千葉県松戸市みのり台〈あかぎハイツ〉 大家さんの手で、ピンチをチャンスに。 「ほのぼの」マンション

omusubi不動産 vol.2

はじめまして。おこめをつくるフドウサン屋〈omusubi不動産〉の
落合紗菜(おちあい さな)と申します。

2021年7月にomusubi不動産に入社。
賃貸営業と物件のPR担当を経て、現在は広報を担当しています。
まだまだ精進中の身です。

私たちomusubi不動産は「自給自足できるまちをつくろう」を合言葉に、
毎年、手で植えて手で刈るアナログな田んぼを続けながら、
空き家を使ったまちづくりを生業としています。
この連載では、omusubi不動産の個性豊かなメンバーが代わる代わる
(時には代表の殿塚も)書き手となり、思い入れの深い物件とその物語をご紹介します。

連載2回目は、omusubi不動産はこの物件なしでは語れない!という存在、
omusubi不動産が扱った第1号物件の〈あかぎハイツ〉についてご紹介します。

あかぎハイツに入居する、omusubi不動産松戸本店。

あかぎハイツに入居する、omusubi不動産松戸本店。

〈あかぎハイツ〉とは?

あかぎハイツは、千葉県松戸市稔台で50年以上続く賃貸マンション。
オーナーの赤城さんご家族が、代々受け継いできたこの建物を
大切にメンテナンスしながら、入居者さんと
「近すぎず、遠すぎず、だけど何かのときには頼りになる」
という距離感で日々運営されています。

赤城家の先代たちは、戦後開拓者としてこの地に入り、
養豚業などさまざまな職業を経て、1975年にあかぎハイツを誕生させました。

今から20数年前までは1階で〈あかぎマート〉というスーパーマーケットを営み、
近所の個人商店とともに下町の雰囲気があったこのエリアを盛り上げていたそう。
近所に大型スーパーができたこともあり、残念ながら2002年頃には惜しまれながら
閉店してしまいましたが、長年にわたってまちの人の暮らしの拠点となっていました
(当時の写真はあかぎハイツHPにて、ぜひご覧ください)。

かつてスーパーだった1階部分には、現在、美術書店〈smokebooks〉さんや
アンティーク店〈North6 antiques〉さん、野菜のレストラン〈亀吉農園別館〉さんなど
人気店が軒を連ねています。

そして2020年3月にはomusubi不動産も入居。
スタッフが増えて手狭になっていた事務所を拡大すべく、
創業の地である松戸市八柱からあかぎハイツ1階に拠点を移しました。

omusubi不動産が入居する前、空室時のテナント。

omusubi不動産が入居する前、空室時のテナント。

〈横浜美術館〉が約3年の休館を経て リニューアルオープン 約170か国の人が暮らす横浜で、 美術館が多様な人々に“ひらかれる”とは

(credit)撮影:新津保建秀

2021年3月から約3年間、休館していた〈横浜美術館〉。
2024年3月15日(金)の『第8回横浜トリエンナーレ』開幕と同時に
リニューアルオープンします。

リニューアルオープンを前に、
ミュージアムメッセージ「みなとが、ひらく」が発表されました。

メッセージが生まれた背景や願い、リニューアル後の美術館がどんな場所になるのか
館長の蔵屋美香さんに聞きました。

港町、横浜の美術館からのミュージアムメッセージ「みなとが、ひらく」

横浜美術館のミュージアムメッセージ

発表された「みなとが、ひらく」という横浜美術館のミュージアムメッセージは
美術館ではたらく職員へのヒアリングや議論を重ねて誕生したものです。

館長の蔵屋美香さんは当初、
横浜のあちこちで使われる“港”という言葉を使わないメッセージを考えていました。
しかし、どうもしっくりくる表現にたどり着かなかったのだとか。
ミュージアムメッセージの作成を依頼したコピーライターの国井美果さんから
“港”から逃げていてはきちんとした意思表明にならない。
改めて“港”とはどういうことなのか、正面から考えましょう
と提案され、港町にある美術館として“港”と向き合うことになりました。

そして最終的な候補となったのは「みなとを、ひらく」。
しかし蔵屋さんはあと一歩だと感じていました。
美術館という港が開いて、たくさんの人や文化、作品を招き入れること以上に
訪れる人自身も"開いて"もらいたいと考えていたからです。

「『みなとを、ひらく』では、美術館が主語となって
港を開いているだけに聞こえると思ったのです。
お客様にも、従来の常識や固定観念のようなものから解き放たれて、
世界がパーっと開いていくような経験をこの美術館でしていただきたい。
それこそが私たちが伝えたいことでした」

「みなとを、ひらく」から「みなとが、ひらく」に変わったのは
なんと、議事録用メモの誤字がきっかけでした。

「港そのものが主体となって自分で自分を開いていくような、
視界が遠くまで広がって、明るく見晴らしのいいイメージが湧いてきました」

こうして横浜市民や美術館を訪れるすべての人に向けたメッセージ
同時に美術館の職員にとっては行動指針となるミュージアムメッセージが
「みなとが、ひらく」となったのでした。

秋田市〈シェアハウス 治五右衛門〉 オーナーとともに事業をつくり、 空き家の価値を上げる

SEE VISIONS vol.4

前回からだいぶ時間が経ってしまいましたが(申し訳ございません)、
連載が4回目となりました。
株式会社See Visionsの東海林 諭宣(しょうじ あきひろ)です。
今回もどうぞよろしくお願いします。

2023年7月、秋田県では豪雨災害に見舞われ、
私たちの活動する秋田市南通亀の町も、水に浸かりました。
次回お伝えする〈ヤマキウ南倉庫〉は災害支援の拠点として、
多くの方々が地域のために活動する中心的な場所になりました。

リノベーションによって使われていない空間をまちに開くことの意義が、
このような非常事態にも発揮されるのだとあらためて気づきました。
全国のみなさまのご支援により、亀の町は通常通り営業できるようになりました。
ありがとうございました。詳しくは、次回以降にお伝えしたいと思います。

災害支援拠点となった秋田市南通亀の町の〈ヤマキウ南倉庫〉。

災害支援拠点となった秋田市南通亀の町の〈ヤマキウ南倉庫〉。

さて、これまでは僕たちの拠点である亀の町の変遷をお伝えしてきました。
2015年に〈ヤマキウビル〉(詳しくはvol.2-3)という
一棟のリノベーション拠点ができたことをきっかけに、
僕たちのもとにリノベーション事業の相談が多くやってくるようになりました。

たくさんのオーナーさんと出会い、お話をうかがうと、こんな意見がありました。

「使ってはいないけれど、思い入れがあって手放せない」
「維持をするにも売るにも、ご近所さんや親戚の目が気になってしまう」
「誰かに使ってもらいたいけれど、活用の仕方もわからない」

さまざまな理由や思いによってなかなか売るには至らず物件が置き去りにされてしまう。
これが全国の空き家・空き店舗問題の最たる理由なのかなぁと実感し始めました。

しかし、〈ヤマキウビル〉をはじめとする僕たちのリノベーション事業は、
「オーナーさんと一緒に事業をつくっていく」ということに自負があるため、
事業計画も含めて物件活用方法を提案し、
さまざまな課題をオーナーさんと一緒に解決してきました。

今回はその代表例のひとつ〈シェアハウス治五右衛門(じごえもん)〉について
お伝えしながら、「オーナーさんと育む空き家活用方法」を紐解いていきたいと思います。

敷地に価値なし、エリアに価値あり

舞台となったのは、僕たちの拠点である亀の町から5キロほど離れた
秋田市西部に位置する新屋地区。豊富な湧水や味噌、醤油などの醸造業がさかんなまちで、
奥行きの長い「町屋建築」など歴史的なまちなみも多く残るエリアです。

ご相談をいただいたのは、小松田園子さん。
小松田さんのご実家は約150年続いた呉服店で、
ご実家でひとり暮らしをしていたお兄様が亡くなり、生家を相続することになりました。

内蔵を残した状態で建て替えていたため、内蔵つきの築25年の住居。

月に1度くらいは、小松田さんが現在暮らす横手市から片道1時間ほどかけて
ご実家に戻って風を通したり、お掃除したり、そしてお仏壇もとても大切にされていました。

建物の状態は良く、そのまま住むこともできるほどきれいでしたが、
ひとりで維持するには大変なほど部屋数が多く、蔵の中には物がたくさん。
それでも、大切にしてきたお仏壇もあるし、自分が帰れる場所として手放したくはない。

そんな問題を抱えていたときに、亀の町のリノベーション事業をご覧になって
僕らのもとに連絡をくださいました。すぐに当時リノベーション事業部にいた
筒井友香(現 あくび建築事務所代表)とともに内見しに行きました。

