地域ごとの民俗風習がおもしろい!
「わたしのまちの節分」

今月のテーマ 「わたしのまちの節分」

2020年2月3日の「節分」、みなさんはどのように過ごしましたか?
豆まきをしたり、吉方を向いて恵方巻を食べるなど、
全国的によく知られる伝統行事がありますが、
日本各地では、一風変わった風習や民俗、地域ならではの催しなど、
さまざまな節分行事が行われています。
その内容はじつにユニーク! 

今回は、日本各地の〈地域おこし協力隊〉のみなさんに、
地域ならではの節分について教えてもらいました。

【長野県天龍村】 本厄を迎える人々の、心の不安をとり除く「追儺祭」

東京生まれ、埼玉育ち。
帰る田舎もなく育った私が「節分」と聞いて連想するものは、
赤・青・黄の鬼の面と、豆まきくらいのものでしょうか。
そもそも節分の由来をきちんと調べたことすらなかったことに気づきました。

今回は長野県天龍村の〈原の森・満島神社〉にて、
令和2年2月3日の節分に執り行われた〈満島神社節分祭〉の様子をお届けします。

原の森・満島神社。秋には村指定民俗文化財の大名行列と、掛け太鼓の盛大なお祭りが行われます。

原の森・満島神社。秋には村指定民俗文化財の大名行列と、掛け太鼓の盛大なお祭りが行われます。

本厄を迎える老若男女が集まり、宮司様による厄除け儀式のあと、
神社の境内で2名ずつ順に豆まきを行います。

2名ひと組になって順番に豆をまきます。

2名ひと組になって順番に豆をまきます。

宮司様の式の結びの言葉によると、
節分というのは「追儺(ついな)祭」と呼ばれる厄払いの神事でもあるとのこと。
このような行事を通して、
心の不安をとり除いて生活していくことの大切さを説いていらっしゃいました。

ですが、昨今では節分の儀式を神社で行う地域も
だいぶ減ってきているようです。

また、村内の別の地区では、
節分にイワシの頭を竹串に刺したものと、ヒイラギの枝を玄関に飾り、
豆を炒るときには茅の茎を使うという、こまかな風習が未だに残っているそう。

氏子総代にいただいた玉串と、山道運転安全祈願のお守り。

氏子総代にいただいた玉串と、山道運転安全祈願のお守り。

多種多様な固有の地域文化が日本各地で少しずつ失われるなか、
この村に残る風景や伝統がこの先も緩やかに続いていくことを願わずにはいられない、
令和初の暖かな節分の日でした。

photo & text

本多紗智 ほんだ・さち

信州最南端、県内で一番早く桜の咲く村「天龍村」で地域おこし協力隊をしています。ないものづくしといわれる「ド」田舎ではありますが、ちょっと視点を変えてみれば、ここにはまだ「かろうじて残っているもの」がたくさんあります。秘境と呼ばれるこの村から、鮮やかな四季のうつろい、なにげない暮らしの風景をお届けできたらと思っています。

みそづくり、ジャムづくり、
お菓子づくり。
誰かと一緒に「つくる」を楽しむ

暮らしに必要なものを、自分たちでつくりたい

今年もあっという間に2か月が過ぎようとしてる。
もうすぐひな祭り。はっ、娘のひな人形を飾らないと……(汗)。
季節はどんどん変わっていきます。
あー、ほんとに日々が過ぎていくのは早い。

最近、あらためて大切に思っていることがあります。
それは「つくる」こと。
みそを仕込んだり、ジャムをつくったり、お菓子を焼いたり。
それから棚をつくったり、家族写真のアルバムをつくったり。
自分の手で何かをつくることをもっとしたいという思いがふつふつと湧いてます。

1月にみそを2回仕込みました。地元のお米を使って米麹づくりから。

1月にみそを2回仕込みました。地元のお米を使って米麹づくりから。

1回の仕込みで約40キロのおみそをつくります。

1回の仕込みで約40キロのおみそをつくります。

何かをつくるって時間と手間がかかるので、「よいしょ」がいります。
いまは何でも安く買える時代。
近所のスーパーやドラッグストアーに行けば、
おいしそうで安いお菓子や加工品が何種類も並んでます。
家具や洋服も手頃な値段でたくさん売られてます。

自分でつくるよりも安く、それもつくるという手間をかけずに
手に入れることができてしまう。
なので、ついついできあがってるものを買ってしまうんですよね。

でもなんかそれって違う。
そもそもうちの屋号は〈HOMEMAKERS〉!

かつてアメリカで主婦のことを“HOMEMAKER”と呼んだ時代がありました。
家でいろいろつくるのが仕事という意味です。

食べ物、洋服、家具、家など身の回りのモノをいろいろつくる。
そんな暮らしに必要なものを自分たちの手でつくる生活が送れたら、
きっと人生は豊かになるだろう。
そんな気持ちを胸に2013年6月、
夫婦でHOMEMAKERS(ホームメイカーズ)を立ち上げました。

ずっとつくりたいなと思っていた「しめ縄」。今年は友人が編んでくれた縄に畑のだいだいと庭の松を飾りました。

ずっとつくりたいなと思っていた「しめ縄」。今年は友人が編んでくれた縄に畑のだいだいと庭の松を飾りました。

もちろんいまもその気持ちは変わってないし、食べ物や身の回りのものなど、
できるだけ自分たちの手でつくっています。
ただ、最近はやらないといけない仕事(経理だったり、発注管理だったり)が増えて、
つくることを楽しむ機会が減ってしまった気がします。

小籠包づくりにみんなで挑戦。ひとりだったら絶対できないなぁ、これは。

小籠包づくりにみんなで挑戦。ひとりだったら絶対できないなぁ、これは。

小籠包の皮も、中に入れるスープのジュレも用意しました。小籠包ってつくるの大変。

小籠包の皮も、中に入れるスープのジュレも用意しました。小籠包ってつくるの大変。

時間に追われず、ただ目の前の「つくる」ことを楽しみたい。
それがいま感じていることです。

この包む作業がなんとも楽しい。

この包む作業がなんとも楽しい。

猫の飼い主同士をつなぐ
マッチングサービス〈nyatching〉。
福岡からペットの殺処分ゼロを目指す

〈地方創生ワカモノ会合in福岡〉で講演をした
〈nyatchig(ニャッチング)〉というサービスを展開する谷口紗喜子さん。
京都で生まれて、東京と大阪で2年ほど働いた後、福岡市に移住。
会社員として働くうちに、現在のサービスを思いついた。
〈Fukuoka Growth Next〉などの創業支援もあり、福岡にて起業した谷口さんに、
実際の事業展開や起業ストーリーを伺った。

猫好きが集まるコミュニティをつくる

ひと昔前までは、ペットといえば犬が多かった。
しかし、近年では室内で飼いやすい猫をペットに選ぶ傾向になり、
2017年には猫の飼育頭数は犬のそれを超えている。

そんなペット事情の変化を教えてくれたのが谷口紗喜子さん。
谷口さんはまさに猫にスポットを当てたさまざまなサービスを提供する
〈nyans(ニャンズ)〉を起業し、代表取締役を務めている。

「ペットホテルはケージが狭いから猫がかわいそう」
「預け先がないから猫が飼えない」
「犬と違って外へ猫と一緒に散歩に出かけないから、猫の飼い主の友だちができにくい」
nyansは、そんな悩みを抱えている猫の飼い主、
そして純粋な猫好きの人々がメインターゲット。
マッチングならぬ“nyatching(ニャッチング)”を通じて、
困ったときや必要なときに登録者同士で互いに猫を世話し合ったり、
愛猫の誕生日を一緒に祝ったり、
もし迷子になるようなことがあれば捜索を手助けしたり、
猫をきっかけとしたあたたかいコミュニティを日本中に広げることを目指している。

利用したいユーザーは公式サイトから居住地などの個人情報を登録。
その後、サイトの利用者同士でメッセージをやり取りし、
猫好きたちが親睦を深めていく仕組みになっている。

新入「猫」社員の小春ちゃん。

新入「猫」社員の小春ちゃん。

犬の場合、飼い主が外へ散歩に出かければ、別の飼い主と道で出会うことができる。
公園に行って愛犬と一緒にベンチに座っていれば、
同じような犬の飼い主に声をかけられることもあるだろう。
しかし、室内で飼うことが多い猫の場合、その機会が少ない。
猫の飼い主と外で出会う可能性は、犬よりも断然低いのだ。

