徳島県鳴門〈大塚国際美術館〉 のシュールなおみやげ 〈『最後の晩餐』ユダの 銀貨チョコレート〉

徳島県鳴門市、うずしおで有名な徳島県鳴門市国立公園内にある
〈大塚国際美術館〉は、陶板でリアルに再現された、
世界の名画が一堂に会する美術館。
ポカリスエットやボンカレーで知られる大塚グループが、
創立75周年記念事業として1998年に設立しました。
ピカソ、モネ、ルノワール、レオナルド・ダ・ヴィンチらによる
名だたる世界の名画1000点余りを精巧な陶板で再現したものが
展示されている美術館です。
※コロカルでの記事はこちら

プティゴーフル「最後の晩餐」540円 ユダの銀貨チョコレート 594円

そんなユニークな大塚国際美術館は、
ミュージアムショップでの取り組みも個性的。
ショップでは、レオナルド・ダ・ヴィンチ『最後の晩餐』を
モチーフにしたオリジナルのお菓子が販売されているんです。
プティ・ゴーフルには、パッケージの片面に修復前を、
もう片面に修復後の絵をプリント。
おみやげにもらった人も、修復前と修復後の違いをじっくり眺められます。
サクサクと香ばしい薄焼きの生地に、バニラ、ストロベリー、チョコレートの
クリームをサンドした神戸風月堂のゴーフルです。

そして2015年10月に発売された新商品が〈ユダの銀貨チョコレート〉!
ユダといえば、銀貨30枚の報酬と引き替えにキリストを裏切ったことで
知られている弟子。
『最後の晩餐』の修復後、ユダがその銀貨を手にもっていることがわかり、
今回ミュージアムショップで銀貨がモチーフのコインチョコレート13枚入りを
グッズとして企画・販売したんです。

というのも、大塚国際美術館には、
原寸大の『最後の晩餐』の修復前と修復後を
壁の両面に向かい合わせて展示し、
その違いを見比べることが出来る部屋があるんです。
精巧な陶板だからこそできるこのダイナミックな仕掛けですよね。

団地の持つ古きよき歴史を活かす 〈MUJI×UR 団地リノベーション プロジェクト〉が 福岡、京都に拡大!

団地の持つ古きよき歴史を活かしつつ、多くの人に長く、
心地よく住みつないでもらえるように。
2012年にUR都市機構と株式会社MUJI HOUSEがスタートした、
MUJI×UR 団地リノベーションプロジェクト〉。
これまで首都圏、中部、西日本と展開されてきたこのプロジェクトに、
新たな団地として、京都、福岡での募集が決定。
2016年1月30日(土)から、全国一斉に申込受付を開始します。

〈MUJI×UR 団地リノベーションプロジェクト〉のコンセプトは、
「こわしすぎず、つくりすぎない」というもの。
UR賃貸住宅などを手がけるUR都市機構と、
無印良品事業を行っている株式会社良品計画の住空間事業を担い、
”暮らしの器”としての家を提供する株式会社MUJI HOUSEのコラボレーション。
団地という住空間の素晴らしさを再認識してもらうとともに、
日本の暮らしに新たなスタンダードを実現する試みです。

それではどのプランもすてきな、
各地の〈MUJI×UR 団地リノベーションプロジェクト〉を
お写真でどうぞ!

・光が丘パークタウンゆりの木通り北(東京都板橋区)
特長:2列型キッチンにパントリー

光が丘パークタウンゆりの木通り北

・水草団地(名古屋市北区)
特長:階段で縦につながるLDK空間・メゾネットタイプ

水草団地

黄金町の狭小長屋をアトリエに再生。 〈旧劇場〉の日常と、 まちとのつながり。 IVolli architecture vol.2

IVolli architecture vol.2

アイボリィアーキテクチュアの原崎です。
前回のvol.1は、僕らの事務所のあるシェアスタジオ〈旧劇場〉が
どういった経緯で生まれたのかを主にお話しました。
今回はこの旧劇場での日常と、ここから展開している活動をお伝えします。

劇場内での連携した働き方

旧劇場のメンバーは、
みな個人でそれぞれの職能でそれぞれの仕事をしています。
建築事務所は2チームですが、
木工職人、現代美術家、写真家、フリーライター、アーティストとばらばら。
ふつうは、そんなメンバーが同じ空間で働くことはなかなか想像できないと思います。
ただ、以前いたシェアスタジオの頃から、
お互いがそれぞれの技術や知識、経験などを
部分共有することができるということは少し経験していました。
それは本や道具を貸し借りするというちょっとしたことから、
共同プロジェクトを立ち上げるということまで、共有の度合いはさまざまです。
例えば、ある物件を僕らが設計して、
職人が施工して、写真家が撮影して、ライターがリリースに合わせて記事を書く、
といったリレー形式になることもあります。
そんなことをしていると、
この不思議な共同体に興味を持ってくれた近隣の方々が
少しずつ声をかけてくれるようになりました。

旧劇場の打ち合わせスペース。

まず声をかけてくれたのが、通りの向かいにお住まいのみなさん。
お話をうかがうと、ここがストリップ劇場になる前からいらっしゃるそうで、
「劇場が閉まって、次は一体どうなるのかと思っていたら、
若い人たちがたくさん来てくれてよかった」
「夜は周りが暗くて怖かったけど、
顔のわかる人たちが遅くまで近くにいてくれると安心する」
と、うれしい言葉をもらっています。
それどころか、ことあるごとに食べ物の差し入れなどをいただいてしまっています。
恐縮です……。

町内から話はすぐ伝わるようで、その後に知り合ったのが、
すぐ隣のまちなかにある伊勢佐木町商店街で、
明治に創業したお茶屋〈川本屋〉の川井喜和さん。
まちに若い担い手の少なくなった状況を変えるために、
商店街近隣を中心に行う屋台市〈ザキ祭り〉を企画・実行するなどとてもパワフルな方で、
僕らと同年代ということもあり、意気投合するのに時間はかかりませんでした。
その流れで、川本屋の上階にある住戸の部分改修も手がけさせていただくことになりました。
ただ、これはアイボリィが請けたのではなく、旧劇場として請けていて、
今回は設計施工をぼくらと大工の〈LIU KOBO〉劉 功眞くんと協働しました。

伊勢佐木町商店街にあるお茶屋さんの川本屋。

まちの人との関係はこれにとどまりません。

写真家と山伏が語る北方の世界。 トークイベント 『山道を登り 茂みをかきわけると そこには古来へ通じる 入口があった』開催

12月17日 (木)、東京・原宿のVACANT(ヴァカント)にて、
写真家の津田直さんと山伏の坂本大三郎さんによる
トークイベント〈山道を登り 茂みをかきわけると
そこには古来へ通じる入口があった〉が開催されます。

神戸・摩耶山のふもとで毎朝登山をする祖父の背中を見ながら育ち、
いつしか自然を読むことを日課としてきた津田直さん。
写真家となった今は、北極圏やヒマラヤ、
アイルランドの島嶼などを旅しながら
北海道や東北へ通い、フィールドワークを繰り返していています。

写真 津田直

千葉で育った坂本大三郎さんは、近所に住む口寄せ巫女のおばあさんや、
畑を掘って見つけた縄文土器などに興味を持ち、
日本人と自然の関係の根本に立ち返り学ぼうと、山伏の道へ。
現在は山形を拠点に、各地に残る古俗や神話を見聞きするため、
山や集落を歩き訪ねています。

コロカルではおなじみ!山伏の坂本大三郎さん

トークでは、そんなふたりが東北〜北海道という土地を通じて
日本の基層文化に迫り、語り合います。

縄文の精神世界をはじめ、古来から受け継がれてきた神話、
人間と動物の対話などなど……
おふたりからどんなお話が聞けるのか、これは楽しみですね!
参加をご希望の方はこちらからお申し込みください。
(予約フォームは、イベントページ下部の“RESERVE”ボタンより立ち上がります)

