高松市ののどかな郊外で、 始まったこと。 仏生山まちぐるみ旅館 vol.1

仏生山まちぐるみ旅館 vol.1

こんにちは。
ぼくは、香川県高松市の仏生山町というところで暮らしています。
建築設計事務所と、仏生山温泉を運営しながら、
まち全体を旅館に見立てる〈仏生山まちぐるみ旅館〉という、取り組みを進めています。
今回の連載企画では、仏生山というまちとそれぞれの建物が、
どのような関わり方をもってリノベーションされているかということを
お伝えできればと思っています。

仏生山町は高松市の中心市街地から南に8キロ、車で20分ぐらいのところにあります。
私鉄の〈ことでん(琴平電気鉄道)〉だと高松駅から仏生山駅まで15分ぐらいです。
江戸時代の初期に高松藩の菩提寺として、〈法然寺〉とその門前町がひらかれました。
今でも当時の建物が少しだけ残り、その雰囲気を感じることができます。
住宅と田んぼが混ざり合う、のどかな地域で
1.5キロ四方に8,000人ぐらいの人が暮らしています。

法然寺の仁王門(左)と五重塔。

ぼく自身はこの仏生山で生まれ育ち、大学進学と共に県外に出ました。
東京での設計事務所勤務を含めると10年ほど仏生山から離れていました。
その後、家業の飲食、宴会施設の跡を継ぐのと同時に
設計事務所を始めるつもりで仏生山に戻りました。
当初ぼくが思っていた予定と少し違っていたのは父が温泉を掘ったことでした。

仏生山のまちの風景。

仏生山はもともと温泉街ではなく、どこにでもあるような普通の郊外です。
父は以前から温泉を掘りたいと言っていましたが、家族全員が冗談だと思っていました。
しかし、仏生山の下にある高松クレーター(現在は砂や水が堆積していてかたちは見えない)が
発見されたのを機に本当に温泉を掘削し始めたのです。

温泉を掘っているところ。

僕が仏生山に戻って来たら、ちょうど掘り終わって温泉が湧いていた、
という絶妙なタイミングでした。
温泉を掘るということは、かなりのリスクを伴います。
温泉が出るまでの間はとても不安でしたが、
出てきた源泉は、湯量、泉質、温度ともに申し分なく、
今となっては父の決断に感謝するばかりです。
そこから計画を進め設計事務所としても初めての仕事になる、
〈仏生山温泉〉が2005年に開業しました。
仏生山温泉は、宿泊のない日帰り入浴施設です。
家業に温泉業が加わり、ぼくは仏生山温泉番台を名乗ることになりました。

仏生山温泉の入り口。

仏生山温泉の浴場。

温泉の仕事を始めて何年か経ってみると、
運営の大切なことは現場の空気をちゃんと見ていくことだということに気づきました。
そうなると、もうこの仏生山というまちから、ちがう場所に移り住むことや、
ちょっとした旅行にもなかなか行きにくいということがわかりました。
いかに自分の住むまちを今よりも楽しい場所にして、
どうやったら、にやにやしながら暮らせるかということを考え始めました。
楽しい場所にする、と言ってもそんなに大それた望みがあるわけではありません。
毎日でも通いたいおいしい定食屋さんとか、
ゆっくり読書ができる居心地のいいコーヒー屋さんとか、
自分が行きたいと思えるお店がその場にあって、
毎日楽しくすごすだけで、
十分にやにやできると思いました。

仏生山温泉の休憩場。

そのお店を増やすための取り組みが〈仏生山まちぐるみ旅館〉です。

写真家の若木信吾さんが 故郷・浜松にて写真展を開催! 出会っては撮る20年 『若木信吾写真展XX』

10月10日(土)~11月3日(火)、
静岡県浜松市の鴨江アートセンターにて、写真家の若木信吾さんによる
「若木信吾写真展XX(ダブルエックス)」が開催されます。

浜松市に生まれ育ち、アメリカのロチェスター工科大学 写真学科を卒業後、
ドキュメンタリー・コマ―シャル・アートの垣根を飛び越え、
めざましい活動を展開してきた若木さん。
2007年には、祖父の琢次さんをモデルにした映画「星影のワルツ」を監督。
以来、映画「白河夜船」(原作 よしもとばなな)なども手がけ、
映画監督としても高い評価を受けています。

祖父の琢次さんを写した一枚。故郷の天竜川にて。『youngtree』(リトルモア 2001年)に収録。

今回の展示では、20年間にわたり祖父を撮り続けた「Takuji」、
幼なじみの同級生にフォースをあてた「英ちゃん 弘ちゃん」をはじめとする
17冊の作品集を中心に、若木さんのポートレートの系譜を紐解いていきます。

若木信吾『Free for All』1999年

若木信吾『英ちゃん 弘ちゃん』2015年

ドライなまちづくりと 時間をつなぐリノベーション  403architecture [dajiba]  vol.6

403architecture [dajiba] vol.6

最終回となる今回は、浜松市の市街地をベースにした地元不動産、
〈丸八不動産株式会社〉の若社長、平野啓介さんにお話をうかがいました。
これまで幾度も登場している〈カギヤビル〉という4階建ての古いビルを購入し、
現在の姿につくりあげた仕掛人です。
vol.5の三展ビル同様、
このカギヤビルにもdajibaのプロジェクトはいくつかあり、
この建物が現在のような場所になった経緯や、
共同事業でもある〈ニューショップ浜松〉の運営についてなど、
お話はさまざま展開しました。

辻: 平野さんは現在、この連載で何度か紹介した、
カギヤビルのオーナー会社の社長として、
dajibaともいくつかのプロジェクトでご一緒させていただいていますよね。
僕らと関わり始めたきっかけですが、
僕が記憶しているのは、
最初は"海老塚の段差"に内見にきてくださったときだと思うんですけど、
合ってます?

平野: そうそう、ゴリさん(〈手打ち蕎麦 naru〉の石田貴齢さん、vol.2に登場)に
勧められたのかな。おもしろいことやってる若いやつらがいるよと。
それでネットで調べてお邪魔して、
世の中にはおもしろいことやってるやつがいるもんだと知ったというか。

辻: カギヤビルを購入されたのは2012年でしたっけ?
たしかその直前までは、
2階の一部でKAGIYAハウス(vol.3で登場)として運営されていた
ギャラリースペースと、
既存のお店の数店舗以外は空きが目立っていたと思います。

平野: 今年で丸3年だから2012年だね。

辻: その後、カギヤビルはいまや全国的にも知名度があるほどの
クリエイティブスポットに生まれ変わりました。
ここまでの経緯は、僕が知る限りでは、
社長の感性でひたすら店子を一本釣りをしまくるという認識だったんですけど、
具体的にどういう風に場所づくりをしていこうと思われたんですか。

平野: 買う理由というのは、いまも当時も変わらないんだけど、
はじめからリノベーションをしておもしろいことをしようというより、
ごくごく普通の不動産屋の発想として、
建物ではなく、あくまでも魅力的な土地を取得していきたいという考えだね。
不動産の開発をするうえでは囲碁や将棋と同じで
まず角をおさえるのが基本というか、交差点に立地していたし。
もちろん、以前から、
なかなか面構えのいいビルだなとはずっと思っていたこともあったけどね。
だから構想があったかというと購入した時点では何もなかったのね。
で、とりあえず買いましたと。