ビフォー。物件の裏側と裏庭。リノベーションは元の物件をよく観察してイメージを膨らませています。

ビフォー。物件の裏側と裏庭。リノベーションは元の物件をよく観察してイメージを膨らませています。

編集者・ルーカスB.B. 焼津を第2の拠点に、新たな旅を始める

焼津での生活は予期せぬものだった

ルーカスB.B.。伝説的なユースカルチャー雑誌『TOKION』を創刊した人であり、
現在も20年以上続くトラベル・ライフスタイル誌『PAPERSKY』の編集長を務める、
“つくり続けている”人だ。

東京を拠点に各地を旅するように活動するルーカスさんが、
静岡県焼津市との二拠点生活を始めたと聞いて、焼津にある彼の家へと向かった。
日本各地を取材で訪れるルーカスさんは、なぜ焼津を第2の拠点としたのだろうか。

民家が並ぶ道路を走っていると、
突如ほかの民家とは明らかに異なる前庭を持つ民家が現れた。
明るい白系の石が敷き詰められた駐車場、庭にはミモザやオリーブの木が植えられ、
タイルで囲われた小さなプールもある。一目でそれとわかるルーカスさんの家だ。

ルーカスさんが住む焼津の家。家の正面左に見えるガラスの扉を開けると、ルーカスさんのオフィススペースがある。

ルーカスさんが住む焼津の家。家の正面左に見えるガラスの扉を開けると、ルーカスさんのオフィススペースがある。

「僕はカリフォルニア出身だけど、庭はその雰囲気に寄せてるんだよね。
サボテンやソテツもある。
オフィスの窓を開けるとそこから植物の様子がよく見えていいんだよ」

出迎えてくれたルーカスさんは、異国情緒あふれる庭のこだわりを語ってくれた。
ルーカスさんがスケッチを書き、
庭師さんに見せてイメージを共有しアイデアをもらうというキャッチボールを繰り返した。

石の間には本当はクローバーを敷き詰めたいのだそう。「それはまだまだこれからだね」。

石の間には本当はクローバーを敷き詰めたいのだそう。「それはまだまだこれからだね」。

庭の植物

ルーカスさんのこだわりと遊び心はこの庭だけでなく、
どうやら家の随所に生かされているようだ。
家の中にお邪魔すると、新しくリノベーションを施した部分と、
もともとの日本家屋の雰囲気が見事に調和した空間となっている。

そもそもこの家は、ルーカスさんのパートナーの香織さんの実家だというが、
どうして焼津と東京の二拠点生活を始めることになったのか。
ルーカスさんに案内されたオフィススペースをインタビュー場所に、
まずはその経緯を訊ねた。

「この家には妻の父親と祖母がもともと住んでいたんだけど、
おとうさんが脳梗塞になってしまって、介護施設に入ることになったんだ。
だけどそうなるとおばあちゃんひとりになってしまうから、
僕らが一緒に住もうということになったんだよね。
妻は実家に戻ることをあまりイメージしてなかったみたいだけど、
僕はいいんじゃないかと思った。それがだいたい3年ぐらい前かな」

ルーカスさんの横顔

そうして東京と焼津を行き来する生活が始まったが、あるひとつの問題が浮上した。

「この家には近所の人やおばあちゃんの友だちがやってくるのね。
僕は玄関横の部屋でよく仕事をしていたんだけど、
みんな僕が仕事していると思ってないから、
おばあちゃんたちの話し声とか笑い声がすごい(笑)。
リモートで打ち合わせしてるときにもその声が入っちゃったりするから、
家の中で問題なく仕事できる場所がほしかったんだ」

築70年近く経っていた家の改装と合わせて、
ルーカスさんは焼津における自らの快適な仕事場をつくろうと考えた。

『札幌国際芸術祭2024』が開幕!  厳冬期の札幌で、 「雪」をテーマに未来を見つめる

初の冬季開催となったSIAF2024のテーマは「LAST SNOW」

6年半振りとなる『札幌国際芸術祭』が、1月20日に開幕した。
これまで3年スパンで開催されてきたが、2020年はコロナ禍のため中止に。
幻となってしまった企画も多数あったが、その後も札幌のアートファンを増やす
地道な取り組みを続け、今年ついに開催まで漕ぎ着けた。

『札幌国際芸術祭2024』(以下、SIAF2024)の最大の特徴は、冬に開催されること。
過去2回は夏開催だったが、北国の個性が際立つのは、なんといっても雪の季節。
札幌の1年間の降雪量は平年約5メートル。
世界的に見ても、人口100万人以上の「大都市」で、
これほどの降雪量があるのは札幌だけだそうだ。
豪雪都市で行われるSIAF2024のテーマは「LAST SNOW」。
札幌市内6会場を中心に、10か国以上、約80組のアーティストの作品が展示されるほか、
冬ならではの屋外イベントなどが、37日間にわたって展開される。

筆者は12年前に東京から北海道に移住し、
北国の冬は「雪」とどのように向き合うかが最大の課題であることを知った。
そこで今回、芸術祭の「LAST SNOW」というテーマを、北国目線でリポートする。

総合インフォメーションセンターは、〈札幌文化芸術交流センター SCARTS〉。まずはここでガイドブックなどを入手しよう!

総合インフォメーションセンターは、〈札幌文化芸術交流センター SCARTS〉。まずはここでガイドブックなどを入手しよう!

まずは芸術祭のディレクターである小川秀明さんが、
「LAST SNOW」に込めた思いを紹介。
小川さんは、オーストリア・リンツ市にある
アートとテクノロジーの世界的文化機関として知られる
『アルスエレクトロニカ』のフューチャーラボ部門の共同代表を務め、
メディアアートの先進的な取り組みに長年関わっている。

ディレクターの小川秀明さん。2007年からリンツ市で活動を始め、アルスエレクトロニカにて、アーティスト、キュレーター、リサーチャーとして活躍してきた。

ディレクターの小川秀明さん。2007年からリンツ市で活動を始め、アルスエレクトロニカにて、アーティスト、キュレーター、リサーチャーとして活躍してきた。

2020年以降の世界的なパンデミック、分断、紛争、戦争など、私たちは、絶え間ない危機の中で生きています。加速するテクノロジーの発展と、それによって急速に変容する社会。そして、地球規模の気候変動の影響は、私たちの生活をゆっくりと、しかし確実に変化させています。札幌では当たり前のように存在しているはずの「雪」の意味や、雪が作り出す風景も、21世紀末には現在とは異なるものになると予測されています。
この芸術祭では、そのような未来の地球、社会、コミュニティー、生活のための変革と創造に焦点を当てます。(中略)
「LAST SNOW」は、このような未来に向けた創造と行動を呼びかけるものです。
私たちは、ただ未来がやってくるのを待ち、それを受け入れるだけなのか。
それとも、これをラストチャンスととらえ、未来に向けて何かを始めることができるのか。 

SIAF2024 ディレクターメッセージより一部抜粋

副題としたのは「はじまりの雪」。
英語では「Where the Future Begins」、アイヌ語では「ウパㇱテ」。
雪を意味する「ウパㇱ」を語源に考えられた「ウパㇱテ」は、
「雪とともに未来に向けて走り出してみる、雪を通して互いに気づきあってみる」
という今回のテーマに相応しいイメージを重ねたそうだ。

〈札幌国際芸術祭2024〉開催中! 初の冬開催で 〈さっぽろ雪まつり〉とのコラボも

札幌で世界の最新アート作品に出合える、3年に1度の特別なイベント

1月20日から開催がスタートした〈札幌国際芸術祭2024〉。
新型コロナの影響を受け、実に6年半振りの開催となります。

今回のテーマは「LAST SNOW」。

〈札幌国際芸術祭2024〉

世界的なメディアアート研究機関〈アルスエレクトロニカ・フューチャーラボ〉の
共同代表も務めるアーティスト・小川秀明さんをディレクターに迎え、
約80組の国内外アーティストの作品を展示するほか、
北国の冬ならではの屋外イベントや市民参加型プロジェクト、
企業や団体とのコラボレーションが実施されています。

宮田彩加《MRI 20110908》2016- Photo by TAKASHIMA Kiyotoshi

宮田彩加《MRI 20110908》2016- Photo by TAKASHIMA Kiyotoshi

会場は札幌市内の6か所を、過去から現在、
そして100年後の未来をめぐる「200年の旅」
(未来劇場、北海道立近代美術館、札幌文化芸術交流センター SCARTS)と、
未来志向で人々の創造性を生み出す「未来の冬の実験区」
(札幌芸術の森美術館、モエレ沼公園、さっぽろ雪まつり大通2丁目会場)という
ふたつのストーリーに分けて設計。