津田直×坂本大三郎

- 写真家と山伏が語る北方の世界

出演 津田直(写真家)坂本大三郎(山伏)

開催日 2015年12月17日 (木)

時間 開場19:00 開始19:30

会場 VACANT

住所 東京都渋谷区神宮前3-20-13

料金 1,500円

津田直×坂本大三郎-写真家と山伏が語る北方の世界

津田直

VACANT

ぺージ一番上画像:撮影 坂本大三郎

複数の古民家を ひとつのホテルに再生。 城下町篠山の歴史をつなぐ 新しいかたちとは。 一般社団法人ノオトvol.7

一般社団法人ノオト vol.7

ノオトがこの連載を始めて7回目になります。ついに順番が回ってきてしまいました。
一般社団法人ノオト理事の伊藤と申します。
当初の予定では、出番はまだ先のはずだったのですが、繰り上げ登板することになりました。

今回は、2015年10月にオープンした
〈篠山城下町ホテルNIPPONIA(ニッポニア)〉のリノベーションの経緯や、
ホテルの詳細についてご紹介、ということなのですが、
ノオトって何する人たち?という方や、
初めましての方は、ぜひバックナンバーをご覧ください。

vol.1 古民家から考える地域の未来

vol.2 集落丸山が教えてくれたこと

vol.3 再生された元酒蔵で生まれた、たくさんの縁

vol.4 歴史ある銀行建築の再生から始まった、新しい地域づくり

vol.5 投資ファンドで実現する古民家再生の未来(その1)

vol.6 投資ファンドで実現する 古民家再生の未来(その2)

この原稿を書いている段階では、
vol.5、vol.1、vol.6の順番でFacebookいいね!数が多いですね。
やはり、みなさん気になる資金面の話を、よく読んでいただいているようです。

さて、本題です。篠山城下町ホテルNIPPONIAは、vol.6でも紹介されたとおり、
篠山城を含む城下町全体を「ひとつのホテル」に見立てるという構想のもと、
江戸時代から明治時代に建てられた空き家4棟を改修し、11室の客室としたホテル事業です。

時間を重ねた歴史ある建物の中に生まれた客室、
丹波篠山をはじめとした、地域の豊かな食材をふんだんに使った創作フレンチ、
既存の歴史施設・飲食店・店舗などと連携した歴史的城下町のまち歩きアクティビティなど、
「歴史あるまちに、とけこむように泊まる」をコンセプトとした、
地域の暮らし文化を体験する、新しいスタイルの宿泊施設となっています。

篠山城下町ホテルNIPPONIAのONAE棟にあるフロント。カウンターは古家具をリメイクしたもの。

ホテルのメインの建物となっているONAE(オナエ)棟は、
明治期の建築で、元銀行経営者の住居でした。
古地図によると西の城門正面に位置し、城門がなくなった現在では、
篠山城跡方面から西向きに伸びている道路の突き当りに位置しており、
西町というエリアのシンボルになっている建物です。
建物自体も篠山城下町の町家の特徴を色濃く残しており、
まち並み景観として大きく貢献していると評価され、
篠山市景観重要建造物の指定を受けています。
そのONAE棟を中心に、リノベーションの経緯をご紹介したいと思います。

ONAE棟外観。

古い建物を残すことの価値

私が初めてこの城下町ホテル構想を代表の金野、理事の藤原から聞いたのは、
2013年の8月頃でした。
恥ずかしながら、そのときは「あぁおもしろい発想だなぁ」という程度にしか理解しておらず、
よもやこんなに早く実現するとは思ってもいませんでした。
構想からは実に5年がかりのプロジェクトですが、プロジェクトが大きく動き始めたのは
2014年に入ってからで、この頃に第1弾としてオープンする物件候補が絞られていきました。

現在ONAE棟となっている古民家には、
当時90歳のおじいちゃんがお住まいでしたが、
ひとりで住むには広すぎるため、売り物件として、
通常の物件と同じように不動産情報が公開されていました。
しかし、その情報を見て訪れるのは、既存の建物は潰してしまって、
新しく集合住宅などを建てようとする人ばかりだったそうです。
そこへ、
「今の建物にこそ価値があるので、再生をして活用していきたい」と、
提案にうかがったところ、大変喜んでくださったことから、
NIPPONIAプロジェクトの第1弾物件候補となりました。

ONAE棟と同じ通りに面して北側に位置するSAWASIRO棟、
篠山城を挟んで反対側の河原町通りに位置するNOZI棟は、
それぞれの所有者の方が、建物自体を大切に思い残されていたのですが、
何かまちのために使われるのであれば、貸したり、売ったり……ということも
検討したいと前々からご相談をいただいておりました。
そこで、NIPPONIAプロジェクトにて、宿泊棟として活用しようということになりました。

NOZI棟と同じく河原町にあるSION棟は、
もともと、とある企業保養施設として運用されていましたが、
篠山城下町ホテル構想にご賛同いただいたことで、第1弾物件に加わりました。

こうして、第1弾物件の4棟が出揃いました。

改修前のONAE棟外観。

漆喰を自分でぬってみよう! 京都・二条城にDIYラボ 〈うま~くヌレールLABO京都〉 オープン

自分で漆喰が塗れたらいいなって
思うけど、大変そうでチャレンジできない...
そんな思いを抱える方に朗報。
2015年12月7日(月)、京都市の二条城南に、
実際に漆喰を塗る体験ができる
ショールーム〈うま~くヌレールLABO京都〉がオープンします。
栃木県佐野市で漆喰・モルタルなどの
製造・販売を行う〈日本プラスター株式会社〉さんがオーナー。
ホームセンターなどで販売している、DIYの漆喰を体験してもらう
ためのショールームです。
2014年にオープンした東京・上野の
ショールームに次いで2店舗めになります。

Kume Mariさん

京都店の内装工事のプロデュースは、
DIYブロガーとして活躍中の、
カリスマDIY主婦Kume Mariさんによるもの。
実際の施工は、普段はDIYをしない日本プラスターの
社員さんたちが栃木から京都に通いつめて行ったのだそう。
漆喰塗り~床貼り、タイル貼り、塗装、植栽、
大工仕事など、全てをDIYで仕上げた結果、
驚きのBefore Afterが…!!

〈MTRL KYOTO (マテリアル京都)〉 京都の一軒家をリノベーション。 素材と向き合う コワーキングスペース

Web、コンテンツ、コミュニケーション、空間、イベントなどの“デザイン”を手がける
クリエイティブ・エージェンシー〈ロフトワーク〉がお届けする
「ロフトワーク ローカルビジネス・スタディ」。
4回目は、ロフトワークが新しく京都につくるコワーキングスペース
〈MTRL KYOTO(マテリアル京都)〉について。
なぜ京都に、古い家をリノベーションして、新しいスペースをつくるのか。
なぜ“マテリアル”なのか。
MTRLのプロデューサーの岩崎達也がその理由を語ります。

「京都で、ロフトワークだからこそできるおもしろいことをしよう」

設立4年目を迎えるロフトワーク京都オフィスに入社した2014年、
私は社内で頻繁にこの言葉を耳にしていました。

Web、空間、プロダクト、イベント、そして京都。
多様な領域で実績を積み重ねてきたロフトワークだからこそできることってなんだろう?
という問いかけと、何かやってやろう! というみんなの野心めいたものが
〈MTRL KYOTO(マテリアル京都)〉構想へとつながっていきます。

そうして完成するMTRL KYOTOは、京都の河原町五条エリアにある
大きな一軒家をリノベーションしてつくるオープンなコワーキングスペース。
長い歴史を誇る西陣織や、最新の人認識センサーなど、国内外から集めたユニークな
“素材(マテリアル)”と、3Dプリンターやレーザーカッターといった
デジタルファブリケーションマシンを常設します。

京都で活動する個人クリエイターはもちろん、
チームでの打ち合わせや共同制作などにも適した、
新しいインスピレーションを提供する場所にすることを目指しています。

なぜ京都にMTRLをつくるのか?