当然社内では、
「ボロボロだし貸すなんて無理ですよ”」とか、
あるいは極論を言えば
「取り壊して駐車場のほうがいいんじゃないか」
という意見のほうが普通にたくさんあった。
ただ、僕はそうは思わなかった。
なかに入って一部解体してみたら
二度とつくれない、時間が刻まれた味わいがあって、
簡単に言えば、これいけんじゃねというのがあったんで、スタートさせた。
究極的には、こういうボロいビルをおもしろがって使える人は絶対いると。
だからともかく掃除して解体して天井外して、
電気ガス水道のインフラだけ
使えるようにしてくれればいいからと言って始まった。

そこで勉強したのは、
ボロビルの再生というのは安上がりにはできないということ。
思ったより金がかかる(笑)。
スケルトンにしてインフラを引き直すだけで
安上がりだと思われるかもしれないけど意外とコストがかかる。

こちらが平野さん。インタビュー場所はニューショップ浜松。

辻: そうだったんですね。とにかく始めたと。
でもリーシング(テナント誘致)に関しては戦略的な印象を受けましたけど、
その辺りはいかがですか。

平野: そう、そこは、ある程度戦略的に考えないといけなかった。
どうしたもんかというときに、写真家の若木信吾さんの存在があって。
若木さん自身もプロフィールに静岡県“浜松市“出身と書くくらい
浜松に愛着がある人で、当時からカギヤビルの近くで
小さなお店を持たれていたんで話を持ちかけたんです。
興味を持ってくれたので、
それで2階に若木さんの店、
4階にギャラリーをつくろうという話ができて、それでいまの方向性ができた。

あとは家賃ありきというか、
そこは浜松の同級生の起業家にヒアリングして、
コスト感、広さ感はつかめたんで、
もともとの部屋割りはいまよりもゆったりしていたから、
それじゃあそれくらいのサイズで区切るだけ区切ろうかと。
そこからは若木さんの知名度ももちろん手伝って、数珠つなぎに。

辻: 2階に若木さんのお店の〈BOOKS AND PRINTS〉、
4階の〈KAGIYAギャラリー〉ができて、
残りのスペースを割る、適正な広さに
テナントスペースを仕切り直すところまでは主導されたということですね。
各部屋の内装も少し手を入れていますよね?

平野: 2階から4階までの各部屋で、
天井を解体して、床もコンクリートのまま、
壁は間仕切りしてクロスなどは貼らず、
ガス水道は共用部まで、電気は各部屋の分電盤までしかやりませんと。
ただ、あとは勝手に、入居者さんが何をやっても構いません、
現状回復もなしという条件にして。

その代わりと言っていいかわからないけど、
一般的に家主がやるべきこと(俗にいうA工事)の一部をやってないわけだから、
工事期間中のフリーレント(家賃なし)くらいはみましょうと。
あとは保証金もとりませんよと。それで募集をかけた。

辻: あらためて聞くと、新しい一歩を踏み出したい若者にとっては、
かなり参入しやすいですね。
いま実際、3年ちょっと運営されて、手応えはありますか?
現在のような状況は想像してなかったという話なので、
想像を超えていたかどうかもわからないかもしれないですが、
結果的にいまはほとんど満室じゃないですか。

平野: おかげさまでそうなんだよね。
世の中ではメディア上で
リノベーションされた古くていい感じのビルが数年前から流行ってて、
それは見聞きしている人は浜松にも絶対いる。
そういうところに自分も事務所を持ちたい、
お店を始めたいという人は浜松市の人口80万人中、
0.5%とかそのくらいはいるだろうという想定はあった。
仮に4000人いたとして、そこにアナウンスができれば
10人くらいはくるでしょ?と思ったわけ。

ゴリさんや美容室〈enn〉の林さん(vol.1で登場)のような存在が
既にいるわけだし、そこは割り合いの問題、という考え方だね。
だからこの建物と同じ規模だったり、雰囲気だったりするビルが
5棟も10棟も浜松にあったら確実に空くと思うんだよね。
常にものごとは需給だから。

辻: この規模なら売り手市場になる目算が立っていたんですね。
リーシングの基準は決めていたんですか?

平野: 厳密ではないけど、
できれば若い人にやってもらいたいというところがひとつ。
あとはおもしろかったり、センスがいいという部分。
目標というか、志していたことは、
まちなかに若い人が集まるコミュニティができてほしいということがあった。
テナントさん同士の相互間のやりとりが広がるようなビルであってほしい、
近所づき合いを超えた何かがあるといいなと。
その意味でいうと、この人はほかのテナントさんとうまくいくかな?
という方は、遠慮いただくこともある。

ただ、類は友を呼び過ぎるとおもしろくないので、
近しいけどご縁がなかったという人たち同士を意図的に入れたというか、
そういう部分はすごく意識した。
例えばゴリさんも林さんのことも知らないみたいな方も、
積極的に入ってもらったほうがいいと思って。

辻: その辺りのバランス感覚がすごいですね。
コミュニティ礼賛でもなく、経済合理性ありきでもない。

平野: というのも、あまり僕が常連さん商売が得意じゃないからかもしれない。
ただまさか結果的にこうなるとは本当に思ってもいなかった。
いまカギヤビルにあるシェアオフィスにしても、
ゲストルームにしてもライブハウスにしても。

辻: 各テナントは本当に多様ですね。そのひとつでもあり、
dajibaと丸八の共同事業でもあるこの〈ニューショップ浜松〉は、
仕組み自体は最初の提案から変わっていないですけど、
何度かプロジェクトの場所も動いていて、
結局ここに落ち着いたって感じで、構想がかなり長かったですよね。

©kentahasegawa

「ニューショップ浜松/鍵屋の敷地」

105角のスギ材と100角のタイルを組みあせた什器を
一本あたり100円/月で貸し出す場所貸しの仕組みと内装を提案。
店鋪運営は〈メディアプロジェクト・アンテナ〉。

辻: そもそも発注の形式が、
売り子つきのショップインショップを
カギヤビルでやりたいというものでしたけど、
詳しい部分は一緒に考える感じだったかと思います。
こういう形式で僕らにお願いしようと考えられたきっかけはあったんですか?

平野: 正直、こういうよくわからない話に、
いいアイデアを持ってきてくれるのはdajibaなんじゃないかって
直感的に思っただけなんだよね。

「かまぼこ板」に描いたアート 八千点が愛媛県西予市に集結。 第21回全国「かまぼこ板の絵」 展覧会

食べたあとは捨ててしまう、かまぼこ板。
そのかまぼこ板をキャンバスにした「かまぼこ板の絵」を
全国から募集し、優秀作品を展示する展覧会がただいま
愛媛県「西予市立美術館 ギャラリーしろかわ」にて開催中です。
こちらの絵は、今回の大賞に輝いた神奈川県の原正幸さん(53歳)
の作品「手に包む」。
会場では、国内外の15,133人から応募のあった
約8千点全ての作品を一堂に展示しています。

展示風景

特別審査員は愛媛県知事の中村時広さん。
審査員長は車だん吉さん、審査員には洋画家の折笠勝之さん、
絵日記作家の神山恭昭さんらが名を連ねます。
そもそもこの展覧会が始まったのは、この美術館で
ギャラリートークをした折笠勝之さんが、
「絵はいつで誰でも、なんにでも描けるんだ」と、
職員にかまぼこ板に描かれた油絵をプレゼントしたのがきっかけ。
1995年からかまぼこ板に描いた絵を全国から募集・展示しており、
今年は21回目の開催です。

優秀賞「川面に浮かぶ月ふたつ」中俣稔68歳(東京都)

名古屋の港町に新たな集いの場 「Minatomachi POTLUCK BUILDING」がオープン!

