連載
posted:2023.12.29 from:兵庫県神戸市 genre:アート・デザイン・建築
〈 この連載・企画は… 〉
従来の官と民の境界が曖昧となり、新しい「公」のあり方に注目が集まっています。
コモンズ、官民連携、PPP、PFI、ゆるやかな公共など、
それらを仮に「準公共(セミパブリック)」と名づけ、先行事例を紹介。
そこで働く人・暮らす人のスタイルや事業モデルなど、新しい価値観を探っていきます。
この連載は、日本デザイン振興会でグッドデザイン賞などの事業や
地域デザイン支援などを手がける矢島進二が、
全国各地で蠢き始めた「準公共」といえるプロジェクトの現場を訪ね、
その当事者へのインタビューを通して、準公共がどのようにデザインされたかを探り、
まだ曖昧模糊とした準公共の輪郭を徐々に描く企画。
第3回は、現代のパブリック・パークのあり方として高く評価され、
2023年度グッドデザイン・ベスト100を受賞した、神戸市の〈東遊園地〉。
このプロジェクトを発意し、実現させた
〈リバーワークス〉の村上豪英さんに話を聞いた。
「砂漠のように」寂しかった公園を、
村上さんが8年間、行政と対話を続け、社会実験を重ねながら、
神戸市民にとっての「幸せな風景」にデザインしたプロジェクトだ。
市が長年管理していた公園を、Park-PFIを活用しながら、
民間人がどうやってパブリック性とプライベート性を見事に融合させ、
まさに「準公共」と呼べる理想的な市民のための公園に生まれ変わらせたかを探る。
矢島進二(以下、矢島): 昨晩(2023年10月29日)は、
公園内で「ナイトピクニック」という恒例のイベントを開催したそうですが、
いかがでしたか?
村上豪英(以下、村上): 満月だったからか、
予想をはるかに超える人たちが来てくださいました。
今年の夏は猛暑で、ようやく気候もよくなったこともあり、
初めて来園する方も多く、隙間がないくらい多くの市民で賑わいました。
とてもうれしい反面、新しい課題も見つかりました。
矢島: そうだったのですね。まず、村上さんの経歴を教えてください。
村上: 私は1972年に神戸で生まれ、子どもの頃からずっと自然が好きでした。
京都大学大学院で「生態学」を勉強し、卒業後は三和銀行系のシンクタンクに入社し、
自治体の政策づくりのサポートなどをしていました。
その後、〈村上工務店〉へ転職し、現在は代表取締役社長をやっています。
村上: 村上工務店は建設会社で、マンションなどを建てる
地域のゼネコンのひとつです。
子どもの頃は建築にはあまり関心を持っていなかったのですが、
大学4回生の終わり間際、1995年1月に阪神・淡路大震災が起きたのです。
粉々になってしまったまちが再生されていく姿を目にして、建設業の力を認識し、
結果として父が経営していた会社に27歳のときに入りました。
建設業は「まちに貢献できる仕事」だと思ったからです。
ですが、2011年に東日本大震災が起きたときに、阪神大震災から16年も経っているのに
「自分が神戸のまちに対して何もしていなかった」と強く内省したのです。
それで、同じ神戸出身の経営者仲間たちと一緒に、
「神戸モトマチ大学」という勉強会を始めました。
これが私がまちづくりと直接関わる契機となったのです。
村上: 市役所の方とも、2014年頃ここで知り合い
「神戸の中心部を良くするために、何かアイデアはありませんか?」と聞かれたので、
ずっと考えていたこの〈東遊園地〉の活性化プランを提案したのです。
私は行政に要望を出し、行政がすべての段取りをする
「要望型の市民活動」は好きではありません。
ですので提案はしましたが、行政がその気になってくれたら、
自分たちのできることをするのは当然だ、というスタンスでいました。
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矢島: 東遊園地は由緒ある公園なのですよね。
村上: ここは約150年の歴史がある、
西洋式としては日本で最も古い公園のひとつです。
すぐ近くに旧居留地があるので、外国人がスポーツをするプレイグラウンド
「外国人居留遊園」としてスタートしました。
日本におけるサッカーやラグビーの発祥地のひとつとも言われています。
矢島: 2023年春にリニューアルオープンしましたが、
整備前はどんな状況だったのですか?