私を含め多くのロフトワークの社員は以前東京で働いていましたが、
それぞれに縁とゆかりのある京都へ移住してきました。
そんな私たちが日々の京都暮らしの中で感じることを挙げてみると、

・まち中に国宝や伝統工芸品が溢れている
・それでいて、最先端のテクノロジーを生み出す企業や学術機関が多い
・カフェや書店にアートなど、独自のローカルカルチャーが根づいている
・老若男女、外国の方々、さまざまな人たちがまちに馴染んでいる

などなど。

そこで私たちは気がついたのです。
これらを俯瞰して見てみると、めちゃくちゃユニークだぞ、と。

長い歴史とこれからの可能性。
ローカルとグローバル。
個人商店と大企業。
伝統産業と最新テクノロジー。
表面的には相反しそうな事柄が、絶妙のバランスで融合して成り立っているのが京都なんだ。

ここ京都なら、ロフトワークのクリエイティビティを使って、
未来を提示する場所をつくれんじゃないか。
世界中からクリエイターが集うコワーキングスペースにする?
伝統工芸品やテクノロジーを掛け合わせてみようか。
典型的な京町家ではなくあえて違う建物でやろう!

そんな風にみるみる点が線で繋がって、
とても自然な流れでMTRLプロジェクトは立ち上がりました。

目線を変えることで 新しい働き方が生まれる。 豊嶋秀樹 前編

ゆるく連携した働き方

豊嶋秀樹さんは、〈岩木遠足〉や〈津金一日学校〉などの地域イベントを手がけてきた。
地域に人を集めて催しをすることは、今や珍しいことではないが、
豊嶋さんが手がけるイベントは、都会的なエッセンスがありながらも、
カタヒジはっていないような、なんだか独特の心地よい空気に包まれている。
その秘密を探るべく、まずはこれまでの略歴をうかがった。

「アーティスト志望で、アメリカの美術系大学に通いました。
当時から、製作していたものは絵画や彫刻というよりも、
インスタレーションやパフォーマンスアート。
状況自体を作品化したいという気持ちでした」

卒業後、日本に帰国。
大阪で、クリエティブユニット〈graf〉を立ち上げる前のメンバーたちと出会う。

「grafの初期メンバーたちは、デザイナーとか家具職人とかいろいろいました。
当時の僕は頭でっかちで、“アートが一番”と思っていました。
でも、みんなは生活にダイレクトに使える実用的なものをつくっているのに対して、
アートは使えないなと(笑)。
メンバー自身の嗜好を見ても、デザイン的なものだけでなく、
音楽も、食も、ファッションも好き。それって生活ですよね。
そういった出会いから、みんなで一緒に何かつくってみようと、grafが発足したんです」

福岡に移住したが、全国を飛び回っているという豊嶋秀樹さん。

豊嶋さんは、そのgrafから派生したgmというセクションを担当し、
展覧会を開催するなどアート的な活動に従事していく。
その部署を独立させるかたちで、現在の〈gm projects〉になった。
grafは同じ職種の集まりではなかったが、gm projectsも同様。
ウェブディレクター、家具職人など、バラバラの職種が集まっている。

「働きたい人が働きたい分量で働く。それぞれのライフステージに合わせた
自由なあり方でいることができて、つながりたいところは、
その都度、つながることができるという、
“イイトコドリ”な組織ができないか試していると思っています」

メンバーそれぞれは、自分の屋号やレーベルなどで活動していたり、
ほかの会社の会社員だったりもする。
これは、豊嶋さんとgm projectsの仲間なりの働き方や組織の実験でもある。

「おもしろい人は集まっているけど、ビジネスは集まっていません」

結局は人間関係。であれば、会社という組織である必要もない。
“人が集まる舞台があればいい。そこにいる人たちでやればいい”。
当初から持っていたそんな考えが、のちの豊嶋さんの活動のベースにもなっている。

豊嶋さんがディレクションしている那須にあるスペース、〈森をひらくこと、T.O.D.A.〉

アートと地域イベントの共通点

gm projectsとして独立してからも、固定の場所ではなくなったが、
アート活動を続けている。
それは作家としてだったり、空間構成やキュレーターだったりとさまざま。
しかし「どれも基本的な考え方は同じで、アウトプットの違いだけ」だという。

この流れで、地域に場をつくる活動も増えてきた。
例えば青森県の〈岩木遠足〉、山梨県の〈津金一日学校〉、
岩手県の〈陸前高田ミーティング(つくる編)〉。
これらは、これまで豊嶋さんが企画運営してきた
アートイベントやギャラリーなどと地続きであるという。
それは豊嶋さんがアートにのめり込んだ理由からわかる。

「アートは、物の見方を変えてくれるきっかけになっていることが多いと思うんです。
それがアートのおもしろいところだし、自分が興味があるのもそういう“アート”でした」

豊嶋さんにとって、アートは異世界に入っていく方法。
最近ハマっているという山登りにも、同じ効果があるという。

「八ケ岳の山頂から見下ろすと、物理的にパースペクティブを変えられてしまいますよね。
世界を旅することも、まるで違う異文化の価値観を突きつけられたりして、
衝撃を受けたり、興奮したりします」

物の見方を変えてくれるものは、豊嶋さんにとってはアートだったが、
こうした思考回路は、イベントにも応用できる。

発売中の『岩木遠足 人と生活をめぐる、26人のストーリー』。写真提供:gm projects

津軽地方だけで400箇所! 独自の進化を遂げた、 無骨で個性的な庭園流派 「大石武学流」

青森県の津軽地方に伝わる、独自の発展を遂げた
庭園流派、「大石武学流」をご存知ですか?
無骨でシンプル、でもすごく人を惹きつけるふしぎな庭園。
造園業が盛んな平川市尾上地区や、
歴史的な街並みが残る黒石市、弘前市において、
江戸時代末期から近代にかけて盛んに作られたのですが、
津軽地方以外にはほとんど見ることができない流派です。
なぜなら、この流派は、庭師の中からたった一人にだけ
伝えられているから。
その結果生まれた独自の発展を遂げた庭園が、いまも
津軽地方のあちこちにあるんです。
その数、なんと400箇所以上!
国の名勝に指定されているお屋敷から、
一般の個人のお宅まで、数多く築庭されています。

「大石武学流」の特徴は、
近隣に産する巨大で粗野な形の岩石を使うここと。
飛びはねなければ渡って歩けないような大きな飛石を配したり、
枯滝や枯池を設けて石橋を架けたり。
低い築山と小高い築山を築き、随所に巨石を組んで燈籠をたてたり、、、。
借景は岩木山が多く、植栽されている樹木は、
雪国・津軽らしく針葉樹。
このダイナミックな造園方法の理由には、
農閑期などに、地元の商家が小作人たちに庭造りをお願いして
日銭を稼がせるために作業を作っていたから、ということがあるのだそう。

平川市猿賀の国指定名勝 「盛美園」

それでは今も残る「大石武学流」の名勝をご紹介。
まずこちらは、平川市にある「盛美園」。
2階が洋風で1階が和風という、
和洋折衷の洋館「盛美館」が、
庭園を眺めるために明治41年に建てられました。
この「盛美館」、映画「借りぐらしのアリエッティ」の舞台の参考にもされたのだとか。