会場のひとつとなるモエレ沼公園。Photo by TAKUMA Noriko

会場のひとつとなるモエレ沼公園。Photo by TAKUMA Noriko

銭湯入り放題の特典付き! 奈良県御所市にある古民家物件が 入居者を募集中

銭湯の「番頭候補生」を兼ねた入居者も同時募集

奈良県の西南部に位置し、すぐそばには金剛山や葛城山がそびえ立つ
自然豊かなまち、御所市(ごせし)。

このまちで100年近い時を刻んできた長屋を改修した住居
〈赤塚長屋(あかつかながや)〉で入居者を募集しています。

奈良県の西南部に位置する御所市(ごせし)

この古民家の再生に携わるのは「文化財をまもる、いかす」をミッションに、
主に奈良県下で歴史的建築物などの文化財を活用した持続可能なまちづくり事業を
展開する企業〈御所まちづくり〉。

同社は、御所市の中心街「御所まち」で2008年に廃業した銭湯〈御所宝湯〉を復活させ、
さらに近隣4棟の古民家物件も宿泊施設やガストロノミー・レストランに開発した
「泊・食・湯」分離の分散型ホテル〈GOSE SENTO HOTEL〉を2022年にオープンし、
まちの活性化に一役買っています。

大正7年創業の万年筆本舗をリノベーションした宿泊施設〈RITA 御所まち〉。

大正7年創業の万年筆本舗をリノベーションした宿泊施設〈RITA 御所まち〉。

かつての自転車屋の面影を残した、昭和レトロな宿泊施設〈宿チャリンコ〉。

かつての自転車屋の面影を残した、昭和レトロな宿泊施設〈宿チャリンコ〉。

同じ御所まちに完成した〈赤塚長屋〉は、空き家などの古民家をリノベーションする
同社の住居事業「narrative house」の第1号物件となります。

きっかけは、古民家活用が抱える「設計・施工の難しさ」「用途開発・資金調達の
困難性」といった性質により開発期間が長期化し、その間にも守るべき古民家が
更地になっていく姿への問題意識からでした。

そこで、短い期間かつ比較的コストを抑えて古民家を救える方法のひとつとして
narrative houseをスタートし、それぞれの建物が持つ歴史や⽂化、営みといった
物語(narrative)をできる限り残すかたちで改修し、住居としての市場価値を与え
流通させる取り組みを行っています。

「新築住宅と⽐べると、決して快適な空間ではないかもしれませんが、⼿間のかかる
不⾃由さを享受し、⼯夫を凝らして過ごす⽣活、建物に寄り添いながら暮らす⽇常を
提案します」と、〈御所まちづくり〉の担当者は話します。

「narrative house」の取り組み。

「narrative house」の取り組み。

そんな想いのもとに生まれた〈赤塚長屋〉は、長屋独特の奥行きある空間を
効率的に使うための「通り土間」や、古民家ならではの木材や土壁などの
自然素材をしつらえ、伝統的な住まいが持つ本来の魅力を感じることができる
住居となっています。

〈赤塚長屋〉の内観。

〈赤塚長屋〉の内観。

空き家の活用でコミュニティをつくる。 松戸から始まった 〈omusubi不動産〉の挑戦

omusubi不動産 vol.1

はじめまして。
おこめをつくるフドウサン屋〈omusubi不動産〉の
殿塚建吾(とのづか けんご)と申します。

僕たちは「自給自足できるまちをつくろう」を合言葉に、
毎年、手で植えて手で刈るアナログな田んぼを続けながら、
空き家を使ったまちづくりを生業としています。

2023年の田植え。農家のきいちさん、オーガニックレストラン〈CAMOO〉さんとともに。(撮影:Hajime Kato)

2023年の田植え。農家のきいちさん、オーガニックレストラン〈CAMOO〉さんとともに。(撮影:Hajime Kato)

もともと、父方が不動産屋で母方が農家。
でも僕はお笑いの裏方をやりたかった。

青年期にそんなモヤモヤを抱えながら立ち上げたのが、omusubi不動産でした。

得意だった不動産業を生業にしながら、憧れる農家のライフスタイルを目指し、
一芸のある方が活躍できる場をつくる会社です。

本社は僕の出身地である千葉県松戸市にあり、
東京都下北沢の〈BONUS TRACK〉という新しい商店街のなかにも支店があります。

事業部は4つあります。

①賃貸(DIY賃貸)

②売買(リノベ再販)

③場の運営(シェアカフェ・シェアアトリエなど)

④まちづくりの企画(芸術祭運営、クリエイティブな不動産開発)

地域でチャレンジする方に場を提供する不動産業やシェアスペースの運営のほか、
イベントやフェスティバルなど地域の人が活動したり交流できたりする機会をつくる。
そのサイクルがぐるぐる回るように心がけ、まちが良くなればいいなと日々奮闘しています。

メンバーは約20名です。
不動産会社、まちづくりやデザイン会社の出身者をはじめ、
画家、漫画家、靴職人さんのいる不動産チーム、
元警察官の営業マンに、元バンドマンのコミュニティマネージャー、
演劇の演出家をしているまちのコーディネーター、
元DJの人事など、一緒に働くメンバーもバリエーションにあふれています。

田植えの準備として、スタッフみんなで畦(あぜ)を補修する日。極寒の作業後の集合写真!

田植えの準備として、スタッフみんなで畦(あぜ)を補修する日。極寒の作業後の集合写真!

とってもありがたいことに、私たちは2024年4月で10周年を迎えます。

この連載では、担当メンバーとともに各プロジェクトについて振り返りながら、
めっちゃ大変だけどおもしろい「空き家×コミュニティづくり」の
リアルをお伝えできたらなと思っています。

かつて僕は〈リノベのススメ〉に掲載されていた
MAD City プロジェクト〉のメンバーでもありました。
10年以上の時を経て、同じ連載に携われるのは本当に感慨深く、
とってもとってもうれしく思います。

今回はこれから始まる連載のプロローグとして、
僕らの活動全体をざっくりとご紹介させていただきます。

神戸〈東遊園地〉 “幸せな風景”をデザインし 人が集まる公園に

この連載は、日本デザイン振興会でグッドデザイン賞などの事業や
地域デザイン支援などを手がける矢島進二が、
全国各地で蠢き始めた「準公共」といえるプロジェクトの現場を訪ね、
その当事者へのインタビューを通して、準公共がどのようにデザインされたかを探り、
まだ曖昧模糊とした準公共の輪郭を徐々に描く企画。

第3回は、現代のパブリック・パークのあり方として高く評価され、
2023年度グッドデザイン・ベスト100を受賞した、神戸市の〈東遊園地〉。
このプロジェクトを発意し、実現させた
〈リバーワークス〉の村上豪英さんに話を聞いた。

「砂漠のように」寂しかった公園を、
村上さんが8年間、行政と対話を続け、社会実験を重ねながら、
神戸市民にとっての「幸せな風景」にデザインしたプロジェクトだ。

市が長年管理していた公園を、Park-PFIを活用しながら、
民間人がどうやってパブリック性とプライベート性を見事に融合させ、
まさに「準公共」と呼べる理想的な市民のための公園に生まれ変わらせたかを探る。

建設業はまちに貢献できる仕事

矢島進二(以下、矢島): 昨晩(2023年10月29日)は、
公園内で「ナイトピクニック」という恒例のイベントを開催したそうですが、
いかがでしたか?

村上豪英(以下、村上): 満月だったからか、
予想をはるかに超える人たちが来てくださいました。
今年の夏は猛暑で、ようやく気候もよくなったこともあり、
初めて来園する方も多く、隙間がないくらい多くの市民で賑わいました。
とてもうれしい反面、新しい課題も見つかりました。

矢島: そうだったのですね。まず、村上さんの経歴を教えてください。

村上: 私は1972年に神戸で生まれ、子どもの頃からずっと自然が好きでした。
京都大学大学院で「生態学」を勉強し、卒業後は三和銀行系のシンクタンクに入社し、
自治体の政策づくりのサポートなどをしていました。
その後、〈村上工務店〉へ転職し、現在は代表取締役社長をやっています。

〈リバーワークス〉代表の村上豪英さん。「社会実験をしていた頃はいつも、スーツじゃなくてパーカーかTシャツを着ていました。公園はリラックスするための場所なので、服装から気をつけていたのです」

〈リバーワークス〉代表の村上豪英さん。2003年にリバーワークスを設立し、社会実験「アーバンピクニック」の企画運営をしてきたほか、神戸のまちと関わるさまざまなプレイスメイキングプロジェクトに参画。「社会実験をしていた頃はいつも、スーツじゃなくてパーカーかTシャツを着ていました。公園はリラックスするための場所なので、服装から気をつけていたのです」

村上: 村上工務店は建設会社で、マンションなどを建てる
地域のゼネコンのひとつです。
子どもの頃は建築にはあまり関心を持っていなかったのですが、
大学4回生の終わり間際、1995年1月に阪神・淡路大震災が起きたのです。

粉々になってしまったまちが再生されていく姿を目にして、建設業の力を認識し、
結果として父が経営していた会社に27歳のときに入りました。
建設業は「まちに貢献できる仕事」だと思ったからです。