村上: 社会実験前の公園は、砂漠みたいな寂しい場所でした。
本当に「砂漠時代」と呼んでいるのですが(笑)、
芝生はなく土のグラウンドで、いつも誰もいない状態が続いていました。
誰もいないことがあまりに日常過ぎて、誰も疑問に思っていなかったほどです。
もともとこのエリアは、いまのようにマンションはほとんど建っておらず、
オフィス街でしたので、公園を必要とする近隣住民は
少ないエリアだったのかもしれません。
矢島: どんなアクションから始めたのですか?
またどうやって市役所のコンセンサスを得ていったのですか?
村上: ここはまちの中心部にあって、ものすごい可能性があるのに、
それにみんなが気づいていないと思ったのです。
その可能性を可視化し、みんなで共有したくて、2015年に
〈神戸パークマネジメント社会実験実行委員会〉をつくり、社会実験を始めました。
まず土のグラウンドに隣接する舗装された広場に、仮設の構築物を建て、
芝生を敷いてカフェやトークイベントなどを約2週間行いました。
村上: はじめは心配していた神戸市の公園部の方も毎日のように見に来てくれ、
市民が自然に楽しんでいる風景を見て、
「こうした方向なら一緒に考えていけるかも」との認識に変わってくれたのです。
これはとても幸運でした。ご自身で体感してもらうことで、意識が変化したのです。
いまでは一番信頼し合える関係になっていると感じます。
実績を出せたので、翌年からは市役所が少し予算をつけてくれました。
矢島: そうした社会実験はどのくらい実施したのですか?
村上: 「アーバンピクニック」と名づけて、2015年は2週間を2回、
2016~18年は約5か月間の長期、2020年は2週間を2回行いました。
実行委員会は発展的に解消し、実施主体は2016年に
一般社団法人〈リバブルシティイニシアティブ〉にバトンタッチしました。
その社団法人も私が代表を務めています。
そして2019年に「Park-PFI」*事業者となりました。
私は、公園の特質を見定めてから企画をすべきと考え、
社会実験を始める前にずいぶんと議論しました。
そして「市民がアウトドアリビングとして、愛着を持って過ごす場所」を
目指すべきではないかと考えました。これはいまでもいい視点だと思っています。
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矢島: 村上さん自身は、その頃、どんな心境でいたのですか?
村上: 当時の自分の心境をふたつ挙げますと、
ひとつは私たちの社会実験をきっかけにして、
この公園を50年ぶりにリニューアルしようと、
行政の方と同じ未来を見ることができるようになったことが感慨深かったです。
もうひとつは、しかし思いつきレベルの公園をつくっても意味がないと。
どうしたら多くの市民が来て喜んでくれるのか、
梅雨や真夏はどんな対策をたてたらいいのかなど、時間をかけて吟味しないと、
いいデザインの公園にはならないと思いました。
公園にはコミュニティの中心として飲食が必要ですが、
公園全体の最適解を考え続けることができる事業者は果たして存在するのかと考え、
最終的には自分たちのグループで投資をして、自分たちで運営をすることに決めました。
この建物の所有者は村上工務店で、リバブルシティイニシアティブが運営し、
市役所に公園の利用料を払っています。
Park-PFIというスキームを市役所が選択したので、
誰かが投資して建物を建て運営をしないといけなくなったので、
村上工務店を巻き込むことにしたのです。
矢島: この建物には、カフェだけでなく、
ラウンジ、スタジオ、テラスもありますが、誰でも利用できるのですか?
