連載
posted:2024.3.29 from:岩手県盛岡市 genre:ものづくり / アート・デザイン・建築
PR 三菱UFJフィナンシャル・グループ
〈 この連載・企画は… 〉
日本の伝統的な工芸の文化や技術の継承に寄り添い、
これからのものづくりについて考えるとともに、その姿から変化の時代に必要なイノベーションを学ぶ「MUFG工芸プロジェクト」。
三菱UFJフィナンシャル・グループ(MUFG)の社員がそんな革新に挑戦する工芸の作家や工房を訪ね、
未来に生きるための新たな学びや気づきを共有していきます。
writer profile
Ikuko Hyodo
兵藤育子
ひょうどう・いくこ●山形県酒田市出身、ライター。海外の旅から戻ってくるたびに、日本のよさを実感する今日このごろ。ならばそのよさをもっと突き詰めてみたいと思ったのが、国内に興味を持つようになったきっかけ。年に数回帰郷し、温泉と日本酒にとっぷり浸かって英気を養っています。
photographer profile
Kohei Shikama
志鎌康平
1982年山形市生まれ。写真家小林紀晴氏のアシスタントを経て山形へ帰郷。2016年志鎌康平写真事務所〈六〉設立。人物、食、土地、芸能まで、日本中、世界中を駆け回りながら撮影を行う。最近は中国やラオス、ベトナムなどの少数民族を訪ね写真を撮り歩く。過去3回の山形ビエンナーレでは公式フォトグラファーを務める。移動写真館「カメラ小屋」も日本全国開催予定。 東北芸術工科大学非常勤講師。
http://www.shikamakohei.com/
南部鉄器では珍しい、つるんとした丸いフォルムが特徴的な〈あかいりんご〉。
今回は、この商品を生み出した岩手県盛岡市にある南部鉄器の工房〈タヤマスタジオ〉を、
三菱UFJ銀行仙台支店の久保誠一郎さん、真野和樹さん、
三菱UFJフィナンシャル・グループ経営企画部の松井恵梨さんが訪問。
業界では革新的な職人の育成方法を実践し、
現代のライフスタイルに馴染む鉄瓶のあり方を提案する、
代表の田山貴紘さんにお話をうかがいました。
岩手県を代表する伝統工芸品、南部鉄器。
「広い意味では、盛岡藩主の南部氏が盛岡城とともに城下町を建設する際、
生活の道具として職人に鋳物をつくらせたのが始まりといわれています。
諸説あるのですが1625年に始まり、来年で400年になります」
盛岡市で南部鉄器の工房〈タヤマスタジオ〉を営む田山貴紘さんは、
南部鉄器についてこう説明します。
〈タヤマスタジオ〉代表・田山貴紘さん。
狭義には、昭和49(1974)年にできた「伝産法」
(伝統的工芸品産業の振興に関する法律)によって、
材料などが詳細に定められているほか、
商標を持つ南部鉄器協同組合に加盟する事業者がつくったもの、とも。
400年もの歴史を有する伝統工芸品と聞くと、格式高そうな気がしてしまいますが、
盛岡市中央公園内にある工房はモダンな佇まい。
働いている職人も20代、30代がメインで、
一般的な伝統工芸のイメージとかけ離れています。
田山さんがこの道に入ったのは、30歳になる年。
それ以前は、関東で理系の大学院を卒業し、
健康食品メーカーの営業として全国を飛び回る日々を送っていました。
20代後半になって、自分が本当にやりたいことを考えるようになり、
東日本大震災が大きなきっかけとなってUターン。
そして南部鉄器の職人で、2018年には「現代の名工」として
厚生労働大臣から表彰を受けている、父の田山和康さんに師事します。
鉄を流し込むための鋳型をつくる工程。粗い砂から細かい砂へと何層も重ねていく。
「2013年1月から修業を始めて、
その年の11月にタヤマスタジオ株式会社を設立したのですが、
修業中の身なので起業のことは黙っていたんです。
父親はのちのちメディアを通して知ることになるのですが、
『おまえ、何やってるんだ』と怒られました(笑)。
会社をつくったのは、いろんなチャレンジをしたかったからなのですが、