名古屋市港区(通称:港まち)の商店街の一角に位置する、
古いビルをリノベーションした新たな町の拠点
「Minatomachi POTLUCK BUILDING」が、
10月4日(日)にグランドオープンを迎えます。

このプロジェクトを企画したのは、
住民と行政がよりクリエイティブな視点でまちづくりを行うことを目的とし、
さまざまな文化活動を行ってきた団体「港まちづくり協議会」です。

新施設に掲げられた「POTLUCK」という言葉には、
“ありあわせ/持ち寄り料理”という意味があります。
既存の資源を活かし、場所や時間を楽しむ…
そんな“人間の本質的な創造力”への期待が込められているようです。

すでに、このビルを使ったアートとモーニング文化をミックスさせた企画や、
アート・キュレーターや建築家などのゲストを迎えたワークショップなどが催されてきました。

「たとえば、いつもより早く起きて港街でモーニングを食べてみるとする。」ではコーヒーユニット・L PACKが登場。愛知県美術館の企画展示とのコラボも。

今回の「Minatomachi POTLUCK BUILDING」グランドオープンに際し、
アートプログラム「Minatomachi Art Table,Nagoya[MAT, Nagoya]」が始動します。
これまでの活動を踏まえつつも、そこに“現代アート”という
刺激的で新しい文化を投下することで、
この町はさらにおもしろことになっていきそう…。

同ビルの1Fは「ラウンジスペース」とし、
港まちの情報、全国のまちづくりやアート関連の情報発信の場に。
2Fを「プロジェクト・スペース」として、
コミュニティ活動に関わるイベントや
ワークショップ、ミーティングなどを行います。
そして、3F「エキシビション・スペース」では、
さまざまなアートプログラムが企画展開されていきます。

恵文社一乗寺店に 彦坂木版工房、きくちちきさんら 多彩な作家たちが集合! 『もくはんいち2』

10月6日(火)から、京都の恵文社一乗寺店にて
木版画のお祭り「もくはんいち2」がはじまります。

第一部は10月6日(火)〜10月12日(月・祝)、
第二部は10月10日(土)〜10月12日(月・祝)。

会期中には、彦坂木版工房の新作絵本「ケーキやけました」原画展や
きくちちきさん、えちがわのりゆきさんのワークショップ、
monkのサンドイッチ店などなど、たのしいプログラムが満載!
木版画好きなら、ぜひ行ってみたいイベントです。

彦坂有紀さん+もりといずみさんの新作絵本「ケーキやけました」(講談社)

絵本「ちきばんにゃー」で人気のきくちちきさんによる木版画。今回のポスターもきくちちきさんによるもの。ちょっとワイルドな猫がかわいい!

主催は、彦坂木版工房の木版画家・彦坂有紀さんと、
アートディレクター/図案家・もりといずみさん。
二人は浮世絵を広めるために2010年から活動をはじめ、
木版画の制作・展示や、オリジナルグッズ制作、本の装丁イラストなどを手がけてきました。

開催地に京都を選んだのは、
京都が歴史ある“木版画のまち”だから。
第1回目となった昨年のもくはんいちには、
京都で伝統的な木版画をつくっている職人さんも訪れ、
こうした取り組みを喜んでくれたそう。

10月2日に発売される絵本「ケーキやけました」は、
人気の絵本「パン どうぞ」につづくケーキの本。
この絵が木版画ということにもびっくり!

黒潮文化から宇宙へ! 鹿児島に未来のアートが集合 「かごしまアートフェスタ2015」

古くからアジアとの交流がさかんで
亜熱帯特有の自然や伝統工芸、宇宙空間観測所などなど、
見どころが一杯の鹿児島県。

9月30日(水)~10月3日(土)、
そんな鹿児島県にあるかごしま県民交流センターにて
「かごしまアートフェスタ 2015」が開催されます。

これは、鹿児島を黒潮文化や宇宙に開かれた南の玄関口として活性化させ、
未来の人材を育成していくことを目指すアートフェスタ。
明和電気やライゾマティクスの真鍋大度さんをはじめとする
アーティストの作品やトーク、映像などが楽しめます。

クワクボリョウタ「ニコダマ」

投資ファンドで実現する 古民家再生の未来(その1)。 一般社団法人ノオト vol.5

一般社団法人ノオト vol.5

みなさん、こんにちは。一般社団法人ノオト理事 兼
株式会社NOTEリノベーション&デザイン代表取締役の藤原です。
本シリーズ5回目となり、連載の中盤ということもあり
「古民家再生分野におけるビジネス的な観点」を含め、
今秋にオープンする、投資ファンドを利用した事例
〈篠山城下町ホテルNIPPONIA(ニッポニア)〉に関するお話をしていきたいと思います。

まずは本編「その1」では全体的な概要をお話したいと思います。

そもそもなぜ「投資ファンド」を利用しようと考えたのか?

約3年前となる2012年頃の話です。
きっかけは、いつものように代表の金野とふたりでご飯を食べながら
NOTEの目標について語っている時でした。

金野: 国内には約149万棟の歴史的建築物(古民家)があるんだよ。

藤原: けっこう、ありますね~。

金野: すべては残せないと思うけど2割ぐらいは残せるんじゃないかな~。
今にも潰れそうな古民家が大半だろうから30年以内にやらないと残せないよね。

藤原: ということは30万棟を30年間で実現するということですね。
わかりました。今の体制では、それを実現するための
「人」「金」「もの(手法)」も足りないと思うので考えてみます。

と……何気なく「30万棟/30年」という目標が決まりました。

篠山市の後川新田原集落にあった改修前の古民家。

愚直な私は30万棟を30年間でやる仕組みを夜な夜な考えました。
計算では1日30棟が再生していくペースです。
1棟の再生に3,000万~4,000万円の資金が必要になります。
年間1万棟を行うとなると、
必要となる資金は3,000~4,000億円が必要になるという計算です。
これは公共・行政の補助事業だけでは不可能だし、
やっぱり民間産業として確立するしかないと思いました。
民間事業として活性化する場合、そのために必要なビジネススキームと
お金の流れ(資金調達から返済フローまで)をつくらないといけません。
当時、銀行も古民家に投融資することも難しい状況でした。

そこでまずは、
「投資家に古民家再生事業の魅力を伝え、投資ファンドで資金調達しよう!」
という考えに至ったわけです。

ファンドと収益化と産業化

古民家への投資ファンドを活用するにあたり、
投資家に伝えていくためには、事業計画や収益モデルが重要になってきます。
つまり、投資ファンドが成立するということは、
投資家にとって十分な収益があるという判断を得ることになります。
それが古民家再生事業の産業化への近道でもあると言えます。

