連載
posted:2019.12.20 from:徳島県美馬市 genre:暮らしと移住 / アート・デザイン・建築
〈 この連載・企画は… 〉
ひとつのまちの、ささやかな動きかもしれないけれど、創造性や楽しさに富んだ、
注目したい試みがあります。コロカルが見つけた、新しいローカルアクションのかたち。
writer profile
Akiko Sato
佐藤晶子
さとうあきこ●企画・編集・執筆。出版社で雑誌、書籍の編集を経て独立。2011年、結婚を機に帰郷。東京在住時には中目黒の阿波踊り連に所属していた踊る阿呆(今はもっぱら見る阿呆)。阿波踊りと藍染め、徳島の食材(阿波尾鶏、金時豚、れんこん、鳴門わかめ、そば米、半田そうめん)が好きな阿波女。
photographer profile
Koga Mihoko
古賀美穂子(EARS編集室)
こがみほこ●福岡県大川市出身。徳島の出版社で6年間勤務後、独立。取材、撮影、記事制作と広く手がける。
徳島県と香川県の県境に近い、美馬ICから山側へと車を走らせる。
山肌がぐんぐん迫るなか、山道を走り続けること20分。
やがて目前に広がるのは、稜線と空だけ……。標高600メートル。
四国山脈の美しい山あいに2019年8月、日本初であり、アジアでも初となる
“循環型”オフグリッド住宅〈アースシップ〉が完成した。
この家は、2020年の春、ゲストハウスとしてオープンする予定で、
それまでの間、施主の倉科智子さんがこの家で暮らしている。
倉科さんは2015年に、神奈川県からここ徳島県美馬市に移住し、
“妄想”でしかなかったアースシップの建設を実現した。
「どうなっているの?」「見たい!」という声も多く、
ここ、日本で唯一のアースシップでは、見学ツアーも受け付けている。
〈アースシップ〉とは、アメリカのニューメキシコ州タオスに拠点を置く建築家、
マイケル・レイノルズ氏が1970年代からアメリカを中心に建て始めた住宅スタイル。
トライアル&エラーを繰り返しながら独自の工法を確立し、
〈アースシップ・バイオテクチャー社〉を設立、
今では世界中でおよそ3000棟が建設されている。
〈アースシップ〉の特徴をまとめると、
【特長その1】太陽光や風力などの自然エネルギーで電気を自給自足する(オフグリッド)。
【特長その2】生活用水は雨水でまかなう。
【特長その3】おもな建築資材がいわゆるゴミ。廃タイヤや空き缶、空き瓶を使う。
【特長その4】デザイン性に富み、美しい。
これらを兼ね備えた、ほかに類を見ない家なのだ。
自然エネルギーが循環している仕組みから紹介する。
まずは水。飲料水・生活用水は雨水。屋根で集水した雨水を貯水槽にため、
何度もろ過して塩素を加えたのち、台所やお風呂、洗面所などで使用する。
台所以外の生活排水は室内に設けられた菜園の根元を通るように設計され、
排水に含まれる養分を吸収して野菜や果物などの植物を育てている。
そして最後は、水洗トイレの水として使われる。
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次は電気。南向きのガラス窓の上に設置された12枚のソーラーパネルで発電したものを
車のバッテリー10個に蓄電し、冷蔵庫や洗濯機などすべての電力をまかなっている。
ガスはプロパンガスだが、お風呂やキッチンのお湯は太陽温水器を使用。
「天気が悪い日が続くと、電気が落ちることがあります。
だから、電力消費の高い洗濯機などは朝から太陽が出ているときしか使えません。
ここでの暮らしは毎日が実験。
天気次第で生活スタイルが変わるので、地球の恩恵を受けているなあと実感しますね」
さらに、この家の土台となる建築資材には廃棄物を利用している。
単にリサイクルというコンセプトで用いているのではない。
それぞれの特性を生かすかたちで活用し、家のデザインにも貢献している。
北側にあるリビングとベッドルームのそれぞれ北半分は土に埋まったような設計で、
壁は“土を詰めた廃タイヤ”を積み重ねたものからなる。
タイヤと土にはすぐれた蓄熱と放熱効果があるという。
部屋の温度変化を受けて“勝手に”熱を蓄えたり、放出したり。
年間を通して、室温はほぼ21℃に保たれる。だから、この家にはエアコンがない。
また、太陽の恵みを最大限に活用するため、南側には大きなガラス窓をしつらえ、
広いサンルームにしている。
部屋以外の壁に埋め込まれているのは空き缶と空き瓶。
壁の強度を高めたり、明かりとりになったりと、新たな役割を果たす。
「ここに来ると、男の人も女の人も、外国人も、高齢の方も、大工さん、電気屋さん、
サラリーマンも第一声はみんな『おお~~』なんです。
みなさん、子どものようにはしゃぐので、その反応が楽しくて」
ストイックさはどこにも感じられない。外気が5℃だった取材日も、
アースシップの玄関扉を開けると、土の匂いと湯たんぽのような暖かさに出迎えられ、
体がゆるみ、気持ちもほぐれた。
“サステナブルな暮らしは快適で洒落ている”ということを、
ここアースシップで目の当たりにできた。
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倉科さんがアースシップを知るきっかけとなったのは、2011年の東日本大震災。
ライフラインの“当たり前じゃなさ”を痛感し、
もともと興味があった自然エネルギーや自給自足の生活に急速にひかれていく。
一方で、電気のない生活を3週間ほど試したところ、
「冷蔵庫や電灯は手放せない!」と、そのありがたさを実感したという。
そこで、冷蔵庫や電灯などの利便性や快適性は維持しつつも、
できるだけ地球に負荷をかけず、
自然と共存できる暮らしはできないものかと調べていたら、
広いサンルームで植物を育てている美しい写真が目に留まる。
これがアースシップとの最初の出会い。
寝ることを忘れるほどのめりこみ、調べていくうちに、その美しいデザインのみならず、