村上: カフェ以外のスペースは、どなたにも有料で貸し出しをしています。
この場所は、駅から少し離れているので、ここに来たくなる動機づけを
継続的につくり続けることが必要になります。
そのために、イベントを多数企画していますが、
自分たちもやってみたいと思う市民が増えるといいなと考えているので、
レンタル制にしました。そうした流れができれば、日常的に人が来てくれますし、
カフェの収益も自然に上がると考えたのです。
矢島: カフェに来るお客さんはどんな方が多いのですか?
村上: 家族連れ、働いている人、女子会など、いろいろありますが、
周辺にお住まいのママと未就学児のグループも多いです。
公園の地下が駐車場なので、お子さんと一緒に車で来るにはとても便利なのです。
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矢島: 公園全体を「みんなのキャンパス」と考えているのですよね?
村上: はい。Park-PFIの事業者として応募した際に考えたのが、
「みんなのキャンパス」というコンセプトです。
神戸はさまざまなカルチャーが根づいてはいますが、
「そのまちのカルチャーを“誰でも体感することができる場所”」が、
神戸にはなかったのです。
この東遊園地を「最も神戸らしい」場所にデザインしたかったので
「みんなのキャンパス」というテーマにしました。
矢島: 村上さんは、市民のために
「関わりしろ・余白を残す」といった表現もされていますね。
村上: ここは、ボランティアでサポートしてくれる人が多いのですが、
どうすればより多くの人が気軽に関わってくれるかを、すごく考えました。
そのひとつが「アウトドアライブラリー」という、
市民からひとり1冊、公園で読みたい本を寄贈してもらい、
自由に読めるコーナーの設置です。
利用者へのサービスでもあるのですが、市民が1冊の本でも
この公園に関わったという想いを残してもらうのが、本当の目的なのです。
こうした「関わりしろ」を、常に意識しています。
矢島: 何時以降は入園禁止など、夜間制限を設ける公園が多いと思うのですが、
ここは制限はないのですよね?
村上: まず大前提として、私は「公共空間を豊かに使うことが
都市生活のなかではすごく大事」だと思っています。
会社と家を往復して、自分の行きつけの飲み屋にだけ立ち寄るような生活では、
出会う人はとても限られます。
普段の自分とは違う属性の人、例えば女子中学生や外国人、
おじいちゃんやおばあちゃんなど、多様な人が偶然集まり、
同じ空間を共有して、お互いの笑顔をなんとなく楽しんでいるのは、
実はものすごく豊かなことだと思いますし、
欠けている何かを埋めてくれるものだと思っているのです。
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矢島: Park-PFIを導入したことは村上さんも正解だと思いますか?
村上: 建物は市役所が建て運営を誰かに任せるとか、設置管理許可方式とか、
指定管理制度とか選択肢は多々あったのですが、市がPark-PFIを選びました。
そして、Park-PFIの事業者として私たちを選定してくれたので、
施設運営を20年間行う契約をしました。
Park-PFIのメリットは、建物のデザインをちゃんと自分たちで考えられますし、
中で営利を伴う活動ができるのがとても良いです。
建物の維持やスタッフの雇用には、一定の収益を上げることは必須ですので。
そうした意味で、自分たちでバランスをとり、基本的に自由な運営ができるので、
Park-PFIにして良かったと思います。
矢島: リニューアルオープンして半年経ちましたが、
イベントを企画するときに気をつけていることはありますか?