その反面、古民家を活用した収益化で苦しんでいる地域がたくさんあります。
古民家を利用した田舎暮らし・レストラン・宿をしたいという方にとっても
最も大切になってくるのが“収益”になってきます。

我々も十分な収益が現時点で取れているかというと、
収益化できているものと、そうでないものが混在しています。
しかし、過去7年間で60軒以上もの古民家再生を行ってきた結果、
得られた知見やノウハウを元に収益を上げながら、
産業化していくためのヒントを得ることができました。

〈集落丸山〉の内観。

1.リノベーション・改修費用をかけ過ぎない。
※投資回収が難しくなる。
2.直し過ぎて歴史がつくり上げた風合いを損ねない。
※直し過ぎると、一般的な和風建築物と同じになる?。
3.新しい市場を開くためのマーケティング戦略が必要。
※新しい価値観を普及させるためのブランド・広報戦略。
単一事業の繰り返しではなく、ストック型のビジネスモデル。

これらのことを踏まえながら、
投資家に対して事業ごとの収益状態や経営状態をひとつひとつ丁寧に説明し、
我々の事業をデューデリジェンス(※注釈1)していただきました。

<一例>
●集落丸山(篠山市)は限界集落の農家民宿型ホテル(vol.2で紹介)。
採算は稼働率30%で黒字化するモデルであるということ。
●旧木村酒造場EN(朝来市)は竹田城下町ホテル(vol.3で紹介)。
人通りの少ない空き家の目立つ城下町にありながら平均70%稼働であるということ。

旧木村酒造場ENの、客室の内観。

東京から何度もデューデリジェンスに足を運んでいただいた投資担当の方々は、
驚きを隠せないようでした。
それは僻地ともいえる過疎地域で、
このような採算性のある事業ができていたのか?! ということです。
しかも、社会的な事業性は高く、投資家の心にも響かせることができる。

結果「これなら投資できる!」と言ってもらうことができました。

※注釈1:投資を行う際に、本当にその投資対象に十分な価値があるのか、
またリスクはどうなのかを詳細に調査する作業のこと。

和装の方は無料! 神戸ファッション美術館で 日本女性の衣装の歴史を展示 「日本衣装絵巻―卑弥呼から 篤姫の時代まで」

江戸時代前期<小町踊>斜線取捩菊文様振袖 公益社団法人 京都染織文化協会蔵

兵庫県神戸市にある「神戸ファッション美術館」にて、
2015年10月17日(土)より展覧会「日本衣装絵巻―卑弥呼から篤姫の時代まで」が開催されます!
「染織の黄金時代」の昭和初期に復元された、
古墳時代から江戸時代の女性衣装、8時代100領(着)が一堂に会します。

1933年(昭和8年)に行われた「染織祭」の女性時代衣装行列

この衣装は、かつて京都でおこなわれていた「染織祭」で
復元されたもの。
「染織祭」とは昭和6年から20年間開催されていたお祭り。
経済不況の中、京都の基幹産業だった染織業の振興をはかるべく、
女性たちが、復元した時代衣装を着て行列していたんです。
当時は「染織の黄金時代」とも称される頃。
最高の技術をもった職人や研究者、有職故実が京都に集結し、
史実を元に考証し、復元していました。
その傑作衣装の数々が一堂に紹介される、またとない機会です。
染織黄金時代の職人技は、まるで絵巻物を見るよう。

古墳時代<機殿参進の織女>葦絹薄鴇蔦文様衣 公益社団法人 京都染織文化協会蔵

奈良時代<歌垣>紋羅薄紅夾纈染唐衣 公益社団法人 京都染織文化協会蔵

室町時代<諸職の婦女>石畳取草花文様小袖 公益社団法人 京都染織文化協会蔵

安土桃山時代 垣に桜紫陽花文様小袖 公益社団法人 京都染織文化協会蔵

安土桃山時代<醍醐の花見>肩柳桜裾大笹文様小袖 公益社団法人 京都染織文化協会蔵

困った空き家をカリアゲる。 新事業をスタート。 ルーヴィス vol.6

ルーヴィス vol.6

皆さま、こんにちは。
ルーヴィスの福井です。
最終回は2015年から新たに始めた「カリアゲ」というサービスについてお話します。

僕がこの仕事を始めた理由は以前お話ししましたが、
「家具は直せば価値が上がるのに、不動産はなんでだめなんだろう?」
という疑問があったからで、賃貸物件の空室をどうやって減らしていくかが、
自分の中で最も興味のあることのひとつでした。

この10年間いくつもの賃貸物件にたずさわる機会を得て、
リノベーションは空室改善に効果的な手法であることを確信しましたが、
空き家は統計調査ごとに増え続けており、
現在は東京都でも約81.3万戸の空き家があります。
空き家が社会問題化している昨今でも、
オーナーの不安である「こんなに古い物件を直して本当に入居者がいるかの?」とか
「数百万もかけて、資金は回収できるのか?」という疑問は拭い去ることはできず、
建物の老朽化や費用負担がオーナーの大きな不安となっているならば、
そのリスクをこちらで負うことにして、空き家を活用していこうと思い、
始めたのが「カリアゲ」というサービスです。

まず、このサービスは「築30年以上で1年以上空いている空き家」を対象にしたもので、
リノベーション後の想定賃料の42か月分(3年半)まで、
リノベーション費用を弊社で全額負担します。

その条件のもと、オーナーから借り上げ、入居者に転貸する取り組みです。
1年以上空いている空き家を対象としているのは
「1年以上空いている=打つ手がなく放置されてしまっている」と定義したためです。
現在の対象エリアは空き家が最も多い東京都内を対象としていますが、
少しずつ対象エリアは広げていこうと考えています。

第一号の「カリアゲ」についてお話ししていきます。
この物件は目黒区下目黒にある2階建ての空き家です。

元水路に面している、築年数不明の戸建。1階が住居で2階が下宿だったようです。

何年空いていたかもわかりませんが築年数は不明で、
この建物は元水路に面し、公道には面していないため、
建て替えることのできない、再建築不可の物件です。

建物は傾いていて、基礎と土台は白アリ被害や経年劣化で腐食し溶け落ちており、
建物自体が壁で支えられているような状態でした。
再建築不可物件が多くあるような住宅密集地において、
このような建物を放置し続けることは、建物倒壊のリスクがあり、
放置したまま空き家にしておくことは、放火による延焼など、
建物単体のリスクではなく地域全体のリスクとなっており、
第一号案件としては難易度が高いけれど、
モデルケースとしてはちょうどよく、チャレンジすることにしました。

解体前の1階です。傾きがあるものの、ある程度は綺麗な状態でした。

解体前の2階です。2階は4部屋に仕切られており、残置物も多く厳しい状態でした。

モデルケースとしては、ちょうどいいのですが、
実際のところ、放置された空き家の改修は結構大変です。
流通している不動産は古くても商品ですので、多少の劣化があったとしても管理されています。
空き家の場合は、ほぼ放置されてしまっているので、
建物に気を払う人が誰もいない状態のまま年数が経っていった結果、
見えないところからボロボロになり、内部へも影響が出てきます。
改修プロセスは以下の写真のとおりです。

内装は全解体しました。

ジャッキアップ:建物の傾きを補正するために、建物全体を1.5メートルほど持ち上げました。

柱を足して建物全体を補強しています。

断熱材が入っていなかったので、断熱材を敷き詰めています。

屋根もかなり厳しかったのではり替えます。

請負の場合は、クライアントの意向もあり、仕上げなど見栄えする所に
コストをかけることも多いのですが、今回は耐震や断熱など、
建物の基本性能をアップすることに重点を置いた結果、
仕上げにかけるコストが少なくなってしまったため、
本来見せ場になる部分は入居者に委ねることにしました。

THE CONRAN SHOPの コンランさんと岐阜県による コラボレーションプロジェクト が始動!