言い換えると“変える”ということなのかもしれません。
何かを変える行為には、現状を否定するプロセスがどうしても入ってきますが、
そのために職人をいちいち説得するのは、おそらく相当手間がかかる。
自分で責任を持ってやるほうが早いだろうと思ったので、
実績を出して納得してもらおうと考えての決断でした」
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田山さんがまず変えたいと思ったのは、職人を育成するシステムでした。
高度経済成長の恩恵により、さまざまなものが安く手に入るようになり、
伝統工芸の分野においても効率を求められる時代が到来。
なかには専門性ではなく、効率を重視して分業化が進んだ工芸もあり、
その結果、ひとりの職人が最初から最後まで手がける流れが失われてしまったことは、
大きな課題にもなっているそう。
南部鉄器の場合は、一貫してつくることができるような育成を変わらずしてきたものの、
その領域に達するまでにかなりの時間がかかることが難点だと指摘します。
「私の父はいま73歳で、15歳からこの世界にいるのですが、
漆などを塗る最終段階の着色という工程に携われるようになったのは、
45歳のときだったそうです。なので全工程を通してできるようになるまで、
30年以上かかる育成の仕方だったんですよね。
経営面から見るとそれは、投資がずっと続くことも意味しています。
父はサラリーマン職人でしたし、
終身雇用が当たり前とされた時代だから成立した制作環境ともいえるので、
私は全工程を早めに経験する仕組みづくりに取り組むことにしました」
そして田山さん自身が、その実験第1号に。
真っさらの状態から父・和康さんの下で修業して、
どのくらいで“商品”をひとりでつくることのできる職人になれるのか、
その間、経営的に成立するのか、自ら経験しながら検証していきます。
「その過程で、父は60年近い職人人生のなかで、
誰がつくってもある程度高い品質のものができあがるように、
工程や技術を頭の中で体系立てて捉えていることがわかりました。
そしてそういった人から教えてもらえれば、
筋道立てて正しく覚えられることも実体験としてわかりました。
美術的な要素が入ったものは別ですが、商品レベルであれば
3年修業すればつくることができるという結論に至って、
2017年から職人雇用を始めました」
そんな田山さんの話を興味津々に聞いていたMUFGの久保さん。
「継承からの育成というのは、伝統工芸に限らず、
どの企業でもいま必要性を感じていることだと思います。
とはいえ、疑問に感じたことを変えていける環境は、なかなかないものですよね。
多くの人が手を出せないところに田山さんは挑戦されていると思いますし、
お父様の存在も大きいのでしょうが、トライアンドエラーができる環境を
つくられていることがすばらしいですよね」
右から田山さん、三菱UFJ銀行仙台支店の真野和樹さん、久保誠一郎さん、三菱UFJフィナンシャル・グループ経営企画部の松井恵梨さん。
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職人育成が、ひとつのかたちとして結実したのが
2019年に販売をスタートした〈あかいりんご〉という鉄瓶と、そのプロジェクト。
南部鉄瓶といえば、細かい突起があしらわれた
「あられ」という伝統模様をイメージする人も多いはず。
しかしあかいりんごは表面がつるりとしていて、名前のとおり
大きなりんごを彷彿とさせる、親しみのあるフォルムをしています。
着色は、鉄瓶の風合いや色味が決まる大事な工程なので、通常は工房の師匠が行うケースが多い。音や煙の出方によって七輪の空気窓を調整して、温度管理をしながら漆を焼きつけていく。
松井さんが
「このデザインはどういう発想から生まれたんですか?」と尋ねると、
「あられの南部鉄瓶って、昔ばなしに出てきそうとか、
囲炉裏が似合うというイメージがありますよね?