村上: 公園は本当に老若男女、多様な人たちが来られるので、
皆さんが楽しめるようなものにしたいという想いが強いです。
例えば、人と植物が近づくような場になったらすてきだと思い、
花の生産者に来てもらう「グリーンマーケット」も春と秋に実施しています。
村上: 私は「公園だからこそ、やるべきこと」を重要視しています。
駅前広場とか別の場所でもやってもいい企画は、公園でやる必要はないかもしれません。
そして、そのイベントで「公園の価値」がどう上下したかに、神経を尖らせています。
多くの人を集め、たとえ売り上げがすごくても、
場の価値を下げるようなイベントは開催しないほうがいいと考えるのです。
大きな都心の公園なので、いろいろな種類のイベントは
これからも開催されていくと思いますが、できる限りこの公園の価値が上がることを
これからも意識していきたいと思っています。
矢島: 大手メーカーなどにスポンサーになってもらい、
ネーミングライツで企業名を表示するようなことは考えていないのでしょうね。
村上: はい。そういうことはここではふさわしくないような気がします。
神戸市民の愛着を集めることを最優先に考えると、そういう選択肢はないと思います。
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矢島: これまでで一番印象に残ったこと、うれしかったことは何ですか?
村上: ありがたいことに、本当に普段から思った以上に人が来てくれるのです。
最初は、なんでこんなに人が来るのかわからなかったのです、仕掛けてる側なのに。
「おかしいな、いい公園だけども、そんなにええかな?」と(笑)。
最近では「みんなにとってのセントラルパークはこういう風景であってほしい
という状態を、みんなが共有し、そのイメージをみんなで描いている」
のではないかと思っています。これはやってみるまでは言語化できなかったものです。
例えば、そこにあるベンチは僕たちが設計したものではなく、
園地全体の設計のなかで設えたものですが、なじんでいますよね。
ずっと社会実験をしながら「こういう風景にしたい」
「こういう設計が必要だ」と言い続けてきたことを、
園地の設計者や市役所も理解してくださって取り入れてくれたので、
あのベンチが生まれたのです。
「理想的な公園を実現するためにどういう工夫をしたらいいか」を、
一緒に考えてくれる、その関係性が本当にありがたいです。
社会実験のプロセスをみんなが大切にしてくれたからできた「風景」なのだと
思いますので、それはとてもうれしいです。みんなでできたという意味でも。
村上: 勝手な想像ですが、
「東遊園地には気持ち良さそうに過ごしてる人がいるから、私も行く」
という来園者もいると思うんです。
「人が幸せそうにしている風景があること」を
「ヒューマンスケープ」と呼んでいるんですが、
それを生み出せたのはとてもうれしいです。
これは、公園をつくった関係者が、ここの歴史をリスペクトしながら、
みんなでつくりあげたおかげでできた「風景」なのです。
もうそれが何よりもうれしいです。
矢島: この東遊園地は将来、どうなったらいいとお考えですか?
村上: 将来への願望はふたつあります。
ひとつは神戸を訪れる人が「真っ先に来る場所」になってほしいです。
渋谷のスクランブル交差点や、大阪の道頓堀と同じように、
いまの神戸を知りたいと思う人が、真っ先に訪れて、
神戸を体感できる場所になってほしいです。
ふたつ目は「まち全体の価値を上げる公園」になってほしいと思っています。
私たちが最初に考えたのは、そのことなのです。単に公園が良くなることではなく、
公園が良くなることでまち全体の活性化につながる、
それが目に見えるようになってほしいと強く思います。
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村上さんに「準公共」という言葉に対する印象を聞いたら、
「どちらかというと、昔に戻るようなイメージかもしれません」
と言われたことが新鮮だった。
税金を払っているのだから、公共のことは行政に任せておけばいい、という価値観は、
近代日本が始まってからの話で、それ以前は多分ずっと近しいものだったはずだと。
自分のまちがちょっと良くなることを、
自分事として捉えることは昔は普通だったはず。
長い歴史のなかで見ると、この100年ぐらいだけが、
行政と公共が分断されていた時代だったので、
「準公共」といってもそれが元に戻っていくだけのような気がする。
これからは本当に、民間企業や市民や行政も含めて、
みんなで「自分たちのパブリックとは何なのか」を考える時代になったのだと思う。
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