今年の8月、イギリスの「THE CONRAN SHOP」の創始者 テレンス・コンランさんの
長男、セバスチャン・コンランさんと長女のソフィ・コンランさんが、
岐阜県とのコラボレーションプロジェクトのために現地を訪れました。

世界中からセレクトしたアイテムとオリジナルプロダクトが並ぶ
「THE CONRAN SHOP」をいとなむ父のもとに生まれ、
いまや世界的なデザイナーとして活躍する二人。

セバスチャンさんはプロダクトデザイン会社
「セバスチャン・コンラン・アソシエイツ」の代表をつとめ、
ソフィさんは壁紙やテーブルウエア、キッチンウエアなどのデザインを手がけています。

今回の来日では、コラボレーションプロジェクトのために
和紙、刃物、陶磁器、木工など、12の企業を視察しました。
二人が日本の自治体と連携するのは、今回が初めてのことなのだとか。

11月には連携する企業を決定し、
「Sebastian(Sophie)Conran」ブランドとして
岐阜のシリーズを展開していく予定なのだそう。

地場産業+情報産業で イノベーションを起こす 情報科学芸術大学院大学(IAMAS) 産業文化研究センター 小林 茂教授

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新しいイノベーションの創出〈コア・ブースター・プロジェクト〉

岐阜県大垣市にある情報科学芸術大学院大学(IAMAS)。
情報科学技術と地域文化を結びつけ、
産業界と連携するさまざまなプロジェクトを行っている。
前回はIAMASが行っている地域の連携や共創について取材した。
今回はIAMASの新しいイノベーションの創出について、
小林 茂教授にお話をうかがった。

IAMASでは県内外の企業・団体とさまざまな連携を行っている。
高度な技術を共同で研究開発する一方、
社会の期待となるようアイデアを創造している。

小林さんはそのコーディネートや商品開発などを行ってきた。
具体的にはどんなプロセスで進んでいくのか。

ものづくり拠点としてのイノベーション工房。3Dプリンターやレーザーカッターなどの工作機器を完備している。

「岐阜県内には製造業を中心に多様な地場産業があり、
同時に情報産業にも力を入れている。
それらをかけ合わせることで
イノベーションを起こしたいと考えた行政からの発案として、
FAB 施設のようなものをつくることで、地場産業と情報産業を混ぜ合わせ、
イノベーションを起こす拠点にできないか、という提案があったんです。
それを受けて2012年にデジタル工作機械を備えた市民工房〈f.Labo〉を
立ちあげたとき、見学者だけで1000人以上がやってきました。
ワークショップを通じて多くの市民が利用し、
ある企業がデジタル工作機械を使って素早く試作品をつくり、
それを元に特許をとったような事例はいままでもありましたが、
単に工房を開いているだけで異業種が混ぜ合わされることはありませんでした」

どうしたら混ぜ合わせられるのか。ただ施設だけつくってもだめ。そのためには
「いままで一緒にやるようなことがなかった人たちが
コラボレーションすることが必要」だと小林さんは考えた。

そうしてできたのが〈コア・ブースター・プロジェクト〉だ。

コア・ブースター・プロジェクトのパイプライン。地場産業と情報産業に参加を呼びかけてチームをつくる。フィールドワーク、コンセプトづくりから、プロトタイプづくり、量産型のデザインまで策定し、最終的にはクラウドファンディングで商品化するところまでをIAMASが中心となるチームでファシリテートする。図版提供:IAMAS

「ビジネスの種は、いろんな人と人が出会うなかで生まれてくる。
でもそれを商品などのかたちにして、
世の中まで送り出そうと考えると時間も労力もかかる。
途中で失速して消えていくパターンも見てきました。
だったらちゃんと世の中に出すところまでをブーストしようと。
そのやり方がコア・ブースター・プロジェクトというものです」と小林さん。

思いついてから、1週間くらいで企業に声をかけ始めた。

「最初に、それまでにIAMASやf.Laboとつながりのあった
岐阜県内の地場産業の中でものづくり系の人々に参加を呼びかけました。
そして、スマートフォンのアプリやウェブサービス、
基幹システムの開発など情報産業の人です。
新しいことを始めるので集まってください、と」

2013年に最初の企業説明会を行った。
プロジェクトマネージャー、デザイナー、ソフトウエアやハードウエアの開発者など、
十数社、30人ほどの人たちが集まったという。

「参加の意思を示したところには、その人が
何ができて、どういう目的で参加したいのか、どのくらい予算を動かせるか、
権限はどのくらいかなど、ひとつひとつヒアリングに出かけました。
それぞれどこと組めるか、利害関係などを調整して、
それをもとに5つのチームをこちらでつくったんです」

小林さんたちは、それぞれのチームにインプットになるような
技術のハンズオンやフィールドワークを提供し、
各チームがコアとなるアイデアを見つけ、
アイデアを統合し、コンセプトをかたちにしていくところまでをサポートした。
そうして現在、第一弾として商品化まで進行しているのが、
傾けることでほのかに底面が光り、
お酒を飲む場面に彩りを添える酒枡〈光枡—HIKARIMASU〉だ。

IAMASが主催したコア・ブースター・プロジェクトから生まれた、傾けることでほのかに底面が光る酒枡〈光枡-HIKARIMASU-〉。地場産業と情報産業の出会いから生まれたIoTの製品。写真撮影:井戸義智

〈アトリエデフ〉 家づくりは暮らしづくり

家は、小さな地球である

20年前に創業した長野県上田市に本社を構える工務店〈アトリエデフ〉は、
自然素材にこだわった家づくりを推進している。
代表取締役社長の大井明弘さんはかつて別の工務店に勤めていた。
新建材を使った自邸を建てたところ、家族にアトピーなどの健康障害が出てしまった。
そこで「自然素材の家を建てたい」と提案したが、
「無垢材なんてとんでもない」と強く否定されてしまった。
それならばと、やりたいことのために独立し、アトリエデフを立ち上げた。
しかし、時代が早かった。

「20年前は自然素材といっても理解はされないし、需要もありませんでした。
国産材を探そうとしても、どの製材屋さんも外材ばかり。
たまに国産材があったとしても、どこのものかもわからない状態だったんです」

代表取締役社長の大井明弘さん。毎朝4時に起きて、畑作業と薪割りが日課。

キッチンなどの水回りは、ヒバやヒノキを使用。

その後、時代が徐々に追いついてきて、
2010年に建てられたのが〈循環の家〉と名づけられたモデルハウスだ。
建物自体はもちろん自然素材にこだわっているが、
それ以上に驚かされるのが、循環型の暮らしの提案。

