連載
〈 この連載・企画は… 〉
ひとつのまちの、ささやかな動きかもしれないけれど、創造性や楽しさに富んだ、
注目したい試みがあります。コロカルが見つけた、新しいローカルアクションのかたち。
writer profile
Tomohiro Okusa
大草朋宏
おおくさ・ともひろ●エディター/ライター。東京生まれ、千葉育ち。自転車ですぐ東京都内に入れる立地に育ったため、青春時代の千葉で培われたものといえば、落花生への愛情でもなく、パワーライスクルーからの影響でもなく、都内への強く激しいコンプレックスのみ。いまだにそれがすべての原動力。
credit
撮影:石阪大輔(Hatos)
1か月4万円で、全国に自分の家が25か所以上あったら?
想像してみるとワクワクする話。
そんな“住み放題”という夢のような仕組みを実現したのが〈ADDress〉である。
「モノからコトへ、所有から利用へ」とはサブスクリプションモデルを語るときに
よく使われる言葉であるが、それがとうとう住居というジャンルにまで到達したようだ。
「ミレニアル世代が中核を担うようになってくる2035年頃になると、
デジタルノマドの人口が10億人規模になるという予測があります。
総人口の10%程度になってくると、
彼らに合わせた固定の家を持たない多拠点生活が増えていくのではないかと思います」
と言うのは、ADDressを立ち上げた佐別当隆志さん。
どこでも情報発信できるこの時代に、一番縛られているのが住居や住所。
場所に縛られないライフスタイルは、その人の可能性をもっと広げてくれるのではないか。
「地域で“生産”する人を増やしたいと思っています。
観光客が入れ替わり訪れても、地域の人と交流するわけではありません。
それよりは地域とのコミュニティ創出に力を入れたい。
だからハードよりもソフトに力を入れています」
多拠点生活ということで、
たくさんの住居を整えるハードを中心としたサービスと思いきや、
実はそこで行われるコンテンツなどのソフト面が重要だと語る。
よく見てみると、ADDressのサービスはすべてがそういった思想をもとに
設計されているようだ。
まず、ADDressはゲストハウスやホテルではない、つまり宿泊ではない。
あくまで「住む」ということ。利用者は都度、宿泊代を払うのではなく、
ADDressの全会員が、すべての物件に対して共同で賃貸借契約を結んでいることになる。
「私自身が自宅をシェアハウスにしていた体験から、
日本では、滞在型・交流型の民泊や宿は難しいと感じました。
その代わり、日本の法律のなかで地域と交流できるモデルを考えたのです」
全国に点在する「拠点」は、画一的ではなく、
それぞれのローカルの特徴が活かされている。
どの場所に、何日住んでも定額だが、1か所には最大連続7日間まで。
日数の上限を設けているのは、まずは多くの人にいろいろな地域を見てもらいたいから。
“旅行以上定住未満”という関係人口の創出や、流動性を促したいという目的だ。
「最近では観光案内所ではなく、
“関係案内所”のようなものをつくる自治体も増えています。
単なるおいしいお店や見どころを紹介するのではなく、
“おもしろい人”を紹介する。地域に住んでいる人自体が魅力だからです。
また会いに行きたいと思わせるような魅力が、継続的な関係性を生み出します」
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人間関係という面で重要なのが、家守(やもり)の存在。
読んで字のごとく、各拠点を守る管理人のような存在だ。
とはいえ施設の管理をしているだけでなく、利用者と地域をつなげる翻訳者ともいえる。
「家守の採用基準は、地域コミュニティを積極的に活性化してくれる人です。
いい家守が見つかるかどうかは、拠点を決める基準にもなっています。
物件のオーナーや地域づくりをしている人たちからの紹介が多いですが、
そう簡単には決まりません。
ただし、家守をやりたいという人はすでに200人以上エントリーしていますね」
家守はただの管理人にあらず。
ADDress事業においては、家守のクオリティを高めることはかなり重要度が高いようだ。
実際、2020年1月からは〈家守の学校〉を開始する予定。
全国の地域で事業をつくっている講師陣や家守の先輩たちとともに、
地域の価値を高めるローカルイノベーターを育成していくという。
これは単なる管理人教育を超え、全国連携型の地方創生といえよう。
ここまで条件が揃ってくると、固定の家を手放し、ADDress物件のみで暮らしている人、
いまどきの言葉でいえば“アドレスホッパー”も出てきそうだ。
と思ったら、もうすでにいるらしい。
そのうちのふたり、細川哲星さんと西野誠さんにADDress日南邸で会った。
細川さんは、体験型観光のウェブサービス〈TABICA〉に所属していて、
もともと出張が多かった。現在、自宅を解約して約8か月。
「東京の家がもったいないという気持ちと、
出張時にビジネスホテルに泊まるのが寂しいと思っていたところ、
ADDressを知りました。
もともと出社義務のある会社ではありませんでしたが、
それでも最初は“そのサービス、大丈夫なのか?”と心配されましたね。