「すべてのライフラインを自給自足している」「自分たちで家をつくる」などの
スタイルに共感。さらに、さまざまなタイプの人たちがゆるく生活している様子を知り、
自分の理想とする暮らしと驚くほどフィットしていると思った。
「すでに世界中に建っているようなので、日本にも1棟ぐらいあるだろうと思ったら、
いくら調べても出てこなくて。だから、いつか住めたらいいなあと妄想するだけで、
まさか自分が建てることになるとは……(笑)」
というのも、倉科さんはそもそもアースシップを建設する目的で移住したのではない。
「ずっと海辺で暮らしていたので、山の暮らしもいいなあと思って。
自然にひかれ、移り住んだようなもの」と笑う。
美馬市地域おこし協力隊として着任。
2016年に地元新聞社が主催する
地域密着型のビジネスプランを募集するコンテストに、
何でもいいから出してみないかと何度も勧められ、
妄想でしかなかったアースシップをゲストハウスとして建設するプランを発表。
ファイナリストに選ばれたことを機に、
思いがけずアースシップ建設計画が現実のものとして動き始めた。
「『計画的に進めていてすごいですね!』って言われることもあるんですが、
情熱だけで計画なんてありませんでしたから(笑)」
驚くべきことに、
このアースシップは日本の一般的な家づくりとはかけ離れている。
まずマイケル氏自らがその土地の風土に合わせた設計図を描く。
そして、実際の建設はマイケル氏と
アースシップインストラクター(アースシップの建設を過去何度か経験し、
マイケル氏より声がかかった人たち)のもとに、
アースシップの理念や建築技術を学びたいという参加者たちが世界中から集い、
4週間の滞在型ワークショップというかたちで行われるのだ。
しかも、マイケル氏以外は、ほぼ建築の素人。
倉科さん自身も建築を学んだり、建築業界で働いた経験もない。
マイケル氏から送られてくる設計図では日本の建築基準をクリアせず許可が下りないため、
知り合いの建築士らに何度も相談、図面の調整もお願いした。
最も苦労をしたのは建築資材の収集。
廃タイヤは約800本。しかも普通車サイズでは小さくて、4駆サイズ限定。
空き缶は約13000個。空き瓶は約4000本。
「集めるのにいったいどのくらいの労力がかかり、どのくらいの量になるのか、
まったく見当がつかないんです。
ほかにも誰もやったことがない、思いもよらないことの連続でしたが、
その都度、助けてくれる人たちに出会い、クリアできていきました」
そして、2018年11月5日~12月2日。
マイケル氏を筆頭に、総勢70名で日本版アースシップ建設のワークショップが行われた。
ロシアやイギリス、イタリア、モロッコ、韓国など海外からの参加者が半数以上で、
日本人を含む参加者全員の滞在場所の確保(このときは元学校だった施設を貸し切りにした)、
ケア、ランチの提供についても倉科さん自らが行った。
また、建設費のうち、クラウドファンディングでまかなったのは1割程度、
残りはほぼ倉科さんが負担している。
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このワークショップで無事アースシップが完成するかというと、そうではない。
壁のタイヤも天井の断熱材もむき出し状態で床もない。
さらにキッチンも浴槽もトイレも配管があるだけ。
内装はまだまだという段階で「あとは頑張ってね」と、マイケル氏らは帰っていった。
もちろん、その後もメールのやりとりというかたちでのサポートはある。
家もDIYという考え方が発達しているアメリカからすると、
珍しいことではないのかもしれない。
「さて、これからどうしようかなって。
私は知識も技術もないから、ひとりで完成させることはできません。
まちの金物屋さんに相談して、左官屋さんや大工さん、
電気屋さんなどを紹介してもらったんです」
そのひとりが大工の前坂文明さん。
「アースシップの相談役です!」と倉科さんは頼りにしている。
部屋の天井に張った板、お風呂場の奥にあるトイレのドア、庭にある倉庫、
庭のアプローチなど、見渡せばいたるところに前坂さんの腕が光る。
「この家に関わった人数はたぶんものすごく多いですよ」と、
前坂さんが言うとおり、地元の人から世界中の人たちまで、
ゆうに100人を超える人たちの力を借りて、
ワークショップから8か月後、このアースシップは完成した。
アースシップを建てたい! という方からの建築相談にも応じている倉科さん。
でも、ハウスメーカーに家を注文するスタイルとはまったく違って、
想像以上に施主自らがやらなければいけないことが多いことから、
具体的に話が進んでいる方はまだいないという。
「家の資材に使うという発想がなかったものを使って、こんなにすてきな空間が生まれる。
見学や宿泊を通じて実際に体感するだけで、
今まで使ってなかった思考回路が刺激されるんです。
『なるほど、こんなこともできるのか! じゃあ、あんなことも……』というふうに、
社会的常識や価値観を取っ払って思考がどんどん活性化する。
それが大事なんだと、マイケル氏は言っていました。
もちろん、そんなことは考えずに、
ただこのすばらしいロケーションに遊びに来てもらえるだけでもうれしいです」
アースシップも、アースシップが完成するまでのストーリーも
まるでつくり話のようだけど、幻ではなく、すべて本当のこと。
“地球をゆりかごにしているような家”として、
マイケル氏が設計した日本版アースシップ。
訪れる私たちひとりひとりの思考をやさしく揺らす地球の船は、
大自然の懐で確かに存在している。
information
Earthship MIMA
Web:https://www.earthshipmima.com/
※ゲストハウスの予約開始は決まり次第HPでお知らせします。
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