「その場に猫がいるわけではないので、
『猫を飼っていますか?』とでも声をかけない限り、飼い主なのかどうかわかりません。
そのため、飼い主同士の情報交換もままならないという状況になりがち。
そういった意味で、猫の飼い主に関するデータはとても集めにくいんです。
もともと集積しにくいデータであることに加え、昨今は猫ブームですから、
私たちのビジネスプランは絶対にうまくいくと思えました」

昨今の猫ブームがnyatchingの追い風になっているのだという谷口さん。

昨今の猫ブームがnyatchingの追い風になっているのだという谷口さん。

nyatchingのサービス内容だけに目を向けると一般消費者向けだ。
しかし最初からそこで大きな収益を出そうと考えていなかった。

「猫の飼い主が集まるコミュニティを持ち、
猫の飼い主たちにまつわるデータを集積していることで、
そのデータをBtoBの取引に活用して収益を図るというビジネスプランです。
例えば、私たちが得ているデータをベースにして、メーカーと協力することで
完成度の高い猫向け商品を独自に開発することが可能になります」

仕事と子育ての両立、
実は限界だったかも……?
娘を預けて起きた変化

保育所は人手不足。待機を続けた8か月

この連載では、人口400人ほどの岩見沢市の集落・美流渡(みると)や周辺の人々と
その活動を中心に執筆してきた。取材記事が多めになっているのは、
なんとなく自分のことばかり書くのも気が引けるし、
外に目を向ければネタが豊富だからなのだが、
今回、久しぶりに仕事と子育てについて振り返ってみようと思う。

そんな気持ちになったのは、昨年12月に末娘が保育所に通うようになったからだ。
本当は昨年春から預かってもらおうと考えていたのだが、
徒歩で連れて行ける地元の小さな保育所は人手不足。
現状の保育士の数では、1〜2歳児の定員はいっぱい。
新しい保育士さんが見つかるまで、やむなく待機することとなった。

例年に比べて今年は雪が本当に少ないけれど、それでも地面は真っ白。雪で絵を描くと娘は喜ぶ。

例年に比べて今年は雪が本当に少ないけれど、それでも地面は真っ白。雪で絵を描くと娘は喜ぶ。

もちろん都市部と違って車で10〜20分ほどのまちなかには保育所の空きはある。
ただ、わが家の場合、長男はスクールバスで小学校に通っており、
週2回は親のお迎えも必要。
長女は幼稚園。園バスがあるもののバス停は家から遠いため、
車で送っていかなければならない。

こうした状況で、仮に末娘をまちなかの保育所に入れるとなると、
送迎のスケジュール調整がかなり大変になる。
しかもわたしは運転が苦手中の苦手(にもかかわらず
不便な立地の暮らしを選んだのは自分)なので、送迎は夫が担当。
そんなこともあり、待機しか選択肢がなかったのだ。

同時に、私は育児のために仕事を休むという考えを持っていなかった。
こんな僻地にいるわたしに仕事を発注してくれる仲間の依頼を
断ることなんてできなかったし、なにより仕事をしているときが、
一番ワクワクするからだ。

家の裏はミニゲレンデ。スキーやソリ滑りが楽しめる。田舎だからこその贅沢が味わえるが、子どもたちの送迎は都会に住んでいたときよりも大変だ。

家の裏はミニゲレンデ。スキーやソリ滑りが楽しめる。田舎だからこその贅沢が味わえるが、子どもたちの送迎は都会に住んでいたときよりも大変だ。

子育ても3人目ともなればベテランの域だし、仕事があっても
子どもも見られるんじゃないかと、わたしは当初、楽観的だった。

リビングにある食器棚の上にパソコンを置いて、立って仕事。
幸いなことに末娘は独立心が強く、ひとり遊びもできるし、
ごはんも自分で食べてくれる。
おっぱいをあげれば2時間ほど眠ってくれることもあり、短い時間をつなぎながら、
原稿を執筆したり、書籍や雑誌の編集をこなしてきた。

リビングで立ったまま仕事。食事のしたくをしたり、子どもの相手をしたりしながら、断続的に編集の作業を続ける。(撮影:津留崎徹花)

リビングで立ったまま仕事。食事のしたくをしたり、子どもの相手をしたりしながら、断続的に編集の作業を続ける。(撮影:津留崎徹花)

ただ、昨年の夏頃になると、2歳になった末娘は次第に活発になってきた。
ずっと家にいることに飽きたり、絵本を読んでほしいとせがんだりするようになり、
だんだんと仕事の時間は圧縮されていった。

同時にわたしは、とてもイライラするようになった。
原稿を書こうと気持ちを向けた瞬間に、キーを打ち込もうとする手を
娘が払ったりすることもしばしばで、つい声を荒げてしまうこともあった。

また、夫に子育てよりも仕事を優先しているのではないかと諭されると
言い返してしまって、口論も絶えなかった(この時点では、
そろそろ更年期の症状が出ているのではないかと疑っていたのだが……)。

そんな日々を送っていたのだが、待機を続けて8か月、
ついに保育士さんが見つかったという連絡が保育所から舞い込んだ。
連絡をもらって1か月のあいだに、面接をして、入所の手続きをして、いよいよ初登園。
末娘は、躊躇することなく堂々と保育所へと入っていった。

娘を保育所に送るときに便利なのはソリ。

娘を保育所に送るときに便利なのはソリ。

小豆島の農家〈HOMEMAKERS〉
野菜を育てる、料理する、食べる、
そして伝えるということ

あらためまして、〈HOMEMAKERS〉です

この「小豆島日記」を書き始めてもうすぐ7年になります。
今回が連載241回目!
この連載は、私のいままでの人生の中でもトップ5に入る
「続いてること」なんじゃないかと思ったります(ほかに何かあったかな……汗)。

最近友人から言われたのですが、
「小豆島日記を読んでいても、〈HOMEMAKERS(ホームメイカーズ)〉のことを
よく知らない人ってけっこう多いんじゃないかな。
小豆島に移住した三村さん家族としては知られているけど、
その三村さんたちがやってるHOMEMAKERSは
野菜やジンジャーシロップをつくっていて、
販売している農家ってことまでつながってないかも?」と。

そうなんですかね……。伝わっていると思っていても、
意外と伝わっていないことって多いのかもしれないですね。
というわけで、今日はあらためてHOMEMAKERSのこと、
主に農業と野菜のことを書こうと思います。

「カステルフランコ」という名前のリーフチコリ。ちょっと苦味のある野菜で、ちぎってサラダとして食べることが多いです。とにかくその色と模様が美しい。

「カステルフランコ」という名前のリーフチコリ。ちょっと苦味のある野菜で、ちぎってサラダとして食べることが多いです。とにかくその色と模様が美しい。

チンゲン菜の収穫。今年はきれいに育ちました。

チンゲン菜の収穫。今年はきれいに育ちました。

HOMEMAKERSは、小豆島に移住後、
2013年6月にたくちゃん(夫)と夫婦で立ち上げた事業です。
税務上はたくちゃんの個人事業として登録していて、
私は青色専従者というかたちで働いています。
たくちゃんと私以外にも、島で暮らす友人7人ほどが
週1〜3日手伝いに来てくれています。

赤カブ。気づいたら大きくなってて、早く出荷しなきゃ。

赤カブ。気づいたら大きくなってて、早く出荷しなきゃ。

主な業務は「農業」。年間通していろいろな野菜を育てています。
2019年は品種でいうと100種類以上。
年中ずっと種まきして、苗を育てて、畑に植えて、
メンテナンスして、収穫するというのを続けています。
少量多品種栽培といわれたりするスタイルです。
一年中ずっと作業があるので大変なのですが、一年中いろんな野菜が食べられます。

野菜を栽培中、農薬は使っていません。
子どもも大人もいつでも畑に安心して入って、野菜に触れられるようにしたいし、
畑にいる多種多様な菌や虫をなるべく殺さず、
山や森のように自然に近い状態でありたいから。

黒大根。象の皮膚みたいな皮で、その形と色から黒魔術大根~! と盛り上がって写真撮りました。

黒大根。象の皮膚みたいな皮で、その形と色から黒魔術大根~! と盛り上がって写真撮りました。

黒大根、オーブンで焼いたらとてもおいしい! 水分が少なくてホクホク。クロダイコンフライにしたらヘルシーでおいしいそう。

黒大根、オーブンで焼いたらとてもおいしい! 水分が少なくてホクホク。クロダイコンフライにしたらヘルシーでおいしいそう。

それから肥料は有機的なものを使っています。米ぬかや草や木、魚粉や鶏糞など
動植物性の有機物を発酵させたり、焼成したりした肥料です。
化学肥料と言われる化学的に合成された無機肥料は使っていません。