ですが、2011年に東日本大震災が起きたときに、阪神大震災から16年も経っているのに
「自分が神戸のまちに対して何もしていなかった」と強く内省したのです。
それで、同じ神戸出身の経営者仲間たちと一緒に、
「神戸モトマチ大学」という勉強会を始めました。
これが私がまちづくりと直接関わる契機となったのです。

神戸モトマチ大学については、2016年に「コロカルニュース」でも紹介。また、2012年7月の村上さんによるプレゼンテーションはこちらで公開されている。(写真提供:リバーワークス)

神戸モトマチ大学については、2016年に「コロカルニュース」でも紹介。また、2012年7月の村上さんによるプレゼンテーションはこちらで公開されている。(写真提供:リバーワークス)

村上: 市役所の方とも、2014年頃ここで知り合い
「神戸の中心部を良くするために、何かアイデアはありませんか?」と聞かれたので、
ずっと考えていたこの〈東遊園地〉の活性化プランを提案したのです。

私は行政に要望を出し、行政がすべての段取りをする
「要望型の市民活動」は好きではありません。
ですので提案はしましたが、行政がその気になってくれたら、
自分たちのできることをするのは当然だ、というスタンスでいました。

〈東遊園地〉は以前から春の神戸まつりと、冬のルミナリエではメイン会場にも使われてきた。

〈東遊園地〉は以前から春の神戸まつりと、冬のルミナリエではメイン会場にも使われてきた。

柳宗悦も滞在した 富山の歴史ある寺院にオープン “泊まれる民藝館” 〈善徳寺 杜人舎〉

柳宗悦が表現した土地の風土「土徳」に触れる複合施設

富山県南砺市の城端地区にあり、550年もの歴史を持つ城端別院善徳寺。
その敷地内に宿泊を中心とした複合施設
〈善徳寺 杜人舎(ぜんとくじ もりとしゃ)〉がオープンします。
民藝運動の創始者、柳宗悦が「土徳(どとく)」と表現した
土地の人々が持つ精神風土に触れる集いの場として活用される予定です。

城端別院善徳寺

城端別院善徳寺は、室町時代に創建されたと伝わる浄土真宗の寺院です。
戦国時代は越中一向一揆の拠点のひとつとなり、
昭和時代には民藝運動の創始者である柳宗悦が
民藝運動思想の集大成である『美の法門』をこの寺で書き上げました。

善徳寺の敷地には柳の弟子で
富山県立山町出身の木工家・建築家、安川慶一が設計した
2階建ての研修道場があります。

杜人舎は、主にその研修道場が改修されて利用されます。

1階には地域の人も気軽に利用できるカフェやショップと
仏教や民藝に関する講座が開催される講堂を配置。

2階は長期滞在も可能な全6室のホテルに。
また善徳寺の書院がテレワークスペースとして活用されます。

客室にも民藝品がしつらえられています。

客室にも民藝品がしつらえられています。

杜人舎では館内や客室に、やはり富山にゆかりのある棟方志功のほか
濱田庄司、河井寛次郎といった民藝作家の作品や
世界各国から集めた民藝品をしつらえます。
民藝美に囲まれて滞在できる、いわば泊まれる民藝館です。

旅の宿泊以外にも杜人舎の利用方法はさまざま。
ワーケーションの場所として滞在したり、
お茶や買い物のために立ち寄ったり、
開催される講座に参加したりと、さまざまな形で足を踏み入れられる開かれた場所です。

講堂で開かれる講座には
柳宗悦が「土徳」と表現したこの土地の精神風土に触れられる機会にもなります。

茨城県石岡市の 魅力を再発見できる芸術祭 〈いしおかアートスケープ〉が開催中

石岡の自然や風景の美しさを引き出す作品が展示

茨城県の真ん中に位置する石岡市。
筑波山麓ののどかな里山風景が広がる、このまちの魅力を再発見してもらおうと
〈いしおかアートスケープ〉が12月2日から開催されています。

会場となるのは、2021年に体感型の施設としてリニューアルした
〈いばらきフラワーパーク〉と、古くから常陸国(ひたちのくに)の政治や文化の
中心として栄えてきた石岡を体感できる歴史公園〈常陸風土記の丘〉のふたつの施設。

2021年に、「見る」から「感じる」フラワーパークにリニューアルした〈いばらきフラワーパーク〉。

2021年に、「見る」から「感じる」フラワーパークにリニューアルした〈いばらきフラワーパーク〉。

万葉集にも詠われた潤いある文化を築き、数多くの文化史跡や名所旧跡、民俗芸能が
伝承されてきた「歴史の里」を舞台に、6名の作家によるアート作品が展示されます。

〈いばらきフラワーパーク〉の園内を見渡す「グリーンヒル」には、
武蔵野美術大学で特任准教授も務める小松宏誠さんが手がけたモビールアートを展示。

繊細で美しい2000個ものモビールが広い空から光や風を受けて、
まるでひらひらと舞う蝶のように輝く光景をつくり出します。

photo:いばらきフラワーパーク

photo:いばらきフラワーパーク

また、同園ではイルミネーションイベントも開催しており、
2024年1月14日までの期間中は、照明デザイナー・矢野大輔さんの
演出によって、モビールも幻想的にライトアップされます。

モビールアートのライトアップ時の様子。photo:いばらきフラワーパーク

モビールアートのライトアップ時の様子。photo:いばらきフラワーパーク

「バラテラス」のシャンパンゴールドにきらめくライトアップも合わせて楽しめます。

「バラテラス」のシャンパンゴールドにきらめくライトアップも合わせて楽しめます。

〈FUJI TEXTILE WEEK 2023〉 富士山の麓のまちで開かれる 国内唯一の布の芸術祭

ジャファ・ラム(林嵐)《あなたの山を探して》(photo:Kenryou Gu)

織物産業で栄えたまちの景色が変わる

山梨県富士吉田市にとっての秋冬は、織物フェスティバルのシーズンだ。
10月には全国各地のテキスタイルや雑貨などが集まる
〈ハタオリマチフェスティバル〉(2016年開始)、
続いて11~12月には布をテーマにした国内唯一の芸術祭
〈FUJI TEXTILE WEEK〉(2021年開始)が開かれている。

パシフィカ コレクティブス《Small Factory》ストリートカルチャーのアーティストがドローイングを描き、手染めの毛糸から制作。(photo:Kenryou Gu)

パシフィカ コレクティブス《Small Factory》ストリートカルチャーのアーティストがドローイングを描き、手染めの毛糸から制作。(photo:Kenryou Gu)

富士吉田市、西桂町を中心とした郡内地域は、
織物産業の養蚕、撚糸、染色、織りを担う産地として1000年以上続く歴史を持つ。
富士山がもたらす豊富な湧水が染色に適し、織物産業が盛んになったとも言われている。

しかし10数年前から社会や産業の変化により工場の閉鎖が続き、
織物産業の再興を図るアート・デザインプロジェクトが複数立ち上がった。

移住者や市外から関わりを持つ人々の新たな力が加わり、
使われなくなった工場や倉庫、店舗などをリノベーションして
ホテルやカフェを立ち上げたり、アーティスト・イン・レジデンス施設や
展示会場として再利用したりすることで、まちの景色が少しずつ変わってきた。

〈FabCafe Fuji〉。カフェのほか、テキスタイルの展示やライブラリーなどもある。(撮影:吉田周平)

〈FabCafe Fuji〉。カフェのほか、テキスタイルの展示やライブラリーなどもある。(撮影:吉田周平)

今年で3回目となるFUJI TEXTILE WEEK 2023(11月23日~12月17日)の
テーマは「Back to Thread/糸への回帰」。
織物産業の歴史を保存・検証する「デザイン展」と、世界6の地域と国内から
アーティスト11組がテキスタイルを用いて表現する「アート展」で構成されている。
総合ディレクターを南條史生、キュレーターをアリエ・ロゼン、
丹原健翔らが務めている。

今回は11月21日に行われたツアーの様子を紹介したい。

5組のアーティストが
北海道・白老の地と出合った。
『ルーツ&アーツしらおい2023』

田湯加那子さんの描き続ける姿が人々の心を揺さぶった

北海道南西部に位置する白老町は、森林や川、湖など美しい自然環境と、
この土地で育まれた人々の歴史が交差して、独自の風土が生まれているまち。
このまちを舞台に開催された芸術祭『ルーツ&アーツしらおい2023』は、
今年が3年目となる。
町内の「社台」「市街地」「虎杖浜」という3つのエリアに作品が展示され、
10月9日の閉幕までの約40日間の会期中に9946名が来場した。
回を重ねるごとに来場者が増えており、昨年と比べると入場者数は倍増したという。

会場のひとつとなった旧社台小学校での田湯加那子さんの展示。閉校後、校舎に再びにぎわいが戻った。(写真提供:Tsubasa Fujikura)

