連載
posted:2015.10.29 from:北海道岩見沢市 genre:暮らしと移住
〈 この連載・企画は… 〉
北海道にエコビレッジをつくりたい。そこにずっと住んでもいいし、ときどき遊びに来てもいい。
野菜を育ててみんなで食べ、あんまりお金を使わずに暮らす。そんな「新しい家族のカタチ」を探ります。
writer profile
Michiko Kurushima
來嶋路子
くるしま・みちこ●東京都出身。1994年に美術出版社で働き始め、2001年『みづゑ』の新装刊立ち上げに携わり、編集長となる。2008年『美術手帖』副編集長。2011年に暮らしの拠点を北海道に移す。以後、書籍の編集長として美術出版社に籍をおきつつ在宅勤務というかたちで仕事を続ける。2015年にフリーランスとなり、アートやデザインの本づくりを行う〈ミチクル編集工房〉をつくる。現在、東京と北海道を行き来しながら編集の仕事をしつつ、エコビレッジをつくるという目標に向かって奔走中。ときどき畑仕事も。
http://michikuru.com/
この夏、もっとも思い出深かった体験について、今回は書いてみたい。
その体験とは、北海道の南西部・虻田郡豊浦町にある
〈いずみの学校〉のサマースクールに参加したことだ。
この学校では、幼年から高校までシュタイナー教育を実践している。
前回の連載で紹介した〈ひびきの村〉と、もともと母体は同じだが、
大人の学びの場がひびきの村、
子どもの学びの場がいずみの学校と分かれて現在に至っている。
毎年夏休みを利用してサマースクールを開講しており、
子どもたちの学びを大人が体験できるプログラムも用意されていた。
わたしの長男が現在5歳。
そろそろ進学のことも考える時期となり、
3日間の〈大人の教育体験プログラム〉を受講した。
エコビレッジづくりの奮闘記を連載するこの記事で、
サマースクールのことを取り上げるのは、横道にそれると思われる方もいるだろう。
確かにそうかもしれない。ただ、前回連載で語ったように、
コミュニティをつくろうとしておきながら、
わたしの家ではいつでも争いが起こっていて、
人間的成長をしているのか? と問われれば、答えはノー。
夫には、わたしがエコビレッジをやりたいという以前に、
人間として問題があると指摘される始末(怒)。
ついつい、夫のほうが悪いんだ! と言い返したくなるが、
エコビレッジで共同生活をやっていこうと思っているのに、
家庭が平穏でなくてどうする? とちょっぴり不安も……。
頭ではわかっているつもりでも、いままでは行動がともなっていなかったのだが、
このサマースクールを受講したことにより、思いがけず自分の心に変化が訪れたのだ。
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3日間のプログラムでは、小学生から高校生のあいだに学ぶ
さまざまな内容の、ほんの一部に触れるだけではあったが、
五感を駆使するその授業は、本当に感動的なものだった。
朝の約2時間のメインレッスンでは、歌を歌い手や体を動かすことから始まり、
算数の学びでは机に向かって問題を解くのではなく
輪になって座り、手拍子のリズムによってその法則を体感したり、
地理の学びでは自分の一歩が何センチになるかを測って、
それによって校舎のスケールを測定したり。
そのほか、水彩や理科、体育、幾何学などがあったが、
どの教科においても、物語の世界に深く入り言葉のひとつひとつを味わい、
音のハーモニーやリズムを感じ、色彩の鮮やかさに目を奪われる、
そうした芸術と結びついたものだった。
これらのレッスンは、普段使っていない脳みそをフル回転させ、
手も体もダイナミックに使うアクティブなものだったが、
同時に心がどこまでも穏やかな気持ちに包まれるという
不思議な体験をすることができた。
この穏やかな感覚をどう書き表したらいいだろうか。
しいて言うならば、わたしの小さな畑で草を刈ったり種をまいたりしている、
その集中している時間と通じるところがあるように思う。
それは、もしかしたら、前回の連載に登場してくれた、
シュタイナーの哲学を講座や体験を通して伝えている関 倫尚さんが語っていったように、
「世界を見ること」の入口に立っているのかもしれない?
