東長崎のコーヒー店〈MIA MIA〉に 多くの人が集まる理由。 まちの新たなコモニング拠点とは
宿をつくり、まち歩きを始める
矢島: 店ができる前は、若い人は来ないと言われたと聞きましたが、
今日も若い人ばかりですよね。変わってきたのですか?
理恵: 人はいたのですが、場所がなかっただけだったのです。
このエリアはベッドタウンなので、実は若い人もかなり住んでいるんですが、
「寝るだけ」のまちでした。それが、コロナ禍で散歩に出るようになり、
自分の住んでいるまちに初めて目を向けたのだと思います。
「こんなエリアだったんだ」「こんなところにお店があった」
「私の居場所がここにある」とか。

矢島: この3年で変わったことと、おふたりが次にやりたいことはなんですか?
ヴォーン: すぐ近くには、僕たちが手伝ったイタリアンのお店
〈Cadota〉ができて、人気のお店になりました。
本屋さんもできましたし、自転車屋やパン屋さんもできる予定です。
次は宿をつくって、まち歩きをやってみたいです。
実は近々、物件の契約をする予定なのです。
理恵: MIA MIAにはいろいろな人が集まるし、
私たちが常に何かやっている姿を見える状態にしているので、
みんなが「これをやりたい」と言い出しやすい雰囲気にしたいとは思っています。
大学で教えていて、地域で何かをしたい学生が最近すごく多いと感じるのですが、
そういう仕事がまだ少ないのです。
でも、こうしてまちに出てみると、建築的知性とか、
建築的な動きや振る舞いが必要とされている場面がとても多くあるので、
今後はそうしたフィールドを仕事として耕していくこともできると思っています。
その結果「建築家がいるとまちが良くなる」みたいな未来を描けるといいなと。

矢島: 最後の質問です。「準公共」や「コモン」をどう捉えていますか。
理恵: 「公」と「共」と「私」があるとすると、
「共」と「私」の間の隔たりが大きい時代にいると感じています。
「私」は消費するだけになってしまっていて、
手を動かし、誰かと一緒に何かつくる機会が非常に奪われています。
もっと「私」が積極的にまちに関わったり、働きかける力を高めて
「共」につないでいくことが大切なのかなと。
私は「プロジェクト中心民主主義」を提唱している
イタリアのデザイン研究者エツィオ・マンズィーニが好きなのですが、
彼は「日々の選択が、日常の政治をつくり、それがコモンをつくる力になる」
と言っています。日々選択する力を練習する場所が、「準公共」だと思います。
そして、どこの世界も同じですが、似ている人だけで集まると
問題が精鋭化してしまい、問題意識が尖っていきますが、
いろいろな人と日々会っていると、すごく重要だと思っていたことが
問題とすら思えなくなる瞬間が多々あるのです。
そんな開かれた、コモンズをつくる練習をする場をつくっていきたと思っています。