会場のひとつとなった旧社台小学校での田湯加那子さんの展示。閉校後、校舎に再びにぎわいが戻った。(写真提供:Tsubasa Fujikura)

この芸術祭が掲げたのは「地域×多様な第三者」。
「地域」という言葉には、ここで暮らす住民、文化や歴史、地勢や自然など、
まちのあらゆるものが含まれている。
こうしたものと第三者であるアーティストが出合って生まれた創作を通じて、
あらためて地域の魅力を見つめ直したい、そんな想いを込めた。

今年、参加したアーティストは、田湯加那子さん、青木陵子さん+伊藤存さん、
野生の学舎の新井祥也さん、ナタリー・ツゥーさん、梅田哲也さんの5組。
コロカルニュース」で、すでに作品については紹介したが、今回は舞台裏を支えた
企画統括ディレクターの木野哲也さんとプロジェクトマネージャーの坂口千秋さんの
コメントとともに芸術祭を振り返る。

プレスツアーで作品を紹介する木野哲也さん。(写真提供:Tsubasa Fujikura)

プレスツアーで作品を紹介する木野哲也さん。(写真提供:Tsubasa Fujikura)

「地元で創作活動をしている田湯さんと一緒に
展覧会をつくることができて感動しました。
田湯さんは、この土地にいて、毎日描き続けている。
そこに光があたったことは、この芸術祭を象徴するものだと思いました」(木野さん)

今年の活動で印象深かったことのひとつを、木野さんはそう振り返った。
田湯さんは、1990年代後半から本格的に絵を描き始め、
各地のアールブリュット展に参加している。
色鉛筆を握りしめ渾身の力を込めて描き出される表現は、国内外で注目を集めるが、
地元での発表の機会は、これまでなかなか訪れず18年ぶりとなった。
知的障がいと広汎性発達障がいを持ち、人とのコミュニケーションが
うまく取れないというが、今回はそうした面をあえて際立たせず、
ひとりのアーティストの軌跡を紹介した。

田湯さんが小学4年生のときに東京ディズニーランドに行き、帰宅後すぐに描いた作品。これがきっかけとなり、日々絵を描くようになったという。(写真提供:Tsubasa Fujikura)

田湯さんが小学4年生のときに東京ディズニーランドに行き、帰宅後すぐに描いた作品。これがきっかけとなり、日々絵を描くようになったという。(写真提供:Tsubasa Fujikura)

田湯さんは、展示会場でも絵を描き続けていた。(写真提供:Tsubasa Fujikura)

田湯さんは、展示会場でも絵を描き続けていた。(写真提供:Tsubasa Fujikura)

「芸術祭に参加したアーティストにとっても、
田湯さんとの出会いは大きかったのではないかと思います。
生活のなかでずっとつくり続けること、その姿勢をあらためて見つめる
機会が生まれたように感じました」(坂口さん)

坂口さんも、地元作家とほかの地域からやってきたアーティストが
深く交流できる場が生まれることが、芸術祭の醍醐味のひとつと語る。

花のシリーズ。実際に家に飾られていた花もあれば、想像で描いた花もある。(写真提供:Tsubasa Fujikura)

花のシリーズ。実際に家に飾られていた花もあれば、想像で描いた花もある。(写真提供:Tsubasa Fujikura)

音楽番組を見て描かれたシリーズ。歌手の姿だけでなくステージセットも目に焼きつけて描いている。(写真提供:Tsubasa Fujikura)

音楽番組を見て描かれたシリーズ。歌手の姿だけでなくステージセットも目に焼きつけて描いている。(写真提供:Tsubasa Fujikura)

まちを巡り 作品を通して熱海を知る 「ATAMI ART GRANT 2023」開催  12月17日まで

総勢100名以上のアーティストが参加。
旅するように作品を訪ねて熱海を知る

静岡県熱海市で3回目となる「ATAMI ART GRANT 2023」が
2023年11月18日(土)から12月17日(日)まで開催されます。
公募で選ばれた20組を含めて、
54組・総勢100名以上のアーティストが参加しています。
〈ATAMI ART VILLAGE〉、〈ACAO FOREST〉のほか、
熱海駅周辺エリア、来宮エリア、シーサイドエリアなど
飲食店、ホテル、ギャラリー、魚市場などを利用した展示が行われます。

玉山拓郎『Models (Pair, 6 sets, 12 rings)』

玉山拓郎『Models (Pair, 6 sets, 12 rings)』

会場のひとつ、〈ATAMI ART VILLAGE〉では約5000坪の土地を活用して、
7組のアーティストによる作品が展示されています。
玉山拓郎による『Models (Pair, 6 sets, 12 rings)』は、
緑と青のリングが6組12個と、スピーカー、マイクなどで構成されています。
オブジェクトの形状と配置は時計の1メモリである6度を基準にした
時間を意識した作品です。
流れる音楽や鑑賞者の足音などの環境音に反応して
オブジェクト内部の光が変わります。

水田雅也『熱海鰐園』

水田雅也『熱海鰐園』

「ATAMI ART GRANT 2023」では熱海市内にある古い建物も会場になっています。
1965年に建てられた「尾崎ランドビル」は、
地下1階、地上3階で、屋上まで使用して
4組のアーティストが展示を行っています。
地下に展示されているのは水田雅也の『熱海鰐園』です。
1920年代、熱海には鰐園がありました。
しかしその記録はほとんど残っていません。
水田は当時の「熱海鰐園」を、自らの目で見た人に聞き取りし、
証言者の目を作品に映し出しています。

みょうじなまえ『羽化と孵化』

みょうじなまえ『羽化と孵化』

熱海市内には旧赤線地帯に遊郭として使われた建物が複数残っています。
みょうじなまえは、女性の身体、性、アイデンティティと
その消費をめぐる問題をテーマに作品を制作。
今回2か所の元遊郭で作品を展示しています。
『羽化と孵化』は、長く使われていなかった建物の内部で
荘子の「胡蝶の夢」を元に、
性役割から解き放たれた存在を蝶として表現する作品です。

鮫島弓起雄『寸法立体 -バーコマド・1階-』

鮫島弓起雄『寸法立体 -バーコマド・1階-』

鮫島弓起雄は、寸法立体として製品などの図面から起こした
立体作品を展開しています。
『寸法立体 -バーコマド・1階-』は、梅園町にある空き地に立っています。
この場所にはかつてアパートがありましたが、
現在は建築基準法によって住居を建てることができません。
今回モチーフとなった「バーコマド」は、熱海市内で現在営業しているバー。
建物はかつて赤線地帯だった場所に位置し、隠し階段があるなど
建築基準法には適しておらず、同じものは建てることはできません。
空き地と建物が持つ共通性から生まれた作品です。
「バーコマド」も展示会場になっており、
みょうじなまえの作品が展示されています。

“プチ断熱”で家を暖かく。 古民家リノベに取り組むわが家の 5つの「断熱DIY」アイデア

こんにちは。
「食べもの・お金・エネルギー」を自分たちでつくる
〈いとしまシェアハウス〉のちはるです。

福岡県糸島市の古民家に暮らし、11回目の冬が訪れようとしています。

夏のわが家は涼しく快適でとても過ごしやすいのですが、
冬になると大変です。

美しい縁側や、天井吹き抜けの土間は外気温とほぼ同じ。
室内には隙間風が通り抜け、床下からは冷気が上がってきます。
通気性のよさが仇となり、部屋を温めても熱は外へ逃げる一方。
冬の寒さは、古民家暮らしの人たちの大きな悩みといえると思います。

いとしまシェアハウスの、風通しのよい夏の縁側の写真

美しい縁側も、寒さの原因のひとつ。

近年、ますます注目されている「断熱」。
壁や床に断熱材などを入れ、外気温の影響を減らすことで
「夏は涼しく、冬は暖かい」住環境をつくる技術です。

私が断熱に関するノウハウを知ったのは8年以上前ですが、
正直なところ、古民家には向かないんじゃないかと感じていました。

そもそも古民家は通気性を重視して設計されており、
気密・断熱と正反対の特性を持っています。
土壁に漆喰といった“呼吸する素材”でつくられた家の特性を
壊すことをしたくありませんでしたし、
環境負荷の観点から、石油由来の断熱材を大量に使うことにも抵抗がありました。

昔の人たちは、この家で夏も冬も過ごしてきたのだし、
この家で紡がれてきたカルチャーを守りたい、
そんな信念もありました。

縁側と続くリビングでくつろぐ人

広くて開放的なリビング。冬は仕切りが必須です。

でも、その気持ちが揺らいだのが一昨年の冬。
暖房をつけても外からの冷気を防ぎきれず、寒くて何度も体調を崩しました。
最終的には寝込むことになってしまい、
古民家の寒さが体に大きな負担をかけていることを身をもって体感しました。

その経験から、ついに断熱DIYを決意。
「いきなり大きなリノベーションは難しいけれど、
自分たちのできる範囲から始めてみよう」と思い、
本やネットで得た情報をもとに“プチ断熱”を始めてみました。

みなさんのお家では冬の寒さに困ったりしていませんか? 
今回はホームセンターなどで買える素材で簡単にできる
5つの断熱アイデアをご紹介します!