瑞楽園

続いてこちらは「瑞楽園」。
津軽藩政時代の豪農「對馬家」の書院庭園として、
二度にわたる造庭工事の末に完成された庭園。
明治23年春から明治38年秋までの15年の長い歳月をかけ、
当時の武学流造園の庭師では第一人者といわれた高橋亭山が
造庭に着手したのがはじまりで、
これを昭和3年から亭山門人の池田亭月と
外崎亭陽の二人が増改庭し、昭和11年に完成しました。
いわゆる「大石武学流」の作庭として、代表的なスタイルを貫いています。

和紙は未来の服の素材。 広島県福山市で作られた 「和紙糸」から未来を探る展示 「WASHINOITO 未来を着る、 浜井弘治の和紙のプロダクト展」

東京・世田谷の「生活工房ギャラリー」にて、
2015年12月26日(土)より、
「WASHINOITO 未来を着る、浜井弘治の和紙のプロダクト展」が開催されます。
これはファッションデザイナー浜井弘治さんとともに、
「着るための素材」としての和紙の可能性をさぐる展覧会。
和紙にこめられた先人の知恵に触れつつ、
和紙糸(わしいと)と和紙プロダクトの未来を探ります。

もともと、日本家屋に欠かせない素材であった和紙。
高温多湿の夏には水分を吸収し、
乾燥する冬に水分を吐き出す性質を持ち、
日本の風土において、私たちの暮らしを快適に保ってきました。
そんな和紙はいま、焼却も問題なく、地中分解もされる、
エコな素材として注目されています。
備後(広島県福山市)の工場が開発した「和紙糸」は、
その名のとおり和紙から作った糸で、
木綿の10倍の吸水性と3分の1の軽さという特徴があります。
この和紙糸によって和紙を洋服生地へと応用することで、
和紙が未来の服の素材となる可能性があるんです。

展示では、和紙布の原材料、生地、衣服を使った空間演出で、
多様な和紙プロダクトを紹介。
シャリッとした和紙布ならではの心地良さを、
手に触れて体感することができるそう。
冒頭の写真は、広島県福山市で作った生地を
山口県山口市で縫製した、サルエル和紙デニム。
ほかにも、和紙で作られた作品が展示されます。

「和紙をプロダクトする。」(アートスペース獏)

「栽落JEANS」(gallery G)

江戸時代の商家建築に生まれた まちのサンドイッチ屋さん。 仏生山まちぐるみ旅館 vol.2

仏生山まちぐるみ旅館 vol.2 
大好きなパンづくりから生まれた店

ぼくは、香川県高松市の仏生山町というところで暮らしています。
建築設計事務所と、仏生山温泉を運営しながら、
まち全体を旅館に見立てる、
〈仏生山まちぐるみ旅館〉という取り組みを進めています。
まちぐるみ旅館にとって、仏生山温泉から徒歩数分のところに、
おいしいお店がオープンするのはとてもうれしい。
2014年、〈天満屋呉服店〉の隣にオープンした〈仏生山天満屋サンド〉もそのひとつです。

〈天満屋呉服店〉は江戸時代からある老舗です。
建物も江戸時代後期に建てられ、
その後増改築を繰り返しながら現在にいたっています。
法然寺を中心とした門前町である仏生山のなかでは、
代表的な商家建築です。南北に間口の長い木造2階建、
虫籠窓(むしこまど)や、南西の隅には鏝絵が施された“うだち”があり、
これまでの歴史を伝えるような趣ある店構えです。

リノベーションする前の天満屋呉服店外観。

リノベーションを行うまでは、
半分は呉服店として、
もう半分はご主人である佐藤誠治さん夫婦が洋服店を運営していました。

リノベーション前の洋服店だったときの内観。

今回のリノベーションはご両親が経営する呉服店はそのままにして、
佐藤さん夫婦の洋服店を
サンドイッチを提供するカフェにすることでした。

佐藤さんの奥さん、美香さんは、
おいしいものを食べるのが大好き。
とくにパンが好きで、洋服店を経営するかたわら、
ときどき自分自身でパンを焼いては近所にお裾分けをしていました。

そのうち、友人たちを通じて、パンがおいしいと評判になり、
友人を招いたパンの食事会や、注文を受けてつくったりしていました。
そういうことが数年続いたのち、
ある日、「えいっ」
と業態変更したのが、〈仏生山天満屋サンド〉の始まりです。

客人、暮らし、新旧の建物が寄り添うカフェ空間とは

リノベーションの計画を進めるにあたって、
最も大切にしたのは、
100年以上の時間を経た天満屋呉服店の既存の建物に
新しくつくられる空間がしっかり寄り添いながら、
これからの何十年かの時間を
共にしていける存在になれるかということでした。

「ANOHATA GALLERY」 井の頭公園通り商店街で、 街灯に普通にぶら下がっている 「あの旗」がギャラリーに。

マンホールのフタとか、ちょっと寂れた
自動販売機で売っている缶ジュースとか、
見知らぬ土地を歩いていると、
ぐっと来る“ご当地デザイン”に遭遇することがありませんか?
思わず笑ってしまうものから、
うなってしまうほどよく考えられているものまで、
ローカルな魅力を発見できる、
その土地の“顔”と言えるでしょう。

今回ご紹介する『ANOHATA GALLERY』が注目するのは、
どこの商店街にも、街灯に普通にぶら下がっている、「あの旗」。
8本の旗の、裏と表=16か所に絵を描いて、
商店街をギャラリーにしてしまおうというシリーズ企画です。

第1弾のアーティストは、マンガ家の大橋裕之さん。
その独特な絵や、罪のないゆるさと、じわっとくる切なさに熱狂的なファンも数知れず、
さまざまな雑誌の誌面を飾り、著作も多く刊行している、人気作家です。
そんな大橋さんが、この企画のために16点の作品を描きおろしてくれるのだとか。
よく見かける商店街の旗が、どんな“顔”に変身するのか、楽しみですね。

こちらは展示される旗のイメージ Image courtesy of Hiroyuki Oohashi. ©2015 Hiroyuki Oohashi All Rights Reserved.

この『ANOHATA GALLERY』で大橋さんの絵が見られるのは、井の頭公園通り商店街
といっても、「あ、あそこか」とわかる人は少ないのではないでしょうか?
ちょっとご紹介すると、この商店街はその名の通り井之頭公園の近くにあるのですが、
住所でいうと、実は三鷹市。
吉祥寺の駅を出て、井之頭公園を越えて、住宅街を抜け、
明星学園のほうに向かうと、辿り着けます。

制作テスト中の大橋さん

写真家の石川直樹さんが見た、 アルバータと北海道 「Across Borders: 石川直樹写真展」

北海道札幌市の北海道博物館にて、写真家の石川直樹さんによる
写真展「Across Borders:」が開催されます。

これは、北海道とカナダ西部にあるアルバータ州が
姉妹州35周年を迎えたことを記念する写真展。

王立アルバータ博物館では10月22日(木)〜11月1日(日)まで、
北海道博物館では11月28日(土)〜2016年1月17日(日)まで開催され、
ふたつの土地のつながりを探ります。

世界を巡り、北の大地や山々、
そこに暮らす人びとの姿を写してきた石川さん。
二つの土地にどんなつながりを発見したのでしょうか?

震災後の夜明けから撮り続けた、 珠玉の記録を一挙に上映! 高平大輔映像作品展「点と線と」

11月20日(金)〜23日(月・祝)、宮城県のせんだいメディアテークにて、
映像ディレクターの高平大輔さんによる
映像作品展「点と線と」が開催されます。

震災後に、被災地の夜明けを記録するために始まった
プロジェクト「Tomorrow at Daybreak」。
それから4年、高平さんと東北出身のクリエイターの方たちは
公私にわたって被災地のいとなみを撮り続けてきました。

スクリーンに映し出されるのは、
渡り鳥と人間が共存する里山の自然や、
松島「カフェ・ロワン」の最後の姿を収めたアートプロジェクト、
伝統を受け継ぐ職人たちの手仕事、
仙台出身のタップダンサー・熊谷和徳さんのドキュメンタリー、
仙石線の全線復旧を記念したフェスでの、
マイア・ヒラサワさんと松島高校の生徒たちによるライブ映像などなど。
宮城に暮らす高平さんたちにしか撮れない、美しい映像ばかり!