今では周囲も理解してくれています」
西野さんは4月にIT企業を退職し、フリーランスで働き始めたエンジニア。
退職と同じタイミングでADDressの利用を始めたという。
「始める前は旅行の延長で仕事する感覚でいましたが、いい意味で裏切られました。
まったく旅行ではなく、全国に家ができた感覚で、
より濃いつながりやネットワークができました」
ADDress物件のなかから基点となる家を決めて、そこに固定ベッドを設定し、
住民票も登録することができる。
細川さんは東京の雑司が谷、西野さんは神奈川の北鎌倉が基点。
ふたりとも、そこにある程度の荷物を置きつつ、
キャンプ道具などの大きな荷物はレンタルスペースなどを利用しているという。
「仕事に集中したいときは田舎のほうで作業します。
会議が多いときは会議週間にして東京にいたり」という細川さん。
西野さんも「絶対に忙しいことがわかっているときは、
南伊豆のようなリゾート地には行きません。遊びの誘惑に勝てないので(笑)」と、
そのときの仕事の状況によって使い分けているようだ。
ふたりはもともとは知り合いではなかったが、
ADDressの拠点で会っているうちに仲良くなり、
この日は連絡を取り合って日南に「住み」に来た。
こうした利用者同士はもちろん、地域の人とも濃いつながりが生まれている。
西野さんは南伊豆の拠点にいたとき、
家守が「パソコンの得意な人が来ている」と地域住民に紹介してくれた。
そこから仕事も生まれたという。
「先日、南伊豆で仲良くなった地元の人から電話がかかってきて
『ホームページがおかしくなったから見てほしい』と。
南伊豆に行って、バーの飲み代で直しました(笑)」と西野さん。
これは旅ではなかなか生まれない関係性だろう。
佐別当さんが思い描いていたような流動性もコミュニティの創出も、
少しずつ生まれているようだ。
「行ったことがない場所に行けるのも楽しいです。
自分が行きたいと思っている場所の近くにあるADDress拠点を探すのではなく、
ADDressに登録されている場所を基準にして行く場所を探したりします。
思いもしなかった場所に行くことができたり、
知らない場所を訪れるきっかけにもなっていますね」と西野さん。
移動をすると、どうしても非日常だと感じてしまうが、
ADDressは「住む」ことなので、これはあくまで日常の延長。目線はそこにある。
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ADDress日南邸は、1階がレコードスペースというユニークな取り組み。
とはいえ、カフェではないし、有料でもない。
たくさんのレコードが置いてあって、自由に聴くことができる。
近くの写真館の店主が管理人としてカギの開け閉めを行い、
向かいの床屋さんが毎朝訪れてくるという。
レコードの管理や入れ替えなどは、近所のレコードバーが担当。
コミュニティ全体で支えて、成り立たせている。
「この場所を有料にすれば会社としては稼げるかもしれませんが、
僕たちの会社が潤っているだけでは意味がなくて、
地域一体となって価値を上げていかなくてはなりません。
近所のお店と競争してもどちらかが疲弊するだけで、
まち全体の魅力が高まることはありませんので」
まち全体をシェアしていくという取り組みだ。
4月からプレスタートし、10月からは正式サービスを開始したADDress。
年内には全国45か所の拠点を設ける予定だ。
ここで問題になってくるのが、移動にコストがかかってくること。
そこでADDressでは
〈JR東日本スタートアップ〉、〈ANA〉、〈NOREL〉などの会社、サービスと連携。
MaaS(Mobility as a Service/ICTを利用した交通のクラウド化)の観点で、
電車や飛行機、車などの定額化やITなどで簡素化した移動サービスを予定しており、
一部、その取り組みはスタートしている。
「2030年には20万物件、100万人の利用者という規模を目指しています。
これは結構大変な数字だと思いますが、
それ以上のペースで空き家も増えていますので、待ったなしです」
空き家問題の解決は一朝一夕には解決しないが、その答えのひとつにはなりそうだ。
「多拠点で暮らす人たちが、10万人、100万人と増えていけば、
地方か都心かというような選択ではなく、どちらにも拠点がある社会、
好きな地域を選んで住むことができる社会になっていくと思います」
何年もアドレスホッパーするという新しいライフスタイルを実践しても構わないが、
もちろんどこかの土地を気に入ったら、そこに移住・定住してもいい。
むしろそれは「成功モデル」のひとつだ。
現状での積極的な利用者は、日南で出会ったふたりのように、
フリーランスで働く者であったり、
働き方に対して会社の理解が深い人たちに限られるかもしれない。
それでもこの先、このライフスタイルを送る人が増えていけば、
人口の流動性も、仕事の流動性も分散型になった新しい共同体ができるかもしれない。
働き方ややり方次第では、どこでも暮らしていける。
そんな時代が目の前にきている。
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