連載
posted:2024.4.17 from:長崎県雲仙市 genre:食・グルメ / アート・デザイン・建築
〈 この連載・企画は… 〉
種を蒔いて芽が出て、花が咲いて実を結んで、また種を採る。
何十年、何百年も、地域の風土を記憶し、土壌で育まれながら、守り継がれてきた個性豊かな野菜たち。
その土地で種を守り続けている人々の営み。それらを次代に残していくために思いを紡ぐ「種の話」。
writer profile
Mariko Onishi
大西マリコ
おおにし・まりこ●編集者。 広島県出身。出版社勤務等を経てフリーライター・編集者として独立。雑誌やwebを中心に、ライフスタイルからビジネス、IT系まで幅広いジャンルで取材&インタビューを行う。
MARIKO ONISHI
photographer profile
Hiromi Kurokawa
黒川ひろみ
くろかわ・ひろみ●フォトグラファー。札幌出身。ライフスタイルを中心に、雑誌やwebなどで活動中。自然と調和した人の暮らしや文化に興味があり、自身で撮影の旅に出かける。旅先でおいしい地酒をいただくことが好き。
長崎県南部の島原半島に位置する雲仙市。
雲仙在住の種採り農家、岩﨑政利さんをはじめ、
地元の生産者によって守り継がれる、在来種野菜に魅了されて、
市内で取り扱う飲食店が増えたり、
都心部から話題のレストランが移転してきたり、
近年、雲仙の食文化はさらなる盛り上がりを見せている。
そんな小浜エリアの隣町である、
雄大な自然に囲まれた千々石町(ちぢわちょう)には、
まちに根ざしながら、地元の人だけでなく、
県内外の多くの人々を惹きつける場所がある。
店主の奥津爾さんが、2019年に始めたオーガニック直売所 〈タネト〉。
地域の気候風土に適応し、毎年種を採りながら何代にも渡って、
守り継がれる「在来種野菜」を軸に、半径20キロ圏内で生産された
農薬・化学肥料不使用の野菜を取り扱っている。
奥津さんは、もともと夫婦で東京・吉祥寺で料理教室や、カフェを運営する
〈オーガニックベース〉を主宰しながら、2013年からへ雲仙へ移住、
吉祥寺と雲仙を行き来しながら2拠点生活をしていた。
6年という時間をかけ徐々に雲仙に重心を移し、
2019年に地域のいいものに出合える、この直売所をオープンした。
この移住という大きな決断をした背景にあったのは、
雲仙で在来種野菜の種を守り継いでいた岩﨑政利さんの存在だった。
「岩﨑さんは40年以上も前から、50種以上の在来種の野菜を、
自家採種しながら育て、守り続けている。
おそらく世界中、歴史上で誰もやったことがないことを、
成し遂げている唯一無二の存在です。
2013年に東京で岩﨑さんの講演を聞いたときに衝撃を受けて、
岩﨑さんの畑を訪れたら、それは言葉にできない美しさでした。
黒田五寸人参の花が一面に咲き誇り、その甘い香りに誘われてミツバチが飛んでいて……。
その景色に心を打たれて『ここで暮らそう』と。
具体的に何をするかは決めずに、その3ヶ月後には雲仙に引っ越していました」
しかし移住後、地元で岩﨑さんの野菜が買えないことに気づいた奥津さん。
「岩﨑さんの野菜に惹かれて雲仙に来たのに、
どこにも販売されていないし、取り扱っているお店もない。
それどころか、地元でつくったオーガニック野菜のほとんどが、
都市部に出荷されていて、地元の人が買えないという状況でした」
「この土地で暮らす人たちに在来種野菜を届ける場が必要だ」
と考えた奥津さんは、地元農家と消費者をつなぐ拠点をつくることに。
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タネトで扱うのは、スーパーマーケットではほとんど見かけない、
珍しい品種の野菜がほとんどだ。在来種野菜を軸にすべてが半径20km圏内の
農薬・化学疲労不使用の野菜が冬は常時70種以上、端境期でも30種以上並んでいる。
ひとつとして同じものがない、個性豊かな形や大きさ、風味。
タネトに並ぶ、地元で採れた在来種野菜は、この土地になじんで、
長い間守り継がれてきた生命力、力強いエネルギーに満ちている。
さらに規格外の器や古本の販売や、アート展示も行われ、
多様なコミュニケーションが生まれる場としても、大事な役割を担っている。
「タネトで紹介している規格外の器や古本。