隈研吾設計、石川県能美市で 最先端のファブリックを知る 「ファブリック・ラボラトリー [ fa-bo (ファーボ) ]」

石川県能美市のファブリック&環境共生素材メーカー、
小松精練株式会社。
このたび、1968年に建築された旧本社棟が、
このように斬新な外観を持つ、
ファブリック・ラボラトリー「ファーボ」
として生まれ変わりました。
構造とデザインが一本化した、ドレープ状のみごとな建築。
設計を手がけたのは、建築家の隈研吾氏です。

ビルの周りに張り巡らされているのは、
小松精練の新建材「カボコーマ・ストランドロッド」。
全長3万mものロッドが張り巡らされていて、
耐震補強の効果があります。
「カボコーマ・ストランドロッド」は、
先端素材である炭素繊維を芯地に使用したもの。
外層を無機繊維でカバーリングし、
熱可塑性樹脂を含浸させ作製しました。
炭素繊維を建築改修に用いたのは、
ファーボが世界初なのでは?と隈研吾さんもコメントしています。

(写真左から) 小松精練株式会社 代表取締役 池田哲夫 隈研吾建築都市設計事務所代表 隈研吾氏 江尻建築構造設計事務所代表 江尻憲泰氏

この「ファーボ」は、繊維産業について学ぶための施設。
事前のお申し込みで、一般の見学も可能です。
産業ツーリズムの中心となる施設としての役割を担っていく
施設内では、染色の技術と歴史・未来の姿の展示や、
工場見学、最先端の実験・染色プリント体験ができるほか、
屋上からは白山と日本海が一望できます。
また外構や屋上庭園には、
断熱性や遮音性にも優れているエコ建材「グリーンビズ」を
採用しているのもみどころ。
一般のご見学受付は2015年12月1日以降となっています。

ファブリック・ラボラトリー「fa-bo(ファーボ)」

設計/ 管理者:隈研吾建築都市計画事務所

住所:石川県能美市浜町ヌ167番地 小松精練株式会社 本社工場内

時間:10:00~17:00

休館日:土曜、日曜、祝日 他(お問合せ下さい)

電話/問い合わせ先:0761-55-8072 総務課

※予約制(前日までのお申し込み)

東北の個性溢れる商品たちの パッケージをリ・デザインする コンペ「おいしい東北 パッケージデザイン展2015」

復興支援事業の一環として、
実在する、東北地域の個性溢れる商品たちに、
あたらしいパッケージデザインを募集するコンペ
「おいしい東北パッケージデザイン展」。
コロカルでも以前ご紹介しました。
今年も行われたこのコンペの、2015年の受賞作品が決定。
11月27日(金)から、宮城県仙台市の「東京エレクトロンホール宮城」にて
開催される「おいしい東北パッケージデザイン展2015」にて、
受賞作品が展示されます。
優秀作品は、商品の製造・販売元の企業等とともに
実用化・商品化を目指すということで、
実際の商品化も楽しみなプロジェクトです。

リ・デザインに挑んだのは、国内のプロのデザイナーと学生たち。
展覧会は、2016年3月、東京・港区の
「東京ミッドタウン・デザインハブ」に巡回予定です。
ちなみに前回選考され、商品化された作品たちはこちら!

「apprimo」スパークリング果汁りんご100% タムラファーム(株)[青森・弘前]/デザイン:大谷啓浩 2015年3月販売開始

「みちのく塩辛」りんご果汁入り塩辛 (株)八葉水産[宮城・気仙沼]/デザイン:小野貴人
 2015年3月販売開始

「夕日の恋物語」トマトとプラムワインゼリー(株)岩城[秋田・由利本荘]/デザイン:鈴木文土 2015年4月販売開始

これからの建築が見えてくる! 水戸芸術館で 『3.11以後の建築』展開催中

伊東豊雄+乾久美子+藤本壮介+平田晃久+畠山直哉《陸前高田の「みんなの家」》 Photo: HATAKEYAMA Naoya

水戸芸術館現代美術ギャラリーでは、11月7日より『3.11以後の建築』展がスタート。
これは、昨年11月1日より2015年5月10日まで
金沢21世紀美術館で開催された展覧会の巡回展で、
建築史家で建築評論家の五十嵐太郎さんと、コミュニティデザイナーの山崎亮さんが
ゲストキュレーターを務めているというのもユニークな展覧会です。

2011年に起こった東日本大震災は、建築家と建築界にも
大きな衝撃を与えました。単なる器としての建物ではなく、
地域と人でつくるコミュニティのあり方やエネルギーの問題など、
現在の私たちを取り巻く状況に対応しうる建築が、いま問われています。
この展覧会では、これからの建築を考え、さまざまな手法で実践する
21組の建築家の取り組みを紹介。金沢での開催から1年が経過し、
水戸にローカライズした展示も加えられています。

伊東豊雄+乾久美子+藤本壮介+平田晃久+畠山直哉による展示「みんなの家」。みんなの家は伊東豊雄さんを中心にしたプロジェクトで、陸前高田市につくられ、ベネチア・ビエンナーレ金獅子賞(パビリオン賞)を受賞した。

今回の展示は7つのエリアに分かれています。
「災害後に活動する」というエリアでは、
東日本大震災直後に見られた動きについて紹介。
東京の総合設計事務所、日建設計は、東日本大震災直後に
東北の建築学生とともに被災地のリサーチに取り組み、
社内にボランティア部を結成。過去の津波の履歴を重ね合わせ、
浸水の危険性のある地区を示し、避難するための所要時間の情報も入れこんだ
避難マップ「逃げ地図」を作成しました。
この東北の逃げ地図とともに、今回は水戸版として、
那珂川が氾濫した場合の逃げ地図が展示されています。

ワークショップやリサーチを通じて「逃げ地図」を作成。そのワークショップのようすも写真で展示。

このエリアではほかに、坂茂さんの避難所用の間仕切りシステムなども展示。紙管と布でスペースが仕切られ、実際に避難所で使用されて大きな話題となった。

トラフ建築設計事務所+石巻工房が協働する取り組みも紹介。クリエイターが集まり、D.I.Y.でプロダクトをつくり販売する石巻工房については「木のある暮らし」でも紹介したが、今回の展覧会の会場各所に置いてあるスツールも石巻工房のもの。

「使い手とつくる」のコーナーでは、
青木淳建築計画事務所+十日町市民有志による展示が目を引きます。
新潟県十日町市では〈十日町まちなか拠点プロジェクト〉として、
〈市民活動センター・まちなか公民館〉と〈市民交流センター〉の
2施設の設計を青木淳建築計画事務所が手がけていますが、
設計段階から地域の人たちとワークショップを重ね、
市民が参加してつくる建築をめざしています。
現地の青木淳建築計画事務所十日町分室は〈ブンシツ〉として市民に開放され、
市民が気軽に出入りできるようになっていて、
新たな活動が生まれるコミュニティスペースのようになっているそう。
展示ではそのブンシツを再現しています。

