連載
posted:2019.11.29 from:北海道岩見沢市 genre:暮らしと移住
〈 この連載・企画は… 〉
北海道にエコビレッジをつくりたい。そこにずっと住んでもいいし、ときどき遊びに来てもいい。
野菜を育ててみんなで食べ、あんまりお金を使わずに暮らす。そんな「新しい家族のカタチ」を探ります。
editor profile
Ichico Enomoto
榎本市子
えのもと・いちこ●エディター/ライター。東京都国分寺市出身。テレビ誌編集を経て、映画、美術、カルチャーを中心に編集・執筆。出張や旅行ではその土地のおいしいものを食べるのが何よりも楽しみ。
photographer profile
Tetsuka Tsurusaki
津留崎徹花
つるさき・てつか●フォトグラファー。東京生まれ。料理・人物写真を中心に活動。移住先を探した末、伊豆下田で家族3人で暮らし始める。「暮らしを考える旅 わが家の移住について」を夫とともに連載中。
北海道岩見沢市の山間地、美流渡(みると)に移住した編集者の來嶋路子さんと、
彼女の仲間の移住者たちを訪ねた旅。
今回は、自らも下田に移住し、「暮らしを考える旅 わが家の移住について」を連載中の
フォトグラファー津留崎徹花さんと來嶋さんによる、
それぞれの暮らしと移住についての対談をお届けします。
徹花: 來嶋さんは東京から最初は岩見沢市の中心地に移住したんですよね。
そのあとさらに奥地である現在の美流渡に移住したのはなんでだったんですか?
來嶋: 友人と一緒に山の土地を買って、そのときはまだその山に
家を建てたいという気持ちがあったんです。
そこはまちからだと少し遠いので、もう少し近くから
山に通って整備などができたらいいなと思っていたら、空き家があるよと言われて。
じゃあ住んじゃおうかなって。
山も、安いから買っちゃおうかな、みたいな感じでした。
徹花: え、そんな軽いノリだったんですか(笑)。
來嶋: そうそう。そのほうが楽しそうだし。
とにかく新しいことにワクワクしていたいんです。
夫は「えー!?」という反応でいつも迷惑そうですが。
〈森の出版社ミチクル〉を立ち上げたのも、
ここで出版社をつくったら楽しそう! と思って。
「雪深い山奥でひとりで本をつくってる変わった人がいるんだ、
じゃあ本でも買ってやるか」なんて本を買ってくれる人がいるかもしれない。
ここでなら出版社ができるかも、と思ったんです。
徹花: 最初から移住して出版社をやろう、という感じではなかったんですね。
來嶋: 全部あとづけです。移住するのにビジョンってありました?
私は全然なかったんです。
徹花: 私も夫もなんとなくありました。
自分たちが食べるものも自分たちでつくってみたいとか。
いまコロカルでやっている連載の前に「美味しいアルバム」という連載もしていて、
各地のお母さんたちに郷土料理を教えてもらうというものなんですが、
私は東京生まれ東京育ちで、田舎の人の暮らしの知恵にすごい憧れがあったんです。
來嶋: わかります、私もずっと東京だったので
漠然とした田舎暮らしに憧れはありました。
ただ私が移住したきっかけは、東日本大震災です。
田舎で暮らしたいというよりは都会から離れたいという気持ちが高まって、
半年後に夫の実家のある岩見沢に来ました。
徹花: 今回、ほかの移住者の方たちともお会いして、
みなさんとても仲が良くて楽しそうですけど、地元の人との交流は?
來嶋: ご近所のみなさんにはいつも支えてもらっています。
もちろん移住者に興味を持ってくれる人もいるし、
打ち解けにくい人もいると思いますし、移住したらどこでも、
噂をされたり、誤解を受けたりということは少なからずありますよね。
徹花: それはそうですよね。
來嶋: そんななかで、この地域の人たちはとっても柔軟な考えがあると思います。
感動したのは、廃校になった小中学校の利活用の問題を話し合う場で、
町会長さんたちが、移住者の人たちが使いやすいような、
まちがにぎわうような場所にしてくれたらうれしいとおっしゃっていて。
広い心でわたしたちを受け入れてくれていることがすごくうれしかったです。
徹花: それはすばらしいですね。
來嶋: このあたりはだんだん移住者が増えていて、
みなさん個性的な経歴を持っています。
「ちょっと変わった人」(笑)と思われそうですが、まちの人たちはフランクだし、
まちが活性化していることに可能性を感じてくれているようです。
しかも、自分たちももっとまちのことを考えなきゃいけないよね、
みたいな感じになってきてるんです。
昨日も、私の講演会に美流渡の町会の方が来てくださって、
そういう移住者にやさしいところは、すごくありがたいです。
徹花: たしかに、地元の人の応援ってありがたいですよね。
來嶋: 「がんばりなさいよ!」って私の本を買ってくれたりとか、
本当にうれしくて。ああいう感じは東京では味わったことないですね。
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徹花: 昨日の講演会でもお話されてましたけど、
森の出版社がうまく回っていくと、すごく夢がありますよね。
來嶋: 出版社と言っていますが法人ではないので、
なんの投資もリスクもなく、ただ「出版社を立ち上げました」と発表して、
いまのところ2冊の本を出しているだけです。
でも1冊目の『山を買う』という本が地元の書店だけで200~300冊売れたんです。
しかも一年中“レジ横面陳”(レジの横に表紙を出して陳列)という、
東京だったら憧れのようなできごと。
徹花: それはすごい! うれしいですよね。
來嶋: 地元の書店で販売されていると、地元の新聞社から取材を受けたりして、
それでまた書店で少し売れる。そうするとまた取材がくる、みたいな
小さなローカルスパイラルができて。いまはまだ大きな利益は出ていませんが、
ノー営業、オール個人で経済が回るかも? と思ったら、
いまの出版界のシステムにも一石を投じることができるんじゃないかって。
しかも過疎化が進む地域でそんな新しいことができるなんてワクワクします。
徹花: それはすてき。山の中の小さな出版社で
家族5人が食べていけたら夢がありますよね。
でも東京の仕事も続けたいですか?