(まだ、確証は持てないけれど)
そして、受講を終えたその夜も、穏やかな感覚が残っており、
家族と接するときにも鷹揚な態度をとることができたのだった(何か月ぶりだろう!)。
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シュタイナー教育の内容とともに、もうひとつわたしが関心を持っていたのは、
この学校に子どもを通わせている父母たちのことだった。
いずみの学校の初等部・中等部は、学校法人として認可されている
シュタイナー学校(こども園と高等学園はNPO法人)だ。
神奈川県にあるシュタイナー学園とともに、
国の認可を受けているのは全国で2校だけとなる。
加えて北海道という自然環境の豊かな場所ということもあり、
全国からこの学校に通うために、毎年移住をしてくる家族が少なくない。
そして、この学校では、国公立とは比べ物にならないくらい、
父母が積極的に運営に携わっているのだ。
今回の滞在中に、いずみの学校の父母の理事を務め、
東京から移住してきたという米重有紀さんから、
その関わり方についてうかがうことができた。
「月1回、各クラスごとに全員参加の父母会を行います。
子どもがいまどのような学びをしているのかを理解することと、
先生がこれから授業で使いたいと思っているものを、
いかに調達するのかなどを話し合ったりします。
先生と父母とで授業をつくりあげていくような感覚です」
シュタイナー教育では発達段階に合わせて、独自のカリキュラムがある。
例えばそのひとつが、3・4学年(初等部)の頃に行う家づくりだ。
クラスのみんなでデザインを考え小屋を建てるのだが、
材料の調達には父母の協力が不可欠。
先生と父母のあいだで、子どもが自身の手で行う部分と
親のサポートが必要な部分を話し合い、
父母たちは手分けをして材料を集めてくるのだという。
助成金や授業料だけでは、運営費は潤沢ではない。
そのため父母たちは工夫をして、できるかぎり市販のものに頼らずに
手づくりをしながら教材やイベントの準備をしていく。
1学年の生徒数は10名前後。
クラス替えがないため、幼年から高校まで合わせると
15年というスパンで、子どもたちは一緒に過ごしていく。
こうしたなかで、「親のわたしたちも同時に成長していくような感覚があります」
と言う米重さん。
やがてクラスの親子は、みんな「家族のような特別な存在」になるという。
例えば、仕事があって子どもを迎えに行けない親がいたら、
自然と誰かが手を差しのべる、そんな関係が生まれていくそうだ。
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いずみの学校の親子は、共同生活を営んでいるわけではないが、
10年以上のつき合いを経て濃密なコミュニティをつくっている。
けれど、学校の父母というのは、年齢にも差があるし、
仕事を持っていたりいなかったりと、多様な人々が集まっている。
自分のまわりに重ね合わせると、父母同士の関係というのは、
そつなくこなそうという意識が働いてしまうが、
これほど学校に関わるとなると、それだけでは済まされない。
そうしたなかで、考え方の違いによって、コミュニケーションが
うまくいかないということも、ときには起こるのではないだろうか?
「もちろん、出会った最初は大変なこともあります。
向いている方向が違う父母もいますよ。
でも、子どもの良い学びの場をつくりたいという気持ちは誰しも一緒です。
その一点では、みんなが同じ方向を向いているので、一緒にやっていけるんです。
やがて、意見の食い違いも話し合っていけるところまで、関係が深くなる」
そしてお互いの違いを認めながらも、同じ方向を向いて歩いていくなかで、
「思いもかけないすてきな体験が隠れている」
そう言って米重さんは笑顔を見せた。
ああ、そうか。そうなんだ。
ひびきの村の皆さんも、いずみの学校の米重さんも、
みんな同じことをわたしに教えてくれた。
自分と相手の利害関係を超えて、同じ方向に向かって一緒に歩いていくこと。
コミュニティを営んでいくために、
この考えは大切なことなんだなぁ(しっかり覚えておこう!)。
それにしても、サマースクールで感じた、この穏やかさと
ゆったりとした時間の流れは、いったい何だったんだろう……。
もしかしたら、いままで何か足りないと感じていたのは、
この感覚だったのかもしれない。
20年のあいだ編集者として土日もなく働き続け、
子どもが生まれてからも体力が続くギリギリまで仕事をし、
春からはフリーランスとなったものの、結局は仕事ばかり(家事もおろそか)。
うーん、編集者としての仕事をストップするわけにはいかないのだけれど、
せめてこの心の穏やかさを忘れずに家に持って帰ろう。
そして、自分がもっと成長しなくちゃね。
そうしみじみ思いながら、夏の旅は終わった。
今回は、土地探しや自給自足の方法など、具体的な話ができなかったので、
次回は再び、「山を買っちゃう??」の話をお届けします!
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学校法人 北海道シュタイナー学園
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NPO法人 シュタイナースクールいずみの学校
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