ステンドグラスと 和歌山の伝統文化が融合  ひらのまり〈根來継ぎ 展覧会〉が 9月28日から大阪で開催

ステンドグラスアーティストが日本の伝統文化を新たな解釈で表現

ステンドグラスアーティスト・ひらのまりさんによる
〈根來(ねごろ)継ぎ 展覧会〉が9月28日から30日までの3日間、
〈大阪南港ATC デザイン振興プラザ デザインショーケース〉で開催されます。

アパレル会社員時代に、西洋から伝わってきたステンドグラスの文化と技法に魅了され、
2018年からガラスアート制作の活動を行っているひらのさん。

ガラスの断片をつなぎ合わせて制作する西洋のステンドグラスの技法に
「間」を合わせる彼女の作風は、日本文化との親和性を高め、
独自の作風を生み出しています。

レトロな喫茶メニューをモチーフにしたステンドグラス作品。

レトロな喫茶メニューをモチーフにしたステンドグラス作品。

そんなひらのさんが今回挑戦したのは、自身の出生の地である
和歌山県岩出市根来(ねごろ)に伝わる伝統工芸「根来塗り」から
着想を得た「根來継ぎ」です。

根来塗りとは、朱と黒の漆をかけ合わせた伝統技法で、
約900年の歴史を持つことから“漆器の祖先”として呼ばれています。

その技術を用いて、破壊された器を継ぎ合わせ、つくられたのが根來継ぎです。

新作となる根來継ぎは、ひらのさんが生まれ育ったまちに伝わる技術から着想を得て制作。

新作となる根來継ぎは、ひらのさんが生まれ育ったまちに伝わる技術から着想を得て制作。

多様なアーティストが関わることで 白老町の見方が変わる。 地域の魅力を問い直す 「ルーツ&アーツしらおい2023」

町内外から5組のアーティストが集結

北海道の南西部に位置する白老町は、太平洋に面し、
面積の約75%が森にかこまれた、豊かな自然環境を有するまち。
白老といえば、民族共生象徴空間「ウポポイ」が2020年に生まれ、
アイヌ文化の発信拠点として広く知られています。
こうした先住民の文化に寄り添いながら、さまざまな地域のアーティストとともに、
多層的な表現を探っていこうとする試みが、いま行われています。

今年で3回目となる「ROOTS & ARTS SHIRAOI(ルーツ&アーツしらおい)」は、
町内外のアーティストたちが集結し、まちの各所で作品を展開するほか、
企画展やパフォーマンスイベント、ガイドツアーなども行われる芸術祭です。
テーマは「地域×多様な第三者」。
白老という土地に息づく文化や人々の営み、この地域特有の地勢や自然と
アーティストが出会ったとき、そこから何が生まれるのか。
その創作や表現に触れることで、地域の新たな魅力の発見につながるのではないか。
そんな問いかけが込められているといいます。

昨年、この芸術祭にあたり、地元に根ざす〈スーパーくまがい〉の壁面に画家・吉田卓矢が『白老の夢』を描いた。現在、常設展示となっている。

昨年、この芸術祭にあたり、地元に根ざす〈スーパーくまがい〉の壁面に画家・吉田卓矢が『白老の夢』を描いた。現在、常設展示となっている。

18年ぶりの地元での展覧会「田湯加那子の軌跡」

芸術祭の舞台となるのは「社台」「市街地」「虎杖浜」という3つのエリア。
社台エリアでは3組のアーティストが作品を展開。
2016年に閉校となった旧社台小学校の1階では、
1990年代後半から本格的に絵を描き始め、各地のアールブリュット展に参加する
田湯加那子さんの絵画展が開催されています。
白老在住ですが、地元で展覧会を開催するのは18年ぶり。

旧社台小学校での展示。「田湯加那子の軌跡」をテーマに約200点が出品された。

旧社台小学校での展示。「田湯加那子の軌跡」をテーマに約200点が出品された。

花をモチーフにしたシリーズは芸術祭のメインビジュアルとしても使われた。

花をモチーフにしたシリーズは芸術祭のメインビジュアルとしても使われた。

ほぼ毎日、色鉛筆を握り、紙に向かい、強い筆致で歌う人物、花、野菜など
目にするさまざまなものを描き出しています。
机には、スケッチブックや小さくなった色鉛筆も展示。
また制作中の映像もあり、内なる声を色やかたちに表そうとする
田湯さんの息遣いが肌で感じられる空間となっていました。

休みなく制作を続けているという。絵のタッチはどんどん変化していく。

休みなく制作を続けているという。絵のタッチはどんどん変化していく。

小さくなった色鉛筆とスケッチブック。

小さくなった色鉛筆とスケッチブック。

筆圧によって紙が擦れて破れている箇所もあった。

筆圧によって紙が擦れて破れている箇所もあった。

丹下健三建築にも数多く携わった 川合健二氏の旧邸「コルゲートハウス」 を改修したホテルが 愛知県豊橋市にオープン

日本初のコルゲートを用いた“鉄の家”を宿泊施設に

建築家・川合健二氏の旧邸であるコルゲートハウスを改修した
1棟貸しホテル〈CORRUGATED HOUSE〉が愛知県豊橋市某所に
2023年9月7日にオープンしました。

コルゲートハウスとは、トンネルや地下鉄などに使われる鋼鈑
「コルゲートパイプ」を使った建築のこと。

川合氏は、この土木用建材であるコルゲートパイプを
日本で初めて住宅に転用した建築の生みの親でもあります。

宇宙船を思わせるようなフォルム。改修は建築内部に留まらず、周辺敷地にも施されています。

宇宙船を思わせるようなフォルム。改修は建築内部に留まらず、周辺敷地にも施されています。

豊橋市の一画に自邸としてセルフビルドしたコルゲートハウスは1966年に完成。
快適な暮らしから距離を置き、ただ自然の営みだけを感じられる空間で
川合氏はインフラから脱却し、自給自足の生活を目指しました。

その哲学はホテルとして生まれ変わることになっても受け継がれ、
「地球と縁を切って社会を俯瞰する体験ができる宿泊施設」として反映されています。

宿泊者は、川合氏が残した果樹やハーブが生い茂るコルゲートファーム
(別名FOOD FOREST)をはじめ、自然あふれる敷地のなかで生物たちの
多様性を肌で感じるうちに、日々の生活で失われつつある人間力が
回復していくのを感じるはずです。

福岡県古賀市
食の交流拠点〈るるるる〉
中心市街地の回遊をうながす
駅前活性化プロジェクト

タムタムデザイン vol.10

福岡県北九州市で建築設計事務所を営み、
転貸事業や飲食店運営を行う田村晟一朗(たむら せいいちろう)さんによる連載です。

今回はついに最終回。福岡県古賀市にて2023年7月にオープンした
食の交流拠点〈るるるる〉をテーマにお届けします。〈るるるる〉は古賀市が主導する
〈古賀駅西口エリアの活性化プロジェクト〉の一環で誕生しました。
プロジェクトの概要からオープンまでのプロセスを振り返っていきます。

古賀駅西口エリアの活性化プロジェクト

いま、古賀がアツいんです。
古賀市は僕が拠点とする北九州市から車で約45分、玄界灘に面する、
海と山に挟まれた自然も産業も豊かなまちです。

そんな古賀市で進行中の古賀駅西口エリアの活性化プロジェクトは、
市の主導で2020年に立ち上がりました。
JR古賀駅西口エリアは、かつてはまちの中心地として商業が栄えていましたが、
近年は国道沿いのショッピングモールや福岡市都心部への消費の流出、
高齢化などによって、中心市街地の空洞化が進んでいます。

そこで本質的なエリアの活性化を目指し、市民、地元関係者、民間団体のほか
中心市街地活性化等の専門家が市と連携して、将来のビジョンを作成し、
エリア価値の向上に向けてプロジェクトが動き出しました。

そして、プロジェクトのエンジンとして、木藤亮太さん(以後、キトさん)を代表に
まちづくり会社〈株式会社4WD〉が設立されました。メンバーはキトさんのほか、
地元の魅力を発信するメディア〈古賀マガジン〉編集長の松見達也さんと、
地元をはじめ近隣エリアの飲食業界をつなぐ〈ノミヤマ酒販〉の許山浩平さん、
キトさんの会社のディレクターでもある橋口敏一くんという4名です。