來嶋: いま実際は東京の仕事が多いです。
ずっとやってきている美術書の編集の仕事は続けていきたいですね。
北海道での美術関係の本の仕事もちょこちょこやっています。
ほかにも第一線で活躍する世界的なアーティストの
本づくりをさせてもらったりもしていて、
美流渡にいながらそれができるのはすごくおもしろいですし、
遠距離なのに声をかけてくれる仕事仲間には感謝しています。
徹花: いいですね。來嶋さんは、來嶋さんにしかできない仕事をされていますよね。
私も東京に撮影の仕事で行っていますが、
私の場合は、替えがきくような仕事も正直あるんですよね。
でも、人生の時間は限られてるから、
自分にしかできないことに時間を使いたいと思うんです。
私は下田の生産者さんを撮るのが好きで、
それに関しては自分にしか撮れない写真だと思えるんです。
そういう地元での撮影と、東京の仕事とのバランスを考えていきたいです。
來嶋: なるほど。私もほぼ毎月東京に行きますが、人や車の多さに疲れますよね。
徹花: 移住して間もない頃は、東京に通うことによって、身体的にも時間的にも
ヘトヘトになって、家族とうまくいかなくなってしまったり。
そこまでして、この仕事をやる必要があるのか? って。
來嶋: わかるわかる。東京に行くと都会にも疲れちゃうし、
帰ってくるとボロボロで不機嫌になっちゃいますよね。
徹花: そうなんです。夫は「自分がやりたくてやってるんじゃないの?
やりたくないなら、僕が稼ぐから、あなたが幸せになる方法を真剣に考えようよ」
と言ってくれて。
來嶋: すばらしいですね! うちは私が荒れて帰ってくるので家族も大変。
「猛獣が帰ってきたぞ」みたいな(笑)。
徹花: 家族と過ごす時間を増やして家庭を安定させていくことが
本来の目的のはずなのに、それがうまくいかないと、
私、何をやってるんだろうと思ったり。
「人生の時間は限られている。自分にしか撮れない写真を撮る」
とか書いて壁に貼ったりしてます(笑)。
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來嶋: 私は、「家庭は格闘場だ」(笑)と、思考の設定を変えることにしました。
家庭が円満で、いつもみんなが笑顔でいなきゃいけないとか、
お母さんが一番安定していなきゃいけない、みたいなことが
自分にとって重荷だったということがわかったんです。
それはあくまで理想であって、家庭は格闘場だと思ったら、
実際に家庭崩壊寸前ですが(笑)、気持ちは楽になりました。
徹花: ふーむ、なるほど。
來嶋: 細田守さんの映画『未来のミライ』の
創作の秘密を探る本をつくったんですが、細田さんが
「これは新しい家族の物語だ」とおっしゃっていて。
男の人が仕事に出て、女の人が家にいるというような
旧態依然としたものではない新しい家族像をつくりたい、
これからはそういう時代なんじゃないかと。それにすごく共感しました。
いま家族の幸せのフレームが揺らいでいて、
新しいフレームに変えていかなくちゃいけないんじゃないかと思うんです。
徹花: 來嶋さんの場合も、來嶋さんが稼いで、
旦那さんが主夫というかたちですよね。
來嶋さんの考える「エコビレッジ」って、新しい家族みたいなことですよね、きっと。
來嶋: いまはエコビレッジより、新しい家族構想みたいなことのほうが
重要なんじゃないかと気づき始めたんです。自分が村をつくらなくても、
移住者の人たちがゆるくつながっている感じがいいなと思って。
徹花: ある意味、美流渡がエコビレッジになりつつありますよね。
來嶋: そうなんです。たとえば、この前も元地域おこし推進員(協力隊)の
吉崎祐季さんがテレビ番組の取材を受けて放映されるというときに、
みんな見たいんだけど家にテレビがなくて。
それでテレビがあるおうちに集まって、みんなでテレビを見て、
お茶を飲んでひとしきり話して、じゃあバイバイって。
これちょっとすてきだなと思ったんです。
テレビが一家に1台あると、どんどん孤立化しちゃう。
徹花: たしかに。昭和の風景みたいですけど(笑)。
來嶋: テレビもWiFiも各家庭にあると家族を単一化させて孤立させてしまう。
これって経済のシステムがそうさせているんじゃないかと思って。
みんなで集まって何かやればお金もかからないし、
それってエコビレッジじゃないかと思いました。
実際、工具もみんなで貸し合ったり、友だちの子どもをうちの夫が迎えに行ったりとか、