金沢での展示を経て、現在に近い状態でアップデートされた展示。

ブンシツの活動を伝える冊子『ブンシツ通信』も会場で配布。

地域に住まうことを考える展覧会 アーツ前橋『ここに棲む ― 地域社会へのまなざし』

群馬県前橋市にある〈アーツ前橋〉では、2016年1月12日まで
『ここに棲む — 地域社会へのまなざし』という展覧会が開催されている。
開催地である前橋に限らず地域社会を見つめ、地域に住まうということや、
現代の私たちがおかれている状況について、新たな気づきを与えてくれるような
多様な表現や実践を紹介している。
ユニークなのは、14組の参加作家のうち、ちょうど半分が建築家、
半分がアーティストということ。アプローチはさまざまだが、
地域を見つめ直すというテーマにふさわしい作家たちの作品が揃った。

すべてを含めた環境をデザインする

高さのある吹き抜けの空間に、圧巻のオブジェを展示しているのは
藤野高志/生物建築舎(いきものけんちくしゃ)。
藤野さんは生物建築舎という名の設計事務所を率いる建築家。
群馬県高崎市出身で、東京や福島を経て、現在は地元高崎を拠点に活動している。
今回展示している作品《キメラ》は、いくつもの建築物が
互いに連関し合っているような構造。
下にある建物が上にある建物を支え、上にあるものが下にあるものを吊っているような、
いろいろなものが複雑に絡み合い、相互依存しているような構造物だ。

建築物、動物、植物、さまざまなものが複雑に絡み合いながら存在しているような、圧巻の作品《キメラ》。藤野さんが実際に手がけたプロジェクトの模型も含まれている。

また、藤野さんはいつも「植物と人類の共生」をテーマに設計している
ということを表すように、作品には建物の中に植物が生えていたり、
植物や生物の中に人間が暮らしているような模型も見られる。
その一部には、2013年に日本建築学会作品選集新人賞を受賞した
彼らの事務所《天神山のアトリエ》の模型も見られるが、
実際に彼らの事務所は天井はガラス張り、床部分は土で、
部屋の中に木や植物が生えているというのだ。
常識を覆すような建築で、過ごしにくくないのだろうかと思うが、
ご本人はそんな環境を楽しんでいるかのよう。

「東京のような大都会や、福島のように自然が豊かな場所を経て高崎に戻ってきたら、
ダイナミックな環境の変化もなくて、とても中庸な場所だなと思いました。
でもその中庸さは、地方都市にはよく見られる、
日本の普遍性なんじゃないかと思ったのです。
こういうところで生活していると、まわりの変化を敏感に感じとりにくいんですが、
実は1日のなかで太陽の光や空の色は刻々と変化していく。
そういうことを暮らしのなかで感じたくて、こんな特殊な事務所をつくりました(笑)。
例えば去年のいまごろはツマグロヒョウモンという蝶がきたけど、
今年はまだだなとか、季節によって感じることや、
いろいろなことに意識がいくようになります。
そういう環境で設計をしていると、自然と図面にも反映されていきます」
藤野さんは建物だけでなく、そのまわりにある植物などすべてが環境をつくると考え、
それも含めてデザインしていきたいのだという。

細部を見ていくと、アリの巣のような住居や、恒温動物の中に人間が住んでいるような、奇妙な光景がいくつも見られおもしろい。

説得に3年。 元資材置き場が生まれ変わった。 〈KUHONJI GENERAL STORE〉 ASTER vol.1

ASTER vol.1
妄想を、最高のかたちにする。

みなさまはじめまして。ASTERの中川と申します。
僕たちASTERは熊本市を拠点に活動している内装屋です。
個人住宅、賃貸物件、店舗などのリノベーションを主に
デザイン、設計、施工まで行っています。

この連載では僕らがこれまで実際に関わってきた物件事例をベースに
僕らが思う熊本の魅力的な建物、場所、人を紹介していきたいと思います。
どうぞよろしくお願いします。

まず初回なので僕が今の仕事をすることになった経緯と
今僕らで運営している店をつくった話をしたいと思います。

僕はもともと建築の知識や興味があったわけではありません。
二十歳ぐらいの頃、建設現場でのアルバイト経験をきっかけに、
その後熊本市内の新規オープンの家具屋へ就職しました。
はじめは家具の配送と接客をやっていて、
後に住宅のリフォームコーナーへ配属になりました。
この頃から内装にも徐々に興味がわいてきたのだと思います。

ようやく仕事にも慣れたころ、
実家から仕事を手伝ってくれとの連絡が。
僕の実家は熊本市内にある畳屋。
畳屋といってもつくるのではなく、
畳をつくる畳屋に材料を卸す畳資材の卸売業をやっていました。
内装工事部門もあり、そこの人手が足りないということで、
僕は実家に戻ることになりました。
まあ内装の仕事はインテリア関係だからいいかと。
それが現在のASTERです。

理想と現実のギャップ

戻ってきたからには、
やる気を出して頑張ろう! カッコいい空間をつくるぜ!
と奮起していましたが、そんな気合いは空回りしました。
当時の仕事は地場の工務店や不動産屋の下請け業務。
特に賃貸アパートの原状復帰がメインでカッコいい空間とはほど遠く、
どれも同じ内装ばかり。
毎日決まった同じ品番の壁紙の張り替えを、
職人さんへ依頼することが僕の仕事でした。
仕事だから文句は言えないけど、さすがにずっとそれじゃつまらない。
部屋に合わせて壁紙を選ぶことなど現在では当たり前ですが、
当時はもとの壁紙と同じ柄を探す行為が、唯一壁紙を選ぶというものでした。

いつか自分たちで自由に考えたカッコいい空間をつくってみたい。
でもやり方がわからない。
そんな想いを常に抱いて日々過ごしていました。

リノベーションとの出会い

たまに県外などへ行ったときはいろんなショップ巡りをするのが
当時の僕の楽しみでした。
そして2003年。
たまたま大阪のインテリアショップでみつけたフライヤーに
こんな言葉が書いてありました。
「STOCK×RENOVATION」
大阪を拠点に活動されている業界の先駆者、
〈アートアンドクラフト〉が開催していたリノベーション展のフライヤーでした。
古い空間が魅力的に改修されていて、とにかくカッコいい。
「コレばい!」と直感的に思い、冊子『STOCK×RENOVATION』も取り寄せました。

アートアンドクラフトが2003年に出版した『STOCK×RENOVATION』の冊子。

実家の仕事に違和感を感じていたなかで、
初めて知った“リノベーション”という方法。
「僕がやりたかったのはこんな空間づくりだ!」
と、リノベーションについてすぐに調べ始めました。
そうして知ったのがデザインだけでなく、
日本は欧米に比べ、家の平均寿命がとても短いことや、
年々空き家が増えて家が余っていることなど、
日本の住宅事情について、このとき初めて知りました。

そしてリノベーション事業の草分け会社である、
東京の〈ブルースタジオ〉を知り、
パイオニア的存在であるこの2社に憧れ、
このときをきっかけにただの内装会社から、
物件の価値を高めることができる
リノベーション専門の内装屋へなることを目指しました。

もちろん最初はほとんどリノベーションと言える仕事はなく、
内装の手直し工事やリフォームばかりでしたが、
目指すところがあると俄然日々の仕事もやる気がでます。
その後、徐々に熊本にもリノベーションという言葉が露出し始め、
2007年ごろから僕らも少しずつですが仕事の依頼が来るようになってきました。

僕らがリノベーションをするとき、
使用する建材やパーツに特にこだわります。
建材店や近くのホームセンターには好みの建材やパーツが売っていないこともあるので、
インターネットで建材をよく買っていました。
そしてスタッフとともにいつも言っていました。

「近くにこんなお店あったらいいよね」と。

それでだんだんと欲求が高まり、
僕らが使いたい建材やパーツをストックして置く場所がほしい。
いや、いっそのことショップにして販売もしよう!
と、自分たちの店をつくる目標ができ、熊本市内で突如物件探しが始まりました。