株式会社4WDのみなさん(左からキトさん、許山さん、橋口くん、松見さん)。

株式会社4WDのみなさん(左からキトさん、許山さん、橋口くん、松見さん)。

僕がこのプロジェクトに関わったのは、2014年に〈日南市油津商店街〉の活性化事業で
キトさんとご一緒したことがきっかけでした。
それ以降もキトさんと一緒に多数のまちづくりプロジェクトに取り組み、
今回の古賀市でもお声がけをいただいたというわけです。

古賀駅西口エリアの活性化プロジェクト 第1号〈Koga ballroom〉

4WDという名前のとおり、4輪駆動でじっくりと確実に進むこのまちづくり会社。
古賀駅西口エリアの活性化プロジェクトの第1号として元ダンススタジオをリノベし、
多目的シェアスタジオ〈Koga ballroom〉をつくることになり、
僕は設計監修として関わらせていただきました。

その過程で橋口くんが中心となり塗装ワークショップなどを開催して
まちの関係人口を増やしていたのですが、そのワークショップに作業着を着た
元気な男性が参加されてるなぁと思って挨拶したら、なんと古賀市の田辺市長でした(笑)。
市長は僕がお気に入りのノミヤマ酒販さんの角打ちスペースにもふらっと立ち寄られ、
同じ目線でまちについて話せたりもします。

「曖昧な境界」をデザインした
〈morineki〉大東市公民連携
北条まちづくりプロジェクト

この連載は、日本デザイン振興会でグッドデザイン賞などの事業や
地域デザイン支援などを手がける矢島進二が、
全国各地で蠢き始めた「準公共」といえるプロジェクトの現場を訪ね、
その当事者へのインタビューを通して、準公共がどのようにデザインされたかを探り、
まだ曖昧模糊とした準公共の輪郭を徐々に描く企画。

第2回は、大阪府大東市にある市営住宅の建て替えを、
民間主導の公民連携型で進めた国内初のプロジェクト〈morineki〉。
2022年度グッドデザインを受賞したこのプロジェクトを手がけた
大東公民連携まちづくり事業株式会社(現〈株式会社コーミン〉)の入江智子さんと、
グランドデザイン設定から建築デザインまでを担った
〈株式会社ブルースタジオ〉の大島芳彦さんのふたりに話を聞いた。

morinekiのある大東市は、大阪市の東に位置する人口約12万人のまち。
JR学研都市線四条畷駅から徒歩5分、生駒山系の自然と清流に守られたエリアに
2021年3月にできた、まさに「準公共」と呼べるプロジェクトだ。
古いまちを、デザインによってどのように市民のための新しい居場所に変えたかを探る。

民間主導による国内初の公民連携プロジェクト

矢島進二(以下、矢島): 〈morineki〉は、
多々ある公民連携プロジェクトのなかでも、
独自で新規性のあるスキームによって実現したと思いますが、
なぜ実現できたかをお聞きします。まず最初にプロジェクトの概要を教えてください。

入江智子(以下、入江): morinekiをひと言でいうと、大阪府大東市による
「市営住宅の建て替えを民間主導の公民連携型で進めた国内初のプロジェクト」です。
市と民間が連携してPPP*手法を用いて、
古い市営住宅があった約1ヘクタールの市有地を、
民間賃貸住宅、オフィス、商業施設や芝生の都市公園などにつくりかえ、
賑わいの場を創出し、地域全体のリノベーションの起点となるプロジェクトです。

市民にとって、ちょっと自慢ができる風景をデザインすることで、
市にも土地の賃貸料収入や固定資産税などが新たに入り、
地価も上がり、人口減少の歯止めにもなっています。

*PPPとはパブリック・プライベート・パートナーシップの略で、行政(Public)が行う行政サービスを、行政と民間(Private)が連携(Partnership)し、民間の持つノウハウを活用することで、行政サービスの向上、行政の業務効率化などを図るスキーム。PPPの中に、PFI(プライベイト・ファイナンス・イニシアティブ)、指定管理者制度、さらに包括的民間委託などのアウトソーシングなども含まれる。

PPPエージェントである大東公民連携まちづくり事業株式会社(現〈株式会社コーミン〉)が市のビジョンに基づき、テナントリーシングを行い、特定目的会社である東心株式会社が大東市とコーミンからの出資及び、金融機関からの融資で事業を実施。建物は東心株式会社が所有し、大東市はその民間賃貸住宅を市営住宅として借り上げるほか、公園・河川・周辺道路の整備を行う。(画像提供:コーミン)

PPPエージェントである大東公民連携まちづくり事業株式会社(現〈株式会社コーミン〉)が市のビジョンに基づき、テナントリーシングを行い、特定目的会社である東心株式会社が大東市とコーミンからの出資及び、金融機関からの融資で事業を実施。建物は東心株式会社が所有し、大東市はその民間賃貸住宅を市営住宅として借り上げるほか、公園・河川・周辺道路の整備を行う。(画像提供:コーミン)

〈コーミン〉代表取締役の入江智子さん。

〈コーミン〉代表取締役の入江智子さん。

矢島: 入江さんは市役所職員でしたが、
このプロジェクトを実現させるために退職され、
まちづくりのための会社に移籍したと聞きます。
当時はどんな部署にいて、なぜこのプロジェクトはスタートしたのですか?

入江: 私は兵庫県宝塚市の出身で、京都工芸繊維大学を卒業後、
大東市役所に入庁し、建築技師として市営住宅や学校などの営繕を担当していました。
市営住宅の建て替え担当者は、交付金を使い
ごく普通のマンション形式にするのが通常の業務だったのですが、
「本当にこのやり方でいいのか?」といった課題意識をずっと抱いていて、
何か違う手法を探していました。

市営住宅の建て替えは、国交省による交付金制度できっちり固まっています。
morinekiのような面倒な手続きをしなくても、
粛々と建て替えができるシステムが用意されているのです。
ですがそれでは「どこにでもある市営住宅」しかできません。

そうしたなか、市長がまちづくり専門家の木下斉さんの講演会に行き、
岩手県紫波町での、国の補助金に頼らない公民連携の成功例
〈オガールプロジェクト〉を知ったのです。

折しも第2次安倍政権によって「まち・ひと・しごと創生本部」が内閣に設置され、
地方も自ら人の流れをつくり、稼ぐことが求められていました。
大東市は、創生総合戦略に
1.市民や民間を主役に据える、
2.大阪市にはなく大東市にあるものを磨く、
というふたつの政策的な視点を掲げ、その実行部隊として、
市役所に「地方創生局」を新設しました。

その局長が、木下さんらが始動した「公民連携プロフェッショナルスクール」
(現・都市経営プロフェッショナルスクール)の1期生として
参加したのが大きな起点です。

〈morineki〉は、約3000平米の公園と、74戸の住宅のほか、レストラン、アウトドアショップ、ベーカリー、アパレル、雑貨などの店舗が軒を連ね、2階はテナント〈ノースオブジェクト〉の本社事務所になっている。

〈morineki〉は、約3000平米の公園と、74戸の住宅のほか、レストラン、アウトドアショップ、ベーカリー、アパレル、雑貨などの店舗が軒を連ね、2階はテナント〈ノースオブジェクト〉の本社事務所になっている。

morinekiの名は、「森」と、河内弁で“近く”を表す「ねき(根際)」をあわせた造語。〈UMA/design farm〉原田祐馬さんデザインのロゴマークは、mの字形と3本の新芽を表す。

morinekiの名は、「森」と、河内弁で“近く”を表す「ねき(根際)」をあわせた造語。〈UMA/design farm〉原田祐馬さんデザインのロゴマークは、mの字形と3本の新芽を表す。

生誕120年 版画家・棟方志功の 全貌に迫る展覧会 『メイキング・オブ・ムナカタ』 故郷〈青森県立美術館〉で開催中

ゆかりの地 青森・東京・富山の美術館が協力

1903年に青森市に生まれ、「世界のムナカタ」として
国際的な評価を得た版画家・棟方志功。
1975年にその生涯を閉じるまで、故郷・青森のほか、
創作の拠点とした東京、疎開先であった富山などに縁をもち、
さまざまな作品を世に送り出しました。

生誕120年を迎える2023年、
ゆかりある地域の美術館〈青森県立美術館〉、〈東京国立近代美術館〉、
〈富山県美術館〉が協力して開催するのが、『メイキング・オブ・ムナカタ』です。
富山での展示を終え、7月29日から青森県立美術館での展示がスタートしています。

飛神の柵 1968年 棟方志功記念館

飛神の柵 1968年 棟方志功記念館

展覧会は、プロローグ『出生地・青森』に始まり、
第1章『東京の青森人』、第2章『暮らし・信仰・風土―富山・福光』、
第3章『東京/青森の国際人』、第4章『生き続けるムナカタ・イメージ』と続きます。
生誕の地・青森では、広いスペースを生かし、
棟方最大の板画作品である『大世界の柵』乾・坤の2点を同時に展示。
展示替えを最小限に留め、多くの大規模な屏風作品も、
通期での展示を予定しています。