私たちは大量の野菜を生産する農業ではなくて、
自分たちと自分たちのまわりの人たちが
必要な野菜を育てられればいいなと思っています。
土地に負荷をかけず、健やかな土を保ち、
野菜を育てるのに最低限必要な肥料にとどめられればと。

9月に種を巻き苗を育て、11月に苗を植えた新玉ねぎ。

9月に種を巻き苗を育て、11月に苗を植えた新玉ねぎ。

新玉ねぎの収穫は2月末くらいから。今年もおいしい新玉ねぎが収穫できそうです。

新玉ねぎの収穫は2月末くらいから。今年もおいしい新玉ねぎが収穫できそうです。

〈ukishima〉小川優子さん
起業やアイデア、やりたいことを
実現できる場づくり

ずっとやってみたかったことをまずは口に出してみること、
身の回りを等身大で良くしていくこと。それらは毎日の心持ちを豊かにしてくれる。
小さな、けれども着実な一歩を踏み出せるよう、
まちの人の挑戦を後押ししてくれる場所があると聞いて、
今回は山口県萩市のコミュニケーションスペース〈ukishima〉を訪れた。

古民家をリノベーションしたという〈ukishima〉。外壁のトタンが粋な味を醸し出していた。定期船の汽笛や軽トラでまちを巡回する竿竹屋さんの歌声が聞こえ、のんびりとした雰囲気だ。

古民家をリノベーションしたという〈ukishima〉。外壁のトタンが粋な味を醸し出していた。定期船の汽笛や軽トラでまちを巡回する竿竹屋さんの歌声が聞こえ、のんびりとした雰囲気だ。

吉田松陰などの名士を数多く生み出し、城下町の風情が残るまち並みも魅力的な萩市。
そのなかでも日本海にほど近い「東浜崎」というエリアに、
〈はぎ地域資産株式会社〉の運営する〈ukishima〉はある。

この〈ukishima〉で、「u-pitch」(ユーピッチ)というプレゼン会を開いたり、
「やりたいことの解像度」を高めるワークショップを企画・運営しているのが
奈良県出身の小川優子さん。小さなまちならではの“充実”のあり方とは。
萩に移住した彼女に話をうかがった。

海を近くに感じながら自然体で暮らす

奈良県生まれ、奈良県育ちの小川さん。
以前は大阪で、デザイナーズブランドのアパレル販売員として働いていた。
萩に来るきっかけとなったのは、
東京にある〈Nui.〉というホステルとの出会いだったという。

萩は何回か会ううちにすごくかわいがってくれる、あたたかい人が多いと小川優子さん。まちの人は「萩には何もない」と言うが、小川さんが萩のことが好きだ!と褒めまくると「へ〜!まあな!」とかわいらしい返事が返ってくるそう。

萩は何回か会ううちにすごくかわいがってくれる、あたたかい人が多いと小川優子さん。まちの人は「萩には何もない」と言うが、小川さんが萩のことが好きだ!と褒めまくると「へ〜!まあな!」とかわいらしい返事が返ってくるそう。

「内観のデザインに惹かれて〈Nui.〉について詳しく調べていたら、
デザイナーの東野(あずの)唯史(現REBUILDING CENTER JAPAN代表取締役)さんが
手がけた建物が山口県の萩市にもあると知りました」

その建物とはゲストハウス〈ruco〉のこと。大工、左官屋、家具職人など、
ものづくりのプロと協力しながら建物をつくりあげていく記事の内容
萩の素材を散りばめ、
地元の職人さんと一緒につくった
ゲストハウス
「ruco」
medicala vol.2
)に
おもしろさを感じたそうだ。

〈ukishima〉の本棚。

〈ukishima〉の本棚。

「もともとものづくりが好きというのもあったし、
そういう職人さんたちと実際にお話できたらいいなと思って。
海の近くに住みたいというのもあったので、萩がピンときた感じです」

こうして2015年5月に小川さんは〈ruco〉を訪れ、
3か月の間ヘルパーとして働かせてもらうことになった。

「〈ruco〉では、仕事も性別も関係なくいろんな人が仲良くしてくれました。
周りの人から『萩のまちをこんな風にしていきたい』
『自分でこういうことをやってみたい』という話を聞くうちに、
私自身も『自分には何ができるんだろう』と意識して考えるようになりました」

「萩にはものすごくきれいな海が本当にすぐ近くにあって、贅沢な環境だなあと思いました」(小川さん)

「萩にはものすごくきれいな海が本当にすぐ近くにあって、贅沢な環境だなあと思いました」(小川さん)

「そういう姿ってすごくかっこいいなあと思って。
それに、萩には自然体な人が多いんですよね。
かっこつけすぎていないというか、自分のダメなところもさらっと話せてしまう、
ありのままな感じがいい。
最後は『どうしたら萩に住めるのか』ということばかり考えていました(笑)」

伊豆下田の美しい自然が織りなす絶景!
そこで起きている問題とは……

美しい自然に、いま起きていること

伊豆下田に移住して、もうすぐ丸3年が経とうとしている津留崎さん。
いまだに自然が織りなす美しい風景に
見とれてしまうこともあるとか。
でも、ただ感動しているだけではだめなのだ、と
思うようになったそうです。
美しい光景が広がる地で起きている問題とは?

〈まこっこ農園〉
才木誠さん・祥子さん
身の丈に合わせた「つながる農業」

のどかな風景が広がり、白ネギがやたらとシャキッとして植わっている。
遠目に眺めると、びっしりと連なるその列が緑のじゅうたんのようだ。

自然豊かな山口県宇部市で、この葉っぱまで丸ごと食べられる白ネギや
フルーツのように甘いミニトマト〈アイコ〉を中心に、
野菜を育てているのが〈まこっこ農園〉の才木誠さん・祥子さん夫妻だ。

宇部で農業を始めてから、今年で10年目。
蛍が生息するきれいな清水を使い、菌の多様性を最大限に生かす農業に取り組んでいる。

創業当初からつくり続けているミニトマトの〈アイコ〉。細長い形が特徴。

創業当初からつくり続けているミニトマトの〈アイコ〉。細長い形が特徴。

もともとは、夢と憧れを抱き、経験ゼロで農業の世界に飛び込んだふたり。
同じくゼロから新規就農し、子育て世代である若手農家5組で
〈情熱農家プロジェクト toppin〉というグループを結成した。
埼玉県出身の誠さんと山口県宇部市出身の祥子さんはどのようにして農業を始め、
継続し、そのスタイルを確立してきたのか、お話をうかがった。

想いを生かせる販路を見つける

〈おかわりカラフルトマト〉。トマトは産直アプリ「ポケットマルシェ」で直販を行っている(収穫期間中のみ)。〈サンココア、アイコ、サンチェリー、サンオレンジ、サンイエロー、サングリーン〉。時季に応じて多様なミニトマトがぎっしり入っている。

〈おかわりカラフルトマト〉。トマトは産直アプリ「ポケットマルシェ」で直販を行っている(収穫期間中のみ)。〈サンココア、アイコ、サンチェリー、サンオレンジ、サンイエロー、サングリーン〉。時季に応じて多様なミニトマトがぎっしり入っている。

トマトと白ネギの生産を主軸にしている〈まこっこ農園〉。
季節に応じて、キャベツやスナップエンドウなどの野菜もつくっている。
農園のモットーは「食べることを楽しく」だ。

「『葉っぱの部分なんて今まで食べてなかった』という人が食べてくれるようになったらうれしい」と祥子さん。

「『葉っぱの部分なんて今まで食べてなかった』という人が食べてくれるようになったらうれしい」と祥子さん。

「例えば、カラフルトマトみたいに
見た目でパッと気分が上がる野菜をつくりたかったんです。
葉っぱの部分まで食べられる白ネギなら、新しい食べ方ができるし楽しくなりますよね」
(祥子さん)

そうした自分たちの想いを守りながら農業一本で食べていくためには、
なにより販路の選択や販売方法が要になる。

「ミニトマトは、近くに産地がないんですよね。
個人で出荷するので数や量ではなく味や彩りといった
量以外の勝負をしていこうと考えました」(誠さん)

就農当時に手がけていたお茶は、
家族経営という自分たちの農業スタイルと照らし合わせて考えた。

「お茶は全国的に価格が低迷していて、そのなかで活路をつくることができず、
結局、野菜に専念することにしました。
ただお茶は今でも大好きで、日本茶インストラクターの資格を生かし、
地元の小学校などで“茶育”を続けています」(祥子さん)

