連載
〈 この連載・企画は… 〉
北海道にエコビレッジをつくりたい。そこにずっと住んでもいいし、ときどき遊びに来てもいい。
野菜を育ててみんなで食べ、あんまりお金を使わずに暮らす。そんな「新しい家族のカタチ」を探ります。
editor profile
Ichico Enomoto
榎本市子
えのもと・いちこ●エディター/ライター。東京都国分寺市出身。テレビ誌編集を経て、映画、美術、カルチャーを中心に編集・執筆。出張や旅行ではその土地のおいしいものを食べるのが何よりも楽しみ。
photographer profile
Tetsuka Tsurusaki
津留崎徹花
つるさき・てつか●フォトグラファー。東京生まれ。料理・人物写真を中心に活動。移住先を探した末、伊豆下田で家族3人で暮らし始める。「暮らしを考える旅 わが家の移住について」を夫とともに連載中。
北海道岩見沢市の美流渡(みると)に移住した來嶋路子さんが、
いまとても気になっているというのが、
美流渡のお隣、毛陽というエリアで始まった
〈Maple Activity Center(メープルアクティビティセンター)〉。
今回はその活動と、アクティビティセンターを立ち上げたメンバーたちを取材しました。
岩見沢市の自然豊かなエリア、毛陽に佇む宿〈ログホテル メープルロッジ〉。
総面積20万平米という広大な敷地には、屋外テニスコートと屋内テニスコート、
りんごや桃などが収穫できる果樹園などもある。
以前から宿泊施設だったが、老朽化した設備などを一新し、
2018年4月に大幅リニューアル。料理も北海道産の食材にこだわるなど、
よりこの地域の魅力を生かす宿に生まれ変わった。
天然温泉や本格的なフィンランド式サウナも備え、グランピングも楽しめる快適な宿だ。
そのメープルロッジのフィールドで、4輪バギーなどのアクティビティを提供するのが、
〈Maple Activity Center(メープルアクティビティセンター)〉だ。
ここでは4輪バギーで公道を走ることはできないが、
免許はなくてもスタッフの講習を受け、広大な敷地の中を駆け巡ることができる。
近年、各地で人気が高まっているアクティビティだ。
ほかにも「焚き火カフェ」や地域の歴史を知ることができるようなサイクリング、
冬はスノーシューなど、このエリアで楽しめるアクティビティを企画、実施している。
このアクティビティセンターを立ち上げたのは、
イラン出身でアメリカ育ちのスティーブン・ホジャティさん。
「ここは草地が広がる広場もあるし、4輪バギーだったら
この敷地内でも楽しめるんじゃないかと思いつきました」
12歳未満の子どもは大人と同乗すれば乗車できるので、
家族でも、大人同士でも楽しめると好評だ。
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もともと東京で事業をしていたスティーブンさんは、自然が好きで札幌に移住。
乗馬クラブで子どものための英語キャンプを主宰していた。
札幌には約20年間暮らしたが、別の場所を探していたときに、
たまたま岩見沢のメープルロッジ内にある施設に出会い、
使うことができるということで、
2018年に岩見沢市の美流渡に引っ越してきたのだという。
かつては飲食店だったその施設は、当時は倉庫になっていて
ほとんど使われていなかったが、現在は英語キャンプや
アクティビティセンターの拠点となっている。
「いまもメインの仕事は英語キャンプです。ここは雪深いので馬は難しいけれど、
4輪バギーだったらキャンプに取り入れられるので、
おもしろいからやってみようと思いました」とスティーブンさん。
奥さんの文(あや)さんも
「ここは川も近くてラフティングもできるし、圧倒的な自然が魅力。
子どもたちに提供できるものが多いフィールドだと感じました」と話す。
英語キャンプだけでなく、アクティビティセンターを立ち上げたのは、
お世話になっている地域への還元という意味もあるという。
さらに、この地域でのメンバーたちとの出会いが大きいのだと話す。
「それぞれの個性を生かして、ここで一緒に
おもしろいことをやりましょうと声をかけたんです」(スティーブンさん)
そのメンバーのひとりが、上井雄太さん。
岩見沢市の地域おこし推進員(協力隊)として活動しながら、
古い家をDIYで改修してゲストハウスをオープンしようとしていた。
現在は協力隊は終了し、アクティビティセンターの活動に力を入れている。
「以前、青年海外協力隊としてフィリピンにいたのですが、
外国の人たちがここに遊びに来たときに、
気軽に泊まれる場所があるといいなと思ってゲストハウスをつくっていました。
さらにこの地域にアクティビティがあれば、
