振り返っていきます。

せんぱく工舎2階の様子。

せんぱく工舎2階の様子。

せんぱく工舎とは?

都心から電車で約1時間という立地で、オーガニックなお店や個性的なお店が多い
千葉県松戸市の八柱エリア。八柱駅から八柱霊園という大きな墓苑に向かう
石材屋通り沿いにせんぱく工舎はあります。

せんぱく工舎は、昭和35年に建てられた
神戸船舶装備株式会社の社宅を改装した、クリエイティブ・スペースです。
昭和35年に建てられた木造の建物で、延べ床面積は約400平米という大きさ。
2階建てで、1階に6部屋、2階には12部屋あります。
このレトロで貴重な元社宅を、神戸船舶装備株式会社の協力のもと、
室内すべてをDIY可能なクリエイター中心の拠点とするべく、舵を切りました。

2018年のグランドオープン以来、 1階は地域に開かれたショップ、カフェ、
本屋やバルとして、2階はアーティストや作家さんのアトリエなどに使われています。

八柱地域の新しい拠点として、またローカルからDIYカルチャーを発信する
港のような場所として、入居者のみなさんと日々大切に育てています。

入居者による主催イベント「せんぱくまるしぇ」(2019年)。まちのさまざまな出店者を募って開催した。

入居者による主催イベント「せんぱくまるしぇ」(2019年)。まちのさまざまな出店者を募って開催した。

写真家・中川正子の旅コラム 「豊島美術館には行かなかった。 民泊で暮らしを旅する」

さまざまなクリエイターによる旅のリレーコラム連載。
第38回は、写真家の中川正子さん。
東京から岡山に移住してきてから
豊島美術館に数多く通っていた。
しかし美術館に行かない「豊島」を体感することに。
島の暮らしから何を感じたのだろう?

80代なんてまだ若者。島の元気なおばあちゃんたち

豊島のことは知っているつもりでいた。
世界でいちばん好きな美術館は〈豊島美術館〉であると公言していたくらいなのだ。
2011年に東京から岡山市に移り住んでからは、
県外からの友人を何人連れていったことか。
フェリーのデッキで海風を浴び、レンタサイクルで美術館を目指す。
巨大な空間を堪能し、いくつかほかのアートも鑑賞する。
おいしいごはんを食べてまた船に乗り込み、岡山へ帰る。
それがわたしの豊島の旅だった。

でも、島の暮らしの気配は、ぜんぜん知らなかった。
ただの通りすがりの旅人だったのだ。単なる美術館好きの。

航跡波

そんな折、友人に紹介されたのがレイコちゃん。
豊島で生まれ、10代で故郷を飛び出しオーストラリアへ。
パートナーと出会い、息子が生まれ、
30代で家族を連れ島に戻ってきた明るいエネルギー溢れる人だ。
古民家を再生したすてきな一棟貸しの宿〈とくと〉を営むかたわら、
地元の個性豊かな民泊を紹介する活動もしている。
彼女に、豊島の魅力を伝える写真をお願いできないかと頼まれ、喜んで引き受けた。

手を振るレイコちゃん

泊まったのは民泊のひとつ、ヤマネさんの家。
戦前生まれのヤマネさんがひとりで営む宿だ。レイコちゃんがニコニコ紹介してくれる。
がらがらとドアを開けると部屋は掃除が行き届いて気持ちがいい。
三角巾をきりりと巻いたヤマネさんは背筋が伸びていて笑顔が最高にチャーミング。
テキパキと動く姿には働き者の気配がある。さっと出してくれたお茶を飲む。
おばあちゃんちみたいでほっとする。

ヤマネさん

夜はレイコちゃんをはじめ、宿で地元の友だちと宴になった。
ヤマネさんのつくってくれたごはんは
食卓からはみ出んばかりに山盛りでお腹がはちきれそう。
楽しい夜はふけ、準備してもらったふかふかの布団で眠った。