祥子さんの家族の知り合いや飲食店への直販は、初期の頃から行っていた。

祥子さんの家族の知り合いや飲食店への直販は、初期の頃から行っていた。

店舗でも、特徴やこだわりをポップなどで伝え、付加価値をつけるようにしたという。

「その効果もあって、野菜を買ってくださるお客さんが少しずつ増えてきました。
売れるということで評価が見えやすいということが、
自分たちのやりがいにもつながったと思います」(祥子さん)

美流渡(みると)の廃校、
どうすれば活用できる?
想いをかたちにするための方法を考える

活用を考えるために起こしたさまざまなアクション

岩見沢の美流渡(みると)地域にあった小中学校が
昨年閉校して1年が過ぎようとしている。
1階の窓には板が打ちつけられ人気のなくなった学校は、なんとも物悲しい。

この小学校に息子が2年間通い、あるとき
「自分の人生で一番悲しかったことは小学校の閉校だった」と話したことがある。
学校として再生するのは難しいかもしれないが、以前のような賑わいをもたらしたい。
親としてできる限りのことはしておきたいと、昨年春から校舎活用の道を探ってきた。

こんなわたしの想いに共感し、校舎のこれからを一緒に考えてくれたのは
市内にある北海道教育大学岩見沢校の先生や学生たちだ。

教育大の岩見沢校は市内唯一の大学で、
芸術、スポーツ、それをつなぐビジネスという専攻がある。
このビジネスを専攻する学生たちが、
以前からフィールドワークとして美流渡地区を訪ねてくれたこともあり、
この地域でさまざまなプロジェクトを展開していこうという
機運が高まっていたところだった。

そんななかで、昨夏に中学校の体育館を使った「森の学校 ミルトをつくろう」という
地元の人々に向けたイベントを開催することができた。
元学校ということで「図工」「理科」「体育」をテーマにし、
プリザーブドフラワーなどを瓶につめてオイルで満たす「ハーバリウム」づくりや
子ども向けの水鉄砲による的あてゲームなどを、学生たちが企画してくれた。
また、冬にはこれらの活動の経緯を札幌で発表する機会も設けてくれた。

昨年、教育大では「万字線プロジェクト」という教育プログラムを実施。岩見沢の山あいがかつて炭鉱街として栄えた時代に、主に石炭輸送のためにつくられた鉄道路線が万字線。この線路があった美流渡を含む一帯で、学生がリサーチやイベントを企画。その一環として「森の学校ミルトをつくろう」も行われた。

昨年、教育大では「万字線プロジェクト」という教育プログラムを実施。岩見沢の山あいがかつて炭鉱街として栄えた時代に、主に石炭輸送のためにつくられた鉄道路線が万字線。この線路があった美流渡を含む一帯で、学生がリサーチやイベントを企画。その一環として「森の学校ミルトをつくろう」も行われた。

教育大と連携した活動を続けていくなかで、
「校舎を今後こんなふうに利用したらいいのではないか?」
という具体的な意見を聞く機会が増えてきた。
それらのなかには、実現に期待の持てるプランもあったが、
同時に運用することになった場合に、どんなスキルが必要なのかも
考えなければならないと思った。

校舎の規模は大きく維持費だけでもかなりの額が必要になるが、
全国を見渡せば実際に大きな建物を使って活動を行っている人たちもいる。
そうした先輩たちにアドバイスをもらいつつ、運用方法を具体的に
考えられる場があったらいいのではいかとわたしは考えるようになった。

校舎活用については市や町会の意向もあるので、
もちろんわたしや教育大のアイデアが採用されるかどうかは未知数だが、
まずは有志が集まって何ができるのかを探ってみたい。
そんな思いから、この冬、連続セミナーを開催することにした。

セミナーのタイトルは
「森の学校ミルトをつくろう みんなでまちと校舎のことを話してみませんか?」
(ちょっと長い!)。

第1回目のゲストスピーカーとして依頼をしたのは小田井真美さんだ。
小田井さんは、札幌市が以前運営していた旧宿泊施設を利用して、
〈さっぽろ天神山アートスタジオ〉という
アーティスト・イン・レジデンスの拠点を運営するディレクターで、
アーティストと一緒に美流渡を訪ねてくれていたというつながりもあった。

小田井真美さんは、長年アーティスト・イン・レジデンス事業やアートプロジェクトの運営に関わってきた。昨年、フランス人アーティスト、ニコラ・ブラーと美流渡にリサーチに訪れたこともある。(写真提供:さっぽろ天神山アートスタジオ)

小田井真美さんは、長年アーティスト・イン・レジデンス事業やアートプロジェクトの運営に関わってきた。昨年、フランス人アーティスト、ニコラ・ブラーと美流渡にリサーチに訪れたこともある。(写真提供:さっぽろ天神山アートスタジオ)

おいしい小豆島!〈小豆島島鱧〉
瀬戸内海育ちの良質なハモ

小豆島の食卓に並ぶ、おいしいもの

小豆島って本当に食材豊かな島だなぁと常々思います。
あらためてその小豆島の食材について「おいしい小豆島」シリーズとして、
今年は何回か書いていこうと思います。

瀬戸内海育ちのハモを使った「鱧天丼」。

瀬戸内海育ちのハモを使った「鱧天丼」。

〈瀬戸内国際芸術祭2019〉の期間中営業されていた〈瀬戸一食堂〉さんでは、鱧定食や鱧天丼など、浜の母ちゃんたちがつくってくれるごはんを食べられました。

〈瀬戸内国際芸術祭2019〉の期間中営業されていた〈瀬戸一食堂〉さんでは、鱧定食や鱧天丼など、浜の母ちゃんたちがつくってくれるごはんを食べられました。

小豆島に引っ越してくる前のうちの食卓には、
近所の大きなスーパーで買ったお肉や野菜、調味料などが並んでいました。
どこで誰がどうやって育てたのか、つくったのかわからない食材たち。
パッケージをみてなんとなくおいしそうだなとか、
こっちのほうが安くてお得だなとか、そんなふうに食材を選んでいました。
それが普通だったし、そこに対して不満を感じていただわけでもありませんでした。

子どもが生まれてからは少し「食」への意識が高まり、
なるべく体にいいものを食べようと、
オーガニックスーパーで買い物することも増えました。
でも、誰がどんなふうにつくったのか深く知ろうとすることもなく、
なんとなく良さそうなものを選んでいたような気がします。

小豆島に引っ越してきてからは、食材の選び方、調達の仕方が大きく変わりました。
野菜は自分たちが育てているし、お米は近所の方から分けていただき、
お味噌や梅干しもつくるようになりました。
醤油は醤油屋さんの工場へ直接買いに、魚は瀬戸内産の新鮮な魚が並ぶ近所の商店へ。
スーパーで購入するものもありますが、以前に比べて、地元でつくられたもの、
採れたもの、知ってる人がつくったものを食べることがとても増えました。

ある冬の日のうちの食卓。〈HOMEMAKERS〉の野菜を中心に、パンはサツマイモと交換で送っていただいたもの、調味料は友人がつくったもの。

ある冬の日のうちの食卓。〈HOMEMAKERS〉の野菜を中心に、パンはサツマイモと交換で送っていただいたもの、調味料は友人がつくったもの。

「地元のものをなるべく食べるようにしよう」という
自分たちの考え方がそうさせたのもあるのですが、
小豆島の食は魅力的で、おいしいものがあふれていて、
自然と小豆島のものを多く食べるようになっていったような気がします。
いまでは食卓に並ぶ食材の多くが、小豆島産のもの、
知っている人がつくったものになりました。

畑作業を手伝ってくれているオリーブ農家〈tematoca〉さんのエキストラヴァージンオリーブオイルも食卓に並びます。

畑作業を手伝ってくれているオリーブ農家〈tematoca〉さんのエキストラヴァージンオリーブオイルも食卓に並びます。

さて、前置きが長くなりましたが、そんな「おいしい小豆島」のひとつとして、
今回は〈小豆島島鱧(しまはも)〉(以下、島鱧)のことを書きます。

四海(しかい)漁港から漁に出ていく漁船。

四海(しかい)漁港から漁に出ていく漁船。

この日は偶然、四海漁協の田中くんがいて、ハモのことを話してくれました。

この日は偶然、四海漁協の田中くんがいて、ハモのことを話してくれました。

水槽で畜養管理中のハモ。

水槽で畜養管理中のハモ。

具材は? 味噌or醤油派?
地域性を楽しむ
「わたしのまちのお雑煮」

今月のテーマ 「わたしのまちのお雑煮」

お正月にかかせない料理「お雑煮」。
主に元旦から数日にわたって食す、餅が入った汁仕立ての料理、
という様式は全国的に共通しているものの、
具材や味つけは地域によってさまざまという、類稀な料理です。

住まう地域と、ほかの地域のお雑煮を比べてみて、
「こんな具材が入るなんて!」という驚きも楽しい!