岩崎ビルとの出会い

僕らの事務所は熊本市内の九品寺というまちにあります。
熊本城やアーケードがある中心市街地から徒歩圏内にあり、
学校なども多いエリアです。
数年前、いつも通る道路で信号待ちをしていて、
ふと横を見ると、とても魅力的な建物が。
ずいぶん昔からあったようけど特に気に留めることもなかったビル。
ただじっくり見るとなんとも魅力的なビルでした。
築48年。RC造3階建で、建築資材屋さんが所有する〈岩崎ビル〉でした。

施工前の岩崎ビル外観

外壁に貼ってある渋いブラウンのタイルや
2階部分のスチールサッシなど
48年前の建材がそのまま残っている建物はほかにない味わいがあり、
ここで僕らの店ができたら最高だなと勝手に妄想が始まりました。
そうして僕は居ても立ってもいられず
大家さんのところへこの場所を貸してくれないかと交渉に行きました。

もともとは建材屋さんの資材置場だった。

富士山の雲海を背景に ウェディングフォトが撮れる! 静岡県富士市に 「STUDIO AQUA 富士店」オープン

式の簡略化や、アジア圏からのお客様など、
アーティスティックなウェディング・フォトの需要が
高まる今日このごろ。
このたび、世界文化遺産の富士山や周辺の絶景を舞台にした
ウェディングフォトが撮影できるサービスを提供する
「STUDIO AQUA 富士店」が、静岡県富士市にオープンしました。

お店には、これまで3,000組を超えるカップルの
写真撮影を手掛けてきたウェディングフォトグラファーの蘭丸さんが所属。
蘭丸さんが得意とする夜間撮影、カラー赤外線撮影、
遠近法を取り入れての撮影や、 月の満ち欠けや風向き・時間等を緻密に計算した、
幻想的でな結婚写真を提供してくれるのだそう。

流れ星を見ながらの撮影、背景は天の川 撮影:蘭丸(ウェディングフォトグラファー)

カラー赤外線の技術で幻想的に演出 撮影:蘭丸(ウェディングフォトグラファー)

気になる料金は、厳選した富士山周辺数カ所で蘭丸さんが撮影する
「富士山周辺撮影プラン」が398,000円(消費税別)。
ほか、天の川から降り注ぐかのようにも見える星空、漆黒の湖に映る富士山など、
要望に応えたこだわりのオーダーメイドプランにも応じてくれるほか、
2月下旬からは伊豆の河津桜を背景とした「伊豆・河津桜撮影プラン」
などもご用意しています。詳細は公式Webサイトにて!

STUDIO AQUA 富士店

住所:〒416-0939 静岡県富士市川成島643-1 OFFICE Seri 2F

電話:0545-64-7550

投資ファンドで実現する 古民家再生の未来(その2)。 一般社団法人ノオト vol.6

一般社団法人ノオト vol.6

みなさん、こんにちは。一般社団法人ノオト理事 兼
株式会社NOTEリノベーション&デザイン代表取締役の藤原(ふじわら)です。
株式会社NOTEリノベーション&デザインは一般社団法人ノオトと
REVIC(株式会社 地域経済活性化支援機構)が出資するファンドのための
SPC(Special Purpose Company)です。

今回は、vol.5につづき、投資ファンドと古民家再生についてお話したいと思います。

日本初!〈篠山城下町ホテル NIPPONIA〉の取り組み

2015年10月3日にオープンしたばかりの篠山城下町ホテル NIPPONIA(ニッポニア)は
投資ファンドを使った古民家再生事業であると同時に
国家戦略特区を活用した日本初の取り組みです。
まずは、事業概要を簡単にご説明したいと思います。

NIPPONIAの4つのホテルのうちのひとつ、ホテルONAE(オナエ)棟の受付ロビー。

NIPPONIAの事業コンセプト
「我々が再生したのは宿やホテルではない。
日本の暮らし文化を体験するように泊まれる空間である。
400年の歴史に、とけこむように泊まる」
約400年の歴史を持つ篠山城は、兵庫県篠山市の中心に位置する城跡で、
国の史跡に指定されています。
篠山城下町ホテルNIPPONIAは、
この篠山城を含む城下町全体を「ひとつのホテル」に見立てるという構想です。
城下町に点在している空き家となった古民家を、
歴史性を尊重しながら客室・飲食店・店舗として再生し、
篠山の文化や歴史を実感できる宿泊施設としてオープンしました。
時間を重ねた歴史ある客室、
丹波篠山をはじめとした、地域の豊かな食材をふんだんに使った創作フレンチ、
既存の歴史施設・飲食店・店舗などと連携した歴史的城下町のまち歩きアクティビティなど、
「歴史あるまちに、とけこむように泊まる」をコンセプトとした、
地域の暮らし文化を体験する、新しいスタイルの宿泊施設です。

ONAE棟:蔵をリノベーションした客室。

事業体制について

この事業は各分野のエキスパートが参画しています。
全体プロデュースに関してはプロデューサー、デザイナー、
クリエイター、プロモーションを担当するプロフェッショナルや個人や団体。
マネジメントでは、セールス、アセットマネジメント、
オペレーションマネジメントを担う専門企業や団体。
ファイナンスでは、ファンド・キャピタル会社、銀行。
建築においても、もちろんヘリテージマネージャーを取得した一級建築士をはじめ、
大工さん、左官屋さん……。行政では地方自治体や中央官庁。

こういったあらゆるプロが集結し、実現することができました。
しかし、これらの体制は急に立ち上がったのではありません。

このプロジェクトに先駆けて2年前からベースとなる準備組織をつくってきました。
地域資産活用協議会(OPERA)」といいます。
我々は7年間で30棟以上の古民家を再生してきた実績によりノウハウだけでなく、
各分野のプロフェッショナルとつながりをもつことができました。

投資会社〈観光活性化マザーファンド〉とは

NIPPONIAは国家戦略特区を活用した古民家を活用した宿(ホテル)として
日本初の取り組みとなります。
本プロジェクトは、国家戦略特区(関西圏)の特区事業に認定されていて、
旅館業法の玄関帳場(フロント)設置義務についての規制緩和などを受けています。
これにより、複数の分散した古民家の宿泊施設を、
一体化して運営管理することが可能になっています。

今回の古民家再生におけるファンドの仕組みは図1のようになります。
一般社団法人ノオトとマザーファンドが、
共同出資の会社(株式会社NOTEリノベーション&デザイン)を設立し、
その会社を通じて物件を買い取って、改修を行います。
改修した物件を事業者に貸し出すことで、全体の収益構造をつくっています。
(なぜ、ファンドと連携することになったかは、vol.5にて)

図1:ファンド方式

今回、投資決定いただいたのは〈観光活性化マザーファンド〉といいます。
地域の観光活性化を目的として株式会社地域経済活性化支援機構、
株式会社日本政策投資銀行、株式会社リサ・パートナーズの3社で組成された、
マザーファンドです。

〈観光活性化マザーファンド〉の概要。

※株式会社地域経済活性化支援機構についてはこちらより。

森の中にツリーハウスが点在する 安藤百福センターにて 「信州の収穫祭 2015」を開催!

78個のバードハウスからなる「bird-apartment」デザイン:佐藤オオキ(nendo)

長野県小諸市に、ユニークな“アートツリーハウス”が点在する
安藤百福センターという施設があります。

隈研吾さんがデザインした、全長約100mの建物

ツリーハウスは、デザイナーの佐藤オオキさん(nendo)が手がけた「bird-apartment」や、
佐藤可士和さん(サムライ)による「間」、
建築家の古谷誠章さんによる「又庵(yu-an)」など、全部で7つあります。
森の中に突如として現れるツリーハウスは、壮観!
なんとも不思議な光景です。

クモの巣のように木と木の間につくられた「NEST」デザイン:ENERGY MEET

浅間山を見渡せるロケーションに建つ「Bird Eye View」デザイン:Noma Bar

静謐な雰囲気のツリーハウス「間」デザイン:佐藤可士和(サムライ)

一体ここは、何のために建てられた施設なのでしょうか?