「この土地内ですべて循環する“小さな地球”であってほしいという
コンセプトで建てました。なるべく外部のエネルギーに頼らず、
遠くからエネルギーを買うのではなく、循環のなかで、
自然の恵みを生かして自分たちでつくる。そして還す。
そこに人が暮らすことで、より豊かになるような暮らしをつくりたい」

その哲学はすでに家づくりというものを超越している。

「私たちがやっていること、特にこの循環の家で提示したいことは、
家づくりではなく、暮らしづくりなんです。家は暮らしの一部に過ぎません。
家が良ければすべて良しというわけではなく、暮らしを変えていかないと、
大量生産/大量消費も、環境問題も変わっていきません」

エネルギーや水の循環など、取り組んでいる人たちはたくさんいるが、
それを最初から家に組み込んでしまっているコンセプトは思い切っている。

コンパクトに見えるのは、すべてを循環させることで余計なものを必要としない証拠だ。

“木のある豊かな暮らし”に つながるモノ・コトを大募集! 「第1回 ウッドデザイン賞 2015」

2015年9月30日(水)まで、「第1回 ウッドデザイン賞 2015」の作品を募集しています。
これは、木の良さや価値を再発見させる製品や取り組みの中から、
消費者目線で優れたものを選び出し、表彰するデザイン賞です

この顕彰制度によって、“木のある豊かな暮らし”が普及し、
日々の生活や社会がいろどられ、木材利用が進むことを目的としています。

応募対象は、建築・木製品・取り組み・技術・研究などの、
木材利用促進につながるモノ・コト、すべて。
建築物やプロダクトなどの「モノ」や、
新たな工法・素材活用の技術などに加えて、
イベントやワークショップ、地域での取り組み・サービスなどの
「コト」も応募可能なんです。
受賞者の方には、「エコプロダクツ2015」での発表・表彰など、
さまざまなPRの場が提供され、
生産から消費に関わる人とのマッチングが進められていきます。
コロカルを読まれている、木でものづくりされている作り手さんに
ぜひご応募して頂きたいアワードです!

沓澤製材所 写真:津留崎徹花

土祭2015公式ガイドブック 『土祭という旅へ』

栃木県・土祭2015公式ガイドブック『土祭という旅へ』

益子で生きる人、作る人のことも語られるプログラム・ガイド

発行/土祭実行委員会

2015年9月13日(日)〜28日(月)、栃木県益子町にて開催される「土祭(ひじさい)」。「この土地で生きることの祭り」をテーマに、44人の作家による展示や、陶器や農産物などが並ぶ市場、演劇、映像上映、演奏会、トークショー、ワークショップなどが行われます。

このたび発行された、公式ガイドブック「土祭という旅へ」はプログラム情報はもちろんのこと、この土地で生きる人、この土地でものを作る人、そしてこの土地の風景や歴史の物語を通して、益子がもつ風土性の魅力をお伝えする充実の1冊! このガイドブックの試し読みがマグギャラリーに登場しました。ガイドブックのお求めは下記URLからどうぞ!

土祭2015公式ガイドブック「土祭という旅へ」

https://hijisai2015.stores.jp/

発行日/2015.8

仕様/B5版変形/112ページ/4色

価格/800円(税込)

川俣正 三笠プロジェクト

秘密結社のように密やかに進むプロジェクト

北海道のほぼ中央に位置する三笠市で、
現代美術家・川俣正さんが進めている長期のアートプロジェクトがある。
〈三笠プロジェクト〉は、川俣さんによると「秘密結社のような」活動だという。
会員しか見ることのできない、閉じられたプロジェクトのため、
その全貌はほとんど知られていない。
今夏、このプロジェクトが開催した会員限定の現代美術講座を通じて、
ベールに包まれたこのプロジェクトの姿をリポートしてみたい。

そもそものはじまりは、2008年になる。
この年、北海道における新しいアートプロジェクトを模索していた川俣さんは、
出身地である三笠市で講座やワークショップを行った。
以降、毎年のようにこの地を訪れ、リサーチやディスカッションを重ね、
2011年に、これらの活動を「北海道インプログレス(現在進行形)」と名づけた。
その拠点として、翌年、三笠市内の閉校となった小学校で制作を開始したのが、
この〈三笠プロジェクト〉である。

旧美園小学校の体育館にて、2012年夏に制作が始まった。

モチーフとなったのは、かつてこの地にあった炭鉱街の風景だ。まずは柱や梁を立て、骨組みがつくられていく。

「会員のほとんどは、僕の同級生です。
助成金などはもらわず、会費を募って運営をしています。
このプロジェクトでは、このようなコミュニティをつくることに興味がある。
毎年みんなに会って、元気だなとか、お前まだ生きているなという
確認をするんです(笑)」

川俣さんの高校時代の同級生たちが中心となってつくった団体〈三笠ふれんず〉は、
プロジェクトの運営とともに、制作のサポートも行っている。
加えて、制作には北海道教育大学と室蘭工業大学の学生、
コールマイン研究室(炭鉱をテーマに活動するクリエイター・アーティスト集団)らの
メンバーも参加。
2012年から3年の間に計4回、それぞれ1週間ほどの期間を使って制作が進められた。

2013年の制作風景。骨組みができたらダンボールや合板などで、炭鉱街の地形を表現していく。

川俣さん自身も住んでいたという炭鉱住宅を厚紙で再現。1500個が設置された。

地域にクリエイティブな力を 実装したい! 情報科学芸術大学院大学(IAMAS) 産業文化研究センター 金山智子教授

奥美濃ソウルトレイン

この夏、岐阜のローカル線の車両がクラブさながらの空間になった。
岐阜の情報科学芸術大学院大学(IAMAS)が
長良川鉄道とコラボレーションして
〈奥美濃ソウルトレイン〉と名づけた特別列車だ。
列車内にスピーカーやDJブース、照明などが設置され、
クラブミュージックにアレンジされた郡上・白鳥おどりで
非日常の祝祭空間を演出する。
さらに、地面を蹴る動作に合わせて光る踊り下駄〈蛍駄(KETTA)〉を、
郡上発の下駄ブランド〈郡上木履〉の協力のもと制作した。

これまでもローカル鉄道をひとつの空間メディアととらえ、
岐阜県内の鉄道事業者と連携して
さまざまなプロジェクトの実践を行ってきたIAMAS。
ローカル鉄道+クラブカルチャーに加え、
地域の伝統産業+先端的技術の融合の事例である。

旅する〈fennica〉ショップが 『土祭』に。 TRAVELING fennica shop 「濱田庄司とメキシコの民藝」

北村恵子さんがディレクターをつとめる、
インディゴこけし」などを手がける
BEAMSのブランド、「〈fennica〉」。
2015年9月13日(日)から28日(月)にかけて、
栃木県益子町で行われる「土祭」にて、この「〈fennica〉」の
ポップアップショップが出店します。

会場は、「濱田庄司記念益子参考館」。
ここは、陶芸家の濱田庄司が、作品のために参考とした品々を、
一般の人々にも「参考」にしてほしいという意図で開設された美術館。
土祭会期中は、展示のほか、
〈fennica〉が復刻した「HAMADAセット」を販売します。
濱田庄司のコレクションにあるメキシコの木製玩具とラグマットを、
メキシコ・オアハカ州の工房に依頼し、復刻製作したもの。
これは、1960年代に濱田庄司がメキシコで手に入れた木製玩具の中にあったもので、
当時の制作方法で復刻しました。