より多くの人に来てもらえるのではと思っています」と上井さん。
一方、美流渡の炭鉱住宅でカフェ〈コーローカフェ〉を営む新田洵司さんは、
もともとアウトドアブランドに勤め、自身もアウトドアが好きで、
スノーシューなど雪のアクティビティができないかと考えていた。
「岩見沢は雪深いので、雪で遊べたらいいなとずっと思っていました。
そんなときにアクティビティセンターの話を聞き、
もともとバギーや自転車も好きなので、ぜひ参加したいと思いました」
いまは新田さんのアイデアが実現し、
雪の季節はスノーシューのアクティビティを提供している。
さらに今回の取材では会えなかったが、
もうひとり、地域をスポーツで元気にしたいと、
スポーツクラブを立ち上げるなどの活動をしている
大学院生の辻本智也さんも加わって、5人で活動を展開している。
「みんな個性があって、それぞれ得意な分野があるので、それぞれの役割ができます。
また誰かが加わったら、新しいことが始まるかもしれません」とスティーブンさん。
文さんも「私とスティーブンふたりだけだったら
アクティビティセンターはやっていないかも。
みんなと出会えたから、やろう! という気持ちになったんです」と笑顔で話す。
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スティーブンさんがたびたび口にしていたのは「ここで何ができるか」ということ。
「ただのサイクリングだったらどこでもやっていますよね。
そうではなくて、地域の歴史を紹介しながら、
ここではこんなことがあったんですよと案内する。ここにあるものを利用しながら
どうおもしろくするかということが大事だと思います」(スティーブンさん)
スティーブンさんと文さん、そして上井さんが取り組む別の活動に
〈朝日駅復活プロジェクト〉がある。廃線となってしまった万字線の駅舎、
旧朝日駅を生まれ変わらせるプロジェクトだ。
かつて炭鉱で栄えたこの地域の写真を見たスティーブンさんが、
その写真に魅力を感じ、駅舎をきれいにして写真を展示することに。
忘れ去られそうになっていた場所が、地域の歴史を物語るような場所になったのだ。
「朝日駅は壊されてしまう可能性もあったのですが、
いまではすてきな建物に変わりました。
でも、ただ写真を見てください、というだけではなくて、
なぜこの人たちがここで暮らしていたのか、当時の話をすることによって
魅力が生まれ、駅が生きてくるんです」(スティーブンさん)
こうして地域の魅力を掘り起こしていくスティーブンさんの姿に、
上井さんも新田さんも刺激を受けているという。
辻本さんも含め、若い移住者である彼らは、ここにあるものを活用して、
自分たちの仕事を生み出していこうとしている。
「英語で“Dig deeper to reach higher!”という表現があります。
ここにあるものを探求していこうということ。
私もまだ掘り起こしているところです」(スティーブンさん)
いまのところはアクティビティセンターを利用するのは
メープルロッジに宿泊する外国人の旅行客が多いそうだが、
道外の観光客にももっと利用してもらえたら、と文さん。
「自然の中でのんびり過ごすリトリートのような滞在を
もっと楽しんでもらえたらいいですね。
私たちはお客さんの要望に合わせて、こんなアクティビティはどうですか、
とオーダーメイドでコーディネートしています。
利用してくださったお客さんはみなさんとても満足してくれていますよ」(文さん)
まだまだ時間はかかるかもしれないが、これからもおもしろいことを
少しずつかたちにしていきたいとスティーブンさんは考えている。
「朝日駅も、今度はそこに集まる人たちとコミュニティをつくって
何かできたらと思っています。
新しい建物をつくるほうが経済的にいいというまちもあるかもしれませんが、
古いものを大事にすることでおもしろくなることもあると思います。
歴史は埋めるものじゃない。炭鉱の歴史は北海道独特で、おもしろいですよ」
またスティーブンさんは、
「アクティビティを、アドベンチャーにしたい」と話す。
「アドベンチャーはドキドキするでしょう。
この前、岩見沢と同じように炭鉱で栄えたまち、三笠で
トレジャーハンティングをしたのですが、子どもたちもとても楽しんでくれました。
どうやってアドベンチャーにするのかが大事ですね」
スティーブンさんのアイデアは尽きない。
メープルアクティビティセンターは、若い移住者たちが、
地域に新しい仕事をつくって暮らしていく、ひとつの可能性を提示しているようだ。
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