どれも本来なら捨てられてしまうかもしれないものです。
ギャラリーには並ばないけど十分かっこいい器や、まだまだ読める本。
流通にはのりにくいけど、おいしくて魅力的な野菜たちと通ずるものがある。
作家さんもそういった背景やストーリーに共感してくれて、
タネトだから託してくださるという方も多いです」
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在来種野菜を守るには、種をつなげる以前に、まずは知ってもらうことが大切。
人と人の出会い、学び、新しい物事につながるきっかけとして、
岩﨑さんの栽培技術を若手農家に伝える勉強会、
在来種野菜について学ぶ講座「雲仙たねの学校」の開催など、
この先、種を守る担い手の育成にも取り組んでいる。
その一環として、2021年から開催しているのが『種を蒔くデザイン展』。
今年は2月24日から3月25日の約1か月、雲仙を起点に、東京、横浜、
京都、大阪での開催に加えて、オンラインでも一部配信された。
「一見すると違う世界のように感じる農業とデザインですが、
どちらも『規格化されて消費されている』という共通点がある。
農業は効率化、大量生産が進み、野菜は一代で命を終える。
デザインはシーズンごとに次々と新しいデザインを打ち出さないといけない。
そこにつくり手の思いは反映されず、
ただただ消費されていくのってどうなんだろうと。
そういった問題に向き合うきっかけになれば、と思っています」
3月24日(土)〜25日(日)には、料理家の冷水希三子さんによる料理教室、
県外の料理人や店舗を招いた「種を蒔く日曜市」が行われた。
湯量が豊富で源泉温度は105℃と、日本一の熱量で知られる小浜温泉。
訪れた人がタネトで購入した野菜を、蒸気家に持ち込んで、
その味わいを温泉蒸しで楽しむというスタイルも定着した。
2021年から継続的に蒸気家との共同プロジェクトとして、
次世代を担う若者に向けて、インターンシップの受け入れを行っている。
それは、蒸気家に2〜3週間宿泊しながらSNSの運用を行い、
タネトでの接客、売り場づくりを通して、
在来種野菜の知識や店舗経営のノウハウを身につけていくというもの。
そして、タネトをオープンしてから約4年半が経った今、
何よりも実感しているというのが、
「土地の食文化が豊かになったこと」だという、奥津さん。
「1軒の直売所がまちにあることで、この地に暮らす人や料理人が、
地元の野菜を知ることができる。本来なら当たり前であるべきことが、
ようやく根ざしてきたような感覚があります。
野菜の持つ多様性や、種を守っていこうとする
次代を担う人たちが、この場所に集まり、学んで、育っていく。
こうして地域の食文化やまちが豊かになっていくと思うんです」
地元で採れた有機栽培の野菜がほしいと思っているお客さん、
育てた野菜を届けたい生産者や、在来種のことを知りたい人々。
訪れる人の思いと昔から営まれてきた人の手、
種を守り継ぐ人々の輪が、タネトを拠点に少しずつ広がっている。
Profile
奥津爾
〈オーガニックベース〉代表。薬物依存症のシンクタンク勤務を経て、2003年夏にオーガニックベースを、2007年春にベースカフェ(現在のヒトト)、2019年にオーガニック直売所〈タネト〉を立ち上げる。2013年には長崎・雲仙に移り住み、以来「種を蒔くデザイン展」「種と旅と」「THA BLUE HARVEST」「雲仙たねの学校」など、ライフワークとしてさまざまな企画を手がけている。
information
オーガニック直売所 タネト
住所:長崎県雲仙市千々石町丙2138-1
TEL:0957-37-2238
営業時間:10:00〜16:00
定休日:水曜
Web:オーガニックベース
Instagram:@taneto_unzen
種と旅と
日本中の料理人、農家、八百屋がつながり、全国同時多発的にその土地の在来種、伝統食を味わう祝祭「種と旅と」を青果ミコト屋とともに運営。2024年は5月に「森、道、市場2024」の1ブロックに、種と旅チームとして参加。夏には「種と旅と 東日本編」、冬には「種と旅と 西日本編」を開催する予定。
Web:種と旅と
Instagram:@tanetotabito
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