同時期にコレクション展特集展示『棟方志功:女神とめがね』も開催し、
自画像や優美な女神を描いた倭画のほか、
同時代の青森の版画家たちによる棟方の肖像も観ることができます。

ハドソン河自板像の柵 1959年 棟方志功記念館

ハドソン河自板像の柵 1959年 棟方志功記念館

経年変化が美しい家。
ともに成長し
「家に似合うふたり」になりたい

現地を訪れてクチコミで土地探し

住所としては神奈川県相模原市緑区。
ただし中心地から車で30分以上走った台地に、
H夫婦が建てた〈BESS〉の「G-LOG」はある。
秋田出身のご主人・一樹(@camp_ee)さんは、就職で相模原へ。
佐賀出身でシンガーのSOTOni(@_sotoniyatoni_)さんと結婚して3年。
当初は橋本駅近くのマンションに住んでいた。

「2年くらいマンション暮らしでしたが、いつかは家を建てたいねという話はしていて、
よくBESSのLOGWAY(ログウェイ・展示場)に行っていました。
あるとき、久しぶりに行ってみたら、買いたい欲がすごく高まってしまって、即決。
翌週には契約していました」と笑う一樹さん。

日が入り、明るいリビング。物が少ない。

日が入り、明るいリビング。物が少ない。

一樹さんはキャンプが好きで、コテージや山小屋に泊まったときの感触がよかったこと。
キャンプでの焚き火が好きなので、薪ストーブを絶対に入れて家で火を見たかったこと。
それがBESSの家購入に踏み切らせた理由だという。

デザインや見た目のアウトドア感だけでなく、BESSの“哲学”にも共感している。
きっかけは『BESSってなんだ?』という冊子だ。

「ひとつひとつ気になる言葉ばかりなんです。
あまりに好きなので、BESSの家を検討しているという後輩に
『読んだほうがいい』とプレゼントして、自分用にもう1冊もらいました。
これは2冊目。トイレに置いてあります」

見た目やデザインだけではなく、思いにも共感した。

見た目やデザインだけではなく、思いにも共感した。

表紙には「ドレスアップよりドレスダウン」「時間の設計」など、
気になったフレーズが書き込まれ、中面にもメモがたくさん。
熟読していることがわかる。
なんと自宅の柱にも「野暮は揉まれていきとなる」と書いてしまったほど。

「不要になったら上から色を塗ったり、薄く削りとることもできる。それができるのもBESSの家の良さ」と一樹さん。

「不要になったら上から色を塗ったり、薄く削りとることもできる。それができるのもBESSの家の良さ」と一樹さん。

こうして家の購入は決めたが、もちろん土地も必要。
職場から離れすぎない範囲で「広い庭もほしいし、薪ストーブもあるので」と、
なるべく自然に近い場所にこだわった。しかし、なかなかいい場所が見つからない。

「もっと奥へ行こう、もっと奥、もっと奥……、といううちに
どんどん町から離れてここまで来ました。
田舎だけど、雰囲気がすごく良かった」

DIYでつくった薪棚。中央が最新作。後ろには抜けのある景観が広がっている。

DIYでつくった薪棚。中央が最新作。後ろには抜けのある景観が広がっている。

ふたりの家が建っている立地は開けていて、
家や畑が点在するが森に囲まれていて秘境のようなところ。

「自分たちでも土地を探そうと思って巡っていたんです。
偶然、この近くにある商店に入ったときに、
常連さんらしきおじいちゃんに
『土地探しているんですが、いいところありますかね?』と聞いてみたら、
すぐに地元の知り合いの不動産屋さんを紹介してくれて。
この土地は2か所めに紹介されて即決しました。
やはり地元の不動産屋さんはその土地に詳しいし、
そもそもネットなどに情報を出していないみたいです」

その日のうちにすべてのことが進み、テンポが良すぎてふたりとも心配になったほど。
この場所を見つけたのは偶然ではあるが、
それを引き寄せた行動力がもたらしたものでもあるだろう。

2階から外を眺める。

2階から外を眺める。

北九州市〈寿百家店〉。
「住む」と「活動する」が混ざり合う
アーケードシェアハウス

タムタムデザイン vol.9

福岡県北九州市で建築設計事務所を営み、転貸事業や飲食店運営を行う
田村晟一朗(たむら せいいちろう)さんによる連載です。

今回は前回に続き、北九州市八幡西区の黒崎にある商店街の一角
〈寿通り〉のリノベーションがテーマです。

前回は寿通りで生まれた〈寿百家店〉のプロジェクトの概要と
〈株式会社 寿百家店〉の設立までお伝えしました。
シャッターが降りた商店街の区画に、地域の専門店にオープンしてもらい、
それらの2階をシェアハウスにするプロジェクトです。

後編では、仲間集めや資金調達、コロナ禍での挑戦など、
オープンまでのプロセスを通じて、少しずつ変化していく寿通りの裏側をレポートします。

会社設立後、新たな区画のリノベーションへ

2020年5月に株式会社 寿百家店を設立して、
福岡佐知子さん(以後さっちゃん)が会社の代表になりました。
これまではさっちゃんがオセロ展開で寿通りのシャッターを開けてきたのですが、
この頃には寿通り内に自然と美容室や洋服屋さん、ギャラリーが入居してくるようになり、
今までの活動の波及効果が現実に表れてきました。
こうした変化ってほんっとうれしいですよね。

グレーの区画はシャッターが閉じていた、寿通り。2015年にさっちゃんがワインバー〈トランジット〉をオープン。

グレーの区画はシャッターが閉じていた、寿通り。2015年にさっちゃんがワインバー〈トランジット〉をオープン。

2020年には緑色の区画に新店舗が次々とオープンしました!

2020年には緑色の区画に新店舗が次々とオープンしました!

そんな流れのなか、寿百家店が次に目をつけたのは上の図の黄色の3区画。
ここを一気に開けてしまおう! という計画です。
木造2階建ての長屋で、1階は旧洋服店、旧呉服店、旧宝石店の3店舗が入っていました。

既存平面図

既存平面図

ビフォーの外観。手前からピンクのシャッターが旧婦人服店、緑が旧呉服店、水色が旧宝石店。

ビフォーの外観。手前からピンクのシャッターが旧婦人服店、緑が旧呉服店、水色が旧宝石店。

以前は婦人服店だった、ピンクのシャッター内部の様子。

以前は婦人服店だった、ピンクのシャッター内部の様子。

この3区画を寿百家店のコンセプトに沿ってまちの専門店街にしようと考えました。
旧婦人服店はシャッターが4枚分、旧呉服店はシャッターが5枚分の区画です。
このシャッター1枚の幅は1.2〜1.8メートル程度であり、
まずは旧婦人店と旧呉服店のシャッター1枚ごとに区画を分けて、
合計9つの小さな区画をつくろうという案。
マイクロショップの集積のようなイメージですね。

「店主ひとりひとりが何かをつくれたり、技術を持っていたり、
目利きをしていたりと、個人の表現が発揮できる
小さなお店が集まるとおもしろいんじゃないか」とさっちゃんと想像していました。

そして、大きな通りに面した端の区画については、
さっちゃんと僕とで飲食店を営むことにしました。

平面図でいうとこんな感じです。

シャッター1枚ごとにお店が入っているイメージ。

シャッター1枚ごとにお店が入っているイメージ。

小さなお店が入ったイメージ写真。

小さなお店が入ったイメージ写真。

家賃設定は1区画3万〜4.4万円にしました。
坪単価に換算すると1.6~1.8万円なので、黒崎周辺の相場である0.9~1.2万円/坪より
少し高めですが、光熱費込み(条件あり)と小面積であることから、
店子さんはチャレンジしやすい、なおかつ大家としては
事業収支が成立しやすいという価格設定になっています。
両者のイニシャルコストにかかるリスクを軽減することが狙いです。

佐内正史が故郷・静岡を撮る。 静岡市美術館で写真展が開催中!

新旧合わせて37点の作品を展示

CMや雑誌など、さまざまなカルチャー媒体で活躍してきた
静岡市出身の写真家・佐内正史さん。
そんな佐内さんの写真展が今夏、
故郷・静岡市の静岡市美術館で2023年8月27日(日)まで開催されています。

佐内さんの美術館での個展は2009年ぶり。
「静岡詩」というタイトルが付いた今回の展覧会は、
新たな撮り下ろし写真と過去に撮影した写真
計37点を織り交ぜて展示されています。

壁に大きく貼られた、
澄んだ眼差しでキャプチャーされた写真群は圧巻。
写真が写真であることの意味や「表現しない写真」を
正面から問い続けてきた佐内さんの眼に、
自身が生まれ育った静岡は、どう映った/写ったのか。
ぜひ、会場で写真と対峙して、思いを巡らせてみては?