そうやって家族のフレームが少しずつ変わってきてると思うんです。
徹花: 東京に住んでいると、なかなかそういう関係って築きづらいですよね。
私は東京にいたとき、実家で母と姉家族と3世帯同居だったんです。
だからお互いすごく楽で、ちょっと滞ってる家事も助け合えたりして。
來嶋: わー、それはすごくいいですね。
徹花: 下田にきて新しい生活を始めたら、わりとすぐ心を許せる友だちができて。
うちの娘が彼女の家の前を通るので、そのまま預かってもらったり。
今年の運動会にも、うちはおにぎりをつくって、その友人は唐揚げをつくってくれて、
みんなで一緒に食べたり。そうやっていろんなことを分担して
助け合えると、気持ちも時間的にもすごく楽なんですよね。
來嶋: それはいいアイデア! 私もやろう。
徹花: でしょ。そういうことができると、子育ても楽で、
仕事もしやすくなると思うんです。
そもそも家族だけで子どもを育てるというのは本来のかたちじゃない気がして。
みんなが3世帯で暮らせるわけじゃないし、そうすると美流渡みたいに
子どもを安心して預けられるような人が地域にいることが、
すごく心の支えになりますよね。
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徹花: 來嶋さんは子育てには不安はないですか?
來嶋: 不安はないですけど、疑問はいろいろあります。
徹花: 私も公立の学校教育には疑問を持ってるんですが、なかなか難しいですよね。
美流渡で感じたのは、移住者のお母さんたちの感覚がすごく近いですよね。
価値観が合っているというか。
実は、下田でいろいろな活動をしている女性が、県外にとてもいい学校があるから
移住するというので、ちょっといろいろ考えてしまって。
來嶋: シュタイナー教育を取り入れている認可の学校が全国に2校あって、
そのひとつが北海道にあります。本当にすばらしい学校で、
私も子どもをここに通わせたいと思ったんですが、そのとき
「この学校に子どもを入れたら子育てはもう安心って思いたい」自分がいる
ことに気づいて。子どもの教育を人まかせにしてしまっていいのか?
って思ったんです。
徹花: そうですよね。
私も夫に「まず家でできることがあるんじゃない」と言われました。
來嶋: 地元の学校をサポートできる方法を考えたり、
足りないことがあればいっそ家で教えてもいい。
美流渡や近隣の地域でも、既存の学校教育に疑問を持っている人もいるので、
新しい学びの場をつくれたらいいなと思って、自分でもワークショップを開いたり、
〈北海道に自由な小学校をつくる会〉の話し合いに参加したりしています。
徹花: 來嶋さんの連載を読んで、いろいろな刺激を受けました。
放課後の預け合いの話もガツンときて。うちも学童がなかったので、
夫が家でもできる仕事にシフトするという選択肢をとったんですが、
來嶋さんたちみたいに、自分たちのアイデアで
責任を持ってやっていく方法もあるんだなって。
來嶋: 何かに依存するんじゃなくて、自分たちでやってみようと。
徹花: 教育委員会にかけ合ってできることもありますよね。
たとえば、おもしろい教育をしている先生を下田に呼んで、
先生たちを含めてイベントを開いてみるとか、
自分たちでできることがあるなと思いました。
來嶋: ちょっとした意識改革なので、いろいろできると思います。
あと、たとえ変わらなくても、このシステムはおかしいと
親が言うことは大事だと思っています。
子どもはそれを見て、声をあげていいんだと思うはずだから。
人生って不条理なことがたくさんあって、学校で不条理な目に遭うのもひとつの経験。
でもそのときに、ちょっと違うんじゃない? ってひとこと言うだけでも、
社会で生きていくうえで、とても重要な気がします。
徹花: たしかに。おかしいことはおかしいと言ったほうがいい。
來嶋: うちは学校の先生たちとケンカしそうな勢いですけど(笑)。
徹花: でも本当に、來嶋さんの連載を読むと、
まず自分たちでできることがあるなと思います。
來嶋さんには発想の転換があって、行動力もあって、ただどうしようと悩むのではなく、
じゃあ何が自分たちの力でできのるかというのを見せてくれる連載だなと思います。
來嶋: ありがとうございます! そんなふうに言ってもらえてうれしいです。
200回めざしてがんばります!
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