今回は、日本各地にI・Uターンした皆さんに、
移住先で出合ったお雑煮や、故郷のお雑煮との比較など、
各地のお雑煮事情を教えてもらいました。

■北海道エリア

【北海道羅臼町】 旨みたっぷり! 羅臼昆布×鮭節の出汁でいただくお雑煮

羅臼町のお雑煮。

焼いた角餅と、彩りのナルト。具だくさんの羅臼町のお雑煮。

北海道には、もともとお雑煮は存在しませんでした。
それは、アイヌの食文化にお雑煮がなかったからです。

明治時代に入植した開拓者それぞれのお雑煮が混ざり合ってできたものが、
現在の北海道のお雑煮となっています。

地域の方にお雑煮をつくってもらいました。

羅臼町のお雑煮に、コレという形式はありませんが、
この地域だからこそ実現できるお雑煮を紹介します。

羅臼町には、“昆布の王様”とも呼ばれる「羅臼昆布」と、
産卵後の脂が抜け落ちた鮭を利活用した「鮭節」があります。

濃い出汁がとれる、和食には欠かせない羅臼昆布。

濃い出汁がとれる、和食には欠かせない羅臼昆布。

北海道の一部でしか製造されていない鮭節。鰹節とはまた違う旨みがあります。

北海道の一部でしか製造されていない鮭節。鰹節とはまた違う旨みがあります。

これらの合わせ出汁に、醤油で味つけし、
具材には、鶏肉、にんじん、ごぼう、しいたけ、焼き餅が入ります。
昆布×鮭節の黄金出汁による旨みたっぷり! 羅臼ならではの味です。

photo & text

大石陽介 おおいし・ようすけ

1988年静岡県焼津市生まれ。大学卒業後、静岡県の小学校教諭として富士山の麓で8年勤務。うち2年間は青年海外協力隊(JICA)としてモンゴルへ。現地の小中高一貫校で先生方へのアドバイス・子どもたちへの指導にあたる。現在は、羅臼町の地域おこし協力隊として、「ソトから見た羅臼」という視点でまちの魅力を発信中。町内のあちこちへ出向き、取材から撮影、編集までをひとりでこなす。

〈ジェラテリア クラキチ〉
藤井蔵吉さんの
好きなものに突き進むお店のつくり方

周南市の徳山駅付近では近年「好きなこと」をベースにお店を開業する
若者が増えているという。
寂しげだった商店街に賑わいを生み出しているお店のひとつが
ジェラート店〈ジェラテリア クラキチ〉だ。

「朝搾りミルク」「高瀬茶抹茶」などの定番ジェラートのほか、「フランボワーズの真っ赤なソルベ」など色鮮やかな季節のフレーバーが並ぶ。

「朝搾りミルク」「高瀬茶抹茶」などの定番ジェラートのほか、「フランボワーズの真っ赤なソルベ」など色鮮やかな季節のフレーバーが並ぶ。

周南市出身の藤井蔵吉さんが営む〈ジェラテリア クラキチ〉では、
常時10種類ほどのジェラートやソルベを手づくりしている。
なかでも、藤井さんの実家である〈藤井牧場〉産の牛乳が生かされた
「朝搾りミルク」が絶品だ。
すっきりさとコクが共存する〈ジェラテリア クラキチ〉のジェラートには、
固定客が多い。毎日足を運ぶ人もいるという。

今回は、Uターンしてから〈ジェラテリア クラキチ〉を開業した藤井さんに
話をうかがった。

ジェラートづくりには実験のような楽しさがある

実家の〈藤井牧場〉から直送される生乳。そのまま飲ませてもらったところ、ほのかな甘みでさっぱりとしており、とてもおいしかった。

実家の〈藤井牧場〉から直送される生乳。そのまま飲ませてもらったところ、ほのかな甘みでさっぱりとしており、とてもおいしかった。

地元から近い広島の高校を卒業後、北海道の畜産大学に進学した藤井さん。

「純粋に生物や化学、特に実験が好きだったので、大学でも勉強したいなと思って。
北海道を選んだのも、当時〈ムツゴロウ王国〉に憧れていたからでした」

正月を過ぎたらお飾りはどうする?
正月飾りで感じた東京と下田の違い

お正月、移住後の小さな変化

東京から伊豆下田へ移住して
3度目のお正月を迎えた津留崎さん一家。
いろいろな変化がありましたが、お正月にもちょっとした変化が。
そのひとつが、正月飾り。
下田には、東京では経験しなかった昔ながらの暮らしが
まだ残っているようです。

〈民宿ふらっと〉発酵食品で
能登イタリアンを完成させる。
外国人シェフが営む宿

半年先まで予約で埋まる石川・能登の民宿

能登半島の先のほうにある能登町から海を眺めると、
ちょうど富山県の立山連峰が海越しに見える。
その美しい景色を一望できる高台に、週末ともなれば半年先まで
予約で埋まることもある民宿がある。
オーストラリア人のベンジャミン・フラットさんと
能登町出身の船下智香子さんが営む、1日5組限定の〈民宿ふらっと〉だ。

今ある暮らしと伝統を、おすそ分けする場所

民宿ふらっとの様子。森に自生する木々が、宿の背後に勢いよく盛り上がっている。海と森、その両方を楽しむには絶好の環境だ。

民宿ふらっとの様子。森に自生する木々が、宿の背後に勢いよく盛り上がっている。海と森、その両方を楽しむには絶好の環境だ。

国内外から旅行者を引き寄せる民宿ふらっとの看板商品は、
能登の食材、能登の発酵食品を料理に生かした、
通称「ベンさん」のつくる能登イタリアンだ。

ベンさんは13歳から「farm to table」(身近な農場で採れた食材を調理に生かす)を
テーマにする実家のレストランで手伝いを始め、
シドニーにあるイタリアンレストランでは料理長を務めるまで、キャリアを磨いてきた。
イタリア料理は、土地の食材を生かす地産地消が多い。
能登に来たベンさんの考えも同じで、「地のもの」を重んじる姿勢は、
地元の漁港で揚がった魚介類を受け、
メニューが当日に決まるスタイルを見てもわかる。

アオリイカのアラギターラ。宇出津港で上がったアオリイカを使った手打ち生パスタ。(写真提供:民宿ふらっと)

アオリイカのアラギターラ。宇出津港で上がったアオリイカを使った手打ち生パスタ。(写真提供:民宿ふらっと)

調理では地元産の魚介類に、自分でつくった発酵食品の調味料「いしり」や
自家製ドレッシングなどを使って、手を加えていく。
使われる大根や干し柿なども敷地内の菜園や果樹園で採れる食材で、
食卓に並ぶパンも近隣にあるなじみのパン屋から仕入れている。

調味料のいしりとは地域によって「いしる」とも言い、
能登町ではイカを原料につくる発酵食品の魚醤油(うおじょうゆ)だ。
ベンさんは、こうした能登の発酵食品を大胆に取り入れ、
独自の能登イタリアンを完成させた。

特にいしりについては、もともと民宿の経営をしていた智香子さんの両親が、
だしや調味料として料理に使っていた。
魚介の香りが豊かなこの地元食品が、
べンさんのつくるイタリア料理の隠し味になっているのだ。

ベンジャミン・フラットさん。(写真提供:民宿ふらっと)

ベンジャミン・フラットさん。(写真提供:民宿ふらっと)

〈TAYORI MARKET〉
小豆島と東京をつなぐ、
西日暮里の小さな八百屋

東京の人や暮らしが見えてくる場所

みなさま、あけましておめでとうございます。
私たちは小豆島で暮らし始めて、8回目の新しい年を迎えています。
今年も「小豆島日記」をどうぞよろしくお願いします。

2020年になったからといって何かががらりと変わるわけでもなく、
相変わらず毎日があっという間に過ぎていき、気づけば1月も半ば。
本当に1日1日を大切にしたいなと最近よく思います。