「動物玩具は子供のオモチャだったため、素朴な作りや意匠、
大らかさが感じられる素晴らしいものです。
また、現在では使用されることの少ないアニリン染料の為、
経年変化もあり使うごとに味わいがあります」(〈fennica〉)

ほか、〈fennica〉ショップでは、遠刈田系伝統こけしで知られる「仙台木地製作所」が
メキシコをイメージして製作したこけしや、
古くからメキシコに伝わるエキパルチェア、
「OAXACA」のウエアや雑貨を販売します。

写真家・奥山淳志の個展 「あたらしい糸に」 ニコンサロンで開催。 祭礼を通して「東北の現在」を見る

コロカルにも寄稿して頂いている、
岩手県在住の写真家、奥山淳志さんが、
ただいま東京・銀座の「ニコンサロン」にて、
個展「あたらしい糸に」を開催中です。
奥山さんがこれまで撮りためた、
青森の恐山、秋田の象潟などで行われる東北の祭礼の写真、
40点を展示しています。

奥山さんはもともと大阪出身で東京に住んでいたのですが、
東北の文化に惹かれ、10年前に岩手県雫石町に移り住みました。
岩手では、プロカメラマンとして活動しながら、
仕事の合間をぬって、東北各地の祭礼を訪ね歩いています。
撮影はフィルムにこだわり、本展覧会に展示されている写真も、
すべて奥山さんが自ら銀塩プリントしているもの。
銀塩プリントの繊細な表現で、
東北の美しい自然と、昔ながらの祭礼に関わる人たちの
心の機微を描き出します。
奥山さんは、それらを通して、「東北の現在」を伝えたいと語ります。

〈小林住宅工業〉 選りすぐった素材でつくる 自然流の家づくり

厳選した自然素材を探しだす

創業して45年、横浜市にある〈小林住宅工業〉。
かつては新建材などを使った家づくりを行っていたこともあったが、
15年ほど前から、自然素材のみを使う家づくりにシフトした。
そのスタイルを「自然流(じねんりゅう)」と名づけ、
以来、木にあふれるライフスタイルの一端を担ってきた。

「社長は10代半ばで大工になり、30代でこの会社を立ち上げて以来、
とても勉強熱心です。自然素材のみでやり始めた頃は、変わり者扱いされたようです。
いまもって、反骨精神は強いですが」と笑うのは、
小林康雄社長の代わりに答えてくれた営業部の綱崎丈太郎さん。

小林住宅工業の基本建材は、構造材は和歌山の紀州材、
床は栃木の八溝杉、天井は秋田杉を使用している。
特に構造材を購入している〈山長商店〉とは、
小林住宅工業が自然素材を使い始めた当初からつき合いがある。

「山長商店は、林業からプレカットまで一貫して行っている珍しい会社です。
だからコストも抑えられるし、品質が高い木材を出してくれます。
木材は乾燥がとても重要で、強度にも関係してくるのですが、
適正な乾燥具合になるように1本1本、水分を測っているんです。
“自然素材ならなんでもいい”ではなく、
強度にも気を使っていかなくてはなりません」(綱崎さん)

玄関スペース。木の扉たちと白い壁紙がいいコントラスト。

日光がさんさんと降りそそぐ。木と太陽を味方にした住宅だ。

「産地によって、木のつくり方は違いますが、いい年輪にするのは簡単ではありません。
年輪が詰まっているということは、目が詰まっているということで、強度があります。
栄養を与えるとどんどん生長しますが、
大きいけれど目が詰まっていない弱い木が育ってしまいます。
だから、絶対的な期間が必要なのです」と言うのは、工務課の佐藤周平さん。

木は建材として使えるまで育つのに、何十年もかかる。
それをむりやり生長させようとすると、無理が生じる。
しかも、自分たちがすぐに育てて使えるわけではない。

「うちでは構造材はおもに50〜60年の木を使用していますが、
それは上の世代が植えたものです。
そしていま植林している木も、使うのは僕たちではなく次世代。
そういったことも考えて植林から一貫している山長商店さんは、
信用できるんです」(佐藤さん)

トークゲストは町田康さん。香川 「丸亀市猪熊弦一郎現代美術館」 で猫づくし「猪熊弦一郎展 猫達」

《題名不明》1987年頃 ©公益財団法人ミモカ美術振興財団

香川県丸亀市のJR丸亀駅前にある、
巨大な壁画やモニュメントが特徴的な
「丸亀市猪熊弦一郎現代美術館」。
「いのくまさん」の愛称で親しまれた、
丸亀市ゆかりの画家、猪熊弦一郎の名を冠した美術館です。
1991年のオープン以来、いのくまさんの作品を
常設展示しているほか、国内外の優れた作家による展覧会を行っています。
館内カフェも充実していて、市民が気軽に訪れて憩える、
開かれた美術館です。

ただいまこの美術館で、
企画展「猪熊弦一郎展 猫達」が開催中です。
猫は、いのくまさんが好んで描いたモチーフのひとつ。
夫婦ともに猫好きだった猪熊家では、一度に一ダースの猫を
飼っていたこともあるんだそう!
画家が、猫とともに暮らすなかで描いた猫の姿は、
写実的なスケッチ、シンプルな線描、
デフォルメした油彩画と実にさまざま。
美術館の収蔵作品のうち、「猫」をキーワードに洗い
直してみたら、なんと700点以上の猫絵が見つかりました!
展覧会では、それらの絵を、作風や技法、他のモチーフとの
組合せなど複数の視点からご紹介。
ユニークな「猫達」の姿を堪能いただけます。

《題名不明》1951 年 ©公益財団法人ミモカ美術振興財団

《題名不明》1987年 ©公益財団法人ミモカ美術振興財団

展覧会最終日の2015年9月27日(日)には、
作家でミュージシャンの町田康さんをゲストに迎えて
猫をめぐるトークを繰り広げる
クロージング・トーク「猫をえがく」を開催します。
猫を飼うことと猫を言葉で描くこと、
そして、いのくまさんの猫の絵のことなど、
猫についてたっぷり語っていただきます。
インタビュアーは、猫×クリエイターがテーマの
ウェブマガジン「ilove.cat」主宰の服部円さん。

自らリスクを負って、 まちに関わるということ。 WORKVISIONS vol.6

WORKVISIONS vol.6

みなさん、こんにちは! ワークヴィジョンズの西村 浩です。
vol.1vol.2vol.3vol.4vol.5と話を進めてきましたが、
今回でいよいよ連載も最終回。
vol.1のワークヴィジョンズの東京オフィスのリノベーションの話から始まり、
vol.2では、初めて市民の方々との協働で取り組み、
ひとつの建物を越えて、
“まちのリノベーション”という考え方を意識した、
三重県の鳥羽のプロジェクトについて、
そしてvol.3以降は、
私の故郷佐賀のまちなか再生のプロセスを紹介してきました。
最終回では、これまでの経験を通じて、
ほんの少しみえてきた地方都市のにぎわい再生のコツのようなものを、
僕なりに整理をしてみたいと思います。