じつはこちら、インスタントラーメンの発明者である
安藤百福さん(1910-2007)の生誕百年を記念して建てられた施設。

「日清チキンラーメン」の発明者として知られる安藤百福さんは
「自然とのふれあいが、子どもたちの創造力を豊かにする」という考えのもと、
長年にわたって自然体験活動を奨励してきたのだそう。

施設内には、隈研吾さんが手がけた宿泊施設やカンファレンスルーム、
近隣にはトレイルコースや上信越高原国立公園があり、
さまざまなアクティビティが体験できるようになっています。

11月7日(土)、この安藤百福センターにて「信州の収穫祭 2015」が開催されます。

滋賀県大津市、成安造形大学の キャンパスが周遊型の美術館に。 川内倫子ら参加の展覧会 「MUSUBU SHIGA 空想 MUSEUM」

川内倫子 (C)Rinko Kawauchi

滋賀県大津市の「成安造形大学」では、
キャンパス内に点在する9つのギャラリースペースを
使用して展覧会を行う、回遊式の美術館「キャンパスが美術館」を
2010年にオープンしました。
この美術館にて、来週2015年10月31日(土)より、企画展
「SEIAN ARTS ATTENTION VOL.7
MUSUBU SHIGA 空想 MUSEUM - 近江のかたちを明日につなぐ-
が開催されます。
grafの服部滋樹さんらによる、ソーシャルデザインの視点から、
滋賀県の魅力ある「ヒト・コト・モノ」を発見する
「MUSUBU SHIGA」が参加するプロジェクトです。

本展覧会の取り組みは様々。
まずは、滋賀県五箇荘生まれの写真家・川内倫子さんが
たねやグループ発行の冊子「La Colluna」の為に近江八幡で撮影した
写真作品を展示します。

川内倫子 (C)Rinko Kawauchi

そして「道の国の浮世絵コレクション展・近世のかたちを今に伝える「小幡人形」展」。
道の国の浮世絵コレクション展では、本学所蔵の近世浮世絵コレクション71点の中から、
本展覧会のロゴをデザインしたデザイナーの三重野龍が、
宿場町や大津絵、近江八景をモチーフとした作品を選んでアートワークを制作。
あわせて県内唯一の土人形「小幡人形」の展示も行います。

成安造形大学所蔵 浮世絵コレクションより

小幡人形 福助人形

ストリップ劇場が 「旧劇場」になるまで。 IVolli architecture vol.1

IVolli architecture vol.1

はじめまして。〈アイボリィアーキテクチュア〉の永田賢一郎 と申します。
アイボリィアーキテクチュアは横浜市の黄金町というまちを拠点に
活動している設計事務所です。
2014年にもともとストリップ劇場だった建物を仲間と改修し、
〈旧劇場〉というシェアスタジオを立ち上げて活動をしています。
アーティストや木工職人、カメラマンやライターといった
異なる分野の人間たち9人でつくった場所で、
それぞれ個々に活動しながらも、ときに協働したりしながら動いています。
今回より6回にわたって、このスタジオができるに至った経緯や、
拠点を持ったことで生まれた地域との関わりについて、
またスタジオをシェアする仲間たちとの協働プロジェクトなどについて
紹介していきたいと思います。

まずはじめに私たちについてですが、
アイボリィアーキテクチュアは永田賢一郎と原﨑寛明のふたりで活動しています。
もともと上海と横浜という別々の場所で働いていたのですが、
僕が上海より帰国した際に、大学時代の同期だった原﨑に声をかけて活動を始めました。
大学が横浜にあったこともあり、
学生時代に過ごしていた場所も横浜だった僕らは、
自然と活動の拠点を横浜にしていたのですが、
そのなかでも、もとから黄金町に縁があったわけではなく、
事務所を始めたばかりの頃は横浜市内の別の場所で活動していました。

始まりはハンマーヘッドスタジオ

2013年当時、みなとみらいの新港埠頭に
〈ハンマーヘッドスタジオ「新・港区」〉という巨大なシェアスタジオがあり、
そこの一区画を僕らは借りていました。
ここには50組以上のアーティストやクリエイターが入居していて、
毎日スタジオに通うだけで実に多様な人たちに触れ合うことができました。
年齢もジャンルも超えたフラットな空気感がそこにはあり、
常に刺激をもらえる環境がありました。

ハンマーヘッドスタジオ。たくさんの方々が日々制作をしていました。© BankART1929 photo Tatsuhiko Nakagawa

残念ながらハンマーヘッドスタジオは2年間限定のスタジオだったので、
2014年の4月には解体されてしまいましたが、
横浜の関内外エリアという場所は
以前から多くのクリエイターやアーティストが拠点を持って活動しているエリアなので、
スタジオ解体後もまちの中に拠点を移しやすい環境ではありました。
これだけ多くの人がシェアしているスタジオがあるということ自体奇跡的でしたが、
それ以上に、多数のアーティストやクリエイターが
一度にまちに拡散していくという状況が生まれたことが大変特殊な出来事でした。

ひとつの大きな場所からたくさんの小さな拠点となって、
まちの中にアーティストやクリエイターが散らばっていくことがどんな影響を及ぼすのか。
そもそもまちの中に拠点を構えるとはどういうことなんだろうか、
とスタジオ解体までの間よく話していました。
実際にはほかの地域へ移られる方もいましたし、
新たに自分で横浜に拠点を持つ方もいました。
そういった状況のなかで、僕らと同世代のメンバーは
「自分だけで場所を賄う体力はまだあまりないけども場所は必要」
と境遇も近かったので、自然と共同で場所を借りようという話になりました。

次は自分たちで拠点をつくる

集まったメンバーは建築事務所2組4人、
ライター、木工職人、現代美術家、アーティスト、カメラマンの計9名。
それぞれ仕事の仕方も違うし、必要な場所のスペックも予算も違いました。

木材を搬出入できる天井の高い場所が必要。
音が出る作業ができる空間がいい。
絵が描ける環境にしたい。
建築模型をつくれるだけの広さは欲しい。
1階だとなおいい。
スタジオ内でも地域とも交流が持てる環境がつくりたい……と、
それぞれの仕事場として最低限の必要な条件と、
その場所がどうなってほしいかを毎日のように話し合いながら、
拠点としてふさわしい場所はどこなのかを模索していました。

それぞれ分野の異なる仲間が集まりました。

物件ありきで後からシェアを募るのではなく、
最初からメンバーと具体的な使い方を固めてから
共同で場所を使うという流れができていたので、
不動産市場では埋もれてしまうような特殊な物件などでも
積極的にその使い方を考えていました。
そしてそんな最中、僕らは黄金町にあった元ストリップ劇場という、
とても魅力的な建物に出会うことになりました。

黄金町とストリップ

ご存知の方も多いかもしれませんが、
横浜市の黄金町と言えばかつては違法風俗で栄えた歓楽街で
今でもまちを歩けば250件もあった売春宿の一部を名残として見ることができます。
10年ほど前からは地域住民によって環境浄化運動が始まり、
2009年には〈特定非営利活動法人黄金町エリアマネジメントセンター〉も設立されて、
黄金町というまちのイメージは刷新されてきています。

かつての売春宿はアーティストの活動拠点やイベントスペースに。

独特な歴史がもたらすまちの空気感が個性的な場所を多く生み出し、
ドラマ『私立探偵濱マイク』の舞台などでも使われていました。
僕らが出会った建物もそのような黄金町の真ん中にあり、
つい最近までは「黄金劇場」という名前のストリップ劇場で、
近くを走る京急線からも大きな看板が目立っていました。

黄金劇場があったころの様子(画像提供: 三日画師)。