やることに追われて何気なく過ごしているとあっという間にまた1年終わってしまう。
「今日は何しようか」
「今日はこんな日にしよう」
そんなふうに意識して自分のやりたいことに取り組める毎日を積み重ねていきたいなと。

さて、今年は年明け早々久しぶりに東京に行ってきました。
私たちが育てた野菜を使ってくださっているお店や、
ジンジャーシロップを販売してくださっているお店など、
いつもお世話になっている方々に会いに。
「人に会いに行く、会ってお話する」
これも今年大事にしたいなと思っていることです。

私たちの育てた野菜やシロップを販売していただいているのを見るのはうれしい。

私たちの育てた野菜やシロップを販売していただいているのを見るのはうれしい。

この冬に収穫した生姜を使った〈シトラスジンジャーシロップ〉(限定ホリデイラベル)の試飲販売。

この冬に収穫した生姜を使った〈シトラスジンジャーシロップ〉(限定ホリデイラベル)の試飲販売。

12月上旬にオープンしたばかりの八百屋さん〈TAYORI MARKET〉では、
この冬に収穫した生姜でつくった〈シトラスジンジャーシロップ〉と
冬野菜の試食販売をさせていただきました。

TAYORI MARKETは、西日暮里駅すぐそばの
〈西日暮里スクランブル〉という施設の中にあって、東京・谷中を拠点に
建築設計、飲食事業などを営んでいる〈HAGI STUDIO〉さんが運営されています。

4年前、私たちが〈HAGISO〉(古い民家を改修したカフェや
ギャラリーなどの複合施設)を訪れたのが最初の出会いで、
HAGI STUDIOの方々も小豆島へ来てくれたり、
私たちも東京へ行くときはお店に立ち寄ったり、
そんなご縁で〈HOMEMAKERS〉の野菜やシロップを使ってくださっています。

2019年12月にオープンしたばかりの〈西日暮里スクランブル〉。

2019年12月にオープンしたばかりの〈西日暮里スクランブル〉。

西日暮里駅のすぐ目の前にあって、毎日たくさんの人が行き来します。

西日暮里駅のすぐ目の前にあって、毎日たくさんの人が行き来します。

下田の移住農家〈モリノヒト〉。
在来種のタネで作物を栽培する夫婦

森の中で暮らす夫婦は、
なぜ在来種の農作物を
つくるのか?

伊豆下田のまちに近いエリアに移住した津留崎さん一家。
当初はもっと人里離れた“田舎暮らし”をイメージしていたそうです。
そんな津留崎さんが移住前に思い描いていたような
田舎暮らしを実践する、下田の農家の夫妻。
在来種の農作物をつくり加工品などを販売する
〈モリノヒト〉の暮らしとは。

『小さなデザイン 駒形克己展』から
小さな出版活動の可能性を考える

アメリカ時代から絵本づくりまで。40年の足跡をたどる

造本作家でありグラフィックデザイナーである駒形克己さんは、
わたしの本づくりの指針となる存在だ。
駒形さんはニューヨークでデザイナーとして活躍し、
帰国した後に〈ワンストローク〉という会社を立ち上げ、
以来、独自の本づくりを行ってきた。

15年ほど前に取材をさせていただいたのがご縁で、
その後、何度かお目にかかる機会があり、
駒形さんの本づくりの姿勢に刺激を受けたことが、
自分なりの出版活動を行う始まりとなった。

そんな駒形さんのこれまでの足跡を紹介する『小さなデザイン 駒形克己展』が、
11月23日から東京の板橋区立美術館で開催されている。
開催予定を知ってから、わたしは展覧会を心待ちにした。
これまで駒形さんの活動に断片的に触れる機会があったものの、
表現がどのように展開していったのかを全体を通じて見たことはなかったからだ。

2019年6月、大規模改修を終えてリニューアルオープンした板橋区立美術館が会場となった。

2019年6月、大規模改修を終えてリニューアルオープンした板橋区立美術館が会場となった。

展覧会でまず注目したのはニューヨーク時代のデザインの数々だ。
駒形さんは、日本デザインセンターに所属していたグラフィックデザイナーの
永井一正さんのもとで3年間アシスタントを務めたあとに渡米。
ロスで作品制作を行い、ニューヨークへと渡り、
アメリカ3大ネットワークのひとつCBSで
デザイナーとしてのキャリアをスタートさせた。

CBSの採用は狭き門だったが、駒形さんはこのときある作戦を立てたという。
これまで、ニューヨークでさまざまな企業に出向き、
自分の作品を収めたポートフォリオを秘書に預けてきたが、
なかなか面接にこぎ着けることができなかった。
そこで、これまでつくってきた大判ファイルのポートフォリオではなく、
あえて小さなスライド集を用意するというアイデアを思いついたそうだ。

「CBSに電話をすると、いつものように
ポートフォリオを置きに来てくださいと言われたのですが、
自分のポートフォリオは小さ過ぎてなくされると困るからと伝えると、
なんと直接ディレクターに見てもらえることになったのです」(展覧会図録より)

そこで駒形さんは、自分の作品を撮影したスライド集を
小さなパッケージに詰めてプレゼンテーションに臨んだそうだ。
面接したディレクターは駒形さんの作品をとても気に入り、採用となったという。

ロス時代に制作したコラージュ作品。原画は失われてしまったそうだが、残っていたスライドから作品を再現した。

ロス時代に制作したコラージュ作品。原画は失われてしまったそうだが、残っていたスライドから作品を再現した。

CBSでの面接に持参したスライド集。小さなスライドに黒い厚紙でフレームをつけてある。

CBSでの面接に持参したスライド集。小さなスライドに黒い厚紙でフレームをつけてある。

このエピソードは、駒形さんがキャリアをスタートさせたときから、
既存の常識にとらわれない自分なりの視点を持っていたことをうかがわせる。

その視点は絵本づくりを始めてからも変わることなく、
通常の絵本の形に留まらないカードタイプのものや、
さまざまな方向に折ってたたまれたものなどがあったり、
科学や自然の事象をシンプルな言葉と形で伝えるものがあったりなど、
数え上げれば切りがないほどだ。

ファッションブランド〈ズッカ〉のロゴは、駒形さんが帰国してからの仕事。案内状やタグなどのデザインも手がけている。

ファッションブランド〈ズッカ〉のロゴは、駒形さんが帰国してからの仕事。案内状やタグなどのデザインも手がけている。

地域ならではの工夫がいっぱい!
「わたしのまちの保存食」

今月のテーマ 「わたしのまちの保存食」

南北に長く、地域によって異なる気候区分に属する日本。
だからこそ、その風土を生かした、地域ならではの保存食が根づいています。

山の恵みや、海の幸にひと手間加え、長い冬を乗りきるための工夫。
おいしいものを、さらにおいしく食べるアイデア。
その技術や伝統は、今でも私たちの食生活を支えています。
先人の知恵には、頭が下がるばかり!

今回は、全国の皆さんから集まった
ユニークな「保存食」をご紹介します。

■「海の恵み」を活用した、伝統の保存食

【北海道羅臼町】 旨みを最大限に引き出す伝統製法「開きダラ」

羅臼の海

世界自然遺産「知床」を有する最果てのまち、羅臼町。
海・川・森の生命のサイクルがもたらす恵の地であるため、
1年を通して豊富な海産物が水揚げされます。

アクセスがよいまちではないからこそ生まれる保存食がいくつもあり、
今回はその中のひとつ「開きダラ」をご紹介します。

浜で天日干しし、熟成を重ねる開きダラ。

浜で天日干しし、熟成を重ねる開きダラ。

タラは、体の8割以上を水分が占めるため、足がはやく、流通には不向きな魚。
ですが、羅臼のおいしいタラを全国へ届けたいという思いから、
加工方法を模索し、流通できるようにしたのが開きダラ。

開きダラ加工で大賑わいだった、昭和初期の風景写真。(提供:羅臼町郷土資料館)

開きダラ加工で大賑わいだった、昭和初期の風景写真。(提供:羅臼町郷土資料館)

絶妙な塩加減に調整した塩水に漬け、天日で平干し。
何日もかけて干し、表裏表と繰り返し、じっくり仕上げていきます。
形を整え、重石で押さえ、熟成を重ね、
最後に浜で仕上げ干しを何日も繰り返し、ようやく完成。
2週間以上かけてつくる昔ながらの製法を守り続ける文化が、羅臼には残っています。