それはそれで重厚でかっこいいのですが、いまの生活シーンで使うのであれば、
もう少しミニマルなデザインのほうが馴染むのではないかと思っていました。
もうひとつ工程として重要なのは、模様をつける作業がないこと。
のちのちの調整がきかず、高い技術を必要とする作業なので、
ここをカットすることで若手の職人でも全体を通して携われるようにしたのです」
と田山さん。
南部鉄器の作業工程は100以上あり、従来、入門して間もない職人は
ほんの一部にしか携わることができませんでした。
少しずつできる工程は増えてはいくものの、
それだといつまでたっても全体像を把握できず、
自分が担当している工程がなぜ必要なのか理解を深めることもできません。
またすべてを手がけて商品として送り出すことは、
職人の自信と責任感にもつながると田山さんは考えます。
「経験を積めば、たぶん誰でも一定のレベルまでは行けるので、
そこから先は個々のセンスや哲学で、どんどんものづくりを追求していけばいい。
そう考えたら、一定のレベルまでは
早くたどり着いてしまうに越したことはありませんよね。
そこに時間をかけすぎてしまうと、業界全体としての技術も
下がってしまうと思うのです」(田山さん)
鋳型が乾く前に、棒やヘラなどで模様を描いていく工程。「光ではなく影を見て凹凸を判断するので、暗い時間帯のほうが作業しやすいんです。今日も朝4時から仕事をしています」と田山さん。
真野さんも
「たしかに『将来役に立つはずだから、いまがんばっておこう』という考え方は、
いつでもできるわけですよね。だったら基本的な技術を習得してから、
自分なりに試してみればいい。そうすることでいろんな方向に花が開いたら、
業界全体も盛り上がりますよね」と納得します。
職人が習熟度を客観的に知るのに役立っているのが、
表計算ソフトを使った日々の作業記録。
各作業を170ほどに分けて、それぞれの標準的な所要時間を設定し、
それに対してできあがった個数を記入していくことで、
現状把握だけでなく成長の過程も見ることができます。
「こういったシステムを見ると、日誌の重要性を痛感しますね。
管理職としては、1日を何にどう使ったのか記録するように指導するのですが、
実際にやる側は難しかったりするので、
継続して実践されていることがすばらしいですね」(久保さん)
田山さんの職人技を間近に見ることができ、3人も感嘆の声を上げる。
「ほかにもいま、AIの企業と岩手大学との共同研究で、
不具合のあった商品の原因をAIで検証する実験を進めています。
なぜそういったことをするかというと、仮に職人を10人集めて
不具合の原因を尋ねたら、たぶん10通りの答えが返ってくるんですよね。
それだとどれが正しいのかわからず、改善につながらない。
この実証実験では、父の知見と岩手大学工学部が持つ鋳造の学術的知見を用いていて、
適切なプロセスでトラブルシューティングが可能になることを期待しています」(田山さん)
AIを活用して不具合の原因を分析する、実証実験。
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あかいりんごは、2017年に立ち上げた自社ブランド
〈kanakeno〉の人気商品になっていて、このブランド名にも
南部鉄器に対する田山さんの思いがこもっています。
語源の「金気(かなけ)」は、鉄瓶などでお湯を沸かすときに染み出る赤黒い渋、
端的に言うとサビのことで、そこに助詞の「の」をつけたネーミングだそう。
デザインだけでなく、女性でも扱いやすい重さ、水を入れやすい大きめの蓋、可動式の持ち手、湯切れのよさ、IH対応など、日々使うものだからこそ機能性にもこだわっている〈あかいりんご〉。
「本来、鉄瓶はさびる道具です。どう使っても多少はさびてくるし、
それが正しい状態なのですが、サビは一般的にネガティブなイメージがありますよね。
さびないほうがいいからとステンレスのやかんを選ぶと、鉄分の補給や、
お湯がまろやかになっておいしくなるような鉄瓶の良さも削ぎ落としてしまいます。
サビをしっかり許容しないと良さも享受できないので、
ネガティブと思われているサビの意味や価値を捉え直していきたいのです。
要は温故知新ですよね。古さのなかにも、
新しさや現代に通じるような価値があると思うので、
それをしっかり学んだうえでチャレンジしていくことを心がけています」(田山さん)
「そもそもステンレスと張り合うものではないでしょうし、
さびる特性を持つのに、さびないことをメリットにはしたくないですよね。