どうしたら、小さな小さな建物のリノベーションが、
大きなまちのリノベーションの物語につながっていい連鎖と循環をつくれるか。
そのヒントになるような話になれば、最終回らしい締めができるかな?(笑)
僕と同じように、
全国各地で故郷を元気にしようとがんばっている方々に向けて、
少しでも参考になればうれしいです。

自ら、まちのプレイヤーになる

ひとりの市民の方からの1本の電話をきっかけに、
かなり疎遠になっていた故郷佐賀に
東京から足を運ぶようになったのが2008年。
その後、佐賀市からの依頼で、
佐賀市のまちなか再生に取り組むようになって数年が経ち、
ありがたいことに佐賀でも民間の建築や
リノベーションの仕事もいただけるようになっていきました。
そうなると、僕やスタッフが東京から佐賀にうかがう頻度もかなり多くなるわけで、
当然のことながら、飛行機代や宿泊費なんかの経費が
びっくりするほどかかるようになりました(汗)。
これでも僕は一応経営者なので(笑)、
佐賀の仕事の経費削減に頭を悩ませることに……。
それを解決するための答えは、
東京とは別に佐賀にも仕事の拠点を持つことでした。
ここから、僕の2拠点での働き方が始まりました。
そこで、さっそくオフィスの場所探しから始めました。
まちなか再生に取り組むわけですから、希望はまちのど真ん中。

ところが、ネットで検索していてわかったことは、
佐賀でも意外に家賃が高いことと、
僕らのような小規模起業のスタイルに合う適当な広さの物件が
とても少ないということでした。
また、佐賀市のまちを歩くとシャッターだらけの状態にもかかわらず、
賃貸物件自体もとても少ない。
これにはいくつかの理由があって、
シャッターが閉まっていても不動産オーナーの方が奥に住んでいるとか、
知らない人に貸すのはめんどくさいと感じているとか、
相続関係の手続きが進んでいない……、
単純に貸し手と借り手のミスマッチだけではなさそうだということもわかりました。

そこで、最終的には空き地を借地して、〈わいわい!!コンテナ〉と同じように、
コンテナを使って、自分たちの場所をつくっちゃおう!
ということになりました。

それが佐賀市呉服元町に誕生した、
http://co-cotoco.jp/〉というスペースです。
ガラスの多い建物ですから、内部の様子が外からよく見え、
まちのにぎわいにもつながるしかけになっています。
僕も佐賀に行くと、気持ちのよい窓際で仕事をすることが多いのですが、
外からよく見えるので、知り合いが僕を見つけてよく立ち寄ってくれます。
ただ、おかげで、なかなか仕事がはかどらなくて
困ることもあるんですけど(笑)、とてもうれしいことです。

商店街の空き地を借地してつくったまちのタマリバ。

そして、これで僕も不動産オーナーになってしまったわけで、
当然、借金をして投資をして、この場所を得たわけですから、
お金を稼ぐことを考えなければなりません。
そこで、ここには、ワークヴィジョンズの佐賀オフィスのほか、
マチノシゴトバとしてのコワーキングスペースと、カフェを併設しました。

カフェとコワーキングスペースの様子。

また、さまざまなイベントや市民活動の場としても活用してもらっています。
COTOCO SAGA 215というスペースがまちに生まれて、
ようやく1年が過ぎたところですが、
人と人のつながりをつくり、
さまざまな市民活動やまちの情報が集まる場として、
少しずつ認知されてきたように思います。

さまざまな市民活動やイベントの様子。

子どもたちも遊びにくるようになってきた。

尾道の離島にある、芸術拠点 「ART BASE百島」に迫る! 「広島県移住促進セミナー」開催

広島県尾道市、
瀬戸内海のほぼ中央に位置する「百島(ももしま)」。
周囲約11㎞の小さな離島で、みかんやアサリ、野菜がたくさん採れる、
自然環境に恵まれた豊かな島です。

「ART BASE百島」での展示風景(参考画像)

ここに、閉校になった旧中学校の校舎を再利用した
私設のアートセンター「ART BASE百島」があります。
「犬島アートプロジェクト」を手がけた現代美術作家の柳幸典と恊働者達による、
芸術活動を通して離島の創造的な活性化を目指すこころみです。
「ART BASE百島」は2011年にオープン。
離島にありながら、一流美術館に所蔵されているレベルの
アート作品を見ることができる展示のほか、
食事も提供されるギャラリー・カフェを併設している、
複合的な施設になっています。

「ART BASE百島」での展示風景(参考画像)

大橋実咲さん

この「ART BASE百島」のマネージャー、
大橋実咲さんが、2015年8月21日(金) に
東京・銀座の「広島ブランドショップTAU」で開催される、
広島県主催のセミナー「HIROBIROひろしまinトーキョーvol.5」に出演します。
大橋さんは、ART BASEの設立と同時に京都から百島に移住。
現地では、ART BASEの運営はもとより、空き家の掘り起しや
地域行事の復活など、地域住民と一緒になった活動を進めています。
セミナーでは、大橋さんのほか、島の住民団体の代表者、在京の支援者をゲストに迎え、
百島の魅力と将来構想、求めている人材について語られるのだそう。

〈木工房 ようび〉 マンション木質化という 都心部の新しい住まい方

西粟倉村のスギを全面的に使ってリノベーション

岡山市街地にある、見た目は普通のマンション。
しかし高校教員をしている大石智香子さんのお宅を訪ねると、
そこは木質化された別世界が広がっている。
ドアを開けた瞬間にフワッと漂う木の香り。
右を向いても左を向いても、木ばかりが目に飛び込んでくる。

大石さんは木を使った空間への憧れを、昔から持っていた。
マンションを購入後、リノベーションを考えていたとき、
岡山の西粟倉村にある〈西粟倉・森の学校〉と出合った。
“百年の森林構想”を掲げ、村ぐるみで森林から地域づくりを行っている会社である。
ここにリノベーションをお願いすることにした。

「私は岡山県の県北、美作地域にある3つの高校に勤務していました。
西粟倉出身の学生が担当クラスにいたこともありますし、
岡山市に来ても、その地域の木材を使った家に住めるなんて喜ばしいことです」

高校教員の大石智香子さんは、小さくてかわいいものが好き。木の節すら「模様みたいでかわいい」。

森の学校から紹介された設計士が、〈木工房 ようび〉の大島奈緒子さんだった。
ようびは、7年前から西粟倉村で家具の制作を中心に活動していたが、
3年前に建築設計部門を立ち上げていた。
ここから大石さんと大島さんによる、二人三脚のリノベーションが始まる。

「せまい玄関から、トンネルをくぐってリビングに行くような間取りを
変えたかったんです。ドアを開けた瞬間に開放感がほしかった。
だから広い玄関はお気に入りです」

異なる色のスギが模様のように見える広い玄関。自転車も余裕で置ける。

部屋は全面的に木質化されている。
ほとんどの内装に採用されているのは西粟倉村のスギである。

「床材をスギにするか、ヒノキにするか、サンプルを持ってきてもらいました。
でも、すぐにスギに決めました。香りこそヒノキがよかったですが、
さわった感触は断然スギが好みでしたね」

素足でぺたぺた過ごしたくなる。床にはワックスなど特別なメンテナンスは必要ない。

広いお風呂は、大石さんからの数少ないリクエストだ。壁はヒノキを使用。