開きダラは、噛めば噛むほど口の中に広がる旨みがあり、
料理で使うときには、水で戻して使うことで、
タラ本来の旨みを最大限に生かすことができます。

天日干し中の開きダラ

photo & text

大石陽介 おおいし・ようすけ

1988年静岡県焼津市生まれ。大学卒業後、静岡県の小学校教諭として富士山の麓で8年勤務。うち2年間は青年海外協力隊(JICA)としてモンゴルへ。現地の小中高一貫校で先生方へのアドバイス・子どもたちへの指導にあたる。現在は、羅臼町の地域おこし協力隊として、「ソトから見た羅臼」という視点でまちの魅力を発信中。町内のあちこちへ出向き、取材から撮影、編集までをひとりでこなす。

〈森の出版社ミチクル〉の新刊は、
道南せたなの農家グループ
〈やまの会〉の本

出版の既成概念にとらわれない本づくりを

岩見沢市の山あいの集落、美流渡(みると)地区で始めた
〈森の出版社ミチクル〉という活動。
昨年に立ち上げてから、いろいろな方に興味を持ってもらっていたが、
新刊がまったく出ないまま1年が過ぎ去っていた。
計画では昨年の夏に刊行する予定だった本が進まず、もどかしい日々を送っていた。

制作中だったのは、道南のせたな地区でオーガニックな農法で
作物や家畜を育てる5人の農家グループ〈やまの会〉に取材したものだ。
本づくりの経緯は以前の連載で書いたが、なぜ筆が進まなかったのかを
あらためて振り返ってみると、ずっと編集を続けてきたために身につけてしまった
“出版に対する既成概念”がジャマをしていたのだと気がついた。

やまの会のメンバーである村上健吾さんの牧場では、穀物飼料を与えず草だけで牛を育て、チーズをつくっている。牧場からは海が見渡せる。

やまの会のメンバーである村上健吾さんの牧場では、穀物飼料を与えず草だけで牛を育て、チーズをつくっている。牧場からは海が見渡せる。

この本のテーマとしたのは「死」。そしてその先に見える「生」だ。

やまの会のメンバーで家畜を育てている、
大口義盛さん、村上健吾さん、福永拡史さんは、
愛情を持って育てた動物たちを、やがては屠畜(とちく)に出すという
自らの仕事を通して「死」と向き合い続けてきた。

また、大豆やお米を主に育てる富樫一仁さん、
多彩な品種の作物を育てるソガイハルミツさんも、
自然の営みに日々寄り添うことで、「死」に対する独自の観念を持っていた。

やまの会のメンバーが考える死についてとことん深めたい。
そう思いながらインタビューの音声を文字に起こし、執筆にトライしていたのだが、
どこからともなく「死なんて重たいテーマに読者は興味を持ってくれるのだろうか?」
「エンターテイメントの要素も必要ではないか?」という考えが
ふつふつとわいてくるのだった。

こんなふうに、ひと目でわかりやすいキャッチーさと、
帯の言葉になりやすい打ち出しの強さが大切という、
商業出版で染みついた思考にとらわれてしまうこともあった。

インタビューの音源は手書きで起こした。手書きのほうが、大切な部分は文字を大きくしたりアンダーラインをつけたりなどがサッとできるので、自由度が高い。(撮影:佐々木育弥)

インタビューの音源は手書きで起こした。手書きのほうが、大切な部分は文字を大きくしたりアンダーラインをつけたりなどがサッとできるので、自由度が高い。(撮影:佐々木育弥)

しかし一方で、いままでつくってきた本のセオリーに沿ってしまっては、
自分で刊行する意味はあるのだろうか? という考えも浮かび、
両方が頭の中で渦を巻いて、まったく着地点が見出せなかった。

普段であれば、仮にさまざまな迷いがあっても“締め切り”に合わせるのだが、
自分で出すとなれば、安易に落としどころを見つけず時間をかけてもいいわけで、
そのためアイデアが浮かぶまでじっと待ったり、
とにかく手を動かしたりというのを断続的に続けていった。

〈Maple Activity Center〉
岩見沢の移住者たちが立ち上げた
地域に根ざしたアクティビティ

北海道岩見沢市の美流渡(みると)に移住した來嶋路子さんが、
いまとても気になっているというのが、
美流渡のお隣、毛陽というエリアで始まった
〈Maple Activity Center(メープルアクティビティセンター)〉。
今回はその活動と、アクティビティセンターを立ち上げたメンバーたちを取材しました。

広大な敷地で体験できるアクティビティ

札幌から車で約1時間、岩見沢市街地から車で約20分のところにある〈メープルロッジ〉。

札幌から車で約1時間、岩見沢市街地から車で約20分のところにある〈メープルロッジ〉。

岩見沢市の自然豊かなエリア、毛陽に佇む宿〈ログホテル メープルロッジ〉。
総面積20万平米という広大な敷地には、屋外テニスコートと屋内テニスコート、
りんごや桃などが収穫できる果樹園などもある。

一歩足を踏み入れると、開放感のあるホールが。太い丸太を柱や梁に使ったログハウス風ホテル。

一歩足を踏み入れると、開放感のあるホールが。太い丸太を柱や梁に使ったログハウス風ホテル。

スイートルーム「ホワイトバーチ」は広々として家族で泊まるのに最適。4名利用で1名13550円~(税別)。

スイートルーム「ホワイトバーチ」は広々として家族で泊まるのに最適。4名利用で1名13550円~(税別)。

以前から宿泊施設だったが、老朽化した設備などを一新し、
2018年4月に大幅リニューアル。料理も北海道産の食材にこだわるなど、
よりこの地域の魅力を生かす宿に生まれ変わった。
天然温泉や本格的なフィンランド式サウナも備え、グランピングも楽しめる快適な宿だ。

敷地内には菜園もあり、ここでとれた野菜やエディブルフラワーもレストランの料理に使用されている。

敷地内には菜園もあり、ここでとれた野菜やエディブルフラワーもレストランの料理に使用されている。

そのメープルロッジのフィールドで、4輪バギーなどのアクティビティを提供するのが、
〈Maple Activity Center(メープルアクティビティセンター)〉だ。
ここでは4輪バギーで公道を走ることはできないが、
免許はなくてもスタッフの講習を受け、広大な敷地の中を駆け巡ることができる。
近年、各地で人気が高まっているアクティビティだ。

ほかにも「焚き火カフェ」や地域の歴史を知ることができるようなサイクリング、
冬はスノーシューなど、このエリアで楽しめるアクティビティを企画、実施している。

4輪バギーはバイクのような乗り物だが、4輪でバイクよりも安定感がある。

4輪バギーはバイクのような乗り物だが、4輪でバイクよりも安定感がある。

このアクティビティセンターを立ち上げたのは、
イラン出身でアメリカ育ちのスティーブン・ホジャティさん。

「ここは草地が広がる広場もあるし、4輪バギーだったら
この敷地内でも楽しめるんじゃないかと思いつきました」

12歳未満の子どもは大人と同乗すれば乗車できるので、
家族でも、大人同士でも楽しめると好評だ。

〈岡崎カメラがっこう〉プロジェクト。
楽しい時間、すてきな風景は
自分たちでつくろう

カメラ片手に歩きながら、まちの魅力を発信!

いよいよ年末ですね。
2019年も残すところわずかになりました。
毎年この時期は野菜の収穫・出荷も多く、生姜の加工作業などもあり、
私たちはバタバタ。まさに師走。正月休みが待ち遠しい〜。

さてそんな年末、今回は私の故郷のことを書こうと思います。

岡崎で60年以上続く朝市「二七市(ふないち)」。小さい頃によく行きました。私にとって懐かしい風景。

岡崎で60年以上続く朝市「二七市(ふないち)」。小さい頃によく行きました。私にとって懐かしい風景。

私はすっかり小豆島の人として、小豆島での日々のことを書き続けているわけですが、
生まれは愛知県の岡崎市というまちです。

岡崎市というと、徳川家康の生誕地、八丁味噌の産地、
自動車関連産業が盛んなまちなど、いろんなイメージがあると思います。
愛知県の真ん中あたりにあって、田舎でもなくて、
かといって大都市でもない地方のまち。
2030年くらいまでは人口がゆるやかに増えていくと予測されていて、
人がたくさんいる元気で豊かなまちなんじゃないかなと思います。

地元の高校を卒業し、岡崎を離れて20年以上になりますが、
昨年から〈岡崎カメラがっこう〉という企画を通して
岡崎に関わらせていただいています。
私が岡崎出身だと知っていた知人が声をかけてくれたのがきっかけで昨年から始まり、
今年で2年目になります(経緯の詳細は、こちらの記事を読んでくださいね)。