一見ネガティブなことにどう価値を与えるか、
職種は違いますが私たちも考えさせられるところがあります」(久保さん)
〈kanakeno〉の商品をはじめ、全国の手仕事を中心とした作品を揃えるショップ&ギャラリー〈SUNABA〉。定期的に企画展も開催。併設する工房の作業風景をガラス越しに見ることができる。
ひと昔前の職人はつくることに集中するのが本分だったのでしょうが、
田山さんは南部鉄器を広めること、日常的に使ってもらうことにも情熱を注いでいます。
工房と併設するショップ&ギャラリー〈SUNABA〉では、
茶器やお菓子など、鉄瓶とともに楽しめる雑貨・食品を販売。
同じつくり手の目線で、岩手県内外の作家の作品を紹介しています。
企画展に並ぶ、〈桜雲窯(おううんよう)〉松田あきこさんの作品。岩手の作家で、田山さんと松田さんの父親同士が知り合いだそう。
さらに、古くから南部鉄器の工房が集まる盛岡市中心部で
カフェ&ショップ〈お茶とてつびん engawa〉を営み、
南部鉄器を体験できる場として、
鉄瓶で入れたお湯を使ったドリンクを楽しむことができます。
盛岡市中ノ橋通にあるカフェ&ショップ〈お茶とてつびん engawa〉。昭和20年に建てられた元写真館の建物で、住居スペースだった和室を喫茶室にしている。
engawaという店名について、マネージャーを務める齊藤克俊さんはこう話します。
「縁側は内と外をつなぐ曖昧なスペースで、日本独特の様式といえます。
鉄瓶を知っている人と知らない人をつなぐことで、
その良さに気づいてもらいたいという思いで、田山がつけました」
engawaのマネージャー、齊藤克俊さん。鉄瓶を扱う様子を間近で見ることができ、素朴な質問にも丁寧に答えてくれる。
その縁側が見える和室に座り、鉄瓶で沸かしたまろやかな白湯とコーヒーを飲みながら、
MUFGのみなさんがタヤマスタジオを訪れた感想を語り合いました。
「南部鉄器の工房ということで、
いい意味での古めかしさがあるのかなと想像していたのですが、
伝統を守りつつも現代に受け入れられるように、商品や広め方を考えていらっしゃる。
その工夫がすばらしいと思いました。
そういったことにチャレンジしている工房だからこそ、
若い職人が魅力を感じて集まってくるのでしょうし、
結果として伝統が次の世代に受け継がれていくことで、
まさに田山さんの思い描いたかたちになっていくのだろうと思い、
勉強になりました」(真野さん)
「あかいりんごの洗練されたイメージにぴったりの工房でしたよね。
その片隅に、昔ながらの無骨な南部鉄器があるのを見つけて、
個人的にはぐっときました。まるで若い職人たちを見守っているかのようで、
それも含めてすてきな空間でしたね」(久保さん)
「田山さんのお話をうかがえばうかがうほど、革新的だと感じました。
お父様が30年かかったことを3年でできるようにしたり、
職人がどの立ち位置にいるのかをデータで管理したり、
AIで不具合を分析する研究を進めていたり……。
ひとつひとつの取り組みが革新的で、それらが総合されて
あかいりんごとして表現されていることが、訪ねてあらためてわかりました。
我々はものづくりとは異なる分野ですが、働くというところでは
気づきがたくさんありました」(松井さん)
来年、400年の節目を迎える南部鉄器。
途絶えなかった一番の理由は、やはり道具として人々が必要としてきたからでしょう。
現代の感覚を取り入れた田山さんのアプローチは、
次の時代への大きな布石にもなるはずです。
information
kanakeno
Web:kanakeno
information
ショップ&ギャラリー
SUNABA
住所:岩手県盛岡市本宮字荒屋25-11 盛岡市中央公園 BeBA TERRACE内
TEL:019-656-1215
営業時間:11:00~17:00
定休日:火曜
Instagram:@sunaba.official/
information
お茶とてつびん
engawa
住所:岩手県盛岡市中ノ橋通1-5-2 唐たけし寫場1F
TEL:019-656-1089
営業時間:水~金曜 11:00~17:00(ランチ14:00L.O.)
土・日曜・祝日 8:00~17:00(モーニング10:00L.O.、ランチ14:00L.O.)
定休日:月・火曜
Instagram:@engawa.morioka/
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