〈岡崎カメラがっこう〉のWebサイト。

〈岡崎カメラがっこう〉のWebサイト

家具屋さんだったビルを改修したカフェ〈wagamama house(ワガママハウス)〉さんをお借りしてカメラ講座。

家具屋さんだったビルを改修したカフェ〈wagamama house(ワガママハウス)〉さんをお借りしてカメラ講座。

〈小豆島カメラ〉もサポートしていただいているオリンパスさんが参加者全員にミラーレス一眼レフカメラを貸し出してくれました。

〈小豆島カメラ〉もサポートしていただいているオリンパスさんが参加者全員にミラーレス一眼レフカメラを貸し出してくれました。

岡崎カメラがっこうは、カメラを片手にまちをめぐり、まちの人たちと話し、
まちの人の写真を通じて岡崎の魅力を発信・再発見するプロジェクトです。
私が小豆島で活動している〈小豆島カメラ〉と共通する部分が多く、
その経験を踏まえて、どんな思いでどんなふうに活動してるかを伝えながら、
カメラの使い方なども含めてお話したり、一緒にまちを歩いて撮影したりしています。

カメラを持って岡崎のまちにある製造メーカーやお店を訪ねます。

カメラを持って岡崎のまちにある製造メーカーやお店を訪ねます。

どんな思いでお店をされているのかなどお店の方とお話したり。

どんな思いでお店をされているのかなどお店の方とお話したり。

農園の生産者さんにお話をうかがったり。

農園の生産者さんにお話をうかがったり。

まちから山の中まで岡崎のいろんな場所を訪ねます。

まちから山の中まで岡崎のいろんな場所を訪ねます。

日本初の〈アースシップ〉!
廃タイヤ、空き缶、空き瓶でできた
“地球をゆりかごにしている家”

日本初の〈アースシップ〉住宅が完成!

徳島県と香川県の県境に近い、美馬ICから山側へと車を走らせる。
山肌がぐんぐん迫るなか、山道を走り続けること20分。
やがて目前に広がるのは、稜線と空だけ……。標高600メートル。
四国山脈の美しい山あいに2019年8月、日本初であり、アジアでも初となる
“循環型”オフグリッド住宅〈アースシップ〉が完成した。

この家は、2020年の春、ゲストハウスとしてオープンする予定で、
それまでの間、施主の倉科智子さんがこの家で暮らしている。
倉科さんは2015年に、神奈川県からここ徳島県美馬市に移住し、
“妄想”でしかなかったアースシップの建設を実現した。

「快適でオシャレ」と「地球に負荷をかけない」は両立する

「どうなっているの?」「見たい!」という声も多く、
ここ、日本で唯一のアースシップでは、見学ツアーも受け付けている。

〈アースシップ〉とは、アメリカのニューメキシコ州タオスに拠点を置く建築家、
マイケル・レイノルズ氏が1970年代からアメリカを中心に建て始めた住宅スタイル。
トライアル&エラーを繰り返しながら独自の工法を確立し、
〈アースシップ・バイオテクチャー社〉を設立、
今では世界中でおよそ3000棟が建設されている。

〈アースシップ〉の特徴をまとめると、
【特長その1】太陽光や風力などの自然エネルギーで電気を自給自足する(オフグリッド)。
【特長その2】生活用水は雨水でまかなう。
【特長その3】おもな建築資材がいわゆるゴミ。廃タイヤや空き缶、空き瓶を使う。
【特長その4】デザイン性に富み、美しい。

これらを兼ね備えた、ほかに類を見ない家なのだ。

木の板を並べたアプローチを進み、その姿が現れると、まるでおとぎ話の世界に迷いこんだような錯覚に陥る。一方で、裏山と調和し、ずっとそこにあったかのような佇まい。

木の板を並べたアプローチを進み、その姿が現れると、まるでおとぎ話の世界に迷いこんだような錯覚に陥る。一方で、裏山と調和し、ずっとそこにあったかのような佇まい。

自然エネルギーが循環している仕組みから紹介する。
まずは水。飲料水・生活用水は雨水。屋根で集水した雨水を貯水槽にため、
何度もろ過して塩素を加えたのち、台所やお風呂、洗面所などで使用する。
台所以外の生活排水は室内に設けられた菜園の根元を通るように設計され、
排水に含まれる養分を吸収して野菜や果物などの植物を育てている。
そして最後は、水洗トイレの水として使われる。

家の裏側に回ると、円墳のような屋根がふたつ。雨水を受ける堤を設け、底に敷き詰められた砂利によってろ過された雨水が地中に埋められた貯水槽に流れ込むようになっている。

家の裏側に回ると、円墳のような屋根がふたつ。雨水を受ける堤を設け、底に敷き詰められた砂利によってろ過された雨水が地中に埋められた貯水槽に流れ込むようになっている。

冷蔵庫も洗濯機も完備。都会での暮らしと変わらない快適性を維持している。

冷蔵庫も洗濯機も完備。都会での暮らしと変わらない快適性を維持している。

移住で飲み方が変わった?
みんなの手づくりおつまみが並ぶ
“家飲み”のススメ

なぜ「家飲み」は心地よいのか?

お酒を飲むのが好きという津留崎さん夫妻は
伊豆下田に移住してから、飲み会のスタイルに変化が。
友人たちと飲むことが決まると
「誰の家にする?」というのがお決まりで
“家飲み”が格段に増えたというのです。
それは、なぜなのでしょう?

〈ADDress〉の
全国「住み放題」サービスが、
ローカルのコミュニティを創出する

多拠点居住というサブスクリプションモデル

1か月4万円で、全国に自分の家が25か所以上あったら?
想像してみるとワクワクする話。
そんな“住み放題”という夢のような仕組みを実現したのが〈ADDress〉である。

「モノからコトへ、所有から利用へ」とはサブスクリプションモデルを語るときに
よく使われる言葉であるが、それがとうとう住居というジャンルにまで到達したようだ。

「ミレニアル世代が中核を担うようになってくる2035年頃になると、
デジタルノマドの人口が10億人規模になるという予測があります。
総人口の10%程度になってくると、
彼らに合わせた固定の家を持たない多拠点生活が増えていくのではないかと思います」
と言うのは、ADDressを立ち上げた佐別当隆志さん。

〈シェアリングエコノミー協会〉の理事でもある佐別当隆志さん。

〈シェアリングエコノミー協会〉の理事でもある佐別当隆志さん。

どこでも情報発信できるこの時代に、一番縛られているのが住居や住所。
場所に縛られないライフスタイルは、その人の可能性をもっと広げてくれるのではないか。

「地域で“生産”する人を増やしたいと思っています。
観光客が入れ替わり訪れても、地域の人と交流するわけではありません。
それよりは地域とのコミュニティ創出に力を入れたい。
だからハードよりもソフトに力を入れています」

多拠点生活ということで、
たくさんの住居を整えるハードを中心としたサービスと思いきや、
実はそこで行われるコンテンツなどのソフト面が重要だと語る。
よく見てみると、ADDressのサービスはすべてがそういった思想をもとに
設計されているようだ。

まず、ADDressはゲストハウスやホテルではない、つまり宿泊ではない。
あくまで「住む」ということ。利用者は都度、宿泊代を払うのではなく、
ADDressの全会員が、すべての物件に対して共同で賃貸借契約を結んでいることになる。

「私自身が自宅をシェアハウスにしていた体験から、
日本では、滞在型・交流型の民泊や宿は難しいと感じました。
その代わり、日本の法律のなかで地域と交流できるモデルを考えたのです」

日南市の油津商店街にあるADDress。20年近く閉まっていた角地にオープン。

日南市の油津商店街にあるADDress。20年近く閉まっていた角地にオープン。

全国に点在する「拠点」は、画一的ではなく、
それぞれのローカルの特徴が活かされている。
どの場所に、何日住んでも定額だが、1か所には最大連続7日間まで。
日数の上限を設けているのは、まずは多くの人にいろいろな地域を見てもらいたいから。
“旅行以上定住未満”という関係人口の創出や、流動性を促したいという目的だ。

「最近では観光案内所ではなく、
“関係案内所”のようなものをつくる自治体も増えています。
単なるおいしいお店や見どころを紹介するのではなく、
“おもしろい人”を紹介する。地域に住んでいる人自体が魅力だからです。
また会いに行きたいと思わせるような魅力が、継続的な関係性を生み出します」

ADDress日南邸の部屋。木の香りにあふれている。

ADDress日南邸の部屋。木の香りにあふれている。